ヒラソル事件簿
こんにちは、松嶋 真子と申します。
このサイトには初投稿で、いろいろ未熟な面がございますが、みなさまのご感想を心待ちにしております。
さくさく投稿していきますので、早くストーリー展開をつかみたい方はどうぞお楽しみください。
なお、作中に多少、残酷な描写がございますので、ご注意ください。十五歳未満の方はお読みにならないようにお願いします。
序章 予感
序章 予感
「なんですって!」
突如響き渡った怒号に、その場にいた全員が身を固くする。ちらちらと様子を窺う者もいたが、大抵は何食わぬ顔でパソコンに向かっているふりをしながら、聞き耳をたてている者がほとんどだった。声の主はもちろん、警視庁きっての敏腕警部、小日向まどかである。
「自腹?あたしが?壊したのはあいつらじゃない!」
まどかは勢いよく立ちあがった。はずみで淹れたてのコーヒーがこぼれ、重要書類に大きな茶色い染みが広がる。あーあ、やっちゃった。
「へ?あたしの管轄?そ、そういえばそうだったかしら……。と、とにかく!そっちでなんとか処理しなさいよ!じゃ、あとはよろしくねっ!」
まどかは相手の弱弱しい抗議の声を無視して強引に電話を切った。本部は気まずい空気に包まれたが、当の本人は飄々としている。
「終わった、終わった。あ、ちょっと、秋山くん」
まどかは、手招きで新米刑事を呼びつけた。
「ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」
そういって、すがすがしいほどの笑顔を向ける。この笑顔が彼女の危険信号であるのは庁内でも有名な話だった。なにか、とんでもない『お願い』をされるに違いない。新米刑事の額からは冷たい汗が流れた。
「たいしたことじゃないのよ……。これ、片しといて!」
まどかは先ほど染みだらけになった、山のような重要書類を彼の腕の中に押し付けた。しかし、何か見つけたのか、書類の中から一束だけ抜き取る。そして、用は済んだとばかりにすたすたと本部を出て行った。
「じ、自分がですか?そんな、警部~!」
本部内を気の毒そうな視線が交錯したが、とくに抗議の声をあげるものはいなかった。彼女は、一度決めたらてこでも自分の意思を曲げない性質なのだ。そんな彼女だから、多少我儘であってもついてくる部下も少数ながらいたことは事実である。
まどかは、誰もいない裏通りまで来ると、先ほど抜き取った書類に目を落とした。表紙には大きくマル秘が書かれており、茶色い染みが血のように点々とついている。
「これ……」
やっぱり思った通りだった。こんなところに埋もれてたなんて。危うく、捨てるとこだったじゃない。まどかは書類をぎゅっと握りしめた。薄汚れた紙に、歪なしわが広がっていく。
――そこから全ては始まった。
「この事件、あたしが必ず解決してみせる」
――全てを白日の下へ帰するために。そのためなら、あたしはなんでもする。神様の仕掛けたパズルだって、解いてみせる。だって、それがあたしの正義であり、信念だもの。教えてあげる、この世に解けない謎なんてないってことを。
「さあ、そろそろ始めましょうか?」
まどかは吸い込まれそうな蒼い空に向かってつぶやいた。
まずは行くところがある。
そう、あいつらのところへ。
時間とともに次第に空は陰り、夕方になるころには厚い雲が空を覆い尽くした。
――まるで、何かの予感のように。
第一章 四人
第一章 四人
「れーん」
不意に聞きなれた声を耳にして、葛西連は顔をあげた。見ると、紅い夕日が二つ。いや、夕日じゃない。人間の目だ。
「れーんってば」
おそらくもう何度も呼んでいたのだろう。紅い瞳が不機嫌そうに歪んでいた。連は、自身の真っ黒な猫っ毛を指でいじり、先ほどまで寝そべっていたソファの上に身を起こした。やれやれ。
「俺、何回も呼んでたのに。新聞ばっか読んじゃってさぁ……て、聞いてる?」
連は、無意識のうちに彼の頭をぐりぐりとかき回していたことに気が付いた。連はぱっと手を頭から離した。
