新宿の女

初めて異世界ファンタジーというものに挑戦しました。
シナリオ形式です。学校について、教育についての反発からできたストーリーです。学校って何だろう、教育ってなんだろう?
そんなテーマを異世界に置き換えて書いてみました。
この小説の執筆には、古代中国の「老子」から影響を受けました。
まあ、ゆっくり楽しんでくださいませ。

第一章 二人の娼婦

新宿の女

第一章 二人の娼婦

都内、新宿歌舞伎町。風俗店が立ち並ぶ。今日も柏木菊子は、情欲に
彩られた男たちの相手をし、勤務を終えると店に礼を言って、そそく
さと自宅に帰っていくのであった。
その日も、帰宅のため、西武新宿駅に向かった。大量に飲んだ酒のせ
いで、頭痛がひどかった。くらくらしながら、駅を歩いて行くと、突
然、誰かにぶつかった。
菊子「ご、ごめんなさい!」
ぶつかった女性が持っているバッグには、たくさんの口紅や頬紅がは
いっていた。菊子はすぐに同業者とわかった。
菊子「ごめんなさい、私、拾いますので!」
と、落ちた口紅を拾い、彼女に手渡した。彼女は長く伸びた髪を掻き
あげ、それを受け取った。
女性「どうもありがとうございます。あれ、もしかして、、、。」
菊子「なんですか、もしかしてなんて。」
女性「柏木さんでは?」
菊子「なぜ、私の名前を知っているんです、貴方、誰ですか?」
女性「私、下村愛子です。たしか、高校まで同級生だったでしょ?私、
覚えてますよ。」
菊子「そ、そんな!あんなに真面目で、優等生で、大学への進学も確
実だった貴方が、なんでこんな、歌舞伎町にいるんですか!もしかし
て、監査の役人になったとか?」
愛子「いえ、違いますよ。私も、歌舞伎町で働いているんです。もう、
家に置いてもらえなくて。自分の身は稼がなきゃいけませんから。体
を売るしか、商売もできなくなってしまったし。」
菊子「本当は、殴りつけてやりたいくらい憎い相手でしたよ。あたし
には。だって、あれだけ成績も良くて、常に先生からの期待だって、
一心不乱にされていたでしょ。そんな人が、どうして私と同じ職業に
ついたのですか?少なくとも、国公立大学には行ったんでしょ!」
愛子「行ってないのよ、菊子さん。合格はしたけれど、諍いに巻き込
まれてしまって。ねえ、少し話さない?駅のお蕎麦屋さんでよろしけ
れば、、、。」
菊子「悪いけど、あんたの弁解は、聞きたくないわ。」
愛子「でも、どうしても話したいのです。お願いできませんか?五分
で構いませんから。」
菊子「そうですか。じゃあ、本当に五分だけですよ。」
二人は、駅の構内にある蕎麦屋に入る。
愛子「どうぞ、好きなものを食べて頂戴。あたしが出すから。」
菊子「どうしたの?」
愛子「ううん、最期に誰かの笑っている顔を見てから逝きたくて。」
菊子「い、いく!?どういうことなの愛子さん、、、。」
愛子「ええ。私、東大に合格はできたけど、」
菊子「東大ね。あんたには教師が一日中ついていたからね。」
愛子「でも、東大に入学して東京で暮し始めて、あたしは、東京になか
なか慣れなくて、他の人たちから馬鹿にされるようになったのよ。段々
気分も落ち込んできて。うつ病と診断されてもいるの。とうとう東大に
も、通えなくなって、入学したのだけれども、卒業はしていないのよ。」
菊子「へえ、いい気味だわ!そうして、私が感じている怒りや悲しみを
うんと体験してもらいたい者だわね!」
愛子「ええ、そう思われて当然だわ。私は、そうしてしか生きれなかっ
たんだから。だから私、それを親のせいにしてしまって。すごく暴力的
なことに走ったこともあった。だから母も自殺して、父は老人ホームに
いって。私も一緒に死のうと思ったけど、助かってしまって。で、入院
費を返納するために体を売っているのよ。是非、笑って頂戴。私を馬鹿
だと罵って頂戴。きっと、貴方は私のせいで、うんと傷ついたと思うし。
でも、クソッタレでも、何でも良いわ。だって、私は、もう必要ない人
間だもの。もう、死のうと思って電車を降りたんだし。」
菊子「愛子さんがどうして、そんな台詞を口にしているのか、不思議で
しかたなかったけど、結局同じ運命だったのね。私は、学校というとこ
ろに、対応できなかったのよ。それで、いち早く高校は辞めたけど、や
っぱり、自分の体を売るしか道はなかったわ。ねえ、一つ提案があるん
だけど、一緒に自殺しない?私だって、生きている価値なんかないわ。
この国では、きっと、勉強ができて、運動もできて、いい大学に入って、
そのまま就職できた人でないと、幸せにはなれないのよ。だから、私は、
自分のことを生きていても仕方のない民族だと思ってる。まあ、偉い人
が、負ける人がいるから勝てる、なんて警告してくれるけれど、それは、
学校に行っていない限り無理なのよ。いつの時代に適合できない人間っ
て、必ずいると思うから、さっさと去って、楽になれば良いわ。そうい
う人は。」
愛子「そうね。私もそう思う。私も、ただ男の快楽のための道具に過ぎ
ないわけだし。じゃあ、二人で仲良く片付けちゃいましょうか。良かっ
たわ。最期だけ、神様がゆるして下さったのよ。一緒に逝ける人をくれ
るなんて。」
菊子「どこかにいい場所ないかしら。」
愛子「私知っているわ。この近くに店舗があったんだけど、数日前に倒
産して、建物だけ残ってる。すぐに取り壊されると思うけど、この時間
なら、作業員さんも来ないわよ。暗い夜だから誰にも見えはしないわ。
逝ってしまっても大丈夫。」
菊子「なるほどね。じゃあ、私もそこで逝くわ。私も最期に言葉が交わ
せてすっきりした。これで、心置きなくあっちに逝っちゃいましょ。」
愛子「そうね。じゃあ、逝きましょうか。」
二人は、そばを急いで食し、そそくさと店をでて、歌舞伎町にもどって
くる。
歌舞伎町に戻ってくると、殆どの店舗は閉まっていた。その中で、今に
もつぶれそうな建物が見えてきた。コンクリートで、辛うじてたってい
る感じがした。
愛子「ここよ。真っ暗だから、足元に気をつけて。エレベーターが動か
ないから、階段で十階まで上がらなきゃいけないけど。」
二人は、山登りをするかのように建物の非常階段を登った。かなりの急
な階段だったので、上るのは苦労を要したが、何とか屋上にたどり着く
事ができた。
愛子「ああ、遂にきた!これで今までの辛さからもう解放されるのね。
何か、第九でも歌いたい気分だわ。」
菊子「さっさと消えてしまいましょ。そんな音楽なんてわからないし。」
愛子「そうね。ごめんなさい。まあ、余計なことは、やめとくわ。じゃ
あ、手を繋いで。」
二人、横に並んで手を繋ぐ。
愛子「ありがとう!」
菊子「ありがとう!」
と、お互いに笑顔を見せ合い、一気にビルから飛び降りる。と、同時に
どこかで鐘が鳴る。

菊子は目を覚ます。落ちているのはアスファルトの上ではなく、かとい
って病院にいるわけでもなく、真っ黒な闇にいるわけでもない。そこは
やわらかい芝生の上。
菊子「あれ、、、。もう、私の人生は終わりにできたはずじゃ、、、。」
愛子もそれを聞いて目を覚ます。
愛子「ここは森の中よ。菊子さん。少なくとも地獄ではないわね。血の
池もないし、暗闇もない。何か別の世界に行ってしまったのから、、、
。」
二人は立ち上がり、廻りを見渡す。静かな森の中である。時々小鳥たち
の声も聞こえる。日本では、全く見られない、美しい森。
菊子「ねえ、水の音がするわ。どこかに川があるのかしら。」
愛子「もしかして、三途の川?」
菊子「そうかもしれない。私たち、まだ、地獄にはいないのかも。川を
探して見ましょう。」
その川の方へ行ってみる。川は大きな川ではなく、小さな水路という感
じで、水は鏡のように二人の姿を映し出していた。それを見て、二人は
ぎょっとした。化粧もなく、髪はざんバラ、新宿の女とは到底思えなか
った。
愛子「な、なんだろう、エデンの園にでも来てしまったかしら。三途の
川ではなくて、、、。私たちが何か悪事をしたような。」
と、そのとき、上から赤いものが流れてきた。
菊子「私が取るわ。」
と、川に容赦なく手をいれ、それを拾い上げる。
菊子「なんだ、ただの箸じゃない。ここはエデンの園ではないわよ。人
が住んでいるんじゃないかしら。ちょっと、川を遡って見ましょうか。」
愛子「本当に良いのかな。私たちが行って、、、。このはし、どうみても、金でできてるみたい。しかも、純金に近いと思うわ。きっと、高尚な人、
もしくは、人間ではないのかも。」
菊子「だったら、この箸の持ち主に聞きましょうよ。落とし主は、ご飯
が食べられなくなって、困っているはずよ。それは、高尚でもなんでもない。」
愛子「そうねえ、、、。」
菊子「とりあえず、行って見ましょうよ。」
と、川をどんどん遡って歩いて行ってしまう。愛子もそれについていく。

と、暫く歩くと、ある看板が見えてくる。
菊子「ああ、こんな事が書いてあるわ。これより、とうようのくに、つ
うこうにはあらかじめきょかをもらうように。」
愛子「全部平仮名なのね。子供がわかるように、かしら。」
と、向こうから足音が聞こえてくる。一人の老人だった。
老人「おお、箸が落ちてしまって困っていたところでした。もってきて
くれたんだね。どうもありがとう。」
菊子「どういたしまして。」
と、老人に箸を手渡す。老人は持っていた竹筒から水を出し、箸を綺麗
に洗う。
老人「もう、弁当を食べ終わったから、よかったようなものの、途中で
おとしてしまったら、弁当が食べられなくなるところだった。」
菊子「それよりこの看板の意味はなんですか?」
老人「はい、そこに書いてあるとおりだよ。ここから先は全て、とうよ
うの所有地になるんだ。」
愛子「とうようとはなんですか?」
老人「ああ、ここは太陽が昇る東に、洋上の洋をあわせた名前の国家な
んだよ。東洋国とか、東洋の国とか言うね。お二人さんは、どうしてこ
こへ?それに、随分変わった着物だな。」
確かに。老人は、日本で言えば着物と呼ばれるものを着ていた。
愛子「昔へ来てしまったのかしら。地獄ではなくて。」
菊子「つまり、タイムスリップ?」
愛子「まさか、、、。でも、この方の着物は、明らかに、昔はやってい
た着物だわ。私の職場でも、そういう古い着物で仕事していた人はいたから。」
菊子「着物のことはよくわからないけど、とにかく、地獄ではないわよ。」
老人「地獄を目指してやってきたのなら、ここには来てほしくないな。
ここは、一緒に生きることを考える国家だから。」
菊子「あたしたち、日本から来たんです。そこからどうしても離れられ
なくて。脱出するには、地獄を目指さないと脱出できないんですよ。」
と、一人の若い女性が二人の前へやってくる。彼女も同様に着物を着用
している。
それは大型のボタンの花を、ピンク地に入れ込んだものであるから、身分の高い人だ、とすぐにわかった。
女性「どうしたの?」
老人「いや、この二人なんですが、なんとも、日本という、わからない
とこから、地獄を求めてやってきた、というのです。ここに入れていい
のか、、、。」
女性「とりあえず入れましょう。何か知っているかも知れないから。」
菊子「知っているって何を?」
女性「とにかく入りなさい。お二人のお名前は?」
愛子「下村愛子、、、。」
女性「しもむらあいこ?」
愛子「はい、下は上下の下で、村は、市町村の村、、、。」
女性「言わなくてよろしいですよ。こちらでは文字なぞないし、読める人はほぼいません。ですから、私たちは尊敬いたします。」
と、二人にそれぞれ握手する。
菊子「私のことは、きくと呼んでください。文字が必要ないんだったら、
日本より暮しやすいと思うので。」
愛子「文字がないなんて、信じられないわ。どうやって、コミュニケーションをとるのかとか、不安になりますよね。」
菊子「いやいや、私にとっては、勉強なんて、一種の虐待ですよ。正確にかけないと、運動場を何週も走りまわらせたりとか、変な罰が待っていました
から。私は、地獄よりもこっちのほうが向いてそうですね。学校という文字を教えてくれる機関は、みんな自殺を助長しますからねえ。」
愛子「菊子さん、あんまり調子に乗らないほうが、、、。」
はちく「お二人が、文字が使えるのは羨ましい限りです。実は、私どもを統治している、東條歌穂さまは、文字を読み書きできる人を探しておいでです。お二人は、平仮名もカタカナも、漢字も読めるのですか?」
菊子「はい、少しは。まあ、私は前述した通り、文字の勉強は苦手でし
たので、全部の文字を知っているわけではないんですが。」
はちく「平仮名カタカナはかけるどころか、ここではその存在すら知らない
人も大勢いますよ。」
菊子「へえ!そんなに貧しいんですか!」
愛子「菊子さん!変なこと、」
はちく「いやいやいやいや、そんな悪いことではありません。これまで文字を知らない私たちが悪いのですよ。ですから、指導者を探しているのです。もう一度いいますが、歌穂さまは、とても喜んでくださることでしょう。本日はここに泊まって、明日、歌穂さまにお会いして見ませんか?」
菊子「ええ、馬鹿なあたしが、お役に立つのなら、何でもやります。」
愛子「でも、そんな無責任にやっては、、、。皆さんの中で、知識を持っているかたに、やらせれば良いのでは?」
菊子「そうだけど、あたしたちだって、役目をもらえたんだから、それ
はすごく嬉しいわよ。是非連れて行ってくださいな。きっと、さそんなこといったって、通用しないからあたしたちに頼るんでしょ。いくところもないんだから、お世話になりましょ。」
愛子「そうね。しかたないわ。」
はちく「わかりました。では、こちらで。」
愛子と菊子は、はちくの後をついていく。暫く細い道を歩くと、突然広
い集落に出る。そこは竹林に覆われていて、人々は竹を切り倒して花い
れなどを作ったり、逆にたけの子を手入れしている人もいる。はちくが
通ると、人々は彼女に頭を下げるので、二人ははちくが君主であること
を予測することができた。
愛子「ここは、一体、なんという場所なんですか?あの、おじいさんの話では、東洋の国と。」
はちく「まさしく、東洋の国です。まあ、私が直接の統治者ではありませんけど。」
菊子「それでは、誰が最高権力者なのですか?」
はちく「くさかりという町に、おられます、第三十七代、東條歌穂皇帝
様のものです。私は単に、一つの民族である、竹族の統治者にすぎない
ので。」
菊子「帝政なんですね。」
はちく「難しい言葉を知ってますね。あと、くさかりの町と、土族の村
しかない、小さな国ですけど、私たちは十分満足だし、歌穂さまは、大
変情け深いいいかたですよ。」
菊子「そ、そうなんですか、、、。」
はちく「さあ、お部屋へどうぞ。」
と、ある一つの建物の中に連れて行く。その建物も竹でできている。
はちく「ここでの建物は、みんな竹でできているのよ。竹ばかりはえていて
他の材木は一切ないから。」
菊子と愛子は、用意された椅子に座る。
男性「はちくさま。」
おそらく、役人だろう。
男性「このお二人は?」
はちく「ええ、日本という天才の国から来た方たちよ。この年で、ひらがなもカタカナも、漢字も知っているんですって。」
男性「まさしく、天才の国だ。私たちは、平仮名さえかけない。そんなところから指導者が来てくれたら、私たちはどんなに助かりますかね。」
はちく「ええ、そのつもりよ。二人を歌穂さまに会わせるつもりなの。」
男性「ああそれならなおさらいい。暗記するしかできませんからな。歌穂様は、長年の皇帝様とは、少し違うお方ただ。私たちは。文字が使えたら、便利になるだろうし。」
物腰は柔らかく、決して悪い人たちには見えなかった。
菊子「じゃあ、あたしたち、ここで何かしらの仕事ができるんですか?体を売るのではなくて。」
愛子「菊子さん、他人に首を突っ込むのはやめた方が、」
菊子「どうせ来たんだから、何かしていきたいわ。みんな優しそうな
顔をしているから、信用したって大丈夫。あたしは、なんでもやりますから、たくさん使ってくださいませね。」
はちく「じゃあ、明日、歌穂様に会いに行きましょう。」
愛子「は、はい、、、。」
はちく「とりあえず、この建物に客用寝室があるから、そこでお休み
下さい。」
愛子「は、はい、、、。」
愛子は、なんやら不安そうな顔をしていたが、菊子は、嬉しそうに笑顔でいるのだった。客用寝室で、菊子はすぐ眠れたが、愛子はそうではない。蒲団がすべてイグサで作られていたため、強烈なイグサのにおいもあったのも、理由のひとつであったが、何より、こんな見知らぬところで、何をするのか、彼女の頭は、不安でつぶれそうだった。

第二章 役目をもらった二人

第二章 役目を貰った二人

翌朝。菊子と愛子は竹の建物の中で一夜を明かした。愛子は、菊子
にたたき起こされるように目が覚めた。
菊子「いい気持ちだった!何か、自殺を図ったのに、あんなにおい
しい味噌汁頂いてよかったわ。」
愛子「菊子さん、三ばいも食べて、恥ずかしくなかったの?」
菊子「だって、おいしいんだもの。いつも食べているカップラーメ
ンより、ずっとおいしかったわよ。」
愛子「そうだけど、もう少し行儀とか考えないと、、、。」
菊子「みんな、歓迎してくれたじゃないの。答えなきゃ。」
愛子「そうだけど、、、。」
はちく「お目覚めになりました?」
菊子「はい、昨日はとてもおいしいご馳走をありがとうです。山菜
って、意外においしいですね。」
はちく「まあ、この程度しか料理がないのがちょっと、乏しいかし
らね。今から、歌穂さまに会いに行くから、これを着て。」
と、二人に小袖を差し出す。
菊子「へえ、色無地なんですか。振袖とか、そういう派手なものは
ないんですね。」
はちく「そうですよ。ここでは、地味になれば地味になるほど偉い
のです。」
菊子「なるほど、、、。江戸小紋みたいですね。」
愛子「そのかたは、どこにいるのですか?」
はちく「ええ、くさかりの町の中心部にある国会にいます。くさか
りは、この道を三里ほど。」
愛子「三里?」
菊子「三里といえば十二キロ!何か乗り物があるんですか?」
はちく「ありません。身分差別をなくすため、乗り物は作ってはい
けないと命じられています。」
愛子「じゃあ、歩いて、ですか?」
はちく「勿論よ。用意ができたら、この建物の外で待っていて。」
菊子「はい、わかりました!」
愛子はがっかりしていたが、菊子は嬉しそうだった。二人は用意さ
れた着物を着た。菊子はすぐ着付けられたが、愛子はかなり苦労し
て、菊子に帯結びを手伝ってもらった。菊子が赤い色無地、愛子は
青い色無地で、日本にいればルール違反となりそうなほど、派手で
あった。言われたとおり、二人は建物の外へ出た。
はちく「じゃあ、行きましょうか。」
二人は、はちくのあとをついていった。道と言っても、アスファル
トではない、やわらかい芝を張られた道で、あまり、疲れを感じな
いようにできていた。道は大変細く、車のようなものは通れそうに
ない。その代わり、BGMはあった。鶯やら目白やら、たくさんの
小鳥たちが、人間を恐れないで行き来するので、その鳴き声が聞こ
えてくるのだった。菊子は、その声のする鳥の名をすぐに当てたが、
愛子は鶯さえもわからなかった。
と、とつぜん森は急になくなり、京の町屋のような建物が、連なる
ところへでた。
はちく「着いた着いた。ここがくさかりの街よ。漢族の先祖が生え
ていた草を刈り取って作ったからそういうのよ。」
暫く町へ入ると、なんやら商店街らしく、織物や食べ物を背中に背
負って歩く人が多数見られた。町屋のような建物には漢字で書かれ
た看板が多数あった。愛子はすこしばかり安心した。その看
板には全ての漢字に平仮名がついていた。
はちくは、暫く町屋の中を歩き、町の人たちと、会話しながら歩い
ていった。町は、木の板で作られた清楚な建物が多かったが、現代
日本からみると、江戸時代から、明治初期の町のように見えた。
はちく「ここよ。」
そこには「国会」と書かれた建物があった。その建物にも、平仮名
で、「こっかい」と書かれている。政治の中心地としては、おかし
いと思われるほど小さかった。
はちく「こんにちは。歌穂さまはいらっしゃいますか?」
守衛「いますけど、今他の議員さんと一緒です。どのような用事で
しょうか?」
はちく「ええ、歌穂さまが長年探していらした人が見つかったかも
しれないのです。」
守衛「そうですか。丁度そのことでお話をされていたところでした。
こちらにいらしてください。」
と、門を開け、二人を中へ入れた。
菊子「おじゃまします、、、。」
愛子は何もいえなかった。
三人は、下駄を脱いで、狭い廊下を歩いた。赤い絨毯も敷かれてい
ない、粗末な廊下だった。
ある部屋の前で守衛の足は止まった。
守衛「さあどうぞ。」
中では、男性たちが話している声がする。
はちく「(入り口を叩きながら)失礼いたします。竹族のはちくです。」
声「どうぞ、お入り下さい。」
落ち着いた、静かな声色だった。はちくは何のためらいもなく、ふ
すまをあけた。
そこに、数人の男性たちがいた。
はちく「歌穂さま、もしかしたら、探している人たちが見つかった
かもしれません。」
中にいる男性たちは、全員木綿の着物を身に着け、木綿の袴をはい
ていた。着物の柄は、模様があるものとそうでないものがいる。
菊子が、どのひとが「歌穂」なのか、きょろきょろしていると、
歌穂「ようこそいらっしゃいました。」
一番地味な着物を身に着けた人物が二人に近づいてきた。黒の着物
と袴を身に着け、一見すると女性と間違われるのではないか、と、
思われるほど体は小さかった。すこしばかり、痩せてやつれている
ようにも見えたが、その顔はどこかしら甘い雰囲気を持っており、
政治家らしい強欲さは全くないように見える。
その歩き方は特徴的だった。常に左足を引きずっていた。
歌穂「私が、」
と言って、菊子に右手を出した。
歌穂「東條歌穂です。」
菊子「柏木菊子です!」
と、握手を交わした。歌穂の手は、女性である菊子とほぼ同じ大き
さだった。
愛子「しも、下村、愛子といいます。」
歌穂は、愛子とも握手を交わした。
はちく「歌穂さま、この二人、平仮名もカタカナも漢字も読み書き
できるそうなんです。だから、私、相応しいと思って、こちらへと
つれてきました。」
と、周囲の男性たちから拍手が起こった。
男性「よかったですね。歌穂さま、やっと、望みがかないましたね。
それでは、今夜は歓迎の宴をしなければなりませんな。」
歌穂「ええ、勿論です。どうぞ、二人とも、こちらにいらしてくだ
さい。」
先ほどの男性が、椅子を置いた。
はちく「じゃあ、私は用事がありますのでこれで。」
と、一礼して、そそくさと帰ってしまった。
歌穂「お二人とも、そこへ座ってください。」
二人は、用意された椅子に座った。
歌穂「では、単刀直入に申し上げます。あなた方二人に、文字の教
師として、竹族と土族のものに、漢字の読み書きができるようにな
るまで、指導していただきたい。」
二人はびっくりして、暫く呆然としてしまう。
菊子「あの、こ、ここは、そんなに識字率が、、、」
歌穂「ええ、九割は文盲とされています。漢字どころか、平仮名も
カタカナも読み書きできない人が殆どなので、困っているのです。」
男性「歌穂さま、もっと、細かく話してあげなければ。」
歌穂「わかりました。鈴木さん、詳しく説明してあげて。」
鈴木「はい。ここは正式名称を東洋といいます。首都は、いまここ
に国会議事堂があります、くさかりです。このくさかりには漢民族、
南には、土族。北には竹族。この三民族が住んでいます。でも、漢
族は、その一割程度にすぎません。漢族という名は、漢字の読み書
きができる人、という意味なのです。」
菊子「中国人ではないのですね。なるほど。」
鈴木「漢族には古くから文字というものがありますが、他の二つの
民族は文字を知らないで生きてきました。彼らにできるのは、毎日
の食べ物を取りに行く程度でしょう。文字がないので、全て記憶に
より、生活しているのですが、、、。」
菊子「暗記力もいいんでしょうね。」
鈴木「はい、しかしながら、それが原因で多くの事故が起きており、
生産の効率もあがりません。実は、数日前に、竹族のものが、家を
建設していたのですが、部下の者が寸法を聞き取れず、間違えて柱
を短くしてしまったために、作られた家が崩壊するという、事故も
起きたばかりでして。」
菊子「ああ、そういうことだったんですか。誰でも間違いはあると
いっても、そういう間違いはされたら困りますからね。」
鈴木「それで、歌穂さまが、文字を教えようと考え付いたわけです
が、この漢族は皆何かしら仕事を持っていますから、わざわざ時間
を作って教えに行くことは先ず不可能なのです。ですから、私ども
は、外部から来て、教えてくれる人をさがしていました。そこへ丁
度お二人が現れてくれたわけでして、、、。」
歌穂「どうでしょう、私どものために、お願いできませんでしょう
か。」
菊子「はい、わかりました。どうせ、日本にいても、充実した生活
はないってはっきりわかったわけだし、ここで働かせてください。
私、何でもしますから。」
愛子「私も、、、ここにいたってしょうがないから、やります。」
歌穂「どうもありがとうございます。よろしくお願いします。」
と、深々と二人に頭を下げると、再び大拍手が巻き起こる。
歌穂「ただ、一つだけお願いなのですが、私たちは、自然にはどう
しても勝てません。なので、自然にはむかうことはしないでくださ
いね。」
菊子「はい、わかりました。」
歌穂「ええ。私たちは、作業による事故を減らすのが目的であって、
それ以外のことは何も望みません。それは、先代から私まで、代々
の帝が引き継いできたことです。」
鈴木「そうそう。これが、私たち、東洋のおきてなんですよ。もし、
新しいことが成功したら、あとは静かにしている。そうしないと、
国家としても発展していかないのでね。」
愛子「私、政治のことは、、、。」
鈴木「いえいえ、政治は大切なことです。私たちだって、もともと
は、ただの百姓ですからな。」
菊子「帝政なら、世襲されるはずでは?」
鈴木「それは、歌穂さまだけですよ。あとの議員は、他の人から推
薦を貰わないと、議員にはなれません。ずっとそれで通っているか
ら、これからも続いていくことでしょう。」
菊子「へえ、理想的な政治ですね。」
鈴木「光栄です。」
と、頭を下げる。
歌穂「お二人には、この建物にある小部屋を使って頂いて結構です。
菊子さんには竹族の、愛子さんには土族の村に行っていただきまし
ょう。」
愛子「学校があるのですか?」
歌穂「ございません。」
愛子「ではどうやって、教えればいいのでしょうか?教科書も何も
ないのでは、教えようにも、、、。」
歌穂「ここでは、製紙の技術がございませんので、紙を使用するの
には、許可が必要なのですが、来訪を待ち望むまで、貯蔵庫に千枚
の紙を入れておきました。それを使ってくれて結構です。紙は、隣
国から輸入するしか入手できませんので。」
愛子「そうですよね。教科書がなければ、教えようにもできません
よ。」
歌穂「ええ、自由にお使いいただいて結構ですが、なかなか調達が
難しいものですので、決して浪費しないでくださいね。」
愛子「はい、、、わかりました、、、。」
菊子「あたしもわかりました!じゃあ、できる限り力になります!」
歌穂「ええ、ありがとう。鈴木さん、お二人の部屋を案内してあげ
て。」
鈴木「はい、わかりました!それでは、明日から全てが変わります
な。さて、宴席の準備をしなれば。」

数時間後、広い部屋。二人は、まるで結婚披露宴の新郎新婦のよう
に、大勢の議員に囲まれる。しかし、食事はすいとんのような餅と、
多数の野菜であり、肉は一切出されなかったし、酒もなかった。
愛子「いつも、こんなに粗末な、、、。」
歌穂「どちらにしろ、作物が育ちにくいところなので、このような
食事しかできないのです。ご了承を。」
菊子「じゃあ、だれでもすいとんなんですか?」
歌穂「ええ。すいとんは、民族に関わらず、主食です。贅沢は何も
良いものは生みません。」
菊子「徹底しているんですねえ。日本の政治家とはえらい違いだ。
すごい。かっこいいわ。」
歌穂「私は、先代がやっていたことを繰り返しているだけでござい
ます。」
菊子「ますますかっこいいです!お酒がないのもそのせいですか?

