アリの子コロとアリジゴク

子どもの頃、近くの神社の床下にアリジゴクが巣を作っているのをよく見かけました。
そこにアリを一匹入れると、穴から出ようと必死に斜面を登ります。
アリジゴクは2本のアゴを使って砂を浴びせ、引戻してがっちり掴んでいました。
でも、そこから出られないアリジゴクに孤独さを感じていました。
本作品はその頃の思い出を元にしたものです。

 黒アリのコロはまだ小さなアリンコ。
 好奇心いっぱいで、どこにでも遊びに行こうとします。
 そんなコロに長老のアリ爺は注意をします。
「丘のむこうのお堂にだけは絶対行っちゃあいかんぞ」
 不思議そうに「どうして?」と聞き返すと、アリ爺は白く長い顎髭をさすりながら理由を話しました。
「あそこには、すり鉢状の穴があるんじゃ。穴の中にはアリジゴクという恐ろしい怪物がおってな。転げ落ちてきた者を食べてしまうんじゃ」
 話を聞いたコロは怖くなり「ぼく、絶対いかない」と約束しました。
 その言葉を聞いたアリ爺は、細い目を余計細くして微笑むと、杖をつきながら離れていきました。
 その夜からコロは、アリジゴクの夢を見るようになりました。でも、アリジゴクの具体的な姿を聞かされていなかったので、夢の中のアリジゴクはいつも目だけが光っていました。
 コロは、おとうさんアリに長老から聞いたアリジゴクの話をしました。
「おとうさん、アリジゴクって、どんな姿をしているの」
 聞かれたおとうさんアリは困ってしまいました。
 おとうさんアリもアリジゴクの姿を見た事がなかったのです。
「長老の話だと穴の底に二本の角のようなものを出して、身体は砂の中に隠しているらしいんだ」
 この話を聞いて益々気になりだしました。
(どんな姿をしているんだろう)
  好奇心いっぱいのコロの心を察したおかあさんアリは、
「絶対、お堂に行ってはだめよ」
 と、きつく言いました。
 それから何日か経った時、別のアリの巣からシュウが遊びにやってきました。
「コロちゃん、遊ぼうよ」
 久しぶりに来たシュウにコロは嬉しそうな顔をすると、アリジゴクの事を聞いてみました。
「ねえ、アリジゴクってどんな姿をしているの?」
 突然の質問に、
「どうしてアリジゴクの事を知りたいんだい」
 と聞き返しました。
「長老から、お堂にはアリジゴクという恐ろしい怪物がいるって聞いてからよく夢に出てくるようになったんだけど、姿がぼやけてはっきりしないんだ」
 話を聞いて、シュウは自分の知っている事を教えました。
「ぼくが聞いたアリジゴクの姿は、二本の長いアゴを持ったブヨッとした姿らしいっていうことだけなんだけど」
「砂の中から出しているのは、角じゃなくてアゴなの?」
「そうなんだ、長いアゴでガッチリつかんで溶かして食べるんだ」
 話を聞いてコロは身震いしました。
(溶かして食べるんだ)
 アリジゴクがいっそう、恐ろしい怪物に思えてきました。
 その日の夜から夢の中に、二本の長いアゴを持ったブヨッとした怪物が暗闇の中から眼を光らせながら出て来るようになりました。
 コロは気になって気になって仕方がありません。思いきってアリジゴクのいるお堂に行くことにしました。
 翌日、おひさまが昇ると同時に、そっと家を出ました。
 どんどん歩いて行くとやがて、お堂が見えて来ました。
(あそこにアリジゴクがいるのか)
 お堂の床下を歩いていると、突然、丸く大きな物が砂の中から飛び出したかと思ったら、宙を舞ってコロの後に「ドシン!」と音を立てて落ちました。
 丸いかたまりはダンゴ虫でした。
「やれやれ、助かった」
 ダンゴ虫は体を伸ばすと辺りをキョロキョロ見回しました。
 そしてコロに気づくと、
「君、そっちに行くと穴に落ちちゃうよ」
  あわてて言いました。
「この近くにアリジゴクがいるの?」
「近くなんてものじゃないよ、目の前にあるのがアリジゴクの穴だよ」
「へえ、そうなんだ」
 コロが穴に近づこうとした時、ダンゴ虫の声が飛んで来ました。
「だめだよ、足をすべらせて落ちたら食べられちゃうよ。ぼくも危ないところだったんだ」
 ダンゴ虫もアリジゴクに食べられるところでした。でも、体を丸めて身を守ったのでアリジゴクもあきらめて、二本のアゴにだんご虫を乗せ、勢いをつけて首を反らし「ブン!」と穴の外に放り出したので助かったのです。コロは、放り出されたところに出くわしたのでした。
 好奇心いっぱいのコロはダンゴ虫の言う事も聞かず、おそるおそる、穴に近づいて行きました。
 ダンゴ虫はおそろしさで足がすくみ、止める事が出来ません。
 コロは身を伏せながら、そーっと、のぞき込みました。
 アリジゴクのアゴが砂の中から「にょき」と二本出ているのが見えました。もっと良く見ようと身を乗り出した瞬間、足元の砂が崩れ、すり鉢状の斜面を転がり落ちました。