「聞いてる聞いてる。ただ、一年前のことを思い出してただけ」
俺がおまえに初めて会った日のことを。
「ふーん」
紅い瞳が不服そうに細められた。
連は目の前の少年に目をやった。歳は、十二、三歳だろうか。正確な年齢は分からない。
ここに来たときは名前すらなかった。一年前、傷だらけで倒れてたあいつを拾ったのはまどかさん。俺の親代わり。そのあと、まどかさんはどういうわけか、俺にあいつを預けていった。当時のあいつはひどく怯えていて、傷ついた獣同然だった。いまでも、あの痛々しい傷だらけの体と、怯えきった紅い瞳を思い出す。あいつの眼差しは、昔の自分そっくりで。誰も信じてないって目。そのとき思った。こいつには、俺が必要なんだって。いや、もしかしたら俺がこいつを必要としてたのかも。とりあえず、俺は「陽」と呼ぶことにした。なぜかって?あいつの紅い瞳が俺には太陽に見えたから。今も、過去も俺には欠けていた、太陽の輝きが。ただそれだけ。
連は再び陽の栗色の頭をかきまぜ始めた。
「な、なんだよ」
陽は連の手を払いのけた。紅い瞳が揺れる。
「よー、お前、俺と初めて会った日のこと覚えてる?」
陽は連の真意をはかりかねているのか、困惑気味に口を開いた。
「覚えてるに決まってんじゃん。あん時はたしか……ていうか、いいかげん頭触るのやめろよっ!」
陽は、近くにあったクッションをつかむと、連の顔めがけて投げつけた。連はひょいっと身をかがめてクッションをかわす。危ない、危ない。と、そのとき、勢いよくリビングのドアが開いた。
「おっじゃまー、ぐふっ……」
はからずも、クッションは急な訪問者の顔面に直撃した。
「あ」
二人は同時に言った。
「やっちゃったねぇ、よー」
連は、面白がるように呟いた。
不幸な訪問者、小日向まどかの口からは、ふふふふふっと気味の悪い笑い声が漏れてくる。陽はとっさに連の後ろに隠れた。
「お、俺は悪くねえよ。だって、れんが……」
連はけらけらと笑った。
「でもまー、クッション投げたのはよーだしね」
「あっ、ずりぃ!一人だけ逃げんのかよ!裏切り者ぉ!」
連は、飄々とうそぶいた。
「そーね。でも、俺、もともとおまえと同盟した覚えなんてないし?それに、おまえが勝手に怒って、勝手にクッション投げただけで俺は関係ないっしょ?」
言いながら二人はじりじりと後ずさり、後ろ手にドアを開けようとする。しかし、二本の腕が二人の襟首をがしっとつかんだ。
「あら、あたしを置いてどこに行くのかしら?まだ、話は終わってないわ。……て、逃げんじゃないわよ、チビ!」
まどかの腕を振り切ろうとした陽の頭上にげんこつが落ちた。
ごちっ!
「あだっ!……ってえ!なにしやがんだ、この鬼ばばあ!」
そのまま、陽はまどかにつかみかかろうとする。連は仕方ないなあ、という顔でじたじたと暴れる陽を押しとどめた。
「で?まどかさん、俺たちに話ってなーに?」
まどかは溜息をついた。
「それなんだけど、綾瀬くんと関谷も呼んでくれない?あの二人にも関係のある話だから」
連が電話すると程なくして、眼鏡をかけた知性派の優しげな青年と、正反対といってもいい、煙草をふかしたラフな青年が入ってきた。
「お邪魔します」
「ふあ~あ。……ちぃーす」
彼らと連たちは一か月前に初めて組んで仕事をしたばかりだった。綾瀬泉。見た目は優しげな青年だが、その過去にはかなり後ろ暗いものがあるらしい。関谷玲央。奔放な性格だが、泉とはそれなりの信頼関係を築いており、現在は彼と行動をともにしている。過去については語ろうとしないが、まどかに恩があるらしく、一緒に仕事をすることになった。
「そろったようね。じゃあ、いきなり本題に入らせてもらうわ。話は二つ。一つ、あんたたち四人には警部であるあたしに代わって、バイト代わりに主に裏社会の事件を解決してもらってたけど……物を壊しすぎよ!あんたたちがこの前片づけた大規模な麻薬取引事件、被害総額は約三億円。窓ガラスの大破はともかく、ビル倒壊、巻き込まれた一般人への慰謝料……いくらなんでもやりすぎ。どこぞのアクション映画のヒーローじゃないんだから。自腹切るあたしの立場も考えなさい!」
