聖子ちゃん

 聖子ちゃん(第2稿)

            カメ太郎

(古いパソコンから出て来た書きかけの手紙)

 聖子ちゃん、敏郎兄ちゃんは聖子ちゃんが未だ、結婚していないという一縷の希望を持って、これを書き始めました。

 聖子ちゃんと最後に会ったのが何時になるかなあ?と考えています。加津佐のお爺ちゃんが亡くなった頃、会ったきりのような気もします。また、僕が長崎大学の近くの聖子ちゃんのアパートの前を歩いていて、聖子ちゃんが僕を見つけて、手を振ったり呼んだりしたと、母から後になって聞いた記憶があります。敏郎兄ちゃんは何時もだけど、ボンヤリしていて、気づかなかったのです。

 敏郎兄ちゃんも37歳になりました。もう結婚しなければ行けませんが、結婚相手が居ません。それで聖子ちゃんか美佐子ちゃんに手紙を書こうと決心しました。

 敏郎兄ちゃんは今、福岡に居ます。福岡の病院に勤務して、もう10年近くになります。

 聖子ちゃんとはもう18年会ってないような気がします。敏郎兄ちゃんが19歳の時、会ったきりだから。

 聖子ちゃんは今、どんなにしていますか? もう結婚していませんか? もう結婚しているのが敏郎兄ちゃんの一番の心配です。

 敏郎兄ちゃんが19歳の時、小学4年生だったと記憶するから、9歳年下(8歳?)として28歳ですね。敏郎兄ちゃんが大学入った当時、下宿すると言って、下宿を始めたけど、そのとき母から「聖子ちゃんが手伝いに来てくれるってよ」と聞いたことがあります。でも、その下宿は1ヶ月で引き払って、自宅からの通学に戻したと思うけど。

(ここで書きかけ終了)



 聖子ちゃん、敏郎兄ちゃんは知らなかったんだ、聖子ちゃんが結婚しないで待っていてくれたことを。
 敏郎兄ちゃんは何も知らなかった、一度で良い、一度で良いから、仕事帰りに聖子ちゃんの実家に寄れば、そうしたら僕たちは会えていて、そうして結婚に至ったのだろうけど、敏郎兄ちゃんは面倒くさがって、一度も依らなかった。一度、一度で良いから、依っていたら良かったんだ。そうしたら僕たちは幸せになっていたはずだ。一度で良い、一度で良いから、仕事帰りに聖子ちゃんの実家に依っていれば、こういうことにはならなかった。今のどん底の不幸には陥ることはなかった。一度で良い、一度で良かったのに、面倒くさがり屋の敏郎兄ちゃんは依らなかった。

 敏郎兄ちゃんは頭を抱えて後悔している。一度で良い、一度で良いから、仕事帰りに聖子ちゃんの実家に依っていれば良かったんだ。勤務先から聖子ちゃんの実家はすぐ近くだ。すぐ近くだったのに。すぐ近くだったのに。

 聖子ちゃんは僕より10歳ぐらい年下だったと思う。一浪して入ったとき、聖子ちゃんは小学4年生だった。敏郎兄ちゃんが「家からでは遠い、下宿する」と言ってアパートを探して下宿というか間借りというかを始めたときがあった。あのとき、僕の家の店に聖子ちゃんのお母さんが手伝いに来ていた。そうして聖子ちゃんが引っ越しの手伝いや間借りというか下宿というか部屋の掃除にも来てくれると言っていたと母から聞いた。あの頃、聖子ちゃんは小学4年生だった。加津佐の実家で会ったとき、小学4年生だったんだね。

 馬鹿な僕はとんでもない結婚をして今、とんでもない不幸のどん底だ。欺された。欺されたんだ。僕は今まで欺され続けてきた連続だった。馬鹿な敏郎兄ちゃんは欺されてばかりだった。

