”あんま・マッサージいたします!” ~妖艶な昼下がり~ 

”あんま・マッサージいたします!” ~妖艶な昼下がり~ 

 たまに見かけませんか?”あんま・マッサージ”っていう張り紙がしてあるアパートの一室。
とても魅惑的ですよね!
 こんなお店だったら楽しいのに・・・。

 おんぼろなアパートの一室で行われている懐かしくも妖艶なひととき。

 玄関ドアに”あんま・マッサージいたします”
と書かれている張り付けられた半紙。
前から気になっていた。
今の会社に勤めてからだから、12~3年前程前か。
 それは平屋建てのアパート。
4つあるドアの向こうから2つ目。
そこに張り紙がされているのだ。
そしてそのアパート、とにかく古い。
築70年から90年、と言ったところか。
ドアの塗装が、剝がれかけたベニヤ板に沿って色落ちしている。
 (営業してるのかね・・・)
私はそのアパートの前を通るたび、気になっていた。

ある日の、持病の腰痛がいつもより余計にうずいていた日の事である。

 その日の私の腰痛は尋常ではなかった。
どれくらい尋常ではなかったかと言うとこんな感じだ。
 小便をする時、前のファスナーを下げようとわずかではあるが前かがみになるが、なんとその微細な動きでも腰の奥深くから全体に激痛が走るのだ。
で、あるからして、その衝撃によりファスナーから始まる用を足すまでの一連の工程より尿が先走ってしまい、まさに”排尿の先行逃げ切り”状態になってしまったのだ。
平たく言うと尿漏れである。
 これではいかん、と一念発起した私は腰の治療を試みることにした。
とは言え、平素より病院嫌いの私であるからして、どうしたものかと考えあぐねた。
約2分間ほどじっくり考えた結果、我ながら妙案、と声を大にして言える答えが浮かんだ。それは、
 ”あんま・マッサージ”
である。そこで痛みを緩和できる。
そこで例の処へ行ってみることにした。そう、あのボロアパートの、あそこである。行ってみたかったのである。
会社を早退し、昼食も摂らずに真っすぐそこへ向かった。
  
 ”コンコン・・・コンコン・・・”
私は玄関の扉を叩いた。
返事が無い。留守なのか?もう一度叩こうと右手のこぶしを裏返した。
 ”コンコ・・・ガチャ!”
ノックの途中で扉が開いた。
中から細面の女性が現れた。
 「誰?」
その女性はしわしわな顔をこわばらせながらこう言った。
はひ?と私は反応するしかなかった。
初老のその女性は内側からドアノブを握りしめたまま私をまじまじの眺め、
 「NHKさんかい?」
とのたっまた。おいおい、そうじゃないだろう、と思いながらも、
 「はい、口座引き落としの件で・・・」
と普段の私なら切り返すところだが、さすがに腰の痛みが重荷となり普通に答えた。
 「いえ、あの、マッサージをしに来たのですが・・・」
するとその女性は、
 「うちはマッサージ屋だよ。なんであんたにマッサージされなきゃならないんだい?変なこと言うねぇ。帰っておくれ!」
と吐き捨てるとバタン!と扉を閉めた。
・・・・・、少々戸惑ったものの物好きな私の事、むしろ興味がわいた。
再度扉をノックした。
 「すいませーん。私がマッサージされに来たんですけど!・・・」
暑い暑い夏の日の事だった。

 こちらへどうぞ・・・と、つっけんどんに奥の部屋へ案内された。
襖の鴨居に”マッサージルーム♡”と書かれた紙が貼られてある。
ハートマークがちょっとだけ気になった。
 襖を開けると正面に立派な仏壇が鎮座されていた。
そのお仏壇の真上の鴨居には先祖代々の方たちであろう写真が並べられている。
 「はい、じゃあここに横になって」
和室の中心に敷かれている布団の枕元には、食べかけのポテトチップスの袋が開きっぱなしだった。
 「あのすいません、ここ・・・ですか?」
シーツのしわがあまりに生々しかった。だから聞いてみたのだった。
 「このお布団ですか?これってあなたのお布団じゃないんですか?」
その女性はシーツのしわを両手で広げながら上目遣いでこう言った。
 「そりゃあそうでしょう。ここは私の家なんだから、当然でしょう」
いや、あのそうじゃなくて、あの・・・と言ってる私の手をグイ、と引っ張りなかば無理やり布団に寝かされた。
 
