短編 非公開日誌

「1210、応答願う」
「0079、こちら1210。感度良し。通信可能。どうぞ」
「1210、こちらも感度良し。通信可能。専有回線での通信を要求する」
「0079、確認した。専有回線に移行する」
「移行、完了。…起きてたの?」
「私はこの時間が稼働時間なだけ」
「夜型なんだ」
「昼も夜も無いでしょ」
「まぁ…外はずっと真っ暗だもんね」
「…でも、前から夜型だよ、私」
「ふぅん。その割には昼から元気だった気がする」
「あれは作ってただけ。周りに合わせてないとすぐ生きづらくなるの」
「女子大生ってめんどくさいね」
「男って良いなぁって思う時もあるよ」
「化粧しないのは大きいと思う」
「お金かかるのよ意外と。まぁ、この実験で専攻の単位倍もらえるし、柵(しがらみ)ともオサラバーって感じ」
「…柵とオサラバ?」
「え?だって私達が群れてるのって基本『誰かが良い思いしそうになったら足引っ張って引きずり落とす』為だからね」
「…ちょっと色んな意味で理解出来ない。何それ?」
「分かんないよね。分かんない方が良いけど」
「でも気になっちゃうんだよなぁそういうの」
「だよね。あのね、私達のグループって、『平均、横並び、仲良しこよし』に物凄く執着してんの。皆同じような格好で、同じくらいの成績で、同じくらいの企業に就職したがってるの。何でかって、一歩でも抜き出ると妬み嫉み僻みの対象になるから」
「そんなの、人それぞれじゃん」
「そこが私達の思う『面倒くさい』の具体的な部分。…だけど、私も良くは分かってなくて」
「…一緒に考えてみない?」
「…面白そう。どうせこの通信も、暇潰しでかけてきたんでしょ?」
「そんなとこ。知ってて声かけられそうなのって1人しか居なかったし」
「菊池 夕海。夕方の海で、夕海ね」
「鈴川 巧馬。カレーの話したの覚えてる?」
「あぁ、うん、覚えてる。でも、ミーティングと親睦生活1週間じゃ顔も名前も覚えらんないよね」
「顔覚えても通信は声だけだからぶっちゃけ意味ないし」
「何考えてんだろうね。…ねぇ」
「何?」
「仲良くなった人達ってさ、こういう通信で、お互いにやっちゃってたりするのかな」
「…じゃない?多分」
「虚しくなんないのかな」
「知らないよそんなの」
「だよねぇ。…あ、大丈夫、『してみない?』って意味じゃないから」
「言うような人だと思ってないから」
「もう少し物分り悪かったら可愛げあるのに」
「初めてマトモに話す相手とは流石にね」
「まぁそのくらいの方がお互いやきもきしなくて済むよね。…で、人それぞれじゃいけない理由、だよね」
「うん。…何か、宗教っぽいよね。流行ったものに乗っかって、同じ服を着て、同じ物食べて、飲んで、同じような成績で、同レベルの企業に納まる。…でもまぁ、それを望んでる人なら、まぁ、とは思う」
「そうね。自分から流行りに乗りたがる人の集まりなら、別に私がそこに入らなければいいだけの話だからね」
「そもそも、菊池さんがそこに入った理由が知りたい」
「私?…成り行き、っていうか、大学入った当初の『そこに居る事が普通』みたいな漠然とした強迫観念に中てられちゃったのかも」
「あー…砂糖があったら蟻は群がるもんだよな。あ、今の何か語弊があるな」
「ううん、それ合ってる。甘い方に流れるの。で、後で全然甘くないって気付くけど手遅れ、みたいな」
「でもそれ、流れるっていうか、縋ってるんじゃないかな」
「縋ってる…?そんなに切羽詰まってなかったけど」
「帰属欲求。何処かのグループに入って、一員になりたいっていう欲。人間なら誰しも持ってるものだから、そう思うのもおかしい事じゃなかったんじゃないかな」
「それは…そうかも。後悔し始めたら、全部悔しくなっちゃうなぁ」
「それはハロー効果だよ。『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』ってやつ」
「…鈴川君、さっきの何とか欲求とか、何とか効果って…何?」
「弟が一個下で心理学やってて、その受け売り」
「へぇ。面白いね、心理学」
「あーでも結構大変みたい。意外と統計取ったり数字弄ったりするんだってさ。分厚い統計ソフトの本が何冊も部屋に転がってた」
「じゃあ齧るくらいが丁度良いんだ」
「半端な興味で飛び込む分野じゃないかな。…何か横道それちゃったね」
「ううん、良いの。楽しいよ」
「菊池さんは寝ないの?」
「昼間…いつ昼間か分からないけど、結構寝ちゃったから。寝ててもレポートは勝手に送られてるらしいじゃない?だったら、良いかなって」
「そっか」
「そういう鈴川君は?」
「俺も同じ」
「…私は、さ。さっきも話した通り、横並びグループにもう居たくないからこの実験に参加したんだ。足引っ張れない所まで逃げたら、もう追いかけて来ないはずだし」
「うん」
「鈴川君は、何でこの実験に志願したの?」
「…理由?」
「うん」
「…考えた事無いなぁ」
「…え、ノリで決めたの?」
「砕いて言えば、そんな感じ」
「…ノリで宇宙って…映画みたいね」
「そんな大それたものじゃないよ。…いつも通る駅前の商店街に新しくパン屋が出来てて、店先で美味しそうなチョココロネが100円で売ってたら、買うでしょ?」
「…まぁ、うん」
「そんな感じ」
「ノリよりも軽いよ」
「そうかな。新しい事をただやりたかっただけなんだ、純粋に。…深い意味が無いと出来ない事なら、多分やっても後悔するだけだよ」
「…それは、そうね。…だから今こうして、地球じゃ見られないパノラマの夜景を独り占めしてる」
「…何事も、皿を洗う位の気軽さで挑むくらいが丁度良いんじゃないかな」
「それを私の周りの人に言っても通じないのが、悲しいところね」
「菊池さんは分かってくれたから、俺は悲しくないよ」
「そういう事サラッと言うのね」
「変かな」
「ううん、…何だかんだ言って、私も寂しかったんだなぁって、実感したとこ」
「我慢してたの?」
「気付かなかった、が正しいかな。…うん、鈴川君と話して、寂しかったんだって、気付いたの」
「悪い事しちゃったかな」
「全然。気付かなかった時の方がよっぽど嫌」
「…あ」
「何?」
「あれ。…北斗七星じゃない?」
「…かな?ごめん、あんまり詳しくなくて」
「多分、そうだよ」
「…教えてよ、星のこと」
「え」
「あとほら、心理学って色んな現象とか効果とかあるでしょ?そういうのも知りたいし、その…」
「…今くらいの時間なら起きてる?」
「…う、うん、起きてる」
「俺もこの時間は起きてるから、暇潰したくなったらかけてきてよ」
「…そうする。暇潰し、ね」

短編 非公開日誌

短編 非公開日誌

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-08-12

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