G(ゴールデン)knightとG(グリーン)knight
試しに1話から載せていきます。 怒ったり、凹んたりしないので、読んだ方は、
作品の良い所や、直すべき所を、感想にして送ってくれればと。
人気が出てきたので、連載して行くことにしました〜(^∇^)
第1話
黄色(おうしょく)の騎兵が高い丘から、夜道を見下ろす。
その道は町と町とを繋ぐ街道だ。
草や大きな石が取り除かれており、町を行き来する旅人や、金銭的余裕のある者達を乗せる、馬車の通り道である。
馬の蹄(ひづめ)と車輪の音。
恐らく『アリギエ』の街に向かっているのだろう。
明かりを伴い一台の大型馬車が走る。
夜の闇の中に、馬車を待つ者達が居た。
待ち人は脇の茂みや木々の間で、息を潜めていた。
黄色の騎士も待っている。
街道が見渡せる場所で、闇に隠れている彼らの気配を感じながら。
馬車が彼らの近くに差し掛かった。
そことは別の場所に居る、待ち人の仲間が弓を放つ。
飛来する矢に慌てる御者と馬。
急停止した馬車に、武器を持った男達が群がって行った。
「命まで取る気はねぇ! ブツを置いていきな!」
この付近一帯を縄張りにしている盗賊達は、武器を掲げ怒鳴る。
彼らの要求は乗客の所有する金品と女性。
この二つを渡せば、街まで走り逃げるのを許すとのことだった。
馬車の中で震える客達は窓から覗き見た。
五人の男達が、剣を持って接近して来るのを。
彼らの後方で灯されていく松明の数を。
盗賊は十数人いるようだ。
こういう状況を見こして用心棒を一人雇っているが、この人数差で勝てる見込みは薄そうだ。
「了解した」
あろうことか盗賊の要求を呑んだのは、当の用心棒である。
馬車の扉を開けて出てきたのは長身の男。
頭から砂や風を避ける為のフードを被っている。
怪しげなその雰囲気からは、どこか強そうなイメージがあるのだが……。
「腰抜け過ぎやしねぇか?」
大男が戦いもせず近寄って来たのを見て、盗賊達は口々に失笑を漏らした。
用心棒らしい彼は片手に何かを握りしめている。
僅かな金銭で、この場を収めようとしているのだろう。
「おいおい、それじゃ全然足り」
歩み寄った盗賊が、用心棒にブたれた。
仲間のところに殴り飛ばされた彼はさらに飛び、草地に転がっていく。
折れた鼻と歯茎からの出血で、顔面は赤。目に意識はない。
用心棒が握りしめていたのは、『拳(こぶし)』だった。
「希望通り『ブツ』をくれてやった。もっとも……俺は貴様らを生かして帰してやる気など毛頭ない」
盗賊達が怒りと共にそれぞれの武器を構えた、そのときである。
『彼』が現れたのは。
四足の足音が一気にこの場に接近する。
闇の中から新たに現れ、そのまま盗賊の一人を『撥(は)ね飛ばした』。
馬車の明かりに照らされた異様な存在に、誰もが行動を止めてしまった。
騎兵である。
顔を隠すフェイスガードを下げた兜と片胸当て、小手と脚甲。
騎乗で使うことを前提にした長めの金の槍。
下の服を除く防具全てが『黄色(きいろ)』に着色された派手な騎士である。
「黄金騎士(ゴールデンナイト)……? 黄金騎士か!」
「黄金騎士! 来てくれたのか! まさか噂が本当だったなんて」
「黄金騎士ー! こ、これでもう大丈夫だぁー!」
馬車の裏で隠れていた御者と中の客達が、口々にその名を言う。
彼らは騎士を知っているようだ。知らぬは困惑する盗賊達。
いや、それだけではない。用心棒も盗賊達も、その騎士の乗っている『モノ』が何なのか解らなかったのだ。
「金属の……鹿(しか)?」
疑問を言葉にしたのは用心棒の男だ。
黄金騎士の乗る、刺々しいデザインの装甲版で形作られた、四本足の黄色い体。
二本の短い角を持つ鹿のような頭部に、硝子の細い眼を持つ。
この場に居る誰もが、かの者の正体を知らない。
だが外野にとって大事なのは、噂通りなら騎士が味方だということだ。
鹿が向こうの茂みに向かって走り出した。
乗っている騎士は進路上の盗賊を突く。
槍は刺さらず胸から突き飛ばし、相手は抵抗も出来ず地に転ぶ。
「や、やべぇ!」
鹿の目指していた、道から離れた茂みで声が。
騎兵は素早く到着し、援護しようとしていた弓兵を蹴散らした。
矢を放とうとする一人目にそのまま突進。逃げる二人を槍が。ぶつけて、突いて、穂先で殴り倒す。
そして反転した黄金騎士は、馬車に戻る途中で一人突く。
「え? えぇ……?」
瞬く間に五人の仲間を倒された盗賊達の脳は、目の前の状況についていけない。
理解できたのは、残った自分達に勝ち目がないことだけ。
あの騎士を落とすには槍か弓が必要だが、もう彼らは持っていない。鹿を横から剣で切ろうにも、あの鉄の体に効くかどうか?
立ち向かう者、逃げる者。両者とも結果は同じである。
「どうやら噂通りの男のようだな」
用心棒の男は気絶した盗賊達を、持っていた縄で拘束した。
馬車の人間達を見やる。御者は今頃になって救援要請の為の狼煙(のろし)を使っていた。
暗い空に赤い煙が昇っていく。馬が殺られたのだ。
町の門番が気付けば、アリギエの騎士達が駆けつけてくれるだろう。
客達は身の安全に安堵し、神の名を口にしていた。
そして彼らの救い主である黄金騎士は、何も言わずに走り去ってしまった。
盗賊達を昏倒させた後、なぜか苦しそうに頭を抑えて、だ。
「モレク、奴が俺達の探している『黄金の勇者』か?」
馬車から数歩離れた所で、用心棒は小声で誰かに囁く。
女の声の返事が彼の耳に聞こえた。
「何を言ってますの緑昇(りょくしょう)? 欠片も似てませんの。
あれはただの黄色に塗られた鉄の鎧。目的の『強欲(マモン)の鎧(グリーズ)』は本物の金(ゴールド)で出来てますのよ?」
「だが奴の槍はその『金』で出来ていた。
あれが事前に聞かされていた『真実の富(トゥルーフォーチュン)』という槍ではないのか?」
緑昇と呼ばれた男とモレクというらしい女の声は、しばらく言葉を交わしていた。
そこに御者の男性が近寄ってきて、声をかける。
「お、おい、アンタさっきから誰と話しているんだ?」
「――いや、独り言だ」
緑昇の周りには誰も居なかった。
(夢)
「私知ってるんです。エンディックんの……お母さんを殺した黄金騎士の正体を」
「頼む! 教えてくれ! 母さんは……誰に殺られたんだよぉ?」
「聞いてどうするんですか? 復讐?」
「あったり前だろ……今は子供だけど、大人になったら強くなって……あの羽の化け物よりも強くなって、絶対に仕返ししてやる!」
「良かった。それなら教えても躊躇ったりしませんよね。それは」
少女が指し示した先に、少年が探していた『仇』が居た。
そしてそれが『偽者の富(コンターフェイトフォーチュン)』を纏う始まりだった。
(スレイプン王国・クスター地方・街『アリギエ』・教会近くの孤児院)
「それでこの様(ざま)かよ。情けねえ」
狭い部屋の両側に二段ベッドが一つずつ有り、ドアから右側は空(から)。左には四人の人間が下段に集結していた。
コルレとキリーという二人の男の子がいびきをたて、スクラという少女がそれを聞きながら熟睡中。
三人とも十歳にも満たない幼年幼女である。
対照的に三人にのしかかられ、うなされている十八歳の少年エンディック。
彼は窓から差し掛かる朝日と子供達の安眠妨害に助けられ、起床した。
「テメーら結局ここで寝たままか。これだからガキは……」
そういうエンディックの容姿もまた幼い。
金髪の尖った頭に金目。体は鍛えられているのだが、身長が同年代に比べると小さい。なので今まで歳相応と扱われないことも多々有った。
彼は昨日、三年ぶりに第二の故郷であるアリギエに、この孤児院に帰ってきたのだ。
旅の疲労が溜まっていたエンディックを、幼馴染が出迎えてくれた。
すぐ寝床へ案内してくれたのだが、そこは子供達の寝室。
三人の子供はいきなりの来訪者を、快く受け入れてくれた。
「――ドンナトコロニイッテキタノ?」
「ねぇねぇ、どこから来たんですか?」
「あのあの、何している人?」
全く物怖じしない彼らは次々に好奇心をぶつけ、エンディックを眠らせない。
さらに自分達のベッドに帰らず睡魔におち、エンディックもそのままにして目を閉じた。見た夢も悪夢だったのだが。
(帰ってきちまったんだなー俺)
エンディックは元々孤児ではない。八歳のとき、両親が自分を養えなくなったので、知り合いのライデッカー神父の孤児院に引き取られたのだ。
さらに一年後、シナリーという女の子が来て、二人はよく遊び、よく神父に叱られた。
だがエンディック自身の事情から、三年後に帰ると約束して、十五のときに旅に出た。
(昨日ライデッカー神父(オヤジ)に出くわさなくて良かったぜ。あの糞ハゲのことだ。
息子が長旅から帰ってきたら殴っておくのが当然じゃーい、とか言って襲ってくるだろうよ。
疲れた身であの拳(こぶし)を食らったら、それこそトドメになっちまう)
「おっと、そこで何してんだ? シナリー」
部屋のドアの前に幼馴染のシナリー=ハウピースが立っていた。
エンディックを三年ぶりに自然に迎えてくれて、事情も聞かずに寝室へ案内してくれた、気遣いの出来る人間だ。
歳は自分より一つ上だったと、エンディックは記憶している。
白いブラウスに動きやすい短いスカート。昔より伸びた紫色の長髪の笑顔の少女。
少年にとって良くも悪くも、忘れられない友人であった。
「エンディックん……?」
昔からシナリーは彼の名を『エンディックん』と呼ぶ。彼女なりのあだ名なのだろうか?
