運命
三題話
お題
「良い知らせと悪い知らせ」
「たこ焼き」
「花」
「どうぞ」
差し出された袋を受け取り中を改めると、まだ温かいタコ焼きが入っていた。近くのタコ焼き屋で買ってきたのだろうか。この辺りにタコ焼き屋があるのかどうかは知らないけど。
「ありがとう」
俺はさっそくタコ焼きを袋から出す。容器を留めているゴムには箸が一緒に挟んであった。
たこ焼きには爪楊枝ではないかと思ったが、箸のほうが食べやすいからありがたい、かもしれない。
「貴方は?」
「いえ、僕は結構ですので、全部どうぞ」
箸が一膳だけということでわかってはいたが、一応礼儀として。こういう気配りが必要、かもしれない。
そして少し大きめなタコ焼きを一口。ソースではなく醤油がかかっていて、更にマヨネーズと青海苔と鰹節と紅生姜を散らしてある。
トッピングでカラフルになっているタコ焼きは、なんだか不思議な感じがしたけど、これが普通なのかもしれない。あまりタコ焼きを食べた経験がないから判断できないが。
断面にタコは確認出来なかった。続けて残りを口の中に入れる。
結局一個目のたこ焼きにはタコが入っていなかった。これではタコ焼きではない。
「どうでしたか? ココのは結構有名なんですよ」
「ええ、おいしいです」
もしかしたらタコ焼きではなかったのかもしれない。
「ココのは、よく抜けているんですよ。中のタコが」
「え?」
「あれ、普通のタコ焼きでしたか? いえね、ひどいと六個入りを買っても、その中にタコ焼きは一個もなかったということもあるんですよ」
「…………」
どうやらタコ焼きで間違いはなかったらしいが、でも、それはお店として大丈夫なのだろうか。たこ焼きとして売っているのなら、ある意味詐欺になりそうだが。
「それでですね、今日は例の報告をするために来たのですが」
「は、はい」
「まあまあ、そんなに緊張しないでください。当然と言えば当然ですが、世の中万事うまくいくわけではないので、良い知らせと悪い知らせがあります」
「……は、はあ」
むしろ良い知らせがあるということに、ほっとした。事の次第では、悪い知らせしかないという可能性が高かったことを考えれば、十分に行幸である、かもしれない。
何もしなければ殺されていたかもしれない。
「もちろん良い知らせというのは、貴方の容疑が晴れたということです。おめでとうございます、という言葉は適切ではありませんが、とりあえず脅威はなくなりました」
「……あ、ありがとう、ございます」
これで堂々と日常を過ごすことができる。職と財産を失ったことは残念だが、ようやく一般人として生きてゆける。
当面の課題はやはり金銭面だろう。手元に残る現金は心許ない。
「さて、悪い知らせについてですが」
「…………」
「まあ、それについては触れないことにしましょうか。知らなくても問題ないですし」
「……あの、教えていただけると助かるのですが。気になってしまうので」
「本当に他愛のないことですよ。気に病む必要はこれっぽっちもありません」
彼はそれだけ言うとベンチから立ち上がり、
「そうそう、解決祝いに、これをどうぞ」
一輪の花を差し出した。
「これは……」
「レンゲソウです。綺麗でしょう?」
その問いに私は頷くことしかできず、それを見た彼は小さく笑い背中を向けて歩き出した。
呼び止めようとしたが、あっという間に去っていってしまい声を掛けるタイミングを失ってしまった。
たぶんもう会うことはないだろう。悪い知らせを聞くことは出来なかったが、たいしたことではなさそうだから、今はそのことは隅に追いやって普通の生活をしよう。
私は彼と反対方向に歩き出した。
太陽はまだ頭上で輝いている。
人気のなかった公園から出て、交差点で信号待ちをする。
本来なら彼と同じ方向へ行くのが現棲家への最短ルートだが、なんとなく同じ方向へ歩き出すのは気が引けた。まだ昼間だから、散歩するのもいいかも、とあえて遠回りをすることにした。
やけに長い信号を、澄み切った青空を見上げながら待つ。
ようやく緊張から解放されて、頭の中がスッキリ、快晴となった。
昨日知らない人に「運命だから仕方ない」なんて言われたけど、彼に頼んだおかげで乗り切ることが出来たじゃないか。追われる日々は、殺されると怯える日々は、もう終わった。
目を閉じたその時。
静かな交差点にけたたましいブレーキ音が響き渡った。
◇
事故を起こした車のうち一台が、元の進路から外れて彼女が立っている場所を通過した。
それを彼は離れたところから見ていた。
「終焉は、皆平等に訪れる。早いか遅いか、それだけの違い」
過程はいくらでも創造される。それこそ神の領域。
「せめて安らぎを貴方に」
偶然が貴方の運命を左右したのです。
運命