2017/07/12【完】
夏川 瑠々子
夏川 瑠々子(なつかわ るるこ、1999年7月12日- )は、日本のアイドル、女性アイドルグループ てぃくる★こっとにーず のメンバーである。愛称は、るるこ、るうちゃん、るっぴー。イメージカラーは ストロベリー・ソーダ (ショッキングピンク)。
キャッチコピーは『今日も今日とてガンバるるこ』。
データカードダス アイカツ! 5弾(2013年)にてデビュー。秋の編入オーディション前に特別オーディションを経て、スターライト学園に入学。現在(年を重ねる世界線)、スターライト学園OGとして引き続きアイドル活動を行なっている。
***
『大学終わったらソッコー駅行くから3時には間に合うと思うよ!ってことで3時に駅でヽ(*^ω^*)ノ』
先日のるるこからのメールを見続けること、1時間。駅前で一人待ち続けているが未だ連絡無し。
待ち合わせに遅れる事は良くある事だが、今日は平日で学校あるはずで寝坊したとは思えないし、遅れる理由が思い当たらない為、不安でソワソワしてしまう。こっちから連絡入れても返事は無し。
不安が募って『娘 帰って来ない』で検索をし続けている。娘ではないのだが、自分の娘のように可愛がっている子だ。この子の為なら何でもできる、と常に思う。可愛がっている分、不安はどんどん大きく膨らむ。
(後30分経っても連絡なかったら学園に連絡入れよう……)
腕時計に目線を向ける。4時は既に過ぎている。
(どう頑張っても間に合わない……)
アイカツフォンを取り出し、今日の予定を確認する。
『17:00 予約』
格好つけてホテルのビュッフェを予約してしまったが、現在いる駅から少し離れており、間に合わせる事は不可能だろう。
キャンセルの電話をし、数分後。アイカツフォンに着信が入った。バイブの音と同時に表示されたのは『夏川 瑠々子』の文字。
ホッと一安心して、電話に出る。
「もしもし?」
「カ゛メ゛ラ゛マ゛ン゛さ゛ん゛゛゛〜〜!!!ごめんごめん超ごめん!!!」
泣き叫ぶような大きな声に反射的にアイカツフォンを耳から遠ざけた。
「わかった、わかったから。大丈夫だから、静かにして」
「うわああ〜んごめん!ごめんなさい!許して!再試の再試の再試に引っかかったの全然終わらなくて〜〜!!」
言葉の間で「うわああ」と叫ぶ中に荒い息が混じる。
「はいはい再試ね。わかった、待ってるから!心配しないで、ゆっくりおいで、ね?」
(大学生になっても再試してるのか……?)
「違う!再試の再試のさーー」
諭すように声を掛け、このままではずっと謝られそうなのでじゃあね、と残して電話を一方的に切る。
(相変わらず煩い子だな……)
この喧しさに、自分を覆う暗闇に光が解き放たれたような安心感を感じるのである。
彼女は暗い夜道の街灯であり、迷子の道しるべになる小鳥であり、夜空に輝く一番星なのである。何かを照らし、勇気づける事が自然とできるのがるるこなのだ。
彼女の黒い瞳に宿る星こそが、彼女の人生を象徴しているような気がするのである。るるこの従姉妹である、ふうも同じく母親姉妹から譲り受けた目に輝く星形のハイライトを持つ。ふうの透き通った青い瞳に宿る星は、穏やかな波が揺らめいて光を反射させているような煌めきが優しく、見る者を包み込む。かえってるるこの真っ黒な瞳に落とされた星は、星が、光が無ければ、暗闇で見つけた黒曜石である。白黒のコントラストが星を益々目立たせる。
そんな星が生まれた本日7月12日。彼女の19回目の誕生日である。
***
「ほんっっっっっっとにごめんなさい!!!!ごめん!!!!ごめんごめん!!!!」
るるこの姿を確認したと思ったら、此方に全力で走ってきて手を合わせながらずっと頭を下げている。
「別に怒ってないってば。顔あげてよ、ね?」
るるこの背中をポン、と叩く。
(でもビュッフェキャンセルしちゃったんだよなぁ……。キャンセルした後の事考えてなかった…)
「行きたいとことか、やりたいこと、ある?」
「へ?」