そんな彼女は体をワナワナと振るわせ、顔面蒼白。
「あん……?」
悲鳴と共に振り上げたシナリーの手には、杖(ロッド)が握られている。
確かファイスライアという魔言(スペル)杖で、ライデッカー神父が棒術でよく使っていた物だった。
「ま、待てシナリー! そんなモンで殴られたら二度寝しちま」
「いやああああっ!? なに神職者の家で同性愛と幼女愛と四身合体を発動させてるんですかぁっ!」
「お義姉ちゃんに嬉しいお知らせがあります!」
テーブルに料理を並べていたサーシャ=アウスラが振り返ると、シナリーが廊下から顔だけ出して、ニコニコと笑っている。
どうやら向こうに何かを隠しているようだ。
「何? アンタが財布でも拾って思わぬ大金を手に入れたとか~かしら?」
「じゃーん。今までどこほっつき歩いてるか知れなかった、エンディックんが帰ってきました」
彼女は床で無抵抗に倒れている人間の体を引きずって来た。
何やらボロボロになっているその少年の顔は、とても見覚えがあった。
「あ……あぁ……エンディック!」
サーシャは涙で視界を曇らせながら、待ちわびたその名前を呼ぶ。
そしてなぜか傷だらけの彼の体を抱き上げた。
「エンディック! 本当にエンディックなのね? あぁ心配したわ! 私、貴方がどこかで野たれ死んでるんじゃないかって毎日毎日心配で。無事帰ってきて、良かったわぁ」
「お義姉ちゃん、エンディックんがボロボロなのはですね? それだけ長く険しい冒険をしてきたからです。川を越え海を越え山を越え森を越え」
「お前に袋叩きにされたんじゃねぇかっ!」
復活したエンディックは、もらい泣きしているシナリーに吼えるのであった。
その後、起きてきた子供達を交え朝食をとる。エンディックの分はシナリーが作っていたようだ。
そっぽを向いて咀嚼する彼に、隣に座るシナリーは謝っていた。
「ごめんなさーい。でもエンディックんって昔からその気(け)があったじゃないですかー?」
「お前……俺が居ないのをいいことに、悪評を言い触れ回ってたんじゃねぇだろうな?」
「まあまあ二人とも、子供達も居るんだし、イチャつくのは外でやってくれないかしら?」
このやりとりを仲裁したのはサーシャ。
二人、いやこの孤児院の中では、三人の子供達にとっても『お義姉ちゃん』ということになる。
ライデッカーは言った。孤児院の子供達は、自分にとっての子供だと。
先に居た者が、後から来た子にとっての義兄義姉になるという、取り決めをしていたからだ。
サーシャはエンディック達が連れられて来るより前から、ここに居る。美人でライデッカーと出会う前は、本人曰く『エロい仕事』をやっていたらしい。
髪は短く茶色。身に着けて居るものは修道女(シスター)の服だった。
「しっかし三年の間に色々変わったな。義姉ちゃん、教会の試験に合格したんだな?」
「私から頼みこんでお義父(とう)さんに教わってたのよ。
宗教どうたらから薬の調合、ちゃんとした礼儀作法まで教えてくれたわ。私、頭悪いから相当勉強したけどね。
覚えられないときは、気合で覚えんかーい! ってうるさくて」
二人の会話にシナリーが思い出したかのように、割って入った。
「ちょっとお義姉ちゃん、ダメじゃない今その服着るのはぁ。シスター服は教会から支給された制服だよ。食べ物で汚したりしたらどうするの?」
「私はアンタみたいに着替えんのがめんどくさいの」
エンディックはその会話に、自分の予感が当たったことを知った。
シナリーも同じく修道女になったのだ。彼女が魔言杖を持っていたことから、そうでないかと思っていたのだ。
(アイツは修道女になった。魔言を使うことを『気にしなくなった』。シナリー、お前も前に進むことを、自分に許せるようになったのか)
思考していると、子供達が自分を見ていることに気付いたエンディック。
家族が自分達のあまり知らない人と親しげに話しているのが、気になるのだろう。
彼も幼いころ、ライデッカーを訊ねてきた同業者との、大人達の会話についていけなかった。
しばらくして金髪のボーっとしたような男の子、コルレが話しかけてきた。
「ネエ、エンディックオニイチャン」
それに青い髪の少年、キリーが続く。
「シナリー義姉ちゃんと、どういう関係なんですか?」
長い赤髪の女の子、スクラがニコニコしながら聞く。
「もしかしてー男女の仲って奴なのー? どっちが上なのー?」
忘れていた。彼らが遠慮などしないことを。
エンディックは年上として、子供達に注意をしてやろうとする。
「えへへー、バレちゃいましたか。私が上です」
「何でテメーが答えてやがるシナリーッ!」
子供達の期待に応えるシナリーを小突いたエンディックは、純粋無垢ではない瞳を向ける子供達に説明した。
「コイツとは幼馴染で昔からの親友だ。テメーらが想像しているようなことは一切ねぇ!」
「えへへー、友達って言われちゃいましたー。でも私が上です」
なぜか顔を赤くし、しきりに照れるシナリー。それをエンディックは怪訝な目で見つつ、彼が居ないことに気付いた。
この場に未だに現れず、先程のような戯言に必ず食いついてくるライデッカー神父だ。
「そういや義姉ちゃん、オヤジはどうした? アイツまだ寝てやがるのかよ?」
「お、お義父さんは……その」
言葉を濁すサーシャの代わりに、シナリーが彼の問いに答えた。
「お義父さんは、ライデッカー神父は……」
例えそれが、エンディックが望まない回答だとしても。
「お亡くなりになりました」
■■■
(アリギエ・オープンカフェ『イカリャック』)
そのテーブルに座る男女は二つの意味で、目立っていた。
一つは男の大きな体だ。190はある身長の体を椅子に預け、女性と話す男。
店に入って来た時から、注目を浴びている。ボサボサの黒髪にどこか疲れた目で冴えない印象。
歳は二十代後半だろうか。地味な黄土色のコートを着ている彼は、とても低い声でボソボソと女性に話しかけている。
彼の名は緑昇。
昨夜、アリギエにやって来た男である。
「おい……涎を拭け。モレク」
「だってちゃんとしたお料理は久しぶりなんですもの! 前の町の料理ときたら、どれも激マズでした!
昨夜なんか身の程知らずの盗賊を、ツマミに平らげてしまうところでしたわ」
テーブルを不満げに叩く女性はモレク。
綺麗な緑色のショートの頭と、細い目。痩せた体に着ている豪奢なドレスは、視覚に痛いくらいドギツイ桃色。人の歯茎を模した不気味な青い髪飾りを付けている。
二つ目の理由は、彼女が店の男達の視線を釘付けに出来る程の気品のある美女だったから。
貴族が付き人を伴って来たのだろうか? いや高貴な人種がこんな所に食事に来るはずが無い。
二人は何者なのだろう……? そんな予想を周囲に抱かせていた。
「俺は……この町は初めてだ。知っているだけの詳細な情報を教えろ。お前はここに来た『記録』が残っているのだろう?」
「貴方様の前任者の時ですけどね。このアリギエは王都の周りに展開している、四つの商業都市の一つですわ。
これから回るクスター地方では一番大きい街。魔言の解析と流用がかなり進んでいて、特に建築の『完成度』が高い街ですの。
国王が貴方様の世界の技術を広めて、なんとか再現しようとしてますし、近い将来『真似』くらいは出来るんじゃないかしら」
「確かに他の地方と違って、崩れそうな家……という物は無いと見える。魔言か。この世界における魔法や魔術のような物だったか」
「緑昇……散々あれこれワタクシで酷使してきた癖に、何か解ってないような口振りですわね」
モレクの半眼に彼は、悪いともふざけているともとれる素振りで謝罪した。
「すまない。マニュアルは読む方だが、物覚えが悪いほうだと自負しているのでな」
「いいですこと? この世界『シュディアー』の空間には、人類の先祖が残したと言われている『技術銀行』(テクノロジーバンク)が存在しますの。
今では実現できない超技術が貯蔵された、どこにでも在(あ)る奇跡の蔵(くら)と言えばいいかしら。
そこからスンゴい力を引き出す為の暗号や発音が、魔言ですわ。魔言を正確に発音できる才能を、技術を行使するのに必要な魔力(マナ)を持つ者を『魔言使い(スペラー)』と呼びますの。
まあ昔は誰でも使えたそうですけど、今じゃ中々いないのが現状。魔言使いなら公職の騎士と同じくらい、安定した職に就けるって話しですしね。
あの……何で今更、貴方様にこんな事をレクチャーしなくちゃいけないんです? 緑昇、ちょっと聞いてますの?」
長々と語っていたモレク。対して緑昇は、コーヒーを運んできた『女性』店員に会釈し、黒い液体を口に含み、一息ついて街の人々を見ていた。
数分してモレクに目を戻すと、平坦な声で答えた。
「いや、あまり」
「なぜですのおぉーっ!」
激怒する彼女を尻目に、緑昇は昨夜の出来事を考えていた。
異形の獣を乗りこなす黄金騎士(ゴールデンナイト)の事だ。
噂によると、金色の武具と獣を駆って現れては、その場の弱きを助け、強きを挫く正義の騎士らしい。
様々な街に目撃談があり、賊や賞金首をほとんど殺さない事から、童話の中の英雄のようだと語り広まっているそうだ。
「ふふ、同じ穴の狢(むじな)としてどう思いますの?」
「変態だな」
「はい?」
「奴が不殺を誓おうとも盗賊や反王族主義者の末路は、拷問、死刑、犬の餌と決められているのだ。直接手を下さず、公開された処刑会場に血走った目で朝から待つ。
自分が捕まえた罪人が、他人の手で殺されるシチュエーションを生き甲斐とする変態だろう。
魔言に水(すい)や雷(らい)、風(ふう)といった属性があるように、人にも眼鏡属性やオトコノコ属性、東西(左ハミ・右ハミ)南(・下)北(・上)半球属性と様々あるのだ。
奴は生粋のNTR者(ネトラーター)だろう」
「そ、そうなんですの……?」
緑昇は黄金騎士の乗っていたアレについて検討する。
あの金属の鹿は何だったのか?
「あれは鹿じゃなくて、レイヨウのプロングホーンという、動物の形に酷似していますわ。記録によると、チーターとかの次に早いとかなんとか」
「ならアレは本物さながらの早さというわけか。だが、なぜ金属の体なのだ? 奴は魔物を使役しているというのか?」
魔物。どこの冒険者か発掘家が言い出したのか、金属で出来た怪物の総称である。
魔力か何かの未知のエネルギーで動き、縄張りに接近した人間を襲う『物』。
街道に現れる盗賊や、街で人々を苦しめる悪徳騎士よりも、さらに上位の脅威である。
それは彼らの攻撃方法が、理解不能だからだ。
魔物に見られただけで殺される。魔物から逃げても殺される。肉や物でも注意も引けず、命乞いをしても殺される。
なんでも、魔物の体が光ると、穴だらけの死体が出来るそうな。
立ち向かうにしても、彼らの精錬された平たい装甲には剣も槍も弓も効かない。
雷属性の魔言が多少効くと噂される。彼らは森や海、廃墟を住処とし、そこから滅多に出ない。幸い縄張りに近づかなければ、害は無いが。
それらの情報が広められたのには、理由がある。かつて数多の戦士や魔言使いが、名声欲しさに魔物に挑み、殺された瞬間を第三者が記録したからこそである。
「奴が何かの偶然で操作端末(コントローラー)を手に入れたか。あるいは」
「あぁっ! やっと来ましたわ」
モレクを見ていた男性客たちがギョッとする。彼女達のテーブルに大量の料理が運ばれてきたからである。男が食うのであろうか?
緑昇は並べられた料理を見て、ため息をついた。一つ一つ丁寧盛り付けられた料理と綺麗な皿。高価でないながらも凝らされた料理人達の工夫。
それらが今、無に帰すのである。
「毎度のことながらお前を維持するのには、金が掛かるな。まあ、『他(ほか)』に比べたら『食欲』なんて安い方か。モレク、なるべく上品に頼む」
強い酸性の液体がテーブルの上に垂れた。モレクの涎である。
そして……『暴食』は始まった。
目をカッと見開いた彼女の両手のナイフとフォークが、次々と料理を突きたて、口に運んでいく。
肉を切り分けたりしない。食べていくではなく、料理を飲んでいくモレク 。
その食い方の汚いこと汚いこと。汁と油を撒き散らし、道具を使うのももどかしくなったのか、手を悪魔のように伸ばし、口に入れてゆく。
そう、それは肉食動物の捕食に似ている。もしくは餌に群がる家畜か。
この惨状は見ている何人かの気分を害するのには充分だった。
気品を漂わせる貴婦人のあまりの豹変に、店内の誰もが呆然とし、連れの緑昇だけが静かに自分に必要な分をよそって食べている。
「あ、そうそう。一年前に出た賭けレースを覚えてます?」
笑いながらお食事をしていたモレクが、不意に言った。
「マーツォの街での事か。お前の燃料補給に金が尽きて、仕方無しに出ようとしたアレか」
そのときは乗り物何でもありの賭けレース『ライピッツ』に出ようという話になったのだ。
何でも有りと言っても大抵は馬なのだが、緑昇は自らの足で走り、優勝した。
「そのライピッツがこの街でも有るんですの。今日は物好きな方達の、大会の決勝レース有ります。
ほら、途中で見かけたあの円形の建物はその為の施設ですの」
「ほう。だが今はそれほど路銀に困ってはいない。それにスポーツに出るなら、前のような裏技は用いたくない。
いくら大雑把な規則でも、俺達も馬か何かに乗るべきだ。例えば」
緑昇はそこまで言って、ある可能性に気が付いた。
例えばあの黄金騎士の金属レイヨウに乗れれば。
例えば自分と同じような反則的な速さを、躊躇わず使い続ける者が居たら。
その大会に黄金騎士が出ている可能性は高い。
(アリギエ・教会・墓地)
三人の子供達が墓石に隠れながら、遠くの男女の姿を観察している。
彼らの視線の先にはエンディックとシナリー。二人はある墓石の前で話をしているようだが……?
