特別だけど普通で仲良いけどそうでもなくて安心しそうでしないそんな距離
24歳男。26歳女。知り合って2年。友達。
「おつかれ!いやぁ…まじでごめん。めちゃくちゃ遅れたわ」
「いやいやいいよいいよ!急いで来るって言ったから、事故らないか心配してたわ」
「それな。途中でチャリのライトが消えて、あー、これ死ぬなって思ったよ」
「まじかー。大変だったね。ま、呑もうよ」
「だな。ほんとごめん。ここ奢るわ」
「いいってば」
『それでは席にご案内いたします。こちらへどうぞ』
21時30分。
「乾杯!」
「………」
「………」
「んふー…!うまい!さすが仕事終わりのビール。クソうめぇ」
「はーっ。わっかる。やっぱり疲れた後のビールは最高だね」
「いやぁ、でもまじごめんね。1時間半も待たせちゃって」
「まだ言ってる。いいってば。無事呑めたし」
「何回でも言っちゃう。今日後…4回は硬いね」
「まじかー。もうそろそろスルーするね」
「わかった」
「それより最近どうよ」
「何が?」
「アッチの方は」
「あ、アッチの方ね。仕事のことかと思った」
「仕事は…安定でしょ?」
「まぁね」
「でもほら、俺らってアッチの方が安定しないし、面白いじゃん?」
『お待たせしました。こちらお通しになります。今日はブリのフライです』
「あざーす」
「アッチはね、正直聞いて欲しかった」
「お、お、またヤリおったか!」
「一から話していい?」
「おなしゃす!」
「ちょっと前に呑みした時に、Aさんの話ししたじゃん?」
「…あー、ちょっとイケメンのヤリチンの人だ?」
『お兄さん、グラス空いてますけど何にしますか?』
「じゃあ……梅酒ロックで。それで?」
「4か…5月ごろ連絡つかなくなったって言ったじゃん?」
「うん。おー。ブリうまっ」
「そのAさんとこの前偶然飲み屋であったんよ」
「まじか!で?もちろん…?」
「いや、その時は、ヤッてない」
「え?!まじ?!」
「そう!偉くない?」
「偉い!」
「でしょ。あ、ほんとだ。ブリうまい」
「だよな。そんで?」
『どうぞ。梅酒ロックです』
「なんかその時は、なんでいるん?みたいな。急に連絡ぶちられたから、その怒り的なやつもちょっとあったかな。だからその時は友達もいたし、挨拶程度で、なんもなかったんて」
「梅酒うま。ばかうま。で?」
「よかったね。いつぶり?お酒」
「いつぶりかな……2ヶ月ぶり?」
「やばっ。全然飲んでないね」
「遊んでないからね」
「よくいうわ」
「ほんまやって」
「でね、その友達との飲み会の後、Aさんがまだ呑んでたから、見つからないように帰ろうとしたら、声かけられて、結局一緒に飲んだんよ」
「ほうほう。一緒に飲んだのにやんなかったの?」
「そう。そこはほら、私も一応ね、線を引いとかなきゃ、みたいな」
「なるほど。すいませーん、同じやつで」
「ペース早くない?」
「久々だからさ。ほぼ一気」
「やめときなー。倒れても介抱しないからね。置いていくから」
「いやいや全然俺も置いて行かれる予定だから」
「あーね。笑うわ」
「で?一緒に飲んで、どうだったん?」
『お待たせしました』
「それで、結局なんで連絡取れなくなったかって言ったら、携帯壊れちゃったんだって。私たちふるふるで連絡先交換してたからさ、出てこなかったんよ」
「なるほどね。なんか嘘くさいけど、まじっぽいね」
「わかる。私も嘘かと思って、ちょっと信じられなかった」
「……ふぅ。久々の酒は悪魔的だわ。すいませーん。同じやつ」
「まじで早いって。死んでも置いて帰るからね。カシスウーロンお願いします」
『かしこまりました』
「で?連絡先また交換したの?」
「した。ついでに今回は電話番号教えてもらった」
「いいやん。進展したな」
「でしょ?次は携帯壊れても多分大丈夫」
「乾杯」
「乾杯」
「次は?それからどうなったん?」
「それからまたラインとか電話で連絡重ねて、呑みいくことになったんよ」
「お、そこでやっ……」
「……てない!」
「おーふ。焦らしますな」
「その時はね、貸してたCDを返してもらった」
「なるほど。お前も純になっちまったな」
「でしょ。私も成長したなって思うよ。すいません、カシオレで」
「俺も梅酒ロックで。で?CD返してもらって終わり?」
「いや、こっからがちょっとおもしろい」
「お、どうしたん?」
「飲み屋から出て、2人で歩いてたんだけど、その時に私の後輩に会ったのね?そしたら後輩が『先輩の彼氏ですか?』って言い出したんよ」
「まじか。まぁでもはたから見たら夜中に男女で歩いてたらそうなるわな。あー…おかわり」
『お客様、大丈夫ですか?』
「うーん…まぁまぁやばいですね」
『結構ペース早めなので、気をつけて下さいね」