下げていた頭を上げて、首を傾げる。
「何も決めてなかった系?」
「う、う〜ん…、そういうわけじゃないけど、まあ決めてなかった系」
「何それ。もうきっちり決めてる系かと思ってた」
るるこは驚いた表情をした後、笑い始めた。
誘ったのは私であるから、そう思われるのも当然である。
(決めていたけど、言っちゃえばまた謝り始めそうだからなぁ……)
「とにかく行きたいとこ連れてくよ。誕生日なんだし」
その途端、るるこは目を輝かせて「ホント!?」も顔を近づけてきた。
「じゃあ……え〜っと、う〜ん……。あっ、カラオケとゲーセン!」
「えっ?そんなんでいいの?」
「そんなんって何〜。カメラマンさんが行きたくないなら別のとこにするけど」
頰を膨らませ、そっぽを向く。
「もっと欲張りな子だと思ってたから、意外」
「ちょ、何それ!ムカつく〜!私欲張りじゃないし〜!!」
地団駄を踏んで『怒るるこ』の手を引いてゲームセンターに連れて行った。
***
「これ、取れたらお菓子こんなに貰えちゃうの!?ほし〜!……わっ、このぬいぐるみゲキかわいい〜〜!色違いもある!みんなにあげたいな〜!」
見えない尻尾をブンブン振って、あっち行ってこっち行って止まることを知らないようだ。
「わ〜!これもしたい!あっ!まって!こっちもやる〜!!」
「やっぱ欲張りじゃん?」
「ハッ、よ、欲張りじゃないし!欲しい物がたくさんあるだけだしっ」
「それを欲張りって言うんだよ」
ケラケラと笑うと、るるこは「も〜、黙って。いつもより私の事いじりすぎ!」とため息をつきながら、近くにあったアーケードゲームの椅子に腰を掛けた。私も一緒に隣の椅子に腰を掛ける。
「だって、久しぶりなんだも〜ん。前に来たのは……一昨年?いや、一昨年の前の年?ふうちゃんと遊んだ記憶が……あっ、確かプリがあったはず……ほら!」
ガサゴソと財布を取り出して、直ぐにプリクラを見つけて私に渡してきた。
そこに写っていたのは中学生の夏川瑠々子と雛森風羽だった。
ふうはピンクの如何にもロリータな服を着て写っている。自分で選んだ服ではない事は、彼女の性格から容易に理解する事ができる。
るるこは真っ赤なニットのワンピースに、オレンジの靴下に青いスニーカー。緑のキャップを被っていた。耳の下で二つに結わいている髪は、彼女の肩に重そうに乗っかっている。全て原色の統一感のないコーディネートに、真顔に少し口角を上げただけの表情。私と出会う前のるるこ。
以前、るるこ、ふう、みよ、はつみに『自分の好きなブランドでイメージカラーを入れたオリジナルコーデ』を作らせて、『アイドル活動!』を踊って貰うという企画をさせていただいた事がある。その時のるるこは、パラレルハンタートップス、虹色ユニークスカート、ピンクエンジニアブーツ、ピンキッシュドットリボンという、ゴチャゴチャした彼女のような煩いコーデで出てきた。目の休まる所が無く、寧ろチカチカした配色が目に悪いコーデだった。だが、このセンスの無さが彼女そのものだと感じた。好奇心旺盛で、気になる事全てを齧って飲み込んで自分の物にしてしまう。そんな色んな物を吸収してきたるるこの好奇心が良く表れたコーデだ。
好奇心は、どんな子でも生まれた時から持っている。神様が「これであなたの人生を見つけなさい」と持たせてくれるものだ。
だがそれを上手く使えるかどうかは人それぞれ。説明書は持たせてくれない。
るるこは説明書なんて存在を一度も考えずに、与えられた好奇心を行動にし、吸収する。自分の直感だけで、好奇心の向く先にどんどん進んでいくのである。
こんなに行動力のある子はいるのだろうか。私は初めて出会って、自分に素直に生きる事の意味を学んだのだ。
「ーーさ〜ん。ーーラマンさ〜ん??」
我に帰ると、るるこが私の視界の前で手を振っていた。
「プリ見たまま放心状態とか大丈夫?寝てた?」
ププッと小馬鹿ににするように口元に手を当てる。
「起きてる起きてる。そんな突然寝ないから、るるこじゃあるまいし」
私がププッと笑い返すと「いや私突然寝ないってば!」と怒りながらプリクラを没収された。