歌穂「ええ、酒は頭をおかしくさせるだけですので、製造も販売も
飲酒も禁止しています。初代から続く命令です。」
その代わり、議員たちは歌を歌うのだった。その声は、テノール歌
手も顔負けだと思われた。しかしながら最高君主の歌穂は、それら
に加わる事もなく、ただ、微笑んでいるだけであった。
宴会が終わると、二人は与えられた小部屋に案内された。
菊子「いいところに連れてきてくれたものよね。私、世の中からや
っと必要とされたみたい。日本では、なんでもかんでもスイッチ一
つで片付いちゃうのに、ここでは教えてくれる人になれるんだもの。
こっちにずっと居たいわ。」
愛子「そうね、、、私、無文字社会でやっていけるかな。」
菊子「まあ、愛子さんは優等生だからね。別の意味で勉強できるん
じゃない。」
愛子「何よそれ。」
菊子「ほら、すぐムキになる。まあ、早く寝ましょ。明日は早いの
よ。」
愛子「まったく、どういう神経なの?菊子さんは。」
菊子「何も気にしないだけよ。ほら、さっさと寝なさいよ。」
と布団に入ってしまう。
愛子「そうね。」
と横になるが、なかなか寝付けないのだった。

第三章 楽しい生活

第三章 楽しい生活

翌朝、二人は制服として与えられた青無地の着物を着て、それぞれの
場所に向かった。
竹族の村。菊子ははちくに連れられて、小さな空き地にやってきた。
はちく「さあ皆さんいらっしゃい。この人が貴方たちに文字を教えて
くれるから。」
何人かの人が寄ってきた。女性は、小紋のような、簡素な着物を身に
つけている。それでも、明るい色ばかりだった。身長は、160セン
チ程度で、菊子とさほど変わらなかった。肌の色は、やや黄色を帯び
ていた。
女性「そんなもの習ってどうするんです?必要なければ意味がないじ
ゃないですか。」
はちく「でも、歌穂さまの思し召しなのよ。」
女性「なんだか、覚えて役にたつのかしら。私達は、大工か、金属加
工しかできないから。」
菊子「へえ、金属で何か作るんですか?」
女性「はい。日用品を。ここは、やせた土地ですが、金だけはよくと
れます。」
菊子「金!すごい。」
女性「しかし、竹と金しか材料がありませんので、文字というものは
あまり必要ではないように見えるのですが、、、。」
はちく「そうなんだけど、、、。ああ、どうやって説得したらいいん
だろう。」
と、声がする。男性たちの声だ。
声「だから、この竹は二尺と言ったはずだ。それではとても足りない
ぞ。ちゃんと、寸法を測ってから竹を切らないと。俺たちは竹に犠牲
になってもらって、家を建てているんだから、むやみに勘で図るもの
じゃない!」
はちく「ああ、又やってる。大工さんたち。」
菊子「何をやっているんですか?」
はちく「家を建てるとき、かならずこういうことが起こるの。家の材
料にする竹の寸法を間違えるのよ。」
菊子「なるほど!そうすればいいんだ!はちくさま、私をその現場に
連れて行ってください!」
はちく「女は、工事現場で働いたりしないわ。」
菊子「でも、お伝えしたいんです!」
はちく「では、こちらにいらしてください。」
と、菊子を工事現場に連れて行く。
はちく「なんですか、又間違いが出たのですか?」
男性「そうなんですよ。こいつが、二尺と一尺を取り違えたために、
また新しく竹を切らなければなりませんな。」
菊子「あの、すみません。」
男性「お嬢さん、君みたいな人は、こんな現場に来るものではない
よ。大工はね、そんな綺麗なお嬢さんに向く仕事じゃないんだから。
その綺麗な顔が、一気に虫刺されで怖くなってしまう。」
菊子「でも、少しくらいいいでしょ。どうやって一尺と二尺を決め
ているんですか?」
男性「このひじから手首までが一尺です。」
菊子「じゃあ、間違えた方の一尺は?」
男性「こら、こっちへこい、こいつですよ。」
と、小柄な男性を連れてくる。彼は、身長が150センチほどしか
ないが、先ほどの男性は160センチを越していた。
菊子「なるほど。じゃあ、彼とご自身の腕を見せてください。」
初めの男性「こうか?」
もう一人の男性も、腕を差し出す。
菊子「ほら、よく見てください。同じ一尺といっても、長さが違う
でしょ?」
初めの男性「ええ、どう違うんだ?」
菊子「よく見てくださいよ。ひじから手首までの長さは、二人とも
全然違うじゃありませんか。背の大きい人、小さい人、いろいろい
る訳ですから、こういう誤差がでるんです。だから、そのために文
字があるんですよ。文字によって、規定された長さの単位が決めら
れたら、みんな同じ長さが得られるわけですから、これ以上竹に犠
牲になってもらうことはないと思いますよ。」
初めの男性「なるほど!そうすれば、こいつの間違いも減るという
わけか!おーい、お前たち、この美人先生が、新しい長さの測り方
を教えてくれるぞ!天才の国からきた、素晴らしい先生だ!」
菊子「やだ、美人だなんて!」
と、工事現場で働いていた大工たちは、いっせいに仕事の手を止め
て、菊子の周りに集まってきた。これだけのことで、大人数が集ま
ったということは、よほど誤差が多かったのだろう。
大工たちは、菊子の回りに正座した。
初めの大工「では、先生、もじというものをたっぷり教えて下さい
ませ。どんなものか、からはじめて、、、。」
菊子「わかりました。じゃあ、この本を開いてください。」
と、自分の風呂敷をひろげ、作ってきた教科書を配る。大工たちは、
興味心身で教科書を見ている。表情は真剣そのもので、嫌そうな顔
をしている物は誰もいない。
菊子「じゃあ、平仮名から行こうかな。文字の基礎の基礎だもの。
じゃあ、皆さん、これが、あ、い、う、え、お。」
大工「その変な形が、あという音を示すのですか?先生。」
菊子「正解。同じようにして、これはい。」
大工「じゃあ、あい、という言葉は、この記号を使ってれば、通じ
るんですね。」
菊子「はい。あいって、なんのこと?」
大工「いやあ、よくかみさんに対して思っている感情です。」
菊子「素敵!」
大工「じゃあ、かみさんに、同じ言葉を返すのならば、これを使え
ば良いってことになるんですか?」
菊子「はい、正解。奥様も、よりご主人に意思を伝えるのが楽にな
るとおもいます。」
大工「そうか!いや、かみさんには、迷惑ばかりかけていて、何も
してやれなかったからな。ありがとうっていうにはどうすればいい
んだ?」
菊子「なんだか、教科書に添ってやらないほうがいいかな。じゃあ、
あ、り、が、と、う。こうかくのよ。」
と、地面の上に、棒でありがとうと書く。
大工「こうか?」
と、彼女の真似をしてみるが、もともと書く習慣がないので、不恰
好になってしまった。
大工「ああ、むずかしいな。でも、俺はかみさんに何とかして礼を
言いたい。」
と、言いながら、地面に何回も書いて練習していた。他の大工たち
も、それに倣って練習をはじめた。
菊子「正解よ!」
どれくらい時間がかかったかわからないが、やっと、形になるもの
が現れるようになった。
大工「正解!やった!今日はかみさんにお礼がいえるぞ。家のこと
はいつも、かみさんにまかせきりだからな。今日こそお礼をしなけ
れば。」
他の大工「なるほどな。こんなに素晴らしい物を、俺たちは何もし
らなかった。歌穂さまにも感謝しなきゃ。そして、美人先生にもな。
先生、まだまだ文字というのは、種類があるんでしょ?」
菊子「ええ。教えることはたくさんあるわよ。」
初めの大工「又来てくれよな。ここでは夕方になると、仕事ができ
なくなるからさ。本当に短時間だけになるが、俺たち、学びたい気
持ちはいっぱいあるよ!」
菊子「あたしも、こんなに役に立てて嬉しいわ。又ね!」
と、大工たちに手を振って、くさかりの、宿舎に戻っていった。

一方。
南方の土族の指導を命じられた愛子は、数人の助手を従えて、土族
の村へ行った。
助手「ここですよ。」
愛子「は?」
思わず、あっけにとられてしまう。
助手「はい、これが土族の村です。」
愛子「はあ、、、これが村ですか。でも、住んでいる人が誰もいま
せんね。」
と、そこへ鐘の音がした。
愛子「どこからなっているの!」
助手「はい。この穴からです。」
と、目の前にある大きな穴を指差す。ここは、木が殆どなく、地面
は穴だらけなのだ。
と、穴の中から、
声「ようこそいらっしゃいました!皆お待ちしておりました!」
と、嬉しそうな声。
愛子が穴の中を覗いてみると、穴の中心に何人もの人が集まり、彼
女に向かって、手をふっているのだった。
愛子「じゃ、じゃあ、これが、、、。」
助手「はい、建物と同格です。」
愛子「へえ、又なんで、地面の下で暮すんですか。不便で仕方ない
と思うですが。」
助手「はい、ここは風が多いので、木でできた家では住めないから
です。それに、木材だって殆どありませんからね。」
愛子「まあ、原始時代とたいして変わらないわ。」
助手「でも、入ってみれば、気持ちいいと思いますよ。入ってみて
下さい。」
と、近くにあった小さな扉を開ける。それが地下の家の入り口であ
る。愛子がおそるおそる入ってみると、そこはなだらかなスロープ
になっている。電気も水道もないので、真っ暗な洞窟を移動してい
るようだ。
と、とつぜん、目の前が明るくなった。
声「愛子先生、こんにちは!」
数人の子供たちが彼女を迎え入れたのだ。彼らは、石版をもち、地
面に正座して座っていた。
声「始めまして。」
中年の男性の声だった。
愛子「はい、、、。」
男性「名を名乗らせてください。ぜんと申します。土族の首領です。」
愛子「下村愛子です。」
二人は互いに最敬礼をした。
ぜん「では、よろしくお願いしますね。私どもは、子供たちに文字
を学ばせてやりたいと、何度か歌穂さまに要求していましたが、先
生が現れて下さったから、子供たちは喜んでいることでしょう。」
子供たち「よろしくお願いします!」
愛子「そのまえに、この土族とはどんな民族なんですか?」
ぜん「私どもは、食べ物を生産していますが、竜巻やらなんやらが
多いところなので、家を建ててもすぐ壊れます。ここの土は大変固
く多少の雨では崩れにくいことがわかったので、家を建てずに、土
の中で過ごす様にいたしました。」
愛子「じゃあ、お野菜はどこで?」
ぜん「はい、この中庭です。痩せた土地柄ですので、すいとんと、
サツマイモ程度しか食料はありませんが。」
愛子「そ、そうなんですか!」
子供たち「いくら食べてもおいしいんだよ、先生。」
子供たち「育てるのがとても楽しんだ。」
愛子「で、古来から文字はなかったのですか?」
ぜん「はい。しかしながら、他の方々の食材を使う事もできるよう
になったので、調味料の分量を間違えることが増えてきたため、文
字を教えてくださる方がどうしてもほしかったのです。」
愛子「ああ、なるほど。つまり、料理で生計を立てているわけです
ね。」
ぜん「はい、ですから、歌穂さまにも何度も申し上げました。よろ
しくお願いします。」
子供たち「おねがいします!」
愛子「はい、わかりました。じゃあ、平仮名からはじめましょうか。
今、教科書を配るから、それを見て、一緒に平仮名を覚えていきま
しょう。」
子供たち「はい!」
子供たちが、丁寧に自分の言葉を聞いてくれるので、愛子は嬉しく
なった。
暫くすると、鐘が鳴った。
ぜん「はい、もうお終いだよ、先生はくさかりに帰るんだ。」
子供たち「ありがとうございました!」
と、敬礼する。
愛子「はい、明日から又頑張りましょうね!」
子供たち「はい!」
愛子は、一礼して戻っていった。子供たちは、指で地面に平仮名を
書き、一生懸命練習しているのだった。
愛子「勉強熱心なのね。」
子供たち「だって面白いんだもの!」
子供たち「先生。又来てね!」
愛子「わかったわ。」
と、やっと、顔が笑顔になる。

夜。
国会のすぐ近くにある二人の宿舎。
菊子「ああ、良い月だ。」
愛子「どうしたの、菊子さん。」
菊子「こっちにきてから、楽しいことばっかりなんだもの。ただの
新宿の女だったのに、ここでは些細なことでも本当に感謝してくれ
るから。」
愛子「そうね。菊子さんの教えている人たちは、明るい人が多いも
のね。」
菊子「本当よ。愛子さんのところも、なかなか勤勉でいいじゃない。
そのほうが、愛子さんもいやすいと思うし。前の学校とは偉い違い
でしょ。」
愛子「まあね。でも、いつまで続くのかな。この生活。幸せすぎる
位だから。」
菊子「まあ、深く考えないで、明日に備えましょ。」
愛子「菊子さんはいつも、明るくていいわ。私の気持ちなんかわか
らないんだから。」
菊子「まあね。だって私、やっと劣等生から脱出したんだから、不
安なんてならないわよ。」
愛子「私は、逆に、怖いことが起こらないようにしたいんだけどな。」
菊子「でも、ここには少なくとも、やーさんのような人はいないわ
よ。きっと。」
愛子「そうかもしれないわね。」
菊子「さっさと寝ましょ。」
と、自室に戻ってしまう。愛子は、そこに残り月を眺めて何か考え
ていた。

第四章 やくざがやってくる

第四章 やくざがやってくる

二人がやってきて何日かたった。といってもカレンダーがあるわけ
ではないので、具体的に何日なのかは誰もしらない。
歌穂は、びっこでありながら、漢族、竹族、土族の視察に行く習慣
があった。
彼が村を訪れると、人々は喜んで声をかけた。嫌そうな顔をするも
のは誰もいない。
愛子が、いつもどおり授業をしていると、急に鐘が鳴った。土族の
世界には鐘は必需品だ。土の中の家では、音が殆ど入ってこないか
らだった。
愛子「あれ、なんでしょう?」
子供たち「歌穂さまだ!」
と、いい、急に立ち上がって一列に並んだ。
愛子「ちょっと、待ちなさい!」
ぜん「いやいや、歌穂さまにはしっかりとご挨拶しなければなりま
せんよ。」
その直後、歌穂そのひとが、子供たちの前にやってきた。
子供たち「歌穂さま、こんにちは。」
歌穂「こんにちは。ご機嫌いかが?」
子供たち「はい、おかげさまで先生と一緒に、文字の勉強をしてお
ります。」
子供たち「僕は、平仮名だけですが全部かける様になりました。石
版だけでなく、家の壁を削って灰にし、それをお皿に入れて、字の
練習をいたしました。」
歌穂「そう、よく頑張ってますね。これからも、先生の言うことを
よく聞いて、勉強するんですよ。」
ぜん「歌穂さまのご好意で、このような優秀な先生を迎えすること
ができ、喜んでおります。ありがとうございました。」
土族の最高位であるぜんでさえ、歌穂には頭を下げるのだ。おそら
く、歌穂のほうが、ぜんより年若いはずだ。
歌穂「いえ、私は考案しただけです。お礼には値しません。」
ぜん「いいえ、いいえ、おかげさまで、本当に私どもは助かってお
ります。」
歌穂「これを怠ることなく、続けていくのですよ。では、次の偵察
がありますので、私はこれで失礼いたします。」
と、ぜんに礼をして、戻っていった。子供たちの中には追いかけよ
うとする子供もいたが、歌穂は、頭をなでて家に帰るように言った。
そういわれた子供はさらに大喜びして戻っていった。
愛子「ふうん、天皇陛下みたいなものか。」
ぜん「先生、そのような言い回しは辞めてください。歌穂さまを含
む東條家は、三十七代続く名門です。」
愛子「名門?」
ぜん「はい。その恩恵で私どもは独立した民族として認めてもらえ
た訳ですから。」
愛子「どういうことですか?」
ぜん「私ども土族は、もともとはチカの国のものです。それは広大
な領土を持っていまして、全員が同じ民族でなければならない、と
いう苦しいルールを作っていました。しかし、チカの国が、他の民
族を征伐する間に、漢族の東條宇津穂という偉大なお方が、ここへ
逃げようと提案して、実行してくれましたので、ここで平和な生活
を送ることができたのです。だから、私どもは、宇津穂さまを皇帝
とお呼びすることにしました。一緒に逃げてきた竹族にも、同意し
て頂きましたので、私たちは、宇津穂さまの子孫である東條家に、
統治をお願いしているのです。」
愛子「ああ、なるほど、サパインカに似たようなものか。と、言う
より文字を持たない文明であるのなら、まさしくインカと同じよう
なものね。」
ぜん「まあ、どこと比較しているのかわかりませんが、私どもは歌
穂さまのお陰で生活することができるわけですから、ずっと、歌穂
さまをたたえて生きていくつもりです。」
愛子はその言葉にカチンと来た。
ぜん「どうしたんですか、先生。」
愛子「いえ、何でもありません。授業再会!」
子供たち「先生、顔が少し怖いよ、、、。」
愛子「うるさい!授業を続けるのよ!」
子供たち「はい、、、。」

竹族の村。村は金槌の音が響き、竹の音が協和して、まるでポリフ
ォニックな音楽になっていた。
はちく「歌穂さまがみえたのよ!」
大工たちは、いっせいに作業の手を止める。大工に加わっていた菊
子も、作業をやめて大工たちと整列した。
歌穂「そのままで構いませんよ。仕事を止めてしまっては、後の計
画が狂うかもしれないし。」
大工「いやいや、先生のお陰でだいぶ繁盛していますよ。」
歌穂「先生?」
はちく「はい、菊子先生が、勉強は机の上でやっては意味がないと
いいますので、こうして家を建てながら勉強しているのです。でも、
おかげさまで、柱の長さを間違えるという事故はだいぶ減りました。
これも歌穂さまの思し召しです。ありがとうございました。」
菊子「私からも、感謝します。私が何で教師にってかんじですよ。
でも、ここの村の人たちは、真剣に学んでくれるから、教えて嬉し
いなって、喜びが沸くんですよ。ここに来る前は、おてんば娘で非
常にこまる、としか言われなかったのにね。ほんと、毎日が楽しい
な。」
歌穂「そうですか、それはよかった。」
菊子「こちらに呼んでくださったお陰です。自信がつきました。」
歌穂「私どもは、そういう活動的な女性がもっと増えてもらいたい
ものです。男性には、できないことは沢山ありますし、男性だけ、
女性だけという考えはいけません。本来、女性の美しさというもの
は、見た目ではないと思いますし。」
菊子「そういってくれるとありがたいです。女の子でしょ、礼儀正
しくしなさいなんて言われても、手をだしてしまって、何回も失敗
してますから。」
歌穂「ええ、どちらも制限なしで生きられたら良いですね。私ども
も、そんな社会をつくっていけるように、まだまだ努力しなければ
ならないでしょう。」
はちく「ええ、私がこの座に着こうとしたときも、歌穂さまは否定
されることは一切ありませんでしたものね。」
歌穂「はい。関係ないと思っていますから、あまり気にはいたしま
せん。統治というものは男性でも女性でも同じだと考えております
ので。」
菊子「それ、私たちの世界で言ってくれたら本当に嬉しいんですけ
どね。」
歌穂「嬉しいというか、それは当然のことです。」
一人の若い女性が歌穂に近づいてくる。
女性「歌穂様、落とし物です。」
と、筆を差し出す。その腹は大きく膨らんでいる。
歌穂「どうもありがとう。もしかしたら、、、。」
大工「俺たちの最初の子供です。もうすぐなんですよ。」
歌穂「頑張ってくださいね。私どもも期待しておりますので。でも、
ご無理はなさらないようにしてくださいね。」
と、歌穂は、筆を受け取り、彼女と握手する。
女性「ありがとうございます。頑張って産みます。」
歌穂「頑張りすぎもいけませんよ。これから数多くの苦難もあると
思いますが、皆さんの力を借りて、子育てしてくださいね。」
女性「はい、もったいなきお言葉にございます。」
歌穂「いえいえ。では、国会へもどりましょう。」
と、女性ともう一度握手し、くさかりの方角へ戻っていく。
菊子「すごい、かっこいい!政治家とは本来ああでなきゃだめよね。
日本の国会とは偉い違いだわ。」
はちく「はい、私たちは、東條様のお陰で幸せです。」
菊子「そうでしょう!全然違いますもの!」
はちく「まあ、でも、女性で文字の読み書きができる人は、こちら
では五人もおりませんよ。」
菊子「でも、それができるだけで尊敬されるなんて、信じられませ
んでした。本当に皆さん歓迎してくださって、、、。」
はちく「いえいえ、誰かがいてくれるのが、一番の喜びだとおもい
ますので。」
菊子「ここでは、宗教とかあるんですか?」
はちく「いえ、ないんですよ。ただ伝わっているのは、自然に勝つ
ことは誰もできないから、これ以上の発展は望まない、という教え
です。」
菊子「それは、誰が教えてくれたのですか?」
はちく「はい、歌穂さまから三十七代前のご先祖でいらっしゃいま
す、東條宇津穂さまです。」
菊子「つまり、それが国家のスローガンなのですか?」
はちく「そうなのです。ここは雨が降りやすいところでして、よく
土砂崩れが起きたりするんです。ですから、いくら発展する、つま
り、豊かな暮らしができたとしても、土砂崩れがあれば、一発でお
わりじゃないですか。なので意味のないこだと、宇津穂さまは仰っ
ていたそうですよ。」
と、そこへ、大工の一人が、血相を変えてやってきた。
大工「はちくさま、はちくさま!」
はちく「どうしたのですか?」
大工「女房が、うなっております。」
菊子「うなる?」
はちく「ああ、じゃあ、生まれそうなのね!すぐに産婆さんをよん
できて頂戴!」
大工「わ、わかりました!」
と、道路を駆け出していった。
菊子「無医村なんですか?」
はちく「はい。私どもは読み書きができませんから、漢族の方でな
いと、このようなことは、できないのです。」
菊子「そうなんですか、、、。それは不便ですね。だれか、この村
からお医者さんが出てくれると良いのに。」
はちく「そうですね。確かにそれはいえると思います。」
暫くして、先ほどの大工が産婆さんを連れて戻ってきた。
産婆「いつごろから、陣痛が?」
大工「はい、朝、日が出てからすぐのことです。」
産婆「では今日中に生まれるな。しっかり見てやってくださいよ。」
と、大工の家に入っていく。
はちく「私たちも行きましょう。何かあっては大変です。」
菊子「はい!」
二人も大工に連れ立って家に入っていった。
産婆「だいじょうぶですよ、うめさんはお産ははじめてだから、不
安になるかもしれないけど、、、。」
うめは力なく頷いた。
産婆「まだいきんじゃだめですよ。お嬢さん、お湯を用意して。」
菊子「はい、わかりました!」
と、急いでたらいを貸してもらい、井戸に行って水をくむ。たらい
をはじめ、殆どの日用品は金でできている。この土地は、鉄が取れ
ず、金ばかりが取れるというはなしを、歌穂から聞かされたことが
あったが、まさしくその通りだ。
産婆「ほらはやく!」
菊子「は、はい!」
と、金のたらいを産婆に渡した。
暫くすると、日は西に傾いてきて、周りは夜になってしまった。
大工「なんですか、今日中に生まれると言っていたのに、、、。」
産婆「あせるもんじゃない。そのくらいよくあることだと考えてお
きな!」
大工「そうですか、、、。」
産婆「大丈夫だよ。待ってれば、かならず生まれてくるからね。命
ってのは、私らが勝手に動かすものじゃないから。」
菊子「かっこいい、、、。」
産婆「かっこいいって、あんた、お産に立ち会うことくらいあるじ
ゃないの?」
菊子「全然ないんです。」
産婆「年は?」
菊子「31歳。」
産婆「まあ、若いね。これからまだまだやれるじゃん。何かできる
ものを持ちなよ。それを持ってれば、いくらでもやれるよ。」
大工「産婆さん、産婆さん!大変なんです!来て下さい!」
産婆「だから、あんたもちっとやそっとで騒がないの!」
大工「ほ、本当に大変なんですよ!女房が眠り始めちゃって、困っ
てるんです。」
産婆「それは大変だ!ほら、あんたも来な。今から素晴らしいもの
を見せてあげるから。」
菊子「は、はい!」
二人は、産室に飛び込む。うめはこのときには意識はあった。
産婆「ほら、これを持ちな!そして思いっきりいきむんだ。いきま
ないと、出るべき物はでないからな!」
と、産婆はうめの体をばしばし叩いた。しかしそれは効果なく、痛
みで飛び起きるのだが、収まればまた眠ってしまう。産婆はうめに
たいして、産綱をつかませようとするが、うめは、手を離してしま
うのであった。
産婆「寝たらだめ!ほら、しっかり!」
長い長い時間だった。どこかで鶏が鳴いたが、お産は続いた。
菊子「うめさん!もう少しですから、もう少しですから、しっかり
してください!」
菊子も応援するが、声は届かないようで、いきむ力はだんだんに弱
っているのだった。
大工「ああ、歌穂さま。」
後を振り向くと、歌穂が立っていた。
菊子「男性のかたですと、、、。」
と、言いかけたが止めた。
大工「来てくれたんですか。どうか女房に、もう少ししっかりとし
てくれと、言ってやってくれませんか?」
歌穂「いえ、ご自分でお伝えなさい。」
大工「いや、こんな頭の悪い男が、」
歌穂「悪いといわれるからこそ、できるんじゃありませんか?」
大工は、確信をもったようだった。
大工「馬鹿たれ!お前は勝手に寝て、俺たちの子供を殺す気か!も
っとしっかりせい!」
と、大声で怒鳴りつけ、思いっきり尻を叩いた。と、母親は、父親
の顔をじっと見た。
産婆「さあやって!旦那さんにお叱りを受けたんだから、もう後は
前を向くことだよ!いくよ、せえの!」
と、怒鳴りつけたと同時に、母親は強く力んだ。その股間から黒い
塊がせり出してきた。
産婆「さあ、もう一度やってみるんだ、せえの!」
さらに肩や腕や胴が見えてくる。血まみれで気持ち悪いが、菊子は
不快にはならなかった。歌穂は、合掌して祈りをささげていた。
産婆「さあ、これで最後の一回にしよう。頑張って、せえの!」
母親はこれまでにない叫び声を上げ、産綱から手を離してしまった。
菊子も思わず目を閉じてしまったが、次の瞬間、素晴らしい音楽が
、、、。
大工「うまれた!うまれたぞ!何か、梅干みたいな顔してるな。」
産婆「はい、元気な男の子だ。ほら、うめちゃん、産んだばっかり
で、疲れているかもしれないが、抱いてみてごらん。」
母親は、産婆に言われるがまま、息子を抱いた。
産婆「どうだい、抱き心地は。」
と、息子が、母親の親指を握った。
母親「最高です!」
産婆「その通り。これから沢山の幸せがくるよ。大事にしな。」
歌穂「お疲れ様でした。」
と、母親に握手した。
歌穂「どうもありがとう。よく休んで、幸せを味わってください。」
うめ「はい、ありがとうございます。」
大工「俺、文字をならって良かったよ。だってさ、こいつの成長
振りを、いつまでも残して置けるんだ。なあ、先生。また教えて
くれや!」
菊子「そうね。」
大工「歌穂さま、ありがとうございました。必ず、この子を立派
な大工にしますので、将来うんと使ってやってくださいね!」
歌穂「大工になるとは限りませんよ。でも、大切にしてあげてく
ださいね。」
うめ「ありがとうございました。」
歌穂「いえ、又視察に来ますので、そのときに名を持って、大き
くなった息子さんに会うことを楽しみにしています。では、これ
でお暇させていただきますね。」
大工「ありがとうございました!」
歌穂は手を振って、竹族の村を後にした。
産婆「さあ、これで赤ちゃんの体を洗って上げな。」
と、金のたらいを取り出した。
大工「はい。」
と、生まれた息子の体を、へちまたわしで綺麗に洗った。そして、
予め用意していた布に、彼を包んで、母親の隣に寝かしてやった。
産婆「さて、お邪魔虫は消えるかな。」
大工「本当にありがとうございました!」
と、産婆に頭を下げる。
産婆「じゃあ、帰るよ。くれぐれも大事に育ててあげてよ。」
と言って、彼女は元来た道を帰っていった。菊子はその後をおい
かけた。
菊子「あの、」
産婆「何だい?」
菊子「弟子にしてくれませんか?」
産婆「弟子?」
菊子「すごく感動したんです。赤ちゃんが生まれるって、こんな
に神聖だったんだなって。あ、もちろんここでの任務である、文
字の教師という仕事は続けます。それ以外、私、結構時間がある
ので。ほら、皆さんだいぶ読み書きができるようになっているか
ら、ほかの事をしてやりたいなって思うんです。」
産婆「ははは、暇人になってきたのか。でも、そうして新しいこ
とに興味を持つのは素晴らしいことだよ。あんた、名前は何てい
うの?」
菊子「柏木菊子です。」
産婆「柏木ね。私は、青柳繭子。繭は蚕の繭だ。」
菊子「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
産婆「こっちこそよろしくね。」
菊子「はい、ありがとうございます!」
産婆「じゃあ、又あいに来てね。」
菊子「はい!」