泉はのほほんと笑った。知っている人には分かるが、これはかなり腹黒い微笑だ。
「あはは、でも、壊したのはほとんど玲央ですよ」
「あっ!ひでえ。ばらしたな!」
「ほんとのことですから」
けろりとしている。
「でも、俺の罪はお前の罪でもあるんだぜ」
「それは初耳ですね」
冷たくあしらわれた玲央を捨て置き、まどかは話を続けた。
「二つ目は……これよ」
そういって取り出したのは、マル秘と書かれた一束の書類。茶色い染みが点々と散っている。
「これは、最近起こったとある事件の概要が記された機密文書よ。通称、『ヒラソル事件簿』って呼ばれているわ。でも、どういうわけか、政府に圧力がかかって、捜査はすぐに中断された。気になったあたしは、すぐに独自に捜査を進めたの。上からは止められたんだけどね。きっと、裏でヤバい何かが絡んでるはずよ。その調査を依頼したいの。この事件の背後に何が隠されているのか、黒幕は誰なのか。あたしたちは、正義の名のもとに知る義務がある」
四人は顔を見合わせ、苦笑した。
――正義の名のもとに、か。
自分たちとはなんて縁の遠い言葉だろう。四人それぞれが過去に抱く闇には、正義や愛といった綺麗ごとは存在しないことは十分すぎるほど分かっていた。闇にあるのは『罪』だけなのだ。
「あなたには申し訳ありませんが、僕と玲央はお断りします。僕たちは正義の味方なんかじゃありませんから。今まであなたの依頼を受けてきたのは、あくまで罪滅ぼしのためです。それに……僕には『誰かのため』なんて言葉は重すぎますから」
「そーそー。そんじゃ、話は終わりってことで。俺と泉は帰らせてもらうぜ」
二人が背を向けて出ていこうとしたそのとき、陽は呟いた。
「俺、やるよ」
「そーね。それでいいんでない?」
欠伸をしながら、連はうなずいた。
泉は思わず叫んだ。
「……っ。なぜですか!」
陽はにやっと笑った。
「決まってんじゃん」
連は愛用の煙草に火をつけた。
「面白そうじゃない?」
まどかは噴きだした。
「ふっ、くくくっ。あー、あんたたちほんと飽きないわ。ま、らしいちゃ、らしいのかもね。じゃ、頼んだわよ。……あんたたちは?」
泉は迷っているようだが、はっきりと言った。
「……仕方ありませんね。二人だけに任せるわけにもいきませんし。やりましょう」
まどかはぱんっと手をたたいた。
「よし、決まり!この書類には目を通しといて。三日後に最初の任務を連絡するから」
「りょーかい」
それから数時間後、夜の静寂(しじま)に響き渡った悲鳴を五人はこのとき、知る由もなかった。
第二章 検証
第二章 検証
「あー、疲れたあ」
陽はふうっと息をついた。
「ひどい恰好なー?よー」
「れんこそ、人のこと言えないじゃん」
二人は自分たちの出で立ちを見下ろした。雨に長時間打たれた上に、あちこち服が破け、茶色く変色した血がついていた。
――数時間前、二人は昨日もらった『ヒラソル事件簿』について話し合うため、泉と玲央の住むアパートへと向かうことにしたのだが。
「まーさか、あんなとこで襲ってくるとはね。俺たち、とんでもないことに首突っ込んじゃったんでない?」
連は雨でしけった煙草をくわえたものの、火はつかなかった。連はぽいっと投げ捨てたが、陽がキャッチした。
もちろん、ヤバいヤマだとは聞いていたから、警戒はしていた。それでも、細い裏通りに追い込まれ四方を囲まれてしまった。敵は覆面で顔を隠しており、無言で襲ってきた。もし、単独行動していたら、かなりきつかっただろう。二人は傘だけを武器になんとか包囲網を抜け出し、ようやくアパートの前まで敵を振り切ってきたのだった。
「二人で良かった。一人はきついし。でも、やっぱ、れんは強いよなー」
陽は呟いた。
「よーも強いと思うけど?」
連は呼び鈴を鳴らしながら思った。俺的には、お前をこんな事件に巻き込みたくなかったんだけどね。以前、別の事件で陽にそういったとき、陽は本気で怒った。
――俺が信じられないのかよ!ダチだろ!……ワンマンプレイするなっ。