「あ〜、もうまだ見てるのに〜」
「嘘。完全に寝てたし」
「ちゃんと見てたよ、このセンスの無さは昔からなんだなぁ、って」
「うるさ〜い!否定できないけど!私はごちゃごちゃの服が好きなの!知ってるでしょ!」
今日は良く地団駄を踏む。私がいつも以上ににるるこを弄っているわけだけれども。
「知ってる。そこがるるこじゃん。ごちゃごちゃしてる服嫌いって言われたらるるこだけどるるこじゃない感じするね」
「褒めてるのか貶してるのかわからなすぎる……」
「あれ?褒め言葉だけど?」
「うぐぐ……。腑に落ちない……」
「後、表情豊かになったなって」
「表情……?」
るるこはそのプリクラに写る自分を見た。
「写真の前だけかもしれないけどさ。普段のるるこがどんな子だったかなんて知らないから。……私と出会う前のるるこってどんなるるこだったんだろ?」
「……そ、そんなの思い出さなくていい事でしょっ。昔の私がどんなだったかなんて!……んもうこの話しはやめやめ!今がいいからいいの!……って、撮りたいからプリ出したの!さあ〜撮るぞ〜!」
ほら行くよ!、と腕を掴まれ、プリクラの筐体の中に押し込まれた。
***
「はあ〜。楽しかった!カメラマンさんの変顔も入手できたし♪これでいつでも脅せる♪」
「まあひどい♪……って私もるるこの変顔入手できたし♪これで脅そ♪アイドルの変顔流出〜♪」
「わ〜。それってそういう表情しかさせられなかった、カメラマンの腕が悪いんだって、私のファンのみんなそう思うんだろうなぁ〜♪かわいそうだねっ、カメラマンさん♪」
「フフフ…♪」
「うわっ、何その顔!この変顔よりヤバイ!撮っておこ!」
「撮るな♪」
「やめて〜!アイカツフォン壊れちゃう〜!!」
なんてくだらない会話をしながら次はカラオケへ向かう。
「はあ〜。てかてかお腹すいた〜」
「確かに。何も食べてないもんね……カラオケで食べるか」
「そだね〜」
カラオケがゲームセンターの側にあったので、5分もしない内に到着した。平日の夜ともあって、直ぐに中に通された。
「やっほぉ〜〜〜!!!カラオケ最高〜〜!スタジオで歌うのと自由度が違いすぎるぅ〜〜!!!」
「当たり前でしょ、一緒にすんな」
るるこの頭をチョップ。そんな私のツッコミに噛みつくことなく「時間なくなっちゃうから」と曲をどんどん入れ始め る。
このテンションの高さに普通の高校生だなぁ、と思いながら、同時に時は金なり思考にアイドルらしさを感じる。
「よ〜し!カメラマンさぁ〜ん!るるこの歌声聴いていってよね!!」
「ヨッ!るるこ!日本一!」
「掛け声が古すぎぃ〜〜!!!!……こほん!気を取り直して〜…」
ソッと目を閉じ、一呼吸置く。そのタイミングで私はソッと照明を弱める。テレビ画面の明かりだけがチカチカと眩しい。
「カメラマンさ〜〜ん!!!」
るるこが勢いよく目を開き、声を出した刹那、私は客席でるるこを見ていた。周りの人がピンク色のペンライトの振っている。
「いくよ〜!今日も今日とて〜!がんば〜??」
るるこがマイクをこちらに向ける。
「るるこー!!!」
定番の挨拶のコール&レスポンスで会場は一気に暑くなる。
(これ、私が考えたんだっけ……)
「ありがと〜!早速いっちゃうよー!放課後ポニーテールっっ!!」
テンポの良い曲が流れ始める。そのテンポに合わせてるるこがリズムを刻み踊る。
「浮かない顔して〜♪わかりやすいよね〜♪」
(あっ、この曲でるるこ生まれ変わったんだよね……)
るるこが『自分がアイドルでいる意味』を模索していた時。小さな美容室で流れるCMにオファーを受けた時。美容師の方にるるこの最大のコンプレックスである髪についてたくさん考えてもらって、今の髪型に出会ったのだ。
るるこにとって『編み込みポニーテール』は自分を認める事ができた、小さくて大きなきっかけなのだ。
(はぁ……。ここまでるるこの背中を見守ってこれた事を振り返ってばかりだ……。誕生日なせいでこんなに懐古してしまうのか……?)
