prayer
マチミサキ
さきほど
何気ない
街の景色の中で
【 天才 】を見ました。
安っぽい表現の仕方ですが
そうとしか思えなかったのです。
GiFT って
いうのですかね、
嫌な小人なのは自覚して
それでも言わせてもらうと
…
ズルい感じさえして
正直、嫉妬します。
どんな道にも
そういう才能を持った個というのは
現れますな。
好きこそモノの上手なれ、
とはいうものの
その常識的な範疇には収まらない
既存の
技術や経験値を飛び越えてくる人種
そして
それこそが
観るものを魅了し
他人の心に何かを強制的な程に
刻み込むような。
【 死ぬ気でずっと…頑張ればいつかは 】
を完全に否定する表現者
と、でもいうのでしょうか。
こういった天才は
それぞれの道を歩いてきた者には
特に判りやすいはず。
それまで頑張って努力してきた…
あるいは
懸命に走ってきた
【 追い越される者・勝てぬ者 】にほど。
天才とて
才能のみでは
努力家の秀才には敵いません
けど
結局
天才が努力してしまうと
もう
どうにも手に負えない
そして大概の場合に於いて
そうなります。
才能って
いったい
なんなのですかね
結局、私的に出した結論は
それはきっと
【生き方】
なのではないかと。
その生き方を知らしめる
自分を表現する力
が
他人が見たときに才能として認識されるのでは?
誰にも知られずとも
一生
誰の目に触れずとも
物凄い才能を持っている人間も
きっと居るとは思いますが
結局は
知られてこそ
認められてこそ
他人を感動させてこそ
天才という個が
他人により作られるのですよね
そして皆
心の何処かで
そういった存在を求めている
から
現れるのかも。
人間は皆
他人から認められたい
欲求を持っているはず。
その中でも
天才とは
自分の生き方を、
気持ちを、
考え方を、
この気持ちを、
━━私という人間を!
誰かに伝えたい
認めてもらいたい
━━解って貰いたい!!
……を、カタチにして発信した
【 凄まじい程の祈り 】を持つ者
…なのかもしれない
もし、そうであるならば
これも
推測でしかありませんが
祈り、とは
満たされぬ者が抱く【望み】
だとして
秀才とは
その道が好きで努力を続けられる者で
天才とは
秀才にプラスして
《飢え》ともいえる《望み》をも超越した
際限の一切無い
恐ろしい程の《欲望》を
手にした者の様な気がします。
だがしかし
角度を変えてみれば
その【 望み 】を持たざるを得ない
生き方を余儀なくされてきた
《持たざる者》であり
けして
《元から持っている者達》が
羨むような人生を
過ごして来た者では
ないのかもしれない…
と
そんな風に考えてみたりしました。
prayer
星空文庫様にも
この人…スゲェ!
Σ( ̄□ ̄;)モノホンダ!
と、思った人が居ますよ。
少なくとも私には
そうとしか
思えなかった作者さんが。