サンタクロースがやってきた

クリスマスイブのこと。おうちの中はしいん…と静まり返っていた。誰も彼もが静かだった。ねずみたちでさえおとなしかった。暖炉ではそっと靴下がプレゼントをお待ちかねしている。子供たちはサンタクロースがやってきて、プレゼントいっぱい、しあわせいっぱいにしてほしい!と思っていた。
 子供たちは寝静まった。あの子たちの寝室は私たちの寝室のとなり。母さんと私はベッドの中だ。母さんは襟巻を巻いていた。私は帽子をかぶる。がさごそ。隣からだ。子供たちが起きたのやもしれん。私たちは固まった。私たちが動いていることに気づきませんように。
 「父ちゃん」 
私は何も言えなかった。あっ、父ちゃんだ。子供たちはそう思った。
「父ちゃん」
子供たちはどかっとベッドに腰を下ろした。
「何か欲しいものはある?」
私は訊いてみた。彼らは、
「お砂糖菓子の夢を見たよ」
と言った。
「早くおやすみ」
と母さんが言った。
「寝れないさ」
と子供たち。
子供たちはおしゃべりを止めたが、動き続けていた。音をたてた。
「眠れないの?」
「いいや」
「寝なきゃだめ」
「わかってるさ。そんなん」
「ぼくら、お砂糖菓子食べてもいいの?」
「一個も食べちゃだめよ」
と母さん。
「言ってみただけじゃん」
それからしばらくだんまりだった。またがさごそしているのを聞いた。
「サンタのおじちゃんはぐっすりかな?」
「しっ」
と母さん。
「奴がぐっすりかそうでないかはそう気にすることではないよ」
「いや、でもサンタのおじちゃんは多分…」
「奴はそんなことはないよ」
「頑張って寝なさい」
さっきみたいにおうちはまた静かになった。子供たちがまたベッドでかさこそしている。
 庭の方がなにやら騒がしい。ベッドから起き上がり窓に駆け寄る。シャッターを開けて窓枠も開けた。お月様が雪でぼんやり輝いている。昼間に生けるものを雪の中照らす。真っ白な雪の中にちっちゃなそりと、これまたちっちゃな8頭の赤鼻のトナカイたち。ちっこい奴がそれらを運転していた。奴はイキイキしていて、すばしっこかった。奴は口笛で合図して大声でトナカイたちの名前を呼んだ。トナカイたちの名前はわんぱくくん、舞子さん、跳ね馬野郎、小悪魔、箒星、天使、首領、そして酔っ払い、というようだった。
 奴はトナカイたちにベランダと壁のてっぺんめがけて走るように言った。そりはおもちゃでいっぱいだった。
「誰よ?」
と母さん。
「何人かいる」
と私。
「ちっこいなあ」

 私は窓の外をじっと見て聞いていた。屋根にいるトナカイたちの声。蹄で屋根の上を飛んだり跳ねたり。
「窓をしめて」
と母さん。私はまだその音を聞き続けていた。
「何を聞いているの?」
「トナカイの声とか蹄の音」
私は窓を閉め、トナカイに向かって歩き出した。外は寒かった。母さんが起きて私を見ていた。
「どうやって屋根の上に上がったのかしらねえ?」
「あいつら飛べるんだ」
「ベッドに入んな。あんた風邪ひくわよ」
母さんはごろんとベッドに横になってしまった。私はベッドに入らずぐるぐる歩き続けた。
「飛べるって、どういうこと?」
「飛べるんだよ」
母さんはそっぽを向くと何も言わなかった。
 私は部屋の外にある煙突のところにいった。ちっさな男が煙突のそばでステップを踏みながら部屋の中へやってきた。奴は全身毛皮をまとっていた。服は灰だらけの煤だらけだった。背中に旅商いのような袋を担いでいた。その中身はおもちゃだ。口はちっちゃく、笑っている。ヒゲは真っ白。歯の間にぶっといキセルを挟んでいる。キセルの煙がもくもくと奴の頭を取り巻いている。ぽっこりおなかを揺らしてハハハ!と笑った。赤いゼリーのボールがぷよぷよしているみたいだった。私は笑った。奴は私にウィンクした。奴は首を傾げて、何にも言わなかった。
 奴は靴下をいっぱいにして煙突から離れた。鼻の脇にやっていた指で会釈した。そして暖炉の中に入っていった。私は覗き込んだ。奴はそりに
乗っているところだった。奴はひゅうっ、と口笛を吹いてトナカイたちと空の彼方へと飛んで行った。アザミの花の綿毛くらい陽気に飛んでいた。運転手は叫ぶ。
「メリークリスマス、おやすみね!」
私はベッドに戻った。
「なんだったのよ?」
と母さん。
「サンタなの?」
母さんはふんわりと微笑んだ。
「そうだよ」
彼女はふう、とため息をひとつついてベッドに潜ってしまった。
「私は奴に会った」
「ええ」
「確かに会ったんだ」
「じゃあ本当に見たんでしょう」
彼女はより壁の方にそっぽを向いてしまった。
「父ちゃん」
子供たちだ。
「ほら、また言う」
と母さん。
「あんたたちの空飛ぶトナカイよ」
「寝なさい」
私は言った。
「サンタのおじちゃんがやってきたら、会えるかなあ?」
「ぐっすり寝ていなきゃね」
と私。
「奴が来たときは寝ていなきゃいけないんだ。おまえが奴が来ていることに気づいちゃうと、奴には会えないんだよ」
「お父ちゃんは知ってるのよ」
と母さん。
 私は口まで布団を被る。布団の下はほっこりと暖かかった。私は母さんの思うことはまあ当たり前なのだろうな、と思いながら眠りについた。

サンタクロースがやってきた

サンタクロースがやってきた

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-14

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