緑の国家

処女作のリメイクです

ㅤ自然の力により草木で補強された広い樹洞の中、ぼくは緑色の葉の上に座り食事する。
ㅤ木は、一部の腐食を除けば健康だ。樹洞から地を見下ろせば、ふらりと倒れてしまいそうになる。強靭な生命力をもつ木は、ぼくが出かけようと足を出せば、階段のように枝を伸ばし、その葉を差し出し、(つる)を命綱のように垂らす。
ㅤ近くには崖の壁があり、そこを色々な植物が這っている。土の部分はほとんど見えない。
ㅤ葉はツルリとしていて、清潔で、絨毯に適している。木材の上に住んでいた時みたく膝が痒くなることは、まずない。 不思議なことに、こちらに越してきてからは、全てのアレルギーが消えた。どうやらぼくはこの環境と相性が良いようだ。
ㅤぼくは葉の上に正座する。しなくてはならないからだ。どうしてかはわからない。だけれど、これがルールだと父さんが言っていた。ずっと前に出かけたっきり帰らない父さんが、ぼくに、そう、言っていた。
ㅤ記憶の中のお父さんは、筋肉質で強い。
ㅤ絨毯の上にはちゃぶ台がある。父さんが置いていったものだ。ちゃぶ台の上には、いつも何かしらのくだものが、ぽい、と置かれている。くだものの名前は知らない。どのくだものも、とても甘く美味しいことは確かだ。
ㅤほかの誰かが取って来たくだものは、途端に世界一美味しいように思える。ぼくは父さんと生活しているうちにそのことに気が付いた。楽をして食料を得るということは、得をした気にも損をした気にもなれるものだろう。損をする時と言えば、腐りかけを回された時だ。
ㅤそういうわけで、ぼくは誰かのおすそ分け風にくだものを置く。ご近所さんや父さんが留守中に持ってきてくれたように、ぼくはちゃぶ台の上に置き、後からそれを見つけ、居もしない人たちに深く感謝する。
ㅤちゃぶ台の上に置かれたくだものを見ると、誰かが帰ってくるようにも思える。夕陽がぼくのうちに差し込む時なんて、まさに誰かがぼくの帰宅を待っていたように見えるのだ。
ㅤ大きく口を開いた洞には、太陽の光も月の光も、時には星の光だって差し込む。
ㅤそういえば一度だけ、ぼくの帰りを待っていた人がいた。白星の沈む方からやって来て、それから白星の沈む方へ帰っていった子だ。
ㅤ留守中に勝手にうちに上がり込んだあの子は、ぼくがうちに帰るまで、絨毯の上で眠りこけていた。足音に目を覚ましたあの子は飛び起きて、食を懇願した。ぼくは久しぶりの人間に感動して、気分よくくだものをご馳走した。
ㅤぼくが赤くて丸い実に手を伸ばそうとした時、あの子は
「ふくふくと佇むなかれ腹の虫」
と仰向けにねっころがって呟いた。
ㅤ今でもよく覚えている。あの子は非常に満足気な笑みを浮かべていた。それがぼくの心を駆り立てた。
ㅤぼくはいそいでくだものを奪い取って、そこに正座させた。それから、もう何も食べるな、と言い付けた。
ㅤあの子は正座をしたまま、じっと絨毯を見つめていた。少ししてぼくも満腹になった。
ㅤぼくが水を飲むために席を立った隙に、あの子はちゃぶ台に突っ伏して、めーめーと泣き始めた。泣かないで、と言ってもあの子に声は届かなかった。
ㅤぼくの頭はキンキンしてしまい、遂に我慢出来ず、あの子を外へ追いやったのだ。酷いことをした。頭のことは、ぼくの問題でもあった。
ㅤ外に押し出されたあの子は一瞬驚いていた。でもあの子はすぐに涙を取り戻し、暗闇の中に駆けて行った。その足取りにあわせ、緑の絨毯は滑り台のようにのびた。すーっと白星の白い光が木々の隙間から細く差し込み、あの子の行く方を照らした。
ㅤ足裏の響く音と白星の光は、少しの間残っていた。
ㅤ今も濃く深い緑の中に絨毯は繋がっている。あちら側はあの子のテリトリーのように思えて、ぼくは今でも絶対に踏み込まないようにしている。
ㅤクィークィーと赤い鳥の産声が聞こえる。
ㅤキーキーとメスザルのさかりの声が聞こえる。
ㅤザワザワとずっと上の方で木々の触れ合う音が聞こえる。
ㅤそれらの葉の隙間から、すっと差し込む夜の明かりが絨毯を照らす。
ㅤ少しの明かりを受けた青白い花が、天へとスルスルと伸びていくのを見ながら
(きっとここに必要なかったんだ)
とぼくはあくびした。
ㅤぼくは今日も存在するかわからないものに怯え、明日(あす)のためにくだものをちゃぶ台の上に置いた。

緑の国家

緑の国家

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-22

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