喪女が人生やり直したら? 6話
現代編1です。
6話
18
「やっぱり跳んだか」
しかも、今回は今住んでいるワンルームだ。時代的に意外と近いな。
さて•••。
上半身だけベッドからズリ出て、スマホの日付を確認する。
「ん?」
個人的な時間を二ヶ月ほどさかのぼる。っていうか年月見れば一発じゃん!
「戻ってきたよ•••」
上半身だけベッドからズリ落ちたまま、しばらくシーンとしている。が数秒後、カバッと再び起きる。
か、身体が重い•••。
用意を始めないと遅刻する時間だった。朝飯は会社前のパン屋でいいとして。うう、化粧なんて久しぶりだよ•••。やっぱり若い肌は良かったのぅ。ま、見苦しくない程度でいいや。
なんとか用意する。私の意識としては二ヶ月ぶりの出勤だった。
二十分後、会社の前にたどり着く。
ふぅ、ちょっと早めに着けた。先にパパッと朝飯食べちゃお~。
パン屋に入って、やっと人心地つけた。それにしても•••と思う。本当に、昨日出勤していることになっているんだろうな。なんか不安•••。
小学校時代にタイムリープした日が、昨日だったか実はあまり覚えてなかったりする。過去に戻るという有り得ない現実のせいで、その前日に何があったか、なんて考える余裕すらなかった。
前日に何かあった気がするんだけど、そのあたりが全く思い出せない。
そろそろいつもの出社時間になるのを見て、食べ終わったトレイを置くと店を出る。一瞬、平衡感覚を失いかけた。同時にひどい耳鳴りもする。
頭をふって気をしっかりもとうとする私に、幼稚園の園服を着た男の子が駆け寄ってきた。
全身が粟立つ。
「誰かその子、つかまえて!」
男性の必死の叫びが耳に入る。無意識に後ろにあるカーブミラーを見上げた。
思い出した!
と同時に男の子の前に立ちはだかる。男の子が慌てて止まると、私の後ろにある側道から勢いよく車が現れた。
過去の私は男の子を止めようと追いかけて、その子の腕を引っぱった拍子でその勢いのまま足がもつれ、車にダイビングしたんだった!
車はまわりの空気を感じたのか、慌てた感じで走り去っていく。ぼう然と見送っていると
「あ、ありがとうございます!」
深々と頭を下げる父親に、まわりの目が集まる。
「よ、よかったですね。じ、じゃあ、私、急いでいますので」
呼び止めようとする父親を振り切り、その場からダッシュで立ち去った。
「や•••、やっちゃったかも•••」
たぶん、私は前回、車にひかれたんだと思う。それを今回は回避してしまった•••。
いや、でも、またひかれたとして、目が覚めたら小学生だった、なんてことだったら、ループすることにならないか?
しばらく悩んだが、結局、始業時間になってもわからなかった。
「おはようございます」
できるだけ、いつもの高くもなく低くもないテンションを心掛けて席につくと、パソコンを立ち上げ、メールを確認する。
未来を変えて大丈夫かな•••?
飯田くんに起こったことが頭をよぎる。
•••いくら考えても未来のことはわからない!
頭をふり気を取り直す。
とりあえず机まわりや引出のチェックをする。なにしろ二ヶ月ぶり•••。他の人にとっては昨日のことでも、すっかり忘れていた。
「おぉ、アッキーが仕事の前に段取りしてるよ」
だいぶお腹が目立ち始めた有馬さんが、関心しながら覗いてきた。
「おはようございます。あの•••」
「おはよ、なによ? それとも、秘蔵のチョコが見つからないとかだったら、いまの私の褒め言葉代として、そのチョコもらうからな」
相変わらずの有馬さんに、やっと戻ってきたことを実感する。そして、少しだけ躊躇したが、電車の中で決めたことを話す。
「有馬さん、今日、私、何やればいいですか?」
「は? やっぱ褒めなきゃ良かった。何やるかって? 仕事だよ、仕事!」
「いえ、そうではなく、なにか優先的に終わらせる仕事、ありませんでしたっけ? •••じゃない、ありますか?」
全く覚えてないので、というのは怖くて言えない。そんな私に対して有馬さんは目を見開くと
「マジ、どうした? 昨日まで、何も考えなしにただ目の前の仕事しかしなかったアッキーが•••。やべえ、泣きそうだ」
あははは•••。やっぱり私、そう思われてたんだ。へこんでても仕方ないので、メモをだすと
「午前中なら、銀行関係の印刷だけなんで、時間あります。午後は郵送物の整理と、請求書が届いていたら伝票起票したいです」