それ以来、陽は絶対に仕事についてくるようになった。
「はいはい、ちょっと待って下さいね」
がちゃりとドアが開き、泉が顔を出す。彼の細い目が少しだけ見開かれた。
「なんといか……斬新なスタイルですねえ」
「嫌みかよ」
ああ、と泉は了解したように手をたたいた。
「そういうご趣味なんですね!」
「ばっ……ちげーよ!そんな趣味あってたまるかっ」
連は、あきらめろというように陽の頭を軽くたたいた。
「ま、冗談はさておき、僕たちに話があってきたんでしょう?ちょうど、玲央もいますから。コーヒーくらい出しますよ」
二人は導かれるままにリビングに通された瞬間、白い煙草の煙を認めた。
「だれかと思ったら、お子様とその保護者じゃねえか」
玲央はふーっと煙を陽に吐きかけた。
「げっ!げほ、げほ……!なにすんだよっ」
「未成年者に向かって、煙草は止してくださいよ、玲央」
「……保護者じゃなくて、相棒なんだけど?」
玲央は連の眼差しの奥に、冷たい光が宿るのを認めた。ぞくっとするほどの戦慄が走った。俺様がこいつに怯えてる?まさか。笑ってはいるが、やつの笑顔は虚構だ。だが、連がなぜか陽に対しては明らかに甘いことに玲央は気が付いていた。
「なんか俺様、怒らせちゃったみたいね」
「さあ?……別に」
一気に冷えかけた空気を払拭しようと、泉がコーヒー三つに、オレンジジュースを運んできた。
「まあまあ、みなさん。これでも飲んでこれからのことを話し合いましょう」
四人が落ち着いたところで、泉が口を開いた。
「じゃあ、まずは事件の要点を整理していきましょうか」
泉は『ヒラソル事件簿』をぱらぱらとめくった。
「第一の事件では、男性二人が午後十一時ごろに殺されています。目撃者は……いません。刃物のような鋭いもので首をかき切られたみたいですね。第二の事件は、白昼堂々に渋谷で発生。被害者は十七人が死亡。三人が重傷。三十人以上が軽傷の大惨事です。大規模な報道規制がかけられて、全くニュースにもなりませんでした。犯人の特徴は……」
急に押し黙った泉に三人は怪訝な顔をした。
「いずみ?……どうしたんだよっ?」
「俺様を焦らすな、早く言えよ」
「……どしたの?」
泉はくいっと右手の中指で眼鏡のズレを戻した。考え事をしているときの彼の癖だった。
「それがですねえ、ちょっとここ、見てください」
好奇心に駆られて、三人は言われるままに事件簿を覗き込んだ。
「これって……」
たった三文字の言葉が記されていた。
――化け物。
「れん、なんて書いてあるように見える?」
連は、コーヒーを一口飲んだ。
「化け……なんとか」
玲央は煙草をふかした。……これで21本目かもしれない。
「ま、要するにだ。ヒガイシャは化けもんみてえな大男に襲われたっつーことだろ?ものの例えだって」
「……そうでもないみたいですよ」
三人は一斉に泉を見た。
「ご丁寧に写真までついてますよ。ほら」
そういって差し出された写真は、とうてい現実のものとは思えなかった。
かろうじて、ヒト型ではあるが。赤黒い肢体に額からは鬼のような角が出ていて、二本の腕は手の代わりに刃物のような形になっている。血のように赤い口からは、鋭い牙がとびだし、背からはぼろぼろといってもいい、漆黒の翼が生えている。
「CGみたいですねえ。僕、この手の三流特撮映画はよく見るんです。結構おもしろいですよね、あはは」
あははじゃねえよ。
三人の思考が一致した瞬間。そのときだった。
ぴんぽんぱんぽーん。ちゃらららら……。
突如、愉快な音が窓の外から聞こえてきた。
「なっ、なんだなんだなんだ」
四人は窓に駆け寄った。見ると、紅い選挙用の宣伝カーに乗ったお姉さんが笑顔で手を振っていた。
「市民のみなさま!わたくしたちは愛と慈悲の名のもとに活動する宗教団体、『紅の意思』……通称、『ヒラソル』でございます!この不況に苦しむ日本を、退屈な日本をわたしたちの力で変えていきましょう。どうか、清き一票を!」
四人は顔を見合わせた。
……て、ひらそる?
