同調率99%の少女(17) - 鎮守府Aの物語

同調率99%の少女(17) - 鎮守府Aの物語

=== 17 川内型の訓練4 ===
 川内と神通の訓練も大詰め。艦載機、偵察機の操作訓練、対空訓練。そしてバリアを使った防御と回避の訓練で二人の基本訓練は全課程を終えようとしていた。

四人だけの日

 翌日、那美恵が凜花と待ち合わせをしていつもの時間の9時前に鎮守府に行くと、すでに本館の扉は開いていた。
「あれ?もう開いてる。」
「昨日から提督来るようになったのだし、多分もう来てるのでしょうね。」
「あ、そっか。あ~、そうすると執務室もう使えないね~。」
「そうね。というかしれっと普通に執務室行くのやめない?私たちには待機室があるんだから。」
「エヘヘ。なんか数日執務室を我が物顔で使ってたらついつい自分の部屋みたいな感じになっちゃってさ~。那珂ちゃんうっかりしてたよぉ。」
「まぁ、設備一番充実してる部屋だものね。気持ちはわからないでもないわ。」
 凜花は那美恵の気持ちを理解できたし、実のところ便利な執務室をもうちょっと使いたいという気持ちがあった。しかしそれをそのまま口にすると隣を歩いているある意味悪魔から何を言われるかわかったものではない。結局凜花は適当な相槌を打つのみに留めた。
 その後二人は更衣室で着替え、那珂と五十鈴に心身ともに切り替えてから本館を後にした。


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 工廠の事務室から出てきた明石に尋ねてから那珂たちは神通の側に向かうと、神通は演習用水路で砲撃の訓練をしていた。先日と同じ光景で訓練する後輩の姿を見て、那珂は強く感心する。

「おはよ~神通ちゃん。今日もここで砲撃の自主練?」
「はい。なにか……掴めそうな気がしたので、重点的にやってみようかと。」
「うわ~もう素晴らしくてあたし何もいえねーや。うんうん。神通ちゃんはそのまま突き進んでくれるといろいろ任せがいありそうだよ。」
「私もたまに自主練はしてたけど、あなたには負けるかも。」
 先輩二人からべた褒めされて神通は両腕を下ろして顔をうつむかせて照れまくっていた。

 その後水路から上がり、艤装を片付けようとする神通。那珂はそれを制止した。
「あ、神通ちゃん。それらそのまま端っこにでも置いといていいよ。」
「え?で、でも……。」
「今日は砲撃の訓練の続きするつもりだからね~。」
「はい。それでしたら。」
 神通は頷き、自身の艤装一式を交渉の技師たちの邪魔にならぬよう、かつ自分のものだとわかりやすくなるよう、水路の脇の段差のところにまとめて置いておくことにした。

 そして一旦3人は本館に戻った。執務室には行けないため待機室で川内を待つ3人。那珂は念のためとして神通に川内へと連絡を入れさせ、直接待機室に来るように伝えた。
 その後川内は20分ほど経ってから到着した。4人揃ったので工廠に向かい、入り口付近で改めて整列して那珂はこの日の訓練内容を伝えた。
「よっし。それじゃあ今日は午前中はまた砲撃訓練。もうガンガンやっちゃおう。」
「やったぁ!また砲撃!今日こそ疲れなくなるまで慣れてやるんだぁ~!」川内は鼻息荒くして意気込んだ。
「川内ちゃん頑張ってね。神通ちゃんに追い抜かされないよ~に。」
「え?ど、どういうことっすか?」
 那珂の言葉を聞いて途端に焦りを見せる川内。それには五十鈴が答えた。
「神通はね、毎日いろんな内容を自主練してるのよ。今日は砲撃をしてたわ。こういうまめなところで差はついていくものよ。」
「ま、マジで!?」
 川内が神通の方を思い切り振り向いて視線で問いただすと、神通は俯いてやや上目遣いになって照れながらコクリと頷いて言葉なく肯定した。川内はその返事を見て口をあんぐりと開けて唖然とする。そしてほどなくして川内にキリッとした表情になる。湧き上がったのは対抗心だった。
「くっ!絶対負けてられない!!」
「うんうん。そのいきそのいき。」