「うんうん、アッキー、今日はもう帰っていいぞ」
有馬さんは目頭をおさえながら、意味不明なことを言っていた。
「いや、帰らないので。それに私、言われていて忘れている仕事が結構あるはずなので、それも教えて下さい」
むしろ、全部忘れているので、そこを教えて欲しいです。有馬さんはうんうん頷きながら、自分のタスクテーブルを確認してくれた。そこからは有馬さんらしく、○月○日にA、○月○日にB、○月○日にCとサラサラと出てきた。やべえ、結構、握っちゃってたよ。それにしても有馬さん、本当に優秀だわ•••。でも、私も変わるって決めたんだ! とりあえずメモをとっていく。一通り終えると
「すみません。どれからやればいいですか?」
ニヤリと笑う有馬さん。
「どれからだと思う? アッキーは?」
「え? え~•••」
メモの箇条書きに番号をふって、有馬さんに見せると
「なんだ、わかってんじゃん。でも、惜しい。今日の通常業務外の時間と、このメモの業務のだいたいの時間がわかってないだろう」
「考えてませんでしたし、わかりません。教えて下さい」
「•••今日は本当に素直だな。いちばん早く終わるのどれ? どのくらいかかる?」
そう言われて、横にだいたい自分がかかるだろうと思う時間を書いた。それを有馬さんは、う~ん、と見てから
「電話や来客のお茶は?」
今日のメンバーの予定が書かれているホワイトボードを指差しながら、有馬さんは
「全部1.5倍に。それと今日や今週が期限のものは?」
横に期限も追加する。
「ふむふむ、今日までのとか、急ぎはないのね。じゃあ、残業しないように、当てはめて。昼前に進捗ちょうだい」
「は、はい!」
ヤバい! 超嬉しい! この二ヶ月のノートにまとめる作業が役にたった気がした。怒られるの覚悟でわからないことを聞いたら、びっくりするほど前進した気分だった。
「あの、有馬さん」
「なに?」
「ありがとうございます」
「別に。仕事だし」
「それで、ちょっとお願いが•••」
「うわ、いやな予感」
「今日、仕事終わったら、お時間、少しいただきたいんですが•••」
「••••••。前向きな話?」
「私は前向きだと思っています」
「なら、いいよ。あんま長いのは無理だけどね」
有馬さんはお腹をポンとたたく。早く帰りたいだろうな、有馬さん。よし、私が一番できない、一番不得意な『アレ』だけ聞こう。それから終業時間まで久しぶりの仕事をなんとかこなした。
19
「コミュニケーションの取り方?」
定時に上がらせてもらった有馬さんと私は、駅前のドーナツ屋に入りたい、という有馬さんの希望で、今ドーナツを挟んで向かい合わせに座っている。
「有馬さんから見て、私、どこらへんを直していったらいいのか、教えて欲しくて•••」
下から上へと私を見てから
「変な自己啓発セミナーとかに引っかかってないだろうな!」
「す、すいません。じこけいはつって何ですか?」
目を見開いた後、ひとしきり笑う有馬さん。私は有馬さんが笑い終わるのを待つ。
「いや、ごめん。アッキーは大丈夫だな。で、コミュニケーションだっけ? どうしたの、急に?」
少し悩んでから今回の一連のことを、時間をさかのぼったこと以外、手短に伝えた。
「ふむふむ、中学校時代のトラウマだったことが片付いて、今までの人付き合いじゃマズい、と思ったわけだ」
「はい」
「でも、できてんじゃん。人付き合い」
笑う有馬さんを私はジッと見る。
「本当にそう思ってます?」
目をそらしながら、有馬さんはルイボス茶を口に運ぶ。アフリカのお茶で妊婦にも良いらしい、というよりは、うまいからという理由で最近、ハマっているらしい。美味しいというので、私も同じものにしている。確かにうまい。私もお茶を口に運びながら、でも目は有馬さんから外さない。
「••••••。あ~、わかったよ。ただ、私、こういうの言う時、上から、というか専門用語を平気で使うみたいだから、秋野がわからなかったら言ってね」
村田さんが言ってた有馬女王様ね。でも私としては教えてもらうわけだから、別に上からというのは、かまわないんだけど。
「んじゃ、ちょっと待ってね」
腕を組んで考える有馬さん。二十秒くらいで、じゃあ、と言ってから
「アッキー、自分から話すの、まず諦めて」
がびーん! コミュニケーションどころか、もう人と接するな、と?
