喪女が人生やり直したら? 8話
現代編3です。
8話
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頭が痛い•••。気持ち悪い•••。
まだ朝の五時前。スマホの着信ランプが光っていたが無視する。冷蔵庫のミネラルウォーターを直接、口に運ぶ。よこから水がこぼれ、昨日のままの服を濡らした。ペットボトルをテーブルに置くと、服をその場に脱ぎ捨てる。再び、ベッドに倒れ込むと、昨日のことがフラッシュバックする。
やっちゃった•••。
後悔が押し寄せてきて、息が苦しくなる。もう嫌だ、という思いが頭の中を駆けめぐる。学校で嫌なことがあった時、会社で怒られた時、いつも陥っていた感情•••。ふと、バカな考えが頭をよぎる。
また、時間を巻き戻して、やり直せたりして•••。
あり得るとは思えなかった。あっても、どうしたらいいのか、わからなかった。今までみたいにまわりで起こった事のやり直しじゃなくて、今回は私の心の中の問題だから•••。
一生こんな感じで生きていくんだろうな•••。
でも•••。
でも、仮に時間をさかのぼったら、今度はどうする?
全然、考えが浮かばなかった。頭の中のノートに整理してみる。しかし、やっぱり何も出てこない。数ヶ月前に経験した、あの不思議な現象を思い出す。
望月くんに告白されて逃げ出した過去を後悔して、ちゃんとできたかわからなかったけど、精一杯答えた。
結局、今回また同じことしちゃったけどね•••。
自分で考えておきながら、胸を締めつけられる。
中1の私が犯人にされてハブられた過去自体、花崎を捕まえることでなくなった。
確かに犯人にされた記憶は未だ私の中にある。でも、今回のやり直しで気づいたこともあった。心配してくれていた家族、ひいおばあちゃんの笑顔。
あんなトラウマなんかより、大事なものがあるって、わかったんじゃなかったの?
だから、あんなことできたんだし、宮野さんとも話ができた。
そして、あのトラウマを『理由』に色々なことから逃げてきたツケを返すために•••。
腕を宙に伸ばす。ここ数ヶ月で自分でも驚くくらい痩せた。食べてゴロゴロしていた方が楽なのに、頑張ってダイエットした。有馬さんやお兄ちゃんから色々聞いて、仕事も頑張ってきた。
なんで•••なんで、あんなこと、しちゃったんだろ•••。
ボロボロと涙が出てくる。昨日だって最初こそ驚いたけれど、みんな、私のために来てくれたのに。
ごめんなさい•••。
ごめんなさい、ごめんなさい•••。
頭の中で、ただひたすら謝るだけだった。
••••••。
カーテン越しに光が差し込んできていた。
どれくらいたったんだろう•••。会社に連絡しなくちゃ•••。
スマホを確認してみる。七時を過ぎたところだった。メールで有休の承認依頼をする。着信ランプを確認すると、キミから着信とラインが、アホほどきていた。
まずはキミに謝ろう。ただあの子には自分の家庭があるから、朝の今頃は忙しいだろう。子どもたちとダンナを送り出して、自分もパートに出る手前くらいなら、迷惑も少ないかな•••。散々、心配かけておいて今さらだけど。
やることを決めると動けるタイプの私は、シャワーを浴びて頭を切りかえることにした。
八時半。キミに電話をした。
「もしもし、お姉ちゃん? 大丈夫?」
「ごめんなさい。心配かけて」
「無事なのね•••。もう! 心配したんだからね!」
「ごめんなさい」
「••••••。みんなには?って、お姉ちゃん、連絡先知らないか」
「うん、それでキミにお願いがあるの。みんなに謝りたくて。それで連絡先、教えてくれないかな?」
「いいけど。あ、飯田さんだけ先に会っちゃうよ?」
「うん、申し訳ありませんでした、って伝えてもらえる? あと連絡先を私に知らせたことも伝えておいて」
「うん、わかった。お姉ちゃん、会社は?」
「ははは、休んじゃった」
「そっか•••。ま、ゆっくり休んで。後でみんなの連絡先、送るから」
「うん、じゃあ」
通話を切る。あんなことがあった後なのに普通に話せる。そのことがすごく嬉しかった。