第三章 始動
第三章 始動
「あった、あった、ありましたよ。『ヒラソル』に関する情報!」
昨日からものすごい勢いで『ヒラソル事件簿』の分厚いページを捲っていた泉は、がばっと顔をあげた。
「ほら、ここを見てください」
四人は文章を目で追った。
――『ヒラソル』とは、スペイン語でヒマワリを意味する。一般にヒマワリとは『太陽』を意味するものであるゆえに、古くから太陽信仰をもつ者たちによって作られた宗教結社を『ヒラソル』と呼ぶ。私の調査によると、日本の不況に乗じてこの国を牛耳ろうとする者たちがいるようだ。彼ら、『ヒラソル』は政府の上層部に何らかの圧力をかけ、一方では慈善活動によって国民の支持を今はわずかであるが、手に入れつつある。これらの組織が上記の殺人事件と何かしら関係があることは確かである。よって、これを『ヒラソル事件』と呼びたい。『ヒラソル』の所有する施設の地下では、怪しげな実験も行われているらしい。あの化け物たちの正体は何なのか、『ヒラソル』はこれから何をするのか、調べなければならない。私はこれから潜入調査を行う。しかし、これを誰かが読むころには私は死んでいるだろう。そのときは、私の代わりに、真実を明らかにすることを求める。H.Rより。
「とにかく、あの教団がうさんくせえことは確かだな」
「ええ。これで、昨日連と陽を襲った者たちも、教団幹部である可能性が高いですね。でも……すると、この『ヒラソル事件簿』と僕たちに関する情報はもうばれてしまっていると思ったほうがいいかもしれません。事件簿の作者さんも殺されてしまったようですし、いよいよアブナイことになりそうですねえ」
プルルルルルルッ……!
突然、けたたましい音が鳴り響いた。連の携帯だ。
「もしもしー。あ、まどかさん」
「全員居るわね。じゃあ、最初の任務よ」
連は携帯を耳から離して、全員に聞こえるようにした。
「いい?よく聞いてね。今週末に秋葉原にあるビルの一室で、『ヒラソル』によって新信者歓迎パーティーってのがあるの。奴らに接触する絶好の機会よ。あんたたち四人は従順な新信者のフリをして、色々探ってちょうだい。場合によってはかなり重要な情報が手にできるかも。でも、むこうもスパイには警戒しているはずだから、油断しちゃダメよ」
玲央は、ズズっとコーヒーを飲みほした。
「従順ねえ。俺様、ちょっち自信ないカモー」
まどかは、はあっとため息をついた。
「そうなのよねえ。他の三人はともかく、あんたはどうみてもカミサマ信じてるように見えないのよ」
「当然だ。俺様、不良だし?俺様は俺様のことしか信じてねえんだよ」
えらそうに胸を張った。
「玲央、かっこいい言葉っていうのは、かっこいい人が言って初めて価値があるものなんですよ?」
泉はにっこりと笑った。
「……んだとォ?俺様がかっこよくないっていいたいのかよ!」
「僕は、いいかげんあなたの俺様主義にはついていけないんですよ!いつもあなたの煙草とか、散らかしたものを片付ける僕の身にもなってください」
「ちょっと、あんたたち……」
これはケンカかと思われたとき、小さな影が二人の間に割り込んだ。
「やめろよ、二人とも、やめてくれよぉ!」
陽だ。
「おれ、俺、いっつも仲いい二人がケンカしてるとこなんて見たくねーよ……」
みるみるうちに紅い目に零れ落ちそうなほど大粒の涙が溜まっていった。
連はぽんっと陽の栗色の頭をたたいた。
「よー、泣いてるの?」
声音は穏やかだが、玲央と泉を見る目は冷たかった。
危険を察知したのか、慌ててまどかが割って入った。
「子供泣かしてんじゃないわよ!大人げないわよ」
泉はしょぼんとした。玲央はきまり悪そうに目をそらす。
「……すみません。かっとなってしまったみたいで」
「はいはい……悪かったよ」
まどかは、本日二回目のため息をついた。