一方。
土族の村では、愛子が熱心に文字を教えていた。
愛子「今日も、ともき君はこないのかな?」
子供「うん。そうみたい。」
愛子「もう、三日も来ないから、先生見舞いにいこうかな。」
子供「よしたほうがいいよ。隣のおばちゃんが、体中黒くなってる
と、いっていたから。そうなるともう手遅れだってさ。」
愛子「体中?それってもしかして、、、。」
子供「もしかして、なに?」
愛子「ペストでは?」
子供「多分そうだってうちの母ちゃんが言ってた。」
子供「でも、むやみに手を出しちゃだめだってさ。もちろんこっち
がかかっちゃうって言われるし、僕たちはそう思わないと、やって
いけないよ。」
愛子「じゃあ、いいこと教えてあげる。ねずみを見つけたらすぐ駆
除しなさい。ペスト菌はねずみが媒介するからね。」
子供「ねずみなんていないよ。ここは。」
愛子「猫でもいるの?」
子供「うん、野生のね。」
愛子「でも、なぜ貴方たちは、お友達としていたともき君が、あるひ
突然亡くなると聞いて、平気でいられるのかしら?」
子供「だって仕方ないじゃない。」
愛子「長く生きてほしいとか思わないの?」
子供「僕らは、自然に手を出すことはできないって、歌穂さまがいっ
てた。」
愛子「そうやってすぐ哲学的なことを言うのはよしなさい。あなたた
ちは、まだ十数年しか生きてないのよ。先の方が何十倍もあるのよ。
それなのに、そんな年寄りみたいなことを平気で言うから、いつまで
たっても地面の中でしか暮せないのよ。それでは嫌でしょう?」
子供「僕らはそこで生まれているから、汚くともなんとも思わないよ。」
愛子「何か、原始時代みたいだわ。それだから、文明は進まない。」
子供「だってこれが僕らの生活だからね!」
土の中に住んでいるから、ペストにかかるのも仕方ないと愛子は考え
たが、子供たちののんびりしすぎている態度には、ある意味腹がたつ
のだった。
愛子「じゃあ、授業はじめるわよ!」
子供たちは教科書を開く。

授業終了後。くさかりに向かう道。愛子がいらだちながら歩いている。
と、前方から足音。ちょうちんを持って、人が近づいてくる。
愛子「くさかりからくるのかしら。こんな夜なのに。」
だんだんにその音が近づいてくる。その人物が声をかけた。
声「こんばんは。」
愛子は返事をしなかった。その口調から女性だとわかった。
声「夜には誰でも挨拶するのがマナーなんですよ。」
愛子「ごめんなさい。」
女性「ええ、行方不明にならないようにね。」
愛子「あの、くさかりから来たんですか?」
女性「ええ、そうですよ。一応土族だけど。」
愛子「土族からくさかりに?」
女性「ええ。新しい薬草について講座があって。」
愛子「薬草?ひょっとしたら、、、。すぐ来てくれませんか?」
女性「わかりました。」
愛子は彼女を引っ張って、土族の村に戻った。

先ほどの、土族の村。
子供「あれ、先生、今日はもう終わったんじゃない?」
愛子「ともきくんは?」
子供「どうなんだろ。」
愛子「早く、教えなさい!」
子供「行ってみればわかる。」
女性「どんな風になってるの?」
子供「真っ赤な顔してふうふう言ってる。」
女性「首や腕にこぶはある?」
子供「あるみたい、、、。」
女性「わかりました。」
と、いきなり風呂敷を開き、着物の上から一枚の長い布を着付け、鼻
には鳥のくちばしのような物を装着し、頭には頭巾をかぶった。
子供「はな先生だ、帰ってきた!」
この特徴的な衣装は、愛子も歴史の教科書で見たことがあった。
はなは、子供たちと一緒に患者の家にむかった。
はな「もう、ここから先は来ないでね。あんたたちまで病気になった
ら、困るでしょう。」
子供たち「わかった!」
はなは、静かに患者の家に入った。隣近所の人たちが、心配になって
その家に集まってきた。
子供たち「ともきくん大丈夫かな。」
子供たち「はな先生は偉い人だもん。大丈夫。」
愛子は、どうかけてよいのかわからなかった。
大人たちも、歌を歌っている者や、祈りの姿勢をしているものもいる。
がちゃん。
数時間たって戸が開いた。
こどもたち「ともきくんは?」
はなは、くちばしと頭巾を取って、彼らに微笑みかけた。
はな「大丈夫です。先ほどならったばかりの、バラとしょうぶの薬が
よく効いたみたい。熱も下がりだしましたよ。」
子供たち「やったあ!」
涙を流しているのは子供だけではなかった。大人たちも感激して泣い
ている。
愛子「あの、すみません。結局彼は、」
はな「ええ、心配しないで下さい。ペストといっても軽いほうです。
致命的にはならないと思いますよ。」
愛子「よかった。でも、私不思議で仕方ないんですよ。」
はな「何が?」
愛子「ここの人たちって、土の中で暮しているから、ペストが流行る
んだと思うんです。だから、地上で暮したほうが、ずっと衛生的でい
いと思うんですけどね。」
はな「そうね。」
愛子「はい。」
はな「でも、ここの人たちは、この暮らしが一番だと思うからそうし
ているわけであって、それを変えたら、また混乱が起こるかもしれな
いし、そのせいでまた病気が広まったら、全く意味はないわよ。」
愛子「私は、文字を教えにここに来たのですが、なんだか、いなくて
もよかったと思うのです。」
はな「私は文字があればよいのにと思うのよ。今、まんだらけで新し
い薬を製作中なの。それを記録するためには文字が必要でしょ。」
愛子「すごい!」
はな「大したことじゃないわ。すこしでもここからペストが減ってく
れればいい、という思いからだけよ。今までは瀉血くらいしか、でき
なかったことだけど。」
愛子「聞いたことがあります。それ、何をやっても意味がないって。」
はな「よく熟知してますね。よろしければ、私の従者になってほし
い。」
愛子「ええ、勿論です!」
体がやっと軽くなった気がした。

翌日、くさかりにある国会では、政務が行われていた。
鈴木「そうですか、、、。紙がなくなってきましたか。」
国会議員は、漢民族で議長の鈴木、土族のぜん、竹族のはちく、その
三人をまとまる役として歌穂が在籍していた。
はちく「ええ、記録をするためと言って、中には浪費してしまう者も
いるようです。」
ぜん「我々も紙を作る技術がないと、やっていけなくなりましたな。」
鈴木「ちょっと待ってください。一つ問題が、」
歌穂「問題とは?」
鈴木「はい、紙は木でできておりますが、この国にはその木が殆どあ
りません。竹ならたくさんありますが、紙の原料になるこうぞとかみ
つまたなどの木材が、ここでは殆ど採取できないのです。」
はちく「そうですね、、、。竹は住宅の原料ですから、そのほうに回
したいのですが。」
歌穂「そうですね。それはそのままにしましょう。生活を変えること
はなるべく避けたいですからね。」
ぜん「しかし歌穂さま、紙がなくなったら、文字の教科書も、何もつ
くれなくなって、せっかく、先生方に来て頂いているのに、文字の練
習がまたできなくなってしまいますよ。」
歌穂「そうですね。でも、ないものはないわけですから、他の方法で
紙を作ることを目指しましょう。」
ぜん「理想論に走ってはいけませんよ。それだけじゃ、何も役に立ち
ません。」
歌穂「先ずは、紙になりそうな野草を探すとことからはじめましょう
か。」
ぜん「歌穂さま、それでは遅すぎます。もう、教科書も作れなくなっ
ているんですよ。確かにここは野草と、金はよく取れますが、それい
がいの物は何もも取れない、資源小国なんですから。」
歌穂「ないものを何とかしようとするのではなく、あるもので、新し
いものをつくることを目指せば良いのではないでしょうか。」
はちく「歌穂さま!勉強のお陰で、私どもは家を建てるときに、誤差
がとても減りました。それは、彼女たちが作った教科書から覚えたの
ですよ。これを続けていかなければ、又、元の木阿弥になってしまい
ます。」
歌穂「では、親がその教科書を保管しておき、それを子供が生まれた
ら譲渡するというのはどうでしょう?」
はちく「そうですけど、そんな長い間、保管するのだって難しいじゃ
ありませんか!歌穂さま、もう少し、危機感を持たなければ、、、。」
歌穂「わかりました。では、隣国に問い合わせましょう。」
ぜん「そう、それがいいですよ!」
鈴木「隣国はやくざみたいな人が多いですよ。気をつけてくださいね。」
歌穂「わかりました。」
はちく「今となっては関係ないわ。ちゃんと交渉しましょう。」
鈴木「大丈夫かなあ、、、。歌穂さまは、足が不自由でいらっしゃる
から、気を付けてくださいよ。」

第五章 チカの女

第五章 チカの女

国会に、ある女性が訪ねてきた。同じ着物であっても、豪華な中
振袖に、立て矢をを結んだ原色の帯を締めていた。
守衛「どうしましたかな?」
女性「歌穂さまに、お目通り願いたい。」
守衛「暫くお待ち下さい。」
女性「わかりました。」
数分後、守衛が戻ってくる。
守衛「どうぞ。」
と、彼女を招き入れる。彼女は、下駄を脱がずに上がろうとした
ので、
守衛「履物は下駄箱に入れてくださいね。」
女性「わかりました。」
と、それを下駄箱に乱暴に入れる。
客間では歌穂が茶を立て、もてなす準備をしていた。
歌穂「ようこそいらっしゃいました。立夏様。」
と、茶碗を差し出す。
女性「ありがとうございます。私の名を、よくご存知でしたね。
流石に無文字社会というだけあって、記憶力は素晴らしいのです
ね。」
歌穂「橘立夏さま。私どもは、女帝として尊敬の念を申しており
ます。」
立夏「そういってくれて嬉しく思います。特に、何もないのに帝
の称号を持っていらっしゃる貴方とは、偉い違いですからね。」
歌穂「ええ、その通りでございます。まさしく。」
立夏「このたびは、私どもから紙を注文していただきまして、あ
りがたく思っております。でも、引き換えには何を?貨幣のない
そちらでは、何もなくただ持っていくだけでは何も意味がありま
せん。」
歌穂「ええ。それは存じております。幸いこちらでは、竹かごや
竹の笛などがございます。」
立夏「そんなものでは、何の役にもたちません。もう少し実用的
なものでないと。」
歌穂「私どもも、大量の紙がほしいとは望みません。私どもは、
必要最小限さえあればいいのです。それに、私どもは、そちらの
三分の一の人数しか、住民はおりません。ですから、そちら全員
に、届ける必要はないのです。全てのものを豊にしようとするか
ら国家がおかしくなる現象を、先代が記述しておられますので。」
立夏「まあ、驚いた。国民全員に自由に買い物をさせないんです
か。」
歌穂「ええ。必要のない人が持っていても仕方ないわけですから。」
立夏「本当によくわかりますわ。こちらで、発展していかない理
由が。」
歌穂「発展して何になるんです?土砂崩れが起きたら全く意味が
ないんですよ。」
立夏「土砂崩れがあっても、何も対策はしないのですか?」
歌穂「しませんよ。いくら対策をしたって、土砂崩れがあったら、
一発で壊れてしまいますから。」
立夏「そうなんですか、そんなに何も望まないところに、紙なぞ
差し出すわけには行きませんわ。」
歌穂「わかりました。では、そうなるのなら、こちらでも対策を
練りましょう。」
立夏「ええ、そうしてください。」
歌穂「お引取り下さいませ。」
立夏は、乱暴に立ち上がり、国会を出て行った。

その道中、立夏は土族の村を通った。穴ばかり開いている村には
、丁度、青空教室で、子供たちが、愛子に文字を教えていく姿が
見えた。その中には、はなも混じっていた。

翌日、再び立夏が国会にやってきた。今度は、議員たち全員の前
に出された。
はちく「学校、ですか?」
立夏「はい。そういうことです!」
はちく「しかし立夏さま、子供たちを家から出させるには問題が
あります。私どもでは、子供は大事な働き手なんです。」
立夏「それが遅れていると言うことなんです。」
ぜん「何が遅れているんですか?」
立夏「いいですか、皆さんの殆どは読み書きがまだできませんよ
ね。」
ぜん「はい、たしかに、先生が来てくれていることは来ています
が、新しいものを覚える者は、まだ少ないようですね。」
立夏「そうなんです!だから、学校というところを作ればそれは
解消されるのです。学校の先生から読み書きを学び、知識を十分
にしみこませたら、優秀な人材が得られるでしょう。」
はちく「でも、私どもは、そうは思いませんね。建物に閉じ込め
ていたら、周りの大人の態度がわからなくなりますし、それから
学ぶ事ができなくなるでしょうに。」
立夏「そこが、あなた方が社会に甘えている理由ですわ。」
はちく「はあ、なんなんでしょうね。」
立夏「いいですか、あなた方大人は、ある程度持っている知識で、
子供を甘やかしているのすぎません。子供たちを子供だけの世界
に入れることで、子供たちが自ら考える力をつけることが、大切
なのです。学校へ通わせる、というのはそのためでもあるのです。
親がなくなっても、子供は生きていなければいけないのは、当た
り前ですよね。」
歌穂「お話はわかりますが、教育者をどこで確保したら良いので
しょう?私どもは、子供どころか、大人さえも文字の読みを知ら
ない者が殆どでしたので、教えられるようなものは、全くおりま
せん。」
立夏「では、私どもにお任せ下さい。教師を派遣します。そのひ
きかえに、紙の輸入を許可しましょう。」
歌穂「お約束してください。学問を教えることは認めますが、そ
のせいで、子供が荒れることはないように。」
立夏「絶対にありません!私どもが、必ず、こちらを発展させる
お手伝いをいたします。」

数日後。竹族の村。
菊子「いやだなあ、学校なんて。」
繭子「ちょっと心配ね。」
菊子「ここの子供が、あたしと同じようにならないといいんだけ
どなあ。」
竹の建物をかなづちで叩いているおと。その中には赤ちゃんが生
まれた、あの大工もいた。
繭子「大工さんたち、嬉しそうね。」
菊子「まあね、新しいものには、何でも飛びつきたくなるのが、
当たり前だけど。」
繭子「ちょっと、不安ね。なんだか悪いほうへいきそうで、、、。」

そうこうしているうちに学校は出来上がる。そして開軒セレモニ
ーが行われた。
はちく「皆様、本日は本校の開軒セレモニーにようこそおいでい
ただきました。竹族の歴史が又変わる今日この瞬間、青空が私ど
もを祝福してくださるようでございます。では、村松先生どうぞ。」
と、ある女性をつれてくる。
女性「ただいまご紹介に預かりました、村松でございます。」
菊子「がさつな人だな、、、。」
村松「私は、この学校の経営者になったからには、文字を持たな
い社会からの離脱と、子供たちに正しい生き方を教えていく所存
でございます。厳しさなくして執念なし。この言葉を私は常に、
彼らが社会に出ても恥ずかしくないように、指導していく所存で
ございます。」
菊子「どうも嫌ね。」
村松「では、理想の子供たちが増えるまで、この言葉を大切に、
厳しく教育をしていきましょう。」
繭子「理想の子供なんていないわよ。」

ある日、竹族のある家庭に、一枚の通知が来た。
母親「ああ、ふじおもいよいよ学校に入れるのね。」
竹族の女性の識字率は、かなり上がっていた。
母親「喜びなさいよ。あんたも立派な大人になれるわよ。」
実はこの家庭は片親家庭だ。父親は大工として働いていたとき
に転落死している。
ふじお「学校にいってどうするの?」
母親「勉強するのよ。立派な大工さんになるように。」
ふじお「わかった。」
母親は、ふじおをつれて、学校に連れて行った。素晴らしく大
きな建物で、村を支配するように立っていた。
村松が、入り口で、待ち構えている。
ふじおはしり込みしてしまった。とても、ご挨拶などできそう
表情ではなかった。
村松「こら!挨拶ぐらいしなさい!」
ふじおは泣きそうになった。
村松「甘えているんじゃありません!明日からは一人できなさ
い!」
母親「はい、わかりました。申し訳ありません。」
ふじお「こわいおばさん、、、。」
母親「そんなこと言ってはだめよ。じゃあ、迎えに来るから、
しっかり勉強しなさいね。」
ふじおは、母親をじっと見る。
村松「迎えになんて来ないでよろしい。さっきも言いました
が、甘えは一番いけないのですよ!」
ふじおは、母の顔をちらちら見ながら、学校へ入っていった。
学校では、授業が行われる。これは当たり前のことであるが、
ふじおはその授業中によく泣いた。村松が怒鳴りつけるよう
に教えるのが、怖いように見えたのだ。
村松「こっちへいらっしゃい。いい、私に逆らうとこうなると、
あんたたちはどうなるか、見ていなさいよ!」
と、ふじおの頭を物差しで殴りつけた。
村松「笑いなさい。彼は悪事をして、罰を受けたのだから。」
生徒たちは笑おうとしなかった。
村松「罰として、平仮名五十音を、三十回ノートに、書いて
いらっしゃい。」
ふじお「はい、、、。」
村松「くれぐれも、他言しないように。あなたは片親だから、
すぐに甘えるからいけないのよ。」
ふじお「おばあちゃんもいるよ。」
村松「なおさらよろしくないわ!いい、宿題が終わるまでは、
誰とも口を利かない様に!」
ふじお「はい。」
ここではじめて他の同級生が笑いだす。
その後も授業は続いたが、ふじおはどこかで上の空だった。
学校が終わり、ふじおは一人で家に帰った。
自宅に着くと、
母親「お帰り、学校どうだった?」
その優しい顔に、ふじおは泣きたくなったが、
村松「宿題が終わるまでは、誰とも口を利かないように!」
ふじお「ごめんなさい!」
と、自室に篭ってしまう。
母親「どうしたの?」
ふじおは、一生懸命「罰」を果たしているのだった。
翌朝、ふじおは何もなかったように学校へ行った。

数日後、歌穂が視察にやってくる。学校は他の民族に委ねて
いたとしても、最高君主には従う必要があった。
歌穂が学校にやってくると、村松は、彼らを外へ出させ、一
列に並ばせた。
歌穂「こんにちは。」
生徒たち「こんにちは。」
歌穂「どうですか、新しい施設で勉強は。」
生徒たち「はい、おかげさまで、文字が書けるようになりま
した。」
歌穂「無理しなくて良いんだよ。」
生徒たちの顔が一瞬崩れた。
歌穂「ご自身を大切にね。」
生徒たち「はい。」
歌穂「もう一度いうが、無理はしなくていいから。君たちが、
本当に必要だと思うところだけ押さえておけばそれでいい。」
村松は嫌な顔をする。
歌穂「ご指導、よろしくお願いしますね。くれぐれも、」
村松「ええ、わかりました。私がもっと、優れた子供に変えて
見せますから!」
歌穂「変えるのはよろしいかもしれませんが、壊すところまで
いってはなりませんよ。」
村松「ええ、十分ご承知の上で!」
歌穂「くれぐれも。」
村松「一同、敬礼!」
子供たちは、ささげつつのような格好をする。
鈴木「歌穂さま、そろそろ本会議にもどらないと。」
歌穂「ええ、わかりました。では、本当に無理はさせないよう
に。」
と、踵を返し、くさかりに戻っていく。村松は、安堵の表情を
する。
そのまま学校の中に戻る。
そして、大量の紙を持って、教室に現れる。第一回目の定期試
験の日だった。
生徒は机の中身を空にして、カバンも何も全て外へ出して着席
した。
村松「この日のために、やってきたことを十分に出しなさい!」
戦争に行く兵士に対するような話し方だった。
ふじおも、試験を受けるのだが、酷く緊張してしまっていた。
村松「始め!」
突撃開始だ。声のない戦争が始まった、といったところか。
村松「やめ!」
全員、筆を置いた。解答用紙が、回収されていった。誰もが疲
れきっていた。何かむなしい空気が漂っていた。

そのころ、菊子は青柳繭子の家に住まわせてもらっていた。村
松は菊子に、教育者には相応しくないといって、批判したため、
彼女は宿舎を離れ、繭子の家に引っ越した。
菊子「この世界でも、嫌われ者かあ、私。」
繭子「何を言っているの。多少の事があったって、へこたれは
しないでよ。」
菊子「そうなんですけどね、、、。」
繭子「そんなこと言わないの。依頼人さんのところに行きましょ。」
二人は、お産の指導をするために、家庭訪問をすることもあっ
た。
この日は竹族の訪問をする日だった。玄関で、もうすぐ母親に
なる女性が待機していた。
繭子「今日は、いきみの練習をしましょうか。まず、産綱の使
い方から。」
と、天井の梁に布を縛りつけた。
繭子「はい、これをもって、座ってみて。」
女性「先生。わたし、本当にこれで良かったのでしょうか。確
かに、やっと子供にめぐり合えて、幸せなのかもしれませんが、
なんだか、生まれてきた子は、どうなってしまうのかなと。」
繭子「どうなってしまうって?」
女性「隣の家からたまに聞こえることがあるんです。子供が、
泣いてるの。」
菊子「泣いてる?」
女性「ええ、何で点数悪いのって。」
菊子「ああ、そんなの迷信ですよ。点数なんて、何にも役にた
ちはしませんから。生まれてきた赤ちゃんには、そんなものに
振り回されるなと、貫くことなんじゃないですか?」
女性「そうなんですけどね、、、。もう、学校へ自動的に行く
ようになっているようで、、、。」
菊子「義務教育、ですか?」
女性「その言葉はわかりませんが、私はそんな可哀相な思いを
させたくありません。」
繭子「そう思う人もいるし、思わない人もいるでしょうね。お
母さんがどれだけ赤ちゃんに手をかけてあげられることが、一
番なんじゃないですか?」
女性「なんだか、すごく不安になってしまいまして、、、。」
繭子「大丈夫。産んだあとは、何としてでも、この子のお母さ
んだって、実感できますよ。じゃあ、もう一度、お産に取り組
みましょう。」

指導を終えて、道路を歩く菊子と繭子。
声「こら、待て、この柿泥棒が!」
繭子「どうしたの?果物屋さん。」
果物屋「(顔の汗を拭きながら)いや、又盗まれたんだよ。売り物
にしようと思っていた柿をな。まったく、子供ってのは逃げ足
だけは速いなあ。」
菊子「それでは困りますね。」
と、近くのごみバケツから音が聞こえる。
菊子が蓋を開けてみると、少年が柿を犬食いのように食べてい
るのである。
果物屋「こら!こんなところで人の柿を食うなんて、なんという
悪いやつだ!出ろ!」
少年は泣きながらごみバケツから出る。
少年「ごめんなさい、、、。どうしても食べたかったのです。」
果物屋「家に行けば、食べれるだろうに、なんでここで食べるん
だ?」
少年「だって、学校で先生が、、、。」
果物屋「先生がどうしたんだ?」
繭子「ねえ、話してごらん。先生がなんと言った?おばちゃん
たちは、何も言わないであげるから。そのかわり、先生が何と
言ったのか教えてくれる?」
少年「学校の先生が、成績が悪い子は、三日間ご飯を食べちゃ
いけないって。」
繭子「そんな、人間であればご飯を食べるのは当たり前だよ。
先生はどうかしてる。成績なんて、大人になればたいした事
にはならないんだよ。そんなものは、ほんの数年の借りのこ
とさ。先生に叱られたくらいで、柿を盗むなんて、全く馬鹿
げてる。」
果物屋「そうそう。俺からすれば、いちいち学校に通うなんて、
めんどくさい。今日は許してやるから、もっと自分を大事に
しろ。」
少年「はい。」
男性「盗むのはこれで最後にしろよ。点数が悪くたって、大
いに飯を食べていいんだからな。じゃあ、気をつけて帰れよ。」
少年「はい、ありがとうございます。」
菊子「先生の言うことを、過信してはだめよ。」
少年「ありがとう、おばちゃん。」
菊子「はいはい。」
少年は一礼して走っていった。
菊子「本当に嫌な人ね。ご飯を食べさせないなんて。」
繭子「そうそう。だから私たちも何とかしないと。さっきの
お母さんだってそうだけど、学校という新しいものにみんな
着いていけないんだよ。」
菊子「そうね。あたしたち、何かできることないかな。あた
しは、学校なんて大嫌い。無意味で仕方ないわ。」
繭子「その考えを伝えてやるのも、一つの武器だよね。」
菊子「そうか!じゃあ、あたしにできることはまだあるわ。
よし!がんばるぞ!」
繭子「菊子ちゃんは、そうやってすぐに切り替えができる
ことができるのが良いよね。」
菊子「当たり前よ、あたしはここの世界で使ってもらえる
ことをすごく感謝してますから!」

