エスカレーターの向こう側

駅内エスカレーターでの一週間にわたるショートストーリーです。

少年「ねぇ、おじさん」
男 「ん?」
少年「いつもエスカレーターだよね、上がるとき」
男 「それがどうした」
少年「階段、使わないの?」
男 「こっちのほうが楽なんだ」
少年「どうせ人生も流されっぱなし」
男 「は?」
少年「階段はいいよ。自分のペースで、自分の力で上がれる」
男 「それと人生は関係ないだろ」
少年「ふーん。じゃあね」


少年「ねぇ、おじさん」
男 「またか」
少年「それはこっちの台詞。またエスカレーター?おじさん、まだ若いのに」
男 「いいだろ、別に」
少年「階段のほうが空いてるよ。僕のほうが早く上に着く」
男 「急ぐ用もない。見ず知らずのガキに推奨される筋合いもない」
少年「僕は知ってるよ、おじさんのこと」
男 「何を」
少年「いつもエスカレーターで楽をするおじさん」
男 「それでは見知ったとは言えない」
少年「そう。じゃあね」


少年「ねぇ、おじさん」
男 「あ?」
少年「僕ね、受験生なんだって」
男 「自分のことなのに、変な言い方だな」
少年「僕が決めたことじゃないからさ」
男 「親か?」
少年「うん。受験に受かったら、楽な人生が待ってるんだって」
男 「まあ、そうだな。」
少年「でもね、僕は受けないつもり。当日に行方をくらますんだ」
男 「怒られるぞ」
少年「僕の人生だ。僕が決めるのさ」


少年「ねぇ、おじさん」
男 「またお前か」
少年「おじさんってさ、何のお仕事してるの?」
男 「何故それを言わないといけないんだ」
少年「僕は聞いてるだけだよ。義務じゃない」
男 「…会社員」
少年「だよね。順風満帆って感じだ。それっぽいもん。」
男 「じゃあ聞くなよ」
少年「…サッカー選手」
男 「は?」
少年「おじさんの夢だった。じゃあね」


少年「ねぇ、おじさん」
男 「はぁ。俺につっかかっても何も面白くないだろ」
少年「面白いよ。エスカレーター越しに話しかけるの」
男 「毎日のように現れるよな。待ち伏せてんのか?」
少年「まさか。僕の登校時間と被るだけだよ」
男 「なるほど。お前が受験に受かれば、俺に話しかけることもなくなるわけだ」
少年「おじさんさ、いつからこの駅使ってるの?」
男 「あー…小学生の頃からずっとだな」
少年「私立だったから、遠くてうんざりしてたんだよね」
男 「何故それを」
少年「僕はおじさんのことを知ってる。ただそれだけ」


少年「ねぇ、おじさん」
男 「お前、一体何なんだ?」
少年「遠距離登校を余儀なくさせられている小学生」
男 「そういうことじゃない。お前は俺のことを何となくだが言い当てる」
少年「すごいでしょ」
男 「感心されたことじゃないな。まるでストーカーだ」
少年「相手が嫌がっているのにつきまとうのがストーカー。嫌なら無視すればいいでしょ?」
男 「それは…」
少年「出来ないよね。おじさんは無視される怖さを知ってるんだから」
男 「怖いのはお前だ。また言い当てやがった」
少年「やっぱりすごいでしょ」



少年「ねぇ、おじさん」
男 「なんだ」
少年「僕とおじさんが出会って、七日目になった」
男 「そうだな」
少年「僕はおじさんのことを知ってるって言ったよね。あれ、嘘だから」
男 「あぁ、俺は信じちゃいないさ」
少年「まぁ僕が知ってるのは、無視されるのが怖くて誰かに認められたくて、夢を捨てて自分のために生きるのも諦めたこと。どんどん流されて、後戻り出来なくなったこと。常に誰かが前にいて、進むことも出来ないこと。これだけかな」
男 「…」
少年「それを知った少年時代のおじさんは思うんだ。こんなエスカレーターみたいな人生は、絶対に嫌だってね」
男 「それを、伝えに来たのか」
少年「今からでもいい。自分の力で、自分のために生きてよ。僕も頑張るから。じゃあね」

(終)

エスカレーターの向こう側

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
初めてのSSでした。これはけして「エスカレーターを使うのは駄目」という話ではありません。
皆さんなりに、意味をくみ取っていただければ幸いです。

エスカレーターの向こう側

エレベーターを使う「おじさん」と、階段を使う「少年」。 行き着く場所は、少しだけ違った。 【完結】

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-14

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