即興小説⑤

すべて制限時間十五分の代物です。誤字脱字や不足を少し修正してあります。



15、タイトル「魔女の出会い」
お題:緑の王子  異世界ファンタジーのボーイミーツガール

14、タイトル「友達以上恋人未満」
お題:うへへ、宿命 必須要素:恋愛   女に振り回される男の話

13、タイトル「喜ばせたい気持ち」
お題:走る哀れみ 必須要素:駄菓子  両親と一人息子の話

12、タイトル「今の夫との出会い」
お題:誰かと税理士  依頼人と税理士の話

11、タイトル「それって超能力じゃない?」
お題:気持ちいい理由  長く待っていた話

10、タイトル「もう答えてくれない墓」
お題:真実の場所  数々の誤解と愛情が重なっていた悲劇

9、タイトル「共依存の解放」
お題:アブノーマルな命日  葛藤する話

8、タイトル「桃源郷からの帰還」
お題:楽しかった天国  食べ損ねた女の話

7、タイトル「見知らぬ脚光」
お題:緩やかな祝福  周囲の反応に困惑する男子学生の話

6、タイトル「傷ついたのはタケヤ」
お題:かゆくなる愉快犯  悪ふざけした結果

5、タイトル「一目で惹かれた」
お題:女同士の外資系企業  慣れない接待に挑む女性社員の話

4、タイトル「特殊すぎて魅力」
お題:マイナーな団欒  多勢力よりも楽しく過ごす男たちの話

3、タイトル「残った一瞬」
お題:昔の時雨  何気ないだけのあの時をよく覚えている話

2、タイトル「ナンパじゃないのか?」
お題:右の蟻  彼女の言葉の意味に気付かない鈍感な男の話

1、タイトル「因果応報」
お題:誰かは冥界  死後の行く末の話

魔女の出会い

 薬草を採取していたら、ずいぶんと山奥まで来てしまった。
 転移魔法で戻るべきかと一瞬考えたが、私はもうしばらく先まで進むことを選んだ。
 山深くなればなるほど貴重な材料が手に入る。うまくすれば電気石か風雲石などがある洞窟が見つかるかもしれないし、危険だったら自分の紋章を残して転移魔法で戻ればいい。
 そこでまた行きたくなったら、紋章の魔力をたどって転移魔法で自宅から行けばいい。それで行き来できれば、体力や魔力の消耗にも対応できる。
 魔女も楽ではない。魔力だけでできることは限られてくる。魔力を封じ込めやすい物質が必要だ。魔力を解放させやすい物質も必要だ。店を維持するには、一般人の興味を引くような面白おかしいジョークグッズを作りたい。
 一回しか使えない閃光玉はパーティーの余興として評判がいいし、光だけで実害はないから作りやすいし使いやすい。スポットライトがわりにもなるし、目くらましにもなる。
 村の唯一の魔女だ。同業者はいなくても、オリジナリティは持ちたい。
 近くの樹木の小枝に留まっていた小鳥に、私は問いかける。
「この先には何があるか教えて」
 ピーチクとさえずる小鳥の言葉を私は解読する。魔女の特技だ。
「木の精霊の領域があるよ。荒らさなければ、何か分けてくれるかも」
 鳥語を駆使して私は礼を示す。
「ありがとう」
 そのまま私は、身なりを整えながら進んでいった。


 なるほど、進んだ先には鮮やかなお花畑が広がっていた。
 紅の小花、橙の大輪、蒼の露草。見とれながらも踏まないように歩いていけば、身なりのいい碧色の髪の青年が、花を愛でている。
 私はそっと声をかけた。
「こんにちは」
 彼はゆっくりと顔を向けてきた。やさしく整った顔立ちだ。身なりを何とはなしに眺めていたが、かなり高貴な身分で、人ではないとわかる。おそらくは精霊ドリアードの王族ではないかと踏んだ。
「お会いできて光栄です、王子」
 私のあいさつを否定せず、彼は微笑んでうなずいてくれた。

