夢うつつ
昼休みの音楽室。黒板に向かって一番左の列、前から五番目。
いつもの席。両腕を枕にわたしは眠っている。
扉が開く音がして、彼女が現れる。
薄く開いた目で、彼女を追う。
彼女はいつも通り。鍵盤蓋を開いて、ピアノに向かう。
静けさを湛えた目で、鍵盤を見つめる。
涼しげな横顔、柔らかな長い髪。
彼女は椅子に座り、少しだけ俯いて、瞳を閉じる。
音楽室に満ちるショパンのノクターン。
昼休みのざわめきは遠い潮騒の様。
わたしは眠っていて、彼女はピアノを弾く。
二人きり。言葉を交わす事はない。近くて遠い。
夢うつつ。わたしはもう一度、目を閉じる。
ピアノを終えて、彼女は立ち上がる。
目を瞑ったまま、彼女を窺う。
彼女はいつも通り。鍵盤蓋を閉めて、扉に向かう。
いつも遠ざかる足音が、近づく。
潮騒が大きくなる。彼女の気配はすぐそこ。
彼女の髪が流れる音。
ふわり、と空気が揺れて、頬に何かが止まる。
世界が閉じる。眠っているわたしの目は開かない。
――静寂は永遠の様にフェルマータ
そして彼女の花びらが飛び立って、世界が戻る。
昼休みの音楽室。黒板に向かって一番左の列、前から五番目。
いつもの席。わたしは目を覚ます。
夢うつつ。わたしはもう一度、目を閉じる。
消え残る調べは微かな記憶の様。
夢うつつ