 やる気をみなぎらせる川内と、照れながらも以前とは違って態度の端々に自信を身に表し始めている神通。そんな後輩二人の姿を那珂は満足気に見つめる。
 そして4人は自身の艤装と的を運び出してもらい、演習用水路から飛び出していった。


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 プールの中央に集まった4人はプールの端に的を投げ放ち準備をする。
「今日は的をランダム移動モードにしよっか。動く的を狙ってみよう。距離はぁ~そうだねぇ。最初は20mから。周囲2~3mは自由に動いて撃ってみてね。」
 那珂の説明に真っ先に色めきだったのは川内だった。川内は自身の右腕を上げ各端子を見ながら言う。
「よっし、練習しがいある!!今日は全部の端子にはめちゃおうかなぁ~。」
 川内とは違って神通の反応は明るくない。
「動く的……うぅ……苦手です。」
「え~二人の反応はごもっともです。でも実際深海棲艦は動くんだからさ。動く的に命中させられるようにしないといけないでしょ。まぁでも雷撃よりかは当てられると思うから、引き続き張り切ってまいりましょ~。」
 そんな異なる反応を示す二人に那珂はフォローすべく声をかけ、川内と神通を的に向って構えさせる。川内の背後には那珂が、神通の背後には五十鈴が立って監督することにした。


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 この日先陣を切ったのはやはり川内だった。川内は右腕の4つの端子に4基の主砲パーツを取り付けている。そして各パーツの砲身を的のいる範囲に向けて全門斉射した。

「おぉ!?動くようになっただけで全然違う!この!この!当たれぇ~!」
 川内は最初は手の甲にあたる1つ目の端子に取り付けた単装砲のみで砲撃していたが、命中させられないことに苛立ち始め、4基全てで砲撃し始めた。4基の砲身・砲架いずれも微妙に方向を変えて的がどの位置にいてもとりあえず当たるようにしていたため、結果として毎回当たるようにはなったが外す砲撃も多いといういわば保険をかけつつの大雑把な砲撃になってしまっていた。
 那珂はその砲撃の仕方に思うところはあったがあえて注意やアドバイスをしないで黙って見ていることにした。

「ん?あれ?砲撃できない。弾出てこない?」
 川内は自由に撃ちまくり、しばらくして弾が出なくなったことに気がつく。右腕のパーツの異変に気づき左手首につけていたスマートウォッチでステータスを確認すると、弾薬の欄がEmptyという表示になっている。
「ねぇ那珂さーん。あたしの弾薬エネルギーなくなっちゃった。どうしたらいいんすかぁ?」
 後ろを振り向いて那珂に向って宣言+尋ねる川内。それに那珂はため息混じりに答える。
「……うん。そりゃね、4つ同時にそれだけ撃ちまくってればなくなるよ。ていうかね川内ちゃん、けっこ~無駄弾撃ってるの気づいてた?」
 この日の訓練開始当初からの川内の様子を見ていた那珂は薄々予想出来ていた展開がまさに今起こっていることに呆れながら言った。
「え?あれだけでもう無くなるんですか!? 川内型のエネルギー少なくないっすか!?」
「まぁ訓練中だし満タンではなかったにしろ、うちらの弾薬エネルギーはこのグローブカバーの生地の中と各砲のパーツ、コアユニットに予備が少しと、意外と最大量は少ないよ。……てか川内ちゃん、艤装装着者概要の教科書キチンと読んでないでしょ~?」
「へ? あ……。」
 那珂の発言を聞き、察しの悪い川内でもさすがにまずいと感じたのか歯切れ悪くなる。その様子を見て那珂はため息をついた後説明を続ける。
「まぁ川内ちゃんは実際に体験して覚えたほうが合ってるかもね。そもそもあたしたち川内型は最大火力で連発して戦うよりも、全方向に適度に攻撃して回りを支援することに長けた艦娘だからね。単純なエネルギーの量で言ったら五十鈴ちゃんの艤装のほうが多いよ。」
「うー……なんかスッキリしないというかもったいないというか。」
「……いいからさっさと工廠行って弾薬エネルギー補充してもらってきなさ~い!」
「はーい。」

