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ボタンを押す指が.......
連射ボタンを押す様に小刻みに動いている。
非常用の赤いランプが点灯している。この箱は止まっているのだ。
青年は白い帽子を脱いで「まいったな」と頭をかきながら呟いた。「すみません。すみません」とスピーカーに叫ぶ。「しばらくお待ち下さい」と冷ややかな警備員の低い声が返ってきた。緊張しているはずが、私のお腹がグーっと鳴った。そういえば寝坊して朝から何も食べていないんだった。「ぷっ」と笑う青年。
「あのう、このラーメン食べます?とんこつですけど」
「でも、出前のでしょ?」と私は唾を飲み込みながら返した。
「いいっすよ、どうせ伸びてるし。自分も食べるっす」
私は思い出した。私の父も外では自分のことを「自分」と言っていた。
ぼんやりした赤いランプ。ラーメンの匂いがこの箱を埋め尽くしている。
「おいしかった。ありがとう」この状況だったから美味しく感じたのかもしれないけれどおいしかった。「地下組織に潜入したらこんな感じなのかな」と私は言った。
「スパイはこんなうまいもん食わないっすよ」と青年。
まるでスパイをやったかのような物言いで、「スパイ?」と聞いてみた。
「いいえ、違うっすよ」と。真面目な顔が可愛かった。
「でも、スパイの役ならやったことありますよ」と青年。
止まった箱の中、一向に動く気配もない。青年が突然、自分の事を語りだした。青年は昔、ミュージカルスターを目指していたと言う。
「マイケルの足、MJのスリラーを見てぶっ飛んだんすよ。すべてが変わった感じ。あーこれだ。ワクワクは。今までワクワクする事なんてなかったんすよ。ムーンウォークも出来るようになったし。今やりましょうか?」と得意げに。
「ここではいいや」と私は手で制した。とんこつラーメンの匂いが立ち込める箱の中。
「実家の母は、夢は夜見るもので昼じゃないのよってまともに聞いてくれなったんすよ。でもダメなんすよね。ワクワクしないと自分」赤ランプの光にあたっている青年の横顔がなんか寂しそうに見えた。
「故郷はどこ?」
「長野です。そうそう、聞いた話なんすけど、アメリカではアメフトの人気すごくて、ハーフタイムはみんな休憩でスタジアムから出ちゃうみたいなんすよね。でも、そのハーフタイムにいきなりマイケルが登場して、もうすごかったみたいなんすよね。試合より視聴率が高かったみたいで。まじすごいっすよね」まるで自分の手柄のように話す青年。でも嫌な感じがしなかった。
その時、赤ランプが消えた。再びこの箱は動き出した。時間にして、、、もうそんな事はどうでもよくなっていた私。
青年に「じゃあ」と言うと、「今度はデザートにイチゴも用意しとくっすね」と白い帽子を深くかぶり私にお辞儀をして去っていった。でも、なんで私がイチゴ好きなことが分かったのか不思議に思った。「あっ」おもわず声が。 あの青年は、この箱に乗る直前、携帯でのやり取りを何気なく聞いていたんだ。
今度、友達とイチゴ狩りに行くって話を。 

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  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-16

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