るるこが次の曲を歌いだす。またその曲にノスタルジックな気持ちになる。
「あなたがるるこちゃん?」
「は、ヒャイ!な、夏川瑠々子……でっ、です。宜しく、お、お願いします……」
声が裏返った事にるるこは1人で真っ赤になっていた。
写真を撮る事が仕事となって間もない頃、私は自分の腕を磨く為に被写体探しに必死だった。そんな中『新人アイドル専属カメラマン募集中』という広告を目にした。給与は余り良いとは言い難いが、アイドルは元々好きであるし、何より実績が欲しかった私は迷わず応募した。無事、働かせて頂く事となり、新人アイドルの中からランダムで選ばれたアイドル、るるこの担当となった。
今日は挨拶も兼ねて好きに撮っていいよ、とスタジオに二人きりで放り込まれたのだ。
るるこは非常に緊張していた。
「とりあえず、撮ってみよっか」
笑って?、いいよ可愛いよ!、なんて声をかけながら撮影を進める。しかし、るるこは引きつった笑い方をし、ポーズは変わっても顔だけ硬直している。
本人は丸っこい大きな瞳を持ったとても可愛らしい女の子だが、撮った写真を見返してみると写真写りが悪く実物とは少しかけ離れている。
「緊張してる…?カメラ、怖い?」
カメラから目線をあげてるるこを見る。
「怖くな……、っ、こ、怖いです……」
否定しようとして、ふとカメラに目線を向けたるるこは途端に素直になった。
髪の毛を指に巻きつけたり、握ってグシャッとしたり。
ソッとるるこの頭に手を置く。
「そっかそっか。でもここに居るの私とるるこちゃんだけだし安心して大丈夫だよ。……ほら、好きな事とか思い浮かべてみて」
「好きな事……」
髪の毛を弄る指が止まる。しかし、直ぐに動き出す。
「で、できない……」と震えた声で呟く。
先日宣材写真を撮影したばかりで、アイドルとして撮影されるのがまた二回目と聞いた。二回目ではまだ緊張するのも無理はない。
(でも、アイドルって……)
アイドルって自信ないものなのか?、と心の中で本音が漏れる。
全員が全員そうではないのだろうが、こういう子も多くいるのだろうか?
「そうだ。るるこちゃんって秋の編入オーディション前に学園長に入学させて貰ったって本当?すごいよね!普通ならオーディションで会いましょう、だよ?」
彼女は異例の入学の仕方をしていた事を頂いた書類に記載されていた。
夏に学園長の元に乗り込んで行ったらしい。見事、その実力、そして熱意が認められて直ぐに入学。類を見ない突然現れたアイドルとしてスターライト学園を騒つかせたらしい。
「私、一人で入学したわけじゃないんです」
噂の彼女は堂々とした我を貫く女の子とは正反対の子だった。
「どうして?」
「わ、私、従姉妹に力借りちゃったんです…。というか、私が入学できたのはふうちゃ……その子のおかげなんです。私一人じゃ到底入れなかった」
震える手を抑えつけるように、彼女は手に力を入れていた。
(詳細はわからないけど、入るまでに何かイザコザがあったのかな……。類を見ない突然現れたアイドルなんて言われるの好きではないのかもしれない)
そんな彼女に、私は掛ける言葉が直ぐに思い浮かばなかった。
「本当に、ちゃんと、アイドルになりたくて入った人からしたら私の事、すごい嫌いだと思う……んです」
ため息を吐いてから「従姉妹には感謝しているけど」と続けた。
るるこの中で何か葛藤しているものがあった、いや今もあるのだろう。
壊せなかった壁を代わりに壊してもらった事。
(でも、手助けしてもらった事に情けなさを感じるということは……)
「それって、るるこちゃんもアイドルになりたくて入ったから、自分に怒っちゃうんだよね」
「え?」
