話があるなら屋上で
奇
真夜中の学校程怖いものはない。恐怖の原因は恐らく非日常だからであろう。日常的にいるはずの生徒、先生がいない非日常の世界。
物音が少ししたぐらいでも飛び跳ねてしまうであろう。まさに今がそうだった。
「何だ・・誰かいるのか」
手に持っていた明かりで音のした方を照らすが、何もない。
「気のせいか・・」
しかし再びガタ、と音がする。
「誰だ」
ゆっくりと近づいていく。音がしたのは階段の方からだった。足音でもなく声でもない。
どこかの窓が空いていて、風で何かが落ちたのだろう、そう思えば済むような事だったが、その時は嫌な予感もあってか確認する事にした。
季節は夏。だが冷たい、嫌な汗が頬をつたう。
廊下の窓から月明かりが、うっすらと漏れている為全くの暗闇というわけではない。懐中電灯の明かりもある。
だがやはり得体の知れない恐怖が全身を強ばらせる。
階段の踊り場に差し掛かり、ひと呼吸おいてから、曲がり角の前へ勢いよく身を乗り出した。
目の前には明かりに照らされた階段が現れる、が、他には何もない。
念の為辺りをぐるっと懐中電灯で照らしていく。だがやはり何も怪しい事はない。
ふと目に止まった物を見て、男はふぅ、と息を漏らした。
階段の脇にあるロッカー、箒などが入ったロッカーだが、その前に小さなダンボールが転がっている。
音の原因はこれか、と安堵と納得が混ざったような表情をする。ひょいとそれを拾い上げ中身を確認する。
何も入ってはいない。軽かった為風で落ちたのだろう、男はそう納得したのだ。
さて、やはり気のせいかと思い踵を返そうとした時だった。
ふと見上げた階段の上、小さな窓の向こうに人が落ちていくのを目にした。
男は瞬間、声にならない声を上げる。再び嫌な汗が体をつたい始める。
男はすぐさま階段の隣の教室に駆け込み、窓を空け、下を覗き込む。
そこには、何もなかった。
次は上を見上げる。しかしそこには人の影すらない。
もう一度雑草が生い茂った地面に目をやる。
しかし先程確かに目にした、地面へと落ちていった人の影など、そこにはなかった。
男は腰を落とし、狂ったかのようにふふ、と笑いだした。
その額にはびっしりと、汗が滲んでいた。
無造作に転がった懐中電灯が、誰もいない教室を照らしていた。
「聞きましたか」
パソコンに向かい仕事をしていた園田の横から突然声がする。
「何を?」
声のした方を見ながら聞く。
「なんでも巡回してた警備員が妙なモノ、見たらしいですよ」
「妙なモノ?」
すかさず聞く。
「今噂で持ちきりですよ。幽霊じゃないかって」
金森がそう口にしたとたん、園田はふふ、と微笑んだ。
「まぁ噂ですからね。それにここで、今の今までそんなオカルトじみた話聞いた事ないですし」
そう言いながらも、金森はどこかワクワクした表情をしていた。
「デマカセなんだろうよ、きっと。ま、俺は幽霊とかの話の類は信じてないんでね」
デスクの上にある出席簿やら、朝生徒達に配る予定のプリントを揃えながら話す。
「でも、その警備の人、次の日に突然辞めたいって言い出したらしいですよ。結構信ぴょう性、あるんじゃないですかね?」
金森の向かいに座っていた棚辺がひょい、と前のめりになり言う。こちらも興味津々、といった表情だ。
「そんな噂話をしてないで、お前達も準備、したらどうだ」
はい、と二人揃って少々バツの悪そうな顔をする。いそいそと準備を始め出す二人は園田がいなくなった後、本当に堅い人だ、と困った顔をしてみせた。
幽霊だなんだとそんな話、あるわけがない――――
そんな事を考えながら、園田は自分の受け持つクラスへと向かう。
途中、教室へと急ぐ生徒に走るなよ、やら急げやらと声を掛けながら歩く。
やがて目標の教室が見える。その奥にはいつも通りに、相変わらずに騒いでいる生徒達が見えた。
そう、そんなオカルトじみた話など自分には縁がない。
今日も、いつもと変わらぬ今日が始まるんだ。
そんな事を考えながら、教室の中へと消えていった。
噂
「ナベー、聞いた?」
「何を?」
放課後、部活帰りの光景。部活を終えた各生徒達が帰路に着いていた。
その中で二人は帰り仕度を済まし玄関を出るところだった。
「たまーに部活帰りに見た警備員の人いたじゃん? あのおじさんさ、辞めたらしいよ」
「何で?」
「さぁ、知らね」
特に親しいわけではなく、話をした事もなかった有元は噂話をそのまま話しただけだった。
渡辺も特に興味があるわけじゃなく、同じであった。
時刻は20時。いくら夏とは言えど流石に日は既に落ちている。
微かな街灯の中二人は最寄りのバス停まで歩いた。
二人が通う高校は街中にあるわけではない。しかし全く人がいない場所でもなく、ちゃんとコンビニもある。
ただ、夜になると人の気配はなくなり辺りには静けさだけが漂う。
話があるなら屋上で