「思った以上にバラバラなチームね。大丈夫かしら?じゃ、頼んだわよ。……あ、それと連」
連は他の三人には聞こえないように携帯を耳に近づけた。
「あんたが陽をまるで壊れ物を扱うみたいに大切に思ってるのは分かってるわ。初めて会った日から、あいつはあんたの太陽だもの。でも、歪んだ愛情はいつかあんたの大切な人を刺し貫くわ。……気をつけなさい」
「……はいはい」
連は電話を切った。ちらっと目を向けると、涙をふいた陽の笑顔が目に入った。
まどかさんは、間違っている。
これは、愛なんかじゃない。勘違いされることは多いが、俺の陽に対する感情はそれではない。
子供じみた執着だ。
陽は太陽で、俺は月。
月は太陽がなければ輝くことはできない。
俺が欲しているのは、俺にはない、あいつの輝き。
だから、自分の目の届く範囲に置いておかないと不安になる。過保護だろうか。
陽の笑顔を見ると、自らの過去が赦されたかのような……そんな錯覚に陥る。
この笑顔が壊れないように。
大切にして。
いや、違う。
俺が壊してしまわないように。
そう、俺がこの手で壊してしまうことを、俺はきっと何よりも恐れている。
「れん……?」
気づくと、心配そうな顔で陽が覗き込んでいた。
「なーに?どしたの、よー」
いつもどおり連は笑って見せた。
「なんか、痛そうな顔してたから……」
ああ、こいつにはわかってしまう。
「お前が心配することなんてなんもないっしょ?俺は大丈夫。さ、帰ろ?」
「うん。……今日の夕飯なに?」
「ラーメンかな」
「昨日と同じじゃん。やだ、違うのがいい。」
「はいはい」
アパートを出た二人は、雨上りの空の下、暗闇へと吸い込まれていった。
第四章 潜入
第四章 潜入
とうとうこの日がやってきた。新信者歓迎ぱーちー。前日に連が二人分のスーツを用意したのだが、陽のスーツは少し大きかったようだ。
「……いてっ。だあーっ!歩きにくい―!」
先ほどから陽は、ぶかぶかのスーツの裾につまずき、何度も転んでいた。
「れんー!」
「はいはい」
見かねた連は、いそいそと陽の服の裾をきれいに折ってやった。まるで、子供を世話するママのようだった。
「だいたいなー、こんなぶかぶかのスーツ着れないって。もうちっと、考えろよなー」
連ママはぽんっと陽の背中をたたいた。
「そーね。ま、俺もお子様用のスーツなんて買ったことないもん。それに、一緒に買いに行こうって言ったとき、めんどくさがって行かなかったのは、お前っしょ?」
「お子様いうな!だって、やりかけのゲームがあったし……。連なら大丈夫だと思ったんだよっ」
「……お前ね」
しばらくして、連は朝食を作り、机に並べ始めた。メニューはいたって簡単。ご飯にお味噌汁に卵に豆腐……。
二人はきれいに平らげると、食器を洗って身支度を整えた。
「さ、行くよ」
二人はアパートを後にした。
「おはようございます」
アパートの前には黒のワンボックスカー止まっており、運転席の窓から泉がひょっこり顔を出した。
「乗ってください。小日向警部からの伝言をお伝えします」
◇◇◇
「まず第一に、第三の事件が起こってしまったそうです。被害者は女性で刃物のようなもので胸を一突きされています。死亡推定時刻から、事件が起こったのは、私たちが警部に事件簿を渡されたあの日の晩です。目撃者の話によると化けものを二匹見たとか……」
連はつぶやいた。
「……そ。一匹じゃなかったてことね」
「二点目は……」
泉が妙にまじめくさった顔で白い紙を手渡してきた。
「僕たちのキャラクター設定です。素のままでは少し危険ですし、もし素性を聞かれることがあったら大変ですからね」
連と陽は、紙を覗き込んだ。
連と陽の設定
トウキョウ 太郎…22歳 兄
次郎…14歳 弟
くれぐれも、正体がばれないように気を付けてね♥ By まどか
ぐしゃっと陽は紙を握りしめた。
