駆け引きの掛け合い
三題話
お題
「見てはいけない」
「いちごジャム」
「弁当」
「はい、お弁当」
「お、いつもありがとな」
「いえいえ~」
「さて今日はどんなお弁当か…………なぁ?」
(なんだろう。明らかにご飯の上に乗ってるものがおかしい……気がする)
(うう、やっぱりおかしいと思うよね)
「あはは。今日は少し寝坊しちゃって……簡単なものになっちゃってごめんね?」
「いや、いいよ。どれもおいしそう、だし」
「うん……」
「この玉子焼きとかさ、いつも綺麗に作るなあと感心してるわ」
「うん、ありがと」
「えっと、ところで、さ。一つ聞いてもいいか?」
「う、うん」
「このご飯の上に乗ってるものだけどさ」
「なな、なにかな?」
「これ……ジャム、だよな?」
「ジャム、だよ。そうだよ」
「イチゴジャム、だよな?」
「そうそう。その通りです」
「…………」
(きっと何かと間違えたんだろうけど、どうしようかなぁ)
(冷静になれ私。まだ隠し通す余地はあるはず)
「な、何かおかしいかな?」
「これはご飯、なんだよな?」
「ええ、ご飯ですよ?」
「上に乗ってるのはイチゴジャムだよな?」
「左様でございます」
「ご飯にイチゴジャムなんて、初めて見たなぁ」
「私も……じゃなくて、こういうのは結構あるんだよ! ほら、お餅にきな粉やあんこを付けるようなものだよ!」
(さすがにイチゴジャムはないよね。言い訳が苦しい)
(何と間違えたにしろイチゴジャムはないだろ……)
「ああ、なるほど。パンと同じ炭水化物だもんな」
「……うん! そ、そうだよ!」
「そっかそっかぁ。それなら理解できない、ことは、ない」
(く、苦しい。フォローしようとしたってバレバレかな……)
(いやいやいや、パンは小麦だし! もしかしてミスをしたってバレてる!?)
「えーっと」
「これ、新しいな」
「へ? えへへ。そうでしょ」
「うん、そうだな」
「ふりかけは切らしちゃってて、だから代わりに、ね」
「そ、そうだったのか」
「うん……」
(まさか横に置いてあった梅ペーストの瓶と間違えたとは言えない。そもそも梅ペーストだとしてもかけ過ぎだけど)
(鮭ブレークと間違えたのか? いや、さすがにそれはないか)
(そこで沈黙されるとキツいです)
「ささ、お昼休みが終わっちゃうから早く食べよ」
「そうだな……うん、食べよう」
「…………」
「…………」
「もしかして、甘いのは好きじゃなかった?」
「そんなことないよ。むしろ好きだ」
(普通のケーキとかならな。これは、食えるのか……?)
(やっぱりもうミスをしたってバレてるよね……ジャムがけになったのが片方だけだったら自分で食べれば済んだのに)
(よし……う、これは意外と……いや、無しだな)
(本当に食べちゃった。よし、私も……)
「ん……ど、どうかな?」
「うん、なんだ、甘いな」
「そうだね。甘いね」
「主食なのにデザートっぽい」
「そ、そうだね。ちょっと失敗だったかな」
「ご飯なんだから、甘くないほうがよかったかも」
「だよね。次からは気をつけます」
「というよりジャムというのはどう考えて、も……」
(目が潤んで、る……今にも泣き出しそう)
(だよねだよね。ご飯にジャムなんてないよね。あーあ、幻滅されちゃったかなぁ……)
(こんな顔は初めて……うん、これは見なかったことにして)
「いや、いつも弁当ありがとな」
「へ?」
「付き合い始めて一ヶ月になるけど、毎日弁当を作ってくれて嬉しい」
「そ、それは、私が付き合ってもらってるんだから、それくらいは当然というかなんというか……むしろお礼を言いたいのは私のほうで」
(ダメ元で告白したら付き合うことになって、私はそれだけでも幸せなの)
(うーん、初めての彼女だから、どうすればいいのかよくわからないな)
(かっこいいから経験豊富なんだろうなぁ。私は飽きられないように頑張らなくちゃ!)
(もう少し踏み込んでも、いいよな?)
「俺は、お前と付き合えて嬉しいぞ」
「う、え、へ?」
「…………」
(うわ、顔が熱い。慣れないことはするもんじゃないな)
(いきなり何!? あわわわわ……)
「えっと、うん。私も、嬉しい、から」
「お、おう」
「うん」
「…………」
「…………」
「だから、無理をする必要はない、と、そういう意味で」
「うん。ありがとう」
(うわぁ、どうしよどうしよ)
(……恥ずかしくて目を合わせられない)
(私は……)
「無理は、してないよ」
「…………」
「好きだから、お弁当作ったり、一緒にいたり、したいと思うから、その……」
「ごめん」
「え?」
「無理をしてたというか、気を遣い過ぎてたのは俺のほうだったかもしれんな」
「そ、そんなことは」
「俺は、お前が大好きだ!」
「……うん。私も大好き!」
◇
その二人のラブラブ空間を邪魔するような人は、誰もいない。
同学年なら誰でも知ってる、校内で有名なバカップルの二人。
茶化すほうが馬鹿だというものだ。
駆け引きの掛け合い