「ナンダカオニィチャンオコッテル」
「でも見つからないぐらい離れてると、何て言ってるか聞こえないね」
「早くも別れるってやつー? 変なカップルー」
「何してんのアンタ達?」
コルレとキリー、スクラが驚いて振り返ると、サーシャが袋を抱えて立っていた。
彼女は墓地の管理人のナバロ爺さんに、届け物を渡すところだった。
「ボクタチハフタリノカンシダヨ」
「あぁ、あの子達ね。エンディックも苦しいわね。特に神父様に懐いてたみたいだから」
「あの人ってどんな人なんですか? どちらかと言えば真人間(まにんげん)みたいですけど」
「そうね。エンディックはちょっと口が悪いけど、とっても真面目でお利巧な子よ? ただ気負いすぎる所があるというか、幼馴染のシナリーと一緒に居ると、暗くなっちゃうのよね」
サーシャは語りながら、知ったかぶる己に苦笑した。どれだけ二人を知るというのかと。
知っていると言っても二人が孤児院に来た以降の姿だ。
多分あの奇妙な関係はその前が原因。きっと自分は助けになれないのだ。
「あの子達が互いを想い合っているのは解るの。エンディックはシナリーのことがとても大切。
あの子が怪我したりすると、血相変えて飛んでく感じね。それはシナリーも同じなの。エンディックに付きまとって何か手伝ったり、たまにご飯を作ってあげたり、お付きの使用人みたいだったわ」
「でもでもー、それって変だと思うー。だってシナリーお義姉ちゃんあんだけ胸おっきいんだよ?
お付き合いしたい男の人がいないわけないじゃん!」
突如もたらされた情報に、サーシャは苦い顔をし、コルレとキリーは興奮する。
「タシカニフクノウエカラデモ、オオキイトオモッテタケド!」
「それって本当かい! きっと神様って奴の仕業だよー!」
「うん。この前にアタシ、お義姉ちゃんが脱いでるとこ見たの。なんかもうゴゴゴゴ……ズドンッて感じだったのよ。
空気そのものが揺れてたみたいな」
「いや……その例えじゃ解らないわよ」
呻くサーシャを二人の男の子がクスクスと笑う。
「マア、オネェチャンジャイッショウワカラナイヨー」
「大人になったら育たないんだよねー」
青ざめた顔でスクラは二人の口を塞ごうとするが、先に保護者の殴る蹴るの暴行。
「もう、男の子の前でそういう話しをしたらダメよスクラ? ほら鼻血出してるじゃない」
サーシャは拳に付いた血を拭いながら、エンディック達を見る。エンディックは怒っているようだ。
何度か言葉を交わし、彼だけ墓地を去っていった。シナリーはその後ろ姿に何かを呟いている。
ため息をつきながらサーシャは独り言を言った。
「朝ご飯で言ってたけど、あの正義感の強いエンディックが騎士になるとはね。騎士道を振りかざし、弱い者を助けるのは童話の中だけ。
本当のアイツラは難癖と徴収のプロ。適当な理由で何でもぶん取り、大金さえ貰えば罪人も逃がす悪漢供。そんな奴らの中にいて大丈夫かしら」
彼女の独り言に足元で転がっているキリーが反応する。彼は興味を持って聞く。
「……お義兄さんって、よくある騎士とか勇者とかの物語とかが大好きだった子供でしたか?」
「神父様がそういう単純なお話しが好きだったから。その影響かしらね」
キリーはムスッとして、エンディックが去った方向を見た。
それは失望の眼差しだ。
「なぁんだ……あの人、もの凄い……バカじゃん」
旅の終わりは人生の終わりだった。
「――何でだよぉ」
夢が潰(つい)えるのを感じた。希望が消えるのを見た。自身の意味が霞んでいくのを知った。
もし結果が解っているのなら、絶対に自我を捨てていた。
どちらか選べと云うならば、例えつまらなかろうと、満たされぬ人生を送ろうと、『彼の傍』を選んでいた筈だ。
「何か喋れよ……」
奴隷として扱って欲しかった。くだらない傲慢な意思や夢など、教えなければ良かったのだ。
結局『見つけられなかった』自分の選択は、眼前の結果に比べれば間違いだったのだから。
「ほら……殴れよ……」
朝の曇り空の下、緑の丘に立ち並ぶ先人達の名前と石。
エンディックとシナリーはその中から、よく知っている人物の名を見つける。
「なんで死んでるんだよぉッ……!」
石の名はライデッカー。元は王国の魔言師団員で、一年前まではこの教会の神父をやっていた。
捨てられたり、育てられなくなった家庭の子供を孤児院に預かり、町の人々にとても好かれていた豪快な男。
そんな男の墓が建てられていた。
「俺はなあ、このハゲにもの凄い借りがあるんだよぉ……」
エンディックは墓の前に泣き崩れながら、ポツリポツリと話し始め、シナリーは黙って聞いていた。
「誕生日の日に父さんに言われたんだ。今日から一緒にご飯を食べられなくなるって。その頃ガキだったから、なんだか解らないままアリギエに連れられて、ハゲの変なオッサンに会わされた。
親父に置いて行かれて、帰り道を知らない俺にソイツはこう言った。自分はお前を誘拐した。父親にまた会いたければ、自分を倒してから行けってさ」
子供が大人にケンカで勝てるわけがなく、かといって本当に彼が誘拐犯ではなく。
その禿頭の男はエンディックに部屋を与え、服と毎日の食事を用意し、他の孤児院の子供達と友達になる機会をくれ、教育を与え、そして親の愛をくれた。
大量に売られた恩に対して彼に出来たことは、よく食べて、よく寝て、少しでも陰り(かげ)のある所を見せまいと、健康に元気に過ごすことだけだった。
エンディックはよく神父に襲い掛かっては返り討ちにあっていた。
ライデッカーが自分の故郷の場所を、決して教えなかったからである。かといって神父はよく彼の体を鍛えてくれた。
三年前、エンディックはついに、ライデッカーに膝を着かせた。
神父の老いか、あるいは長年の努力の成果か、実の両親を追いかけていい強さを手に入れたことになる。
だが、ライデッカーは頑(かたく)なに口を割らなかった。
二人は言い争いの末、エンディックは自分の力で探すと言い放った。
他の家族達に心配をかけない為に、騎士学校に通うと言い、故郷の街が大体有ると思われる地点へ旅に出た。
場所は曖昧に覚えている故郷から父に連れられてきた日数と、故郷の風景と一致する噂話しと地図の情報などを頼りに、村や街を回った。
「でも結局見つからなくてよ。このまま戻るのもアレだから、ルトールの街にある騎士学校に行ったんだ。そこで立派な騎士になって見せれば、少しは面目立つかなと思って」
父親を見つけるという希望は叶わなかった。恩返しに大成した自分の姿を見せるという夢も終わってしまった。
彼に助けられたこの命の意味を、彼の為に見出す前に死んでしまった。
「オヤジはどうして死んだんだ?」
「それは、病気で……その」
シナリーは顔を伏せ、言いよどむ。
エンディックはもしやと思い、さらに問いをぶつける。
「自分の死んだ理由も、『俺には』話すなって言われたんじゃないだろうな?」
「エンディックんは……昔からカンがいいですねー」
「それは俺の故郷の事と関係が有るのか? 例えば、『今も』俺の故郷が教えられないような危険な所で、オヤジもそこに行ったから死んだなんて言わねぇよな? なあ!」
「――どうしますか?」
語気を荒くしてシナリーに掴みかかるエンディックは、彼女の変化に気付いた。
笑っているのだ。シナリーは朝食の時と同じくヘラヘラと笑っていた。
悲しみ、憤る彼を見て、彼が言うであろう答えを期待して、笑みを浮かべている。
「もしお義父さんが誰かに殺されたのなら、復讐でもしますか?」
それは以前にも投げかけられた問い。
思えば、この問いで彼の人生の指針が決まったのだ。
「それなら『先約』の方を済ませてくれませんか? 私の方の復讐を」
以前エンディックはシナリーとある約束をしてしまった。彼女の大切な人を、彼にとっても大切な人を殺した『黄金騎士』にエンディックが復讐するという約束だ。
二人にとって『黄金騎士』とは、世間で言われている謎の英雄の事ではない。
禍々しい輝きを放つ金色の全身鎧(フルフェイス)の怪物。
それが二人にとっての黄金騎士の意味だった。
しかし今のエンディックなら言える。あの約束はしてはいけなかったのだと。
あのとき、幼いエンディックが出した答えが、彼女をずっと苦しめることになったのだから。
「おい! テキトーなこと言ってんじゃねぇっ! 『奴』は関係ない!」
「お義父さんがピンスフェルト村から『運ばれて』来た時には、体はもう治癒不可能な猛毒に侵されていました」
ピンスフェルト村はアリギエからさほど遠くない場所で、のどかな農村である。
エンディックも立ち寄ったことがあるが、家々が完全な木造で、人同士の争いや犯罪とは無縁な平和な場所。
シナリーはもう笑ってはいない。
固い表情から冷めた声を出して、エンディックには無視できない病名を口にした。
「『金属毒(アイアンヴェノム)』ですよ。帰ってきたお義父さんの体の一部が、金属になっていたんです。
それが徐々に広まって、とうとう心臓に達したのか、息を引き取ってしまいました。この死に方を私達は知っていますよね?」
「……ああ、『奴』の得意技だ」
魔言は技術を取り出すだけではなく、使い手の魔力によって別の方向性を与えたり、他の技術と組み合わせる事も出来る。
『POISON』は猛毒付与の技術で、詠唱時の魔力量に応じて、対生物用の毒素を呼び出す魔言である。
単体ではあまり使われず、『SMOG』と同時に唱え毒煙に、『AQUA』なら魔力で作られた毒液を生成する。
『METAL』は対象の一時的な金属化。
使い手の魔力が続く限り物質を硬化させ、鎧などの物理防御の底上げに使われる防御用魔言(ディフェンススペル)。
魔言には1~8までの階級があり、上の階級ほど発声の正確さや多くの魔力が求められる。
前述の毒と鉄の魔言は4と5の階級。落第者や野に下った無資格者では制御の難しい中級魔言で、主に公的機関の魔言使いが使用している。
「魔言『POISON』の猛毒は教会で作られた薬品や、回復の魔言『RECOVER』による解毒をし、肉体を回復させれば治せます。
しかし『POISON+METAL』の合成魔言(コンボスペル)の毒は金属毒と呼ばれ、対象がなんであろうと無理やり金属に変えてしまいます。
金属化が心臓に達するまで時間がかかりますが、相手を確実に死に追いやる治療不能の猛毒。
わざわざこんな殺し方を、こんな魔言を使う存在は私の知るところ『黄金騎士』だけです」
「でもよ……オヤジはシナリーを孤児院に連れて来たとき、言ってたんだ。あの村の事件はもう終わったって。
あの『悪魔』はもう封印されたって!」
「私達を安心させる為の嘘ですよ。多分あの村の脅威をそのときは解決出来なくて、後から自らの手で、なんとかするつもりだったんじゃないでしょうか?