そんな私を見て、有馬さんは少し笑いながら
「いいリアクションだな~。もう今、アッキーの頭の中、自分のことでいっぱいだろ?」
「え? は、はい、だって•••」
言いかける私を有馬さんは手を上げて止める。
「質問た~いむ。一つ目! 話をしていて、全く違うこと、例えば•••「こう言おう」「答えはこうだろう」とか、考えたことある?」
そう言われると、今も有馬さんに言われたことで、頭が一杯になってた•••。
「はい•••」
「元気ないなぁ! 二つ目 相手じゃなくて、後ろの人や時計とか、他のものにの目が移ったりしちゃったことは?」
「あ、あります•••」
「声がちっちゃい!」
「アリマス!」
「よ~し、三つ目 アッキーから聞いたのに、し~んとなっちゃったら、アッキーからまた話しちゃう?」
「たぶん•••」
「はい、それ全部ブー!」
「あの、わからないんですけど•••」
「ごめんごめん。説明するね。アッキーはコミュニケーションて聞いて、人とどうやって話すか? そんな感じに考えてた?」
「はい」
「これから話すことは、私の考えだよ。私はコミュニケーションの最初は、その人の話を聴くことだと思うんだ」
「••••••」
「だから、『話すの諦めて』は大げさだけど、アッキーにはまず、その人が何を言っているのか聴いて欲しいな」
「はい。あの•••」
「ん?」
「メモ書きしてもいいですか?」
「うーん、アッキーがそうしたいなら」
早速、ノートと鉛筆を出す。
「なに、アッキー。鉛筆、使っているの?」
「まぁ、なんとなく•••」
「へ~。じゃあ、続けていい?」
「はい」
「さっきの三つの質問は、その『聴く』時に気をつけること」
私、一つもできてないよ。
「ははは、今できなくても、いいよ。これから気をつければいいんだから」
有馬さんがフォローしてくれる。ヤバい、顔にでてたか•••。
「あとは、今日、アッキーから色々聞いてきたじゃん。間違ったら『ごめんなさい』、やってくれたら『ありがとう』、わからなかったら『わかりません』。今までみたいオドオドせず、今日の会社にいた時みたいにしっかり聞ければ、ね。あとは自分で工夫してみな」
一通り書き終え、メモ書きを確認する。有馬さんに向き直って
「今日は会社帰り、早くお家で休みたいところ、本当にありがとうございました」
立ち上がって、頭を下げる。
「いいよ。ま、実際やるのは、アッキーなんだから。うまくいっても、いかなくても私のせいにするなよ!」
笑いながら有馬さんは答えてくれる。送ります、という私の申し出に、駅まででいいよ、と言って有馬さんはスタスタ歩いていくので、ホームで電車が来るまで一緒にいた。
電車から手を振る有馬さんに、もう一度、頭を下げて、私も自分家へ帰った。
その間も、家に着いてからも、今日の朝のことを考えていた。
たぶん私は車にひかれて、そして小学校時代に戻ったんだと思う。それを今回は避けられた。
そうなると、自分の代わりに事故にあっている人が現れないか? 今日一日中、会社の前で交通事故が起こらないか気が気でなかったけど、そんなことはなかった。
理由はわからないけど、私の代わりに怪我する人がでなくて本当に良かった。
その日の夜、何か夢を見た気がしたが、翌日起きると全く思い出せなかった。
ただ、昨日のモヤモヤがなくなっていた。
20
最初の時間旅行が二月。あれから七ヶ月たった。その間の私は? というと。
まずは有馬さんから教えてもらったことを実践した。人の話に集中する、ということを自分が如何にやってなかったか! 一週間でまざまざとわかった。これについては、いまだに継続中。
次に社会人のリズムが戻った二週間後くらいに始めたのが•••、恥ずかしながらダイエット。だって小中の身体感覚を知っちゃったら•••。でインターネットの動画を参考にやったら、膝と腰、故障しました•••。妹に電話したら
「ちょ~ウケる! ダイエットはガマンできたけど、初日で身体壊すって•••し、死ぬ•••」
「じゃあ死ね」
「ハァハァ•••、あ~、腹筋痛い。で、お姉ちゃん、部活は体育会系どころか、ずっと幽霊でしょう?」
「うん」
「じゃあ、ちゃんとインストラクターさんのアドバイス受けながらやった方がいいよ」
「いや、でも•••」
「あ、お金なら、そんなにかからないように私の友達に言っておくよ」