友達以上恋人未満

 出会いは偶然ではなく、時間の流れの中でいずれやってくる定め。
 前世で何か縁でもあったのかとでも言いたくなる説だが、それにしてもこの女はないだろうと秀人は思う。
 初めて会ったとき、目が合った時に何とはなしに思った。この由香里という女はほかの、その他大勢とは違う。しかし明らかに、付き合えば傷つく種類の人間だとも感じた。男をとっかえひっかえしては、飽きては捨てるということを繰り返している。
 由香里とは大学で知り合った。彼女のいつまでも終わることのない遊びを見ていたら、眉間にしわが寄っていたらしい。近くにいた別の女友だちに、秀人は顔の縦筋をなぞられた。
 人差し指で顔に触れてきた友だちに、そっと耳打ちされる。
「いくら好きでもあの子は、やめておいたほうが……」
 わかってる、と低い声で答えてから男は人の輪を離れた。
 ため息をついて地面を見ていたら、視線を感じる。気配をたどれば、由香里がこちらをすごい形相でにらんでいる。
 秀人と由香里はただの友人同士で、恋人関係などではない。どちらかがどちらかを縛れる権利もありはしない。しかしこうした視線の応酬は、一回生で出会ってから頻繁にあった。
 それは四回生になった今でも変わらない。
 意味深なやり取りをする二人の距離感を見て、恋人同士なのかと詮索してくる人もいた。ただ二人はいつも、即座に否定している。
 あんな女が自分の恋人であってなるものか、捨てられたらどうする。そう考えている時点で、もう自分はあの女にからめ捕られている気さえした。
 うへへとだらしなく笑う、彼女の新恋人が何も知らずに言っていた。
「俺たちが会ったのって宿命だよなあー」
 付き合うことや出会うことに宿命があってたまるか、と言ってやりたい。

喜ばせたい気持ち

 貧乏な田舎の家庭に生まれた千代は、甘いものにあまり触れないまま育った。
 それは彼女の好みそのままに影響して、大人になった現在でも、甘いものに触れる機会が少ない。塩辛いものを食べて育ったためか、飴よりスナック菓子や煎餅を好む大人の女性だ。
 街へ降りて結婚して子を産んでもそれは変わらなかった。
 そして自分の好きな、スナック菓子や煎餅を子どもに与えた結果。彼女の息子の一樹も甘いものよりはしょっぱいものを好む大人へと成長した。
 一樹はそれでも、街の子どもとして育ったので、母よりは舌が肥えた。好き嫌いなくあらゆるものを食べていき、時にはおいしいものを見つけては、両親に買い与えた。


 あるとき、一樹は城下町の風情が残る古風な町、商店街を通った。
 駄菓子屋の前を通りかかったところで、ミルクせんべいや笛ガムを見て足が止まる。そのまま飽きもせずに店の陳列を眺めた。田舎に住んでいた母は、そういった店すらなかったと語っていた。
 カツを模した駄菓子と、たまには甘いものをと、水あめを買って帰った。早く渡してやりたいと、大慌てで走っていく。喜ぶ顔を見たかった。もはや親の気分だった。
 食事後にそれらを披露すると両親はそれらを平らげ、満足げに語った。
「私たちも行ってみたいわね」
「こういうのもたまにはいいよな」
「来週の日曜に、連れて行くよ」
 一樹は、親を喜ばせたい一心で約束した。さびしげな親の姿を見るのがつらかった。
 そして約束通りに日曜日、初老の両親を連れて一樹は駄菓子屋に向かった。駆け足で店先へ行き、興味深そうに歩いてくる両親を手招きして誘導する。
 両親はといえば、息子の自分たちへの気遣いの気持ちも察していたので、申し訳ない気持ちもある。しかしそれは気にしないことにして、喜んで一樹のもとに向かった。

