短編 或る男女の通話
「…もしもし」
「…あ、」
「…忍か」
「…うん」
「久しぶり」
「…うん、久しぶり。…謙介、元気?」
「まぁまぁ。変わらないよ。忍は?」
「うん…私も。変わらない」
「そっち台風どうだった?昨日大変だったろ」
「あ、えーと…。…鉢植えが倒れちゃったくらい。雨は…いっぱい降った」
「そう…そうだな。いっぱい降ったか」
「…フフッ、うん。いっぱい降ったよ」
「ちょっと会わない間に随分日本語が不自由になったみたいで」
「ち、違うの!…久しぶりだから、その」
「ごめんって。今は電話して良いのか?」
「…うん、大丈夫」
「そっか」
「…凄い音。どこに居るの?」
「外。まだこっち風強いんだ」
「…気を付けてね?」
「言われなくても。…最近はどうよ。何かあった?」
「最近?…んー…暇だよ。謙介が感じたことないくらい暇だと思う」
「よっぽどだな」
「ほら、皆居なくなっちゃったし。謙介も」
「…まぁ、うん」
「だから、話す相手もいないし。…だから、電話で邪魔してやろうと思って」
「邪魔?俺の?何を?」
「分かんない。何かの邪魔」
「そんだけ小憎たらしい口利けるなら問題無さそうじゃん」
「…そう、かも知れないけど」
「…ごめん、問題ない事はないわな」
「そうだよ」
「…忍さ」
「なに?」
「星座のイヤリングって、まだ持ってる?」
「うん。今も付けてる」
「アレってさ、何座だっけ?」
「忘れたの?」
「覚えてるよ?」
「じゃあ何で聞くの?」
「俺の邪魔するんだろ?手伝ってあげようと思って」
「それは私だけでやる事だから。…北斗七星」
「北斗七星。そうだ」
「そうだよ」
「冬の星座にしたかった」
「冬は大三角ぐらいしか無いもん」
「夏だって大三角あるぞ。それにオリオン座があるだろ?」
「…良いの」
「…良いなら良いけど」
「初めて教えてくれた星座だし」
「それ何回目だよ」
「数えてない」
「俺は覚えてる」
「じゃあ何度目?」
「教えない」
「だと思った」
「もうちょっと良い反応しろよ」
「ごめんね、久しぶりの電話だから上手く喋れなくて」
「それはズルくない?」
「全然」
「畜生」
「フフッ…やっぱり」
「?」
「謙介と話すと楽しい」
「そりゃ俺だもん」
「そうだね、謙介だもんね。…謙介…だもんね…」
「…忍?」
「…ごめん…ごめん、ちょっと…待って…」
「…うん、待つ待つ。ゆっくりで良いよ」
「…謙介…私…怖くなっちゃって…」
「うん」
「…皆…居なくなっちゃう…独りなんだよ…?何にも無くなっちゃった…」
「そうかも知れないな」
「…空っぽになっちゃって、もうこのままでいいかなって思ったら…謙介のこと、思い出したの」
「…うん」
「…私、このまま生きてるべきなのかな」
「…それは、どういう意味で言ってる?」
「…違うの。死にたくて言ってるんじゃないの。…出来れば、生きてたいよ?…治らない病気じゃないのも分かってる。…でも、いつか、居なくなっちゃった皆と同じように苦しんで死ぬのは、嫌だなって」
「全部見てきたんだもんな、忍は」
「うん」
「…ありがとうね、忍」
「何が?」
「ちゃんと電話してくれたもんな。俺より偉いさ」
「…謙介?」
「ん?」
「謙介は、死にたいの?」
「…死にたかったよ。電話鳴るまでは」
「え」
「何その間の抜けた声」
「だって…あの…」
「…死にたくも、なるよ。…死んじゃったらいっそ楽かもなーって思ったら、楽な方に流れちゃうんだって、人間は」
「…やだよ」
「うん。嫌だよな」
「…やだよ…謙介が辛いなら私に電話すれば良いじゃん。私だって謙介の話くらい聞けるよ」
「…そうだよなぁ」
「辛いなら泣きなよ。1人で泣くのが嫌ならいくらでも聞いてあげる。…でも、自分で死ぬのだけはやだ。…死にたくなったら、私の前でなら死んでいいよ」
「…おーこわ。何読んだらそんな台詞出て来んの?」
「暇だと色んなものを見たり聞いたりするしかやることが無いから」
「だからって変なモン読むなよ?次会いに行ったらお前の部屋がSM小屋みたいになってたら嫌だぞ?」
「私がどうなると思ってんの?」
「可能性の話だよ」
「やな可能性増やさないでよ」
「有り得んだもん」
「…私、ちゃんと邪魔出来たかな」
「…そりゃもう、しっかり」
「風の音、止んだね」
「屋上だからな。バレたら洒落になんねぇ」
「早く降りて降りて」
「おう。…忍」
「なに?」
「来週、そっち帰るから」
「帰ってこれるの?」
「世間は来週を『お盆休み』と呼んでてな」
「…カレンダー赤くないもん」
「悪かったよ。とにかく、帰るから。それまで毎日、電話もするから」
「…うん。待ってる。今度は謙介が、私の邪魔する番ね」
「…色々ネタ考えとく。…電車乗るから。家帰ったらまた電話する」
「うん」
「じゃ、また」
「またね、」
短編 或る男女の通話