喪女が人生やり直したら? 最終話

最終話です。

最終話

   40

 「セリ姉がねぇ•••」

 島田君香は空を仰ぎ見ながら、感嘆する。

 都内某所。
 シーサイドのオープンテラスで、秋晴れの空の下、二人が座っているまわりを、ドラマのスタッフが走り回っていた。

 「うぅ、セリに先をこされるなんて•••」

 宮野優希が顔ごとテーブルに突っ伏す。

 「なに? ただれた恋愛ばっかしているからだ。で、時間、空きそうなの?」
 「ん~、ギリ披露宴からって感じ」
 「ちぇっ。式から来ればいいのに」

 宮野はまわりを忙しく動くスタッフを見る。

 「私の個人的な事情で関係者全員に迷惑かけられないよ」

 君香はため息をついた。

 「結婚引退しちゃえばいいのに」
 「誰か紹介してよ~」

 君香は眉間をおさえる。

 「ゴシップ誌の記者には聞かせられないなぁ•••」

 スタッフが休憩終了を告げる。と同時にエキストラ集合の指示もされた。

 「さあさあ、お仕事してください!」

 君香に手を引っ張られ、無理やり立たされる宮野。水平線をなんとなしに見ながら、独り言をもらした。

 「いよいよ来週か•••」

   ※

 都内某所結婚式場。
 案内板には、『飯田 秋野 御両家結婚披露宴』と表示されている。

 望月和樹は今、披露宴出席者の新郎側の受付をしている。式が始まった後は、新郎の友人代表スピーチも控えていた。
 横に立つ新婦側の受付の人から話しかけられる。

 「今日はよろしくお願いします」
 「あ、どうも。よろしくお願いします」

 お互い名乗って、挨拶をする。
 新婦側の受付をやっている石川千尋、旧姓高橋千尋も新婦側の友人代表スピーチを頼まれていた。

 「望月さんは飯田さんとは、いつからの付き合いなんですか?」
 「中学、高校と一緒で。あと他に二人合わせて、いつも遊んでたよ」
 「石川さんと秋野さんは?」
 「短大です。あの、望月さんもセリとは知り合いじゃあないですか?」
 「え? まぁ、同じ小中学校だったから。でも、高校で別れてから最近まで全然会ってなかったよ」
 「やっぱり!」

 千尋がいきなり大きな声を出したので、望月は思わず後ずさる。

 「前にセリが酔っ払った時、一回だけ告白されたって自慢したことがあって。その相手が確か•••」

 望月はひきつった笑いを浮かべる。

 「はは•••」
 「やっぱり! でも好きだったのは小中学校の時のことですもんね」
 「ははは•••」

 望月はかわいた笑いを浮かべるだけだった。

   ※

 披露宴が始まる十分前。

 「こっちは全員来たけど、そちらは?」

 望月がお金を新郎の両親に預ける袋に入れながら、千尋にたずねる。

 「まだ一人•••、女優の宮野優希と同姓同名の人なんだけど•••」
 「え? 宮野、来れるのか?」

 話している途中でエレベーターが開くと、ホテルの人と一緒に背の高い、スタイルのいい女性が小走りに近づいてくる。

 「やっほー、モッチー。元気にしてた?」
 「えーっ! 本物?」

 和やかに望月に手をふる宮野を見て、千尋はテンパる。

 「いいから宮野さん! 早く記帳して。始まっちゃうよ」
 「あはは、今ホテルの人にも同じこと言われた。二人とも、ここにスタンバイするらしいね」

 カクカクした動きで宮野からお祝い金を千尋は受け取り、望月が宮野に新婦側で記帳させる。
 急いで会場に入った三人のうち、望月と千尋はお祝い金の入った袋をそれぞれの両親に手渡して、自分の席に座った。
 宮野も目立たないように、自分の席に着いたが、芸名が本名の彼女はすぐにバレて、まわりがざわつく。
 さらに数分後、司会者の挨拶が終わると、照明がおとされる。
 入場曲が流れ始め、スポットライトが扉を照らす。
 司会者の合図で扉が開かれると、ドライアイスの煙とともに、新郎新婦が現れ、会場から大きな拍手が沸き起こった。


   41

 「あー、疲れたぁ•••」

 ホテルのベッドにダイビングした私は、そのまま気を失いそうになる。

 「こら、靴や着替えは?」
 「ムリ~•••」
 「無理じゃない!」

 そう言いながら、黎人さんは私のハイヒールを脱がしてくれる。

 「ほら、服は自分で脱げよ」
 「いやぁ、脱がしてー」
 「芹香」

 低い声になったら、ちゃんとやらないと怒られるので、

 「は~い」

 服を脱ぐとハンガーにかける。

 「最初の頃は、恥ずかしいだ、電気消せだ、うるさかったのにな」

 ブラジャーとパンツになって、髪をほどくと

 「あら。じゃあ恥じらいましょうか?」
 「いいよ。それにその格好も好きだ」

 そういう言い方をされると、今でも恥ずかしい。私はごまかすように

 「エロ!」

 そしたら手を伸ばしたかと思うと、私はひっぱられて、黎人さんに抱きしめられてしまう。

 「離せーっ。エロアキトーっ!」
 「だめだ、離さねぇ」

 うわっ! 耳元でささやくのは反則だ!