今の夫との出会い

「いつまでもそんなところに引っ込んでいないで、入ってきなさいって」
 立ったまま待っていた私が声をかけると、ようやく依頼人がやってきた。
 一般の男性だが、親の残した莫大な財産の管理を持て余して、私のもとに相談にやってきたのだという。萎縮してなかなか扉を開けたきり、事務室に入ってこないので催促したというわけだ。
 そこで彼と対峙して、ようやく私とそう変わらない三十歳ほどの男だとわかる。事前に送られてきていた財産の資料は、すでに目を通してデスクに広げている。
 確かにここは堅苦しいだろうが、そこまでびびられてはうまく話ができない。デスクの前の応接席を薦めると、そのまま腰かけたのでようやくお茶を出しに行けた。
 二客の緑茶と栗まんじゅうを、そのまま自分で用意して差し出したところで、彼がワイシャツの上の頭を垂れて会釈をする。
「ど、どうも」
 スラックスの足元がそわそわしている。私は彼を見ながら、あまりの上がり様が可笑しくて吹き出してしまった。
「森下様、あなたがお客なんですから。そう怖がらなくても」
 薄くルージュで彩っておいた唇に、私が手を当てて小刻みに震えていると、様子が面白かったのか。彼は目を丸くしていた。
 部屋の空気が軽くなったのか、彼がようやく口を開いてきた。
「税理士の先生って美人なんですね」
「えっ? そんな、お上手ですね」
 お世辞に笑っていると、彼は首を左右に振ってきた。
「いえ、人目ぼれです。それで緊張してました」

それって超能力じゃない?

「いやいや、俺は怒ってるんだからね」
 彼女がやってきたのは約束の時間より十五分も遅かった。
 言っておくが俺は普段、気の短い男ではない。そのままやってくるのが遅いとき、一時間だって待ってたことがある。だが今日という今日は話が別だった。
 今日はただの一日ではない、彼女の誕生日だ。しかも俺は自宅から遅刻しそうになったので猛ダッシュでやってきた。しかも俺はトイレを我慢していたのだ。もう俺の膀胱は破裂寸前である。
 時計台の近くで十一時半に待ち合わせ、やっとやってきた彼女が、今日は一段とかわいかったのでほだされて許してしまいそうになったが、そういう理由で俺は怒っていたのだった。
「取りあえずだな。俺は即、トイレだからね。わかって。じゃあちょっとせっかく来てもらったところ悪いけど、待ってて」
 そのまま彼女を置いて俺は走って行った。


 とにかく早く済ませたかったので、焦っていた。
 別に本気で怒ってなどいなかった。遅刻時間も短くなってきたので、俺の怒りの許容量も広まってきたところである。とりあえず、どうしてそんなに遅刻が多いのかは気になってきた。
 日曜日の昼時だ。それほど非常識な待ち合わせ時間というわけでもないし、二人でメールし合って決めたこと。お互いに毎回、了承しているのに彼女は遅い。
 手早く用を済ませて、時計台に戻ったのだが彼女は居なかった。
「なぬ? せっかくいつもよりは、いつもよりは早く会えたのに」
 あちこちきょろきょろするが、どこにもいない。隠れる場所などない公園の広場なので、どこかほっつき歩いて暇をつぶしているに違いない。当たりをつけて俺は歩いた。
 二・三分ほどあたりを歩きまわり、花畑のあたりでようやく彼女を見つけた。
「いたいた。じっとしてろよ、さがしたぜ」
 振り返ってきた彼女は、花畑の土を埋めていた。彼女の前には、そこそこ大きな穴が開いていた。
「なにやってんだよ」
「花から助けてって……私、いつもなんだか人とかものに呼び止められて、助けちゃうんだよね。だから今までの彼とも、うまくいかなくて」

もう答えてくれない墓

 僕が三つ上の兄の墓に行ったのは、ちょうど二十歳の誕生日だった。
 たった二人しかいない兄弟だったのに、僕が中学二年の時に亡くなった。交通事故で、僕をかばって死んだ。
 納骨に行って以来だ。法事は無論あったのだが、頑として僕は墓にはいかなかった。お供え物の用意も親戚の料理もかって出て、とにかく何かと理由をつけてそうした。
 そのまま七回忌まではのらりくらりとやり過ごしたのだが、とにかくものすごく嫌だった。別に助けてくれなどと言ってもいないのに、命を棒に振られたのが気に食わなかった。
 昔から、何くれと兄は優秀であったので、僕は大変に家庭で居心地が悪い思いをした。運動も勉強の順位も一度も勝てたこともないので、いつか越えてやろうと思っていた。親も何かと兄をひいきしていたと思う。僕ばかり叱り、兄はあまり怒られていなかった。ぐれなかったのが不思議なぐらいだ。
 それなのに、僕を突き飛ばして車に引かれて死んだ。
 兄のほうが生きていれば、親だって喜んだだろうし、世の中のためにもなっただろう。やっかみが入っているのは自覚しているがとにかく気に入らない。
 現実が受け入れられなかった。