家族か•••。今回も迷惑かけちゃったな•••。本当、私、どれくらい家族を心の支えにしているんだろう。
ほどなく、キミからメールが届いた。名前と電話番号のみで、キミが忙しいなか、ダッシュでメールしてくれている姿が目に浮かぶ。妹に感謝しつつ、送られてきたメールを確認する。
ユーキ 080-XXXX-XXXX
いきなり男の人、それも未だに信じ難いが、こんな私に告白してくれた人たちに、連絡するのは•••。少し、ではなく、かなり気合いが必要だった。
そこで、宮野さんから、まずは謝ることにした。いきなり電話するのも申し訳なかったので、携帯番号でメッセージを送る。まずは謝って、できたら直接、頭を下げたいことも伝える。そしたら先ほど登録したばかりの番号から電話がかかってくる。慌てて通話を押すと
「心配したんだからね!」
いきなり怒られました。ただ、今までと違って嫌な気持ちにはならなかった。ただ、本当に謝りたかった。
「ごめんなさい。心配かけて」
「ふぅ•••。よし、無事ならとりあえずOK」
「あ、あの、それで忙しいのはわかっているんだけど、できたら直接謝らせて欲しくて」
「へー•••。ん~、秋野さん、今日、会社は?」
「•••休みをいただきました」
「あーっ! さっきから敬語ウザい! やめないなら切るよ」
「すみ•••、ごめんなさ•••。ゴメン」
「よし。じゃあ、私、忙しいから、秋野さんが来て」
「え?」
「そうねぇ、今九時か。じゃあ、十二時に汐留の日テレ大時計前で。遅刻厳禁だよ!」
もう切れていた。宮野さん、なんかスゴい•••。でも、謝るチャンスをもらえただけでも、ありがたかった。
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急いで用意して、汐留に向かう。行きの電車の中、キミに報告した。返信は
『ぶっ飛ばされてこい!』
はい、ぶっ飛ばされてきます。三十分前に着けたので、軽くお腹に入れておくことにする。なにしろ昨日の今日ということと、大慌てで出てきたせいもあって、貧血気味だったので。それでも十分前に大時計前にはたどり着けた。
うわっ!
その十分後、頭の上でメロディーが鳴り始める。見上げると巨大な仕掛け時計が様々なカラクリで動きながら、音楽を奏でていた。ぼーっと見上げていると
「秋野芹香さんですか?」
知らない女性に声をかけられる。私がテンパっていると、少し笑いながら
「宮野があちらで待っております」
そう言って、女性が向かう先にはスモークバリバリのワゴン車が止まっていた。横のスライドドアが開くと、宮野さんが手招きをしている。自然と小走りになり、車に乗り込むと
「さあ、秋野芹香! 謝れ!」
「ご、ごめんなさい!」
宮野さんの迫力に押され、子どものように頭を下げた。と同時に車が走り出したので
「「うわっ」」
宮野さんが私に覆い被さってきた。目を開くと、宮野さんの顔が目の前で、危うく女同士で致すところだった。
「うわわ•••」
今度は私だけ悲鳴をあげ、ドアまで後ずさった。そんな私を見て宮野さんは、あっはっは、と明るく笑う。
「いや~、秋野さんのファーストキス、奪っちゃうとこだった。それとも女優で練習しとく? ヘタな男より経験値あがるよ」
「い、いえ。結構!」
「冗談よ、冗談! それじゃ、お昼食べようか?」
「え? あの、私、宮野さんに謝りたかっただけで」
「もう謝ってくれたじゃない。あ、そうか。まだ私が許してないのか。うん、許す! それじゃあ、行こう」
いつの間にかパーキングに駐車した車から降りようとする宮野さんを捕まえて
「いや、だから、ちょっと待って」
「あーっ! うるさい! 一緒にご飯食べなきゃ、やっぱ許さない!」
十分後、景色のいい高層レストランで、芸能人とランチをしていた•••。
「勝手に予約しちゃった。苦手なのは無理しなくていいから」
「あの、宮野さん?」
「なに?」
「私、宮野さんに謝りに来たんだけど」
「聞いたよ。それに、もういいよって」
「それだったら、もう•••」
「•••秋野さん。いや、セリ」
宮野さんに何故かいきなりセリ呼ばわりされる。キミあたりに聞いたのか?
