She is Lucky.
彼女は魚でした。
鱗をあげようとした自分を、彼女はなんて思ってくれてたのでしょうか。
一見
君の頬は少し痩けていた。
会わない間になにがおこったのだろう。中性的な顔立ちになった君は、最早あの時頑張ってなろうとしていた少女の面影を捨てていて、
『魚』になっていた。いや、魚化していたと言った方が正解だろう。なぜなら顔の所々に、鱗がまとわりついているからだ。
ぽろぽろと痒そうに鱗を掻く君は、何を不思議そうに私をみてるの? とでも言いたげな目をしている。また彼女お得意の『戯け』なのだろうか。それとも僕が少し疲れていて、幻覚を見ているのだろうか。綺麗なその鱗は、光を乱反射させてカラカラと言っている。少しうるさいと感じた。バイト先にある風鈴と似ていて、更にうるさく、鬱陶しく感じる。
「いい加減にやめてくれないか。」
君の戯けか、それとも僕の少しの疲れなのかは定かではなかったが、我慢ができずに口から出してしまった。すると君は、クタクタになった捌きかけの鮭を見せてきた。
「今日の夜ご飯は鮭のムニエルですよ。いいですねぇ。いいですねぇ。お酒に合いますねぇ。」
やはり鱗の正体は君の戯けだったらしい。
君はゆっくりとした動きで、また調理しかけの料理に取り掛かった。
彼女の家に来たのはいつぶりだろうか。たぶん僕が前のバイト先を飛んだ日だから、約2ヶ月ぶり。とある個人経営の、魚が主なメニューになっている居酒屋で働いていた。彼女はそこの常連客だった。まだ20代前半というのに、1人で居酒屋に来ていたものだから、店の大将も少し不思議に思っていたらしい。だが、接客として話を重ねるうちにその不信感に似た感覚は薄らいでいったみたいだ。
彼女の『いつもの』を覚えられるようになった頃に、自然と僕のプライベートの話もするようになっていた。
「つまり貴方は他人に無関心ってこと?それ自分で言っちゃう?」
「いや、まぁ本当に他人に対して何かを思うことが面倒なんです。」
「なら私に対しても何も思ってないってことね。」
僕は彼女の『いつもの』をテーブルに運び、何も言い返さずに薄く笑った。
「あれ、薄いんじゃないこのビール。ケチらないでよぉ。お兄さぁんっ」
表情の薄さのことじゃなくて良かったと思いながら、僕は少しのアルコールで酔っ払ってしまう彼女を宥めた。すると彼女は何かを思いついたように、まだ口に入っている砂肝を頬の奥に寄せながら言った。
「無関心なら、うちに来てくれないかなぁ。ちょうど探してたの。貴方みたいな薄っぺらい人。」
さらっと貶された気がしたが、問題はそこじゃなかった。
彼女はお店の常連さんで、僕はそこのアルバイト。彼女はフリーターで、僕もフリーター兼、就活生。彼女は女で、僕は男。
共通点がフリーターしかないじゃないか。と気づき、不安定な優越感を感じつつ、彼女の言っている意味を必死に解読しようとした。
「あれですかね。なにか手伝ってほしいことがあるんですかね。力仕事とかです?」
「いいや。ただ家にいてほしいの。ほら、フリーターって暇そうに見えて忙しいでしょ? 分かってる分かってる。クズな考え方だって分かってる。君みたいな料理のできる人にいてほしいの。」
意味がわからない。
「酔ってますね。お水持って来ます。」
「違うなぁ。もういいってそんな薄っぺらい言葉とか行動は。貴方はもっと親切じゃないはずだよぉ」
カラカラと光っている魚の鱗を、大将が逆撫でしている。
我々は決してそう言う関係ではない。そういうというのは、恋人であったり男女であったり。つまり付き合ってはいないし、交尾する仲でもないのだ。ただ1つ言えるのは、『表面上よりは親密な関係』とでも言えようか。魚の捌き方を教えられる仲とでも言おう。そう。今、僕は彼女に魚のさばき方を教えている。
She is Lucky.