再び、歌穂が青柳の家を視察にやってくると、青柳の表札
に続いてこんな貼り紙がしてあった。
歌穂「どんなお話でも聞きます。菊子。」
それを聞いて、菊子が玄関から出てきた。
菊子「ああ歌穂さま。これはですね、私が始めた新しい商
売です。私の世界では広く普及しておりました。誰でも良
いので、悲しい事や不安な事があったら、なんでもはなし
てくれてよいというものなんですよ。」
歌穂「珍しい商売でございますね。どうしてそのような商
売をはじめたんですか?」
菊子「はい、果物屋さんに柿泥棒が出たからです。」
歌穂「柿泥棒?」
菊子「はい。それがまだまだ可能性のある子供さんでした。
彼は学校がとても辛そうで、ご飯もたべさせて貰えなかっ
たそうなんです。しかし、はけ口がないから盗みを働いて
しまったのでしょう。だからその辛さを聞く人間がどうし
ても必要だと思ったのです。彼が二度と柿泥棒をしないよ
うにね。」
繭子も出てきた。
繭子「でも、人数が足りなさ過ぎるような気がするのです。
菊子さんは一日に、八人から九人の子供たちを相手にしな
ければいけません。私も対応しているのですが、子供たち
は、話したいことが膨大すぎるようなのです。どうでしょ
う、私たちで、聞き手になるための集会などをする許可を
いただけないでしょうか?」
歌穂「素晴らしい。確かに未来を担っていく存在が、弱っ
ていては困ります。統治することはできますが、未来を作
ることは、私にはできません。その担い手を不足させない
ためにも、許可しましょう。」
菊子「ありがとうございます!」
繭子「本当に感謝しております。」
二人はそろって頭を下げた。
そこへ、母親と一緒に少女がやってきた。二人は歌穂に向
かって敬礼し、菊子にも敬礼した。
菊子「こんにちは。お待ちしておりました。さあ、どうぞ
お入り下さい。」
歌穂「いかにも悩みの多いようですね。」
母親「ええ、私にも責任があるのですが、、、。」
歌穂「責任?」
母親「むやみに学校に行かせるべきではなかったと。」
歌穂「と、申されますと?」
母親「はい、私が試験の点数のことで、少し怒鳴りつけて
しまったら、この子、声をなくしてしまったのです。」
歌穂「声をなくす?それはまたなんと、、、。」
母親「はい。それを誰かに相談しても、答えが出ないので。」
歌穂「そうですか、、、。私も、申し訳ないことをしまし
た。」
母親「歌穂さまが謝る必要はございません。私がもう少し
がっこうと言うものについて、知っておくべきだったので
す。」
歌穂「ええ、その訴えは、既に何回かの視察でよく耳に致
します。本来学校というものは、彼女が声を失うためのも
のではないはずです。しかし、学校に通わせたら子供が急
に元気がなくなったという訴えがあとを絶たないのです。
私も、調査をさせているのですが、、、。」
菊子「歌穂さま、私たちも子供さんたちが再び笑顔を取り
戻すように、尽力致しますので。」
歌穂「ええ。少し議論しなければならない問題でしょう。」
菊子「どうぞよろしくお願いします。じゃあ、お話を聞き
ましょう。」
繭子、菊子は、母子と一緒に中に入る。歌穂は、腕組みを
して、次の視察場所へ向かう。
国会
鈴木「困りましたな。竹族の子供たちが、そうなってしま
ったとは。」
歌穂「ええ、何とか対策をとらなければいけません。」
はちく「君主として、私は恥ずかしいほどです。幸い菊子
先生の始めた新しい事業のおかげで、子供たちは、すこし
づつ、回復していますが、、、。」
鈴木「そうですか。やっぱり、竹族の民族性ですな。陽気
で明るいから、、、。」
はちく「最近ではそうでもなくなってきました。子供たち
が、教師の指導に耐え切れないで、学校をやめてしまうの
で、、、。なんだか、私、前に戻ったほうが、ずっといい
気がいたします。歌穂さま、これを実行してはいけません
か?」
歌穂「ええ。そのほうが良いかもしれませんね。はちくさ
まは、女性ですから、私たちより優れていることもあるで
しょう。」
ぜん「へえ、女性だからとそれでもいいのですか?」
歌穂「女性は、私たちにない能力を持っていますから。女
だからといって、馬鹿にしてはいけません。」
ぜん「ちょっと待ってくださいよ。歌穂さまも男性である
わけですから、同じことだと思うのですが。」
歌穂「では、土族の様子は?」
ぜん「はい、私どもは、女性が君主ではありませんので、
しっかりとやっております!」
歌穂「そうですか。では学制を続けなさい。」
ぜん「は?」
歌穂「しっかりとやっているのなら、それでよいではあり
ませんか?」
ぜん「あの、その、それは、、、。」
歌穂「嘘はいけませんよ。」
ぜん「違います!本当にやっております!」
歌穂「いいえ、その顔から判断すると、すぐわかります。
あなたが、見栄を張って、しっかりしていると言いますが、
本当は、まったく違うのですよね。」
ぜん「いや、本当に!」
歌穂「いいえ、その悪い癖を早く治しなさい。男性と女性
だからと言って、ライバル視してしまうのはよくありませ
ん。女性に負けた、のではなく、あなたが勝手に勝ち負け
を作っているだけです。」
鈴木「歌穂さま、あまり追求しすぎないでください。確か
に、ぜんさまは悪癖がありますが、一応土族の代表なので
す。それを信じてやるのも最高君主ですよ。あんまり厳し
すぎても、よい政治にはなりません。」
歌穂「しかし、政治は常に真実に生きなければなりません。
私たちは、国民の思いを託されて生きているのですから。
それを無視して政治を行えば、平和なぞやってはこないで
しょう。」
鈴木「だったら、ぜんさまが二度とこんなことをしないよ
うに、呼びかけるのが大切だと思いませんか?」
歌穂「ええ。それは存じております。しかし、政治家とい
うものは、非常に責任は多い。何せ、国民の幸せに関わる
のですからね。確かに、ぜんさまが、同じ間違いをしない
ように、ということは必要なのかもしれませんが、それを
より、自覚させるためにも、罰は必要でしょう。ぜんさま、
ただいまより、あなたは国会への立ち入りを禁じます。」
ぜんはがっくりと肩を落とす。
鈴木「歌穂さま、やりすぎですよ、ぜんさまがかわいそう
です。うまくいかないことは誰だってあります!」
歌穂「いいえ、誰にでも罰は必要です!私はこの命令を外
すことは致しません!」
鈴木「わかりました。ならその罰は、私に回してください。
私は、先代から、東條家につかえてきましたが、ここまで
厳格すぎる方は、歌穂さまだけですよ。足が不自由である
ゆえに、多少厳しくても仕方ないとは思いましたが、これ
ではあんまりですからな!」
歌穂「どうぞご勝手に。」
鈴木「わかりました!」
と、立ち上がり、国会をでて行ってしまう。そして、二度
と戻ることはなかった。

第六章 雨の学校

第六章 雨の学校

おなじころ、土族にも学校は建設されることになった。教師たち
は、地下での生活を嫌がったため、はじめて土族は地上で学ぶこ
とになった。土族は竹族と違い、建設能力がないため、土をブロ
ックに切り出して、積み上げたものを校舎とした。
教師はチカの国の女が派遣された。名前を土橋と名乗った。

やすのは、今日も学校のために起きた。彼女の家は地下にあった。
スロープを通って地上に出て、学校までかなりの道を歩く。学校
が立つようになってからは、土族の人も地上に住む人が増えた。
その中を三十分かけて歩くのはかなりの重労働である。
学校に着くと、授業が始まった。やすのは勉強はすきだったから、
忠実にノートにまとめ、貴重だった「紙」に触れることが素直に
嬉しいと思った。
やすの「先生。」
土橋「はい、やすのさん。」
やすの「その字はなんて読むのですか?」
土橋「はい。これはね、なべ、ですよ。料理するなべ。」
やすの「じゃあ、材料を、ら、に、のまえは、材料をひらにです
か?」
周りの生徒がどっと笑った。
生徒「なんだ、そんな簡単な字も読めないのか。」
土橋「こら、からかってはいけません。素直に聞くのは大切なこ
とです。」
やすの「わからないから質問しただけなのに。」
土橋「ええ、それは決して間違いじゃありませんよ。やすのさん。
どんどん質問していいのよ。」
生徒「じゃあ、やすのさんだけの問にこたえて、俺たちの言葉に
は、ないも返事をしないのか。」
土橋「いいえ、ちゃんと答えています。」
生徒「じゃあ、先生、何で授業中に誰かと喋ってはいけないんで
すか。」
土橋「そんなことは、学校へ行く以前ならわかることでしょう。
ご自身で考えなさい。」
生徒「ほら来た。やすのには正しい答えを教えておきながら、俺
たちの質問は、何にも答えない。えこひいきですね、先生。あの、
ぜんに訴えてもいい?」
土橋は、ぜんに特に気に入られていた。それは確かだった。
生徒「先生、ぜんが先生のことをすきだって。だから付き合って
ほしいって。」
生徒「本当に付き合ってほしいといわれたのですか?」
土橋「授業とは関係ない話をしないの!」
生徒「じゃあ、俺の質問にこたえろよ。」
生徒「ちょっと待ってくれ。提案があるぞ。」
生徒「わあ、けんちゃん優秀!」
生徒「おう。まあ、先ず第一には、やすのが質問したのが悪いん
だ。だから、責任はみんなあいつが悪いんだよ。どうせさ、俺た
ちの仕事ってのは、食べ物を生産して届けるだけなんだから、こ
んな勉強なんかやってなくてもいいわけだ。それにさ、やすのは
まだ、穴にすんでいるんだぜ。それなら、ここに居る必要だって
ないんだから、先生をやらないで、あいつをやればいい。」
土橋は、この少年の発言に反論できなかった。この少年は、最高
峰の成績をとっていたから、彼がまさかこのような発言をすると
は、考えていなかったのだろう。
生徒「けんちゃんさすが!そうだよな、俺たちがここにきている
理由も無いものな。」
その汚い発音は、土橋の耳に刺さる。土族は民族上、口声で話す
傾向がある、とはきいていたが、ここまで汚いとは思ってもいな
かったのだった。そのなかでなぜか、やすのだけが癖のない話し
方をするように感じてしまっていた。
生徒「ああ、こんなところにいてもしょうがない。なあ、何とか
しようぜ。」
土橋「授業を再開するわよ!」
といったがもはや手遅れであった。
生徒「うん、授業を再開する前に、話し合わなければならない。
まず、今回のトラブルはやすのが原因だ。だから彼女にはここか
ら出て行ってもらう。」
土橋「何て事を言うの!」
生徒「出てけ、出てけ、出てけ!」
土橋は止めようにも止められなかった。
生徒「出てけ、出てけ、出てけ!」
ついに全員が机を叩いて怒鳴りだした。よほど不満がたまって
いるのだろうか。
声「ごめんなさい!」
と、済んだ声。そして彼女は教室を飛び出していった。

学校の近所には、土を積み上げた巨大な家が建っている。やす
のはそれをぶち壊してしまいたいと思った。土の家だから、竹
に比べると、壊れやすいのは知っていた。そこで思いっきりそ
の家の壁にぶち当たった。それを何回も繰り返した。小さな子
供に家を潰すことは不可能であるのだが、それをすることで、
何かのヒーローになったような気がした。
声「こら、何をしているの?」
振り向くと愛子だった。
やすの「殺してください。私なんて、もういてもいなくてもど
っちでもいいんです!」
愛子「いえ、それはいけませんね。だれでも、生きていかなき
ゃなりません。」
やすの「でも、私は先ほど学校で、必要ないといわれて、帰っ
てきたのです。」
愛子「どうしたの?学校の先生がそういったの?」
やすの「私は、生まれてくるんじゃなかったんですよ。だから、
きっと、こういう家にも住めないし、学校でも必要ないってい
われるんです。そういう風にできているってわかるから。もう、
終わりにさせてください!」
はなが外へ出てきた。さっきまで診察していたから、頭巾をつ
けていた。
はな「やすのさん、そんなこと言ってはいけませんよ。ここに
診察にきている人たちは、まだ、生きていたくても亡くなるひ
とだっていますから。」
つまりここは病院だったのだ。地下に病院を作るのは不衛生す
ぎる、というはなの主張から、地上に建てられていた。
はな「こっちへいらっしゃい。」
と、やすのに頭巾をかぶせる。さらにくちばしをつけてやる。
はな「これ、とったらだめよ。」
と、言いながら自身もくちばしをつけ、やすのの手を引いて、
奥の間に案内していく。
一つの部屋の前でとまる。
はな「あけて御覧なさい。」
やすのは、おそるおそる手をかけて戸を開けてみる。
はな「どう、ぴーちゃん。ご気分は。」
その男性は、布団から起きてはなの前で正座した。
男性「ピーちゃん、とは呼ばないでくださいよ、先生。」
はな「それをいえるのなら、もうかなりよくなっているのか
な。」
男性「はい、先生がくれた新薬が、効いたみたいです。ああ、
これで、仕事にもどれるぞ。そうしたら、子供らに、うんと
わがままを言わせてやれるぞ。」
はな「ええ、たくさんしうちを食らって頂戴。」
男性「あいつらは、どうしているかなあ。はやく顔がみたい
もんだなあ。」
はな「もうすぐよ。ほら、やすのさん、挨拶は。」
やすの「こんにちは。」
男性「どうしたんだ?まだ学校にいっている時間じゃないか?」
やすの「学校って、、、。」
男性「ああ、なるほどな。でも、気にしなくていいぞ。学校
なんて何の役にもたたん。」
やすの「おじさんは、子供がいるんだよね。」
男性「いるよ。でも、学校は好きじゃない。」
やすの「どうして?」
男性「だって、学校に行かせようとして、一生懸命働いたけ
ど、何もなかったからなあ。なったのは、黒死病だけだよ。
黒死病から守る方法とか、そっちのほうを勉強させようとは、
なんとも思わねんだな。」
やすの「ほんとだ!言われるのは、点数がどうのだけ。」
男性「そうだろう。だから、何の意味もないんだよ。点数を
求めても、仕方ないよな。それはだって、紙きれ一枚くらい
しか、財産はないもんな。」
愛子が男性の部屋にやってくる。
愛子「お薬どうぞ。」
男性「はいよ。」
と、差し出された湯飲みを受け取り、一気飲みする。
男性「なあ、君もここで働いたらどうだ?中間は嫌いか?」
やすの「ちゅうげんってなんですか?」
愛子「ええ、患者さんの身の回りを世話するのが仕事よ。」
やすの「やってみたいです。」
愛子「じゃあ、是非やってちょうだいよ。最近は人数が足り
なくて困っているのよ。」
やすの「はい、やります!」
はな「そのほうが、絶対に良いわ。」
その日から、やすのは中間として雇われた。まだ若すぎる、
といわれたが、かいがいしく働いていた。
ついに、男性が退院する日が来た。彼の子供たちが、駆け
よってきた。
子供「父ちゃん、お帰りなさい!」
男性「おう、今日は何を食べるか?」
はな「まだ無理はいけませんよ。料理は、もう暫く我慢し
てくださいね。」
子供「ええー。父ちゃんのすいとん、すごくおいしいのに。」
男性「そうか、何ばいでも、食べさせてやるぞ。」
愛子「すいとんを作るときは、しっかり器を加熱してから
にしてくださいね。そうすればペスト菌もいくらか減りま
すから。」
男性「わかりました。中間さん。」
はな「くれぐれも、無理はだめですよ。気をつけてね。」
男性「はい、ありがとうございました!」
子供「さようなら!」
と、父親と一緒に手を振って帰っていくのだった。

数日後、土族の村は、雨が降っていた。土をつんだ家に
は、雨が天井から漏れてしまった。学校も、その技術で
建設されたから、ところどころ雨漏りがした。
生徒「先生、雨が降ってお話になりませんな。もう帰り
ましょうよ。」
生徒「これでは、いつも流行っているナントカ病が、さ
らに広まりますな。先生、そうしたらどうします?」
ところが、土橋は答えが出ない。
生徒「先生、その責任もわからないんですか?」
土橋は、ペストというものが、どんな物であるのかを、
全く知らないのであった。どんな症状がでるのかでさ
え、まったく知らなかった。
生徒「あれになると、何にもできなくなって、気持ち悪
い姿になって、死ぬんですよね。」
生徒「俺の父ちゃんも、そのせいでなくなったんだよな。
先生、ここで授業をして、それにかかったら、先生が悪
いということになりまっせ。」
生徒「ああ恐ろしい!やすのにつづいて、他にも犠牲者
は出るぞ!」
土橋「やすのさんは、なくなったわけではありません!
そんなことを言ってはいけませんよ!」
生徒「だったら、こんなところに閉じ込めておくのはや
めてくれませんかね。俺たち、こんなところに閉じ込め
られておくのではなく、外でお料理していたほうが、よ
っぽど楽しいんだけどなあ。」
生徒「そうだよな。俺たち、ここで何もやってないよ。
なんで点数ばかりを追いかけなければいけないんですか
ねえ。」
土橋「それは、皆さんのためにやっているのよ!」
生徒「うるせえんだよ!くそ婆!」
生徒たち「出てけ、出てけ、出てけ!」
と手を叩いて大声ではやしたてる。土橋はどうにもでき
なかった。
土橋「静かにしなさい!」
と、机を思いっきり叩いたが、効果なし。
土橋「もう、知らないわ!」
と、雨の中を飛び出していった。所謂、学級崩壊であっ
た。
土橋「もう、終わろう。」
振り向くと、そこは病院の前だった。そこへ、嘴をつけた
中間の愛子が、風呂敷包みをもってやってきた。
愛子「どうしたんですか?何か具合でもわるいのですか?」
土橋「体に何も異常があるわけではありませんが、もの
すごく悲しいのです。」
愛子「悲しい?」
愛子は、嘴をとり、土橋の顔を見た。彼女の顔は、いつも
相手にしている、土族とは明らかに違っていた。
愛子「どちらからお見えになりましたか?」
土橋「ええ、チカの国からです。」
愛子「チカの国?なんですかそれは。」
土橋「聞いていただけますか?」
愛子「ええ、いいですよ。ただ、ここでは不衛生なので、
私の部屋に来ますか。」
土橋「わかりました。」
愛子は、与えられている自分の家に土橋を招きいれた。二
人は部屋に座った。
愛子「じゃあ、ゆっくりききますよ。」
土橋「できなかったんです。私、子供たちに授業をするこ
とが。」
愛子「ああ、先生だったんですね。確かに、無文字社会で
学校を起こすのは、大変なことですよ。」
土橋「私、何も知らなかったのです。私たちの女王、立夏
さまの命令でこちらに来たのですが、何も情報がなかった
ので、ここの子供たちがどんな生活をしているのかもわか
りませんでした。」
愛子「知らなかった?」
土橋「ええ、自分で調べればわかるといわれていましたが、
チカの国では、何も資料がなかったのです。」
愛子「では、無文字社会ではないのですね。」
土橋「ええ。私たちは漢字もかなも使いますが、土族は無
文字ですから、彼らのことを書いている文献がなかったの
です。」
愛子「あの、すみませんが、私、他言しませんから、チカ
の国とは何なんでしょうか?」
土橋「ええ、ここのすぐ近くにある王国です。」
愛子「どんなところですか?それに、なぜ、こちらに来た
のでしょう?」
土橋「はい。チカの国は人口は多いですが、その統治に問
題があり、国民の生活が安全ではないのです。なぜなら、
こちらのように、大量の金が取れるとか、そんなことは一
切ございません。ですから、私たちは、東洋国にある金を
すこし分けていただきたいんです。そうすれば、貧しい人
たちの生活も、楽になるでしょう。」
愛子「お話はわかりました。私も、、、そういう気持ちが
ないわけでもなかったし、、、。」
土橋「ええ、いずれは、ここも立夏様のものにしたいと、
立夏様は考えておいでです。それに、東洋国は帝政では
ありますが、あまりにも面積が狭すぎるし、文明化され
もいません。それで独立を維持していくのは、極めて難
しいでしょう。ですから、チカの国の一部になった方が、
かえって楽になりますよ。」
愛子「そうなった方が良いんじゃありませんか。少なくと
も、ここでペストの被害は減るのではないかしら。医療だ
って、瀉血程度しかないし。私は便利になったほうが、楽
になれると思うんです。そうしたら、もっと、子供が学校
に行くようにもなりますよ。私も、学校は嫌いだったけれ
ど、ここでは必要なんじゃないかしら。だって、中間とし
て働いていますけど、ここで、若くして亡くなる人が、本
当に多いのに、何の対策もできない。それをどうするのか、
は、私たちが手本を見せなければいけないし、子供たちに
も伝えなきゃいけないんですよ。それは間違ってはいない
と思います。スピリチュアルなことに頼るのではなく、平
均寿命を延ばすために、必要なことはあると思う。」
土橋「そのためにはどうしたら?私も、チカの国に、指導
結果を報告しなければなりません。きっと、子供たちは多
くの人々が、あっけなくペストで死んでしまうことを知っ
ているからこそ、勉強に関心を持てないのです。もし、ペ
ストというものが、恐ろしいものではなく、むしろ、それ
を利用して、何かが得られれば、と思うのですが。」
愛子「じゃあ、こうしたらどうでしょうか、私たちが、一
般的にやっていたことなんですが。」
土橋「え、、、?」

暫くすると雨はやんで、真っ暗な夜になった。テレビもラ
ジオもないから、夜になると全く音は聞こえてこない。し
かし、一人の中間の部屋から、ぼそぼそと、何か話してい
る声が聞こえてくるのを除いては。

第七章 ペストより恐ろしいもの

第七章 ペストより恐ろしいもの

翌日、土族の村の中心に大きな建物が建てられた。同じように
土のブロックで建てられていたが、一般的な家よりも何十倍も
大きいものだったため、建設には苦労があったが、数週間後に
完成した。その日、式典が行われた。
ぜん「えー、この、中間養成学校を建設したことは、我々土族
が必須の課題としてきた、黒死病と呼ばれる、ペストの撲滅に
向けて、大きな一歩を踏み出したことになります。加えて、入
学に高度な試験を課し、選りすぐれた人材に限定するという制
度も初めて開設したことによりまして、我が土族の歴史は、大
いに変貌することになりました。どうぞ、みなさん、大きな拍
手をお願いいたします!」
聴衆は大拍手をした。
そこには、歌穂の姿はなかった。この施設を建てるとき、歌穂
は反対した。
回想、国会。
ぜん「はあ、なるほど。確かに、昔と違って中間は人数が少な
くなりましたからな。」
愛子「ええ、これで、世の中がもっと楽しくなるとおもうんで
す。」
ぜん「でも、我々には、大きな建物が作れませんな。」
土橋「とりあえず、基礎となる建物を製作し、必要に応じて、
増築すればいいんですよ。」
ぜん「なるほど。しかし、中間になるためには、誰でもできる
ということはありません。子供たちは中間という職業を嫌う傾
向にあるからです。」
愛子「それなら、選抜形式にすればいいんですよ。なにより、
子供たちは、親がペストで亡くなる光景を何度も目撃している
のですから。」
はちく「良いんじゃないですか?こちらのほうでは大工さんが
沢山いますから、ペストはなくとも怪我はあります。だから、
中間さんは必要になりますし。」
愛子「そうですよ。だから、ペストを担当する中間さん、怪我
を担当する中間さん、と分ければいいのです。それも、子供た
ちの希望で選ばせましょう。」
鈴木「わかりました。とりあえず、お二人の意見を実行してみ
ましょう。この、東洋を発展させるための、新たな一歩になり
ますな。」
歌穂「私は反対です。」
ぜん「どうしてですか?発展することは喜ばしいことではあり
ませんか?」
歌穂「ええ、確かに医療の発達というものは、便利ではありま
すが、それは子供たちの感じる力を奪う事が懸念されます。」
はちく「どうしてですか?だって、ぜんさまの代わりに言えば、
土族は、多くの者がペストで命を落としていて、片親になって
いく子供が後をたちません。そのような子供たちに、愛情を十
分差し出してあげられる存在が、急に亡くなるという、悲しみ
を、子供たちに体験させるのは、なんとも哀れだと思うのです
が、、、。」
歌穂「それがいけないのです。哀れだ、と大人が思って、子供
が成長しようというきっかけを奪っている。」
はちく「歌穂さま。子供がかわいそうだとは思わないんですか。
どうしてそんなに厳しいのです?」
歌穂「ないものを大人が与えるのではなく、あるものを子供が
数えて生きていくのが、本当の優しさだと思うのです。先代は、
そう仰っています。」
ぜん「まあ、確かに先代の言う事も大切だとは思うんですが、
それに拘りすぎもよくないと思うんですけどね。第一、文字を
覚えてくれたお陰で、私たちの暮らしは、とてもよくなりまし
た。」
歌穂「ええ、それさえできれば十分です。他にはございません。」
はちく「こうは考えられませんか?文字を覚えたのに、使い道
がない、とか。」
歌穂「そのようなことは、個人で決めればいい。私どもが作る
必要はございません。」
愛子「そうなんですけど、土族の方々は、非常に貧しい中勤勉
に生活されています。これは、本当に賞賛しても良いと思うん
ですよ。でもそれをペストというものが、容赦なく奪っている
と思うんです。それでは、土族の方は、大切な働き手を次々に
失うことになります。特に、子供が親を亡くしたら、非常にか
わいそうですよ。個人で考えれば良いのではなく、やはり大人
が、彼らを保護しなければだめではないでしょうか。私は、そ
う思うのですが、、、。」
土橋「ええ。外部のものからしても、愛子さんの発言の通りだ
と思います。私どもからいいますと、子供は目的がなければ成
長しないんです。大きくなって、ペストにより死亡するのがわ
かったら、子供は生きる意欲をなくして当然です。それよりも、
中間となって、少しでも夢を持たせたほうが、子供は楽になる
のではないでしょうか。」
鈴木「はい、私もそう思います。土族の子供が学校に通いたが
らないのは、教えることと、現実が違いすぎているのだと、は
なが、言っていた事がありました。はなの話だと、いくら勉強
をしても、ペストにかかればみんな終わりになるから、勉強し
ても意味がない、という文句が非常に多い。なぜなら、親が目
の前でペストで死ぬ光景を見ているから、やる気も出ないんじ
ゃないでしょうか。」
歌穂「私は反対です。」
ぜん「わかりました!こんなに頼りないから、ここも発展しな
いんですね。全く。」
と、頭を掻きながら、部屋を出て行ってしまう。
回想終わり。

再び中間養成学校。
入学式が行われている。ぜんが、新入生呼名を行っている。
ぜん「りかさん!」
りか「はい!」
と、勇ましく返事をした彼女は、新しい着物ではなく、母から
もらった物をきていた。隣にいた生徒が、くすりと笑った。
式が終わって教室にいった。真新しい道具箱が置かれていた。
でも、りかの机には置かれていなかった。すると、隣の席の生
徒が、こうはなしかけた。
生徒「あら、どうして道具箱がないの?」
りか「うん、風呂敷で代用すれば良いって、お母さんが。」
生徒「そんなことできないわよ。道具箱がなかったら、教科書
を置くところはないわ。」
りか「お母さんは、必ず買ってくるって言ってたわ。」
生徒「まあ、そんなの当てにしちゃだめよ。ここに来たからに
はさ。」
りか「そんなこと、ないわ、絶対に。」
教師「ほら、りかもなるみも、静かにしなさい!」
と、言いながら、教師が入ってくる。
教師「それでは、皆さん、今日からこの学校で、一人前の中間
になる、第一歩を踏みだしました。これから、平等に勉強して
行きましょう。保護者の方々は、血の汗を流して、皆さんをこ
の学校に行かせてくれました。その恩返しをするつもりで、頑
張りましょうね。」
生徒「はい!」
教師「はい、じゃあ、それまでの学力を確認するため、今から
試験を行います。」
と、問題用紙を配っていく。
教師「用意、はじめ!」
生徒たちは、懸命に筆を動かす。

翌日、生徒たちが登校してくると、廊下に点数と順位が張り出
されている。一位はりかで、二位はなるみだった。りかは98
点で、なるみは96点であった。
なるみ「なんでりかに、私が負けるんだろう、、、。あんな、
貧乏人なのに、、、。」
その日、昼食の時間になって、りかは、弁当を食べようと、風
呂敷をあけた。しかし、弁当は入っていなかった。
りか「あれ、忘れたはずないのに、、、。」
と、廻りを探してみても見つからない。
他の生徒が、ゴミ箱にごみを捨てにやってくると、
生徒「なにこれ!握り飯が入ってる!」
そこには、握り飯が、ばらばらにされて入っていた。野次馬で
生徒たちが、次々にやってくる。りかが野次馬たちを掻き分け
て、ゴミ箱を覗くと、そこには彼女の弁当が入っていた。
なるみ「そうか、りかさんって、そうやって食べ物を無駄にす
る人だったんだね。親御さんがどんなに一生懸命作るか、わか
っていないんだ!」
生徒「確かに、ここへ来る前は、勉強づけで、親が夜食作って
くれたんだよね。」
生徒「そうそう、うちも片親だから、弁当は自分で作ってた。
だからこそ、一人前の中間になりたいと思ったのよね。弁当を
作る暇もないほど忙しい親に代わって。」
なるみ「みんなそうよね!あーあ、この人はいくら成績がよか
ったとしても、そうやって親が作ったものをないがしろにする
んだ!それなら中間なんてできやしないわ!さっさと帰っても
らいましょうか!」
りかの顔は真っ青になっている。
なるみ「そんな青白い顔しているのなら、出てって。こんな人
とは、一緒に勉強したくないわ!」
と、そこへ教師が入ってきた。
教師「どうしたの、何が起きたのか、説明しなさい!」
なるみ「はい、りかさんが、お弁当をゴミ箱に捨てていたので、
注意していただけです。」
教師「本当にそうなの?」
生徒「はい。」
生徒「なるみはそういってました。」
生徒「ここに弁当が捨てられているわけですし。」
教師「りかさん、お弁当はお母様が作られたものです。大事に
しましょうね。」
りか「はい。」
結局、彼女は昼食を口にすることができなかった。
帰り際に、学校の下駄箱に行って、下駄をはこうとすると、鼻
緒が切れていた。仕方なく、彼女は素足で歩いて帰ることにな
った。
数日後、中間養成学校に、一人の女性がやってきた。いかにも
貧しい生活をしているようで、着物はぼろぼろだった。
女性「こんにちは、ぜんさまはいらっしゃいますか?」
この学校の長はぜんが兼任していた。
守衛「なんの用があるのです?」
女性「ひろこ、と申します、りかの母親です。」
守衛「は、はい、わかりました。こちらへどうぞ。」
と、校長室に連れて行く。
守衛「失礼します。お客様がお見えです。」
と、いうより早く、彼女は部屋に入ってきた。
ぜん「どうしたのですか?」
ひろこ「どう責任をとってくれます?」
ぜん「なんですか、藪から棒に?」
ひろこ「知らないのですか!」
ぜん「知らないって何を!」
ひろこ「娘が、昨日に自殺しました。」
ぜん「そ、そうですか、、、。」
ひろこ「ご存じないのですか?」
ぜん「何も聞いていなかったものですから、、、。」
ひろこ「じゃあ、これをどう解釈されるのです?私だって、
文字を習ったことがありますので、これを読むことはできま
す。母親として、いかに無力であったかを確認するため、今
日やってきました。これを読んでみてください。」
ぜん「タイトル、友情、はあなんですかこれは、、、。」
ひろこ「とにかく、読んで見てください!」
ぜん「はいはい、、、。なるほど、、、。つまり、主人公が
音楽を志す生徒と、歌を歌って教室をまとめるお話ですな。
まあ、言ってみれば、この音楽家の生徒は、救世主みたいな
ものですな。」
ひろこ「先生、先生は私どもに教育する姿勢を見せてはくれ
なませんね。もし、ここの学校が、良い学校なら、外部から
救世主を呼ぶなんてことはしないはずです。入学したとき、
誰でも平等に学ぶ時代が来たと仰いましたね。でも、平等ど
ころか、試験の点数で、人種差別のようなことを平気でやっ
ているのだと娘から聞いています。そんなやりかたで、中間
なんぞ、勤まる者ではありません!事実、うちの子はもうい
ないんです。」
ぜん「わかりました、わかりました。これから気をつけます
ので、どうか今回はお引取りを、」
ひろこ「私はどうしたら良いのです?一人娘を失って、なか
なか立ち直れないのに、さらに何もするなというのですか?
私は、この学校に行けば、中間になれるということを聞いて
行かせたのです。事実、私も、夫をペストで亡くしています
ので、経済的に豊ではありませんから、中間になれる可能性
は低いでしょう。しかし、この学校ができて、誰でも簡単に
中間になれると書かれていましたから、行かせたのです。し
かし、簡単になれるどころか、子供を失うことになるとは、
なんという無情でございましょう!この状態が続くのなら、
くさかりの町へ行って、歌穂さまに処分してもらおうと思っ
ているのですが、それでもいいかしら!」
ぜん「わかりました、わかりました、制度を改革いたします
から、どうかお引取りを!」
ひろこ「じゃあ、うちの子に謝りに来てくれますか!」
ぜん「わかりました。その通りにいたします!どうか、二度
と再発しないようにしますので、このことは御内密に!」
ひろこ「わかりました。私のような、学校で悲しむ親が増え
ないようにしてくださいね!」
ぜん「はい!決していたしません!」
と、ひろこに向かって何回も頭を下げる。
ひろこ「では、私はこれから用事がありますので、ひとまず
帰りますが、二度とこのような事件のないように!何かあり
ましたら、この小説を読んでくださいね!」
ぜん「はい、はい、わかりました!」
ひろこは校長室のドアを開け、退出する。彼女が立ち去った
のを見届けると、ぜんはその原稿をびりびりに破って捨てて
しまう。そして、何食わぬ顔をして、教室へ移動する。