「るるこちゃん、こんな入学の仕方した自分が嫌い、なんだよね。じゃあるるこちゃんもアイドルに真剣に向き合ってるって事じゃない?……アイドルが好きならアイドルになり方がどんな形でも私はいいと思うな。だってさ、大事なのって……」
るるこはコクンコクンと頷き続ける。目に溜めていた涙が一粒、頰を伝った。
「ステージの上で、るるこちゃんをアイドルとして見てくれる人の前で、何をするかじゃない?るるこちゃんが今まで生きてきた事が積み重なって今のるるこちゃんがあるように、アイドルのるるこちゃんも沢山の経験をして大きなアイドルになっていくものでしょ?」
大きな瞳が此方を向く。また一粒、涙が落ちた。
「赤ちゃんはどこに、いつ、どうやって産まれたって赤ちゃんであるように、どこに、いつ、どうやってアイドルになったってアイドルである事に変わりはない。……なんてね」
つい語ってしまった恥ずかしさを隠すように言葉を付け足す。
「ほ、ほら!誰かの力借りていいんだよ!だってさ、一人じゃなきゃダメなんて、そしたらこの世の人みんな敵だよ?」
るるこの肩が震える。
「ふふっ……」
(お?笑った?)
「ふふふっ……あはは、想像したらおもしろくなっちゃった。ゲームみたい。あははっ」
涙を拭いながら笑い始めた。
「カメラマンさんって一体何者なんですか?本当にただのカメラマンさんですか?」
「さあ〜?どうかな〜?実は昔アイドルだったりして〜!」
「あはは!冗談やめてくださいっ、あははっ」
(……今だ)
パシャッ。
私は瞬時にカメラをるるこに向け、その笑顔が消える前にシャッターを押した。
(なんだ、全然普通に笑えるじゃん)
アイドルだって、普通の女の子なのだ。
「〜〜い。お〜い?反応なし?無視?むしむし??」
「……ん?」
「そんな悪い子には〜?必殺!るるこぱ〜〜〜〜んち!!!ずどーーん!!」
「痛っ!!」
突如、頰に強い衝撃が走った。
「オラオラ〜ぐりぐりーー」
「るるおぉ〜!いはい!やめへ!」
両頬をるるこの拳で圧迫される。
「何ボケ〜っとしてるの〜!カラオケきたんだから!時間制限あるんだよ!ちゃんと歌ってよ〜!」
「時間制限……。そ、そうだね、歌お!」
***
「は〜やっぱ歌うのって楽し〜!」
「ずっと歌って踊って疲れたでしょ。本場のアイドルとのカラオケは一味違うわ〜」
「そんな褒めても何もでないけどねっ、どやっ……って、あ!!!!!」
突然の大声に反射的に身体が飛び上がった。
「な、何……」
「歌うのに夢中でご飯頼み忘れた……」
「あっ……」
「思い出したらお腹減ってきた……」
「う、う〜んどうしよ。……ファミレス入ってもいいけど、せっかくだからさ」
「うわっ、カメラマンさんの悪巧み〜!聞いてあげてもいいけど」
「どっかで買ってベンチとかで食べない?のんびりさ」
「お、確かにいいかも!夜のピクニック〜」
という流れで、デパ地下に降りる。
好きなの選んでいいよ、とお互い好き物を買う。
「ギリギリやっててよかった〜。しかもこの時間割引き祭り〜♪」
「うっわ、カメラマンさん本音でまくり」
「カメラマンさん、財布いつもピンチ!」
「え〜何で、何に使ってるの」
「何でもいいじゃ〜ん。大人は大変なの!子どもはほれほれ気にすんな〜。あっ、るるこ化粧取れてるけどお手洗い大丈夫?」
「ん、あ〜…じゃ行ってくる〜」
「は〜!涼しい〜!」
屋上のテラスがまだ開いていたので、屋上で夜のピクニックをする事に。
少し強い風が髪をなびかせる。夏の湿気を吹き飛ばした、澄んだ空気が心地良く身体を抜けてゆく。
「ちょっと寒くない?本当に今7月?」
「いやいや、7月じゃなかったら今ここに居ないし!誕生日会してないし!……って、自分で言っちゃったけど誕生日会で合ってるコレ?」
るるこはケラケラと笑い始めた。
