香る花の話
私の好きな香りの花について書きました。
ジンチョウゲ
ジンチョウゲは小さいが、不思議と色気のある花である。
(特別な園芸品種を除くとして)蕾の深い紅色、花が開いてもそれが透けて見えるからだ。
ある年上の女性が、好きな花にジンチョウゲを挙げたが、その会話の場にその花を知る人が少なかったのは残念であった。
それほど良く知られた花では無いのかもしれないが、私にとっては「春を告げる花」だ。
関東地方では、2月も終わりに近づいた頃、街中で香しさにはっとすることがある。
芳香をしばらくたどると、常緑の葉の中に白い花塊を抱えている木がある。
ジンチョウゲだ。
まだ冬の静謐な空気のもとであるから、その香りは思ったより遠くまで運ばれている。
福寿草やスイセン、あるいはクリスマスローズなど、もっと早くに春の到来を告げる花はあるが、
香りでもってそれを知らせてくれるのはジンチョウゲである。
藤
藤はシャンデリアのような花である。
他の季節には忘れられている藤棚が、4月の終わりには明かりがともったように華やぐ。
風に房が揺れ、蜜のような香りが漂ってくる。このときの風は、春先の埃っぽさを脱し、
梅雨のしめり気もまだ感じられない、とてもすがすがしい、まさに薫風である。
藤に誘われるのは人間ばかりではない。丸い体を重そうに揺すりながら飛び回るのはクマバチである。
重低音の羽音は、藤の香りとセットだと思っていていい。
大きな体に似合わず、非常におとなしいハチであるが怖がる人も多いのが事実であり、
このハチがいるから藤が嫌いだという意見は残念に感じる。
藤は意外に花の時期が短い。香り始めたかと思うといつのまにか散っている。またしばらくして見に行くと、
インゲン豆のようなさやが下がっているので驚かされる。藤はマメ科で、梅雨の頃には無骨な本性を現すのだ。
藤棚の藤とちがって山で見る藤は、高木にとりついて伸び上がる様はどうしても無骨だが、その花はやはり遠き霞のように繊細である。
ジャスミン
ジャスミンの香りは、甘さの中にある青臭さが魅力だと思う。
一人暮らしを始めた頃に、この香りが欲しくて羽衣ジャスミンの鉢植えを買った。
いつ咲くか、今日にも咲くかと心待ちにし、いつまでも蕾のままであることに気をもんだが、
ある朝、目を覚ますと部屋の中にあの甘く青臭い香りが漂っていた。
窓際の植木鉢を見るまでも無い、やっと花が開いたのである。
春も盛りを過ぎた頃住宅地を歩いていると、あの華やかな青臭い香りが漂ってくる。
二階の高さまで育った庭木のハゴロモジャスミンである。
白いベールを広げたように咲き誇るジャスミンから滝のように流れる香りでも、いつかはあの部屋の鉢植えのようにささやかだったのだ。
香る花の話