 「ここはどうやって知ったんだい?」
うつ伏せの私の背中を押す力は想像していたよりもずっと強かった。
 「知り合いの紹介かなんかかね?」
 「いや、違います。玄関の張り紙を見て来ました」
うつ伏せの私の目線の先には口のあいたコカ・コーラの缶があった。
 「あっ、そうかい、そうかい。それは珍しい・・・」
どこかで猫の鳴き声がした。
 「珍しい、ですか、やっぱり・・・」
目の前の畳の上に縮れた毛が1本見えた。
 「そうだねえ、珍しいねぇ。普通は紹介か、口コミがほとんどだからね」
枕から涎(よだれ)の匂いがした。
 「そうですか・・・」
とは言ったが、見栄を張っているな、この人。こんなところに口コミで来る訳なかろう、と、私は心の中でつぶやいた。
だがしかし、この女性、マッサージがとても上手だ。
 (この人、60歳位かな・・・)
なんて考えていると私はいつしか眠りについてしまっていた。
 
 目が覚めた。
一体どれくらい寝ていたのであろう。
朦朧(もうろう)とする中で私は仰向けになっている事に気が付いた。
あれ!?いつ仰向けになったのであろう・・・。
目をこすりながら今は何をされているのかが気になった。
女性は私の太ももの辺りをマッサージしている様であった。
やはりこの女性、マッサージが上手である。
とても気持ちが良い。
私は夢うつつな状況の中で、得も言われぬ幸福感に包まれていた。
 「いやあ、お姉さん、上手ですねぇ、あまりに気持ちが良かったもので、つい、寝てしまいました」
私は感謝の言葉をその女性に投げかけた。
 「いいのよ、いいの。みんなもそうよ、皆さん寝ちゃう・・・そして最後はホレ!コレで目が覚める」
と、喋る女性の声がくぐごもっている。
”何!?”と私は女性のいる方へ視線を落とす。
するとその女性はあろう事か私のペ〇スを口に含んでいた。
 ”えっ!?ウソでしょ!”
と、私が首だけ起き上がったところで目が覚めた。
 夢か―――――
 正直、ホッとした。心の底から驚いた。
あまりの快楽のせいで大人の夢を見てしまったらしい。
ああ、恥ずかしい。カッコワリィぜ、全く。
気を取り直した私は、実際に”アレ”が元気になっているかどうかそっと下腹部を覗き見た。
大丈夫だ。大丈夫だった。
エレクトもしてはいないし、もちろん女性が銜(くわ)えこんでもいやしない。
ホッとした私は馬鹿な自分が少々可笑しかった。
 ンな事あるわけないし―――――
薄ら笑みを浮かべる私。
ま、いっか、と腕時計に目をやった。
 今何時かな――――
午後一時頃に来たから、エッと・・・、左手首に巻いてある腕時計を見た。
時刻はおそらく30分程経過していた。
 ”ふあ~あ・・・”
と私は仰向けのまま伸びをした。
アレ!?あの方はどちらに・・・
いるはずのあの女性はどこに居るのだろう?とやはり下の方を覗き込んでみた。
するとその女性は私の上に座っていた。
マッサージの最中だ。ちゃんと仕事をこなしている。
なので、先程見た夢を私は申し訳なく思った。そしてちょっと恥ずかしかった。
私は改めて女性を見た。その仕事に邁進する姿を。
だがしかし、よく見るとその女性、なんと、一糸纏わぬ姿であることに気が付いた。
 ”えええええええ!?・・・・・・”
と驚いた自分であったが、更に驚いた。
自分も素っ裸なのである。
 ”えええええええええええ!?・・・・・・・・”
しかもよくよく見てみると、三度(みたび)驚いた。それは、
 明らかに私の上にて行為をしている―――――
つまり私の上で、私が挿入しちゃっている状態である。しかも困ったことに次に女性の発した言葉が私の脳内を見事にぐちゃぐちゃにした。
 「一回目は覚えてないのかえ?」
 ”ええええええええええええええええ!?・・・・・・・・・・・・・・”
である。更に女性は追い打ちをかけた。
 ”ホラ!”
と口を開け舌を出した。
 「ホレ!ここにまだアンタが残ってる・・・」
私はその時初めて、女性の唇が薄ピンクの色をしているのに気が付いた。
 (ピ、ピンク・・・ピンクはピンク、うほほほ・・・)
私は現状を認識するのに必死だった。そんな時玄関から音がした。
 ”コン,コン・・・”とノックの音。
 続いて”ヨシさ~ん、居る~?”と女性の声。
 「イワシの甘露煮を作ったんだけど食べな~い?」
するとヨシエさん、私の上で
