砂に消えた帽子

女子大生の父が殺された。家族旅行の最中に。父に何があったのか?

 わたしの目下の楽しみは、今月の金沢旅行だった。
 東京駅の北陸新幹線ホームには乗客がひしめいている。
「速くいけるんでしょ、東京から富山や金沢が。金沢は人気よ。城下町の風情があるらしくて、人気スポットや美味しいお店も多くて、テレビによく取り上げられているからね」
 待合室で、わたしは金沢のよさを語る。
「まあまあ、おしゃべりだね」
 隣に座る母はおっとりした口調でわたしに笑いかける。
 やがて定刻となり、ホームで待っていると、列車が到着ホームに滑り込む。真新しいボディは夏の陽射しをはね返している。数分間の清掃が終了し、わたしたち一家は新幹線に乗り込んだ。指定席を探し当て、窓際にわたしが座り、両親は通路側に陣取った。

「いや、同僚の宮本くんがさ。いってこいっていうから」
 わたしの父はそういって頭をかいた。父は夏の四日間に家族でいく温泉旅行を計画した。三泊四日のミサト温泉で過ごす旅だ。金沢市内のホテルに二泊し、ミサト温泉に移動して一泊することになっていた。わたしと両親の三人での夏旅行はすでにスタートしている。列車は動きだし、話題は自然と、食べ物に関する話になった。
「金沢に着いたらなにが食べたい?」
 父がわたしたちにたずねた。
「わたしはお寿司か海鮮丼がいい」
 わたしは自分の好みがはっきりしている。
「やっぱり若いわね、直美は。わたしはようかんかしら。お茶に合うのよね」
 母はガイド本の写真を見ながら父の方を見ていった。
「夏だしな。のどぐろにホタルイカも旨いぞ」
 父はかつて金沢で働いていただけあって、ご当地の名物には詳しいのだろう。
「お父さんは単身赴任で金沢にいたとき、食事はどうしていたの?」
 わたしは父の暮らしぶりをあまり聞かされてなかった。
「ああ。同僚と加賀料理を食べ歩いたり、酒を飲んだりだな」
「まあ、ぜいたく」
 母が腕組みをして顔をしかめると、一同は笑い合った。楽しい雰囲気が旅情を盛り上げる。
「お父さん、久しぶりだね、休みにいるの。ゆっくり骨休めできるといいよね」
「生意気なことをいうやつだな」
 父が大口をあけ、笑いながらいう。わたしの視線の先はガラス窓の向こうに広がる青空と緑の山々といったのどかな田舎の風景に向けられていた。新幹線で旅するのが嬉しいのと、珍しいのもある。やがて雑誌を広げたわたしは、隣りにいる母とヒソヒソ話を始めた。好きなタレントのゴシップから金沢で手に入る雑貨まで、話は尽きない。
 数時間後、ようやく列車は終点金沢駅に到着した。ホテルにチェックインする三時までに時間のゆとりがあった。父はわたしの方を見てたずねた。
「ホテルにいくまでにまだ時間がある。なにをしたい?」
「金沢市の有名な所を回りたい」
 わたしが声をはずませていうので、家族はそれに賛成し、荷物を駅のコインロッカーに預けて、市内の茶屋街に向かった。ひがし茶屋街は観光ガイドに必ず登場する有名な茶屋街の一つだ。城下町風情と古い建築の街並みが織りなす情景は訪れたものを優美な世界へと誘い込み、忙しい毎日を忘れさせてくれる。わたしたちは、朱塗りの階段などが目を引く懐華楼を見学し、金箔のかかったソフトクリームを食べて一服した。
「江戸時代には金箔がぜいたく品として禁止されたんだ。だけど加賀藩のお殿様は、金箔を作る技術を守り抜いた。だからこんにちでも、金沢は日本一の金箔生産量を誇っているわけさ」
 父はうんちくを語る。
「へぇ。金沢のお殿様はぜいたくでお金持ちなんだね」
 わたしはそういって笑い、金箔のついた唇を舐め上げる。お腹が満たされたわたしと母は、和雑貨の店に入ってさっそく友人にあげる土産物を買うことにした。
 三時を回ったので、三人でタクシーに乗り、駅近くのホテルに向かう。父によると、駅前は父が働いていた当時よりもっと栄え、ホテルやビルが建ち並ぶようになったのだそうだ。
 ホテルに入り、カウンターで父がチェックインを済ませ、父と母は自分の部屋番号と相手の部屋番号を確認し合い、部屋に別れて入った。母の部屋はダブルルームでわたしと同室になっている。父の部屋はシングルルームで廊下の突き当たり、母のはエレベーター近くにあった。共に五階フロアに位置していた。
 午後六時にホテルのロビーに集合し、夕方の街に繰り出した。わたしたちは和食の店に入り、わたしは宣言どおり海鮮丼を注文した。