「きゃあ!」
 見る見る間に二本のアゴが迫ってきて、あっと言う間に捕まってしまいました
 アリジゴクはコロを砂の中に引きずり込もうとしました。
「たすけて!」
 きょうふのあまり、自分でも信じられないくらいの大声を出しました。アリジゴクは声を聞いてピタリと動きを止めました。
「君は子どもなのかい」
 突然のアリジゴクの声に戸惑いながらも「そうだよ」と震える声で答えると、アリジゴクはコロを放し、砂の中から姿を現しました。大きな体に毛を生やして、ぶよっとしていて、長いアゴと小さな目を持っていました。頭はそれほど大きくありませんでした。
「子どもなら放してあげるよ、ぼくもまだ子どもなんだ」
 少し寂しげな声で言いました。
 この姿で子どもなのかと驚きながらも、寂しそうな声が気になって理由を聞くと、アリジゴクは穴の上を見ながらため息まじりで話はじめました。
「ぼくは生まれてからずっと、ここから出たことがないんだ。見えるのはいつも木の板だけ」
 お堂の下にすり鉢状の巣を作っていたので、境内の床板しか見えないのです。そんな変化のない景色に飽き飽きしていました。
「外の世界を見たいなあ、ぼくは一生ここから出られないのかなあ」
 コロは、どう励ましていいのかわかりませんでした。でも、なんとかしなければと思い、外の世界の話をしてあげました。
 草や花、鳥や獣、家族や仲間の話をすると、アリジゴクは目を輝かせて聞いていました。
 話し始めて、どれくらい時間が過ぎたでしょう。家に帰る時間が遅くなるのを心配したアリジゴクはコロに帰るように言いました。
「あまりおそくなると、君のおとうさんやおかあさんが心配するよ。今度また、いろんな話しを聞かせてくれないかな」
「うん、いいよ」
 約束すると、アリジゴクはコロをアゴの上に乗せ、思いっきり巣の外に投げ上げました。空中に放り出されたコロは弧を描きながら地面に落ちました。そこにダンゴ虫が寄ってきました。
「ずいぶん長い事、話していたけどだいじょうぶ?」
「うん、だいじょうぶ。ずっと待っていてくれたの」
 ダンゴ虫はコロの事が心配で巣から離れる事が出来ませんでした。
 コロが食べられそうになったら、体を丸めて転がり落ち、アリジゴクに体当たりをして助けるつもりでした。
 その話しを聞いたコロはダンゴ虫に感謝しながら、アリジゴクの気持ちも伝えました。
「へえ、そうなんだ。そんなに孤独だなんて知らなかったなあ。話をしてみないと分からないものなんだね」
 アリジゴクの心を知ったダンゴ虫もかわいそうになり、時々、遊びに来ることにしました。
 家に戻ったコロは、アリジゴクの孤独な話をしましたが、おとうさんアリもおかあさんアリも聞く耳を持ちません。そして二度と行かないよう、きつく叱りました。
 アリジゴクとの約束が果たせないまま、月日は過ぎていきました。
 でも、夢の中ではいろんな話をしていました。そこには以前みたいな、こわいアリジゴクはいませんでした。アリジゴクは楽しそうにコロの話を聞いていました。
 そんなある日の夕方、お日様が西に傾いて涼しくなりかけた頃、一匹のウスバカゲロウが細長い羽をパタパタと動かしながら飛んできました。
 家の外でみんなと遊んでいたコロにアリジゴクの声が聞こえて来ました。
「コロ、ぼく、空を飛べたよ」
 名前を呼ばれたコロは不思議そうな顔をして、飛んでいるウスバカゲロウを見上げました。
「君はだれなの」
「ぼくだよ、アリジゴクだよ」
 そういって、そばに降り立ちました。
 姿が全然違うのでコロは戸惑いました。アリジゴクの成長した姿がウスバカゲロウだとは知らないのです。
 ウスバカゲロウはコロから聞いた草や花、鳥や獣、家族や仲間の事を話しました。コロの頭の中にアリジゴクとの会話がよみがえって来ました。
(確かにぼくがアリジゴク君にした話しだ)
「よかったね、巣から出る事ができて」
 心の底から喜びました。
 ウスバカゲロウもうれしそうな顔で、
「うん、空を飛べるから君やダンゴ虫くんにもすぐ会えるし、どこにでも行ける。今度はぼくが君たちにいろんな事を教えてあげるね」
 それだけ言うと、時を惜しむかのように大空に舞い上がって行きました。
 コロはウスバカゲロウの姿が見えなくなるまで、ずっとそこに立っていました。

              おわり

『アリの子コロとアリジゴク』 ©座布団一枚

執筆の狙い

アリの子コロとアリジゴク

アリの子コロとアリジゴク

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-18

Copyrighted
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