「私といるのイヤなの?」
そう言われると考えてしまう。イヤなわけではないんだけど、なんだろ•••。
「わかんない。イヤじゃないけど•••、宮野さんと話をするのも楽しいし。あえて言うなら•••」
「言うなら?」
「苦手?」
「そんな~」
明らかにヘコむ宮野さん。申し訳なく思い、時間の遡りについては話さないように気をつけながら
「私、宮野さんのこと、ずっと苦手だったんだけど、少し前に誤解だったのを知って。それに、また会うなんて思ってなかったから、まだ頭の中が整理できていなくって」
「•••昔もあったような気がするんだけど、セリ、ワケわかんないこと言うよね」
「私もそう思う」
「なによ、それ。でも、じゃあ嫌いじゃなくて、むしろ私とお話したいと!」
「そうなるの?」
「そうなるの!」
ちょうど前菜が並び始める。いただきます、と思わずしてしまい、まわりをキョロキョロしていると、宮野さんが声を出さないように肩を震わせていた。
慣れてないんだよ!
「ね」
「なに?」
「お箸、もらいましょうか、おばあちゃん?」
「大丈夫DEATH!」
「何だろう、殺意を感じたんだけど」
「気のせいでしょ。これ、美味しい!」
「良かったぁ」
宮野さんが今日、初めて本当に笑った感じがした。ずっと気をつかっていたんだろうな。やっぱり宮野さんはあの花崎さえ許しちゃうお人好しで、まわりにすごく気をつかう、いい人のままだ。
「宮野さん、あの•••」
「なに?」
「いまさらだと思うかもしれないけど、私と•••友だちになってくれませんか?」
ガッツポーズをとる宮野さん。
「やった! ついに言わせてやったぞ!」
感慨にふける宮野さんに声をかける。
「それで、どうかな?」
「あ、ごめんごめん。仕方ないな! そんなに私のこと好きなら、いいよ!」
「いや、そんなに好きじゃないよ。ただ、話というか、考え方が面白くて、興味があるかな」
「やっぱり一筋縄じゃいかない人だよ、やれやれ•••」
そんな宮野さんを見て、思わず笑ってしまった。
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「とりあえず二人に謝りたいんだけど•••。でも、その•••まだ二人のこと、好きとかそういう感じじゃなくて•••」
「なるほど、ね」
目の前に座る宮野さんを見て、本当にデザート食べるだけでも絵になるなぁ、なんて思いながら、私も一口。もちろんマズいわけないんだけど、複雑すぎて。ただ美味しい、としか言えなかった。
なんか、今の私の気持ちみたい。
男の人から、それも二人同時に告白されて、確かに嬉しくもあるけど、じゃあ、どうすりゃいいんだ? 目の前の宮野さんは明らかに私から話し始めるのを待っている。たぶん、このまま黙っていたら、今日はそのまま別れてしまうだろう。宮野さんとは、いつ会えるかわからない。だから!
