喪女が人生やり直したら? 4話

中学生編最終章 です。

4話

   10

 午前中最後の授業が終わると同時に、宮野は机やカバンの中を慌ただしく調べている。さっきの授業でシャープペンシルがないのに気づいたらしい。異変を察知した取り巻きたちが、宮野を囲んで騒ぎはじめる。

 「えーっ? あの可愛いシャープペンシルでしょ?」
 「確か優希にとって、すごく大事なものじゃなかった?」
 「みんなで探してみようよ」

 そんな感じのことが聞こえた。この騒動は給食の時間も続いていた。食べ終わるのが早い男子が席を立とうとしたとき、

 「ちょっとみんな、優希の大事にしているシャープペンシルがないんだけど、誰か知らない?」

 みんな、知らねーよ、たかがシャーペンだろ、とか口々に言っている。(ごう)を煮やした取り巻きの一人が聞こえてないかのような担任に

 「今日、水曜で5時間授業だから、放課後に学級会を開いてもいいですか?」
 「あ? ああ•••、俺は陸上部があるから出れないが、問題を起こさなければ構わない。ただ、なるべく早く終われよ」

 それを聞いた男子から文句が出る。

 「俺、部活あんだけど、出なくていい?」
 「何言ってんのよ! クラスで盗難事件が起こったかもしれないのよ! あなたもこのクラスの一員なんだから関係ないじゃ、済まさないわよ!」

 取り巻きの中でリーダー格の女子が男子を一喝(いっかつ)した。こえ~、とか男子たちは負け犬の遠吠えよろしく、ヒソヒソ言うだけだ。そんな中、飯田くんだけは真剣な表情をしていた。
 その様子を見て、意を決する。桜井さんの席までいって『あの』女子の名前を聞いた。

 「確か花崎さんだったと思うよ」

 アンチ宮野の私が取り巻きの名前を聞いてきたので、桜井さんは驚いてたみたいだった。でも、こうも過去と同じように進む現状に、正直キレそうだった。
 自慢の隠密(ステルス)機能全開で、宮野グループに近づき、花崎さんの肩をつついた。

 「きゃ!」

 こんな過敏な反応をするとは思わなかった私に、グループの視線が集まる。ここで引き下がるわけにはいかない!

 「花崎さん、少しだけいい?」

 超下手(ちょうしたて)に、いかにも事務的な(にお)いを(かも)し出す。

 「クラス委員が何かよう?」

 先ほど男子に啖呵(たんか)を切った姉御が釘を刺しにくる。

 「先生が•••」

 口ごもるのがこれだけ上手い人、なかなかいない、という消極さで食い下がる。その態度を見て、姉御も鼻で笑うように

 「ハナ、委員さん、困っているみたいだから、行ってやんな」

 よし! ナイスだ、姉御!
 それに対して、花崎はキョドっていた。教室から出る前に自分のカバンも持っていく。
 後ろに花崎がついてきているのを確認しながら、校舎と体育館をつなぐ連絡通路まで来ると

 「花崎さん、ちょっとコレ、見て欲しいんだけど」

 通路から少し外れて、上履きだったが外に出た。カバンから取り出したハンディカムを見て、花崎が不思議そうな表情をする。私は奪われないよう近づきすぎず、モニタを花崎側に向けて、先ほどの犯行映像をみせた。
 みるみるうちに顔色が悪くなっていく。本当に青くなるんだな、などと緊張しながらも、先ほどはキレそうなくらい熱かったのが、今は体感的にも心情的にも冷たいくらいに感じる。

 「この映像とこのシャープペンシルを宮野グループの皆さんに見せようと思うんだけど、どうする?」
 「な、なんでお前、動画なんか•••。どうやって•••、あーっ!」

 やっぱりキレた。ハンディカムとシャープペンシルをカバンにしまい、いつでもダッシュで逃げ出す体勢をとる。その視線の先に•••。

 「優希•••」

 私と同じか、それ以上に驚いていた花崎の口から、今回の被害者の名前が出る。

 「二人とも何しているの?」

 宮野もグルだと思った私は逆サイに逃げようとした。

 「秋野さんも待って」

 宮野に呼び止められ、ピタッと止まり、おずおずと振り返る。

 「二人とも、何があったの? もしかして、私に関係している?」

 宮野は事態が飲み込めずに、心配そうな表情を浮かべていた。この人、なにも知らない?
 花崎を見ると真っ青な顔でうつむいたままだ。それを見た宮野が私に視線を向ける。その顔は真剣そのものだった。一瞬悩んだが、全て話そうと決心する。