 旅行二日目、楽しいはずの観光が暗転した。
 二日目の午前は母のたっての頼みで、三人で金沢名物氷室まんじゅうの工場見学にいくことにした。
「甘いもの好きだから、わたし。金沢銘菓やその製造方法に興味があってさ。もなかにきんつばでしょ、ようかんもあって、目移りしちゃう」
 興奮気味に話す母は、午後から単独行動で金沢銘菓の五色生菓子の和菓子作り体験に参加して、その詳しい製法をガイドさんに熱心に聞いたり、成分や歴史などについて質問をしたりしていたという。わたしは父に連れられ、兼六園や金沢二十一世紀美術館を巡った。
 美術館をわたしが先に出ると、待ち合わせをしていた場所に父がなかなか姿を見せない。トイレにでもいってるのかしら。わたしは気長に待ってみたが、まったく連絡がない。一時間待ってもこないので、不審に思い、係の人に連絡して館内を一緒に探し回ったが、父の姿はかけらもない。おかしいとは思った。知り合いにでも会って先に出たのか。ホテルの部屋にひとりで帰ったら、夕方にフロントから電話があった。電話の相手は警察だった。父は美術館の地下倉庫で背中から血を流して倒れていた、遺体の所持品に免許証があり、名前が分かった、という。滞在先のホテル名は、所持品にメモ帳があり、当日の旅行先のホテル名が記してあったそうだ。気が動転した。頭が真っ白になりながら、しばらくたったあとで母の携帯に電話した。
「お母さん、大変よ。お父さんが……血を流して…」
 わたしはやっとの思いで、母に伝えた。母は言葉が出せないようで、すぐに電話が切られた。ホテルの部屋に戻った母とわたしは抱き合ってしばらくの間、震えていた。しばらくして、改めて警察から電話がかかってきた。
「菅沼さんのご家族ですね。残念ですが、旦那さんはすでに死亡しております」
 電話に出た母は警官の話を聞き、うわの空のような無表情になってしまった。父の死亡という残酷な現実にさらされることになったわたしたちは、その晩、途方に暮れた。
 ほとんど眠れないまま過ごした長い長い一夜が明け、朝になった。警官がホテルを訪れ、遺体の確認と死亡解剖の同意を求められた。チェックアウトをして、わたしたちはパトカーに乗り込んだ。車内で黙っていたわたしは、怒りがこみ上げてきた。
「犯人は誰なんですか? どうして…お父さんがそんな姿に…」
 わたしはせき立てるように運転する警官にいった。
「まあ、気を落とされるのも無理のないことでしょうが、必ず警察が犯人を捕まえますんで」
 警官はわたしをなだめ、車内はしばらく静まり返った。やがて車は石川県警に着いた。
 わたしたちは廊下のベンチで待たされ、一人ひとりが取調室に呼ばれ、調べを受けた。
「あなたの名前と年令は?」
「はい。菅沼直美、二十歳です」
「現住所は?」
「東京都世田谷区砧三丁目××ー×××」
「今回、金沢にきた理由は?」
「家族旅行です」
「お父上が亡くなりました。恐らく他殺です。犯人に心当たりはありませんか」
「いいえ」
「お父さんの最近の様子で、おかしな言動など、特に気になった点はありますか」
「え……特に…ないかと」
 あと、二、三の細かい質問があったと思うが、忘れてしまった。
 警察署を出たわたしは母を説得し、父を殺した犯人を捜すために、母を東京に帰して、しばらくわたしだけ金沢にとどまることにした。父の恨みを晴らしたい。警察には黙っていた。

