優勝

 蓮下斗真は、全体に敷き詰められた鮮やかな芝の競技場を、両手を突き上げ渾身の雄叫びを上げながら走り出した。

「うおおお!やったぜ!!」

 色とりどりの広告が飾るフェンスに沿って駆け抜ける。天へと伸ばしたままの両手は、興奮のあまり震えていた。

 滴り落ちる汗が目にしみても、満員の観客へかまわず満面の破顔を向け続けた。

 しかし、観客は声援も拍手すらもなく、ただただ蓮下斗真の姿を見守っていた。

 競技場を一周すると、 競技場の中央へ方向を変えて、

「みんなああ!ありがとうおおお!!」

 中心めがけ飛び跳ねて、両膝から滑るように着地した。その瞬間、

「ワアアーッ!!!」

 割れんばかりの歓声と拍手が競技場を包んだ。

 さて、蓮下斗真の身に一体何が起きたのか?

 時間を遡りながら見ていってみよう。



ー3分前ー

 何かに気付いて一瞬立ち止まり聞き入る蓮下斗真は、みるみる信じられないという表情となり、周りを何度も見回した。

 自分の顔を指差し、「俺?」と周囲に確認を求める。

 ようやく納得したように二度頷くと、競技場の電光掲示板に映し出さた、画面右上を見上げている自分の姿を眺めた。

 やがて電光掲示板から視線を仰ぎ、腰の高さで握りこぶしを構え、観客へと駆け寄るべく深呼吸する。



ー6分前ー

 蓮下斗真は両目を閉じると、

「出し尽くした・・」

 とでも言いたげに右手を胸に当てた。

 今聴こえているのは、鼻からの息遣いの音だけだった。

「自分だけ満足していても」

 そう思い直したように顔を横に振ると、健闘を讃え合うように前へ3歩進んで、誰もいない空中を大袈裟に叩き始めた。

 まるでライバルの肩を叩きながら、次も全力でぶつかり合おう、とでも言っているみたいに。

 余裕を見せるようにとゆっくり歩み、今度は左に3歩進んで、またも誰もいない場所で抱き締めるように両腕を回し、背中を叩く仕草をする。さらに進もうと体勢を右に向けたときである。

「えっ?」

 と聞き逃さないよう、人差し指を唇に当て観客に、お静かに、と願ったのである。



ー8分前ー

 澄み渡る青空に6本の白い筋が描かれている。たった今、開幕を告げる6機の戦闘機が飛び去った跡である。

 大歓声に湧く競技場。バックスタンド側に設けられた小さな舞台に、金色の大きな蝶ネクタイと赤いスパンコールのジャケット姿の男がマイクを持って登場した。

「皆さーん!!」

 競技場全体に愛想良く手を振り、もう一度、皆さーん、と元気良く呼びかけた後続けた。

「それではこれより、第5回全日本『エア優勝』選手権を始めます!!」

 鳴りやまない歓声と拍手を煽るように、手をグルグル回した後、男がさらに続けた。

「おわかりでしょうが、出場者1人8分の持ち時間による『優勝した時の最高の場面』それを演技表現してもらいます!」

 男は競技場の正面スタンドの通路を指し示すと、早速トップバッター登場どうぞ、と叫んだ。

 すると、通路から勢いよく競技場の中央へ飛び出した、全身紫のユニフォームの男が宣誓する格好で言ったのであった。

「エントリーナンバー1番、蓮下斗真、お願いします!」

優勝

優勝

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-14

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