金魚と明晰夢

ねえ、出かけようよ。

「ねぇ、R。どこか出かけようよ。」

ラムネ色の水槽の中でSはRに問いかけた。

「無理だよ。だって僕らは水槽の中で生きてるし、
 他の皆みたいに空気は吸えないんだよ?」

「でも水の中だったら大丈夫だろ?」

「そうだけどさ、やっぱり無理だよ。だってさ、
 僕らはここから出られないんだもの。」

Rは口を尖らせた。外に出たくない訳ではない。
ただRは外に出られるという期待をしてそれが叶わなかった時の
喪失感を味わいたく無いのであった。

「見つけたんだよ!この水槽の出口をさ!」

Sは声を一層明るくしてそう言った。
乗り気でないRの手を引き、水槽に少しだけ空いた穴を指差した。

「本当だ、丁度人一人通れるぐらいだね。
 でもこれどこに繋がってるの?」

「海だよ、R!」

「海?」

「だってここから流れてくる水、ちょっとだけ塩の味がする!」

Rは穴に向かって口を少しだけ開けた。

「本当だね、S!」

「ね!だから行こうよ、R!」

「でも行くってどこに?この世界はあと五日で終わるんだよ?」

二人が水槽の中で聞いた話。外にある何かがこう話していた。


”信じ・・・かよ!・・・そんな・・・だ!”

”世界・・・・終わ・・・しい・・・ぞ!”

”あと・・・五日・・・・んて!”


水の中にいるせいか、上手く声は伝わらなかったが
二人にはそれが世界の終わりを示す会話だという事が十分に分かった。


「世界が終わっちゃう前にさ、僕らが死んじゃう前にさ、
 何かやりたい事をしておくんだよ!」

「・・・そっか。そうだね!そうしよう!」

Rは決意に満たされ、自ら穴を潜った。
その後にSがすぐRの後ろを追い、逸れぬようお互い手を繋ぎあった。

「真っ暗だね、どこに行く?」

「あっちに光が見えるよ、S!
 そっちに向かって泳ごう!」

静寂な海の中を二人はゆっくりと泳いだ。
光の先にあったのは白いサンゴ礁で出来た砂と海の外から零れ落ちる
太陽の光だけだった。

「魚がいないね。」

「人が海を汚して魚の居場所を奪ったんだよ。」

「にしては水が綺麗だよ?」

「じゃあ食べたんじゃない?」

二人はそんな会話を交わしながらそこを通り過ぎて行った。
濁った海水に紛れうっすらと姿を現す幽霊船、
危険な魚が暴れまわる深海、
赤黒いドロドロとした液が流れ込む埋立地付近・・・
二人はいろんな場所を通り過ぎ、ある時Rが言った。

「ねぇS、この世界はさ、人間が汚し過ぎて行く宛なんか無いよ。
 今まで通り過ぎた場所を見てきただろ?もういいよ。帰ろうよ。」

Sは珍しく口を開こうとしなかった。ただ彼の表情の奥に、
曇り空が見えただけだった。

「S?なんで何も言わないの、なんで無口になってるの?
 黙るなんてずるいじゃないか!言い出しっぺは君だろう!」

半泣きでRはSの肩を揺すった。そしてSは口を開いた。

「実は水槽に穴を開けたのは僕だよ、R。
 それに僕は外が汚れていることなんて知ってたんだ。」

「じゃ、じゃあなんで連れ出したの?」

「・・・明日、教えてあげるよ。」

「でも明日って世界の終わりだろ?!」

「ちゃんと終わる前に起こしてあげるから。
 もう寝よう、明日起きられなかったら困るんだ。」

Sの瞳からは涙が溢れていた。
その涙は水中を漂い、やがて海の一部となった。

「わかったよS、約束だからな・・・」

二人はしっかりと手をつないで目を閉じた。
ゆらゆらと揺れる波に身を任せながら、意識を手放していった。



ピッ、ピッ、ピッ、ピッ・・・

「先生、S君とR君はどうなったんですか?!」

青白い光が降り注ぐ病室に不安そうな顔をした3人の学生と
気難しい表情を浮かべる医者が顔を合わせていた。

「二人は昏睡状態です。最善を尽くしますが・・・
 もし、目を覚まさなかった場合、もって五日でしょう・・・」

「信じられるかよ!そんなの嘘だ!」

「こんなのっ!お前らの死はな!世界の終わりに等しいんだぞ!」

「あと五日なんてっ・・・!」

三人の学生はビニールカーテンの中で機械に囲まれた二人を見ながら
そう叫んだ。

「皆さん落ち着いてください、彼らも必死に頑張っているのですよ?
 ですから・・・」

ピッ・・・ピッ・・・ピピッ・・・

「先生!!二人の様子が急変しました!!」

近くでSとRの様子を見ていた看護師が二人の異変に気づいた。

「何っ?!すぐに救命道具を用意しろ!!」

「はいっ!」

看護師は病室のドアを素早く開け、走って行った。
三人の学生は二人の名前を呼び、泣きながら必死に二人を励ましていた。

「頼むっ・・・持ち堪えてくれ!!」

医者は二人同時に心臓マッサージをし始めた。
額から出る汗が床に着いたその瞬間・・・


ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・ピーーーーー


機械が騒々しく死を告げた。




ー 他界30秒前の明晰夢

金魚と明晰夢

ねえ、旅立とうよ。

金魚と明晰夢

二人の少年は水槽から出て旅をするそうです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-21

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