 翌日、現地にお見舞いにきた父の同僚の宮本さんに事情を話したら、わたしに協力してもらえることになった。わたしは礼をいった。
 まずは、父の足取りを探るのと、かつて働いていた頃の馴染みの店などを回ることになった。
「こういう身なりの男性がきませんでしたか」
 話をふった相手のほとんどが知らない、きてないといってさっていく。そういう日々が三日続いた。
 そして四日目。じれたわたしは、県警がしてくれた説明を宮本さんに話した。それがヒントになり、いい知恵が出ればと期待した。いや実際は、不可解な死亡に絡んでいそうな謎を解くことが、犯人逮捕への近道だと思っただろうか。
「昨日、警官にいわれて引っかかっていたことがあります。『現場付近で青い帽子の女の人が倉庫から出るのを見かけたという人がいまして』と警官が話されました。大きな手がかりでしょ?」
 わたしが話すと、宮本さんは目を伏せ、わたしの方から顔をそむけた。そして、宙を見つめるようにしていった。
「それはまず間違いなく、その女が怪しい。聞いて回ろう」
 その帽子の女が事件に関わりがあると二人はにらんだ。帽子の女が父をおびきだし、倉庫で殺した。そういう仮説を宮本さんとわたしは立てた。二人で手分けをして捜したら、青い帽子の女がカフェにいるとの情報を掴んだ。
「あのカフェにいますよ」
 わたしは幹線道路沿いのカフェを指さした。
「なるほど、あの窓際にサングラスをかけ、青い帽子をかぶった女がたしかにいるじゃないか。よし、もっと近付こう」
 そして、注意深く出入り口をみたが、あの女は出てこない。いくらたっても出てくる気配がない。
「おかしいですね、宮本さん。たしかに見ましたよね」
 わたしはそういって、宮本さんの顔をみる。
「うん、たしかだ。店に入ってみよう」
 宮本さんは少し顔がゆがんだように見えた。嫌な予感でもしたのだろうか。二人して店に入ってみたものの、どこにも帽子の女はいない。客席を見回したが、それらしき女は見当たらない。
「あれ? どうしたんだ…」
 宮本さんは首をかしげた。
「いない…ですよねえ」
 わたしの答えも歯切れが悪くなる。わたしは女を見かけたときや、取り逃がしたあと、必ずといっていいほど赤い車が走り去るのを目撃していた。それを宮本さんに話した。
「ああ、オレも帽子の女が赤い車を運転しているんじゃないかと思ってた。あっちが車ならばこっちも車を用意しよう」
 宮本さんとわたしは作戦を立て直した。翌日になり、わたしの持っていた運転免許証でレンタカーを借り、赤い車を尾行できるように準備を整えた。
 それから三日間に帽子の女を五回ほど見かけた。あるとき、女がパチンコ屋に入るのを見た。入ったきり何時間も出てこないのでしびれを切らしてわたしたちが入ると、帽子をかぶる女など一人もいない。それらしき服装の女はたくさんいて、区別がつかず、その日はあきらめた。またあるときは、ショッピングモールに顔を出し、買い物をしている女を二人で尾行していると、いつの間にか人混みにまぎれ、消えてしまった。あわてて駐車場に戻ると、入れ違いに赤い車が猛発進し、逃げ去っていった。市内を運転していて、赤い車を見つけ、尾行すると男性が運転しており、人違いだった。
「くそぉ、あと一歩なのに見失う。おかしいなあ」
「なんか不思議ですね。いつもいいところで消えちゃうなんて」
「どういうことだ。抜け目ない相手だな」
「まるでわたしたちの行動を読んでいるかのようですね。あざ笑うように消えちゃって」
「まあ、市内をウロチョロしていることは掴めた。今に見ていろ。そのうちオレが捕まえて警察に引き渡してやる。覚悟しとけってんだ」
 彼は男らしく宣言した。
 宮本さんとわたしは金沢駅近くのウイークリーマンションを借り、かりそめの共同生活を送っていた。もちろん、犯人を警察に引き渡すまでの短期間であり、お互いに最低限の信頼関係はできていた。そこをねぐらにして、帽子の女の足取りを追っていた。宮本さんは焦りこそ見せないものの、正体不明の女の行動に手を焼いていたようだ。彼が窓を開け、タバコをくゆらす場面をなんどか見かけた。
 わたしと宮本さんの朝は、じゃんけんから始まる。どちらかが早く起きると、相手が起きるまでそっとしておくのが暗黙の了解になったが、お互いが起きて顔を洗ったら、服を着てからが勝負だ。じゃんけんタイム。朝ご飯のパンなりお握りなりをコンビニに買いにいく使い走りはどちらか、それを決めるじゃんけんだ。このところ、わたしが二連勝して、通算成績を二勝一敗にしている。
「じゃんけんぽん」
「やったー。三連勝」
「うわぁ、負けちゃった。なにがいい?」
「わたしはクロワッサンとカフェオレ」
「わかったよ。お金は後払いだったよな」
「そうです。じゃ、いってらっしゃい」
 昼食は二人で話し合い、どちらかが折れるか、提案に便乗することが多かった。夜は、基本的に社会人の宮本さんがおごってくれた。
 ある晩など、離れて寝ていたわたしの布団に彼が入ろうとしてきたので、わたしは宮本さんの股間を後足で蹴り上げてやり、真っ暗な部屋の中、小声で注意した。
「いい加減にしてください。宮本さんは妻子持ちでしょうが」
「ああ、分かってる。すまん。魔が差した」
 翌朝、コンビニで買い求めたパンを頬張りながら、宮本さんはいった。
「いつまでこの捕り物ごっこが続くのかな。共同生活には飽きてきたし、オレの有給休暇も使い切ってしまう」
「もう少し我慢しましょうよ。きっと捕まるから」
 わたしは口元に軽く笑みを浮かべながら、彼を元気づけた。