 敏郎兄ちゃんはその頃、創価学会の信仰に凝っていた。馬鹿な敏郎兄ちゃんだ。創価学会の信仰に凝って、創価学会員ととしか結婚しないと主張していた馬鹿な敏郎兄ちゃんだった。でも、聖子ちゃんだったら別だっただろう。聖子ちゃんが結婚しないで待っていると知ったら、僕は聖子ちゃんの下へ駆けつけていただろう。敏郎兄ちゃんはあのとき42歳だったと思う。離婚して、たしか42歳だった。

 聖子ちゃん、でも、敏郎兄ちゃんにも、ちゃんとした結婚をすることが出来ていた時期があった。でも、馬鹿な敏郎兄ちゃんは創価学会の信仰に凝っていて、創価学会員つまり女子部としか結婚しないと馬鹿な主張をしていたんだ。

 敏郎兄ちゃんが38歳ぐらいだったと思う、アパートの一人暮らしに疲れ、僕は、聖子ちゃんか美佐子ちゃんに結婚を申し込む手紙を書こうと思い立ったときがあった。でも、住所が分からなかったから書かなかったようだ。書こう、書こう、と何度も思った、何度も思ったのだけど、書かなかったんだ。書かなかったんだ。書けば良かったんだ。加津佐の実家(加津佐の爺ちゃんの家)の住所は知っていたから(たしか毎年、年賀状を出していたようにも思う)思い切って、書いて、出せば、良かったんだ。書いて、出せば、良かったんだ。……聖子ちゃん、敏郎兄ちゃんは頭を抱え込んで後悔している。55歳になった敏郎兄ちゃんだけど、人生を後悔して、後悔して……苦しくて苦しくて……もう駄目だ。

 あのとき、38歳の時、手紙を書いて出そうと思い立ったとき、思い切って、書いて、出していれば良かったんだ。そうしたら全てが解決していた。少なくとも僕は今は不幸のどん底に居る。不幸のどん底に居る。

 38歳の時、一人暮らしのアパートの中で、敏郎兄ちゃんは思った。「美佐子ちゃんと聖子ちゃんに手紙を出そう、2人のうち、1人は結婚しないで居るだろう」と。
 僕はそう思った。馬鹿な敏郎兄ちゃんはそう思った。でも、躊躇いながら、手紙はたしか書かなかったと思う。書いたならばパソコンで書いて、小さなハードデスクの中に今、入っているはずだ。今は、フォーマット方式が変わっていて、読み出せないけど、書いていないと記憶する。書いていないんだ。馬鹿な敏郎兄ちゃんは書かなかったんだ。書きさえすれば、爺ちゃんの実家に手紙を出せば、それで良かったんだ。美佐子ちゃんは結婚していたらしい。しかし、聖子ちゃんは結婚していなかった。馬鹿だ、馬鹿な敏郎兄ちゃんだ。

 もしかしたら、このメール、他の人に見られているのかな?
 ……
 ……
 ……
 敏郎兄ちゃんは30代の後半の時(たしかあれは37か38の時だったと思う)、聖子ちゃんか美佐子ちゃんに「結婚してください」と手紙を出そうと思い、その直前まで行った。章子ちゃんは既に結婚したことを衝撃とともに知っていたから、聖子ちゃんか美佐子ちゃんが残っている、聖子ちゃんか美佐子ちゃんと結婚しようと敏郎兄ちゃんは思った。手紙を書いて出したら良かったのに直前まで行って書かなかった。美佐子ちゃんが結婚していることは知らなかった。
 ……
 ……
 思えば、一回目の結婚が失敗に終わったけど、勤務する病院の直ぐ下に聖子ちゃんの実家があったけど、そこに1回でも遊びに行っていたら良かった。聖子ちゃんが未だ結婚していないことを敏郎兄ちゃんは知らなかった。すぐ傍に……すぐ傍に……幸せはあったのだけど、敏郎兄ちゃんは馬鹿だった。
 もう8年以上前のことになると思う。9年前のことになるかも知れない。敏郎兄ちゃんは日見の実家に長男の息子とともに寝ていた。そのときに聖子ちゃんが生まれたばかりの子供を抱いて僕に会ったのだった。日見の実家に偶然、聖子ちゃんの母である父の妹の幸江叔母ちゃんと聖子ちゃんが日見の実家に何かの用事で依ったのだった。そして僕が来ていることを幸江叔母ちゃんから聞いて(そして幸江叔母ちゃんから軽く?促されたのだろう)僕に会いに来たのだった。僕たちは20年ぶりぐらいに会ってお互い何も言えなかった。気まずさだけが僕たちの間にあった。少なくとも僕には気まずさしかなかった。
 聖子ちゃんは何故か30代中盤になるまで結婚しなかったと聞いた。それも結婚したのは五つも年下の男性と結婚したと聞いた。僕を待っていたのかも知れないと僕は思った。
 …… 
 ……
 本当に本当に生きる要領が悪い敏郎兄ちゃんです。耐えて我慢して生きてゆくことが最善なのかな?という気もします。しかし、限界!という気もします。どっちなのか全く分かりません。魚釣りに熱中して実生活の苦しさ煩わしさを忘れて生きてゆくか?全く判断に迷っています。 


