夢うつつ

昼休みの音楽室。黒板に向かって一番左の列、前から五番目。
いつもの席。両腕を枕にわたしは眠っている。

扉が開く音がして、彼女が現れる。
薄く開いた目で、彼女を追う。
彼女はいつも通り。鍵盤蓋を開いて、ピアノに向かう。

静けさを湛えた目で、鍵盤を見つめる。
涼しげな横顔、柔らかな長い髪。
彼女は椅子に座り、少しだけ俯いて、瞳を閉じる。

音楽室に満ちるショパンのノクターン。
昼休みのざわめきは遠い潮騒の様。

わたしは眠っていて、彼女はピアノを弾く。
二人きり。言葉を交わす事はない。近くて遠い。
夢うつつ。わたしはもう一度、目を閉じる。

ピアノを終えて、彼女は立ち上がる。
目を瞑ったまま、彼女を窺う。
彼女はいつも通り。鍵盤蓋を閉めて、扉に向かう。

いつも遠ざかる足音が、近づく。
潮騒が大きくなる。彼女の気配はすぐそこ。
彼女の髪が流れる音。

ふわり、と空気が揺れて、頬に何かが止まる。

世界が閉じる。眠っているわたしの目は開かない。
――静寂は永遠の様にフェルマータ
そして彼女の花びらが飛び立って、世界が戻る。

昼休みの音楽室。黒板に向かって一番左の列、前から五番目。
いつもの席。わたしは目を覚ます。

夢うつつ。わたしはもう一度、目を閉じる。
消え残る調べは微かな記憶の様。

夢うつつ

夢うつつ

お昼休み。音楽室の小さな物語。2012/8/22 少し手直ししました。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-17

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