 金沢にきて、十日目。昨日は帽子の女を一度も見かけなかった。そこで二人で話し合って、最初の現場にいき、カフェの前で張り込みをした。すると、ちょうど青い帽子にサングラス姿の女が店を出てくるところだった。
「いまだ。いくぞ」
 宮本さんとわたしは駐車場に走っていき、レンタカーに乗り込んでエンジンをかける。女の乗り込んだ赤い車が店の駐車場を出ていく。わたしたちは赤い車を追跡した。
「こんどこそ逃がさんぞ」
 きょうは宮本さんも気合いが入っている様子だ。声に張りがある。赤い車は百万石通りから東インター大通りを抜けた。どうやら帽子の女が運転する赤い車は、北へ向かっているらしい。こんどこそ、とわたしも汗がにじむ手を握りしめた。
「宮本さん、例の女は海岸にいくつもりだわ」
「よし、直美ちゃん、任せとけ。絶対に追い詰めて白状させるぞ」
 わたしたちの車は赤い車を追って、国道をひた走った。しばらくいくと赤い車がスピードをゆるめ、海沿いの倉庫に停車しようとする。中から帽子の女が出てくるのを二人で確認した。
「いよいよですね」
「もう逃がすもんか。覚悟しろ、ひどいことをした女め」
 宮本さんは車を降りると、忍び足で女を追った。女は左右を見回してから倉庫の中に入った。
「よし。袋のネズミだ。直美ちゃんはそっちへ回ってくれ。さあ、いくぞ」
 暗い倉庫を進むと、窓から漏れる光に照らされ、帽子の女が後ろを向いている。
「とうとう追い詰めたぞ。オマエだな、犯人は」
 宮本さんはいった。
「なにをいうの。わたしをどうするつもり」
 青い帽子の女は窓際から離れ、こちらを向いて叫んだ。倉庫の暗がりで顔は見えない。
「こうしてやるまでだ」
 宮本さんは、背広から取り出した小刀で女目がけて切りつけようとした。青い帽子の女はそれをよけると、宮本さんのすねを蹴り上げ、倉庫の陰を走り抜ける。
「やめて、宮本さん! そうやって父も刺し殺したのね、あなたが」
 わたしはこらえていた心を解き放ち、憎しみをこめていった。
「直美ちゃん…。オレを疑うのか。ど、どういうことだ!」
「青い帽子の女なんて作り話よ。もういい…。いいから、警察にいってほしいの」
 こんどは、せめてもの哀れみがわき起こる。わたしの心の中には複雑な気持ちが交互に押し寄せていた。
「なにおぉ! 生意気な小娘め! くそお」
 狂乱状態の宮本が恐ろしい顔をして、こんどはわたしまでを襲おうとにじり寄る。わたしは入り口に走り、難を逃れようとする。
 そのときだった。倉庫の入り口が大きく開いて外の光がもれると同時に、数名の男たちが入ってきた。
「それまでだ、宮本」
 野太い声が倉庫に響き、警官が宮本を包囲した。
「宮本、観念しろ。菅沼氏の殺人と直美さん傷害未遂容疑で署まで同行してもらう」
 県警の警官数名と、青い帽子を取った女性が倉庫の外にいた。
「く、くそぉ」
