夢喰いの時間
1 . かちゃり
夢喰いバク、という名前を聞いたことがある。むしゃりむしゃりと、私たちの夢を食していくんだそうだ。
夢を見ていた。
どこの国だかわからないけれど、ずっと先まで続いている緑。私は高い塔の上にいて、それを眺めてる。でもなんだかとっても心が寂しくて、胸が苦しくて、たったひとり塔の上に座り続けているのだ。
ふと下を眺めれば、向こうから誰かがかけてくる。馬か、車か、時代背景がよくわからないからぼんやりとして特定できないけど、確かに私の愛する人だということがわかる。顔も良く見えやしないけど、ただ私の愛の限りを尽くしても愛し尽くせないほど愛おしい男であることはわかったのよ。
「さぁ、降りておいで」
王子様が私に叫ぶ。
「無理よ降りられない、だってはしごがないんだもの」
そうは言ったけれど、あまりにも彼が愛しいものだから、ここからひと思いに飛び降りることが出来るような気がして。
そうしてその王子様が一言私に向かって叫んだのだ。
「さぁ、降りておい…
" かちゃり "
「…おい、布団もかけずになにやってんの」
目が覚めると、塔の上でも大高原のど真ん中でもなんでもない、リビングのソファ。
付けっぱなしで寝てしまったテレビからはワイドショーの司会者の声が流れ続けている。
「なんだぁ夢かぁ」
「なんでもいいけどお前さ、寝るならちゃんとテレビ消してから寝てくれる」
そう言ってテレビを消してリモコンを無造作にソファに放り投げるのは、王子様でもなんでもない。ただの幼馴染み。
「帰ってくるの早くない?」
「普通にいつも通り。しかもここ俺んち。」
昨日はこの律(というのがこの幼馴染みの名前なのだけれど)の家でたこ焼きパーティーをしていて、親達も随分酔い潰れて今は上で寝ている。律はちゃんと起きて1限だけ大学の授業を受けて帰ってきたみたいだけど。私は単純に食べたら眠たくなって、リビングのソファで寝たり起きたり、二度寝三度寝を繰り返して、四度寝から覚めたのが今というわけだ。
「お前いい加減ヨダレ垂らして寝るのやめたほうがいいぞ」
「うえ、嘘」
「そういうとこだから、彼氏できない理由」
「自分だって彼女いないくせに」
「今いないだけだろ」
「…悔しいけど、ミステリアス系イケメンがモテることくらい知ってらぁ」
律はどちらかと言ったら『クール』の部類に分類されるタイプの人間だ。基本的に無口だけど、必要があれば男女関係なく普通にコミュニケーションがとれる。さりげなく女子の荷物を持ったりとかそういう優しいことがさらっと出来てしまうせいで、こやつが昔からモテることくらい私が一番よく知っているのだ。
「さっき夢みた」
「…一応聞くけどどんな」
「私がお姫様で、王子様が迎えに来てくれて…」
「とうとうプリンセスかよ」
だってねぇ。毎日毎日大したときめきもない毎日を一生懸命生き繋いでるんだから、夢の中くらい夢見させてくれたっていいじゃんねぇ。
「そんなこと言う前に、現実見たら?」
目の前に突きつけられたのは携帯の画面に表示された時計。11:20。
「今日バイトは?」
「…11時からだぁ〜!!!!!」
夢なんか見てる場合じゃない。
とりあえずは店長になんて言おうか、それを考えないといけなかった。
夢喰いの時間