 結局、さりげなく避けていた墓参りに、頼むから行ってくれと両親に土下座されてしまったので、嫌々でも行くことになった。
 土下座までして大げさな、と僕が声をかけると、父が体が痛いのをこらえるような瞳で訴えてきた。
「本当の兄じゃないのにお前を守ってくれたんだ。後生だ、頼む」
 僕が二十歳になったから本当のことを言う気になったらしい。今になって依怙贔屓の理由がわかり、俺が養子だったから冷たかったんだと察した。
「兄さんばかりかばっていたのは、実の息子がかわいいから?」
 こう嫌味を言うと、首を横に振られた。
「実の息子はお前のほうだ」

共依存の解放

 約束を守らなければならない、命日なのだからお線香を立てに行かねばならないと深雪は思った。
 一番の『親友』が亡くなってしばらく経つので、半ば強迫観念である。しかし、ものすごく行きたくなかった。周囲には二人は親友などと言われていたし、相手からもそう言われていたので『親友』と思いたいのだが、なぜかひどく窮屈だった。

 高校に居るのときはつねにユカリと一緒だった。というより、付き合わされていた。登校するのも一緒、移動教室に向かうのも一緒、休み時間に喋るのも一緒、昼休みに食事をするのも一緒、掃除の時間も一緒、トイレに行くのも一緒、帰るのも一緒だった。
 常に行動する、という目的のためにいつも待機させられた。またユカリが特別、トイレが近い人間であったので、ことあるごとにトイレトイレと言っては深雪を待たせ、用を足しに行った。そのため深雪とユカリは非常に遅刻が多かった。しかもユカリは、他の友人や家族への愚痴、その他の手伝いを、深雪一人に向けていた。
 遅刻すれば、内申には無論響く。しかし置いて先に行こうものなら、あとあと文句を言われてしつこく付きまとってくる。そもそも連れションなど小学生で終わらせておくべきイベントではないのか。だいたい、遅くなるなら前もって行動すれば、せめて遅刻はしないのではないか。それから、常に一緒である必要はない気がする。
 深雪は様々な疑問をユカリ本人にしたが、涙を浮かべて「深雪を一番信用しているのに」と言って、わざとらしく泣きまねをしてきた。
 客観的に見ればユカリは可憐な少女で、深雪は大柄な少女だ。はたから見て、泣かせていると思われてはたまらない。ほぼ義務で深雪は高校三年間を耐えた。

 今日は先立ったユカリの命日だが、恨み言ばかりがよみがえってくる。もう見ているクラスメイト達もいない。
 深雪は行かないことにした。

桃源郷からの帰還

 とにかくついていない、死にたいと思いながらアパートに帰った。
「もう、なんなのあのクソ上司」
 三十間近の女の一人暮らしだ、とにかく物が多い。家に帰ってくると自分の片づけ下手さにげんなりした。家事をやる気もわかず、買ってきたコンビニ弁当で食事を済ませる。
 分別もせずにゴミ箱になにもかも放って、満腹になったので横になる。
 歯磨きをしなければ、メイクを落とさなければ、お風呂に入らなければ。家に帰れば休めると人は言うが、大人の女は何かとやることが多い。よろよろと立ちあがり、歯ブラシを持ってバスルームに向かう。立って歯を磨く気力もないので、そのまま一度の場所ですべてを済ませた。
 全身ぴかぴかにしてから横になった時には、家に帰ってきたとき以上にくたくただった。
 パジャマで横になって、そのまま意識を失った。