「じゃあ、ジョッキで持ってきて。梅酒ロック、ジョッキで!」
「やめときなってまじで。死んでも置いて帰るからね」
「せめて救急車ぐらいは呼んでくれ」
「だるいから無理」
「ふぅー!かんぱーい。てか、全然空いてないじゃん。開けなよ」
「お腹いっぱいやもん」
「言い訳はいいから呑めって」
「……………ふぅー。…赤ワインください」
「いいじゃんいいじゃん。その調子。どこまで話したっけ。たしか…彼氏やと思われたところからか」
「そう。で、違うよーとか言って、わちゃわちゃしてたら、後輩がなんかAさんのことをチラチラ見るわけよ」
「お。セフレでしたフラグですか」
「なわけ。でも近いかな。最終的に色々会って、その後輩のお兄ちゃんの同級生だったらしいんよ」
「えー、まじか。世間狭っ。あ、おかわりで」
「わかる。それにもう笑っちゃってさ。赤ワインください」
「おー。いいペースになってきたね」
「でしょ。久々だからね。呑むよー」
「で?終わり?」
「あー、まぁそんなとこだね。で、この前また呑み行った帰りに、やって来た」
「…おい、笑わすなよ。梅酒ちょっと出ちゃったじゃん。てかやってるやん」
「ま、なんだかんだ」
「いいわー。そこがいい。お前らしいわ」
「なんだかんだでしょ?でもやっぱ、好きじゃないといけない」
「あー、やっぱAさん好きだったって言ってたもんね」
「うん…まぁね」
「どうすんの?付き合うの?」
「…いや。そこは多分、ないかな」
「遊んでたいと?」
「違うわ。まぁ色々あってさ」
「梅酒ロックで」「スクリュードライバーください」
「はふー。死にそう」
「死んでも知らないよー。明日仕事?」
「いや、休み。あ?仕事だったかな」
「しっかりしなー。私は休み。うん?仕事…か?」
「しっかりしろ」
「笑うなし」
「お前もな」
「…………」
「…………」
「もうすぐ会えなくなるんだっけ」
「あー、そうだな。9月に関西に行く」
「地元だっけ」
「元ね」
「へー」
「何?」
「もっと早く言ってくれれば、あと2回ぐらい呑みいけたなぁって」
「まぁね。それはすまん。もっと早く言えばよかった」
「……………」
「どうした?酔ってんの?」
「うん。だいぶ飲んだからね。赤ワインいいですか」
「ね。今日結構呑むじゃん。どうしたん。俺はストレートで」
「ストレート?バカだね。梅酒ってそんな飲み方するお酒じゃないでしょ」
「ええやん。死んでもほっとくんでしょ?」
「いや、気分いいから、駅まで引きずって行くよ」
「血だらけで死ぬわ」
「あはは」
「………」
「………」
”ふぅー”
「ははっ、お互い無理して飲んでるな。俺はまじでクラクラして来たわ」
「私も。結構ヤバめ」
「俺はちゃんと背中に背負ってやる」
「まじ?じゃあ遠慮なく吐くね」
「うーん、まぁ、俺も気分いいし、それぐらいなら許すわ」
「やった」
「おう」
「……………」
「……………」
「なんかさ、あんたがこっちに来てからだから、うちら2年ぐらいの付き合いだけど、こんなアホみたいな話しかしてこなかったね」
「だな。なかなか面白い時間だ。普段はまず味わえない特殊な時間だ」
「ね。私さ、あんたぐらいだよ。男でこんなゲスい話ばっかりしてんの」
「前もちらっと言ってたよな」
「そう。だからさ…」
「うん?」
「関西行っちゃったら、また話す人いなくなるなぁって」
「ははっ。なにそれ。どういう意味?」
「早い話が、少し寂しいってこと」
「まぁ、そうだな…。でも出会いがあれば、別れもある。そうだろ」
「そういう言葉が欲しいんじゃなくて」
「うん?よくわからんな」
“おかわり”
「さっきからハモり出したね。これからもずっと仲良しだな」
「………」
「どうした。さっきから」
「…なんかね、分かるかな。なんていうんだろう。変な話していい?」
「変な話しかしてねぇよ」
「あははっ。それ面白い。その通りだね」
「だろ?なんだよ」
「初めてかもしれない。愛だの恋だのなくて、SEXすらしてないのに、こんなに居心地のいい時間過ごせる人」
「あー、よく言われる」
「ヤリチンやろう」
「ヤリマンやろう」
「はー笑った。今日は笑ったわ、違うな。今回もだ。そして今回は飲みすぎた」
「ほんとそれ。辛うじて意識をつなぎとめてるわ」
お会計後。
『ありがとうございました。お気をつけて!』
店員の声が後ろから聞こえた。ぼやっとね。水の中みたいにすぐにどこからに消えた。俺らは肩を組んで帰った。子供の時みたいに歌いながら。仕事のこと、普段のこと、好きな人のこと、パートナーのこと。
そういうのを全部取っ払って。人生の鎖を一時的に全て外して。
その日だけは、俺らにとって自由な夜だった。
特別だけど普通で仲良いけどそうでもなくて安心しそうでしないそんな距離