 敏郎兄ちゃんはそれから数年して、創価学会を実質辞めて、今は00000を信仰している。お金は全く掛からないけど、……でも厳しい信仰だ。実生活を真面目に生きることが全てという信仰だ。

 聖子ちゃんとあのとき、結婚していたら、つまり敏郎兄ちゃんが一度目の結婚に失敗して(10歳年上で子供を産むことが不可能な年齢の女性と馬鹿な結婚をして)一人っきりになったとき、僕は仕事帰りに(その頃は当直が多かったけど、朝9時だったら、聖子ちゃんの実家には敏郎兄ちゃんの叔母に当たる聖子ちゃんの母が居たはずだ。そうして聖子ちゃんが未だ結婚していないことを知ったはずだ。また、夕方の帰りだったら、聖子ちゃんも居たかもしれない)……

 悔やんでも悔やみきれない。今のどん底な生活を思うと……母がしっかりしていたら良かったんだ……と馬鹿な敏郎兄ちゃんは愚痴を言う。……馬鹿な馬鹿な敏郎兄ちゃんで、悔やんでも悔やみきれない。泣きたいけど、涙は涸れている。泣きたいけど…… 泣いて、どうなるものでもない。

 聖子ちゃんは僕が僕の息子(当時、2歳ぐらいだったと思う)と僕の実家で寝ていたとき、聖子ちゃんの母が来た。そして聖子ちゃんも同乗しているということで聖子ちゃんも来た。聖子ちゃんの両手には生まれたばかりの子供が抱かれていた。ああ、久しぶりに(おそらく僕が大学1年以来)見る聖子ちゃんだった。そしてそれ以来、会っていない。

 もう、どんなにしたら、良いのだろう。僕には分からない。僕は人生の辻辻で失敗ばかりしてきた。大事なときは失敗する馬鹿な敏郎兄ちゃんだ。もう54歳になっている。あと数ヶ月で55歳になる。もう遅い。

 今でも実家で息子と寝ていたときに来た聖子ちゃんの姿をありありと想い出すことが出来る。生まれたばかりの子供を抱いていた聖子ちゃん。聖子ちゃんは6歳年下の男性と結婚したと母から聞いた。それまで何故か結婚しないで居たと。(あれは何年前のことになるだろう。息子が今、小学6年生で11歳だから、9年前のことになると思う。聖子ちゃんは敏郎兄ちゃんが結婚した後に結婚したんだね。馬鹿な敏郎兄ちゃんだ。)

……人生を思って、人生を振り返って、後悔の念に沈んでばかり居る馬鹿な敏郎兄ちゃんだ。馬鹿な馬鹿な敏郎兄ちゃんだ。

 思えば、母も、結婚を後悔して、81歳に成って嘆いている。母も、不幸な結婚をした。そうして苦労の連続の人生だった。息子の僕も全く同じだ。これを宿命と言うのか、同じ後悔をしている。