「なんだよっ、これ!俺、ジロー!?」
「俺、太郎ね」
「もっとマシな偽名がなかったのかよ。一発でばれそうだぜ」
「あと、これはカツラとメガネに、口ひげです。好きに組み合わせて使ってくださいね♥」
泉の顔に(黒い)微笑みが浮かんだ。
二人が変装すると、今まで黙っていた玲央がげらげらと笑いだした。
「ぎゃははは。似合ってるぜ。コメディアンみてえー」
陽が玲央の腕をこづいた。
「うっせー!てか、なんでいずみとれおは変装してねえんだよ」
泉はにっこりと笑った。
「それはー、あれですよ」
「あれだな」
「あれって?」
「俺様たちは、超カッコイイから変装なんてなくても大丈夫なの」
陽はボカボカと玲央を叩いた。
「冗談はそのくらいにして、着きましたよ」
黒のワンボックスカーから、3つの長身と小さな影が一つ出てきた。
ざわざわざわ。
4人が近づくと、人ごみは自然に道を空けてゆく。
「俺たち、なんかめちゃくちゃ目立ってねー?」
「そーね」
「きっと気のせいですよ」
「つーか、なんで俺様までこんなカッコしなきゃなんねーんだよ」
言いながら玲央は、ずれた口ひげを指で戻す。
「きゃっ!」
突然の悲鳴に、4人は振り返った。見ると、少女が五人の男たちに取り囲まれていた。
「おいおい、お嬢ちゃん。ぶつかっちまったなァ。肩怪我したかもなー?」
「カネ払ってくれたら見逃してや……がはっ!」
陽の飛び蹴りが男の顔にめり込んだ。
「やめろっての!」
「カワイイ女の子に何してんだよ」
玲央が二人の男の頭を地面に押さえつける。
あとの二人は泡を食って逃げようとしたが、二つの影が立ちはだかった。
「おやおや、どこへ行くんです?」
泉は一人の男の腕を締め上げた。
「ひいっ!」
陽は連の前で男がくずおれるのを視界の隅でとらえた。
「何したんだ?」
「ちょっとね。それよりも……」
男たちが捨て台詞を吐きながら逃げていくのをみながら、つぶやいた。
少女の目は固く閉じられており、ふるふると震えていた。年は、陽と同じくらいだろうか。
透き通るような白い肌に銀色に輝く髪……。儚げな雰囲気に、まるで人形のように完璧な容姿だった。
「……あ、ありがと」
少女はにっこりとほほ笑んだ。
「キャワイイー!ねえ、君、名前はなんて……ぐはっ!!」
すかさず、泉が玲央の鳩尾にこぶしを叩きこむ。
「……ってえ、なにすんだ、てめー!」
「それはこっちのセリフです。ただでさえ、僕たちは怪しいんですから……。それに、彼女に手を出したら、犯罪ですよ」
ぶつくさと文句を言う玲央を見て、少女はおかしそうに笑った。
「変なひとたち。私の名前は、蒼空(そら)って言います。あなたたちは……」
「そらーっ!」
蒼空の言葉を遮るように低い声が響いた。
「あっ!お兄ちゃん!じゃ、私、行きますね。いろいろありがとうございました」
そういって、少女は男の方へと駆けていった。
「どうしたんだよ、連?」
少女の背を見つめている連を、陽はいぶかしげに見上げた。
「あの子、両目が見えないんでない?」
――たしかに、少女はずっと目をつぶったままだった……。
第五章 悪意
第五章 悪意
ざわざわざわ。
ビルの内部は広い会場となっていて、丸いテーブルの上には豪華な料理が並べられていた。
「うわー、うまそー」
紅い目がキラキラと輝いて、連を見上げた。小動物のような目がうるうるしている。
「……食べに行く?」
陽は首をぶんぶんと縦に振った。
「行く!行くー!」
連は泉に声をかけた。
「いいですけど、迷子にならないように気を付けてくださいね。あと、単独行動はなるべく避けてください」
玲央はふんと鼻を鳴らした。
「相変わらず、あのチビには甘い保護者サマだぜ」
◇◇◇
「みなさま、お静かに願います」
黒衣の女性が壇上に現れると、会場は水を打ったように静まり返った。