 「宮野さんのシャープペンシル()ったの花崎さんだよ。それをなぜか私の机に入れたから、理由を知りたくて」

 宮野の真剣さに、私も真面目に嘘偽(うそいつわ)りなく話した。
 驚く宮野。私から花崎に顔を向けると

 「ハナ、本当?」

 答えは沈黙だった。しかし、それこそが事実を認めていることになる。花崎に近づき、背の高い宮野は中腰になって

 「どうして、かな•••。私、ハナを怒らせた?」

 髪が乱れるほど、頭を横に振る花崎。宮野は花崎が話し始めるのを待っているみたいだった。私も何で私の机に入れたのか、聞かなくちゃいけない。16年間、重くのしかかっていた真実を知らなくては、いけないんだ。


   11

 花崎は消え入りそうな声で話し始めた。

 「秋野さんのはウチので、優希のはウチが持っている•••」
 「そうなの?」

 え? どういうこと? 宮野のを花崎、花崎のを私に? 意味がわからん。早く話せよ、とイライラしている私に対して、宮野はまた花崎が話すのを待っている。宮野って、こういう人なのか。印象違うな。

 「ウチ、優希の宝物が欲しくて•••。同じの買っても、ますます優希のが欲しくなっていって•••」
 「そんなに、あのシャープペンシルが欲しかったの?」

 子どものように、花崎は首を振る。

 「違うの! 優希の•••じゃなくて、ウチ•••、優希のことが好きなの!」

 はい? え? 女の子同士ってやつですか?
 さすがに宮野も驚いているみたいだ。でも、またすぐに優しい表情になる。こいつ、すげーなぁ。

 「それで、ウチ•••」
 「そっか。なんだ、ハナ、私のこと、嫌いになったのかと思った」

 はぁ? 宮野、そのリアクションでいいの? いや、もっとツッコむところ、いっぱいあるでしょ!

 「あの•••、ちょっといいですか? それで、なんで私の机に花崎さんのだっけ? シャープペンシルを入れることになるのかな?」

 宮野が花崎の肩に手を置く。ピクッとした花崎は宮野を見ると、宮野はしっかりと(うなず)いた。それに背中を押されるかたちで、花崎は私と宮野を交互に見ながら

 「優希、近づく子に対して誰にでも優しいじゃん。でも、自分から動くのって見たことなくて•••。でも秋野さんには、話してみたい、って。それにウチ、見てたからわかる。優希、秋野さんのこと、よく目で追ってるよ」

 ここで、また口を挟んでしまう。

 「なに? 言ってる意味がよくわかんないんだけど」
 「ウ、ウチ•••。くやしくて。何もしてない秋野さんが、こんなに優しくて、綺麗で、なんでもスゴい優希に気にされてて。それなのに秋野さん、優希のこと、避けていたから•••」

 ちょっと待て。なにそれ? 私、全く関係ないじゃん! 宮野を見ると一瞬だけツラそうな顔をした。それでも私は確かめなきゃ!

 「じゃあ、宮野さんが私と話したいって言ったから、欲しかった宮野さんのシャープペンシルを手に入れたついでに、私を犯人にしようとしたわけ!」

 最後の方は冷静では、いられなかった。完全にビビっている花崎。その肩に置かれた宮野の手に力がこもる。下を向いてしまった花崎は、再び私の方を見て、

 「犯人にするとか、そういうのじゃなくて、ただただうらやましい、くやしいって気持ちでいっぱいになっちゃって•••」
 「ふざけるな! それで、人間不信になったんだぞ! ずーっと引きずっていくんだぞ!」

 私も頭に血が(のぼ)って、この時代の人が聞いたら、ポカン顔されることを言ってしまった。ほら、二人ともポカン顔してる。でも、我慢できなかったんだよ。
 宮野が花崎に話しかける。

 「ハナ、秋野さんの言う通りだよ」

 宮野を見る花崎。宮野は真剣な表情で花崎を見つめている。花崎が一瞬、私の方に顔を向けたが、またすぐに下を向いてしまった。

 「ハナ!」

 今までとは違い、厳しい口調で言う。

 しばらく下を向いていた花崎が私の方をしっかり見て

 「ごめんなさい•••」

 声は小さかったが、しっかり頭を下げて謝った。

 これで16年間、忘れたかったトラウマとサヨナラできるのかな?

