「ほんとうは。」

図書館に通い詰めるほんとうの理由は。

01

 一
 静かな図書館。聞こえるのは、職員がパソコンのキーをたたく音だけ。私は閲覧室の席を陣取って、積み上げた小説を読んでいる。
 外で、路線バスが走り出す音。ふと時計を見上げれば、午後四時半になっていた。三軒目終了後からここに居るので、二時間は経過したことになる。時間を意識したらおなかが急に、空腹を主張し始めた。まだ読み終わってない本を借りて、ここを出ようか。それとも、閉館まであと三十分ほどだし、それまで本を読み進めていようか……。
 カウンターから聞こえたキータッチ音に、閉館までとどまろう、と思い、のど飴をなめながら本の続きを読み始めた。

 切ないけれどとても奥が深い恋愛小説の世界に、いつの間にかはまり込んでいたらしい。
「片倉さん、閉めるよ?」
 と、彼に声を掛けられて、
「あっ、はい、すいません」
 あわてて本を閉じる。
 顔を上げると、彼は私が読んでいた本をじっと見ていた。
「その本、僕も読んだよ。いい話だよね」
 やわらかい声とともに、くしゃっと、笑う。その笑顔に一瞬、鼓動が大きくなる。
「良かったら、借りていけば? 手続きするよ」
 貸出用のパソコンは、まだ点いたままのようだった。
「ありがとうございます」
 頷くと、彼は再びカウンターの中へと入る。そして私は学生証と三冊の本を彼に手渡す。学生証のバーコードを読み込み、続けて書籍三冊のコードを読み取ってゆく彼――三枝さんの動きはとても慣れている。ここで勤務して長いのかな? なんて思いながら、私は一連の動作を見ていた。
「返却は、通常は二週間後なんだけど、ゴールデンウィーク挟むからちょっと長いんだ。でも、忘れないでね」
 「返却日:五月十日」と書かれたレシートとともに、本を渡される。指先がほんの少し触れて、また一瞬だけど鼓動が高鳴った。
 ――なんで、この人といると、こんなにドキドキするのかな。まだ、知り合ってそう何日も経っていないのに。
「ありがとうございました」
 お礼を言って本を鞄にしまうと、彼は眼鏡の奥の瞳を細める。
「いいえ。また明日」
 この言葉が聞きたくて、ここに来ていると言っても過言ではないかもしれない。もう一度お辞儀をして、図書館を出る。ほどなく、電気が消されるのが見えた。

 大学前のバス停で、JRの駅へ向かうバスを待っていると、
「あ、利香―! 今帰り?」
 同じゼミの友達・本多
ちひろが手を振りながら走ってきた。いつも明るいちひろは、今日も笑顔だ。
「ちひろは、部活?」
「うん。浦﨑大学ウインドアンサンブル! 六月に定期演奏会やるんだって。よかったら利香も来てね」
 そういうちひろは右手にトランペットを持っている。中学時代からずっと吹奏楽を続けている彼女は、入学式直後、さっそく、ウインドアンサンブルに入部していた。
「利香はどしたの? やっぱり部活?」
「ううん。大学図書館で本読んでたら、この時間になっちゃって」
 苦笑しつつそう伝えると、
「そうなんだ! 利香、ほんと、本好きだよね。何か借りてきたの?」
「うん。三冊借りてきちゃった」
 というと、ちひろは目を丸くする。表情がくるくる変わる、一緒にいて楽しい友達だ。
「三冊も? すごいねぇ。お勧めの本があったら教えてね!」
 そこまで話していたところでバスが来たので乗り込んだ。一番後ろの席に二人並んで座り、部活の話やら、ゼミの話、授業の話をしていると、駅までの二十分はあっという間に過ぎた。駅では反対方面の電車に乗るちひろと別れ、ひとりでホームに降りる。
 ちひろはいい友達だ。大学に入学してまだひと月も経っていないけど、明るいし、いろんな話が出来る。
 だけど、そんな彼女にも、私がどうして大学の図書館に通い詰めているのか、本当の理由は話せないでいる。
 読書が好きなのも本当。図書館という空間が、昔から好きなのも本当。
 だけど、ほんとうは……。
 図書館スタッフの、三枝さんのそばにいたいから。

 通過電車がスピードを上げて走り抜けていく。私はちいさくため息をついて、ホームのベンチに座った。

「ほんとうは。」

昔から、図書館という場所が好きです。
管内の静かな雰囲気、静かな中に時々混じるかすかな音や、外部の音。
そんな「音」を思い出しながら書きました。

「ほんとうは。」

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-15

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