自殺転生

今月分のSSになります。
見納め下さい。

自殺転生

 自殺転生
            the134340th(ホシ)

 僕は自分のことが大っ嫌いだ。僕が僕の人生を始めたとき、一体誰を呪っただろう。
 両親? 学校の先生? 職場の上司?
 いや、どれも違う。なぜならそれは、自分自身だったから。
 でも僕は僕なりに、自分を好きになろうとしていた。その結果が、自殺だった。
 きっとみんな強さと弱さを、同じ分だけ平等に持っているのだ。僕の場合その強みであり、弱みであるところが、自殺ができるという点だったのかもしれない。
 僕は何度も自殺を繰り返す。いい人生が巡り巡ってくるまで。
 最初の人生は、まだ中学生だった。僕は何かに取りつかれたかのように、勉強に励んでいた。それが両親に望まれたことだったし、それしか今の僕にはできなかった。でも僕は一度立ち止まって考える。
 良い高校に入れたからって、幸せになれるとは限らないんじゃないかって。
 いい大学を出れば、幸せになれると両親は言った。
 いい人脈があれば幸福になれると、学校の先生は言った。
 やりがいがあれば人生は好転すると、夢に破れた人が言った。
 僕はそんな大人たちが、これっぽっちも幸せには見えなかった。どいつもこいつも、デタラメなホラを吹いている、そう思った。デタラメなホラを吹く大人は、何かに怯えていて、何かを乞うていいるみたいだった。
 僕はその日の夜、初めて僕はマンションの屋上から飛び降りて、自殺をした。
 次に目が空いた時、僕は見知らぬ白い天井の部屋に、横になっていた。
 随分小さい手と足だった。僕は気付く。
 あぁ、これが生まれ変わりってやつなんだって――。
     ◆       ◆
 それから僕は、自殺をしてはまた生まれ変わった。
 ある時は普通の会社員だった。いろいろと苦労をして入った会社だったが、僕にはやりがいというものがわからなかった。ただ毎日朝早く起きて、帰るときには明日がすぐそこだった。
 ただひたすらゴムを引き延ばすような毎日は、いつしか張り裂けえていた。
 僕はいつも通り仕事を終え、電車に乗って帰ろうとしたとき、線路に飛び出して死んだ。
 あるときは金持ちの子供だった。毎日ただ学校へ行くだけで、時々お小遣いを貰っていた。そして父親が死んで、お金のことで揉めた。どうしてそんなにお金が必要なの? 僕には答えが出なかった。
 僕はお金があっても、幸せじゃなかった。
 その日の夜、睡眠薬を大量に飲んで僕は眠りについた。今までの非じゃなく、楽な死に方だった。
 ある時、僕はある妻の愛人だった。きっと夫よりも愛されていたと思う。でもそれは、新しいものを気にいっていただけだ。子供だって、おもちゃは新しいものに限るだろう。
 でも僕はその愛を注がれても、決して満たされることはなかった。まるでヒビの入ったグラスみたいに、愛を注がれては、また零した。
 次第に僕たちの関係は終わった。というより、僕が相手にしかったのだ。嫌いになられる前に、嫌いになる。それが僕の信条だった。
 僕はその女性と別れたあとの、まだ日も高い時間に、ひとつの部屋で硫化水素を飲んで自殺をした。
 僕はまた繰り返す。同じ道を、同じ人生を。
     ◆        ◆
 その人生は、退屈だった。
 親は離婚しており、お金もあまりなかった。でも父親のいいだしっぺで、大学には通わせてもらっていた。
 その大学も退屈だった。特に人間関係が。
 学校ではナンパが流行っていた。それに乗っかる必要もなかったのだが、勉学にもバイトにも、励まない僕は暇つぶしで付き合っていた。
 僕に付いてくる女の子なんて、ひとりもいなかった。僕は変な髪の毛をしていたし、顔もあまりよくない。そして何よりこの言葉だ。
「俺って何千回って死んでるだぜ」
 これが俺の常套句だった。きっと意味はわからない。でもわかってくれる人がいることを、僕は切に願った。
 次第に友達は減った。僕も付き合わなかった。
 でも僕は、なんとなくナンパを続けた。なんでかはわからない。なんとなく、なんとなく、本当になんとなく。
 僕は大学構内から、駅前に場所を変えた。その方が友達に会わなくて済んだから。
 僕は駅前で声を掛ける。
「お姉さん、お茶でもどう?」
「君たち、これからカラオケで行かない?」
「ねえ、可愛いね。今学校帰り?」