 私は無意識に空を(あお)ぎ見ていた。
 ふと、思い出した。

 「もう一つ聞いていい? 仮入部情報を漏らしたの、あれも花崎さん?」

 宮野が目を見開いて、花崎に振り向く。花崎は外から見てもわかるほど、肩をビクッとさせた。

 「•••うん。あれもウチ•••」

 コイツ! 再びキレそうになる私の前に、宮野が間に入ってくる。

 「秋野さん、ハナのしたことは許されることじゃないのは、私もわかってる。でも、だからこそ先ほどの件と前回の件、私たちに任せてくれないかな?」

 何か言いかけたが、言葉にならず、結局宮野の申し出を受けることになった。
 途端に(せき)を切ったように花崎が泣き出した。私がうろたえていると

 「秋野さんは先に戻っていいよ。あとは私たちで話し合うから」

 これ以上ここにいても仕方がないので、そうさせてもらおうとすると

 「あ、あとスズが何か言ってきたら、私が大丈夫だからと言っていた、って伝えて。そうすれば、たぶん平気だから」

 いや、スズって誰だよ。もしかして

 「あの姉御みたいな子?」

 私としては、なんの意図もなく確認しただけだったんだが、どうやら宮野のツボだったらしい。笑いをこらえながら

 「たぶん合ってると思う」

 とだけ、どうにか言うと声も出さずに肩をふるわせている。その隣では世界の終わりみたいな感じで、違う意味で肩をふるわせている花崎がいる。
 少しだけ二人を見たが、すぐに(きびす)を返した。

 宮野って、あんな奴だったのか•••。


   12

 私が教室に戻ると、宮野の予想通り姉御がやってきた。これも宮野に言われた通り伝えると、本当に引き下がった。なんなんだ、宮野って。
 驚いたのが、飯田くんが話しかけてきたことだった。

 「秋野さん、大丈夫?」

 そっか。前回が自分だったから、私のこと心配してくれたんだ。

 「ありがとう。大丈夫だよ」

 なぜか顔を赤くした飯田くんは、(あわ)てて次の数学の準備をしだす。
 首を(かし)げて、私も準備を始めると、チャイムが鳴った。
 それで宮野だが、5時間目の授業の途中で、明らかに泣きはらした顔の花崎と教室に戻ってきた。数学教師が何か言ったが、宮野がしおらしく謝ると、それで終わった。
 本当、なんじゃ、そりゃ。
 一瞬、宮野と目が合う。笑いかけられたが、こちらがリアクションする前に、授業に集中してしまった。

 そして、5時間目が終わり、緊急学級会が始まった。

 男子たちは文句を言っていたが、宮野が教壇に立つと途端(とたん)に静かになる。男子って•••。

 「まずはごめんなさい。クラスのみんなを巻き込んでしまって。それで、さっきなくしたと言っていた私のシャープペンシル。すみません。見つかりました」
 「なんだよ、良かったじゃん!」

 姉御がブーイングを防ぐために、先手を打つ。打ち合わせもしないで、すげーな。

 「で、迷惑ついでに、みんなにお願いがあります。犯人が誰かとか、この件に関して、詮索(せんさく)はしないで欲しいの」

 いやいや犯人、花崎だってバレバレでしょ?

 「優希はそれでいいんだな!」
 「これは私のお願いです」
 「わかったよ!」

 姉御と宮野の掛け合いには、本当に感心させられる。姉御、お前もあの場にいたのか? いや、いたら花崎、ボコボコだよな。

 「それともう一つ。以前、私の仮入部情報が漏れたことがありましたが、あれも誰かわかりました。なので飯田くん」

 突然、呼ばれて驚く飯田くんに宮野は近づく。飯田くんの前に立って頭を下げると、

 「クラス委員、辞めさせて、ごめんなさい。もし復帰したかったら•••」
 「いや、そんなことないよ。もともと先生の気まぐれだったわけだし」

 宮野はもう一度、頭を下げると、再び教壇に立った。

 「私の言わなければいけないこと、謝らなきゃいけないことは、以上です。質問や言いたいことがある人、いますか?」

 誰もしゃべらない教室。

 「では、これで学級会を終わりにしたいと思います。みんなの放課後の時間、とっちゃって、ごめんなさい」

 急に騒がしくなる教室。私も帰ろうと立ち上がりながら、後ろの飯田くんに

 「良かったね」

 と言って教室を出る。飯田くんのキョトン顔、おもしろかった。美術部に行く桜井さんと階段まで一緒にいって、上と下で別れる。下駄箱につくと、オッサンのように頭を左右に振り、首の骨をゴキゴキ鳴らしてしまった。だって疲れたんだよ。
 靴を履こうとすると、誰かが走ってきた。わざわざ追いかけてきた宮野が話しかけてくる。

