喪女が人生やり直したら? 10話
現代編5です。
10話
31
「マジ疲れました。私にはやっぱり、男の人と付き合うなんて無理なんじゃないかな•••」
家に帰って、宮野さんに報告、というよりは弱音メッセージを送った。その後はシャワー浴びて、ベッドに倒れ込むと、泥のように眠ってしまった。
翌朝、目覚まし時計で起きると、宮野さんから返事が来ていた。
「今まで逃げてた報いだよ~」
「また逃げるの? って、マジで寝たな!」
「ちくしょう! 孤独に送信し続けてやる!」
「今回のことは謝るとして、日本は一妻多夫制じゃないんだから、ちゃんと二人のどちらか、考えなよ~!」
「二人とも選ばないってのもあるのか?」
「私個人としては、どっちかと付き合ってみたほうが、いいと思うよ~」
「アドバイス! 自分じゃ決められないなら、自分をよく知っている人に聞いてみる、っていうのがおすすめ」
「ま、最後に決めるのは、自分だけどね!」
参考になったところと、そうじゃないところがあったけど、とりあえずお礼はしておこう。
送信すると、朝支度を済ませ、会社に向かった。駅のホームで電車を待つ。数分時間があるのを確認すると、キミにメッセージを送った。すぐに返事が来て、OKとのこと。
とりあえず、私をよく知る人間にアドバイスをもらおう。
電車がホームに入ってきた。
そして、あっという間に帰社時間。
昨日同様、今日も自分で決めた業務をやりきると、キミん家の子供たちに何か買ってあげようと、会社を出た。
キミの家に着くと子供たちが出迎えてくれた。来る途中に買ったお菓子の詰め合わせをあげると
「セリちゃん、ありがとう!」
かわいい•••。
キミは私のこと、セリちゃんと呼ばせていた。まぁ、私としては、おばちゃんと呼ばれるよりはいい。
「いらっしゃい。夕飯まだでしょ? 今日は生姜焼きだよ」
キミは結婚してから、料理が上手くなった。私もできないことはないけど、レパートリーは少ない。さっそく席について食べ始める。
「で話って飯田さんたちのこと?」
「まぁ、そう」
「そう言えば、この間送ったお店のリスト、役にたった?」
「昨日、望月くんとベトナム料理のお店に行ってきた」
「おお~」
キミはマジで感心しているようだった。確かに今までの私からは想像もできないことだと思う。私自身がそうだから•••。
「で、なんかあったの?」
「うーん•••。とりあえず、この間のことは謝れたんだけど•••」
「うんうん」
「話の流れで昨日も、なんか•••」
「なに? 今度はどうしたの?」
ここで詰まっていたら、相談もできない。一気に話す。
「えっと、友だちから始めませんか?的なこと言われて•••」
「いいじゃん! お姉ちゃんのリハビリにも」
それは確かに思った。でも、今度は飯田くんにあって謝らなくっちゃいけない。そこでも、同じようなこと言われたら•••。
「もし! もしだよ? 二人と、まぁ友だちになれたとして、その後、どっちか選ばないといけないじゃん?」
「そうだねぇ」
テンパる私に対して、のほほんとしているキミ。
「なんか、それで会うのって•••」
「なに?」
「いわゆる二股みたいな感じがして•••」
必死に相談したっていうのに、キミはやれやれと言わんばかりにため息をついた。
「はぁ•••、あのね、お姉ちゃん。二股っていうのは、両方に好きって言って付き合うことで、お姉ちゃんは二人のうち、まだどちらにも好きなんて言ってないんでしょ?」
そりゃ、そうだけど•••。
「それとも、すでにどちらか決まっているとか?」
首をふる。
決めるもなにも、リアルな三次元男子なんて、そういった目で見たこと自体、ほとんどない。
ただ•••、二次の好みはしっかりある。
「だよね。お姉ちゃんがやっているゲームだったら、明るくかわいい感じのキャラが望月さんで、無口でマジメで、少し俺様が入っているのが飯田さん、ってとこ?」
「な、な•••。そんなの•••」
心を見透かされた気がして、めちゃくちゃ動揺した。
「てことは、本命は飯田さん?」
顔が一気に赤くなる。
正直、自分でも気づいていた。ただ、今回はリアルワールドだし、当たり前だけど、ゲームと現実は違うと思うし•••。経験はないけど。
ただ、望月くんとは昨日、私としては話せたと思う。でも、飯田くんとは•••。