「……の予行って事で。ほら、家帰ったらふうちゃんも、みよちゃんも、はっつんも待ってるよ」
「え〜、そうかな?何も言われてないけど」
「不審な動き絶対してたでしょ〜?ふうちゃんとか特に」
「う〜ん、あっ確かに!今日珍しく髪の毛跳ねてた!左は偶にあるけど右跳ねてたのはすごい珍しい!!」
「え〜そこ?ってそこに気づく方が凄いわ」
二人でベンチに腰を掛け、先ほど買ったご飯を食べる。
「みよちゃんは『今夜は寝かせないからね♡』って言ってきて、はっつんは、あっほら見て見て」
るるこがアイカツフォンであるメッセージを開いた。
「何々…?『材料の確認お願い…生クリーム、いちご、チョコ、ホットケーキミックス、牛乳』……おお……」
「で、その後にほら」
「『ごめん本当にごめん忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて忘れて』……お、おお……お……」
「ね?間違えたみたいだから、いいよ〜って返しておいた〜」
「お、おう……まじか……」
(まさかの一番のやらかしガールははっつんだったか……。こういうパーティーとかしないだろうから楽しみなんだろうなぁ……。かわいいな、はっつん)
なんて事ない会話をしながら夜ご飯を食べる。
「……って、もう食べ終わってるし」
「お腹空いてたの、美味しかった〜!」
「よ〜し、じゃ後ろ向いてて」
「え〜何々?伝言ゲーム?」
「いやいや、二人じゃできないでしょ」
確かに、と背を向ける。
「目も瞑ってね」
「は〜い」
私もるるこに背を向け、ゴソゴソとある物を取り出す。
カチッ、という音と共に、薄暗い夜の屋上に赤い温かい光が現れた。
「こっち向いていいよ」
なになに〜?、と目を瞑ったまま振り向くるるこ。目を開くとそこには、
「わっ……」
ロウソクの光を反射させて光るフルーツがタルトの上に沢山乗ったフルーツタルト。いちご、ブルーベリー、桃、パイナップル、グレープフルーツ……砂糖でコーティングされているから、その滑らかな表面が煌めいている。
風で揺らめくロウソクの灯りが私達の周りを照らす。
るるこは目を大きく開いている。その瞳にはロウソクの灯りとフルーツの光が反射して、いつも以上に星形のハイライトが大きく煌めき、隠れていた小さな星の光も今は姿を見せている。まるでるるこの瞳は夜空のようであった。
「お誕生日おめでとう」
「えっ、いつ買ったの」
「さあ…?」
「すごい……。かわいい!来るの遅れたし、ケーキなんて、お祝いなんて絶対にないと思ってた」
「そんな理由でお祝いしないなんておかしいでしょ?ほら、早く消して」
「無理……、綺麗〜〜……。もう少し見させて」
吸い込まれるように『魅入るるこ』。
「ハッピバースディートゥーユー……♪」
静かに歌う。るるこも口ずさみ始めた。
歌声が当たってゆらゆらする光はまるでペンライトのようだ。
「ほら!消して!」
「えっ待って!」
「ほら!やばいよ!」
「まってまって!もう少し!」
「もうさすがに早くしないとロウソク溶けてケーキ食べられなくなっちゃうよ?!」
「えっ!それは嫌だ!……でも消えちゃうのも嫌だ!」
「ケーキ犠牲にする?!」
「しないしない絶対しない!」
「消さないなら私消しちゃうから〜!……ふぅ」
「ふう〜〜〜……」
灯りが消えると一気に真っ暗になったが、灯りがまだ目に残っていて薄っすらロウソクが見えるような気がする。
「はい、後これ」
またるるこに背を向け、ガサゴソ袋から取り出し手渡す。
「……開けてもいい?」
うん、と頷くと、るるこはソッと丁寧に袋を開けた。
中にはピンク色の手鏡とグリッターが散りばめられたキラキラとしたヘアゴムのセットが入っている。
「わ……かわいい!」