はなと愛子の病院。嘴をつけた職員たちが、診察の準備をし
ている。
はな「診察始めます。」
と、待合室に呼びかける。
愛子「たくさん人がいますね。それに、ペストだけじゃない
気がする。」
はな「そうかもしれないわね。じゃあ、一番の方からどうぞ。」
最初の患者は男性だった。
はな「こんにちは。今日はどうされましたか?」
患者「はい。熱っぽくて。」
はな「頭痛とかありますか?」
患者「はい、少し。もしかしたらペストなのかなと思って。」
はな「ちがいますよ。先ず第一に、どこも腫れておりません。
それに、熱もないですから。」
患者「そうなんですか、、、。」
愛子「よかったじゃないですか。」
患者「そうですね。でも、辛い者は辛いのです。何でも、う
ちの子が中間の学校に行くと言い出して、一生懸命働いてい
るのですが、みんな娘の勉強のためにもって行かれてしまう
ので、、、。」
愛子「ああ、あそこですか。中間になればきっと、何十倍の
恩返しが来ると思いますよ。頑張ってください。」
患者「そうですか、、、。わかりました。」
と、落ち込んだ様子で診察室を出る。
はな「じゃあ、次の方どうぞ。」
次は女性患者だった。かなり年をとった、おばあさんだった。
患者「よろしくお願いします。」
はな「今日はどうしましたか?」
患者「はい、娘と娘の亭主が本当にうるさくて、、、。」
はな「で、症状はなんですか?頭が痛いとか、さむいとか、
いろいろあるでしょ。」
患者「それはないんですが、、、。でも辛いので来ました。」
はな「それは困りますね。本来、病院は愚痴を扱うところで
はありませんから。」
患者「そうですか、、、。じゃあ、もう少しの辛抱ですかね。」
愛子「辛抱って何が?」
患者「はい、孫が中間になったら。」
愛子「なんだ、又あの学校ですか。」
患者「実際、中間になるとどうなるのです?中間になると、
みんな楽な生活を送れると、口を揃えていいますが、私はな
にも、ないような気がするんです。娘と、娘の亭主が、勝手
にやっているような気がするんですよ。」
愛子「まあ、確かに中間は人が足りないことは事実ですね。
仕事は本当にきついですよ。」
患者「だったらね、孫の好きなことをやらせれば良いんじゃ
ないかと私は思うんですけど、、、。」
はな「本気で中間になりたいのかを一度きいてみると良いで
すよ。単に流行りだから、だけかもしれないし。」
患者「そうですか、わかりました。」
と、患者席を立って、診察室を出る。

病棟では、中間となったやすのが、患者に食事を配っている。
患者「いつもありがとうな。こんな良いもん食べさせてくれ
てさ。」
やすの「だって、栄養をつけなきゃ。」
患者「中間さんが増えたようだけど、君みたいに優しい人は
稀だなあ。」
やすの「何が優しいんですか?」
患者「だって、俺みたいな余命わずかな患者にも、食事くれ
るんだからなあ。」
やすの「だって、食事は調理員さんが作るものですよ。」
患者「いやいや、そうやって持ってきてくれるのが嬉しいん
だ。俺、友達もいなかったし、自分の身を立てるために働い
てきたけれど、まさかペストにかかっちゃうとは思わなかっ
たよ。そのショックは大きかったけど、君みたいな優しい中
間さんがいてくれることによってさあ、救われたような気が
したんだ。うん、俺は幸せだ!」
やすの「でも、私は、養成学校で学んだ中間ではありません。」
患者「良いってことよ。その学校で学んだ中間は、中間の称
号に相応しくないやつらが多すぎる。第一、そこへ行くとき
までの課題が重たすぎるから、それをクリアした、というこ
とで、変な自尊心ばっかり身についちゃった中間さんのなん
と多いこと!」
やすの「そうなんですか?」
患者「そうそう、おじさんくらいの年になるとわかるの。称
号なんてね、持っている人が全部偉いかっていうと、そうじゃ
ないんだから。ま、気長に修行しな。俺、空から見ていてや
るから。」
やすの「ありがとうございます。」
患者「くれぐれも負けるなよ!」
やすの「はい、じゃあ、食べ終わったらまた取りにきます。」
患者「わかったよ!」
と、患者に見送られながら、やすのは部屋を出た。
他の患者「何で俺にはあんな優しい中間をつけてくれなか
ったのかなあ。」
中間「ほら、ぶつぶつ文句言ってないで食べて!栄養が偏る
わよ!」
患者「そうなんだけどね、、、。この白菜まずいよ。他の野
菜にしてくれ。」
中間「ここの土地は痩せてるんだから、硬いのは当たり前よ。」
患者「口がまずいんだよ。熱のせいで。」
中間「そのせいにしないの!」
患者「冷たいなあ中間さんは。」
中間「それで当たり前なの!」
患者「そうか、、、。」
中間「食べないと、退院の許可も出ないわよ。」
患者は、いやいやそうに食べる。
中間「よろしい。」
食べ終わると速やかに片付けてしまう。
勤務を終えた中間たちは、専用の部屋に集まる。
中間「みんなご機嫌よろしくないわね。あたしたちだけが、
懸命に働かされてさ。」
中間「そう。何か、ぜんは中間になることが素晴らしいこと
だと言っていたけれど、何も大したことはないのよ。」
中間「中間なんて、ただ死にに行く人を世話するだけじゃな
いの。」
中間「大した職業じゃないわよね。汚くて、きついだけで。」
中間「何か、むなしくない?そういうこと言ってさ。学校で
ものすごい偉い人になったようにみえるけど、実際はそうじゃ
ないから、、、。」
その言葉を聞いたはなは、大きなため息をついて、再び診察
室へ戻っていった。

第八章 心の傷

第八章 心の傷

くさかりの町。ある若い男性が、国会に飛び込んでくる。
男性「大変だ、大変だ、大変だ!」
丁度、審議をしていた歌穂たちは、何事がおきたのかと、
急いで外へ出た。
歌穂「なにがあったのですか?」
男性「はい、土族の家で、幼い子供が死んでいます。」
歌穂「ペストか、何かで?」
男性「そ、そうじゃないんですよ。しつけということだ
ったそうですが、それが行き過ぎてしまったというので
す!」
歌穂「前代未聞ですね!」
ぜんは少し顔色を変えた。
歌穂「ぜん様は何かご存知あるのですか?」
ぜん「いや、全くありませんでした。」
はちく「とにかく、その現場に行ってみましょう!」
全員、国会を飛び出し、土族の村へむかった。現場はす
ぐにわかった。近隣の住人たちが、その家を取り囲んで
いたからだ。
近隣の人「ああ、歌穂さま。見ての通りです。この女性
を生かしておくべきでしょうか?私にはわかりません。
自分が生んだ子供を殺害してしまうとは、、、。」
輪の中心の中で女性が泣いていた。ほんの小さな息子を
抱いて、はらはらと泣き伏している。
母親「殺すつもりではありませんでした。でも、何回教
えても、だめなのです。」
歌穂「何を教えようとしたのですか?」
母親「どうしても、覚えてくれなかったのです。」
歌穂「だから何を!はっきりと仰ってください!」
母親「文字です!学校に入るには、文字を覚えないとい
けないのに、どうしても覚えようとしなかったのです!」
歌穂「人それぞれですから、違うんじゃありませんか?
文字というものは最終的に書ければよいものですから、
いま全て教わるいう定義はございません!」
菊子「その通りです。大人になって恥をかかなければ、子
供時代に言うことを聞かない子であってもいいんですよ。
そのほうが、健康的で良いと思いますけど。違いますか?」
母親「でも、でも、学校に入る前にやっておかないと、
おかしな子だって笑われますから!」
菊子「何にもおかしな子なんかじゃありませんよ。覚え
るのは人それぞれですから、くらべっこするほうが悪い。」
母親「それではいけないんですよ!」
歌穂「失礼ですけど、あなた、文字を教えようとしてい
たのかも知れませんが、それは単に貴方の自己満足にす
ぎないのではないでしょうか。彼が文字を覚えるのでは
なく、あなたが、文字を覚えさせたことにより、貴方が
白昼夢を見ているんだ。それが、もう取り返しのつかな
いことになってしまったのでしょうね!」
母親「そんなこと、絶対にありません。文字の素晴らし
さは、私、本当に実感しましたもの。それを息子にも伝
えたかっただけなのに、、、。」
歌穂「では、具体的に聞きます。どうして息子さんは、
その小さい顔が、真っ黒なのでしょう?」
母親「それは、、、所謂はやりの、、、。」
歌穂「ええ、確かにペストが流行るのはよくしっており
ます。でも、ペストであれば、頭に大きなこぶができる
ということはまず、ありませんね。そうでしょ。」
母親「私は、、、。」
近隣の者「彼女は、ペストのせいであざができたのだと
言っていましたが、違うのですか?」
菊子「いえ、これは違うと思います。時々子供がなく声
がしませんでしたか?」
近隣の者「まあ、たまにありましたが、、、。でも、止
めようとは、思いませんでした。」
菊子「何で止めないんです!こうして一人亡くなったわ
けですから、注意をしていれば、止められたのではない
ですか!」
歌穂「ぜんさま、統治者として、責任はとってください
ね。」
ぜん「しかし、我々も、ほかの事でやることがあります
からな。」
歌穂「ほかの事?何のことでしょう?」
ぜん「はい、まだ、中間養成学校の建設途中でして。」
歌穂「何をいっているんです!一人の子供が犠牲になっ
たにも関わらず、他の制度で精一杯では、統治能力に問
題がありますね!良いですか、一人子供がこのような事
件で亡くなっているのです!そのようなことが二度と起
こらない様に、工夫をするのが先ではありませんか!」
ぜん「でも、私どもは、、、。」
歌穂「何も意味のない物を作り続けるより、することは
あると思いますけど。この女性は、なぜ、息子を殺さな
ければならなかったか、ということを、真剣に考えてい
ただきたい!」
はちく「歌穂さま、それほど厳格すぎてもいけません。
土族の皆さんは、突然新しい物ができたので、すこし不
安定になっているだけですよ。このお母さんもそうなん
じゃないですか?」
歌穂「しかし、命まで落としてしまっては、なにかしら
制裁が必要かと。」
はちく「まあ、それはそうでしょうね。でも、罰もそう
ですけど、対策を考えなければ。」
歌穂「では、そのために村を視察させていただきます。」
ぜんは、震え上がっていた。歌穂は、病院に向かって
歩き出した。
声「歌穂さまだ!」
と、次々に患者たちの声がする。
歌穂「私には構わなくてよろしい。そのまま続けなさい!」
と、診察室に入る。
はな「歌穂さま、こんにちは。」
と、軽く敬礼する。
歌穂「患者さんの主訴は?」
はな「はい、最近ペストだけではなく、ある病が広まっ
ているんです。若い人に多いのですが、、、。」
歌穂「具体的に症状はなんでしょう?」
はな「はい、何も体には異常はないんですが、全身が痛
いと言ってこちらに来る人が多くて。中間たちも頭を悩
ませております。」
歌穂「なるほど。治療薬は?」
はな「はい、今、それを何とかしようとして、いるので
すが、、、。どうしても見つからないのです。他にはな
にも症状はないのに。」
歌穂「きっと、体以外の問題なんでしょうね。中間さん
はどうしていますか?」
はな「ええ、いつもどおりに仕事をしています。」
と、廊下を歩く音がする。二、三人の女性の足音であっ
た。
声「全く、あの患者と来たらうるさいのよね。足が痛い
だことの手が痛いだことの。」
声「私たちは、ごみ屋じゃないのに、そう言う人の世話
をしてる。」
声「痛いんなら、きちがいなすびでも噛んで逝ってしま
えばいいのにね。」
声「親は、うちの家が裕福になるからって、中間になれ
と言ったけれど、何になるのかしら。疲れるだけだわ。」
声「結局、年寄りが強すぎて私たち若者は、なにも進展
しないのよ。」
声「年寄りなんてはやく死ねば良いのよ。ほんとに。」
声「中間になるなんて、偉くてもなんでもないとわかれ
ば、辞めても良いのにね。」
声「まあ、とりあえず、生活も保障されているんだから、
ゆったりしましょ。」
ぜんの顔が真っ青になった。
歌穂「これは、どういうことですか!私に伝えたことと
まるで違うのでは!」
ぜん「ああ、申し訳ありません!中間の者たちはみんな
激務で、たまには愚痴ぐらい申したくなりますよ。でも、
いつもはしっかりと任務を果たしていますので、ご安心
くださいませ!」
声「最近、多いのよね。何も体に異常がない人。」
声「ペストより恐ろしいわ。」
声「いつまでも治らないで、病院が破裂するわ。それに、
中間が少ないから、対応しきれない。何とかしなきゃね。
でも、ぜんさまは、何もしないのよね。」
声「そう、養成学校に入る前は、本当に大事にしてくれ
たのにさ。それなのに、中間になったら、何もない。」
声「そして中間の仕事も大した仕事ではない。それがわ
かれば中間にはならない。」
声「結局、喜ぶのは私たちではないわ。親と、教師とぜ
んさまよ。あたりも砕けもしない人だけが喜んでる。」
歌穂「動かぬ証拠ですね!中間を養成するのは、
愚痴を養成するためですか?」
ぜん「歌穂さま!そんなことはございません!絶対にご
ざいません!」
歌穂「そうですか。それでは、土族の統治者として、相
応しくありませんね!」
ぜん「歌穂さま!それだけはお許しを!私どもも、養成
学校の建設は始まったばかりで、右も左も見えません。
ですから、理想どおりの中間はなかなか作れないのが、
現実なんです!お願いです!もう少し時間を下さい!」
歌穂「しかし、それではとんでもない間違いをしたこと
になります。統治者は間違えをしてはいけない。なので、
多少の制裁は下すことになります。」
はちく「歌穂さま、そこまで言ったらかわいそうですよ。
ぜんさまも人間です。初めての学校経営なんて、成功す
るほうが、少ないくらいですよ。その失敗はもう過去の
物にして、やり直せば良いんじゃありませんか?」
歌穂「そうですね、、、。初めてのことですしね。」
ぜん「あ、ありがとうございます!」
歌穂「次に視察に来たときは、間違えてはなりませんよ。」
ぜん「は、はい、決していたしません。」
歌穂「わかりました。では、次に行きましょう。」
はな「私も行きます。」
歌穂は、病院を出て行った。
ぜん「あのやろ、、、。」
はちくは、何かいいたかったが、何も言うことができな
かった。
菊子「行きますよ、はちくさま。」
はちく「は、はい、、、。」
取り残されたぜん。患者と中間の声がする中、一人別の
所に歩いていく。

数日後、その日は雨だった。繭子と菊子が部屋の掃除を
ていると、軒下で一人の女性が立っていた。
菊子「雨でさぞお困りでしょう?」
女性「そうなのですが、、、。」
菊子「良いじゃありませんか。ここは困っているひとの
ための場所なんです。お茶でも飲んでくださいよ。疲れ
ているのがよくわかりますよ。」
と、ドアを開けて、女性を中へ入れてやる。
三人、菊子が出した、座布団の上に座る。
繭子「何か、心配事があるようですね。お話してみませ
んか?」
女性「あの、ここは、、、?」
繭子「はい、私たちは、誰かの困っていることを聞いて、
一緒に解決に導くのが仕事です。」
女性「そんな仕事があるのですか?私たちは、野菜を作
るしかできません。」
繭子「ええ、いろんな仕事があっても良いじゃありませ
んか。誰かにはなしを聞いてもらうのは悪くありません
よ。」
女性「はい、、、。私、どうしてもいけないことをして
しまいまして、この際、親子関係を断ち切って、くさか
りで働いたほうが良いと、家族に言われたのでこちらに
きました。」
繭子「親子の縁を断ち切る?子供さんがいるんですか。」
女性「そうなんです。娘が一人います。」
繭子「そのお嬢さんと、親子の縁を切ると?」
菊子「何か、きっかけでもありましたか?」
女性「そうなんです。娘が中間養成学校に入れなかった
のです。」
繭子「驚いたわ。学校は誰でも入れるものではないんで
すか?」
女性「はい。ぜんさまの指令で、学校は規定の人数があ
って。その人数より、入学希望者が増えたから、試験を
課して、それに合格しないとだめなのです。しかし、う
ちの子は、その試験に不合格で、、、。そのときから家
の中の空気が恐ろしく悪くなりました。試験に合格して
いれば、この貧しい暮らしから解放されることを、娘に
体験してもらいたくて、厳しいことを散々いい続けてし
まったので、娘は、それがかなわなかったから、私に怒
りをぶつけてくるようになりました。これが何よりの証
拠です。」
そういって彼女はうでをちらりと見せた。黒あざができ
ていた。
女性「もう一度、試験を受けさせようと思っても、家で
は余裕がありません。私が、とにかく頑張れといい続け
てしまったのが間違いだったのです。私は、母親として
間違えてしまいました。このくさかりに来て見ても、何
も奉公口がありません。だから、もう、私は失格です。」
繭子「そんなことはありません。お母さんはお母さん一
人です。そんな可哀相なことを言わないで上げて。そし
て、お母さんとして、お嬢さんを導いてあげてください。
そんな中間養成学校に行かなくても、お母さんはあなた
がいるだけで、十分幸せなんだよ、と、態度で示してあ
げること。これが、一番お嬢さんを安心させてあげる、
方法だと思いますよ。」
女性「そうでしょうか、、、?」
繭子「ええ、そうしてあげれば、娘さんもきっと変わり
ます。何もないよって、見せてあげること。」
菊子「そうそう、そういう女性のかたなら、感性に優れ
ていますから、口で言うより、態度で示すほうが一番良
いんじゃないかなあ。」
女性「どんな態度で示したら良いのでしょう?」
繭子「簡単なことですよ。いつもやってることを繰り返
せば良いのです。ご飯を作ったり、掃除をしたり、洗濯
物を干したり、時にお客様をおもてなししたり。だって
中間養成学校に行かせたのは、なぜだったのですか?さ
らに生活をよくしよう、と思っただけでしょう?それが
かなわなかったから娘さんは苦しんでいるわけです。だ
からその必要はないんだって、もっと暮らしをよくしよ
うなんて思わなくて良いんだって、娘さんに感じてもら
うこと。これが娘さんと仲直りする秘訣ではないでしょ
うか。それができるのはね、学校の先生ではできません
し、私たちが代理で行うこともできません。お母さん自
信なんです。」
女性「でも、家族は、私が娘に期待をかけすぎたのが悪
いといいます。だから、お前たちは離れろと何度も言わ
れたことでしょうか。」
繭子「そうですね。でも、それは間違っています。その
ような状態のある子は「お手本」が必要なんです。それ
がないから苦しいのですから。どんなに苦しんでも、彼
女が暴れるから、もう家から追い出してしまう、という
ことはしてはなりませんよ。それよりも、具体的に動い
て見せてあげることです。言葉なんかいらないですよ。
変にかざろうとすると、かえって逆効果になりますし。
それよりも、お母さんが、十分幸せなんだ、という事を
態度で示してあげることが、一番わかりやすいし、一番
嬉しいことなんですよ。」
女性「ありがとうございます。私は、間違っていました。
確かに幸せになりたくて、あの子に、中間養成学校に行
かせようと思っていましたが、それはきっと私が、見栄
を張りすぎたのかもしれません。確かに、娘がいること
が、一番大きな幸せなのかもしれませんよね。今やっと
気がつきましたよ。」
菊子「ええ、気付きは、お母様自身の力ですよ。これか
らも、何かあったら話に来て下さいね。娘さんにもよろ
しくね。」
母親「はい、ありがとうございます。目から鱗がおちま
した。」
菊子「そうそう、その鱗が落ちるという所まで持ってい
くのが、私たちの仕事です。」
母親「素敵ですね。これからも、助けてあげてください。
くさかりに働きに行くのはやめます。もう一度、娘と、
やり直してみます。」
菊子「そうそう、それがいい。」
母親「はい。本当にありがとうございます!」
と、顔を拭きながら立ち上がり、最敬礼をして出て行っ
た。
菊子「なんだか、私たちも相談が増えてきましたね。」
繭子「ええ。そういわれると、私たちは、善なのか悪な
のか、わからなくなってきますね。」
菊子「一応、善であると思うようにいたしましょう。」
繭子「そうですね、、、。歌穂さまは、この状態をかな
り憂いているようですよ。」
菊子「世の中が悪くなってきたことを象徴する商売です
からね、、、。なんだか、不安になってきますよ。」
繭子「そうね、、、。ぜんさまが、変な風に走っている
しか見えませんよ。」
菊子「土族の皆さんはかわいそうだなあ、、、。」
繭子「そうですね、、、。わたしたちは、なんの悪気も
ないけれど、こういう商売は、本気でなにかしようとい
う心がないと、やっていけないわね。でも、どんな世の
中になるのか、不安になるのも確かよね。それはみんな
同じなのかな。」
菊子「次の依頼人は?」
繭子「竹族の方です。」
と、言い終わるうちに、依頼人はやってきた。今度は老
人だった。
菊子「こんにちは。」
繭子「はじめての方ですから、こちらの紙に、必要事項
を。」
と、一枚の紙を差し出す。老人は、筆をとって書きは
じめる。誤字や当て字もあるが、教育の成果はしっかり
現れていた。
菊子「ずいぶん字がお上手ね。」
老人「いやいや、やっとひらがなが書けるようになった
ばかりなのです。」
菊子「どういう相談なのですか?」
と、紙を受け取る。
菊子「ははあ、、、えっ、文字を学ぶのはなぜかって?」
老人「そうなんですよ。私たちはもう、さほど長くない
のに、新しいことを覚えるなんて必要なんじゃないかな
と思って、ここへきました。」
繭子「まあ、あなたの年齢ですと、文字が普及しだした
のは、ほんのわずかですからね。」
老人「はい、その文字が書けないというと、若者に馬鹿
にされるようになりましたし、うちの家族からも相手に
してもらえません。家族は、わしが文字を書けないので、
通訳してくれというと、鼻で笑っています。特に、孫は
丁度十五で、まだ幼さも残っていますから、それで、散
々馬鹿にして、、、。」
菊子「でも、文字があると、伝えておきたいことだって
記憶に残せるし、便利だと思うように発想を転換すれば、
覚えられるんじゃないですか?」
老人「それが、覚えようとしないんですよね。この年に
なると。」
菊子「それは困りますね。では、文字がなくて逆に不便
と感じたことはありませんか?」
老人「はい、昔から文字を読んでいないので、感じたこ
とはありません。書かなくても、頭の中に入れておけば、
わざわざ紙を用意するより安く済むじゃないですか。そ
れに、紙はなかなか入手できないのも、よく聞きますか
ら、私たち年寄りは、そんな高いものを用意しなくても
できるんですよ。」
繭子「文字を悪いものだと思わないことが、一番の課題
ですね。それを得るために、訓練しましょう。まず、文
字の素晴らしさを発見してみましょうね。お孫さんの名
前はなんというのですか?」
老人「しんご。」
菊子「じゃあ、お孫さんに、一番好きだよと手紙を添え
て、何かプレゼントしてみてください。」
老人「伝わるのかなあ、、、。声のほうがよほど伝わる
のではないかなあ。」
繭子「いいえ、目で見えるから、さらによくわかります
よ。」
老人「そうか、よしやってみます。」
繭子「お試しください。」
老人「ありがとう!」
と、相談のお礼として、箱に入った器を置いていき、嬉
しそうに出て行った。
その数日後。
菊子「あのおじいさん、どうしたのかしら。最近来ない
けど。あたしたちのアドバイスは、伝わったかな。」
と、そこへ老人の顔によく似た女性が入ってきた。
菊子「あの、どうしたのですか?」
女性「先日、父がこちらに来なかったでしょうか?」
菊子「ええ。きましたよ。」
女性「それで、あなた方は何を教えましたか?」
繭子「はい、文字を学ぶことに反感を持たれていました
ので、手始めに文字を使って、お孫さんにプレゼントし
てやれと、教えました。」
女性「余計な事しないでください!あなたたちがそうや
って甘やかすから、私たちがさらに苦労するじゃないで
すか?」
繭子「一体なにがあったのです?」
女性「はい、この際だから言いますが、タケノコを私の
息子、つまりしんごに食べさせようとして竹林に入った
ら、脚を滑らせて転んでしまい、大けがをして帰ってき
ました。幸い、命には別条はありませんでしたが私たち
はただでさえ忙しいのですから、余計なことをしないで
いただきたいものですね!おかげで、私が、介護しなけ
ればならない羽目になりましたわ!あなたたち、人の話
を聞く商売というけれど、それでは何もなりません!勝
手に洗脳しないでもらいたいものですね!」
と、唾を飛ばすように語り、さっさとかえってしまった。
繭子「いわしておけばいいのよ。ああいう人は、本質が
見抜けないだけだから。」
菊子「それがだんだん増えてきているようにかんじます
が、私だけでしょうか。」
繭子「まあ、そうかもしれないわね。でも、私たちはや
っていかないといけないわね。」
二人は大きなため息をついた。