 那珂がピシャリと注意すると、川内は特に悪びれた様子もなくその場からスィ~っと移動し、工廠へと戻っていった。


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 一方の神通は動く的を目で追っていた。そして両腕を伸ばして構える。神通は左右の腕に連装砲のパーツを取り付けていた。神通は両腕を完全に同じ高さにし手を両親指が隙間に差し込める分だけ離して拳を並べたような状態にして構える。その構えをしてしばらくして気がついた。両腕で同じ的を狙う際は、1番目の端子に取り付けたほうが的の位置や距離感を掴みやすいかもと。手首の少し手前に位置することになる2番目の端子の連装砲では、視認できる位置と距離、砲身から発せられる弾の最終的な角度がやや予想しずらいと感じた。
グローブカバーと主砲パーツの紹介当時言われた、臨機応変に取り付ける箇所とパーツを変えられるように慣れようという那珂からの言葉を思い出す。

「いきます。」

 誰に向かって言ったわけでもない掛け声の後、神通は砲撃し始めた。


ドゥ!ドドゥ!


 しかし動く的はそれをかわす。かわすというよりも、当たらなかった。神通の狙いは的がそこにいたという現状を踏まえたうえでの砲撃だった。そのため当然当たらなかったが、神通はそれを理解できないでいる。

「くっ……。」

ドゥ!

 また外す。三度砲撃、四度、五度砲撃しても当たらない。動くだけでこれほど当たらないものなのか。いきなりではないが、今の自分には動く的は無理だ。そう悄気げる。
 その時五十鈴が後ろから声をかけてきた。
「ねぇ神通。もうちょっと自分自身に少し動きをつけてやってみなさい。あっちでしきりに動きまわってる川内みたいにね。」
 そういって五十鈴が示した方向、つまり隣を見る神通。そちらでは川内が一度に4基のパーツから豪快に撃ちだして的を攻撃している様を確認できた。プラス、川内はしゃがんだり那珂ほどではないが軽くジャンプして左右に移動しながら撃っていた。

「さ、さすがにあんな動きは……。」
「まあ、あの娘は少々動きすぎな感じもするからあんな真似をする必要はないわ。自分に動きをつけたうえで、相手の動く先を狙うのよ。」
「動く先……。」
「そう。あなたの撃ち方は、的がいた場所を狙っているわ。それじゃあいつまでたっても当てられない。的の動く先を予想して、そこを狙うのよ。」
「予測して……なるほど。」
「先日みたいに集中して狙えばいいというわけではないから、自分も動きつつ相手の動きも予測して素早く撃たないといけないの。それが瞬時にできるようになってこそ、深海棲艦を仕留められるのよ。」

 五十鈴のアドバイスに神通はハッとする。まさに目からうろこという表情を浮かべて俯く。数秒後、顔を上げて五十鈴に視線を向けた神通の顔は、目に力が入っていた。

「も、もう一度やってみます。」
「えぇ。」

 五十鈴のアドバイスを受けて神通は珍しくハキっと返事をして背を向け、再び的へと立ち向かっていった。五十鈴はそんな神通の背中を見て、数日前までへっぴり腰で水上移動もままならなかった彼女の姿がウソのようだと、そしてわずかずつではあるが那珂とも川内ともそして自身とも違う艦娘らしさが身につき始めているという好ましい評価をした。


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 その後神通は五十鈴からのアドバイスを踏まえ、今まで直立で撃っていた自身の上半身をわずかに左右に反らして撃つようになった。そしてもっとも重要である予測。
 的が自身から見て左側に移動した時はすぐに撃たず、右に引き返して戻ってくるであろう位置に砲身と腕を固定して撃つようにした。逆もその然り。体勢が変わると腕への力のかかり方もや狙いの定めやすさにくさが変化したのも理解できた。ようやく撃ち慣れた感覚がリセットされたように神通は感じたが、そのリセットされた状態もすぐに自分の支配下に収めるべく、神通は目の前の状況を数秒~数十秒観察してから砲撃する。