「成長したなぁ……って、るること出会った時の事とか思い出して。髪にあんなにコンプレックス抱えていたるるこが、今ではそれを確実に武器にしている。誰にも真似できないよ。だからね、ますます可愛くなるようにって、その手助けをちょっとでもできたらって思って……」
るるこは驚いた様な顔で私を見ている。
「……もう、鏡だって、直視できるでしょ?」
るるこは一度下を向いてから、もう一度私に目線を合わせた。
「うん、夏川瑠々子はオンリーワンだから。誰にも真似させないし、できないよ。鏡だって……見ら……れ……うっううぅ……」
話しながらボロボロと涙を落とす。止まる事のない涙に、私はソッとハンカチを差し出す。
「四年間でこんなに成長した女の子、そう滅多にいないよ?いつも頑張ってるよね。いつも見てるよ、カメラの前のるるこも、外れたところのるるこも。そんなこんなでもう19歳だよ。大きくなったね、おめでとう」
るるこはハンカチで顔を隠して嗚咽を漏らしている。華奢な肩を寄せ、優しく頭を撫でると飛びついてくる様に私の胸の中で泣き始めた。
「何回も辞めたいって思った。やっぱりこんな自信のないやつには向いてないって。けれど、お陰で私こんな大きく……なれたのかな。でもまだ足りないから……、私が初めてみた美月さんになんて到底及ばないから……」
目を瞑りながら頷く。そしてるるこの背中を優しくトントンと叩く。
「やりたい事がありすぎて、本当に何がやりたいのかわかんなくて。でも美月さん観た時に今までと違う、全身が吸い込まれていっちゃうような感じがして……私、アイドル知らなかったから、アイドルになりたいってその時に思ったの……。美月さんみたいな人を幸せにできるアイドル……幸せにできる人になりたいって」
落ち着きを取り戻し始めて、るるこは抱きしめる腕に力を入れた。
「……よし」
「ん?」
「もっと……ゔっ……すぅ〜〜はぁ〜〜よし。
私はもっと!もっともっともっともっとも〜っと!!!アイドルしてもっともっともっともっとも〜〜〜っとおっきなアイドルになるんだ〜〜〜!!!!!!!!!」
突然起き上がり、私の顔のの目の前で大声で宣言した。
私がギョッと驚いている顔を見て、るるこは満面の笑みを浮かべた。そんなるるこを見て、私は吹き出してしまった。
「はははっ、るるこのそういうとこ、嫌いじゃないよ」
「それ褒めてるの?!遠回しにバカにしてるの〜!?」
「う〜ん、どっちもかな」
「ひどい〜〜〜〜!!!!カメラマンさんなんなの〜〜!!!今日は一段とひどい〜〜!!!!!」
「ツンツンしちゃうお年頃♡」
「うぇ〜。……ってじゃあ私の事好きって事か〜ニヤニヤっ」
「大好きだよ〜〜!!!!」
「えっ、うわっ、急に抱きついてこないでよ〜!暑い暑い!」
「さっきまで私に抱きついてたくせにぃ〜」
「うっ、も、もう!そうやって揚げ足取ってずるい!!」
少し音が割れたオルゴール調音色がスピーカーから流れてきた。
『皆様、本日も誠にご来店頂きありがとうございました。当店は間も無く閉店のお時間となりますーー。』
そのアナウンスを聞いて、二人で顔を合わせる。そして小さなロウソクが立っているケーキを見る。
「やばっ!早く食べよう!!」
***
「あっ、ふうちゃんから何かきてる」
どれどれ〜?、とアイカツフォンを覗くと『帰るときに連絡してね♡』とふうからメールが送られて来ていた。
「うっわ、これ送ったのみよちゃんだ」
(これだけで分かるんだ……)
「ほら、今から帰るって送っとき?家まで私、送るよ」
「ほんと〜?やった〜」
今日の待ち合わせ場所をチラリと見て、駅を後にする。
「あのさ」
るるこの自宅の最寄り駅から歩いてる時、るるこが話しを切り出してきた。