 「秋野さん、少しだけ大丈夫?」

 頭の中のシグナルは限りなくレッドに近いイエロー。でも、宮野優希という人間に対する興味に負けた。

 「•••少しだけなら」

 家に帰るだけで何もないから別にいいんだけど。でも、アイアンナックルした姉御とか待ってないだろうな•••。


   13

 ついていくと、先ほど三人で話した場所だった。

 「ここ、いいね。秘密の話とかするのに、良さそう」
 「学校中を見てまわって、発見した場所だから」

 え? って顔で振り返る宮野。クスッと笑いながら

 「やっぱり秋野さんて、面白い」

 いやいや、あんたも大概(たいがい)だよ。

 「秋野さんはさっきので、気はおさまった?」

 正直、わからない。私は過去に経験したことに対して、折り合いをつけられたのかな? この時代の私は、あの経験自体をしないわけだし。うーん•••。頭が痛くなりそうだ。だから

 「わかんない」
 「え? そうなの? さっきはすごく怒っていたから•••」

 それも、アナタのせいで、どっかいっちゃったよ。それにしてもコイツの対応•••、本当に中学生か?
 その考えが頭に浮かんだ時、ゾワッと鳥肌がたった。まさか、私と同じ•••。

 「一つ聞いていい?」
 「なに?」

 でも何て聞けばいい?

 「宮野さんて、なんでそんなに大人な対応とれるの?」
 「秋野さんは、私が大人だと思う?」

 コイツ、やっぱり!

 「秋野さんから見て、そう思ってくれるなら、少しはできているのかな」

 な、なにを言っているんだ?

 「私のこれはね、ある人の真似(まね)なの。私も昔、ハナだったというか•••、違うな。うーん」

 宮野は言葉をつまらせる。数秒後。あっ、と言う顔になって

 「さっき秋野さんが言っていた人間不信になったことがあって」

 ほほぅ。私は黙って宮野の話を聞くことにする。

 「小学校のとき、この通り背はデカいは、顔はキツいは、で。イジメられたなぁ。それで、登校拒否」

 ここでニッと笑うあたりが、根本的に私と違う。

 「で、そんな時、母親と病院に行った帰りに、写真撮らせくださいって今の雑誌の人が声をかけてきて」

 なんだ? 不幸自慢か? 普通の自慢話か?

 「当時の私、地球無くなれ、人類滅びろ、って真剣に思っていたんだよね」

 おぉ、なんか私も似たような時期があったなぁ。

 「そんな時にトキさんと出会ったんだ。メイクさんなんだけど、私の悩み事をぶっ飛ばしてくれた人。で、ハナへの態度は全部トキさんの真似なんだ。あ~、初めて人に話しちゃった!」

 じゃあ、私と同じ時間旅行者(タイムトラベラー)ではないということでいいんだな。まあ、私の場合もトラベラーなんて格好つけてみたけど、机の引出(ひきだし)の中にある便利な乗り物を使うとかではなく、寝起きドッキリ方式なんだけどね。

 「私が秋野さんと話したいっていったのは、昔の私と同じ匂いがしたからなんだ。なんて失礼な話かな?」
 「確かに失礼だ」

 地球無くなれ、人類滅びろ、は当たってるけど。

 「うん、失礼だった。だって昔の私だったら、自分で解決しようとなんて、しなかったから。それで•••」

 一呼吸置いてから

 「こんなことに巻き込んじゃって、本当にごめんなさい」
 「宮野さんは悪くないから謝らなくていい」

 聖人君子か、お前は!

 「あははは。うーん、でもハナは友だちだし、それに私のこと、好きって言ってくれるし」
 「え? 宮野さん、そういう趣味というか、そちら側の人?」
 「いやいや、そうじゃなくて! その、昔の後遺症っていうか、好きって言われると、なんか許しちゃうというか」
 「宮野さんて、チョロい女なんだね」

 お返しで、少しイジワルをする。

 「チ、チョロくないし!」

 気がつくとお互い笑っていた。こんな日がくるなんて思ってもいなかった。

 「さて、帰るか」
 「あの秋野さん、良かったら私と•••」

 手でストップをかける。

 「じゃあ、私からも秘密を一つ。この先、突然、私が私じゃなくなる日がくるはずなんだ。もしかしたら明日かも。で、私から宮野さんに、本当にあったこと? みたいなこと聞いてきたら、そうだって答えてくれる?」

 宮野さん•••、さん付けに格上げだな。とにかく、宮野さんはチンプンカンプンという顔をしている。

 「秋野さん、それ秘密じゃなくて、ナゾナゾの問題だよ。でも、わかった。約束するよ」

 そう言って私たちは別れた。

喪女が人生やり直したら? 4話

次回は、短大編です。

喪女が人生やり直したら? 4話

恋や仕事に対してあきらめてしまっている女子が、タイムリープしてしまうお話です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-16

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