第九章 指導死

第九章 指導死

土族の村。村は、地上に住む人々が多くなっており、穴の中で
暮らす人は、殆どいなくなっていた。と、同時に学校に通わな
い子供も少なくなった。
学校は、子供が増えたため、教師を二人以上雇うようになって
いた。土橋だけでなく、しほという、女性の教師が教鞭をとっ
ていた。
その日も、授業が行われていた。
土橋「こら、はなしをしっかりと聞きなさい!」
聞こうとする生徒は誰もいない。女子生徒は隣の者と平気な顔
をしておしゃべりをしている。
土橋「今は、学校へきているのよ!勉強する時間なのよ!」
ところが誰もその言葉を聴くものはないのだ。
一応、授業が終わって、休み時間というものはあるのだが、そ
のなかでも、勉強をしようという生徒はいないのだった。
その日の午後のことだった。
午後の授業はしほが担当していた。
しほ「じゃあ、授業始めます。皆さん、席について。」
しほは、女子生徒の着物を見た。丁度暑い季節ということもあ
り、彼女たちの着物の身丈はきわめて短い。キチンと足首のと
ろまで着ている生徒は全くない。
しほ「こら!しっかりと制服を着用しなさい!今から身丈を測
りますよ!」
といい、ものさしを取り出して、一人一人の身丈を図っていく
のだった。このものさしは、竹族から輸入したものである。
しほ「どうしてこんなに短いの!」
生徒「うるせえな。今思い出しているんじゃないかよ!」
しほ「じゃあ、思い出すまでじっといます。」
生徒「先生、そんなことをしていたら、私、中間養成学校のた
めの勉強もできなくなるから、帰っていいですかね。」
しほ「待ちなさい。学校は勝手に帰ってはいけないのよ。」
生徒「でも、私にとっては、中間になるほうが大切なんですよ。
先生みたいな職業には就くつもりはないし。皆知っているんで
すよ。ここで教育されても、何も意味はないってこと。」
しほ「そんなことはないわ。ここで学べば、必ず何かの役割が
できるわよ!」
生徒「いや、先生は間違えてますよ。そんな役割なんでとっく
になくなってます。まあ、あるとしたら、ただこのつまらない
作業でいい点を取ることだけですかねえ。中間養成にいくなん
て、試験でいい点数を取らなきゃいけないでしょ。できない人
は、ただのごみですよね。先生。」
と、いきなり、どさっという音。
生徒「先生、またうみが倒れました。」
しほ「うみ君、大丈夫?」
その生徒は、全身がりがりで、顔は紙のように白く、血の気が
うせていた。男子生徒だが、そのようには見えなかった。
生徒「先生、うみ君、助けてあげないんですか?」
しほは、一瞬なにもわからなかった。無理やり笑顔を作って、
しほ「うみのことは気にしないでいい。授業を再開します!」
としか、いえなかった。
全ての授業が終わり、下校する時間になると、生徒たちは我先
に出て行くのだが、うみは別だった。それは授業中で倒れるこ
とが多いために、しほが特別授業をしていたのだ。
しほ「うみくんは、他の子とは違い、特別なんだから、一生懸
命やっていて偉いわよ。」
しほは、そうやって褒めていたが、彼は腑に落ちない様子だっ
た。
しほ「ほんとうは、うみ君が、中間になってもらいたいな。」
と、しほは、よく言うのだった。
うみ「そんなことありませんよ。」
しほ「何でそう思うの?」
うみ「だって僕、中間の仕事はこなせないです。ここまで体が
弱いと、働くのは多分無理だし。これからどうしたら良いか、
全くわからないですもの。」
しほ「そうかなあ、、、。うみ君には是非中間になってほしい。」
うみ「でも、僕、必ず失敗するとおもうから、、、」
しほ「それがいけないのよ。もっと、もっと勉強すれば、必ず
かなうから。」
うみ「そうですか、、、。」
しほ「元気出して、ね。」
うみ「はい、、、。」

翌日。再び荒れる学校。
しほ「ほら!おしゃべりしないの!こっちを聞きなさい!」
と言っても、効果なしである。
ぜんの自宅。
しほ「もう我慢できません!私がいくら注意してもだめですも
の!」
土橋「誰も話を聞いてくれる人はいないのですから。」
ぜん「よし、それならば。」
土橋「なんでしょう?」
ぜん「こうしましょう。私たちの言うことをきかないと、どう
言うことになるのか、具体的に見せるのです。そういう子を一
人作れば、生徒たちも少しは勉強するようになるのではないで
しょうか。」
しほ「それは、誰がなるのです?そのターゲットにされた子は、
酷い被害をこうむることになりますよ。」
ぜん「いるでしょう。」
しほ「だから、誰なんですか?」
ぜん「うみです。」
しほ「なぜうみ君が?」
ぜん「ええ、彼は中間になろうという気が全くない。私は彼の
ことを初めから快く思っていませんでした。親御さんの希望で
入学を許可しましたが、進学する意思のない以上、ここで止め
をさしておくべきではないでしょうか。」
しほ「そんな、かわいそうですよ、彼が!」
ぜん「いや、かわいそうと同情するほうが間違いなのです。誰
でも同じものを目指さなければ、心の成長がはかどれません。
同じものを目指すことにより、豊かな子は下に手を差し出し、
そうでない子は、上を目指させることによって成長するのです
から。個性とか、感性とかは全く不要なんですよ。」
しほ「でも、それって、生徒の心を潰してしまうことになりか
ねませんか?」
ぜん「ええ、潰して見るのも良いでしょう。そこから立ち直る
ことだって、立派な勉強になるんですからなあ。」
土橋「ええ、やりましょう。そうしなければ、ここの国は発展
していきません。教育には厳しさも必要です。」
ぜん「では、これからはもっとよい学校にしていきましょうね。」

教室。相変わらずうるさい生徒たちの中、土橋は、机を何度も
叩いて、指導を行っている。
土橋「こっちを向け!お前らはうるしゃあ!」
やくざの女にでもなれそうなほど、汚い声だった。その中で、
又もどさっという音。
土橋「うみ!」
と、彼の襟首を掴んだ。
土橋「お前は、演技すれば通ると思うのか?これよりも、恐ろ
しいことは、これからいくらでもあるだろうよ。それなのに、
この程度で倒れていては、お前はただのごみだな!」
生徒「先生、彼のことをただのごみと言っていいんですか。」
土橋「ああ、なんぼでも言っていい。こいつは、中間になる気
はこれっぽっちもない。」
生徒「なるほど、そういうことでしたら、納得がいきます。彼
は、進学する気がないんだったら、俺たちより楽をしているこ
とになりますよね。」
生徒「なら、私たちは、彼より苦しんでいるわけですから、何
か不満があれば、彼に言えば良いのですね。」
生徒「私たちはこんなに勉強をしているのに、彼は、なにも苦
しくないわけですからね!それでは確かに不公平ですよ!」
土橋「そうそう!こいつは、勉強したことを、何かに生かす必
要がないんだから、初めから存在しなくていい人間だったのだ。
お前たちもそれを教えろ。」
生徒「わかりました!」

翌日。昨日まで崩壊しそうになっていた学級は、どこに消えて
しまったのか、、、。
生徒「先生、私質問があります。」
土橋「はい、なんでしょうか。」
生徒「そこに、書いてある漢字、何て読むのですか?」
土橋「それは、かいぎ、と読むのですよ。」
生徒「わかりました。ありがとうございます。」
教室は、聖地にでもなったかのように静かだった。おしゃべり
していたり、着丈を極度に短くする者もいない。ただ聞こえる
のは筆の音だけである。
しかし、机と椅子がなくなっていた。たった一つの。

その日、教師たちが、引き上げようとしたとき、一人の女性が
飛び込んできた。
女性「一体、どうしたら責任をとれるのです!私たちは、学校
というところは勉強をさせるところだから、行かせましたが、
代わりに殺人だけがかえってきました。この責任は、必ずとっ
てもらいます!」
土橋「なんですか、殺人なんて教えた覚えはありませんよ。」
女性「まあ、じゃあ、うちのうみが死んだことにたいして、何
もしないんですか!」
土橋「何もしない?だって私たちは、全力で指導をしてきまし
た。間違いなぞありません。」
女性「じゃあ、私の息子を返してください。あの子を取り戻し
てください!たかが教師の癖に、子供を亡くした親の気持ちな
んか、わかるはずがないですよね!」
ぜん「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って。一体うみ君の死因は
なんだったのでしょうか?」
女性「なんだったって、直接言ったはずだったんですけどね、
入学する前は、是非来てくれとあんまり言うから、私は、通わ
せるかわりに、あの子の体について、ちゃんと説明したのです
よ!それを忘れてしまったのですか!」
ぜん「なんのことでしょう。」
女性「もう忘れているのですか!うみは生まれたときから体が
悪く、何回も癪の発作を起こしているんです。教室で倒れるの
はそのせいなんですよ!」
ぜん「はあ、それは、はな先生の診断ですか?」
女性「はな先生は、かなり重度だと仰っておりました。そんな
わけですから、中間養成学校を受験するなんてとてもできませ
ん!そこのところを何とかしようとは思わなかったのですか!」
ぜん「ははは、これは大笑いですな。それは貴方が間違えたと
いうことでしょうね。癪の発作を持つ息子さんを、そのような
環境に連れて行くかって言う判断はこちらではいたしません。
そういうことは親御さんである、貴方の責任なのですよ。です
から、彼の死亡には、私どもは、関係ないことになります。お
ひきとりを!」
女性「じゃあですね、これを読んでいただけますか!これが動
かぬ証拠だと思うのですが!」
と、原稿用紙を取り出し、机の上にどしん!とおく。
土橋「なんですか、この紙の山。」
女性「とにかく読んで見なければわかりませんわ!」
土橋「はあ、タイトル、学校ごっこ。」
全員原稿に目を通す。
ぜん「はあ、つまりこれはおままごととして学校ごっこをして
いる、子供たちを描いた者ですな。でも、本来の学校というも
のはとてもこんなにはなりませんよ。こんな風に静かに耳をす
ませる事さえ、困難ですからな。」
女性「わかりました!動かぬ証拠ですね!私、この小説のとお
りに学校が動いていると思っていました。でも、その言葉でそ
うではないと、確信いたしましたわ。耳をすませる、というこ
ともできていないのなら、この小説はこんな学校であってほし
い、と、願いをこめて書いたものですね。この主人公が、昇天
する場面は、そういうことだったのですね!結論がでましたわ。」
しほは、泣きそうな気持ちをこらえていた。
女性「とにかく、ここに訴えても、先は見えないんですね。私
は、それを教訓として、他のところで生きていきますよ。あな
たたちは、優秀な中間を育てれば良いのです。それでは、私は
これで失礼いたしますね!」
と、学校を出て行ってしまう。

一方、竹族の村。村は識字率は確かにあがった。しかし生活は
まるで変わっていない。
竹の子を掘って、料理する者。
竹を用いて家を作る大工。
女性は竹で花かごを作ったり。
そして、日常品は全て金でできていた。

村の中心にある建物で、会合が行われている。
はちく「なんだか、土族の皆さんは、大変なことになっている
ようですね。」
菊子「そうそう。進学校を作ったのはいいですが、それは何も
意味がないと思うんですよね。」
大工「そんな、すなを噛む行事ではなく、竹の切り方とか、育
て方とか、そっちを教えてもらいたい。」
はちく「そうなんですよね。優秀な人がなくなっていくみたい
だし。」
大工「俺、それ聞いたことあるよ。土族の少年で、とても優秀
だったそうだけど、中間学校に行きたくないと言ったら、酷い
虐めにあって、死んだそうだ。最期には、養生所にいけたとき
だけ、幸せ、と口にしたそうだよ。」
はちく「はあ、養生所ね。そんなところに入るのが、なぜ幸せ
なのかしらね。」
大工「お父様や、お母様は悲しんでいるだろうな。俺たちもな
にかできないかな。」
はちく「よし、わかった。それでは私が代表で行ってくるわ。」
菊子「お供します!あたしも、心配だし。」
はちく「それは心強いわね。じゃあ、なるべく喜べそうなもの
を準備しておいて。」
大工「はい、わかりました!」
はちく「善は急げだわ。速めに支度をしましょう。」

翌日、はちくと菊子は、土族の村を訪問した。地下で暮してい
るひとは殆どいないが、それぞれの家はひっそりとなっている。
はちく「あの、すみません。」
返事はない。
はちくはもう一度叩く。
声「はい、何かね。」
年をとった男性の声だった。
声「はちくさんかい?」
同時にドアが開いた。
老人「ああ、久しぶりに来てくださってありがとうございます。」
菊子「かなり疲れた様子ですね。」
老人「はい。もはや私たちがなりたかった土族とは違う種族に
なってしまいました。本当に悲しいです。」
はちく「詳しくはなしをきかせてください。」
老人「話したいのはやまやまですが、ぜんさまに知られてしま
うと、」
はちく「それは他言しませんから、とにかく皆さんの間に何が
あったのか、を知りたいんですよ!」
老人「わかりました。玄関先ではいけません。では、ちょっと、
こちらにいらしてください。」
と、二人を中へ招き入れる。中は、未だに地下で暮していたの
を忘れられないらしく、竪穴住居のようなつくりをしていた。
はちく「一体ここはどうなったのです?私たちが知っている土
族とは違うような、、、。」
老人「いやいや、気がついた時には、もう、遅すぎました。子
供たちは学校の先生のおもちゃに過ぎません。しかも、幸せを
感じられるのは、他人より良い点数を取れた人だけなのです。」
菊子「はあ、それでは生きる意欲もなくすでしょう。」
老人「そうなんですよ。私たち土族は、おふたりと比べると、
確かに遅れているとはわかります。しかし、本来なら遅れてい
るとは考えなかったでしょう。私が子供の頃は、遅れていても
平気でいられたものでした。他の種族の皆さんが持っているも
のがなくてもやってこれたのです。しかし、今は、他の種族が
持っていることのまねをするばかりか、それを無理やり新しい
物に変えていこうとする。それは、くさかりの皆様が教えてく
れた、自然には勝てないから望まない、という教えには、全く
合致しておりません。もしかしたら、そういう事も忘れてしま
っているのではないでしょうか?」
菊子「誰か、力を貸してくれる人はいないのですか?」
老人「歌穂さまが、てつだってくれたなら良いのですが、当分
無理でしょう。」
菊子「あたしたちも可能な限り協力します。どうか、手伝わせ
てください。」
老人「はい、、、。私たちではどうにもできないので、力をか
してください。」
はちく「時代が変わったことはよくわかりました。私たちも、
協力いたします。」
老人「ありがとうございます。」
と、汗を拭き、一礼する。
菊子と、はちくは中間養成学校の前に到着する。
はちく「学校って、こんなに怖そうなところだったかしら。」
菊子「いや、そんなことは、、、。」
確かに、どこか恐ろしげな雰囲気もあった。建物全体に藤蔓が
這ってあり、外から覗くことはできないようになっていた。
はちく「きっと、ものすごく辛い授業が行われているのかしら
ね。」
菊子「なんだかすごく綺麗な建物だって聞いたけど、そうでも
なさそうですね。」
守衛「こら、何をしている!」
菊子「ちょっと、見学させてもらえませんかね。」
守衛「いや、それはだめだ。ここは神聖な作業をするところな
んだから。」
はちく「私でもだめですか?」
守衛「はい、ぜんさまの命令で、誰にも見せてはいけないと言
われているんですよ。」
はちく「生徒さんたちは、ここで何を?」
守衛「はい、優秀な中間になるための勉強をしています。」
菊子「じゃあ、具体的に何をしているんですか?」
守衛「それも、漏らすことはできません。」
菊子「じゃあ、守衛さんは、何をやっているのか知っています
か?ここで。」
守衛「だから、優秀な中間を、、、。」
菊子「へえ、ますます怪しいな。」
守衛「怪しい?そんなことは絶対ありませんよ!」
はちく「そういうところほど、怪しいと思うんです。あの、風
の噂で聞きましたけど、なんだか子供の自殺が急に増えたとか。
それって、外で学ぶことができないからではないですか?」
と、建物の中から、別の者が出てくる。守衛ではなさそうだ。
多分、教師だろう。
教師「はちくさま、どうしてここに?」
はちく「ええ、最近子供の死亡率が上がったと聞いたので、な
にかお手伝いをしたいなと思い、今日やってきました。」
教師「その必要はありません。私どもは私どもでしっかりやっ
ておりますので。」
はちく「そうなのでしょうか?」
教師「それはどういう意味ですかな?」
はちく「本当に、必要なことを学んでいるのですか?それであ
れば、死亡率はもっと低いと思うんですけど。文字があるから
私どもも、情報を入手できますよ。でも、決して良い情報だな
と、感心できたことは一度もないんですよ。逆にかわいそうに
見えて仕方ないんです。だから、私たちでも協力しますと、ぜ
んさまに伝えてくれませんか?」
教師「ご自身で言ったらよろしい。貴方だって、ちゃんとした
統治者だ。それくらいできるはずです。多少民族性もあるかも
しれませんが、そういうのは、人としてできなければいけない
ことを全てできるようになってから、言うのではありませんか。」
はちく「それはおかしいと思います。全てできるようになった
ら、どうするんです?できるようになったからと言って、何か
になれるわけでもないでしょう。一人一人違って良いのではあ
りませんか。私たちは少なくともそういう考えで動いておりま
す。ここは、中間を養成するところだと伺いましたが、全部が
中間になったら、患者さんは要らないことになってしまいます
よ。」
教師「ええ、そんな甘い見方では、貴方も頭がお悪うございま
すな。中間に必ずなるということはありません。大切なのは、
称号です。中間の称号さえあれば、例えば流行のペストで親を
亡くして、孤児となった子供でも、それで身を立てていけます
菊子「ちょっとまってくださいよ。称号のために勉強するんで
すか?称号なんて何にも役に立ちはしませんよ。それよりも、
どうやって生きていくかを教えるべきです。称号を持たせて、
何でもかんでも出来るんだってのは、一見、素晴らしいことの
様に見えますが、大事なことはその先じゃありませんか。」
教師「お二方は、本当にわからないのですか。良いですか、私
たち土族は、一昔前ですと、地下に穴を掘って住み、毎日の食
べ物を作るだけで精一杯の生活をしていました。それが、文字
が普及してきて、地上にも住めるようになったし、病院もでき
た。だから、食べ物を作るだけの生活から脱出したのです。し
かし、私どもは、ほかに何も技術がありません。貴方たち竹族
は、村全体が竹林であり、土を掘れば大量の金がとれる。それ
と比べたら私どもは何もないのです。竹で何か作る事も出来な
いし、金で茶碗を作る事だってできませんよね。そのために、」
菊子「だったら、私たちの村に来れば良いでしょうが。どうし
ても、必要なら私どもは教えてあげても良いのですよ。」
教師「そんな時間なんてありませんね。お二人は、生活がどん
なに恵まれているか、考え直してもらいたいですよ。私たちは、
竹もない、金もない。だから称号にすがりつくしかないのです。
お引取り願いませんか?」
はちく「そうですか。でも、それが正しいのなら、亡くなった
子供の数をもう一度、勘定してみたらいかがですか?それから、
称号にしがみついたほうがいいですよ。そうやって、密室に閉
じ込めるということは、ある意味監獄と同じような気がしてな
りません。」
教師「それは、歌穂さまも同じ事を言っておられました。もし
かしたら、歌穂さまの命令で来たのですか?」
はちく「いえ、私たちは、単に、お力になりたいと思って、こ
ちらにこさせて頂いた次第でして。私たちは、民族は違うかも
しれませんが、一応東洋の住人なのですから、、、。」
守衛「あのですね、そういう言い方は、一番腹が立ちます。恵
まれている民族に、干渉して貰いたくはないですね。私どもは、
私どもでやっていく。これで良いじゃないですか。何も交わる
必要はないのですよ。私たちは私たちでやっていく、これで良
いのです。」
はちく「でも、やっぱり、犠牲になるのは、、、。」
教師「はちくさま!これ以上邪魔しないで下さい!貴方はそう
やって、他民族と簡単に手を繋ごうとしますが、それは、本当
私たちのことを思ってやっているわけではございますまい。本
当は、他民族を助けたことにより、自分が偉いと夢想している
だけなんです。そんなエゴ、本当にやめていただきたいんです
よね。」
はちく「私はエゴなどと、、、。」
菊子「もう、良いにしましょう。はちくさま。私たちは、無力
なんです。この人たちは私たちの助けがほしくないんですよ。
だから、もう、放置しておきましょう。」
はちく「しかし、足りない物を補うのは、東洋の住人として当
たり前だと、私は思うのですが。」
教師「増田歌穂の話はしたくありませんね!あの男こそ、本当
の偽善者なのです。」
はちく「歌穂さまはそんな方ではございませんわ!」
教師「さあねえ、どうですかねえ。」
菊子「もういいですよ!帰りましょう。はちくさま。」
教師「二度と来ないで下さいね。おい、塩を持ってきて。」
守衛がどこからか塩の入った袋を持ってきて、彼女たちにぶち
まけた。二人は慄然とした顔で、村を出て行った。

数日後。
菊子「はちくさま。手紙が届きました。」
と、はちくの家に飛び込み、手紙を手渡す。
はちく「ぜんさまからだわ。」
と、封を切って読んでみる。みるみるうちに涙が出てくる。
菊子「どうしたのですか?」
はちく「もう、竹族の者は、土族の村に入らないようにと。」
菊子「予想はしていたのですが、それにしても酷い話だわ。」
はちく「そうね。恐ろしいことに、ならないと良いけど。」
菊子「一体、どうしてここは、いつの間にか変になってし
まったのでしょうか。」
はちく「ええ。私たちは、元々は同じ形なのにね。」
菊子「なぜか、平等にはできないんですね。私たち。」

第十章 もう一つの民族

第十章 もうひとつの民族

朝、土族の村。いつもどおり生徒たちは学校へ通っている。
そして教師たちは、生徒を統制することができずに、授業
を続けるのである。
そのころ、
ぜん「又退学ですか。」
生徒「はい。ここは理想郷ではないから、勉強する意欲も
失くしてしまいました。もう、ここにはもどりたくありま
せん。短い間でしたけど、ありがとうございました。」
そういって、生徒はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
土橋「又、失くしましたね。このところ、優秀な生徒ほど
やめてしまいますね。」
そう、中間養成学校では、退学者が続出していた。
土橋「彼女たちはどうしているのでしょう?」
ぜん「二度と戻ってこないな。親が反対して、戻ってくる
こともあったが、最近は全然戻ってこない。」
土橋「どうしているのでしょう?」
ぜん「まあ、多分きっと、就職先が見つからなくて、後悔
しているさ。」
土橋「そうですよね、きっと大丈夫ですね。」
と、そこへガラリとドアが開く。
歌穂「今の話、しっかりとお伺いしました。動かぬ証拠で
すね。誰かに報告させれば必ず捏造されますから、私自ら
ここへ来させてもらいました。ぜんさま、退学者を一人も
出さないといっていたのは、偽りだったのですね!」
土橋「歌穂さまこそ、なんのためにここへ!」
歌穂「ええ、永族の者からの報告です。」
ぜん「なぜやつらが歌穂さまに従ったのですか!」
歌穂「ええ、彼らのもとに、生徒さんたちが逃げてくるの
だそうです。彼らの生活を体験して、立ち直るきっかけが
得られ、生徒さんたちは、又親元へ戻っています。」
ぜん「歌穂さま、彼らの統治は、私たちでも成功できませ
んでした。そのようなやつらがなぜ、歌穂さまに味方をし
たのですか!」
歌穂「ご自身でお考えになったらどうです?」
ぜん「ど、どういうことだ、、、!税金は出さない、学校
にも行かない、働きもしないやつらが、なぜ歌穂さまに!」
歌穂「ええ、苦情だけは出すことができますからね、彼ら
にも!つまりこうです。彼らは、私たちのもとにやってき
て、傷ついた土族の若者が、こちらにたくさん来ているの
で、何とかしてやってほしい、と、申し入れたのです。彼
らの援助で、立ち直った若者も多いようですよ。」
ぜん「信じられませんね!歌穂さま、熱でもおありになる
のではないですか?それに、永族の者にどうして人助けが
できるのです?彼らは人助けどころか、自分をコントロー
ルする事だってできないんですよ!だからこそ収容所で安
全に暮しているのではないですか!そのような民族に人助
けなどできるわけないでしょう!」
歌穂「そうでしょうかね。逆に変な先入観をもたれると、
永族の方は、非常にこまるようですよ!」
ぜん「いいえ、絶対にありません。そんなこと!」
歌穂「だったら永族の村に行ってみてください。このこと
は、殆どのものに伝わっているはずです。彼らは、社会的
には何もできない人たちです。しかし、他人を思いやる気
持ちは倍以上あるでしょう。そのような民族ですから、嘘
をつくことはしません。さらに、生徒や子供が教師の指導
後に自殺する事も、珍しくなくなっているそうですね。そ
のような教育機関は、無意味と言わざるを得ません。その
ようなことから、今日で、教育機関として廃止させていた
だきます。よろしいですね!」
土橋「ちょっと待ってください、いきなり廃業とされては、
ここを職場としている教師たちや生徒たちはどうしたら良
いのですか!私どもは、それのお陰で生活をしているので
すから!」
歌穂「答えは、すぐにわかるのではありませんか?もう、
知っているはずですよ、子供たちは。そして、ぜんさまに
も、責任を取ってもらいます。このような失敗は、酋長と
して相応しい者ではありません。ですから、貴方の称号を、
失効といたします。」
ぜん「し、失効、ですか!歌穂さま、何でもやり直します
ので、どうかそれだけはお見知りおきを!」
歌穂「何人の若い者が命を落としているのでしょうか?そ
の数を数えれば、貴方の罪の重さは半端ではありません。
傷つくのは、その若者たちだけではありません。彼らを支
えてきたご家族、親戚、友人、それらの人たちが皆、悲し
むのです。それらの原因を作ったのは、学校制度を作って
しまった、貴方達であることを忘れていなければ、もっと
世の中がきちんとしていたでしょう。」
ぜん「はい、それは重々わかっております。そのために償
うのならなんでもします!ですから、学校を潰さないで下
さい。お願いいたします!」
歌穂「いいえ、貴方は生きていても、自殺した生徒さんは
帰ってくることはありません。その原因をつくったのです
から、何らかの形で、片付けなければ!それから逃げてし
まうなんて、言語道断ですよ!もし、わからないのであれ
ば、なくなった生徒さんたちの人数をもう一度数えてみて
はどうですか!」
ぜん「わかりました。私どもで家庭訪問に行きます。生徒
の親御さんにも謝罪します、お願いですから、称号だけは、
残しておいてくれませんか!きっと、この村を住みやすい
村にして差し上げますから!どうかお願いします!潰さな
いで下さい!」
歌穂「統治者は私です!」
ぜん「ああ、、、ああ、、、。」
土橋「わかりました、、、。私もチカの国の人間として、
行き過ぎたことをしていたかもしれません。歌穂さま、お
恥ずかしい限りです。私は、国へ帰り、もう一度教育の勉
学に励みます。本当に申し訳ありませんでした。」
と、深々と頭を下げる。
歌穂「それをわかっていただけるのなら、教育についても
ういちど、考え直してください。土族の統治は、暫定政権
として、はちくさまにお願いしておきました。」
ぜん「そ、そうなんですか、、、。」
歌穂「ええ。同じ民族では同じ失敗を繰り返してはならな
いと思い、彼女にお願いをいたしました。彼女もその提案
に賛成しております。まもなく、ここを彼女たちに明け渡
すことになるでしょう。」
ぜん「わああ、、、。」
歌穂「後悔しても、もう遅いのです。貴方は、統治者とし
て、やってはいけないことをやってしまった。その責任は
果たしてもらわなければ。」
ぜん「はい、、、。では、私はもう、、、。」
歌穂「ええ、ここから永久追放を申し付けます。」
ぜん「わかりました、、、。」
歌穂「これ以上、村の人を虐めてはなりませんよ。明日、
この学校の取り壊しを開始いたします。敢えて、極刑には
いたしません。死ねば、逃げるということになるからです。
一度、くさかりに戻りますが、明日、又参りますので、そ
れまでに償いを考えておくように。」
と、言い、部屋を出て行く。
ぜん「わあああああ!」
と、頭を机にぶつけようとするが、
土橋「待って!」
と、彼を止める。
ぜん「もう、そのつもりではなかったのに、、、。」
土橋「ええ、わかっているわ、その位。だから、一緒に逃
げるの!急いで支度をして!大丈夫!」
ぜん「逃げる?」
土橋「きっと私たち、明日磔よ。そんなのいやでしょ?生
きたいでしょ?だから、逃げるの!」
ぜん「逃げてどうするんだ、、、。」
土橋「チカの国に来て!そして、名前を変えて生活するの。
それができるようになったら、あの、永族の村を壊滅させ
るのよ。きっと、永族は今、歌穂が治めているんだわ。彼
らの、頭は良くても働かないところを利用して、それを歌
穂の責任として歌穂を殺害し、そうすれば貴方だって、歌
穂と同じような統治者になれるわよ!」
ぜん「そんなこと、できるか。」
土橋「いいえ、できるわ。私に捕まって。私が教えるから。
チカの国では、平気でやっている事なのよ。だって私、貴
方が好きだから!」
ぜん「ほんとか、ほんとに俺がすきか?」
土橋「嘘はないわ。ほんとよ。だから、貴方が百姓として
生活するのを見ていられないの。そのために頑張って!」
そういって、ぜんの首に両腕を回した。
ドカ、と、重い音と一緒に、二つの重なった体。二人はず
っと離れようとしなかった。これ以上一緒ではいられない
程まで、、、。
夜、水を飲みにやってきた永族の男性が、塀の外で何か音
がすることに気がついた。永族の住居は、外部へ出られな
いように塀で囲まれるのが常識だ。そこに住んでいる、永
族の人々は、その塀の外で起きている音を聞くのを楽しむ
くらいしか娯楽用品がないので、大変耳聡い特徴があった。
彼は、その音を聞いて、あることが起こったのだと、直感
的に感じた。彼は、
男性「万歳!」
と、高らかに呼応した。満月が、それに答えて、エールで
も出してくれるように見えた。