 一方の川内は工廠へ戻って弾薬エネルギーを補充してもらったあと、右腕のパーツを1個減らし3つの主砲パーツで砲撃訓練の残りの時間を進めていた。パーツを3つにしたことは彼女なりの反省点を踏まえた結果で、この後の彼女の撃ち方は数分前よりも落ち着いた頻度になっていた。
 控えめになったのは一度に撃つ数と僅かな振る舞いだけで、川内のアクションは非常に忙しないものなのは一貫して変わらない。
 そんな川内の砲撃は、ゲームを得意とする彼女ならでは、那珂・五十鈴から教わるまでもなく的確な狙い方をしており、成長度は神通よりも早い。
 その後正午までの時間、川内と神通の砲撃訓練は続いた。


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 午前の訓練後、本館に戻った4人は昼食を済ませ、待機室で午後の良い頃合いまで屋内作業としていた。この日執務室では提督は工事関係者と打ち合わせや諸々の確認作業をしているため、さすがの那珂も執務室に行くのをためらい、待機室で川内たちを自習させていた。
 昼食が終わり、まったりとおしゃべりをしながら4人で休憩している最中、川内はハッと思い出した表情になり隣に座っていた神通を見て言った。
「そうだ。神通さ、今日の髪型前のままじゃん。なんで昨日してもらったのにしてこないの?」
 ストレートな物言いな川内の言。神通はそれを受けて、せっかくのまったりムードの油断しきった夢心地な雰囲気から一気に現実へと引き戻されてしまう。焦りが湧き上がってきたのを感じて始め、数秒返答が出てこず口をパクパクさせた後、ようやく川内に対して言葉を返し始めた。
「え……と、あの……。あんな髪のセットやったことなくて。面倒だったので……そのまま来ました。」
 神通を除いた3人はあーっという察した・諦めたという表情を浮かべてすべてを理解した。
「それじゃあ、あたしと川内ちゃんでヘアセットやってあげよ!」
「そうそう。神通が覚えられないんだったらあたしたちがサポートしてあげるってことよ。」
 那珂たちの提案を聞いた神通は照れながらも吝かではないといった表情でコクリと頷いた。それを見た那珂と川内はニンマリとし、先日村雨が置いていった一部の道具を使ってさっそく神通の髪をセットし始めた。

 那珂と川内も初めて他人の髪をセットするということもあり、四苦八苦した様子を見せる。神通は自身の頭であれやこれやと騒ぎながらセットを進める二人の気配の不穏さを感じ、心中穏やかではなかった。
「あ、あの……大丈夫……ですか?」
「え!?いや!アハハ大丈夫大丈夫!神通は安心してあたしたちに任せておきなさーい。」
 カラッとした言い方で返事をする川内だが、その様子には隠せていない焦りが湧き上がっていた。続いて那珂も神通に声をかける。
「そーそー。昨日の村雨ちゃんばりにはいかないけど素敵になるように髪型再現してあげるよ!」
 那珂の言葉には焦りや戸惑いはなかったのでひとまず神通は安心することにした。

 ボケーっと見ていた五十鈴が時計を確認すると10分少々経っていた。神通の髪型は前髪をだらりと垂らして後ろ髪は雑に2つ結んだ状態から、ドライヤーがないために代わりに横に流した前髪を横髪と一緒にピンで留め、後頭部付近の両サイドの横髪はつむじ当たりでリボンとヘアゴムで結ってまとめられ、もともとの後ろ髪は櫛で綺麗に梳かされてストレートに降ろされた状態になった。

「へぇ~。昨日の神通に近くなったじゃないの。那珂たちのアレンジが加わっててなんとなく良い気がするわ。」
 見ていた五十鈴が評価すると、神通の後ろにいた那珂ははにかみ、神通を促した。
「エヘヘ。そう言ってもらえるとやった甲斐があるなぁ。ささ、神通ちゃん鏡で見てみて?」
 そう言って中は手鏡を神通の前で立てる。神通は目の前に掲げられた鏡で自身を見てみた。その髪と頭の姿形は、先日村雨がセットした姿に近いものだった。五十鈴が言ったように、先日の村雨によるヘアセットに近い状態であるが、長い前髪はわずかにたわませて横髪と一緒にヘアピンで留められているなどアレンジが若干加わっており、ドライヤーがないなりに雰囲気の再現は十分だった。
「ふむふむ。これぞ那珂・川内流、神通ヘアセットアレンジスペシャルって感じ?」
「ハハ……もうちょっと良いネーミングしましょうよ。」