そして失敗したお義父さんはご覧の通りです」
シナリーの語る可能性に、エンディックは項垂れながら考えた。
過去からの因縁が頭を占めてゆく。養父の死と黄金騎士。眼前の少女との約束。そして今までの旅で得てきた力と意味。
なるほど、これは避けられそうにない。
エンディックは顔を上げてはっきりと意思を伝えた。
「『今』の黄金騎士がどこのどいつか知らねぇ。それにオヤジはコレを望んでない。でもあの化物を放っておくことは出来ないし、故郷への手掛かりかもしれない。
手始めにピンスフェルト村に行ってみようかと思う」
故郷の出来事がまだ終わってないんだとしたら、ライデッカーが一人で行動していたのなら。
今や真相を知り、事件を解決できる者が、誰も居ないことになる。
ならば息子のエンディックが引き受けるしかない。
「俺の腹の内は話した。さあ、次はお前の番だぜシナリー?」
養父は自分を遠ざけようとした。当然それに従う形で、彼女も情報を出し渋るはず。
なのに今の状況があるということは……。
案の定、シナリーは見返りを要求した。
両手を合わせ祈るように。待ち焦がれた恋人にやっと会えたように。
最高の輝きを放ちながら、笑顔でエンディックを求める。
「貴方の仇であり、私の憎き存在である、黄金騎士を殺して欲しいんです。
貴方に殺される。ただそれだけの為に生きてきた醜い生き物、
シナリー=ハウピースを殺して欲しいんです」
旅の終わりは因縁の清算だった。
■■■
(アリギエ・教会前)
「来て……しまった」
神を求める信徒が一人、聖なる建物の前で右往左往していた。
「どうしようかなぁ。やっぱり止めようかな。でも……」
そう言う迷える子羊の体は大きく肥えており、彫りの深い厳(いか)つい顔には眼帯をしている。
桃色の下地に銀色の鰐(わに)の刺繍が入った眼帯を、左目にした男の名はポンティコス。
以前のポンティコスは、仕事終わりの次の日には、必ず教会に来ていた。
彼は信仰深い性格で、仕事先でも成功を祈る為に、頭(こうべ)を教会の方向へ向けているのだ。
だが、今まで彼に良くしてくれた神父様が死んで以来、なんだか行き辛いのだ。
その神父以外とはあまり話したこともないし、ちょうど仕事も忙しかったので、葬儀にも気付けなかった。
あのライデッカー神父はポンティコスにとっての恩人である。
その死も悼めない自分は、墓に会わす顔もない。そんな心境なのだ。
「お墓に花でも買ってこようかな。でもそこを誰かに見られたりしたら……」
「あ、ポンティコスさん。おはようございます」
ポンティコスは声を掛けられたことに驚き、相手を見る。
杖を持った紫髪の修道女が後ろにいる。彼女は微笑と共に話しかけてきた。
「お義父さ、ライデッカー神父から伝言を聞いています。『イカす眼帯男が訊ねて来たら、中に入れてやるように!』って」
「え……? 神父様が俺のことを?」
彼が自分のことを気にしてくれていた事実に、思わず涙ぐむポンティコス。
それに自分のような怖い顔の人間に話しかけてくる、少女の気さくさにも感心した。
他のシスターは眼帯を付けたこの物々しい男に、気後れしているからだ。
「ほら遠慮せずに! 入って入ってくださーい」
「じゃ、じゃあ……」
かくして神の信徒に導かれ、悪人は扉をくぐった。
「ラーメン」
「何ですの……それ?」
「俺の世界では祈る際に、麺類の名を唱える風習があってな。……言ってみただけだ」
緑昇(りょくしょう)とモレクが教会の端の席に座っていた。
二人はイカリャックを出た後、教会に立ち寄ったのである。
そこに彼らが探す物と人の、何かしらの情報を持っているかもしれない人物がいると聞いたからである。
皆が聖なる歌を聞き、聖なる書物を朗読する教会。周囲の目から外れた席の男女は、ヒソヒソと呟き合っている。
「まさかライデッカーという男が……もう死んでいたとはな。
彼は19年前に王都の魔言師団にいたと聞く。第一期・遠征部隊……『勇者』がこの世界に来たときに……だ」
「前国王の魔の手から逃亡し、行方不明となっている強欲の鎧(マモングリーズ)と勇者。
その方達の噂が有るこの地方に、ライデッカーなる神父が居るのは変じゃありませんこと? もしかして逃亡の共犯者なのでは?」
「仲間割れで死んだ可能性か。それも含め調査を……ん? おいモレク、二席前の男……デニクじゃないか?」
緑昇の言った席に、他の信者よりも熱心に聖歌を歌う男が居た。デニクという若い商人だ。
金髪で浅黒い肌のその男は、三年前に二人と別の街で会ったことがある。
緑昇達にとっての彼は軽薄で、常に他人に媚びる子悪党という印象だ。
だから目の前の熱が入った信徒ぶりを、二人は信じられないと驚いているのだ。
「不思議なことも有るものですわ。そういえば緑昇、デニクは『銀獣の会(シルバービースト)』の一員でしてよ? 覚えていまして?」
銀獣の会とは、仕事の稼ぎが少ない者や無職者に、『副職』を斡旋する非公認団体だ。
弱者救済をしているように聞こえるが、実態は犯罪ギルド。
紹介する仕事は、怪しい取引の用心棒や盗賊の頭数増やしなどで、はては殺しの捨て駒などを押し付ける。
悪名は知れ渡っているのだが、飯を食う為に手段を選べない者は、彼らを頼るしかない。
さらに娯楽に飽きた貴族の子供が、殺人をしてみたいが為に、強盗に参加してみるなんてこともあるのだ。
「モレク……怪しい鹿に乗る変態と、市民を犯罪に誘う悪の組織の下っ端、俺が『勇者』としてどちらを優先すべきだ?」
「後者でしょうに? いつも国王の依頼より、ワタクシ達の『日課』の方をやりますでしょう。
うふふ……一体何人召し上がれるのかしら?」
(教会裏の墓地)
一通り午前中の集会が終わり、ポンティコスは墓地へ向かう。ライデッカーの墓に行っておこうと思ったからだ。
知り合ったシスターのシナリーという少女の導きで、墓前にたどり着くことが出来た。
彼女はポンティコスと神父の関係を聞いてきた。
シナリーの話し上手のおかげで、恩人のことを話したかったポンティコスも話が弾む。
「本当に神父様はおかしな人でしたよねー! ひたすら肉体派っていうか単純っていうか」
「ええ、でもそこが良い所だったんです。俺も仕事で悩みが有るときは、相談に乗ってもらいました。
『仕事はな、嫌なことするから金が貰えるんじゃい! だが、どうしても無理なときはワシに言えぃ! ここの仕事を紹介してやるッ!』って言われたりして。
神父様の励ましや助言がなかったら俺は……」
ポンティコスにとって彼と出会えたのは幸運であり、神への祈りという『贖罪』の手段を見つけられたのは、運命と言ってもいい。
神を信じることで心の安定が得られた。だから今の仕事も続けられる。
「でもポンティコスさん、神父様のお誘いは受けなかったんですよね? どうしてですかぁ?」
シナリーの何気ない疑問に答えるのに、ポンティコスは少し時間を置いてしまう。
それは彼にとって、告白に近い吐露になるからだ。
「俺は……悪人なんです」
「――何でです?」
「俺は汚い男なんですよ。悪い人間なんです。そんな男が、良い人達の仲間になっちゃいけない。
聖職者になって神様の加護を受けたり、あまつさえそれで幸せになろうだなんて、有ってはならない」
「じゃあ貴方が神様に祈ってるのって、自分を罰してくれーって頼んでるからですかー?」
「……神頼みなのは解ってますよ」
少女の発言は、ポンティコスの心情を言い当てていた。
彼の本当の望みは、一時の救済や神の守護を受けることではなく、暴きと裁きなのだ。
宗教による心の平穏を求める一方で、神罰での身の破滅を願う。
矛盾しつつも、そうでなければ不条理だと、ポンティコスは考えていた。
「俺は不条理な世界が嫌なんです。真面目に生きて幸せになれない人も居るのに、悪行を成す者が幸せになるなんて……変だ」
話し過ぎたなと思いながら、ポンティコスは立ち去ろうとした。自分はやはりここに相応しくないと実感しながら。
何歩か進んだ所で、後ろのシスターが彼を呼び止めた。
不定の意思を込めて。
「ポンティコスさんが悪人なのは解りました。でも……変ですよね」
振り向いた先には、先程と変わらぬ姿のシナリーという少女が居た。
だが何か違う。
笑っていた目は、心を見透かすように。楽しげに喋っていた声は、耳に重く圧し掛かるように。
「嫌ならどうして辞めないんですか?」
ポンティコスはまるで、別の人間と対峙しているかのような錯覚に陥(おちい)る。
「明日の朝食を食べたら、悪いことをするんですか?
今日の夕食を食べたら、 悪行を成すんですか?
昼食を食べたら、悪事を企てるんですか?
それとも今、私を殺しますか?」
「き、君を殺すなんてそんな」
「そう、貴方は選べるんです。選択する理性と、拒む良心がある。
汚い経歴があるなら、悪事をする仲間がいるのなら、そんなモノとは手を切ればいいじゃないですか?
貴方は悪いことを嫌々やっているように聞こえます。でも神父様の誘いは受けたくない。
だからこれからも悪事を働きつつ、裁きを待つ。変です。
どうして『悪事を辞めて、幸せにもならない』という言葉が出てこないんですか?」
未来論。
彼女の問いはこうだ。
明日の自分はどんな姿でいたいか? 己が間違ってると理解しているのなら、なぜ正さないのか? 本当はどんな未来を望みたいのか?
「それに私を育ててくれた神父様がよくおっしゃっていました。
『幸せにというのは、誰にでも許された願いだ』と。どんな悪事をしたのか存じませんが、ポンティコスさんが幸せになれないという極論はおかしいです」
幸せになってもいい。
ライデッカーに声を掛けられたように、そんな言葉に困惑する眼帯の男。
「そう……だった。あのときも」
ポンティコスは自分がなぜライデッカー神父のこと慕っているのか、思い出した。
ライデッカーは他の者達とは違い、ポンティコスの悪を知った上で、その幸福を許可してくれた人間だったからだ。
さらに仕事の仲間になれとまで言ってくれた。
だが、そのとき自分はなんと言ったのだろうか?