翌日、歌穂たちが、中間養成学校取り壊しの儀式を行うた
めに、村にやってきた。土橋とぜんの姿はどこにもなかっ
たが、歌穂たちは取り壊しを敢行した。多くの見物客が訪
れ、おかしな教育の終幕を、あるものは笑い、あるものは
泣いて、いつまでもそれを見ていた。

第十一章 第四の種族

第十一章 第四の種族

チカの国。四角い鉄筋の建物が建ち並び、あちらこちらに
漢字と平仮名で書かれた看板。着るものは着物に近いが、
上下で別れているようになっている。
道路は、全てコンクリートで固められ、畑もなにもなく、
四つの車輪をつけて、馬に引っ張らせる、馬車というもの
で移動している。東洋では全く見られない光景である。
その中の一角に、小さな鉄筋の集合住宅があった。この住
宅は、一見すると村のように見えるが、隣に誰が住んでい
るのかわからない、わかる必要のない村だった。
その4階にある、409と書かれた部屋のドアが開いた。
声「帰ってきたわ。」
と、言いながら、土橋が部屋に入った。部屋が二つと、食
事をするテーブルしかない本当に狭い家だった。
ぜん「お帰り。」
と、布団の上に座った。
土橋「気分はどう?」
ぜん「まあ、だるいな。」
土橋「それでも良いわ。ご飯買ってきた。食べる?」
ぜん「ご飯?」
土橋は、購入した弁当を開けて、
土橋「こういうものよ。」
と、見せてやった。
ぜん「はあ、どんな味がするんだ?向こうにいたときはす
いとんばかり食べていたから。」
土橋「そんなまずい食べ物はとっくに忘れましょう。ここ
のご飯の方がよほど良いわ。それに、二度とあそこへ戻る
ことはなくなるかもしれないわ。」
ぜん「なくなる?」
土橋「今、私、立夏さまにお願いしているの。あそこを何
とかして、チカの一部にしたいと。」
ぜん「一部?」
土橋「ええ。だって、ここに住んでみて、医療だって絶対
こっちのほうが良いと思わない?ここだったら、ペストな
んか、すぐ直せるわ。」
ぜん「でも、いつまでも辛いままだよ。」
土橋「大丈夫!ここだったら絶対になおるから。あそこで
は、鬱が発生したら、人口の八割は死ぬわ。」
ぜん「本当にそうなのか?」
土橋「そうよ!だから頑張って!慣れるまで大変だろうけ
ど、いつでもそばにいるわ。」
ぜん「本当か、そんなにここは良いのか?」
土橋「そうよ。なんなら私、明日旅行に行ってくる。東洋
が、今頃どうなっているか確かめてくるわ。きっと、滅茶
苦茶になっていると思うわよ、土族は。だからここの方が
ずっと良いって、貴方にわからせてあげるから。」
ぜん「本当にそうなるんだな。こっちに来て、後悔しない
だろうな!」
土橋「ええ。そして、貴方の病気だって、こっちでは必ず
治るから!」
ぜん「そうか。なら、答えを楽しみに待っている。では、
脱げ!」
土橋「ええ!」

翌日。土橋は、馬車に乗って、東洋まで行ってみた。馬車
あるので、何倍のスピードで到着したが、入り口の老人に
馬車を預けなければならなかった。
土橋は、苦虫を噛み潰して、くさかりの町に入った。しか
し、驚いたことに、鉄筋というものはなくとも、建物も、
国会も、まだ健在だった。街には様々な民族が行き来して、
様々なものが物々交換で売買されていた。そして、日用品
は殆ど金でできていた。
土橋「恐ろしい!なぜ!」
思わず叫んでしまった。
土橋「なぜ、あれだけの代損害をこうむっても、この国は
健在なの!」
と、一つの家のドアが開き、
男性「ちょっとあんた、あんまり大きい声を出さないでお
くれよ。俺たちは静かな生活が一番良いんだからさ。」
その言葉に、土橋はXXXという感情を覚えた。静かな生
活、まさしくこの町は静かだ。しかし、そのような生活で
満足しているのなら、こんなに日用品を金で作る必要はあ
るのだろうか?
土橋「あの、すみませんが、ここの国政は、いまどうなっ
ているのでしょうか?」
男性「どうなっているって?何も変わらないよ。表面的に
はね。でも、可哀相な若者が一気に増えちまった。」
土橋「可哀相な若者?」
男性「ああ。土族の中間養成学校がつぶれたのは知ってい
る?それで、既に中間になったものや、それを目指してい
る者が、一気に根無し草になってしまって。」
土橋「どうなりました?」
男性「それを解決するための商売が流行ってる。」
土橋「どんな?」
男性「俺たちは使ったことないから、わからない。土族に
聞いてみな。」
土橋「わかりました。教えてくれてありがとうございます。」
と、一礼して、土族の村へ向かう。

土族の村。
ところどころに竹族も暮しているらしく、竹でできた家が
見られた。土の中の家は全く見られなかった。
と、そこへ一人の女性が竹の家を出てきた。土橋ははっと
した。彼女は、これまでの種族には見られない容姿をして
いたからだ。
土橋「あの、すみません。貴方は、、、。」
と、彼女も土橋のことを誰だかわかったらしい。
女性「なんですか?」
土橋「も、もしかしたら永族の?」
女性「よくわかりましたね。私たちは、貴方のような人に
は、ここに来てもらいたくありません。」
土橋「だって、あなた方は、こちらに来る手段もないでし
ょうに、、、。」
女性「歩くことはできますから。一体何の用なんです?早
く村に帰らないと、、、。」
土橋「そうですよね。あの、そちらを訪問してもよろしい
ですか?」
女性「ええ、良いですが、私では決定権はありません。あ
かりさまの許可を貰わないと、、、。」
土橋「あかり?誰なのですか?」
女性「ええ、わたしどもをまとめて下さっている、代表の
方です。」
土橋「ええー!それでは、永族にも君主が?」
女性「そうは呼びませんが、私どもも、団結したほうがい
いと、命令が出ましたので、そうしているのです。それを
承諾したのがあかりさまなのです。なので、私たちは、彼
女を尊敬しています。」
土橋「では、もう、一つの民族のようになっていると?」
女性「ええ。第四の種族、です。」
土橋「では、その第四の種族の生活ぶりを拝見させてくだ
さい。私は何も悪いことはいたしませんので。」
女性「わかりました。一緒に来て下さい。多分、ここから
もどってくると、何時間もかかってしまいますから。」
と、森の中へ入っていく。土橋も後をついていった。とこ
ろどころに倒木があったりして、非常に苦労したが、急に
開けた土地へ出た。永族の村だった。
土橋「あれ、あなた方は、洞窟に住んでいたのでは、、、。」
女性「こちらです。」
と、一軒のバラックのような家に彼女を招きいれた。
女性「正輝さま、お客様が見えました。」
名を呼ばれた男性は、確かに土橋が定義していた永族の容
姿、つまり、四尺程度の身長と、白い肌に黒く長い髪をし
ているのは確かだが、その着物はどう見ても、漢族が着て
いる柄と同じなのである。漢族の子供のようだった。
正輝「ようこそ。」
身長こそ確かに低いが、貫禄は十分にあった。
あかり「うちへお帰りなさい。お客様の相手は私がします。」
女性「はい、わかりました。」
と、部屋を出て行った。
正輝「いったい、どういう用事でこちらへ?」
土橋「そのまえに、どうしてあなた方がこのような暮らし
をするようになったのです?貴方がたは、税金も払わない、
働きもしない、それなのに自分の世界だけを追い求めてい
る、酷い種族だと伺っております。そんなあなた方が、な
ぜ、家を立て、着物を身につけ、このような暮らしを始め
ることができたのですか?」
正輝「はい、土族の支配が終わったからです。」
土橋「おわった?どういうことですか?」
正輝「ぜんさまが、脱走されたあと、私たちは、歌穂さ
まの、所有地になりました。竹族の方もいらしてくれて、
私たちはやっと、家を建てることを許されたのです。」
土橋「税金を払わないのに、ですか?」
正輝「いいえ、私たちも、仕事が与えられました。なの
で、色いろな民族の方を訪問しております。」
土橋「しかし、もともと働けない民族であるのに、何の仕
事を与えられたのですか?」
正輝「傾聴ですよ。当初は、漢族の皆様がやっておられ
ましたが、人数が足りなすぎるそうで、私たちに依頼が来
たのです。」
土橋「そ、そうですか。でも、要請したのは誰なのです?」
正輝「歌穂さまです。自ら懇願されたので、私は引き受
けました。」
土橋「は、はあ、、、でも、あなた方はその技術をどこで
得たのですか?」
正輝「漢族から先生方が来てくれて、教えてくださった
のです。」
土橋「なるほど、、、。確かに永族は、正確な答えを書く
ことは、心が合致しなければできないが、そうではない場
合は、すぐに覚えられると、聞きましたが、本当なんです
ね。」
正輝「ええ。特に土族の皆様は多大な悩みを抱えている
ことが多いので、御自力で解決するのが難しいのです。と
くに、子供から大人になろうとしている方が、一番かわい
そうですよ。病院が発展するのは良いことだとは思います
が、寿命が伸びたことで、お年寄りが若い人の居場所を徐
々に奪ってきていると思うんですね。」
土橋「ははあ、、、。しかし、今まで被差別民とされてき
た方に、そのようなことをさせるのは、歌穂さまも、どう
かと、、、。」
正輝「いいえ、そのほうがらくだと聞くことが多いです。
なぜなら、私たちは土族の皆様の事情を全くしりません。
しかし、他の種族の皆様は、多かれ少なかれ事情を知って
います。傾聴という仕事は、自身の感情移入をしてはいけ
ません。ですから、何も知らない私たちのほうが、有利な
のだと、歌穂さまは仰っていました。」
土橋「しかし、何も教育も受けていない民族が、そうやっ
てなぜ援助できるのでしょう?あなた方は、一般的な、農
業や、商業や、工業に至るまで、殆どできない種族とされ
ているのに、」
正輝「ええ、確かにその疑問を持たれて当然です。確か
に私たちの先祖は、適応できない民族として文献にもとり
あげられてきました。しかし、どこかに所属できないほど、
悲しいことはございません。職のない私たちは、大変な偏
見のため、このような便の悪い土地に住まわされ、被差別
民とされてまいりました。歌穂さまは、その歴史を知って、
私たちに仕事を依頼してくださったのです。それに、私た
ちは、これ以上嬉しいことはありませんから、それができ
れば、もう、贅沢はいたしません。これからも、野草を食
べる生活です。」
土橋「そうですか、、、。もう、何もいえません。」
と、僻みっぽく言って、
土橋「お暇します。」
と、さっさと出て行ってしまった。

くさかりの町では、相変わらず取引が行われていたが、何
人か、四尺程度の人とすれ違った。その中には男性も女性
もいた。土橋は、さっさと馬車に乗り込み、門番に挨拶も
せず、出て行こうとした。
声「あの、これわすれものです。」
ある女性の声がした。土橋は、馬車をとめて振り向くと、
愛子がいた。
愛子「私も、一緒に行かせてもらえませんか?」
土橋「貴方、前に見かけたことある!どうしたの!」
愛子「ここにいると、私が住んでいたところと違いすぎて、
もう、嫌なんです。」
土橋「そう、なら、提案があるんだけど。」
愛子「なんでしょう?」
土橋「私の従者におなりでない?考えていることがあるの
よ。」

数分後、乾いた馬車の音が、風で消えていった。

第十二章 爆撃

第十二章 爆撃

土橋の家。うつがいつまでも治らないぜん。そこへ、土橋が
帰ってくる。
愛子「ぜんさまは、今、こちらに、、、。」
土橋「そうなのよ。」
愛子「あ、これはこれは、申し訳ありません。キチンとご挨
拶しなければ。」
と、頭を下げる。
ぜん「いやいやその必要はありませんよ。私たちはもう、た
だの人間ですからな。」
愛子「お体でも悪いのですか?」
ぜん「はあ、うつ病というものにかかってしまいましてね。」
愛子「うつ病!それっではお辛いでしょう。」
ぜん「はい。体は医者に見せても何も異常はないのに、頭が
痛かったり、体がだるかったり、、、。全く、何になったの
ですかな。」
土橋「チカの国には風土病みたいなものよ。東洋ではペスト
だけど。」
ぜん「いやいや、ペストより辛いかもしれません。一時は、
死ぬのではないかと不安を持った事もありましたし。」
土橋「だからこそ、私たちは、東洋を味方にしたいのです。
こんな風土病ではいつまでも国が発展しないわ。それでは、
いくらなんでも不便ですもの。」
愛子「そうですね。私自身、東洋にいたとしても、何も意味
のないきがしますし。」
土橋「そっちの状況を教えてよ。」
愛子「そっちって、もう滅茶苦茶です。一見、平和に見える
けど、、、。」
土橋「なるほど。じゃあ、明日、私と一緒に来てくれるかし
ら。」
愛子「どこへですか?」
土橋「立夏様のところ。」
愛子「わかりました。」

翌日。
二人は、超高級な馬車に乗り、チカの国の王、立夏が居住し
ている城へやってくる。入り口で守衛に何も詰問されること
はなく、二人はすぐに通された。
長い廊下を通って、客間に案内されると、きらびやかな色打
ちかけを身に着けた、いかにも、最高君主に見える女性、立
夏がそこに居た。
土橋「立夏様。」
二人は、赤い絨毯の敷かれた床に、座って座礼した。赤い色
打ちかけに、白い角隠しをつけた立夏は、歌穂に比べると大
変豪華で、「王」、と名乗るのに相応しい人物のように見え
た。
立夏「何の用で参った?」
土橋「はい、東洋の国から商人を一人連れて参りました。こ
のもののはなしを聞けば、我らの攻撃も可能になるのかもし
れません。」
立夏「そうか。では、話してみろ。」
言葉は強かったが、表情は決して、怖そうには見えなかった。
愛子は、王とはこういう人なのだ、と、感じ取り、
愛子「わかりました。お話しますので、何を聞きたいのか、
時折、ご質問をお願いします。私の、一人語りとなってしま
わないように。」
立夏「わかった、聞こう。」
愛子「はい。事実上、平和ではあります。大きな戦争がある
わけでもありません。しかし、国民は疲弊しているのは確か
でしょう。土族は学校の消滅したことにより、自殺する若者
が絶えず、竹族の下に襲撃する事もございます。それを阻止
するために、きわめて背の低い、永族が土族の家に訪問して
彼らの話を傾聴する、という傾向があるようです。」
立夏「土族が、竹族の家を襲撃?」
愛子「はい。これまで、そのようなことは全くありませんで
したが、土族は、それまで以上に不幸な生活になったのを、
誰のせいにもできないのです。上からの命令で、学校がつぶ
れた事による、被害者は誰なのか、わかっていないのです。
だって、そうでしょう。学校に行けば何でも手に入ると教え
て、それに通うことが楽しみになってきたというのに、その
矢先で取り潰しですから。」
立夏「取り潰しにした理由は?」
愛子「ええ、私たちは、土族に文字を教えてきました。そし
て、学制が敷かれ、学校に行くようになりましたけど、学校
が不正をするようになったのです。例えば虐めがあった時、
すぐに隠すことを繰り返して、何も対策をとらなかったので
す。」
立夏「歌穂はそれを発見したのか、それとも、見逃していた
か?」
愛子「ええ、私たちは他言するなと言われましたが、あの方
は、すぐに見抜いてしまいました。そして、隠し通していた
ことは全て公にさせ、その罰として学校をお取りつぶしにな
ったのです。」
立夏「では、もう、文字の教育は行われていないということ
か?」
愛子「いえ、竹族の者が引き継ぎました。それゆえに竹族が
襲撃されるようになったのです。」
立夏「そもそも、土族に学制が敷かれたのは?」
愛子「ええ、ペストの汚染があまりにも酷いからでした。現
在、ペストによる死亡者は、はな医師が発明した新薬によっ
て、かなり減りました。しかしそのせいで、逆に問題が浮上
するようになったのです。」
立夏「問題とは?」
愛子「ええ、つまり、若い者が育たないということです。土
族は、幼いころペストで親を亡くし、片親家庭だったり、孤
児として施設で育てられたりした子がとても多かったのです
が、」
立夏「それがどうしたのだ?」
愛子「ええ。何でもないことに見えますが、多くの大人たち
が、子供がひとり立ちを考え始める年まで、生存するように
なったから、子供の進路に手を出していき、子供がその重み
引っ張られて自殺することが、後をたたないのです。なので、
竹族を襲撃するのは、大人であることが多いのです。」
立夏「そのようなものたちの、処分は?」
愛子「どんなことでさえ、歌穂は聞き入れません。事情があ
ったとしても、人をあやめるのは悪事だと言い張って、斬首
させたり、懲役をさせたり。」
立夏「なるほど、、、。金はまだ取れるのか?」
愛子「はい。どういうわけか、竹と金だけは時代に合わずに
大量に取れます。」
立夏「では今でも、金属加工はされていると?」
愛子「はい。それでしか、日常的に使うものはありません。」
立夏「つまり、今でも全てのものは金でできているというこ
とか。」
愛子「ええ。というより、それ以外の金属は見たことはあり
ません。」
立夏「よく話してくれた。この城に住む部屋を与えてやる。
土橋、この女性を連れてきたことへの恩賞を与える。」
土橋「ありがたき幸せにござります。」
と、再び頭を下げる。
立夏「土橋、この女性を鉄工所へ連れて行け。」
土橋「わかりました。」
立夏「では、行ってこい。」
土橋「はい。」
小間使いが、ドアを開け、二人は客間を出る。そして用意さ
れて居た馬車で、山奥の鉄工所へ向かう。
鉄工所は、なぜか雰囲気は暗かった。
愛子「い、一体何を作っているのですか?」
土橋は答えない。
愛子「これって、、、。」
そこにあるのは硝子瓶である。その内容物は透明で、一見す
ると水に見えるが、な、に、か、違うのである。
愛子「ば、、、。」
土橋「何!」
その表情が恐ろしく、愛子は続きを言うことはできなかった。

翌日。
その日は、チカの国では休日だったから、誰もが思い思いの
ことをしていた。畑仕事をしたり、掃除をしたり、編み物を
したり、、、。平和、といって相応しい一日だった。
その夜だった。
くさかりの町に、突然聞いたことのない音が鳴り響いた。
そして、一瞬のうちに、町は火の海になり、どんなに急いで
逃げても炎に捕まって人が倒れ、さらにそれに続いて逃げる
人もそれに躓いて転び、そこへ炎は容赦なく襲い掛かり、人、
人、人が重なって小山のよう、、、。
菊子は、歌穂の手をひっぱって、町を走った。火が恐ろしい
勢いで追いかけてくる。倒れた木や、家で道になっていない
ところを駆け抜け、池をざぶざぶとわたり、時に火の中へと
びこんで、町を走った。
もはや、どこを走っているのかわからなかった。あちらこち
らで人の鳴き声、叫び声が上がり、菊子は死体に躓いて転ぶ
ところであったが、ぐっと手を伸ばして、歌穂が助けてくれ
た。
二人は小さな道にたどり着いた。火は、もう追いかけてはこ
なかった。菊子は、崩壊した塔のように座り込んだ。
菊子「ああ、歌穂さま。本当に、、、。」
歌穂は、両手で顔を覆い、声を出すことなくすすり泣いた。
菊子「怖い思いをしましたね、、、。」
歌穂は動こうとしなかった。
菊子「歌穂さま、ここにいつまでもいたら、また爆撃される
かもしれません。空爆は、いつくるかわかりませんから。は
やく逃げましょう!」
と、話しかけたが、いつまでも泣きはらうのであった。
菊子「歌穂さま、歌穂さま、しっかりしてください!」
歌穂「私の責任です。」
菊子「そんなわけないですよ!勝手に爆撃されただけなんで
すから、こっちも仕返しすればいいだけの話です!」
歌穂「そんなことできません!」
菊子「何でですか、勝手な都合で勝手に爆撃されるなんて、
不条理にもほどがございます、すぐに報復をしなければ!」
歌穂「いえ、そんなことはできませんよ!それをしたらさら
に爆撃が続きます。それに、ここにはチカの国と相応するも
のがないのです。文字もない、鉄もない、車輪もないところ
ですから、、、。」
菊子「て、鉄がないの!?」
歌穂「はい。私が若いころ読んだ書物に書かれていたのです
が、、、。」
菊子「何ですか、あれだけたくさんの金がとれるのに?」
歌穂「ええ。先代たちが、調査をしたそうですが、鉄どころ
か青銅さえも、まったくないのです。」
菊子「じゃあ、爆弾ですよ!爆弾を作って、報復しましょう。
こんな勝手に爆撃されては、いい迷惑だって、教えなければ。」
歌穂「菊子さんは戦争を知らないから言えるのですね。そう
したら、犠牲になるのは私達ではありません。争う人はそれ
阻止するために戦いをすると説きますが、それは大間違いな
のですよ!」
菊子「そんなこと、、、。」
歌穂「だからこそ、私がもっと気を付けていれば。そうでな
ければ私は、統治者の資格がありません。」
と、そのとき、ごそごそと誰かが歩いてくる音がした。
声「それは違います。」
菊子「違うって何が!」
現れたのは、身長が120センチ、四尺程度の小さい人だっ
った。年齢はおそらく50代だろう。髪は白髪が混じってい
た。口調から、男性であった。
菊子「誰ですか?小人でもいるのかしら。」
男性「まあ、そう見えますかな。私、永族の首領なんです。
名を正輝と申します。まさは正しい、てるは輝く。」
菊子「漢字を書けるの?」
正輝「ええ。私たちのほとんどは、漢字を読み書きできます
よ。それより、歌穂さま、」
歌穂も、正輝のほうを向く。
正輝「こちらに逃げてください。私たちの村は全く爆撃され
ておりません。歌穂さまは、決して、失格ではございません
よ。菊子先生も一緒にいらしてください。心を込めて、おも
てなしいたします。」
菊子「どうして爆撃をされなかったのですか?」
正輝「ええ、私たちは、必要のない民族ですからな。たぶん、
爆撃をしなくても服従するとでも思っているのではないです
かね。」
菊子「わかりました。じゃあ、一緒にいきます。」
正輝「こちらです。」
二人は、ほぼ千鳥足で、正輝についていった。すこし歩くと、
小さな家が立ち並ぶ集落についた。いたるところに洋ランが
植えられていて、まるで植物園のようである。所々から水が
流れる音、竹の音が聞こえてくるが、それは鹿威しを使って
いるのだろう。村の中心には小さな池があり、正輝くらいの
身長であれば、沈まないだろうと思われる、オオオニバスが
花を咲かせていた。
正輝「こちらへどうぞ。」
と、二人は小さな建物へ通された。建物は竹でできているこ
とは確かだが、竹族のような地味なものではなく、外壁には
花の絵が描かれていた。中には、数人の女性たちがいて、二
人に向かって一礼した。
菊子「何ですか、ここは、、、。」
正輝「ええ、客をもてなすためのものです。と、いっても、
土族の方ばかりでしたけど。ここは、かつて、土族の配下に
ありましたので、、、。」
と、言い、二人は広間に通された。六畳ほどの狭い部屋だっ
たが、掃除も行き届いていて、草のにおいがした。
正輝「こちらに座ってください。歌穂さま。」
と、正輝は座布団を用意させ、そこに座らせた。
正輝「おい、みんな、何かしてやってくれ。二人ともひどく
傷ついているから、何とかして癒してあげられるように。」
と、女性たちが何人か入ってきて、日本の箏のような楽器を
弾き始めた。その演奏は、音程もリズムも性格で美しく、だ
れでもできてしまうようなものではない、高度な技術を有し
た。
菊子「あの、、、すみません、、、。」
正輝「はい、何でしょう?」
菊子「ここのひとたちは、みんな、永族なんですか?」
正輝「そうですよ。」
菊子「税金を払っていないのですか?」
正輝「はい。ここの八割は、外へ出て働くことができない種
族なのです。土族の方がここを統治していましたが、私たち
はそれに合致できませんで、このような便の悪い場所に住ま
わされ、食料が得にくいことから、身長こそ小さくなりまし
たが、私たち自身は悪い民族だとは思っておりません。土族
には散々馬鹿にされてきましたが、歌穂さまが、私どもに仕
事をくださって、私たちはやっと自信を取り戻したのですか
ら。」
菊子「そうなんですか、、、。」
正輝「はい。土族のやっている政策や、教育などについてい
くことはできませんが、今、ああやっているように、音楽が
好きなのです。何よりも。それは何かを生み出すような効果
があるわけでもないので、土族からは、馬鹿にされましたが、
私たちは、それがなければ生きていけないのですよ。」
彼女たちが奏でている音楽は、バロック音楽のような、複数
の旋律で構成されてはいるが、和声的には不協和音も度々見
られる。しかし、何か美しいものがあるのだ。
歌穂は黙ったまま、その音楽に聞き入っていた。
菊子「歌穂さま、大丈夫ですか?」
正輝「いえいえ。こういう時にはご自身で回復するのを待つ
ほうがいい。そのためにはなんぼでも待つ、ということも大
切です。」
菊子「でも、時間がかかりすぎたら。」
正輝「いえいえ、それは他人が決めることはできませんよ。
でも、そのために手伝うことが必要になったら、私たちは
喜んでお手伝いいたします。だから、本人が立ち上がるのを
待ちましょう。」
菊子「わ、わかりました、、、。」
正輝「お互いによく、休んでください。そして、乗り越えて
生きましょうね。」
菊子「はい、、、。」

どこかで鶏が鳴いた。太陽がくさかりの街を映し出し、土族
、竹族、さらに永族の村も、、、。村は、山のように重なっ
た死体、そして、炎に燃やされて炭になってしまった竹林だ
けだった。永族の村だけが、いつも通りに動いていた。


暫くすると、チカの国の兵隊たちがやってきた。道をふさい
でいる死体を川に投げ込むなどして処分し、竹族の村にやっ
てきて、あらゆるところを堀りはじめた。
ところが。
兵隊「一体どうしたのだろう?」
兵隊「金なんか、どこにもないじゃないか。」
兵隊「ここは、日用品までみんな、金でできていると聞いた
けど、、、。」
兵隊「おかしいなあ、、、。」
そこへ隊長がやってきて
隊長「どうしたんだ?」
兵隊「いや、それが、金というものがまったくとれないんで
すよ。何でですかね。」
隊長「そっちもか。他の者もそういっている。」
兵隊「本当にここは、黄金のとれるところなんですか、隊長。
第一、ここは竹ばっかりで、大きな町を作る余裕なんてない
と思いますよ。」
隊長「しかし、立夏様は、ここには大きな町があり、日用品
は全て金だと、、、。」
兵隊「ほんとかな。そんなもの。第一、ここは焼け野原で、
建物も何もありませんよ。こんな焼け野原に何がありますか。
何もないじゃありませんか!」
隊長「嫌なら、立夏様に文句を言え。わしにも理由がわから
ない。」
兵隊「はあ、隊長も頼りないですなあ。」
隊長「まあ、、、。」
結局彼らは何も取らずに帰っていった。

第十三章 征服者たち

第十三章 征服者たち

東洋を空爆してから三日経った。立夏は、ついに目的を達成
したと、喜びに勇んだ。
ぜん「女王陛下、無事作戦は成功したのですが、、、。」
立夏「申すのなら早く申せ。一体何?」
ぜん「はい、東條歌穂の遺体は結局見つからなかったのです
。」
立夏「そんな物、気にしなくて良い。きっと骨になって、土
に帰ったことだろう。」
ぜん「でも、確認したほうがよくありませんか?もし潜伏し
ていたら、反乱を起こす可能性もあります。」
立夏「気にしないで良いぞ。もともと、文明化されていない
やつらだったのだから、私たちの焼夷弾に抵抗できる者は誰
一人としていないだろう。」
ぜん「そうですか、、、。これから、どうなさるおつもりで
すか?」
立夏「まず、あの広大な土地から、できる限りの金を得るこ
とだ。その金を使わせて、新たな支配者である私の彫像を立
てさせる。」
ぜん「あの、陛下、私には何も言葉もないのですか?歌穂を
滅ぼせと提案したのは私なんですが、、、。」
立夏「誰が歌穂を滅ぼせと言った。お前は、私の支配域を広
げることに貢献したのは確かだが、私は歌穂を殺害する目的
で、空爆を行わせたのではない。私たちは、金を採取するた
めに空爆をしたのだ。」
ぜん「そんなこと、聞いていませんよ!私には、歌穂を殺害
するから、ここでとどまれと仰ってくれたじゃないですか!」
立夏「そうか、そういったことはあったかも知れないが、私
は初めから、歌穂を狙おうとは思ってはいなかった。お前は
目的を勘違いしたのだな。」
ぜん「陛下、私はどうやって身を立てていけば良いのですか。
私は、歌穂を殺害する目的で、焼夷弾の研究をさせたのです
よ。」
立夏「それなら、今もう一度覚えなおすことだ。焼夷弾のお
かげで、このチカの国が、大変に豊かになったことを考えろ。
単に、歌穂を亡き者にするのなら、焼夷弾をわざわざ作る必
要もない。」
ぜん「なんということを!」
立夏「勘違いもはなはだしいものだ。さっさと下がれ。」
ぜん「はい、、、。」

立夏の城の外。
土橋「どうだった?」
ぜん「俺は、とんでもない間違いをしていたな。あの立夏と
いう女は、王でもなんでもない。単に自分の思い通りにする
ために、くさかりを空爆させたんだ!歌穂を亡き者にするた
め、という目的は大嘘だったのさ!」
土橋「まあ、そんなに焦らないでよ。まだまだ、抵抗してく
るかも知れないから、そのときに又新しい爆弾を作る研究を
すれば良いのよ。そうしたら、今度こそ、使ってもらえるか
も知れないわよ。」
ぜん「そうか!なんという良い女房だ。よし、又爆弾の研究
に取り組むぞ!」
と、口笛を吹いて帰っていく。それを見て、土橋は、鼻で笑
う。
城の中で、愛子は、床に臥した。空爆が成功したと聞いて、
喜ぶことはできなかった。
愛子「菊子ちゃん、どうしているかな、、、。」
完全に分かれてからは、消息は不詳である。チカの国に来て
しまったのを、愛子は後悔するようになった。もしかしたら、
死んでしまったのだろうか、、、?

