クジラの薬

彗星クジラに願いを

Cは現代社会の飼い犬の一人であった。
と言うのもCの時代は人をまるで人間として考えていないからだ、
働くためのロボットか会社の家畜、言わば ”社畜” だ。
毎日朝から晩までフラフラになるまで働かされるにも関わらず、
十分な給料は勿論、ボーナスさえ払われない。
では何故Cはこのような真っ黒に染まりきった会社を辞退しないのか。
それも現代社会の所為である。仕事をなくした大人たちは
行く宛がないのである。親の年金は十分に蓄えられていない為、
自分を養うことは出来ない。孤児は孤児院に入ることが可能だが、
大人にそんな場所はない。新しい仕事を探すのなんて
二階から目薬をさす行為と等しい。
だからCは現代社会の忠実な犬になるしか方法はないのだった。



Cは足を引きずるように夜道を歩いていた。
明日の仕事の内容を頭に叩き込みながらフラフラと歩いていると、

「うわっ」

「いたっ」

書類が音を立てて散らばり、肩に生じた痛みを感知してやっと
Cは自分が誰かにぶつかったことに気がついた。
ふと顔を上げると、そこには見慣れた顔があった。

「あれ?Cじゃないか!久しぶりだなぁ!」

「もしかして・・・Jか?本当だ!久しぶりだな!」

それは高校生からの親友であるJだった。
社会人になってから連絡が取れなくなってしまっていたのだ。
感動の再開と思いながら二人は一緒に夜道を歩いていた。
暫く歩くと、青白い淡い光が辺りを照らし始めた。

「な、なんだあれ!クジラじゃないか!」

それは夜空を泳ぐ大きなクジラだった、
星のようなキラキラしたものを体に纏いその光が尾を引いていた。

「C、知らないのか?あれは彗星クジラって言うんだよ。
 最近ああやって夜空を飛んでるんだ、大切な人と
 行きたいところに連れて行ってくれるんだってさ。」

「へぇ・・・俺も行ってみたいもんだ。」

Cは苦笑しながらそう答えた。
JとCが会話をしながら別れた後、Cは自宅に帰り、
薄い布団に体を横たわらせた。

「あれ・・・」

布団のすぐ側にあった筈の薬の瓶がすっかり空になっていたのだ。
実はCには入社した頃から悪い癖がついてしまっていて、
何かストレスが溜まると市販の薬を買い込みその薬を噛み砕いて
飲み込んでしまうのだ。

「ああ、もう空なのか・・・」

Cの部屋の至る所に薬はあるのだが、いつもより長いデスクワークの所為で
足が痙攣し、動くことができなくなってしまったのだ。
そしてCは地面に吸い込まれるように眠りに落ちた。


翌朝、煩く鳴り響く携帯電話の着信音で目が覚めた。
携帯の画面表示は課長をさしていた。

「は、はい!おはようございます!」

「ああC君?いやぁ、今日はね・・・その・・・
 大事な話があって電話したんだがね・・・」

課長の話し口調は妙にたどたどしく、Cは課長の意図に気づきかけていた。

「君、今日から来なくていいよ。」

「えっ」

「君最近疲れてるんでしょ?
 ミスも多いし、顔も暗いしさぁ?
 別に無理しなくていいから、君の代わりは沢山いるしね。」

「ま、待って下さい!じゃ、じゃあ僕はクビって事なんですか?!」

「まあ悪く言えばね、それじゃあ。」

課長は逃げる様に電話をプツリと切った。
Cはその場に崩れ落ち、原因不明の涙を流していた。
それは腐れブラック会社からやっと解放された嬉し涙か、
それともこれからどうやって生きて行けばいいのか戸惑う不安の涙か、
Cは判別できず、ただ混乱していたのだ。

「・・・いい天気だ。」

窓の外を眺め、Cはポツリと呟いた。
外は土砂降りで、雨は窓を激しく叩いていた。
Cは散歩に出かけようとドアを開け、
Jと再開したあの交差点へと足を運んでいった。
・・・Jにもう一度会える気がしたからだ。

「寒い」

傘もささずに歩き、寒さでCの足取りは次第に遅くなっていった。
と、その瞬間Cの横で耳障りな叫び声がした。
ふと顔を上げると、そこにはJにも似た姿が交差点の真ん中で
大型トラックの横で血を流しながら倒れていた。

「ゔっ、かはっ」

涙が込み上げ、むせ返るほどの鉄の匂いがCの嗅覚を激しく刺激した。
Jの血は雨と混ざり合い、まるでガラス細工の様に
道路とトラックを鮮やかな赤で彩っていた。

「うぅぅっ!」

Cはその場から走り去った。喉に込み上げてくる熱い何かを
ひたすらに飲み込んで自分の家まで真っ直ぐに走った。
玄関のドアを勢いよく開け、部屋中にある薬を布団の上に集めた。
それらを全て開封した後、薬を貪る様に食い散らかし、
少し喉に詰まったかと思うと近くにあった缶ビールで薬を流し込んだ。

「はぁっ、はぁっ」

薬が全て切れた後、Cはようやく正気を取り戻した。
しかし、正気を取り戻したは良いものの、Cの視界は
徐々に徐々に狭まっていき、Cはその場に倒れ込んでしまった。


淡く優しい光でCは目を覚ました。
光の方向に目をやると、窓の外に彗星クジラがCを待ち構える様に
泳いでいた。目を凝らすと、Jがクジラの頭部に座っていた。

「C!おいでよ!彗星クジラが僕の所に来てさぁ、
 Cも連れて行きたいって言ったら許可してくれたんだ!」

「本当か?!」

「うん!だから行こう!」

「ああ・・・」

窓に足を掛け彗星クジラに飛び乗ろうとした瞬間、
Cは途端に思った、何かが変だと。
Jは死んでいる筈で、行きたい所に連れて行って貰ったとしても
死んでいるのだから元も子もないだろう。
何気なく背後を振り返ると、そこには血の気のない顔で
横たわっている自分がいた。

「J、お前は彗星クジラにどこに連れて行って欲しいと頼んだんだ?」

「ん?ああ!それはね・・・」

Cはその時やっと彗星クジラの本当の役目を悟った。



ー 死神クジラ

クジラの薬

死神クジラに最後の願いを

クジラの薬

現代社会の飼い犬のCは親友のJと再開する折、願いを叶えてくれる彗星クジラを目の当たりにする・・・

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-23

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