 どれほど経っただろうか。いい香りがするので、私は目を覚ました。
 桃の木の下に、根っこを枕に寝ていたらしい。そのまま起きて周囲を見渡したが、お花畑だ。紫のバラや白いチューリップ、蒼い桔梗に牡丹も咲いている。華やかで美しく、この世のものとは思えない美しさだった。
 あたりはわずかに霞がかっているが、それがまた儚くてよい。
 そのまま進んでいったが、黒い髪の美しい青年が立っている。およそ私とは釣り合わない華のある人だったので、そのまま遠くから見ていた。
 だが、こちらに微笑みかけて美青年が手招きをしている。霞がかってうっすらとしか見えないが、花畑の中の広場に、白いテーブルとチェア、そして山盛りの果物の盛り合わせがある。
 急に空腹を思い出した私は、そのままふらふらと近づいて行った。
 真っ赤なリンゴが輝いている。おいしそうだ、と思ってそのまま進んでいくが、近づいていく最中。踏んだ地面が急にゆがんだ。
 地面を踏みぬくというのも変な話だが、私の足の下に大穴があいた。
 落とし穴か、と思う間もなく私は悲鳴を上げて落ちた。
 どれほど落ちたかわからない。そのままやわらかいものに包まれ、ベッドだと気付いた時には現実に帰っていた。なぜか全身汗みずくになっている。
 あの美青年のもとにたどり着いていたら、あのリンゴを食べていたら、どれほど幸せな気持ちに浸れたか。仮にあそこがあの世で、楽しい体験をしたら二度と生き返れなかったとしても、私はあの禁断の果実を食しただろう。今となってはもうどうなっていたかわからないが、ただ少し悲しく、ひたすら切なかった。

見知らぬ脚光

 教室に入った時から、いやにクラスメイトたちがこっちを見てくる。
 いつものように「おはよう」と挨拶をし合うのは、同級生だから自然なことだ。別に普段あまりつるまないクラスメイト同士でも、あいさつぐらいはする。
 なのに挨拶が済んで、俺が自分の席について学生鞄を机の横に置いて、椅子に腰かけてからもこっちを見てきた。
 後から入ってきた別のクラスメイトが挨拶してきて、いつものように返事をした。
 そいつも俺の顔をじっと見てくる。なんなんだ、と思っていたところで、いつもつるんでいる奴が教室に入ってきた。
 そこで俺は、手を挙げて挨拶した。
 すぐに挨拶を返して、木田は俺の隣りの席に腰かけてきた。こいつはいつも通りだ。
「なあなあ、俺の顔に何かついてるか? 俺みんなに何かしたか?」
 小突いてひそひそと話しかけると、木田も俺に顔を近づけて内緒話をしてきた。
「いや何も。おまえは何も悪くないよ」
「なんでか分かんねぇけど、みーんなさっきから俺の顔をじっと見てくるんだよ。絶対普通じゃねぇ、絶対何かあんだろ。教えてくれって」
 俺がねばって話しかけると、木田がそのまま真顔になって言ってきた。
「信田、何にも知らないのかよ? 夕べニュースになってただろうが。俺だって見たけど、別にお前が悪いことしたわけじゃないし、放っておいてるだけだ」
 昨夜は家族が何かざわざわしていたが、俺は部活で疲れて、夕飯の後すぐ寝てしまったのだ。男子高校生は何かと睡魔に襲われるのだから仕方ないではないか。とくに数学の時間や英語の時間などは猛烈な睡魔に襲われる。みんながどうやって耐えてるのか訊いて回りたいぐらいだ。
「じゃあなんなんだよ」
「いや、家族がお前に言ってないなら、俺が言ってもいいものなのかどうなのか……こういうのはちゃんと本人の口から……」
「んだよそれ。気になるじゃねーかよ! 教えてくれって、ホントに俺は何にもしらねぇんだよ」
 木田が根負けして口を開きかけたところで、こちらを見守っていた周囲のクラスメイトの一人が、ようやく俺の元に直接やってきた。
「信田くん、合格おめでとう!」
 俺は目を点にして相手に向き合う。
「何を?」
「何って、映画の主演に決まったんでしょ? お姉さんが写真送ったのが合格したって、テレビで」
「知らない! なんだそれ!」
 勝手に送られて面接もなしに決められたな、とようやく気付いた俺だった。

傷ついたのはタケヤ

 友人同士の、その場のノリで最低な遊びをした。
 平たく言えば、よくある「告白ゲーム」である。クラスの目立たない、冴えない、それでいて言いふらしそうもなく逆らってきそうにない者、に白羽の矢を立てて、付き合ってくださいと告白する。
 正直に言うとタケヤは気が進まなかったが、嫌がったら友人数人から白けて数時間無視された。卒業後はこいつらとは縁を切ろう、と考えて、とにかくその場を乗り切るためにタケヤは女子を見繕った。
 すぐに思いついたのは、いつも休み時間に本を読んでいるキヌ子だ。友人とあまりつるまないが、一定の友好的な性質の女子で、こちらが馬鹿にしても反論してきそうにない。とにかく、この場を乗り切ることだけを考えて彼女をターゲットに決めた。
 おそらくクラスで話題にされることもなく、笑い飛ばしてからかって終えよう。タケヤはそう考えた。