「それはありがたいんだけど•••」
「なに?」
「なんか、私なんかが•••恥ずかしい?」
「はぁ? なに言ってんの? 私たちは客だよ? お姉ちゃんなんか目じゃないくらいスゴい人だっているんだから」
それって、どんなモンスターだよ。というわけで、ジムにも通い始めた。嗜好品予算を切り詰めることになったが•••。
ただ、プロってのはさすがで四ヶ月後くらいには、短大時代より痩せられた。そしたら、リバウンド防止策として、今度の休みに服を買いにいこう、とキミが言いだした。で当日、今回の礼もあるんで服を買うついでに、昼メシをおごってやると
「私の服で入りそうなの、お返しにあげるよ」
と二人そろって、久しぶりに実家に行くことになった。キミはもう結婚していて二人のママさん。今日はうちのお母さんに預けて、私に付き合ってくれていたわけだ。
そしたら、お兄ちゃんまで帰ってきた。お兄ちゃんも二年前に結婚して、今奥さんが出産のため実家に里帰りしているので、遊ぶ金を浮かすために、何もない日は実家で夕飯とアルコールをいただいている、とのこと。セコい•••。
「うおっ、誰かと思ったらセリか? や、やせたなぁ」
「お久しブリーフ、お兄ちゃん」
「やせたとは言え、中身はやはりセリか!」
兄とのアホなやりとりも終えて、帰って夕飯の支度をするというキミに、車で駅まで送っていってと頼まれたお兄ちゃんは、私まで巻き込みやがった。
キミたち三人を降ろした帰り、何気なく聞いてみた。
「お兄ちゃん、仕事できるようになるには、どんな勉強すればいいの?」
「パードン?」
「奥さんに色々チクるゾ」
「えーっ、ま、まずは•••エクセルはお前ブラインドタッチできるよな? じゃあ、関数覚えろ。暗記じゃなくて、会社の資料作るのに便利そうなヤツがあったら、バンバン使うこと」
「お兄ちゃんの部屋にその手の本、あったよね? ちょうだい。あとは?」
「おまえ•••。あとは、余裕があったら簿記やってみると、儲けの仕組みみたいのがわかるかな」
「それはなかったなぁ。仕方ない、自分でなんとかするか」
「ちょっと待て。お前まさか、勝手に人の部屋入ってないよな?」
「何言ってんの、お兄ちゃんたら。お兄ちゃんだって、私の部屋、勝手にあさってるじゃない」
ちょっと妹っぽく言う。ブツブツ何か言う兄を無視して
「そんだけ?」
「え? あー、そうだな。あとは違う役職や部署の本を読んでみると、相手がどんなこと考えているか知る手がかりになるな」
そこで家に到着した。
「な、な、セリ。美紀には•••」
「大丈夫。お兄ちゃんが未だにどんなお宝とっておいているかなんて言わないから!」
こめかみをおさえ、車の屋根に顔を押しつける兄を置いて、早速兄の部屋から数冊適当な本をパクる。服も合わせると結構な荷物だった。私を見た兄は、送ろうか聞いてきたが、お昼食べすぎたのでいい、と言う。こうして泣きそうな兄を後に、その日は家に帰った。
有馬さんも産休に入り、一人で不安だった業務もなんとかこなせるようになった九月。時間旅行から七ヶ月たった、ある日。
「あ、お姉ちゃん? もうすぐ誕生日でしょ? バースデーパーティーしようよ」
そう、秋野芹香 三十歳。アラサーじゃないよ、ジャスサーだよ。高橋、短大時代の友人で去年結婚した、ヤツがいた今までとは違い、ガチ孤独との闘いを覚悟していた私は、その申し出に飛びついた。
そして九月十七日。
本当に誕生日じゃねーか。ま、祝ってくれるのに、文句は言えない。待ち合わせの場所に立っていると、キミが駅側からやって来た。
「早いね~、そんなに楽しみ?」
「はいはい、で、これでいいんでしょ?」
今日の服は、どういうわけかキミが指定してきた。
「ん、ばっちり! じゃあ、行こう!」
そして、十分後、店に入った私は立ち尽くしていた。
「私一人じゃ寂しいので、助っ人呼びましたーっ!」
いかにも明るそうな好青年と、長身でちょっとこわいけど、マジメそうな青年が立っている。
「久しぶり、覚えてる? 望月だけど。小中一緒だった•••」
「俺のこと、わかる? 中一の時にクラス委員、一緒にした飯田だけど•••」
えー、これは白昼夢? でも二人とも年とってるし•••。横を見ると、してやったり顔のキミがニコニコしていた。
喪女が人生やり直したら? 6話
次回は、現代編2です。