 僕に付いてくる女の子なんて、ひとりもいない。さあ、目の前の信号が変わって、それでだめなら帰ろう。
 信号は赤から青になる。次第にどこから湧いたかわからない、人の波に僕は押される。
 そして僕は目の端に、変わった女の子を見つけた。それは顔が可愛いからだとか、胸が大きいとかじゃない。
 死んだ目だ。それも飛び切りの。途中音楽を聴いていたのか、イヤホンを引きづって歩いている。面白い。
「お姉さん、これからお茶でもどう?」
 思いっきり無視をされた。でも
「僕って何千回って死んでるだぜ」
 僕は言う。
 彼女は聞いてないのか、フラフラ駅に向かって歩く。
 僕も帰ろう。そう思って僕はバックの中からパスケースを取り出す。
「待って」
 さっきの女の子だ。
「どうしたの?」
「さっきの話、本当?」
 たぶん、僕の常套句のことだろう。
「うん」
 ――私もなの。
     ◆       ◆
 それから僕たちは、少しの時間だけ、お茶をした。
 今世の僕の名前が谷田信知だということ。今世の彼女の名前が三秋みちるだということ。
 僕も彼女も、何度も自殺を繰り返しているということ。
 彼女はもう、二度とこんな人生を、繰り返したくないということ。
 僕も彼女も、相手に心を開く瞬間が、一番苦手だった。不器用すぎて、僕は少し笑った。
 彼女もそれに気付いたのか
「こんなことで笑う人なんて、初めて」
 と言って笑った。
 僕たちは帰り際、メアドだけ交換して、その日は別れた。
 僕たちは大して、お互いを求めなかった。でもなにか相談事があるときは、お互い顔を合わせて、不器用に笑うことが、日課になっていた。
 そして時々、僕たちは議論をする。
 例えば、生きたいのにもうすぐ死んでしまう人の気持ちを。例えば、目が見えない人に、空の青さを伝えるのには、どうすればいいのかを。
 結局結論は出せなかった。当たり前だ。それだけ僕たちの人生は、幸せだったんだって知らしめていた。
 僕は大学を卒業して、会社に就職をした。それが当たり前の人生だと思った。
 彼女は僕が住んでいるアパートで家事をする。それが奥さんとしての、当たり前だと思った。
 でも僕たちは決して、子供を作らなかった。
 子供に、僕たちに似た人間に、もう二度とこんな不器用な歩き方を、マネしてほしくなかった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 そして僕は、彼女の頬にキスをする。ご飯の準備はもう出来ていたようで、僕はそれにありつく。お風呂に入って、ふたりで少しだけゲームをする。そしてふたり揃って、古いアパートに似合わない大きめのベットで、一緒に寝る。
「ねえみちる」
 僕は彼女を抱き寄せる。
「もう自殺するのは、やめよう」
 彼女がどう言おうが、僕はもう自殺するのは、やめようと思っていた。
 僕はヒビの入ったグラスだ。どれだけ愛情を注がれても、零してしまう。
 だけど今は愛を注ぐ側にまわった。それはきっと不器用で、愛をまた、零しているのかもしれない。
 でもそれが今の僕だった。
 他人から見たら、ありきたりでなんの変哲もない人生かもしれない。でもこの普遍的な人生でも、僕たちにとってはきっと特別なんだ。
 彼女はもう寝ていた。答えは聞けなかった。「もう」と僕はむぅと頬を膨らませたけれど、決して怒ったりはしない。むしろこの言葉の続きを聞くために、僕は明日を、明後日を、そして未来を、生き続けるのだから。
 彼女が生きている世界に、僕も生きている。
                 (完)

自殺転生

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

自殺転生

僕は自分自身のことが、大嫌いだった。 僕が僕の人生を始めたとき、一体誰を呪っただろう。 両親? 学校の先生? 職場の上司? いや、どれも違う。なぜならそれは自分自身だったから。 僕は自殺をして、同じ人生を繰り返す。

  • 小説
  • 掌編
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更新日
登録日
2017-07-23

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