 母も本当なら幸せになることが出来たのに、馬鹿な結婚をした。そして、それと同じ馬鹿な結婚をした息子の僕だ。
 僕は、母が、もう少ししっかりしていてくれたら、不幸な結婚はしなくて済んだのにと愚痴を言いたい。

 人生の綱渡りが下手すぎる馬鹿な僕だった。後戻りはできない。もう55歳だ。3日連続の当直が終わって帰るけど、家に待っているのが聖子ちゃんだったら、聖子ちゃんだったら、どんなに良いだろうと、後悔の念に浸ってパソコンに向かってキーボードを叩いている馬鹿な敏郎兄ちゃんだ。

 あのとき、38歳の時、手紙を書いていたら良かったんだ。または、離婚した後、聖子ちゃんの実家に一度で良いから、仕事帰りに依ったら良かったんだ。職場のすぐ近くが聖子ちゃんの実家なのに、一度も依らなかった馬鹿な僕だ。

 もう遅い、ふり返ることはいけないことだ。人生は前だけを見ていなければいけない。後ろをふり返ってはいけないんだ。

 一度、たった一度で良いから、仕事帰りに聖子ちゃんの実家に依ったら、そうしたら幸せになっていたはずだ。後悔しても後悔しきれない。
(実は、聖子ちゃんの他にも悔やむことは幾つかある。最低のくじを引いてしまって後悔してしまっている今の僕だ。もう戻れない過去だ。あのとき、僕たちが結婚していたら、劇的な結婚になっていて、そうして今は幸せだったに違いない。人から欺され続けた僕の人生の一端だ。38歳の時、一人暮らしのアパートの中で、聖子ちゃんに手紙を書こうと思ったのに、多分、書かなくて出さなかった馬鹿な僕だ。あのとき書いて出していたら良かったのに。
 記憶の端に、手紙を書きかけたけど辞めたことが想い出される。何故、止めたんだ。書き続けたら良かったのに。あれはパソコンではなく、紙の手紙に書き始めたと記憶する。何故、止めたんだ。いや、パソコンで書いて、印刷して送ろうと主他のだと思う。だから、その書きかけの手紙が有ると思うけど、マックは仕様が変わって、昔のは読めなくなっている。昔のパソコンも持っては居るけど、電源がない。電源を改造したら良いのだけど、改造するのが大変だ。
 聖子ちゃんも子供が10歳になっているだろう。もう、戻れない。)

(敏郎兄ちゃんは苦しくて、悔しくて、魚釣りに凝っている。魚釣りに逃げていると言って良いだろう。こうするしか、この後悔の念から逃れることが出来ない。魚釣りに凝っているのは、これが大きな原因だ。誰にも分からないだろうけど、……
 でも、今日は、魚釣りには行かないだろう。余りにも悔しくて、悔し紛れに寝ているだろう。55歳になった敏郎兄ちゃんはもう体力が弱くなっている。魚釣りに行くのも大変になってきている。2日に1回しか行けない。以前のように休みの日は毎日魚釣りに行くことが出来なくなっている)  

(子供が出来たら、もう人生は終わりだ。このことに今、気付いた。子供が出来ると後戻りできない。でも、子供のせいにする訳にはいかない。悪いのは自分なのだから。そして注意が足りなかった親もまた悪いけど、主に悪いのは自分なのだから。自分がほとんど悪いんだ。帰りがけ、一度で良いから、聖子ちゃんの実家に依ったら良かったんだ。職場からすぐ近くなのに依らなかった僕が悪いんだ。)

(子供のせいにしてはいけない。自分が全て悪いんだ。自分が全て悪いんだ。自分が全て悪いんだ。もう戻れないことだ。戻れない……戻れない……戻れない……)