「それでは、当教団のトップ、『宗主様』のお言葉を頂きましょう」
玲央が泉にささやいた。
「ラスボスの登場ってわけか」
黒衣の女性は奥から、小さな人形を取り出した。
「げっ!きもっ!」
「悪趣味ですねえ」
人形は男の子のようだったが、なんとも気味の悪い姿をしていた。全身つぎはぎだらけで、口はフランケンシュタインのように粗い縫い目でできていた。おまけに、左目はえぐりとられたかのようにぽっかりと黒い穴があいていた。
「宗主様、どうぞお言葉を」
人形がピクリと震えた。
「玲央!動きましたよ、今」
泉と玲央は人形をじっと見つめた。
「……タ…ケ…タケ」
「ケタケタケタッ!」
突然人形は|嗤⦅わら⦆い始めた。
そして、ひとしきり嗤うと、にやりと紅い口端を吊り上げて嗤った。
「……御機嫌よう、新信者諸君。東京まで、遠方の諸君もよく来てくれた。我々は、『紅い意思』。人は通称『ヒラソル』と呼ぶ。我らは太陽を崇めるものなり。この腐りきった世界を今こそ変えるのだ!」
◇◇◇
――三時間後
陽は、ビーフンを頬張りながら連のスーツの裾をひっぱった。
「なー、れん。演説長くね?俺、飽きちゃった」
連はうなずいた。
「うん。じゃ、なんか面白いことしよっか」
連は、ちらりと玲央と泉の様子を窺った。玲央はぐーっといびきをかいて気持ちよさそうに寝ていた。泉はちゃんと起きているようだ。脳裏に泉の言葉がよぎる。
―――単独行動は避けてください。
しかし、すぐにその言葉は掻き消えた。ま、いっか。俺がいるから大丈夫。
「面白いことって?」
連は会場の隅にある扉をさした。
―――関係者以外立ち入り禁止
「鬼さんこちら、手の鳴るほうへってね。面白いものが見れそーじゃない?」
二人は、立ち入り禁止と張り紙の貼ってある扉のドアノブに手をかけた。拍子抜けするほど、やすやすと扉が開く。ギイッと扉が鈍い音を立てた。
「鍵はかかってないみたいね……」
―――罠か?
連は扉の向こうの暗がりを見つめた。何の気配も感じない。しかし、ねっとりとまとわりつくような不気味さが漂っている。
「なにやってんだよ、連。早く入らないと見つかっちまうぜ」
「……そーね」
陽は疑いもせずにさっさと扉の中に入ってしまう。連も後を追って扉をくぐった。
ばたんっ!
突然、二人の後ろで扉が勢いよく閉まった。さらに、がちゃりと外から鍵のかかる音が聞こえた。
「な、なんだよ、これ!」
陽が必死にドアノブを回すが、扉はびくともしない。
「くそっ!」
「ふーん、やっぱり?後先考えずに入るからこうなるっしょ」
連は煙草を取り出すと、のんきに吸い始めた。
「面白いから入ろうって誘ったのは、れんじゃんか!ていうか、気づいてたなら言えよ!」
「気づかないお前が悪いんでない」
そう言うと、連はごそごそと連と陽の変装道具をスーツケースにしまい、代わりに拳銃を二つ取り出した。
「ほら、護身用。安全装置をはずしといて」
連はそのうちの一つを陽に手渡した。
「……うん」
陽はじっと拳銃を見つめた。拳銃の扱い方は知っている。仕事中にれんに教えてもらったから。でも、自分が引き金を引いたことは、実をいうとまだ一度もないのだ。
「怖い?」
連は陽の頭をくしゃっと撫でた。いつもの連の癖だ。
「ば、ばかにすんな!俺だって…れんみたいに撃てる!」
「そ」
それ以上連は何も聞いてこなかったが、独り言のようにつぶやいた。
「俺みたいに……ね。……銃は人殺しの道具だ。その銃が撃てるということは、人を殺せるということ。俺は、よーには俺みたいになってほしくない」
そう、俺の手は汚れている。
紅い血に染まっているのだ。
二人が中に入ったあと、扉に貼られていた立ち入り禁止の紙がゆっくりとはがれていった。見る見るうちに下からは、不気味な紅い文字が現れた。
―――13番目の実験室
ヒラソル事件簿