 まず手紙で呼び出す作戦に出た。
 下駄箱に入れる、という定番のラブレター作戦だ。結論から言うと、呼び出すことには成功した。体育館裏に呼び出す、というところまではうまくいった。
 しかし、時間通りに行ってみれば、彼女はすでに待っていた。
「お待たせ……ごめん、いつから待ってた?」
 タケヤがそう問いかけると、キヌ子はこともなげに答えた。
「……十分前」
 ほんの少し、ずきりと胸のあたりが痛む。その自分の良心の呵責を無視して、タケヤは言葉を投げた。
「す……好きです! 付き合ってください!」
 やや間をおいてから、キヌ子は答えた。
「好きって……どこが?」
 そう聞かれるとは思わなかったので、タケヤはややひるむ。キヌ子の背後の生け垣からクラスメイト数人が見張って、先を促している。そのまま、思いつくだけやけっぱちで告げた。
「ほ、本好きなところが! 大人しそうだけど、友だちを助けるところが! あ、あとそれから、この前は俺のゴミ捨て手伝ってくれてありがとう!」
 そのままやけくそで頭も下げる。
 あれ、これ俺はガチ告白してないか? と、タケヤは思ったが、キヌ子に黙って首を横に振られ、断られた。ようやく自覚しても、遅すぎた。

一目で惹かれた

 会社を定時で上がった吉野は、そのまま銀座へ向かった。
 海外の顧客との接待とあってメイクも気合を入れ、スーツも新調して袖を通した。髪を染めていない者の方が海外では好感度が高い、という先輩の言葉もあって自分が選ばれた。ただ、英語に自信がないことだけがネックでもある。
 顧客は日本語に堪能、という言葉だけを信じて料亭に向かう。
 予約時間より三十分ほど早く着いたが、金髪の美女が立っていた。ほれぼれするような碧眼とウェーブがかったブロンドだ。ただ、こちらが声掛けするよりも早く、向こうから挨拶された。
「こんにちは……まあ、素敵な黒髪」
 うっとりとした口調と輝く瞳から、社交辞令ではなく本心で言っていることがわかる。出会いがしらに褒められて照れくさいが、できるだけ平静を装って会釈する。
「あ、ありがとうございます。そちらこそ、綺麗な金髪で……驚きました」
 こちらの褒め言葉にいたく喜んだらしく、美女は薔薇色のルージュを動かして答える。
「まあ、嬉しい。仲良くしましょう……私は、マルチナ。このお店で、良かったですね」
 優雅な立ち振る舞いに見とれながらも、淡々と仕事をこなしながら吉野は答える。
「ヨシノ・クラシキです。はい、ご案内します」
 先だって歩き、店内にマルチナを案内した。


 個室の、じっくり話すにはうってつけの和室を、マルチナはいたく気に入ったようだった。
 店選びのセンスを褒められれば悪い気はせず、吉野はそのままうなずいて、運ばれてきた料理を彼女に勧める。
 それにしても、こちらがマルチナに見とれる以上に、向こうが吉野の容姿をいたく褒めてくる。
「このまま次のお店でも、お話ししましょうね」
 聞き方によってはナンパともとれる話だが、女同士だ。とまどいながらも、吉野は喜んでうなずいた。