(諦めるしか無いことであるが敏郎兄ちゃんは今もメソメソと悔やんでいる。聖子ちゃんと結婚していたら、どんなに幸せだっただろう。敏郎兄ちゃんは幸せではない。聖子ちゃんはそのことを見通して、あの日、僕が息子と奥の部屋で寝ていたとき、会いに来たのだろう。僕たちは何も喋らずに見合っていた。喋ることがなかったし、喋ることが出来なかった。僕は2歳か1歳の息子と寝ていた。聖子ちゃんは赤ん坊を抱いていた。僕は喋ることは出来なかった。)

(聖子ちゃん、敏郎兄ちゃんは行き詰まって(家庭が真っ暗で)世界が破滅することや自殺を考えているのです)

(聖子ちゃん、敏郎兄ちゃんはあまりの苦しさに、逃げ出そうとも考えている。家では怒声しか聞こえない。もう限界だ。)


(半分、遺書)
 聖子ちゃんと結婚していたら、きっと一緒に魚釣りに行ってたと思う。夫婦で仲良く魚釣りしている姿を釣り場で良く見掛けるけど、本当に羨ましく思ってしまう。羨望の目差しでその夫婦を見ていつも「ちくしょう、ちくしょう」と心の中で嘆く敏郎兄ちゃん。

 離婚して一人になることも考える。看護婦さんと結婚し直そうと思うこともしばしば有る敏郎兄ちゃん、情けないけれど。

 でも、子供が居る。小学6年と小学4年だから、もうすぐ可愛くなくなる時期だけど、今は未だ可愛い。幸せな結婚をしている人達が羨ましくて成らない。

 だから敏郎兄ちゃんは魚釣りに凝る。魚釣りに凝っている間は忘れてしまうから。

 懸命に懸命に魚釣りに凝る。魚釣りが敏郎兄ちゃんの唯一の逃げ道だから。懸命に懸命に魚釣りに凝る。気ちがいみたいに。釣りキチ三平と自分で思っている。だから敏郎兄ちゃんは真っ黒に日焼けしている。

 日焼けして真っ黒になって、悔しさを忘れようと藻掻いている悲しい敏郎兄ちゃん。敏郎兄ちゃんはもう55歳で11月になると56歳になる。もう歳だ。とても若く見えるとうぬぼれて居るけれど、体力の衰えは最近、酷い。

 人生を誤ってしまった悲しい敏郎兄ちゃん。必死に魚釣りに凝る。懸命に懸命に魚釣りに凝る。

 再婚なんて無理なんだ。諦観に満ちた人生を敏郎兄ちゃんは送っている。敗北の人生を。

 失敗してばかりだった、敏郎兄ちゃんの人生は。大学受験にも失敗したし、結婚にも失敗した。失敗だらけの敏郎兄ちゃんの人生は、もしかしたら、もう終わろうとしているのかも知れない。身体が異常に怠い。

 でも、敏郎兄ちゃんは頑固として、癌検診には行かない。頑固者の敏郎兄ちゃん。

 子供のために、残りの人生を送ろう、子供のために、ひたすらに、と思っている悲しい敏郎兄ちゃん。

 もうすぐ、天国か地獄に行くのかも知れない敏郎兄ちゃん。どっちに行くのだろう。たぶん、天国と地獄の中間の処に行くと安心している暢気者の敏郎兄ちゃん。

 今日も魚釣りに行くことに決めている敏郎兄ちゃんだ。休みの日は出来る限り魚釣りに行って身体を鍛えよう、今からは仕事が体力勝負になるからだ。フラフラになるまで魚釣りを出来る限り休みの日は毎日して身体を鍛えようと敏郎兄ちゃんは考えている。

 本当に看護婦さんと再婚して、その看護婦さんと一緒に魚釣り行くことを考えてしまう、どうしようもない敏郎兄ちゃんだ。
 でも、今のところ、その看護婦さんの目当てがない。


(追記)
仕事から帰ったとき、出迎えてくれるのが聖子ちゃんだったら、どんなに良いだろうと思う。でも、出迎えてくれるのは聖子ちゃんではない。

(完)

聖子ちゃん

聖子ちゃん

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-28

Public Domain
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