「宮野さん」
「なに?」
グイグイ前にくるわけでもなく、かと言って全く興味がない、ということでもない。花崎の時より、なんかレベルが上がっているなぁ、などと思いつつ、気を取り直して
「あの•••、二人にも謝りたいんだけど•••」
宮野さんはクスッと笑うと
「さっき聞いたよ? じゃあ、セリは二人のうち、どちらかに決めてからじゃないと会って謝れないの?」
「そうじゃないんだけど•••。でも、そこをあやふやにしたままじゃ•••」
今度はあからさまに肩を落とす宮野さん。
「あのさ、選ぶも何も二人のこと、まだ何も知らないんじゃないの?」
二人どころか家族以外の男の人のことなんか、全くわからないッス。
縮こまっている私を推し量るように見てから、
「セリ、二人のこと嫌い?」
首を振って否定する。
「じゃあ、まずは謝ってから友達になって、それからじゃないのかな。もしかしたら向こうから、やっぱり付き合いませ~んって言われるかもしれないし」
軽く笑いながら話す宮野さんに対して、完全にテンパっていた私の口から出たのは
「でも私なんかと話しても二人の時間が無駄になるだけだと思うし•••、それに、たぶん、断られると思うし•••」
「あ~、やっぱりセリ、そうだったんだ!」
突然、テンションの変わった宮野さんを見ると、ジト目三白眼で私をにらみながら
「覚えてる? 私が昔、色々と悩んでいて他人を信じられない、みたいなこと言った時、セリ、私は違うって言ってたんだよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。なのに今になって何を言い出すかと思えば•••」
ため息をつく宮野さんを私は見ているだけだった。
「じゃあさ、セリは二人にこのまま会わないの?」
以前の私だったら、そうだったかもしれない。でも今は自分が間違ったことをしたこと、それに現在進行形で『今』この間と同じことをしていることもわかった。
だから!
「ごめんなさい。こういうこと考えるのが私のダメなところで•••。この間みんなに申し訳ないことをしたばかりなのに•••」
「なんだ。わかってるんだ。じゃあ、あとは今みたいなこと思ったり、言いそうになったら•••」
自分のバッグをガサゴソとしだす宮野さん。
「これでいっか。左手だして」
全く訳もわからず言われたまま左手と差し出すと
パチン!
「痛っ!」
左手首を見るとかわいい色のゴムがあった。前を見ると宮野さんも同じようにつける。そして少しだけ摘まむと、先ほど私にやったように自分で
パチン!
「な、どうしたの、宮野さん?」
私の心配をよそに、得意げな顔の宮野さん。萌えるなぁ、この人•••。
「私が教わったこと、教えてあげる」
宮野さんが教えてくれたのは、
左手首に輪ゴムをはめて、ネガティブな感情が出たら、その輪ゴムを引っ張って「パチン」とやる。それによって、ネガティブな感情を断ち切る。
ふ~ん•••。
「あ、信じてないな! まぁ、こんな安上がりな方法で? って思うかもしれないけど、とりあえずやってみてよ」
「わかった。やってみる。ありがとう」
私がそう言うと顔を赤くする宮野さん。なんなんだ、美人でかわいいって!
あ、そうだ。
パチン!
「ん? なんで今やったの?」
「なるほど。いやいや、確かにいいかもしれない」
「いや、だから何考えたの?」
「コレのおかげで断ち切れたみたいで、忘れちゃった」
むー、とうなる宮野さんを無視する。
一つ息をはくと宮野さんはニヤッと笑い
「じゃあ、もう一つプレゼントというか•••」
そう言いながらスマホを操作する。
「よしと。二人にラインしておいたから。あとの細かいことは本人同士でやってね」
「え? な、どういうこと?」
宮野さんは私の目の前にスマホを差し出す。その画面には
『セリが二人に話があるらしいよ。今日、連絡させるね』
「み、宮野さん?」
「これで二人に連絡しなきゃ、いけなくなったね」
あ、悪魔だ•••。
「•••なんか悪口考えているでしょう? ほら、パチン! パチン!」
左手首の輪ゴムを摘みながら、私はジト目で宮野さんを見ると、何事もなかったかのように口もとを上品なしぐさでふいている。
パチン!
強めにやる私だった。
喪女が人生やり直したら? 8話
次回は、現代編4です。