この間の飲み会を思い出す。
私が妄想の世界に浸っていると
「そっか。お姉ちゃん、飯田さんがいいんだ。まぁ、おすすめではあるけどね」
「いや、そんなこと、言ってない•••」
ジト目で私を見るキミ。
「•••こ、好みでは、ある•••」
「お、珍しく素直だ。ただ、お姉ちゃん、現実とゲームは違うからね!」
「わ、わかってるよ!」
「それならいいけど。ただ•••」
キミが下を向いて考え込む。
「なに、どうしたの?」
「いや、飯田さん、おすすめだけあって、社内でもアプローチされてるの見たことあるんだけど、全然で。でも、彼女いるか聞くといないって言うし。なんか、あんのかなぁ•••」
「へ、へぇ•••」
後日、キミの懸念は、その理由とともに、判明することになった。
32
金曜日。
今日は飯田くんと会う日。
キミは二股じゃないって言ってたけど、相手の気持ちを知った上で、交互に二人の男性と会うっていうのが、私にはどうしても自分の中でイヤだった。
私みたいな喪•••、やつが天秤にかけるようなまね、百万年早いと思う。
一瞬、気持ちがアッチ側に行きかけるが、どうにか踏みとどまれた。
それに、あらためてキミに自分の好みを言い当てられて、ある意味、気持ちの方向性がついた気もする。そして、その気持ちに対して、逃げないようにすることが、二人の気持ちに答える方法だと思った。
こんな風に考えられるようになったのも、『過去のやり直し』のおかげだと思う。中学時代に戻って花崎を捕まえた経験をしてから、『今』の私には度胸というか、覚悟みたいな強い意志が確かにある。それに宮野さんから、逃げずに踏ん張る方法も教わった。そのおかげで、今日のプレッシャーにも負けないでいられた。
終業時刻ぴったりに、本日の業務予定を終えると、まだ残っている人たちに声をかけて会社を出る。
今回もキミから教えてもらったお店に向かっていると、キミから電話がきた。
「お姉ちゃん? 大変! 飯田さん、今、会社の近くで知らない女の人をナンパしてる!」
「え? なに? どういうこと?」
「私だって知らないよ。あ、お店に入っていった!」
「え? だって今日は•••」
「知ってるよ。それでさっきまで私、飯田さんと一緒に歩きながら色々話していたんだもん」
「た、単に私と会う前に少しだけ用事があったとか•••」
「違うって! あれは絶対、昔の女だよ!」
そんなこと言われたって•••。どうしたらいいんだよ•••。
私の強い意志やら何やらは、この一瞬で消えていた。
「お姉ちゃん、今すぐこっちに来て!」
え? 今日のお店はどうしたらいいの?
この期に及んで、まだアホなことを考える私。
「場所、送信するから! タクシーでぶっ飛ばしてきて!」
「えーっ?」
ここからは記憶が曖昧。どうやら、タクシーをつかまえて、キミの会社の駅にとりあえず向かった•••らしい。キミから詳細な位置情報が送られて、ハッと我に返る。
しどろもどろで運転手さんに伝えると、私の様子から気をきかしてくれたのか、地元の人しか知らないような細い道を進んでくれた。驚くくらい早く着くと喫茶店の前に立っているキミを見つける。
運転手さんにお礼を言って、支払いを済ますと、キミのところまでダッシュした。
「お姉ちゃん! こっちこっち!」
私を見て、手招きしているキミ。隣まで行って
「なに? どういうこと?」
息を整えながらキミに聞く。
「私だって知らないよ! とにかくお店入ろ!」
「え? なんで?」
「なんでって、気にならないの?」
「そりゃあなるけど•••」
「もう! とにかく入ろ!」
腕を無理やり引っ張られてお店に入ると、少し戸惑いながらお店のお姉さんが人数を確認してくる。全く無視して店内を見渡しているキミのかわりに、私が人数を告げると、お姉さんは席へと案内してくれようとした。
「私たち、あっちの席で!」
キミはそういうと店内をズンズン進んでいく。曲がったところで私も気づいた。窓側の角席に男女が座っている。お構いなしに進むキミを追って、角席の隣の席に座った。
呆気にとられていたお店のお姉さんも慌てて追いかけてくると、あやしい視線とともにメニューを置いていった。
背中合わせでキミと飯田くんが座り、私からは相手の女性が見える。
かわいい感じで、美人。性格も良さそう•••。
パチン!