そのころ、城の中では、兵隊たちが次々に戻ってきていた。
兵隊「一体、どこにあるというんだ、金なんて、何もない。
ただの原っぱになっていたぞ。」
兵隊「そうだったな。立夏女王は、代わりに何かくれるだ
ろうか?」
兵隊「石はいやだな。チカは石ばっかりだからな。金も銀も、
何にも取れない代わり、鉄が取れると立夏女王は仰っていた
が、鉄は何も美しくない。金のほうがずっと綺麗だ。」
兵隊長「ここで物々言ってもしかたない。すぐに陛下に報告
しなければ。」
兵隊「わかりました、、、。」
城の中の会議場。
立夏「金は一つもない?」
兵隊長「そうなんですよ。皆、何も取れずに帰ってきて、文
句ばかり言っています。」
立夏「どういうことだ!私は、金を取ることができると聞い
て、遠征を決めたのに、、、。」
兵隊長「そうなんですけどね、どこの地面を掘っても金の塊
はありませんでしたよ。」
立夏「私は、竹族の村に、大量の金があると信じ込んできた
のに、間違いはないのか?」
兵隊長「はい、、、。帰ってきた兵たちが、全員同じ事を言
っています。」
水を飲みに立ち上がった愛子はこのやり取りを聞き取ってし
まった。重い体を動かして、会議場に向かった。
愛子「失礼いたします。」
立夏「何の用?」
愛子「実はですね、空爆の時に、炎を使用したので、金の日
用品は、熱で変形して、他の物質と合体して違う金属になっ
てしまったのではないでしょうか?」
立夏「そのようなこと、、、。」
兵隊長「し、知らないんですか?」
立夏「、、、。」
愛子「そういう例は、たくさんありますよ。」
立夏「文献には、、、。」
兵隊長「だから、立夏様、もうちょっと、難読症を治す努力
をしてください。金属加工の本とか、持ってないのですか?」
愛子「そういえば、あ、いや、本人の前で言ってはいけませ
んよね、、、。」
立夏「この隊長を、刑務所へ連れていけ!指示に従わないの
なら、容赦なく取り潰す!」
愛子「かわい、、、。」
立夏「何!」
愛子「何でもありません!お許し下さい!」
と、再び会議室を出る。再び自室にこもり、布団の中で丸く
なったまま、いつまでも震えていた。
愛子「なんで私は、いつもこうなのかしら。菊子みたいにあ
あやって明るいほうがよかったのかしら。」
思い出すと、映像が浮かんでくる。一緒に文字を教えていた
とき、菊子は実にいきいきとして、水を得た魚のように、精
力的に活動していた。問題を抱える子供たちの世話をすると
きも同じだった。
愛子「菊子さんは、そうやって臨機応変に活動できたのだわ。
私は、何ができたんだろ。」
日本にいた時もそうだ。教師の言いなりになって、点数をと
ったものの、喜んでいるのは、自分ではなく教師なのだ、と、
気が付いたとき、愛子は家を焼き払ってやると考えたことさ
えあった。点数をおい求めたせいで、自分は何もできなかっ
たのだ。
愛子「どっちにしろ、点数だけが、ものをいうものではない
わ。」
大きな教訓だった。
愛子「菊子さん、、、。」
きっと、彼女の遺体も、もう、埋め立てられてしまっただろ
う。
土橋「愛子さん」
愛子「な、なんですか?」
土橋「無理しなくていいけど、今から会議があるから、出て
くれない?」
愛子「はい、わかりました。」
二人は会議室に向かった。

会議室。
立夏を中心に、輪のように机が配置され、審議が行われてい
た。
立夏「今日こそ、」
議員たち「はい!」
立夏「あの、土の男を始末する方法を考えろ。」
愛子「まあ、、、。」
驚きのあまり、声を出してしまった。
立夏「あの、ぜんというものは、著しく邪魔者だ。あれを始
末しなければ、われらの新領地は、いつまでも手に入らない。」
議員「しかし、立夏様、新領地といってもほんの数反の荒れ
た土地でしたし、それに、金だって何もなかったわけですか
ら、もう、撤退して、自然に衰退させたらどうです?」
立夏「何もなかった?」
議員「はい。本当に何もなかったのです。日常品などは全て
金でできているなんて、大間違いですよ。立夏様。」
立夏「日用品のかけらも?嘘を言うな、私が読んでいた本に
は全て金でできていると書いてあった。私は、まことに小さ
な国が、なぜ、あんな大量に金を保持しているのか、はっき
り言って、妬ましくて仕方なかったのだ!」
議員「ほら、結局はやっかみですよ、立夏様。それが女の一
番困るところです。それを何とかしてからでないと、政治な
んてできやしないんです。」
土橋「待ってください。それなら、東洋に滞在していた、こ
の方の話を聞きましょう。愛子さん、あなたは、東洋に滞在
していた時に、金は見ましたか?」
愛子「ええ、、、。あったと思います。」
土橋「ほら、この通りではありませんか。」
愛子「もう一度繰り返しますが、金という金属は、非常に柔
らかい金属です。そのため、他の金属と合体して、いろいろ
なものになります。これを合金というのですが、、、。だか
ら、火を出して爆撃したことにより、金は全て溶けてしまっ
たのでしょう。」
議員「彼女の主張が正しいのであれば、私たちは、何もとれ
なかったことになりますな。」
立夏「そうか。それなら、こうしよう。ぜんを亡き者にすれ
ばいい。」
議員「なるほど!」
立夏「虚偽の進言をした罪で、やつを制圧せよ。そうすれば、
何もなかったことになる。」
土橋「素晴らしい、名案!」
他の議員たちも拍手する。愛子は気分が悪く、拍手できなか
った。

と、そこへ使者が飛び込んできた。
使者「大変です!東の山から煙が出ております!」
立夏「煙?」
使者「ええ!」
全員、縁側に出て、外を見る。
立夏「まあ、なんと!」
裏山には集落があったが、それは赤く染まっていた。
使者「火災だけではありません!多数の打ちこわしがあり、
住民の食料や、家財道具もことごとくなくなってしまいまし
た!」
全員の顔が一瞬凍り付いた。
議員「もしかしたら、、、。」
土橋「ええ、ぜんの仕業ですわ!」
立夏「了解した。すぐに兵を放って、討ち捕らえよ!」
議員たち「はい、わかりました!」

数分後、今度は市街地で打ちこわしがおこった。彼らは、十
代の若い者たちで、その怒りのエネルギーは半端ではなく、
瞬く間に家屋を破壊してしまった。それにほとんどの食品も
略奪されていった。
そのせいで家をなくしてしまった住民たちが、立夏のもとへ
やってきた。
住民「立夏様、どうしてくれるのです、私たちは、住むとこ
ろも、何もないのです。」
住民「私は、最期を看取ってくれるはずだった娘をなくしま
した。これでは、何もなりません。」
住民「本当にこれで豊かになるのですか?」
立夏「黙れ!」
住民「そうですけど、何もないのが本当に幸せだとは、言え
ませんね。立夏様、私たちの暮らしはどうしたら、、、。」
彼女は護衛隊の隊長を見た。隊長は、無言でうなずき、その
住民の頭を、金づちでたたくような仕草をした。
住民「わ、わかりました、もう少し我慢します!」
と、命かながら逃げていった。

愛子は、その間、ほとんど寝て過ごしていたが、
声「立夏様!立夏様!」
と、使者が飛び込んできた。
使者「無事にぜんを生け捕りにすることができました!」
愛子は、布団をかぶって、耳をふさいだ。そこで、立夏がな
にかしゃべっていたが、その内容はすぐわかってしまった。

第十四章 自殺

その数日後、チカの国の中心街に、磔台が建てられた。
白い着物を着たぜんは、人間というより、しわだらけの
梅干しのような顔をして、磔台に縛り付けられた。
立夏がぜんの前に立った。
立夏「何か、言いたいことはあるか。」
ぜん「わたくしは、どこが間違っていたのでしょうか。
まったく、悪事を働いたわけではございません。なのに
いつの間にか歯車が狂いだして、こんなに、取り返しの
つかないことになってしまいました。私は、やっぱりだ
めな男です。ここで、磔になって、本望だ。正直な男の
ままで死なせてください。」
立夏「わかった。では、そうさせてやる。」
彼女は、打掛を脱いだ。
立夏「では、槍を出せ。」
執行人は、槍を一本、彼女に渡した。
立夏「いいな。」
と、彼の左わき腹から、右の脇腹まで一発で貫通するよ
うに、突き刺した。それを抜き取り、同じやり方を三十
回繰り返した。群衆はどよめいた。
市民「立夏さま!ああ、どうか、、、。」
市民「おそろしい!恐ろしい!」
ぜんの脇腹から噴水のように血が噴き出す。さらに、内
臓が露出し、凄惨このうえなかった。それでも彼女は三
十回繰り返したのである。しかも、槍を血で汚しないよ
うに、毎回毎回布を用意させ、それをふき取るのだ。
市民「ああ、もう立夏様は鬼になってしまわれた。これ
では、私たちも、日常生活は遅れまい。」
立夏は、ぜんの首に槍を刺した。止めの槍だ。
その顔を見たものは誰もいなかった。愛子でさえも。
磔の刑は終了したため、全員、それぞれの自宅へ帰った
が、その日、外へ出たものは誰もいなかった。

その日の翌日から、チカの国はいつも通り、に、戻った
が、立夏のもとには誰も挨拶をしなくなってしまった。
愛子のもとに、土橋がやってきた。
土橋「おはよう、愛子さん。」
ところが、口は動くのに音がない。
土橋「どうしたの?」
愛子は、金魚のように口を動かしたが、いくらやっても
だめだった。
土橋「昨日の磔のこと?」
愛子の目に涙が出た。
土橋「しかたないじゃない。ああやって悪いことをした
んだから。」
愛子「、、、。」
土橋「ゆっくり休みなさいよ。あなたはここで、教育者
として働くんだから。立夏様が、あなたに、学問を教え
るように、命令したのよ。」
愛子「、、、。」
土橋「失声なら、すぐ直るわよ。ここはすごく医療がい
いんだから。あっちではやりのペストだって、ここでは
すぐに治せるんだから。頑張りなさいね。」
愛子「、、、。」
土橋「まあ、ゆっくり休みなさいよ。」
と、部屋を出ていった。愛子は何とかして声を出そうと、
舌を引っ張ったり、首をたたいたりしてみたが、どうし
てもできない。仕方なく、紙に書いて、小間使などと会
話した。
小間使いたちは親切だった。大体の人はおばあさんだっ
たが、それはかえって好都合だった。
愛子「東洋は、どうなっているのですか?」
と、愛子は紙に書いた。
小間使い「ええ、たぶん放置されているでしょう。何し
ろ立夏様は、金ばかりを追い求めていらしたから。」
愛子「(紙に書く)なぜ、そんなに、金を求めていらっ
しゃるのですか?」
小間使い「きっと、あの方は、コンプレックスがとれな
いんじゃないかな。いつまでも心の傷を忘れられないの
ですよ。私は学がないからわからないけど、あの残忍な
磔を実行したのは、それからきているんじゃないかな。」
愛子「(紙に書く)コンプレックスが?」
小間使い「ええ。私は、立夏様が幼いころを知っていま
すけれど、あまりにも文字を覚えるのが困難だったので、
王座に乗るのが決定していたのですが、それを撤回しよ
う、という話まで出たのです。」
愛子「(紙に書く)そんなに?」
小間使い「はい。大体の人は、五歳、六歳くらいで読み
書きができるようになりますよね。しかし、立夏様は、
十三歳になっても、平仮名を読むことができなかったそ
うです。」
愛子「(紙にかく)そうだったんですか!」
小間使い「ええ。それで、王であったお父様が、自ら教
師となり、政治の本を朗読させたりして、立夏様はやっ
と、文字を読み書きできるようになったのです。それが、
丁度元服される、二十歳。お父様は、他に王を立てる人、
つまり、立夏様しか後継者がなかったため、立夏様を王
としましたが、さんざん馬鹿にされて、一度、議会をと
りつぶしにするまでになりました。そんなわけで、今の
議会では、彼女が失読症であることを知っているものは、
ほんのわずかしかおりません。でも、立夏様は、馬鹿に
されて、大いに傷ついたでしょうね、、、。」
愛子「(紙に書く)そうだったんですか、、、。」
小間使い「そうなんですよ。かわいそうな方でした。ほ
んとに。ああ、では、私、洗濯をしますから、ゆっくり
休んでください。」
愛子「(紙に書く)どうもありがとうございます。」
小間使い「では、、、。」
愛子は、横になって、何か考えていた。

そして、昼頃、、、。
小間使いたちが洗濯をしている。
小間使い「今日は良い天気ね。」
小間使い「でも、なんだかいやだわ。頭が痛くて。あれ?」
小間使い「どうしたの?」
小間使い「洗濯物ほしが揺れてる、、、。」
と、そのとき。
フードカッターのスイッチを動かしたような激しい揺れが
起きた。彼女たちは逃げようとしたが、間に合わず、崩れ
てきた建物の下敷きになり即死した。昼頃なので、支度を
するために、火を扱っていた一般家庭では、かまどを消す
ことができず、倒壊した家屋に燃え移って、町は火の海と
化した。上に伸びていた四角い建物たちは、激しい揺れで
基盤が崩れ落ち、さらに上部も半分に折れて倒れた。人々
は、それから逃げることができず、次々と死んでゆく。
数分後にざーっと激しい雨が降ってきて、大量の土砂が町
に流れ込み、町は姿形もない、ただの地面になってしまっ
た。
立夏は、塔のなかにいたため、一命をとりとめることは
きた。愛子も、奇跡的に無傷で生還した。
窓の中から、自身の国が、消滅していくのを立夏は見届け
ていた。彼女は、ボロボロになった打掛を脱ぎ捨て、髪も
ざんばら髪にほどいてしまった。
愛子「立夏様!それではなりません!」
愛子ははっとした。
愛子「声?」
しかし、それを喜んでいるひまなどない。
愛子「立夏様、すぐに被害がどれくらいになったか、調査
にいかなければ。」
立夏「ええ、、、。」
愛子は、彼女の手を引っ張って、城をでて、市街地にいっ
てみた。
誰もいなかった。市街地も郊外も死体の山。それを土砂が
情け容赦なくうずめている。死体の中には、腕や足が切断
されているものも多く、おそらく身元が分かることはない
ほど、腐敗が進行しているものもあった。その腐るにおい
で、息もできないほどだった。
立夏「ああ、ああ、ああ、、、。」
愛子も本当は泣いてしまいたい、でも、そうはいかなかっ
た。
愛子「立夏様!」
と、そこで人の声がする。
声「ああ、これはひどいなあ。みんな自由霊園に連れて行
ってあげような。」
立夏「誰だ!」
と、懐剣を出そうとするが
愛子「ちょっと待ってください!」
と、彼女の手を抑えた。
声「本当に、ここは地震が多いんだ。何に属していたって、
地震から逃げることはできないよ。」
二人の男性が、亡くなった人をがれきの山から引っ張
り出し、丁寧に布でくるんで、背中にせおってもっていこ
うとしている。
立夏「何をしている、お前たち!私の場所に勝手に入って、」
男性「ああ、立夏様、このたびは本当にご愁傷さまでした。
私たちも、協力しますので、一緒に頑張りましょうね。」
もう一人の男性は、身長が四尺程度しかない。
立夏「正輝!」
正輝「ええ。まさしく。」
立夏「お前は、税金を納めていないのに、、、。」
正輝「はい、それは申し訳ありませんでした。しかし、私
どもは体が小さいので、狭い隙間にも入って救出ができま
すよ。」
立夏「どういうつもりだ、東洋の者が、ここに入ってくる
なんて、しかも、なぜ、悪い種族である永族の者が?」
正輝「ええ、歌穂さまがこちらへ行けと仰ったのですよ。」
と、あちらこちらで、人の声、ものの音がする。中には犬
の鳴き声もする。こうして人間のにおいを探しているのだ
ろう。
その中に、ずっ、ずっ、っとびっこをひく音がした。
立夏「歌穂だ!」
まさしく、東條歌穂その人が、二人の前に現れた。左腕の
そでから桜吹雪の刺青が見られるが、それ以外容姿も何も
変わっていない。
立夏「なぜ生き延びた!なぜ跛行のお前が空爆にも、この
地震からも、生き延びたのだ!」
歌穂「私は、」
立夏の顔が凍り付いた。
歌穂「私は、発展を望まなかったから。」
立夏「しかし、あれだけ爆撃して、、、。」
歌穂「もう、片づけてありますよ。単に土砂崩れが起きた
のと同じだと解釈して、元通りにしました。」
立夏はがっくりと肩を落とした。
立夏「負けた、、、。」
歌穂「勝ち負けではありませんよ。教訓もありますから。」
愛子「あの、あの、、、菊子は、、、。」
歌穂「ご心配なさらず。彼女は生きていますよ。今は、指
令官として、がれきの撤去に当たらせています。彼女はあ
の空爆のあと、犬を使って被害者を救出する方法を編み出
したので、私どもは、被害状況がすぐわかりました。」
愛子「もう、私のことは、、、。」
歌穂「本人に聞くのが一番早いのではないですか?」
愛子「はい、、、。」
といって地面に倒れこんだ。薄れていく意識の中、何かに
乗って運ばれたことは分かった。やがて、あの磔のように、
懐剣で体を刺して自殺する音が聞こえると、彼女は完全に
わからなくなった。

終章 幸せの定義

終章 幸せの定義

声「愛子さん。」
はっと目を覚ますと、自分は布団に寝ていることに気が付いた。
愛子「菊子さん!」
一気に涙があふれてきた。菊子も同じだった。二人は互いに抱擁
し、いつまでも泣きはらした。
と、ふすまが開いた。跛行する音が聞こえてきて、
歌穂「お休みになられましたか?」
愛子「はい、お、おかげさまで、、、。」
歌穂「そのままでいいですよ。お二人でお話ししたいことが、たく
さんあるでしょうから、何時間でも語り合ってくださいね。」
歌穂は、前述したとおり、入れ墨をしていた。その桜吹雪は、彼を
さらに美しく見せているようなきがした。
歌穂「では、私はこれで。」
と、再び跛行して部屋を出て行った。
菊子「よほど疲れてたのね。あなた、二日ぐらい眠ってたのよ。」
愛子「だって、、、。」
菊子「まあ、その間にいろんなことがあったけどさ。立夏が自殺し
て、この町は、歌穂様のものになるんだって。」
愛子「そのほうがいいでしょう。」
菊子「そう。女の人は、君主には向かないって、誰かが言ってた。
あの空爆が悪い見本だわ。やっぱり。」
愛子「菊子さん、どうやって助かったの?私、信じられないわ。」
菊子「まあ、失礼ね。私たちは、くさかりの町が壊滅して、次々
に帰らぬ人になってしまったけど、、、。」
愛子「帰らぬ人?」
菊子「ええ。焼夷弾のせいで、はちくさまは火だるまになってし
まって、、、。目の前だったから、本当に怖かったわ。あの、中
間をしていたやすのさん、竹族の学生ふじおさん、私の師匠の、
繭子先生、、、。みんな亡くなったわ。あの、爆撃のせいで。生
き残った方を勘定するのが楽なはずよ。北の村も南の村もみんな
亡くなって、もう、焼け野原というより、ただの砂漠。でも、不
思議よね。空爆されて嘆いている人はだれもいない。むしろ、よ
り、結束力が強まって、みんなで直そうとするんだもの。驚いた
わ。あの人たちは、何とかしようとするの。必ず。」
愛子「そうだったの、、、。」
菊子「きっと、爆撃でやっつけようと思っても、無意味だったの
よ。結果は、正反対だったんじゃないかな。」
愛子「それだけ、善良なひとだったってことね。でも、よく生き
延びられて、、、。」
菊子「そう。あたしたちは、正輝さんたちが住んでいる、永族の
村にいたの。そこは、爆撃されなかったのよ。」
愛子「あら、なんで?」
菊子「ええ、爆撃してもしなくても、一人で生きていけないから、
餓死するのを待てばいい、と思っちゃったんでしょうね。」
愛子「まあ、、、。」
菊子「でも、あたしたちは、あの人たちに本当に助けてもらった。
あの人たちが、親身になってなんぼでも、、、話を聞いてくれた
から、、、。歌穂さまも、本当に助けてもらったって、感動して
いたわ。すごい綺麗な音楽だった。癒しの超能力みたいだった。」
愛子「そんな力が?あの人たちに?」
菊子「ええ。あの人たちは、身長こそ低いけれど、心だけは特別
だわ。決して馬鹿にしてはいけない人なのよ。そして、私たちは、
少数の生き残った人たちと、砂漠になったくさかりに戻ってきて、
少しずつ、元通りにしようって、誓ったの。これを、土砂崩れと
同じにしよう、といったのは歌穂さまだけど、ものすごく辛かっ
た。でも、あたしたちは、みんなおんなじ。だから、それをキー
ワードにして、一生懸命にやった。それがあったから、みんなや
ってこれたのよ。」
愛子「私は、道を外して、、、。」
菊子「気づいたのなら、それでいいんじゃない。」
愛子「そうね、、、。本当にごめんなさい。」
再び、ふすまが開く。
小間使い「二人とも、歌穂さまが演説をするから、それ聞いたら。」
愛子は、すこし介添えしてもらい、菊子と二人で部屋を出た。
外は、がれきの山でもう何もなかった。しかし、所々で草が生え
ており、何かを感じさせた。
その一角に、歌穂が立っていた。ボロボロの着物を着た人々は、
彼を囲むように座った。演台も用意されないまま、歌穂は演説を
始めた。
歌穂「東洋国から参りました。東條歌穂です。」
聴衆は、真剣に聞いている。
歌穂「このたび、大災害に見舞われた皆様に、深くお見舞い申し
あげます。この災害にて、私たちは全てを失いましたが、たった
一つだけ所持しているものがございます。それは、考えること、
思うこと。つまり、想像するということなのです。それは、時に、
災いを持ち込むこともあり、今回、私たちは空爆で多くの者を失
いましたが、皆さんも、このような大地震に遭遇され、同じ運命
をたどったといえるでしょう。」
誰も野次を飛ばすものはない。
歌穂「私自身も、この災害に責任があるわけですから、このよう
な卑劣な行為に走りました。」
と言って、腕をめくった。見事な桜吹雪である。
歌穂「しかし、私は、最高君主として、自ら命を絶とうとしたこ
とを恥じ、罰するためにこうさせていただきました。今回の空爆
は、天災ではございません。この空爆の決めてになったのは、私
たちの嫉妬です。それが、このような凄惨な事実を引き起こして
しまったのです。これを機に、私は幸せの定義というものを、考
察いたしました。そして、そのために一番必要なものは、捨てる
ということなのだと気がつきました。。私たちはあまりに豊かす
ぎた生活をしたせいで、幸せである、という感触を失ってしまっ
たのです。つまり、幸せだと感じてきたことが、豊かになること
で、すべて失われてしまいました。
ですから、幸せになるために、「捨てる」という
勇気を皆様方にはもってほしいのです。幸せの定義は、貴金属を
得ることでもなく、領土を広げることでもありません。毎日が楽
しいと感じることではないでしょうか。そのためには捨てる勇気
を持ってほしいのです。そうすれば、私たちが長
年忘れていた幸せが、また戻ってくるでしょう。私は、そう解釈
しています。」
たちまち、周囲から拍手が起こった。
聴衆「万歳!万歳!万歳!」
すると、菊子も愛子も意識が薄れてきた。
聴衆が三本締めをたたいているのが見えたが、それも、だんだん
に薄くなってきて、歌穂の顔も見えず、聴衆の声もだんだん聞こ
えなくなってきて、、、。

気が付くと、二人は歌舞伎町に戻っていた。あの冒険が嘘ではな
い証拠には、二人とも汗びっしょりになっていた。
菊子「すごい冒険だったね、、、。」
愛子「菊子さんありがとう。」
菊子「そんなこと、お互いさまよ。それより、この世界なんて、
チカの国より、治すことはいっぱいあるんだから、そっちにめを
向けなきゃ。私、娼婦はやめて、普通に働く。すこしでも、世の
中がよくなるようにね。」
愛子「菊子さんはここでも積極的なのね。私はそれより、本当の
幸せを見つけるために、当たり前のことをやり直してみる。だっ
て、成績のせいで、そういうことは全然やらせてもらえなかった
のよ。だから、そうしてみるわ。」
菊子「そうそう。お互い、生き方は違うのよ。それさえわかれば
良いじゃない。」
愛子「そうね。じゃあ私、実家に帰るわ。そこでもう一度やり直
す。」
菊子「私は、もっと自分を磨いて好きになるわ。」
愛子「じゃあ、また会おうか。」
菊子「遠い将来にね。」
二人は、しっかりとて手を握り、建物の階段を下りて、地面にお
りる。
愛子「じゃあ、また。」
菊子「バイバイ!」
二人はお互い反対の方向へ別れた。丁度その時朝を告げる鐘が鳴
り、太陽が顔を出したのであった。

終わり

新宿の女

最後まで読んでくれてありがとう。
よろしかったら感想でも書き込んでいってください。
感想はホームページの感想はこちらへ欄より受け付けます。ほんとにお手数かけますが、今後の執筆の参考にさせていただきますので、書いていってくれたらうれしいです。

新宿の女

理由違えど高校を中退し、娼婦に身を落としてしまった愛子と菊子。二人は自殺しようと高層ビルから飛び降りますが、たどり着いたのは、文字のない、文明化されていない異世界。統治者に目を付けられた二人は、住民に文字を教えることを命じられますが、その反動は意外なところに、、、。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-29

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

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  1. 第一章 二人の娼婦
  2. 第二章 役目をもらった二人
  3. 第三章 楽しい生活
  4. 第四章 やくざがやってくる
  5. 第五章 チカの女
  6. 第六章 雨の学校
  7. 第七章 ペストより恐ろしいもの
  8. 第八章 心の傷
  9. 第九章 指導死
  10. 第十章 もう一つの民族
  11. 第十一章 第四の種族
  12. 第十二章 爆撃
  13. 第十三章 征服者たち
  14. 第十四章 自殺
  15. 終章 幸せの定義