「宮本さん、教えてあげる。県警が婦警さんを使って、青い帽子をかぶらせていたの。犯人をおびきよせるために。お父さんはね、日記をつけていた。そこに書かれた秘密を東京に戻っていたお母さんが見つけ、金沢にいるわたしにメールで送信してくれた。課長の横領を知っていたのね、お父さんは。発覚を恐れた課長が命令し、部下のあなたに殺させた。なんてひどい人たち……むごいわ……」わたしの目から涙が頬を伝った。「わたしはね…、途中からあなたを疑っていた…。本当はすぐにでも首をかききってやりたかった…。あなたが尻尾を出すまでは、と思って我慢してきた…。やっとお父さんの無念が晴らされる…」
 わたしはそばにいた婦警さんに肩をポンと抱かれ、しゃべるのをやめた。警官に連行される宮本は少し抵抗している。
「オレは課長にいわれたことをしたまでだ。課長のいうとおりに殺さないと出世なんてできない」
 わめいた宮本は反省の色がないようだった。わたしは母に犯人が逮捕されたのを電話で告げた。被疑者逮捕。殺人共謀と公金横領の罪で課長も逮捕されるだろうと警察から教えてもらった。
「これでよかったのよね」
 海岸に広がる砂丘をゆっくりした足取りで歩く私の横で、婦警さんがそっとわたしを慰めてくれる。
「ええ。でも、本当は……」
 本音を語り尽くせなかった倉庫での場面を、いまになって後悔するわたしだった。
「自首を望んでたの?」
「はい」
「どうして…親の仇でしょ?」
「そうですけど、犯人捜しの相棒が犯人だと途中で気付いたにもかかわらず、わたし、宮本さんを憎めなくて…その…」
「一緒に行動するうちに情が移ったわけ…か」
「まあそうですかね」
 わたしは夏の日本海を見やり、風になびく髪を押さえた。

 次の日、父が好きだった海岸にまたいってみた。本来ならば、ここは観光三日目に訪れる場所になるはずだった。平和な砂丘と海では、若者らがサーフィンをして遊び、子ども連れの家族が海水浴をしている。
 ここにこれを置いていこう。
 わたしは内灘海岸に広がる砂丘の一角に立つと、周囲を見回した。そして、おもむろに自分が立っている付近の砂をかき分けた。五分ほど掘り続けたろうか。穴ができ、そこに例の青色の帽子を埋めた。砂を埋め戻したら、気持ちがすーっとする気がした。海岸を去りながら、もうここにはこないと心に決めた。
 東京に戻って、ときどき思うことがある。あの青い帽子は砂に消えただろうか。わたしの心の中では、ひとけない砂丘に、ただ風が吹いているばかりだった。
                  (了)

砂に消えた帽子

砂に消えた帽子

金沢に家族旅行で訪れた女子大生の父が殺された。犯人は? 謎が父の秘密にあった。行く先々で見かける青い帽子の女。彼女が何かを知っているのか?

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-13

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