「俺は……!」
不出来。
あまりにも不出来な自分。
諸々の感情が抑えきれなくなり、それはポンティコスの残った右目から溢れ出てきた。
「……ッ! もう、行きます」
大きな手で顔を隠したポンティコスは、少女から逃げるように墓場を去る。
急ぎ足で行く男に、シナリーは元の口調に戻して、こう言った。
「ポンティコスさぁんっ! 当教会はどんな人も拒みません! 世界中の人の幸福を願ってるんですー! また来てくださいねぇっ!」
■■■
教会施設の裏側には数本の木が立っているだけで何もない。敷地を囲う塀と近く、狭い場所だ。それゆえ訪れる者といえば、掃除に来るナバロ老人くらいである。
その人気の無い場所で、緑昇とモレクが一人の男を脅していた。
緑昇に胸倉を掴まれているのはデニク。彼は教会を出たところで、二人に声を掛けられ、逃げようとし、あっさり捕まったのだ。
「ちょ、ちょっといきなりな挨拶じゃないですかぁ? あっしが何したってんで……」
「久しぶりだなデニク」
デニクは仁王立ちする二人から離れようと後退り、すぐ木と背が接触した。
彼はアリギエで、このコンビの本性を知る数少ない人間だ。三年前に出会ったときから二度と会いたくないと願っていたのだ。
「俺はアリギエが初めてだ。ちょっと道を聞きたいと……考えていたら、貴様を見つけた」
「な、なぁんだぁ。旦那は観光で来たんすか? それだったらあっしが良い所を案内し」
「銀獣の会のアジトへの道を聞きたい。お前の命と引き換えに案内しろ」
(ライピッツ決勝レース会場)
会場は横長い円のコースとそれを囲む観客席、建物周辺の祭りの露店からなっていた。
階段状になっている観客席には多くの人が駆けつけ、コースのスタートラインには賞金と名誉を手に入れんとする、三人の選手達が既に並び終わっていた。
「ついに来たか!」
エストーセイ地方のレースを勝ち上がってきたドントンは入場ゲートを見た。
いや、彼だけじゃない。会場内の全ての人間が、五分遅れてやって来たその『真打ち』に注目する。
観客達の多くは彼を見る為に足を運び、選手達は噂通りのその姿と乗り物に度肝を抜かれた。
客の一人が遅刻者の名を叫ぶ。
「黄金騎士(ゴールデンナイト)だぁぁっ!」
金の防具を身に付けた騎士が、金の獣に乗って参上した。
昨晩とは違い黄色から、目に痛いくらい光を放つ黄金の武具を身に纏(まと)ってる。彼は槍は持たず、金獣を優雅にスタート地点まで進ませた。
ライピッツには複雑なルールがない。円状のコースをいかに速く、乗り物に乗って周回するか? それだけだ。乗る物は陸を走る物なら、何でもいい。大抵は馬である。
ドントンはなるべく軽く、しかし晴れ舞台に相応しいシャレた服装。馬にも最低限の装飾しか付けてない。
(何なのだ? このふざけた奴は……)
彼の隣に並ぶ金ピカの変人。わざわざ防具を付け重くし、兜で視界を狭くする意味は何なのか? こんな選手見たことがない。
さらに謎の金の鹿? どう見ても普通の生物に見えないそれは、ドントンには恐ろしい魔物の類(たぐい)に見える。
「魔言(スペル)『SHOT』」
このレースの主催者、そのお供の魔言使い(スペラー)が言葉とともに、持っていた杖を主に向ける。
唱えた『SHOT』は魔力広域化の技術。本来は魔力(マナ)その物を砲弾にして、遠距離に飛ばす使い方をする。今は主催者の声を増幅し、会場内全てに届くようにしたのだ。
勿論そのままでは近くで聞いた者にはうるさ過ぎるので、聞こえ方も魔力で調整してある。1の階級。
「これよりぃ! 決勝レースを始めるっ!」
主催者の宣言により、ライピッツ決勝レースが始まった。
(会場周辺の露店街近く)
デニクは二人の『旅行者』を連れ歩いていると、ライピッツ会場の近くを通りかかった。
この辺りはお祭りムードに便乗して、多くの露店がある。客はレースの行き帰りに立ち寄る者、店が目的の者。席に座れず、せめて会場の近くに居たい者と様々だ。
会場の外にも聞こえる大歓声が三人の耳に届く
「お、ちょうどレースが始まったんスかね? あーあ、あっしも行きたかったな~」
「……」
「アレ見てくださいよー。美味そうなモンが売ってますよー?」
「デニク、注意を逸らそうとしても無意味ですわよ?」
『旅行者』の緑昇はダンマリ、モレクは冷たく言い放った。対して、デニクは笑うだけである。
移動中、ずっとふざけた態度でおどけてみせるデニク。どうにかアジトに着く前に、二人を撒けないか? もし拠点に連れて行ったら、自分達にとって不利益が起こるに違いない。
デニクが苦笑いしながら思考していると、緑昇が聞き取り辛い声で話しかける。
「そういえば貴様……なぜ神になど祈っていた? あそこは邪神など祀ってないはずだが?」
緑昇の何気ない疑問に答えるのに、デニクは少し時間を置いてしまう。
それは彼にとって、告白に近い吐露になるからだ。
「なんか、その、恥ずかしい話しなんスけど……最近妙に思い出すんスよ。見殺しにした女とガキのことを」
デニクが語ったのは、二年前の出来事だった。
彼はそのとき組織からある重要な品(しな)を、アリギエからピンスフェルト村まで送り届ける仕事に任されていた。輸送は秘密かつ絶対に成功させろと仰せつかっていたのだ。
デニクは普段の商いをしながら、誰にもそれを喋ることなく、己の馬車で村に向かっていた。
普段通りを装う為に、連れの女と召使(めしつかい)の子供、護衛の傭兵を連れていた。デニクは女好きで知られていたからである。
だが運の悪いことに、銀獣の会の息が掛かってない盗賊に襲われてしまう。とても強い賊の者達に護衛も殺されてしまい、デニクはある選択をする。
このまま殺されるか、盗賊の望みの半分を置いて仕事を果たすか。
組織の人間であるデニクは、自我よりも合理性を優先した。
そして、なんとか大事な品を届けた彼は、今もここに居る。
「アイツら天国行けたかなーとか考えちゃってでスね。そしたら変な神父に強引な勧誘受けちまって、色々あって今じゃアソコに通うのがノーマルになっちまったわけですよ」
「虫のいい話しですわね。本当は己の保身も、神様に祈ってたんじゃありませんの?」
卑しく笑(え)む悪人に、後ろを歩くモレクは半眼になる。そんな会話をしながら街を進んでいく。
「別にあっしは今更神の加護を頂こうなんざ思っちゃいませんよ。自分で外道だって理解してやす。
でも誰だって有るっしょ? 神様にでも頼りたいときが。
無茶なこと、有り得ない物事を叶えてくれる相手は、それこそ居るかも解らなねぇ奴ってモンじゃないっスか?」
「ならその無意味さも……解っているのだろうな?
存在しないモノは、一切人間に関与しない。見えもしない神が、願いを聞き届けることはない」
「へへ、こいつは手厳しい。ま、自己満足っス。でもその満足がないと、やっていけないような気がするんスよ。
心が安定しない。こんな重い腹ん中を抱えてたら、仕事でヘマしそうでね」
そう語るデニクはいつもと違う表情をしていた。
ふざけた笑い顔ではなく、重しが取れたような、労働から解放されたような、乾いた微笑み。
語る言葉以上に、彼がどれだけ宗教に傾倒しているか知れた。
デニクの心の平穏は、もはや人の認識の埒外でしか得られなくなっているのだろう。
「お、ここっスよ」
さらにアリギエの奥まで歩いた後、三人は狭い道の左右に怪しげな酒場や、一見して何屋だか解らない店が立ち並ぶ、裏の界隈までたどり着いた。
一行がある店の前まで行くと、高揚した男達の下品な笑い声が聞こえてきた。昼間だというのに、酒が入っているのだろう。
「このティーナって酒場が、銀獣の会の役員達の集まり場所になってやす。奥に地下に続く階段があって、そこがアジトっス。『真面目な』騎士様が探しているような、ヤバい薬や奴隷売買の会計記録や、現物があるんじゃないスかね?」
「そうか……案内感謝する」
「あの~御二方(おふたかた)が何しに来たか、聞いてもいいッスか? 勇者だから悪者を懲らしめて報奨金ゲットーとか?」
ヘコヘコと媚びるデニクは、この二人が正義と称して悪人や捕まえ、魔物を退治して回っているのを知っていた。
ゆえに今、彼らに出会ったときから、どうそれに巻き込まれずに済むか算段していたのだ。
だが『今の』緑昇とモレクの答えはそれと異なる。
「殺しに来た」
「へ? でも旦那程の力があれば、生け捕りに出来るんじゃ?」
「ワタクシ達、前とは路線を変更していまして、悪に類する者は全て殺すことにしていますの。
教会に行くまでに情報収集をしました。聞けばこのクスター地方、騎士団の腐敗は酷いとのこと。強い権力による不当な徴収と罪被せ。犯罪組織から賄賂を貰い、関係者の即時釈放。
そんな所に預けるくらいなら……ねぇ」
緑昇はポツリと一言。連れのモレクは肩をすくめながら嘆く。
彼らもまた公的権力を信用してないらしい。どうやら行く先々の街で、数多くの悪徳騎士団を見てきたのだろう。
「俺は芸のない男だ。素手で殴り殺すこと。モレクの餌にすること 。
連れ帰って拷問に掛けることしか出来ない男だ」
そう言って大きな体の男は、横に居たデニクの頭に左手を置く。
「俺は勇者だ。真面目に生き、誰も傷付けず、平和を愛する人々を守る。その人々の生活や理性を脅かす存在を許さない。
貴様も含めてな」
緑昇はデニクの頭を掴み、持ち上げた。地に足が着かない高さまで掲げられた本人は、慌てふためきながら、必死に弁明の言葉を探す。
「ちょっとちょっと! 教えたら見逃してくれるんじゃなかったんスか?」
「――望まれてないのだ。貴様らの改心など」
「へ……?」
「誰が貴様の心変わりを願う? 誰か神に祈って欲しいと頼んだか? 仲間を売って、今までの悪行から手を切れたつもりか? どこに向けて懺悔しているのだ? 今頃悔い改めた、己の身が可愛い臆病者に、神が慈悲など与えるのか?」
「やめてくだせぇ……。あ、あっしは」
「見殺しにした女子供が願うのは、貴様がいつ地獄に行けるのか、だ」
掴んだ左手を後ろに引いた緑昇は、デニクの顔も見ずに許しの言葉を吐いた。
「案内してくれた礼だ。お前の死体は残してやる」
振りかぶった左手を、全力で店の壁に叩きつけた。
何度も。何度も。何度も。
手の平が壁に付くまで行った激しい音と振動が、店の中に伝わったのだろう。
中から慌しい声と足音。これで中に居る用心棒に気付いて貰える。
緑昇はついでにと、足元に残った体を窓に放り投げた。絶命した人体は窓を壊し、中の人間にコンニチワ。もっとも頭がないので、デニクの挨拶は悲鳴しか生まなかった。
モレクがフゥーっと息を吹くと、その風はなぜか緑昇の左手に届き、緑昇の手の汚れがなぜか掻き消えた。吹き飛ばしたとでも言うのだろうか?
「ではいつもの通りに? 案外パンチキックで行けそうですけど」
「俺個人が彼らを殺しても意味が無い。勇者として駆除することに意味があるのだ」
男が右手を前に突き出し握ると、女の姿が消える。
右手には手甲が付けられており、それは深緑色の下地に金十字の装飾。四つのピンクの宝石が備わっている。
緑昇は手甲に命じた。
「勇者、召喚」
ポンティコスはレース会場周辺を歩いていた。
彼は悩みぬいた結果、明日も同じことが出来ない、したくない自分に気付いた。プライドも捨てて、惨めな選択をしようとも、もう半端な生き方は止めたかった。
ライデッカー神父の申し出を受けようと思うのだ。きっとあのシナリーというシスターが引き継いでくれるだろう。
いや、自分だけじゃない。子分達にもそういう考えの奴らが居るかもしれない。もしかしたら、神の教えも知らず、生きる指針に迷う者が居るかもしれない。仲間達も救ってやれないだろうか?