特殊すぎて魅力

 オンラインで知り合った同士で何人か集まる会があった。
 参加者は僕も入れて四人。刃物を愛する会という、他人が聞けば怯えるような趣味だ。ただ、集まった全員がその趣味の持ち主なので、異議を唱える者はいない。そして写真や内容は公表不可、という取り決めだ。どっぷりとその世界に浸れる。個室なので邪魔者はいないとあって、僕らは男四人、水入らずで過ごすことになった。とはいっても、ただの宴会で親睦を深めるだけなのだが。
 いつも話している仲間内なので、オンラインとはいえ友人同士だ。初めて会ったとは思えない仲の良さで、一通りの自己紹介をしていく。
 本名ではなくハンドルネームで呼び合う。僕は楽多(らくた)というが、他も似たり寄ったりだ。
 生ビールで乾杯して、梅肉きゅうりをつまみながら幹事の切助(きりすけ)さんが言い出した。
「普段はとても言い出せない趣味だからなー。こうやって集まれてうれしい。いや、よかった。やー、ほっとする。なじむ」
 しみじみと頷いているのは閃人(せんと)さんだ。
「わかる。どうもこうな、変な目で見てくるやつが多くてよ。こういうのが好きだっていうとまるで、殺人犯予備軍みたいな顔でな、見てくるのよ」
 ビールを一口飲んでから武平(たけひら)さんも語る。
「わからないやつはほっとけばいいのさ、わかるやつだけ、身内でこう、集まってワイワイ騒ぐのが、俺らも周りのためにもなるだろって。な」
 僕も黙って聞いているが、そのままやっていくのがいいと思う。だって僕だって、このまま人に迷惑をかけずにやっていけるのが一番いいと思う。別に刃物を振り回すのが好きなわけではなくて、メーカーのどのデザインが好きかって集まりなのだ。変な偏見などで見られたくはない。
 さっきから出入りしている居酒屋の男性店員が、僕らの話を小耳にはさんで、ちらちら視線をやってくるのが気になる。蔑みではなく、参加したそうな目つきだ。
 どうだうらやましいか、入れてやろうか。そう言いたいが、向こうが言い出すまで待っている。

残った一瞬

 忘れられない一時は誰にでもあると思う。
 俺が高校三年生の受験勉強できりきりしていた時に、そんな瞬間があった。おそらくやってきた彼はそんなこと忘れているだろうが、とにかくその時間を鮮明に覚えている。
 十月の上旬、放課後。小雨が降っていた。
 学校帰りに、ウォークマンで古典のリスニングをしていた。はたから見れば音楽を聴いてぼけっと歩いているようでも、これも勉強の内だ。
 イヤホンをつけて、リュックを背負って傘を差し、駅への道を進んでいた時。背後から急に、肩をたたかれた。
 振り返ると同じクラスの、成績優秀者くんが立っている。
 なにかしゃべっているが聞き取りにくいので俺が右耳のヘッドフォンを外すと、ようやく声が聞こえた。
「――るんだから、ちゃんと返事ぐらいしろって」
「リスニングでよく聞こえなかった。なんだって?」
 そう問いかえすと感心したような声で訊かれる。
「勉強中だったのかよ? 熱心だな」
「もうあまり時間がないからな。で、なんだって」
 俺の右耳から外したヘッドフォンを指でつまんで、自分の左耳に押し込みながら彼は答えてくる。
「こっちは一生懸命話しかけてるんだから、ちゃんと返事ぐらいしろって。そう言っただけ……ああ、平家物語か。英語かと思ったら、渋いな」
 そのまま俺たちはイヤホンを分け合って、小雨の夕方に並んで歩く。
「ドラマCDの感覚で聴いてると結構、面白くて。話が」
「そういえばお前、よく図書館に行ってるもんな。物語好きか」
「よく知ってるな? 俺のこと」
 別に普段、別のグループにいるし特別、仲がいい間柄というわけでもない。なにげなく問いかけて歩き続けていたら、片方のイヤホンが落ちる。
 そのまま彼が立ち止まったから、俺に引っ張られて抜け落ちたらしかった。
「どうした?」
「……お前は俺のこと、よく知らないだろうけど。俺はよく、見てたけどな」
 そのまま彼は早足で駅に行ってしまった、行き先は同じなのだから、一緒に行けばいいのに。
 受験で忙しくてそれっきりになったが、卒業したら返事をしたかった。秋の日の話だ。

ナンパじゃないのか?

 こだわりが強い男と呼ばれて幾星霜。図鑑を見ていると飽きない。
 昆虫図鑑が特に好きだ。身近なものを細かく調べられるのは楽しい上に、人に言える話題になる。しかし高校で同級生に、熱く昆虫について語ると怪訝な顔をされるので、その趣味は隠した。
 マンガや勉強、ファッション、エロ本の話などは同級生にも評判がよかったので、そうした。社交辞令や人に合わせる空気というのは、どうにも窮屈で困る。特に女は、昆虫になど興味を持たないので俺がその話をし出すと、すぐ散ってしまう。
 お前は顔は悪くないのにな、と男の友人に言われると反論できない。ただおかげで、生物の成績は学年一位だったので、頭のいい変わり者という位置に落ち着けた。
 仕方なく一般市民の仮面をかぶって、高校は無難に終わった。