「今日はありがと。考えてみたらこうやってプライベートで会うのって意外とそんなにないよね。しかも誕生日にすごく嬉しい!!プレゼント、使い倒すね!ボロボロになるまでっ」
「ボロボロになったら捨ててよ?……じゃお疲れ。こちらこそありがとう。来年もこうして祝える事楽しみにしてるよ。はあ〜、来年はもしかしてもしかなくてアイドル5周年じゃないですかぁ〜」
「早い!このままあっという間におばあちゃんになっちゃうんだろうなぁ……」
「突然暗い話ししますね、るるこさん……?」
「ずっと続いて欲しいくらいに今幸せなんだも〜ん」
タタタッと走り出して、両手を広げてくるくると回る。
「今の幸せも大事だけど、これからもきっとたくさんのずっと続いて欲しい幸せに出会えるよ、るるこなら」
「ホント?」
立ち止まって、後ろを振り返る。ニコニコ笑いながら首を傾げている。
「本当本当。るるこはそういう子だって知ってる」
「どういう子だ〜〜」
再びくるくると回り出す。鼻歌を歌いながら。るるこを照らす街灯はまるでスポットライトのよう。
「あっ、でも、もう再試の再試にひっかかるなよ〜」
「再試が一個足りな〜い!再試の再試の再試ね!!引っかからない保証は無理〜!できない〜!」
「ちょっとは頑張って?!」
いつの間にか、るるこの自宅の直ぐ側まで来ていた。大きな窓には人影映っていた。
「早く帰ってあげて。みんな待ってるよ」
「みんな?待ってる?……おばけ……とか?……ヒィィ!怖くなって来た!帰れない!!」
「ちょっと〜!冗談はやめて!ほらほら!外の方が暗いからこっちの方がおばけでるから!ほらほら!早よ行き〜!じゃあね!」
るるこの背中を押して家に帰そうとした。
「うわわ、押さないでよ〜」
「ほれほれ〜!じゃあね〜〜!」
るるこが振り返ったと同時に、私はるるこに背中を向けて駅の方へ向かって歩き始めた。
「も〜……。ははっ、バイバーイ!カメラマンさん〜〜!」
振り返ると、るるこは笑顔で大きく腕を振っていた。
手を振り返すと、アハハッと笑って家に向かって歩き始めた。
私も前を向いて歩き出す。
静かな住宅街なので、るるこが玄関のドアを開ける音が少し離れた私にも聞こえた。
るるこの大きな声は耳を澄まさなくても聞こえた。
「ただい……マァアアァッッッ?!??!」
その直後、パーン!と破裂音が響く。
「お誕生日おめでとう〜!!!」
聞き覚えのある声がるるこの帰りを待ちわびていたようだ。
角を曲がると彼女達のガヤガヤと騒がしい声が離れていった。
「はあ〜〜」
ついため息が漏れる。
(あんなに小さかったのになぁ……。早いなぁ……)
毎年、誕生日を迎える度に初めて出会った時の事を思い出してしまう、私の悪い癖だ。
でもその度に、彼女の成長の振り幅がどんどん大きくなっていく事を実感する。
自分の周りに転がるもの全て、好奇心で吸収する彼女はそれをやめる事を知らない。
だから、るるこはどんどん大きくなっていくし、これから今以上に眩しいアイドルになると確信できる。
『期待した分だけ 叶ってく未来』。
脳裏で、ポニーテールを揺らしながらるるこが踊る。
これから彼女がどんな成長を遂げるのか、楽しみで仕方がない。
2017/07/12【完】
カメラマンさんがいなかったら、私、本当のアイドルにはなれなかった……いや、本当の私にだってなれなかった。
だからね、カメラマンさんが思っている以上にカメラマンさんに、どれだけ感謝しても足りないくらいに感謝しているし、どれだけ伝えても全部伝わらないくらい大好き、なんだっ。へへっ。
……って、これ、絶対秘密だよ?こっそり言うとか絶対なしだからね!……だって、これは私がいつか伝えなきゃいけないでしょ?カメラマンさん、意外と鈍感だからね。