その仲間の男が一人が走ってきた。
仲間は奇声とも悲鳴ともつかない声を出しながら、血まみれで走ってきたのだ。
ポンティコスが止めると、半狂乱の彼は目の焦点が合っておらず、傷は負っていないようだ。
「おい! 何があったんだ? おい!」
「――あ! あぁ、あ……何なんだぁありゃあ? あれは! あれは……!」
仲間は恐怖の叫びを上げ暴れだし、ポンティコスから離れてどこかへ走り出してしまう。
ポンティコスは急いでティーナへ向かった。
■■■
店の様子は外からでも解った。いくつも大穴が空いているのだ。
残った壁や店内に血液がブチ撒かれ、中の椅子や酒瓶は粉々だ。店の外に用心棒の棍棒が転がっていた。
ポンティコスが中に入ると、血の臭いでむせ返りそうになる。嗅いだことが無いわけではない。だが、これだけ大勢の血液が流される場はそうそうない。
ここに居た自分の仲間達が死んだのは明白だ。恐らく何かの襲撃を受けたのだろう。
店内を進むポンティコスの足に何かが当たる。
人骨だ。そこら中に多くの人間の骨が散乱している。
それらはヌラヌラと真っ赤に濡れており、骨付き肉もいくつか有った。
そしてどうしてか、死体がない。まだ温かい頭蓋骨の数が、多くの仲間の死を物語っていた。
ポンティコスが地下に続く階段にたどり着くと、階下から大きな悲鳴が。
下りた彼は武器庫に寄り、愛用の斧を持ち出した。
奥から聞こえる命乞いの声を頼りに、暗い地下通路をろうそくも無しに歩んでゆく。敵に悟られぬようにだ。
地下通路と繋がっている部屋の配置は記憶している。一番奥の部屋に着き、中を伺う。
部屋の天井近くに敵が魔言で出したのか、光球が浮かんでおり、視界には困らなかった。ゆえに襲撃者の姿もハッキリと見えた。
奇妙な形の緑色の全身鎧(フルフェイス)。
まず兜(ヘルム)。トサカのような意匠が付き、宝石が如く透き通った青い部品で目元を覆っていた。その中からは爛々と光る黄色の尖った眼差しが、世界を覗いている。口元は別の銀の部分が被せてあり、獣の牙のような装飾がなされていた。
次に胸鎧(ブレストアーマー)。上胸と下胸に分かれた四枚の装甲版からなるそれには、緑の鱗のような材質に、人の唇と見紛う不気味な装飾が一つずつ付いていた。
大きな肩鎧は四角く緑で、横に空いた穴から空気を出している。複雑なデザインの脚甲は銀と緑。膝と踵(かかと)と足の甲に円形状の刃のような形。赤いマントも装備している。
腕甲は爬虫類の鰐(わに)を模した形で緑。右腕は左より大きい装甲になっている。
黒い縄のような物が防具間を巻きつき繋いでいた。
大柄な鎧に泣きながら懇願するのは、倒れたポンティコスの子分だった
「た、助けてくれぇ! ここにある金も武器も全部やる! だから」
「――言われなくても、金も命も頂いて行く。貴様の許しを欲していないのだ」
緑鎧の声は男で、彼は右腕の武器を戦意を失った弱者の胸に押し付けた。
右腕甲に装備された大きな剣、いや二枚の板だ。鰐の口から生えたような板の間には金属の小さな風車が三つ、ぶつからないように挟まっている。
全身鎧は武器と一つになっている腕甲に付いたレバーを左手で引く。取っ手は伸びて伸縮性のあるパーツで繋がっているようだ。
腕甲から起動し始める『機械(マシン)』の音。中の風車が回転する音。板の隙間から生まれた風が回転する音。激しく回転する空気の刃の音が聞こる。
「いやだ! あんな死に方したくないぃ! いやだいやだ! いやだががが……」
鎧男の主武装『グロ・ゴイル』が頭から床へ振り下ろされた所で、出血多量で死に、口が無くなったので、子分は悲鳴を止めた。
グロ・ゴイルとは風を殺傷力に変える、非実体の回転刃装置(チェーンソー)に似た武器である。
緑昇が得意とする風(ふう)属性の魔力(マナ)で風を流し、モレクの『空間を回転させる力』によって、回転に触れた敵性個体の空間をねじ切り破壊する武装。
歯向かう者の一生を終わらせ、殺しを見た者に一生忘れられない恐怖を教える。
かつて龍(ドラゴン)を殺したと言われる『七罪勇者』が持つ、対龍兵装(ドラグスレイヤー)の一つだ。
チェーンソーとは緑昇の世界では固い木を切るために必要な物であり、決して人に向けていい物ではない。
グロ・ゴイルとは大きな龍を殺すための兵器であり、その殺傷能力は対人の域を飛び抜けている。
緑昇の武器は悪人を切り刻み、原型を留めない程に破壊した。
すると緑昇の胸部装甲に有る唇が涎(よだれ)をたらしながら開き、勢いよく息を吸い込み始めた。
死体の肉が骨から外れていき、まるで『風』に分解され、胸の口に吸い込まれてゆくのだ。
「――ま、この中では美味(おいし)い方ですわね」
奇怪な唇は舌なめずりをし、女の声で人肉をそう評価した。
あとは血溜まりとそこに添えられた骨が残るだけである。
「お前は……一体何なんだ?」
ポツリと一つ言えるまで、精神が回復したポンティコスに、緑色の殺戮者はすぐ答えた。
「――勇者だ。俺は人々の法と命を脅かす、全てを殺すことを生き甲斐としている。
街に来たときに盗賊に襲われてな。拷問したところ、ここの傘下と知り、予定もつけずに訪れた次第だ」
「勇者だと! そんな者が本当に……?」
ポンティコスも聞いたことがある。異世界から勇者が来て、悪者や怪物をやっつける本の童話(フィクション)なら。
少年がそうなりたいと夢を見て、抱き続ける者は騎士を目指し、いずれは現実に適応するために捨てていく英雄譚。
本物ならば止められるはずと、ポンティコスは最小の動きで斧を振るう。
ゴトリと刃の部分が落とされ、握っているのがただの棒になる。勇者の武器は速く、呆然と斧でなくなった得物を見るポンティコス。
「――孤児院と一緒になっている教会に、シナリーという修道女がいる」
ポンティコスは俯(うつむ)き、抵抗を諦めながらそう言った。緑昇は構わず、もう一度武器のレバーを引き、チェーンソーに殺意を込める。
どうやら殺されるようだ。だが自分にはまだ話さなくてはいけない人が居る。
「叶うなら彼女に伝えて欲しい。申し出は受けられないと。それでも君と神父様は無駄なことはしていないのだと! 感謝していると言ってくれ。もし俺のような半端者が生き迷っていたなら、無理やりにでも救ってやって欲し」
男の遺言が止まる。ゆっくりと進められた勇者の得物が、腹部に侵入。破壊を始めたからだ。
ポンティコスはある意味、思い描いていた通りの結末になったことに笑った。
悪党の終わりは、こうでなくては。今まで盗賊の頭として、多くの人々の人生を壊してきた己が、今更幸せになってはいけない。
もし善の神様がこの世界に本当に居るのなら、この身に下るのは天罰であるべき。
騎士団に自首しても良いが、なるべくなら超常の、例えば勇者なんてのがいい。
悪者が勇者に討たれる。道徳は成立した。正義は……有ったのだ。
刻まれた死体を胸の唇が吸い込むのを見ながら、緑昇は男を見直していた。
あれだけ残酷な死に様を見せられながら、逃げずに目を見開いていた、悪人の度胸にだ。
「この男の言う教会って、今日ワタクシ達が立ち寄った場所ですわよね?」
「――その修道女が全くの無関係なら良し。だが少しでも関係あるのなら……殺す」
胸からの問いかけに緑昇は、身構えた闘志を消さずに答えた。
「あらあら、容赦のないことですこと」
「だが不確定な事案より、有害だと確定している奴らが居る。先程親切なここの者が、他の役員の家や予備の隠れ家、周辺盗賊の存在を数多く教えてくれた。こちらを優先して潰していくぞモレク」
かくして、このアリギエでも、勇者が行動を開始してしまうのであった。
■■■
(ライピッツ会場)
黄金騎士は一言、二言の優勝の挨拶をした後、すぐ賞金の詰まった袋を受け取り、颯爽(さっそう)とどこかへ走り去ってしまった。
そのまま町外れの廃家の敷地にたどり着くと、黄金騎士は乗っている金獣からよろけてズリ落ちる。
背中から地面に叩きつけられた彼は、酷く疲れた様子でそのまま寝ていた。
「ちくしょ……最近調子悪いな、俺。形態を保つのが難しくなってきてやがる」
騎士が悪態をつくと、金のプロングホーンに変化が起きた。ボロボロと色が剥がれて、鈍い鉄色になったのだ。その足元には多くの砂や石が散乱している。
色だけではない。体も崩れていき、細かい形の金属と鉄板の山を作っていく。
「はは、それにしてもアイツら驚いてたなぁ。誰も俺に追いつけるわけねーのに」
彼が体を起こすと、『鎧だった』鉄板や砂や石ころが外れてゆく。最後に本物の兜を脱ぎ、素顔を曝した。
墓地での会話を思い出す。探し物は見つからなかったが、まさか怨敵が近くに居るとは。
案外、奴を倒すことが出来れば、彼女の悩みは消えるかもしれない。
「いや……駄目だ。アイツが許されたと感じられるのは、あの人だけだ」
だが、もしあの悪魔が彼女を狙っているのだとしたら、迎え撃つ所存である。
自分はその為に強くなったのだから。その為の黄金(ゴールド)なのだから。
「黄金騎士は……俺が必ず倒す! 絶対にあの悪魔だけは! 父さんと、母さんの作品で!」
金髪の少年は鉄板を賞金とは別の袋に入れて、決意を胸に廃家を出た。
彼の名はエンディック。『今の』人々が黄金騎士と呼ぶ、勇者の打倒を目指す者である。
(勇者ギデオーズ=ゴールの手記より)
魔力世界『シュディアー』とは、環境管理装置『龍(ドラゴン)』によって支配された理想郷である。
我々の世界に『機力(メナ)』が有るように、シュディアーには魔力(マナ)という不思議なエネルギーが存在する。
御伽話(おとぎばなし)に出てくるような魔法の力で、代わりに機械技術は進歩していない。
ある日、私の部隊が降りた立った国『スレイプーン』の王が依頼をしてきた。
なんと龍から国民を守って欲しいというのだ。あの龍は世界の人口が一定数を超えると、五年一度に人減らしの名目で人々を襲っているという。なんでも、理想郷を保つ為とか。
今までの王はこれを黙認してきたらしいのだが、現王は違った。国民が殺されるのを許せないという。だがシュディアーの人間は、龍を傷付けることが出来ない。
この問題には『勇者鎧』を用いることにした。
王家の地下に封印された七つの秘宝を研究し、我々の技術で修復かつ改良した鎧。魔力と機力の両方の力を運用可能な最強兵器だ。
我々の機力世界『マシニクル』とシュディアーの友好の為、何より人々の命を守る為、龍に立ち向かい、これを撃破した。
しかしその後、勇者鎧の悪魔と契約した者達だけが、元の世界に帰れなくなった。国王は原因を突き止めるまで、ここに居ていいと言ってくれた。
そして全員毒を盛られて死んでしまった。
2話A
(夢)
男の子が手に入れた刃物。それはいつも切れ味が悪いと、義姉(あね)が嘆いていた物だ。
彼女はこれを使い、自分達の口に入る料理を作ってくれていた。
今その刃が、女の子の体内に、侵入を果たす。
溢れ出る赤が男の子の手を汚したとき、彼は驚いて刃を放してしまった。少女が何かを呻いている。
かろうじて聞こえた言葉に怯えたのか、己の起こした事態の覚悟が無かったのか。男の子はたまらず家を飛び出した。
夕方までどこを彷徨っていたのか解らない。泣き腫らした赤い顔で、手には他人の血を付けた男の子は、トボトボと孤児院へ帰ってきた。
胸に有るのは、罪を犯した罰への恐怖と、大切な友達を殺してしまった喪失感だった。
暗い気持ちで夕飯を食べながら、何度も隣の空席に目をやる。そこには仲良しの女の子が座るはずの場所だが、今は居ない。
彼女という形を、彼の手で突き破ったからだ。
食事の後、育て親のライデッカー神父に呼ばれ、部屋に向かう。
怒られる? いや、そんなもので済むわけがない。きっと騎士に引き渡されて、牢屋に入れられるのだ。そしてそこで何年も……。
部屋では筋肉のせいでピチピチになった神父服を着た、頭髪を生やしてない男が待っていた。彼がライデッカー神父だ。
そしてその彼のベッドで眠る、女の子の姿も少年の目に入った。彼女の血の気のある顔を見るなり、驚愕と供に駆け寄る。
「シナリーッ!」
安らかな吐息で眠るシナリーは何も異常は無いように見えた。少なくとも掛けられた布の上からは。ライデッカーは安堵する男の子の肩に手を掛け、こう言った。
「お前もこの娘も運が良いのぅ。子供の腕力で研がれてない刃、すぐワシに見つけられたおかげで、致命傷にならずに済んだわい。
人間には骨が有るんじゃぞ? 縦に刺したら確実では無いわ」
どうやら神父は二人の会話の場面を盗み見ていたらしい。男の子が武器を持っいても止めなかったのは、行動に起こすわけが無いと、子供を信じていたからだ。
実際にその信頼は裏切られたわけだが。
「ごめん。俺、ヒドいことしちゃった……」
「ああ、ワシは人を信じる心を傷付けられた。もうしばらくは、信じるとか優しさとか慈悲の心とかって言葉を使えなさそうじゃ。
……本当どうしてくれるんじゃ……こっんのブァッカモォオオォォォォォォンッ!」
神父の怒りの鉄拳が男の子に見舞われる。心が不安定な少年に受身が取れるわけもなく、殴り飛ばされて壁に激突した。
ライデッカーは渋い表情で涙を流しながら、不必要なほど拳を握り、男の子を訴える。
「傷付いたのはワシのピュアハートだけではない! シナリーを治療する為に薬や包帯、何よりコヤツが食事に居なかったことで、家族の皆を不安にさせてしまった!