 すっかり力つきた私に黎人さんは

 「今日は疲れたな」
 「式に披露宴に二次会、三次会だもん。疲れちゃうよ」
 「芹香」
 「ん?」

 顔を頭の上にある黎人さんに向ける。

 「よろしくな」

 それを聞いた私は黎人さんから離れると、ベッドの上で正座になり、三つ指ついて頭を下げた。

 「こちらこそ、ふつつかものですが、よろしくお願いします」

 しばらく沈黙していたが、どちらともなく笑い始める。
 笑いおさまると、私は天井を見上げながら

 「ちょうど一年だね」
 「付き合ってから、それくらいか」
 「違うよ。去年の今日、ラブホで告白したのが」
 「そうか•••」
 「でも、ラブホで告白って」
 「あれは芹香が寝ちまったからで。エッチはしなかっただろ」

 懐かしかった。
 あれから一年。黎人さんと色々遊んだり、話したりした。
 今は素だけど、最初に本当の自分を見せるのには、すごく勇気がいった。
 でも、本当に好きだったから。いつか絶対バレるはずだから。

 「どうした?」
 「ううん、なんでもない」

 すごく幸せな気持ちだった。

 「黎人さん」
 「ん?」
 「黎人さんは幸せ?」
 「んなの、たりめーだろ」

 そう言って、黎人さんは私の頭をわしゃわしゃする。

 「先、シャワー浴びていいか?」
 「お背中、お流ししましょうか?」
 「本当にやってくれるんだな」
 「すみません。無理です」

 黎人さんを見送って、左手の薬指にある指輪をあらためて見る。
 宮野さんの輪ゴムの代わり、今度からこの指輪が私に勇気をくれる。
 指輪を見つめながら、今日の牧師様の言葉を思い出す。

 健康なときも
 そうでないときも
 この人を愛し
 この人を敬い
 この人を慰め
 この人を助け
 その命の限りかたく節操を守ることを誓いますか?

 今日の両親の顔も思い出す。
 キミや宮野さん、望月くんの顔を思い出す。
 有馬さんや会社の人たち、親戚の人たち。

 ひいばあちゃん、天国から見ていてくれたかな•••。

 気がついたら涙が出ていた。

 「次いいぞ、ってどうした?」

 シャワーから出てきた黎人さんは、私が泣いているのを見て、真面目な顔で近づく。
 私は笑いながら

 「今日のこと思い出したら、また感動しちゃって•••」
 「そうか•••」

 そう言って、私と同じ目線までしゃがんだ黎人さんは私の頭をぽんぽんと撫でる。
 私は黎人さんをギュッと抱きしめると

 「明日からの沖縄、楽しみ!」
 「俺もだよ。だから、早くシャワー浴びて寝ような」

 しっかりしている黎人さんに任せきりだな•••。
 これからは、私もしっかりしなくちゃ!

 「はい。でも•••」
 「ん? どうした?」

 石けんの香りのする黎人さんの耳元で

 「すぐ寝ちゃうの?」
 「!」

 この一年で互いの弱点はだいたいわかっていた。
 顔を赤くした黎人さんは

 「待ってるから•••」

 う、かわいい•••。このギャップがたまらん。

 自分の方がよっぽどエロオヤジだ。でも、こんな私も黎人さんには見せている。
 私は浴室でシャワーを浴びると、化粧を落としながら、鏡の中の自分を見る。
 去年までの鏡の中の私は、自分自身を攻撃してきた。失敗した時なんかは、今でもそうかもしれない。
 でも、だからと言って目も耳も自分でふさいで、自分自身に攻撃することは、もうやめた。宮野さんから教えてもらった輪ゴムは、この一年で三回取り替えた。おかげで、変な妄想に心が乗っ取られることもない。

 タイムリープ。

 私のきっかけは、この誰にも話せないこと。
 でも、過去から戻ってきた時間はスタート地点で。
 再スタートした時も、外見や環境はまったく同じ。
 変わったのは、私の中。
 心、とか、意識、とか、考え方、とか。
 失敗や後悔、不運という落とし穴があるように、きっかけも必ずあると思う。
 目を開けて、耳をふさがずに、心の闇のより深いところに逃げなければ、見つけられると思う。

 いつか誰かに話すことが、もしあったら•••。

 タイムリープ自体には過去を変えることしかできないこと。
 過去を変えても、望む未来がくるとは言えないこと。
 大事なのは、過去でも未来でもなくて、今、自分を変えられるか。
 そう伝えよう。

喪女が人生やり直したら? 最終話

ここまで読んでいただいて、本当に感謝です。
ありがとうございました。

喪女が人生やり直したら? 最終話

タイムリープしたアラサー女子が、その経験から考え方を見直していくお話です。

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更新日
登録日
2017-08-12

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