皆さんでどうぞ

 お中元の季節だ。うちの職場にも取引先からの品が届くことがある。よその会社では従業員で分け合うという話も聞くが、うちはまず社長のもとへ。そしてそれっきり。送り状に書かれているので、中味がジュースだったり缶コーヒーだったり、あるいはビールだったりする事は判っているのだが、下賜されたためしがない。
 ただし、生ものの場合は別で、これはさすがに放出する。しかし果物が届いたのを冷蔵庫で寝かせ過ぎて、我々が食べろと言われた時にはカビが生えていたこともある。
 だからといって別に、そのジュースだの缶コーヒーだのが飲みたいというわけではない。しかし、これだけ数を送ってくるのはやはり、「皆さんでどうぞ」という意味じゃないのかい?と思うのだ。たぶん社長は「俺の会社だから俺がもらうに決まってる」と言うだろうが。

 会社という場所で集まって仕事をしていると、こうした季節の決まり事以外にも、色々な頂き物がある。取引先はもちろん、支店から出張してきた同僚の手土産だったり、退職した人が置いていった菓子折りだったり。そして最もよくあるのが、旅行、あるいは帰省みやげ。
 個人的にはあまり好きになれないしきたりである。旅行なんて気軽に行って気軽に帰ってくればいいのに、なんでわざわざオフの最たる時間に「あそこの部署、いま何人だっけ」と、手にした十二個入りの菓子で足りるかどうか悩まなければならないのだ。
 しかし土日にこっそり行くならまだしも、有給をとっての旅行となるとやはり「ご迷惑おかけします」的な後ろめたさがある。さらに「こないだヤマダさんにおみやげもらったし、その前はスズキさんにもなあ」という、「負債」を返しておきたい気持ちも追い打ちをかけて、みやげ物店をうろつく羽目になる。
 そしていったん決心すると、ただ安くて数があるものを適当に、というよりは自分が食べたいものや、気の利いたものを、という変なやる気が出てくる。そのやる気が暴走すると、ネタ的に変わったものを狙うことになるのだが。
 変わったものといえば過去に、シンガポールみやげとしてドリアン飴なるのもを配ったことがあるが、これはやはり、ドリアン独特の風味が物議をかもした。家に持ち帰って食べていたら、家族が「ガス漏れしてる!」と騒ぎだしたという人もいた。中国みやげの朝鮮人参飴も「ゴボウの味がする」と、ドリアン飴に負けない存在感を打ち出してくれた。
 ただし、これは私がまだ二十代前半、配った相手も同期だったから許されたことで、まともな社会人が先輩や上司を含む同僚全般に対してする事ではない。特に女性は三十も過ぎれば舌も肥えてきて、下手なスイーツなど持参すれば後で何を言われるかわからない。ウケ狙いの怪しい菓子など、地雷原に踏み出すようなものだ。ここはやはり多少値がはっても定番の、確かな品を選ぶのが得策だろう。

 とはいえ、配られる相手も機嫌のよい人ばかりとは限らない。たまに聞くのが、せっかく配ったお菓子をゴミ箱に、という話だが、私も一度やられた事がある。念のため言っておくが、ドリアン飴や朝鮮人参飴ではない。受け取る時は「あ、どうも」という感じだったが、翌日ゴミ箱に入っていた。故意なのか偶然落ちたのかは知らないが、私は彼女と日頃から反りが合わなかったので、捨てられたとしても全く不思議ではない。
 そして配る側もそうそう上機嫌ではない。世間には「お菓子外し」という言葉があるらしいが、特定の相手にだけお菓子を配らないという「村八分」的な処遇を指すそうだ。何が楽しいのか、と思うけれど、働く人にはそういう形でしか発散できない心の闇がある、というのもまた現実である。

 お菓子一つ配るのでも色々な心の機微が伝わるものだし、この文化はまだまだすたれそうもない。最近はお菓子の個別包装もすっかり定着したけれど、昔は羊羹やカステラを一本丸ごともらって、女子社員が切り分ける、という事も珍しくなかった。
 私の友人に、新巻鮭半身を給湯室でさばいたという人がいるが、「こっちの迷惑も考えろっちゅうの」と怒り狂っていた。
贈った方は豪華な品だし、喜んでもらえると期待しての事だろうが、何が嬉しくて仕事を中断して鮭と格闘しなくてはならないのか。こういう事を言うと「それが彼女の仕事でしょ?」と、したり顔で切り捨てる人がいるのも疲れる話である。
 別の友人は機械関係の会社で働いていたが、ある日、メンテナンスの仕事から戻った社員が西瓜を丸ごと、五、六個もらってきたという。なんでもその客先は西瓜を栽培している農家で、作業が終了した後にトラックで畑まで連れて行かれ、「好きなだけとって下さい」と言われたらしい。
「私が切って、みんなで食べたけど、おいしかったよ」との事だが、大型化もここまでくると却って爽快というか、もう「祭り」である。カンパニーという言葉の語源が「同じ釜」だという事を考えると、やっぱりこうして食べ物を分け合うのは、大切な事なのかもしれない。

皆さんでどうぞ

皆さんでどうぞ

お菓子、配ってますか?

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-30

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