 「ごめ~ん、今手が離せないからそこに置いといてー・・・」
と叫ぶ。
 (手が離せない?・・・手ではないが、外したくない状態か、な・・・うう、ふらちな時にふらちな思考が、ああ・・・)
どうやらご近所の方らしい。食料のおすそ分けである・・・って、何かがおかしい。
私も私だ。
 (この状況下において、”ご近所様のおすそわけだな、フムフム・・・”)
なんて分析している。そんな中でもふたりの会話は続く。
 「じゃあ、ここに置いとくね、早く食べてよ」
 「すまないねぇ、いつもいつも・・・」
この会話だけを聞くと昔懐かしい下町の風情そのものである。
・・・頭が混乱していた。
 気が付くと私は大きな大きなタライの中に居た。途中の記憶が全くない。
 「すまんねぇ、ここはお風呂が無いから・・・」
とヨシエさんは手拭いで私の全身を洗ってくれていた。そうしてひと通りの工程が終了した。
 「はい、終わりました。お疲れ様」
とヨシエさんはポンと軽く私の背中を叩いた。
私は軽く頭を下げ、
 「あ、ありがとう・・・で、おいくらですか?」
と訊ねた。するとヨシエさん、こう言った。
 「最初だからまけとくわね、3千円でいいよ」
えっ!?いいんですか?とは言ったものの相場がまるで解らない私は、
 ”多分、安いのであろう・・・いやマッサージとして見たら普通か若しくは安い位。マッサージ以外の部分の料金設定が全く未知の領域・・・”
 「あの・・・」
と私は手にしたお札をズボンのポケットに”シャクリ”と突っ込むヨシエさんに聞いた。
 「あの、次回からは如何(いか)ほどのお値段になるのですか?」
するとヨシエさん、フン!と笑みを浮かべこう言った。
 「3千円が基本料金。プラス・・・1回につき千円!」
上半身がむき出しのままのヨシエさんは、胸を張ってそう言った。
流し台の小窓にかかる重そうな生地のカーテンが風に揺れていた。
 「それじゃまた・・・」
と私は半畳位の大きさの玄関で靴を履いていた。するとそこに、
 ”トントン!”
と扉を叩く音がした。
 「ヨシエさ~ん、入っていい?」
と男性の声。すかさずヨシエさん、
 「いいよ、入っておいで」
ヨシエさんがタバコに火をつけ直後だった。
 ”ガチャ・・・”
 「おじゃましまぁす!」
元気よく入って来たのは学生服を着た男の子だった。
 「ホウレ・・・お客さんがいるだろうに、もう少し静かに入っておいでよ、全くもう・・・」
そう言いながらパイプ椅子に座り足を組むヨシエさんは、後ろにある”流し”の中にタバコの灰を落とした。
 「お小遣いが貯まったか?」
鼻から煙を出しながらヨシエさんはその少年に聞いたが、少年の耳には届いてはいないようだった。
ヨシエさんはそんな少年に向かって吐き捨てた。
 「慌てるんじゃないよ、もう・・・」

 少し複雑な気持ちになった私だが、玄関の扉を開け、足元に置いてある甘露煮の入ったタッパーを家の中の下駄箱の上に置いて差し上げ、
 「ドーモ・・・」
とつぶやきそこを後にした。
 外はまだまだ明るい。
腰の痛みはちょっとだけ悪化したように感じた。
でも、またここへ来るだろうと思いそのボロアパートを振り返った。
すると、お隣の玄関の扉にも張り紙がしてあった事に気が付いた。  
そこにはこう書かれていた。
 ”手相・占い、いたします”

 よし、次はあそこで腰を占ってもらおう・・・。
 
                          完。

”あんま・マッサージいたします!” ~妖艶な昼下がり~ 

 楽しいほど痛みが薄れる。
言うほど綺麗では無い。
もっと気楽でもっとだらしなくて良いのだと思う。  ~筆者の人生訓~

”あんま・マッサージいたします!” ~妖艶な昼下がり~ 

前から気になっていた、あんま・マッサージいたしますの張り紙。 腰痛が悪化した主人公が思い切ってそのアパートのドアをノックした。 そこで不思議なマッサージに出くわした。 でも、でも・・・・・。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 冒険
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-07-13

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