貴様の若気の勢いで起こしてしまった、各方面への損失を考えなかったのか? あぁん!」
この神父の手口だ。口で道理を説くよりも先に、筋肉にものを言わせて、暴力で解決する。殴られて弱った相手に、それらしい説法を語るのだ。
一緒に暮らす男の子には、彼のやり方が解っていた。だから強がって反論する。
「――オヤジは『変なの』が出来るんだろ? それで傷を治せば良かったじゃないか!」
「ドゥアホォー。『変なの』じゃない。魔言(スペル)じゃ。それに回復の技術は、体の再生を無理やり早めるだけ。
未発達なガキの体に使えば、不具合が起こるかもしれんし、再生活性化の痛みにこの娘が耐えられんわい」
二人が言い争っていると、ベッドから呻き声が聞こえた。シナリーが起きたと思い、男の子はすぐさま駆け寄る。
「シナリー! ごめん、俺こんなことして……」
「だから……言ったじゃないですか……エンディックん?」
目を覚ました彼女から、名を呼ばれた少年は気付いてしまった。
シナリーが刺されたときになんと言ったのかを。
「『そんな所じゃ死なないよ』って……。今度は、ちゃんと殺してくださいね?」
彼女の名前はシナリー=ハウピース。エンディックの故郷の人々を苦しめ、残してきた母親を手に掛けた憎い敵であり、唯一の友達だった女の子である。
エンディックは神父に話した。二人の過去、シナリーが自己の殺害を彼に望んでいることを。
ライデッカーは神妙に顔つきで思考し、当面の問題の解決策を提示した。
「面倒な子供を拾ってきちまったモンだのぅ。お前さんに殺られるのが失敗した今、シナリーは自分の手でケリをつけるかもしれん。エンディック、お前さんの力を借りるぞ?」
「お、俺に出来ることが有るの?……教えてくれよ!」
その方法とはシナリーに自害防止の呪いをかけること。彼女の背中にライデッカーが魔言を使い、その効力を大天使の刺青に彫り、その絵に持続させるというものだった。
魔言(スペル)によって呼び出された技術(テクノロジー)は、発現している間ずっと使用者の魔力(マナ)を消費する。
だから魔言は長時間使えず、効果は一瞬。武器に付加するものでも、刃の当たる部分だけというのが主流である。
『CURSE(カース)』は対象に何らかの制限をかける呪いの技術。呪いを持続させる為に魔力を消費し続けるこれは、実用性が低い魔言とされている。7の階級。
だがライデッカーはある方法を使えば、魔言の現象を形に残せるというのだ。
行使できる者は『この世界』ではとても少なく、さらに異世界からの来訪者達によって必要性を無くした、失われし秘法。
運良く少年は、秘法を使う為の原動力『機力』を持っていた。
絵柄に意味はなく、あくまで力のイメージを込めやすいようにと、神父は大天使の絵を選んだ。死から幼子を守るよう願う、聖職者ならではのモチーフだ。
エンディックはすぐさま絵の練習に取り掛かった。彼の時間は限られている。
完全に目を覚ましたシナリーが何度も自害を試みようとして、神父の鉄拳で気絶しているからだ。起きるたびに殴るわけにもいかず、そんな事態となっては、すぐに儀式を執り行わなければならない。
呪いを掛けるのはライデッカー、彼の魔力を少女の背中に書き残すのは、エンディックにしか出来なかった。
そして自信がついた深夜、女の子の背中に天使の焼印が押された。
儀式に使った部屋。その外の廊下で、男の子が呻き声をあげていた。
熱せられた棒が柔肌を焼いていく感触と、抑えられ苦しみもがく少女の悲鳴。儀式が成功した後も残る、おぞましい感覚。
幼いエンディックを蝕むのには充分だった。うずくまる彼の後ろから、育て親の男が抱きしめる。
「――頑張ったのぅ。これでシナリーは自分の舌を噛もうと考えることも、刃物で傷付けて出血死しようと思考することも、縄で首をくくろう思いつくことも出来なくなった。
あの大天使が呪いに反する思考を、妨害してくれるはずじゃ。
これでシナリーは勿論、孤児院の皆を、常に奴が自殺しないだろうか監視する気苦労からも、お前は救ったのじゃ」
本来『CURSE(カース)』による自殺防止は、奴隷や犯罪者の拷問に用いられるものだが、神父は言わなかった。
ライデッカーの珍しく優しい声音を、男の子は黙って聞いていた。
そして考えた後に口から出たのは、疑問だった。
「どうしてだよ……?」
その問いには涙が出るほどの悲しみと、世界に対する怒りが込められていた。
「どうしてシナリーばかりこんな目に遭うんだよ!」
「……」
「ハゲは言ってたよな? 幸福と不幸は平等に有るって。じゃあシナリーは村でいい暮らしをしてたから、皆に嫌われてたのか? 人を金の像に変えてたから、好きな人も殺さなきゃいけないのかよ?
全部アイツのせいじゃないのに!……今日なんか俺に殺してくれってよ。それがダメなら自分を傷付けて、背中を焼かれて! シナリーは何の為に生まれたんだよ?
酷いことをされる為に生きてきたのかよ?……アイツの幸せはいつ来るんだよ……」
エンディックの顔からショックや悲しみが消え、代わりに怒りの感情が。男の子は憤怒している。身の回りの理不尽に、罪無き者が不等な人生を歩んでいることに。
彼の苦悩の問いかけに、神父は言葉よりもまず、拳で答えた。
「今からじゃろうがぁぁぁっ!」
ライデッカーの暴力がまた発動し、心の傷付いた少年を、廊下の奥までふっ飛ばす。神父は肉体的にも傷付けた相手に向かっていき、胸倉を掴み上げた。
「これから幸せになれるに決まってるじゃろうが! 確かにあの娘には悪いことが続いたやもしれん! 死にたいくらい辛いことも有った。
それがどうして幸福になれん理由になる?
ならシナリーが幸せになれるよう手助けをするのが、ワシら家族ではないか! あの子の心の傷が少しでも癒えるように、支えてやるが友の役目ではないかエンディックゥ!」
「あ……」
「何じゃあお前? 何も考えん内から、勝手に絶望しよってからに!
いいか小僧? 全ての人間は幸せになれる権利を持ってる。どいつもコイツも幸福を欲しがっとる。
ワシのような男でも人並みの生活を手に入れた。
死にたがりで、誰かを殺したかもしれんあの娘も、本当は死なずに誰も傷付けずに、普通の人生を生きたかったはずじゃ」
そう言ってライデッカーは、子供を抱きしめた。この男は人の幸福と善性を信じていた。
そして、少女の友達のエンディックもまた、シナリーの未来を信じなければならない。
「誓ってくれるかのエンディック? あの子を助けると。自身を許し、幸せに向かえるようシナリーを導いてくれるか?」
(アリギエ・孤児院・シナリーとサーシャの部屋)
あのときの薄い壁向こうの、廊下での会話は、シナリー=ハウピースの耳にも聞こえていた。二人は己を救う心算らしい。
お節介な人達に囲まれたせいか、死を渇望しているのにも関らず、この歳まで生き延びてる。そのうえちゃんとした職にまで就いて、自分でも私心が解らなくなる。
完全に覚醒したシナリーはベッドでムクリと起き、背中をさする。夢で見たあの情景が気になったからだ。
、
「どうすればエンディックに殺してもらえるんだろう?」
彼でなくては駄目だ。己で成しえない以上、『あの人』の息子たるエンディックの手で殺されなくては。
シナリーは恋している。
幼馴染の殺意に恋している。
■■■
(アリギエ・教会の孤児院)
朝食の席にて、エンディックが言われた第一声がこれだった。
「エンディック、好きです」
「――お、おう」
「だから殺してください♪」
「……嫌だ」
彼と対面するように座った少女の言葉は、告白と殺し文句である。輝く笑顔で懇願しているシナリーに、エンディックはうんざり答えた。
「何度も言わせんじゃねぇ! 俺はお前をやるつもりはねぇんだよ。ガキ供も誤解するだろ?」
「コロスッテドウイウインゴカナ~?」
「勿論、死んじゃう~ってくらいヤッちまってくれ的な意味ですよ」
「こんな朝っぱらから? キャー」
怪訝な顔をする彼の両脇にコルレとキリー少年、そのまた隣にスクラという少女が座る。。彼らは思い思い勝手な想像を膨らませ、エンディックとシナリーを凝視していた。
エンディックが街に来て三日が過ぎた。シナリーは彼の行く先に付いて周り、殺害を要求してくるのだ。エンディックが何度却下しようとも、だ。
孤児院の子供達の相手をしながらエンディックは、ピンスフェルト村の最近の情報を集めていた。副業も勿論忘れない。
スレイプーン王国は王都を中心に、東西南北の四つの地方に大きな都市が有り、都市の周辺に小さな町や農村が有るのだ。
王都から西のクスター地方の中心はアリギエであり、比較的近いピンスフェルト村はエンディックが、旅の最初に立ち寄った場所だ。
そこに『魔物』が現れたという。
村は地図上、森や山に囲まれており、それらの入り口には、絶対立ち入り禁止の看板が刺して有る。木々の奥深くは魔物のテリトリーになっており、命からがら逃げてきた者によってその情報が露見した。
魔物は基本、住処(すみか)から出ないとされる。村人も森に入らなければ、安全だ。
だが最近の噂で、村の平穏なイメージが崩れる。
魔物達が森を越え、村人や街道の旅人を襲う事件が有ったというのだ。当然、騎士団が派遣されたが、壊滅。現在は対策を検討中=放置らしい。
「きな臭い話だぜ……」
エンディックは今日にも村に出発する予定だ。もう手掛かりはこれしかない。
「うぅぅ、もう二人がどこかに行っちゃうなんて……お義姉ちゃん心配で心配で」
「大丈夫ですよ~。一日かそこらで戻ってきますって~」
サーシャが思い出し泣きをし、隣のシナリーがなだめる。なんとシナリーも同行すると言う。
彼女も養父の死の真相を知る為、彼女を殺す予定のエンディックを死なせない為、ついでに会いたい友人が居る為(こちらが本命ではないだろうか?)一緒に行きたいらしい。
「あ、そうそう。アンタ達が心配だからさ、知り合いの用心棒を頼んどいたから」
不意にサーシャは泣き止み、思い出したように、こんなことを言ってきた。
するとエンディック達が食べている部屋の外から、ガチャガチャかつドタドタという音が。それはみるみる接近し、音の主は部屋の戸を勢いよく開けた。
「用心棒、推参ッ!」
現れた男はなんと騎士だった。
軽量型の鉄鎧(メタルアーマー)と小手、腰や足に防具を付けた、黒い長髪の美男子。彼は綺麗な黒髪をフワサァっとさせ、颯爽とサーシャの元に跪(ひざまず)いた。
「あらニアダさん、わざわざご苦労様ね?」
「いえ、我が愛しい人の頼みと有らば、僕が参らぬわけがありません」
突然の乱入者に皆が呆気にとられる中、サーシャと騎士のやりとりは続いていく。
「ごめんなさいね。私の義弟達が、魔物が出る危険な村に行くって言うのよ。確かニアダさんは、スーパーサイクロンエクセルアトリームなんちゃら斬りで魔物を倒したことが有るって自慢なさってたわよね? そんな貴方なら適任だと思うのよ」
「はい! 僕のハイパーギガンティックメガスマップ……何だっけな……とにかく斬りで魔物など一発でしたよ! お任せ下さい、我が愛しい人よ」
「本人も覚えてないのかよ……」
半眼になったエンディックに義姉はこの男、ニアダ=ゲシュペーについて、紹介する。
彼はこの街の騎士で、サーシャに一方的な感情を抱いてるらしく、何度も教会や孤児院に足を運んでいるとのこと。
この街の騎士にしては素行が良く、悪い裏評判も聞かない善良なナイト。子供達も彼を気に入っているようだ。
美しい容貌の騎士は、エンディックに近づき、握手を求めた。
「やぁ、僕はニアダ=ゲシュペーだ。世の為人の為、何よりサーシャさんの為に、騎士をしている者さ。いざ魔物や盗賊に出くわしたら、君達の安全は保障する。サーシャさんのご機嫌をとる為に同行させてもらうよ」
「アンタ、今本音が……」
「聞こえない! ハハハ、アハハハハ!」
手を握る少年の言葉に、耳を貸さないニアダだった。
どうにも不安である。エンディックは元々騎士を好ましく思っていない上、こんな優男は嫌いだ。
それに人数が増えるほど、いざというときに目を盗んでの『準備』が出来なくなる。
「良いですよー。大人数の方が旅は楽しいですしー」
だが、シナリーはあっさり了承するのだった。
「おいゲシュペーさん、仕事はいいのかよ?」
「少年、愛の前に非番かどうか関係ない。パワフルに部下に押し付けてきたよ!」
「――やっぱり騎士は最悪だな……」
怪しい黒髪ロング男、ニアダが一時的に仲間になった?