ひさしぶりに左手首の輪ゴムを使う。それくらい私の目からは完璧に見えた。
一方、キミは私の前で明らかに不審な動きをしている。なんとか話の内容を聞こうとしているらしい。私の席では二人の声はほとんど聞こえなかったけど、女性の表情はよく見えた。
思いつめた感じで、でも真剣な眼差しで飯田くんをしっかりと見つめながら、話している。それに対して飯田くんは黙って聞いているようだった。
女性の話が一区切りしたみたいで、飯田くんはスマホを確認する。相手の女性に二言、三言告げると、誰かに電話をかけたようだった。
突然、私の携帯が鳴りだす。
慌ててスマホをとると、飯田くんの生の声と、携帯からの声がステレオ状態で聞こえた。
テンパった私はその場で
「はい、秋野です」
と答える。
前には頭を抱えたキミと、驚きの表情で振り返っている飯田くんがいた。
33
「えー、とりあえず自己紹介ですかね•••」
互いに遠慮しあっている三人に変わり、キミが切り出す。飯田くんが譲るかたちで、私たちは飯田くんたちの席に移った。窓側に一緒にいた女性とキミ、通路側に飯田くんと私で向かい合わせになっている。
言い出しっぺのキミから女性に頭を下げて
「島田です。飯田さんと同じ会社に勤めてます」
キミに肘でつつかれる。
「あ、秋野です。キミの姉です」
さらにつつかれる。
「な、なに?」
「もう•••。えー、姉は飯田さんとは中学からの幼なじみで、今日はデートの予定でした!」
「ちょっと、なにを•••」
「ね、飯田さん!」
急にふられて、飯田くんは一瞬戸惑ったが
「ああ。今日、これから会う予定だったんだ•••けど•••」
飯田くんはキミと私を交互に見ながら、明らかに戸惑っていた。
そりゃあ当たり前だと思う。だって今日、これから会う予定の人間が目の前にいるのだから。
飯田くんの疑問を察したキミは
「なんでお姉ちゃんがここにいるかっていうと、私が呼んだからです。だって、飯田さん、お姉ちゃんと約束しているのに、知らない女の人とお店に入っちゃうから」
ここで、私とキミの視線が今まで黙っていた女性の方に向く。キミは疑いの表情を隠すこともなく
「あの•••、失礼ですが?」
その女性は、キミの問いかけに緊張しながらも、しっかりと私たち二人を見て
「宇田川です。飯田くんとは大学が一緒でした•••」
会釈する宇田川さんの頭部に、キミがたたみかける。
「飯田さんと付き合っていたんですか?」
顔を上げた宇田川さんはみるみる赤くなり、飯田さんはキミのストレートさに唖然とする。私は眉間をつまんで、キミが『こういうヤツ』だったのを思い出していた。
最初に立ち直ったのは飯田くんで
「大学の時、付き合っていた。でも卒業してから、すぐ別れた」
ぎこちない飯田くんの回答を受けて宇田川さんも
「はい。確かに昔付き合っていましたけど、別れてからはお互い会うこともなくて。今日、会ったのも本当に偶然で•••、いつぶりだろう?」
「7年と少しってところだ」
そこに私とキミの飲み物が運ばれてきた。お店の人が席をあとにするのを合図にキミが飯田くんに
「今日、お姉ちゃんと約束していたのに、なんで•••宇田川さん? っていうか元カノと会っているんですか?」
「ごめん」
飯田くんは頭をバッと下げて
「秋野さんには、もちろん連絡するつもりだった。話が早く終われば駆けつけたかったけど、どれくらいかかるかわからなかったから•••」
コーヒーを口に運んでからキミは
「で、今日は会えなくなったって連絡するつもりだったと?」
「あぁ•••」
肯定する飯田くんを見てため息をつくと、キミは今度は私に向き直って
「お姉ちゃん、どう思う?」
紅茶を吹き出しかけたが、なんとか咳き込むだけで抑える。
「どうって言われても•••」
飯田くんとは付き合っているわけでもないし、予定が急に入るなんてこと、よくあると思うし•••。それに今日、会うのは私が謝りたかったからで•••。
「あの•••」
宇田川さんが遠慮がちに手を上げる。みんなの視線が集まると、宇田川さんは飯田くんに
「アキト、私に聞きたいことがあるんでしょ? 私、答えられるかわからないけど、できるだけ話すから。だから、今、ここで話すのがイヤだったら、また別の日にでも•••」
「いやいや! 元カノとまた会う約束とか! 飯田さん? こないだセリ姉に告白しておいて、それってアリ?」
噛みつきそうなキミを抑えながら、私も飯田くんの言葉を待つ。
飯田くんはばつが悪そうに宇田川さんを見ると
「あぁ•••、しおり、その、俺たちが別れた時のことなんだけど•••。今、話しても大丈夫か?」
一瞬、宇田川さんは目を見開いたが、少し考えると
「•••いいよ。聞きたいことって?」
私は話の腰をおるかたちで、おずおずと手を上げると
「やっぱり私たち、席外すよ•••」
そう言って席を立ちかけた時、
「ママーっ!」
男の子が走ってやってきた。テーブルの下をくぐって、宇田川さんのとなりに入り込む。
「リク! テーブルもぐったりしちゃ、ダメでしょう!」
男の子は宇田川さんの服に顔をうずめて、聞こえないふりをしている。
「すいません•••。ごめん、ママ」
男の子の後ろから来た男性は私たちに頭を下げると、宇田川さんに話しかけた。宇田川さんは男性を見てため息をつくと
「ママ、お友だちとお話があるから、パパと待っててくれる?」
宇田川さんの服から顔を離した男の子は、私たちをチラッと見ると
「あーっ! パパ! この人!」
私を指差す。私も男の子の顔に見覚えがあった。
うーん、忘れてしまっている•••。
男の子は興奮しているようで、大きな声で私を指差しながら
「この人だよ! パパが言っていたイノチのオンジン!」
命の恩人? 私が?
だんだんと思い出してくる。
そうだ! 私が過去に戻るきっかけになった、車にひかれそうになった子だ!
最初の時は正直、全く覚えていなかった•••というよりは、たぶん訳もわかず車にひかれていたわけだけど、数ヶ月前の時には、男の子の顔もしっかり見ていた。
と同時に私の頭の中に、ばく然とした思いが浮かぶ。
これって偶然?
喪女が人生やり直したら? 10話
次回は、現代編6です。