 大学の図書館は、高校などとは比べ物にならないそれは貴重な資料が集まっていた。
 数万円する百科事典などは垂涎物だった。大学はいい意味で頭のおかしなやつが集まるところなので、俺の趣味にも寛容な友人ができた。
 俺が熱心に研究していると、ページに影が下りる。
 見上げると同じゼミの女子が、上から覗き込んでいるらしかった。名前はわからないが顔は知っている。
「それが好きなの?」
 ちょうど、蟻のページだった。別に人から見れば左のページの蟻と右のページの蟻の違いなどどうでもいいんだろうが、俺は眺めているだけで面白かった。
「……ああ。この右のページの蟻、よくこのへんにもいる。蟻って女社会だから、見てて面白いぜ」
「へえ? そうなの」
「ああ。男なんて肩身が狭いもんだよな、人間も蟻も。女のほうがたくましいぞ」
「ふふふ、面白いこと言うね……隣りに座ってもいい」
「ん? いいよ」
 女子は俺の話しぶりに興味を示したのか、俺の隣りの席に座って、一緒に図鑑を眺めだした。
 それから俺たちは、一緒に図鑑を眺めてさまざまな話をした。こんなに女性と、昆虫の話で盛り上がったのは初めてだ。
 やはり女性らしく、アゲハ蝶のページになると夢中で読み始める。俺が解説を挟みながら話していると、実物を見たいというので、今度公園へ一緒に行くことになった。
 あとで同級生からやっかまれたが、知るか。

因果応報

 リアリストの女は、死んだらただ無があるだけだと思っていた。
 齢二十歳という若さで早世してからその考えが変わった。死んでから変わっても仕方がなかったが、真実は本当に体験しなければわからなかったのだからどうしようもない。
 どこでどうまちがえたのか、死因は簡単に言えば、恨まれて刺されて殺された。リアリストの女は口が悪く、正当性を持って相手を追い詰めていくような物言いが多かった。そして人に暴言を吐いてストレス解消をしていたので、それも仕方がない。
 生者として暮らしていたころの神話めいたお伽噺のように、天国や地獄などはない。体から抜け出たこの世の魂は、すべて冥界へと送られていた。
 輪廻転生という概念は存在する。冥界で禊ぎを終えると、希望したものは現世へと再び誕生できる。
 ただし、何に生まれ変わるかは、前世の行いと冥界での過ごし方で決まる。


 冥界は人や動物、植物も関係なく、魂しか見えない。
 輝く者もいれば、どす黒い影を抱えた魂もある。魂は光そのもので闇そのものだったので、手でつかめるような肉体がなかった。
 かつて、太陽系大三惑星・地球上の日本国に生を受け、リアリストの女として暮らした魂は、黒い太陽のような姿になっていた。光のように闇のヴェールを放つ、球体のような姿をしていた。
 手足もないので、かつての日本国でショッピングを楽しんだ時のように、物欲を刺激する品々も豊富には存在しない。そもそも商売という概念もないので、彼らはめいめい、好きなように自由に過ごす。
 生前の記憶はあったが、言語も存在しない。個々のやりとりは触れ合うことでコミュニケーションがとれる。個々の感情はあったので、それなりに互いに衝突する。
 自由だからこそ、次の転生にかかわった。法律がないからこそ、行いが作用する。
 次に何に転生するかは、自分次第。

即興小説⑤

即興小説⑤

即興小説トレーニングというサイトで書いたもののログ十五編、第五弾。 色々ありますけど恋愛が多め。でも要素が三つじゃやっぱり収まらない。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-13

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著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. 魔女の出会い
  2. 友達以上恋人未満
  3. 喜ばせたい気持ち
  4. 今の夫との出会い
  5. それって超能力じゃない?
  6. もう答えてくれない墓
  7. 共依存の解放
  8. 桃源郷からの帰還
  9. 見知らぬ脚光
  10. 傷ついたのはタケヤ
  11. 一目で惹かれた
  12. 特殊すぎて魅力
  13. 残った一瞬
  14. ナンパじゃないのか?
  15. 因果応報