(昨日、アリギエの街、各所)
人々の喧騒から外れた場所。日中でも光が入らないその路地で、男二人、女が一人居る。
その男達は街の治安を守る騎士で、普段から巡回中に、彼らの価値観で怪しいと思う人間にちょっかいを出していた。彼らの勝手な疑心を避けるには、金品を与えて機嫌を取るしかない。
だが今回、彼らの望みは取り調べ『たい』人物その物、女一人である。
「は、離してください! アタシは何も悪いこと……」
「いや~ごめんね。お嬢ちゃんが何言おうと、どうでも良いんだわ。ただ俺様が反抗的な態度が有るって思うだけで、強制尋問決定なんだわ」
「ケケケッ、この女、平民の癖に発育良すぎですよアニキィ。何か隠してるんに決まってるでヤンス。こりゃもう身包み剥いで、念入りに調べてみるでヤンスよ~」
狭い路地で女性の前後に立つ、剣を持った男という状況。逆らうことや逃げること、助けを呼ぶことも叶わない。むしろ悲鳴をあげれば、『善意』の途中参加者を呼び寄せることになる。
怯える女性の視線は、いやらしく笑う騎士の向こうに。もう他の男が現れたのだ。
「何……アレ……?」
新たに路地に入って来たのは、奇怪な全身鎧(フルプレート)の人間。
街の騎士達とは違う、複雑なデザインの大きな体。血のように赤いマントを背に付け、右の腕甲には二枚の板が備えられていた。
その装備のほとんどが『緑色』である。
全身鎧はボソボソと聞き取り辛い声で、彼に比べて軽装な二人に問うた。
「――何をしている?」
「仕事だよ、仕事。街の平和を守る為、こうして悪そうな奴を決めたら、じゃなかった。悪い奴を見つけたら、尋問してるんだよ?」
「こうやって騎士の強さと正義を知らしめないと、悪さする奴が出るかもしれんでヤンス。それに使命感と鬱憤を出さないと、騎士の仕事に支障が出るでヤンスからね~」
「だから『コレ』も街を守る為には必要なことなんだよ? だからとっとと行きな」
そう言って鎧の人物から、今日の得物に目を戻す騎士達。
緑の鎧は重量の有りそうな姿ながら、路地の入り口に近いアニキ騎士の後ろに、一瞬で移動した。そして右手の板を騎士の背に肉薄させる。
「グロ・ゴイル」
全身鎧はそう呟くと、腕甲のレバーを引いた。
膨大な風が武器に生まれ、回転する刃は鎧も肉も掘削(くっさく)する。
グロ・ゴイルはアニキ騎士の胸から外界に出て、貫通した上半身を威力を持ってブチ撒けた。
これが彼、緑昇(りょくしょう)の武器。グロ・ゴイル。見えない風のチェーンソーのような武器である。
「きゃぁぁぁあっ!」
多量の肉片を浴びた女性が、今度こそ悲鳴をあげる。相棒の血の爆発を見た騎士は、信じ難い光景に放心する。
そして下半身も解体してゆく緑昇は、胸の唇でアニキ騎士の肉を吸い取っていった。
まるで騎士の体の内部で、竜巻でも起こったかのような惨状だ。猛烈な血の臭いと周囲への強制着色。見た者の記憶に、赤と緑の色を植え付けた。
相棒が捕食されるのを見たヤンス騎士が、逃げるも立ち向かうも、結果は変わらない。
商店街で賑わう人々の間を少年が逃げていた。
彼は通貨を持っておらず、手には盗んだ大きな果実。後ろには必死の形相で追いかける店の男の姿が有った。
やがて二人の追いかけっこは商店街を抜け、中央に噴水が位置する広場にたどり着いた。
この広場は買い物客がベンチで休んだり、子供達が集まって遊んだりする憩いの場だった。
今も多くの人が居る広場の噴水の前に、緑鎧の人物が仁王立ちしている。
追う者と追われる者は、同時にその人物に声を訴える。
「あんたー! その糞餓鬼を捕まえてくれ! それを取られたら……」
「見逃してくれよ! 腹を空かしている母親が……」
聞き届けた鎧は、目の前まで来た少年を突き飛ばした。抱えていた果実が宙に飛ぶ。
そして鎧の胸元にある唇が、フッと息を吹き掛けた。すると優しい風が起こり、元の持ち主の下へ、果実を落とすことなく運んだのだ。
店の者は、果実が手元に来て驚き、泥棒の少年は迫る敵対者に怯える。
「――どのような理由が有ろうと、人の物を奪うことは……『悪』だ」
鎧の者、緑昇はそう言うと、倒れている少年の顔に、右手の武器を押し付けた。
「いやぁ、助かったよ。その貧乏人の餓鬼は、ここいらで悪さをしてたんだ。早く騎士団に」
「グロ・ゴイル」
おぞましい音と飛散する少年が、広場の空気を一変させる。
肉を切り刻んだ一瞬の悲鳴が、事が起きたことを耳に伝え、強い臭いが周囲の人間に気付かせる。見た先には返り血の鎧の男と、破壊されてゆく人の体。
その場の誰もが知った。
人が殺されたのだと。
憩いの悲鳴絶叫。
(今日)
人々を救う黄金騎士が現れたという噂。
それはアリギエの強者達に虐げられる、弱い者達にとって、希望の話題である。
人々を守るべき騎士団が腐敗している現状で、正体不明のヒーローの存在。隠れながら、悪行を行う存在には恐れを、真っ当に生きる善人には安心を与えたのだ。
同時にこんな噂も有る。
『緑の騎士』の噂である。
『悪』とされる行為をすると、どこからともなく現れ、奇妙な武器で悪人を破壊する正体不明の怪人。
特筆すべきはその殺し方で、人間を切り刻み、その肉が消えてなくなるというのだ。そしてすぐさま次の得物を求めて、どこかへ跳躍していく。
更生すべき若者だろうが、老い先短い老人だろうが、市民が誰も逆らえなかった騎士であろうと、その手に掛けてゆく。街のどこであろうと、血をブチ撒け、臭いを残すのだ。
人々を苦しめていたこの街の騎士団も、犯罪を提供する銀獣の会も、以前の勢いはない。
最初こそ彼を討伐しようとした。
だが街で一番質の良い装備を持つ騎士が何人いようが、返り討ちとなった。
一番近い街の騎士団に応援を要請したが、なぜか取り合ってくれない。もしや、その街でも何か有ったのか?
目的は不明だが、緑の騎士がもたらしたのは『恐怖』という秩序だった。
噂を信じる者、殺人に出くわした者、生き残った各組織の人間は恐れる。
己も殺されるのではないか? 自分の今やってることは、彼の殺意の範疇(キルゾーン)に入ってないか?
降り注ぐ不安は、いつも以上に人々の『理性』を喚起させた。
なぜなら、緑の影が後ろに立たれたら最後、誰も守ってくれないのだから。
今、アリギエの平和は、『緑色の恐怖』によって完成しようとしていた。
街で一番高い塔。アリギエで大規模な火災が起こった後に建てられ、同じ事件が起こる際には、ここから魔言使いが水をばら撒いて鎮火するらしい。
だが、必要なほどの火災は中々起こらず、有効利用されてないのが現状である。
その塔の屋上から街を見下ろす、無断の使用者が居た。
「ワタクシのお腹が膨れるほどには典型的な、治安の悪い街『でした』わね?」
「――これだけ殺せば……当分忘れないだろう……。悪を許さぬ勇者の存在を」
風にコートをなびかせる緑昇と、ドギツい桃色ドレスのモレクだ。
緑昇は暗い瞳で街を見下ろしながら、ボソボソと呟く。
「悪とされる者は刈り尽くした、勇者の実在をこの街に知らしめた。これで善良な人々の安全は守られ、悪事に関ろうとする者は減るだろう……」
そう語る男の胸に満足感はない。これは何度も繰り返して来た作業だ。ある程度の成果が確認できれば、すぐ次の場所へ向かうだけだ。
いつでも、どこにでも、勇者を求める声は止まらないのだから。
「行く先ですけど、宛てはありますの?」
「次はピンスフェルト……という村に行く。銀獣の会がデニクを使って運ばせた村だ。そこにも銀獣の会の息が掛かっているのなら、潰しておく必要が有る。それに……」
「――魔物ですの?」
「『彼ら』は並の人間の手に余る。『同じ』機力世界の者として……今も動き続ける彼らを停止させてやるのも、勇者の務めだ」
この世界の人々に魔物、と呼ばれる不名誉な戦闘機械達。彼らの全てが、元々この世界に存在したわけではない。そもそも彼らは……。
緑昇の心中を察してか、モレクは異なる話題を投じた。
「……そういえば貴方様、この前のライピッツの優勝者が、誰か解りましたわよ? やはり件(くだん)の黄金騎士でしたわ」
「この街ではしっかり稼いでいるようだな……。俺達が見たのは例外だったか、だがあの金の武具を維持するには、それなりの資金が必要だからな」
「そして、レースの次の日ですわ。学校施設や教会、孤児院の敷地内に大金の入った袋が投げ込まれたそうな。さらにこの街の貧民街にも、金をバラ撒いた者が居るそうですの。貧民街の方の詳細はとれないとしても、総額はざっと優勝賞金ぐらいにはなりますわ」
「……そうか」
緑昇は今の話しを聞いて、僅かに感情に揺れが生じた。それを感じ取ったモレクは、躊躇いがちにこう言った。
「まるで……昔の……」
「……行くぞ」
モレクの言葉をハッキリと拒絶し、緑昇は塔を降りる階段に向かったのだった。
G(ゴールデン)knightとG(グリーン)knight
載せ方変えます。2話の続きは、話別連載の方にしますね