 神通は見通しが良くなった顔の額に僅かにかかる前髪を片手でそっと撫でた。村雨が提案してセットしてくれた新しい髪型。学年的には下ではあるが艦娘としては先輩の彼女がセットしてくれたものよりも、姉妹艦であり同じ学校の先輩と同級生がやってくれた今の髪型のほうが心からこみ上げてくる嬉々とした感情が何倍にも異なるように思えた。するつもりはないはずなのに、自身の髪に関わってくれた仲間たちを贔屓してしまう自分が、そして心身ともに妙に気分爽快といった感じの今の自分が愉快に感じられた。そのため那珂と川内のやりとりの最中に口を抑えて吹き出してしまう。
「フフッ……」
 その様子を背後から見ていた那珂と川内は素早く反応して突っ込んだ。
「おおっ!?神通ちゃんどーしたの?」
「やっぱ那珂さんのネーミングセンス良くないってことだよね~?」
「いえ、そうではなくて。なんか……嬉しくて。」
「?」
 疑問符を頭に浮かべて素で惚ける川内。
「んーーー、なんかよくわからないけど、神通ちゃんが喜んでくれたならそれでいいや。」
「よかったわね、神通。」
 那珂も五十鈴も神通が笑った理由ははっきりとは分からぬが、おとなしく口数が少なく感情をあまり出さない少女の笑顔に曇りがないことだけは理解できた。那珂たちもまた、自然と口をニンマリと緩ませて満面の笑みを返すのだった。

 その後午後の訓練では、新しい髪型で少しだけ凛々しくなった表情で臨む神通の姿があった。

艦載機訓練

艦載機訓練

 午後の訓練開始時間になり、那珂はだらけていた川内と神通に号令をかける。
「さーて、今日の午後はお待ちかねかどうかわからないけど、艦載機の操作をやってもらうよ。」
「おー、艦載機!面白そうだけど難しそー。」
「……(コクコク)」
「直接戦うための道具じゃないけど、地味に重要だから二人ともぜひしっかり覚えてね。」
「「はい。」」


 工廠に足を運んだ4人は技師らから艦載機のサンプル機を受け取り、必要なパーツを持ってプールへと向かった。
 この日は非常にカラッとした典型的な夏の晴天日で夕方に差し掛かっているにもかかわらず、普段よりも気温が高さを保ったままだった。4人はやや早足になってプール施設の小屋に駆け込む。
 しかし雲一つない天候のため、偵察機から見る景色には期待を持つことができそうだと那珂は感じていた。
 そしてプールサイドに上がって来た4人。那珂は3人に指示をだして艦載機と発艦レーンのパーツを並べさせる。川内たちはもちろんだが、五十鈴も監督役とはいえ那珂の指示に従い作業をする。

「それじゃあ始めるよ。」
「「はい。」」

 今回は那珂自身も発艦レーンを装着した。右腕の4番目の端子につけ、それ以外は何も付けないという状態である。先輩が装着したのを見てから川内と神通も取り付け始める。二人はレーンの他に先ほどの訓練時からつけていた連装砲、単装砲パーツをつけたままであったため、別の腕のカバーの端子につけた。
 那珂は颯爽とプールの上に立ち、少し距離を開けてから川内たちの方を向いて説明を再開した。

「まずはあたしが使うところ見せるから見ててね。てかあたしも十分慣れてるわけじゃないから、使ってる時は話しかけないでくれると助かるかな。」
 那珂の最後のお願いに川内たち3人は頭に?を浮かべて呆けた様子で那珂を見る。那珂自身も自分の伝えたい意図は伝わっていないだろうなと察していたがあえて説明を加えずに艦載機の発艦の準備を進めた。

 那珂が手に掴んだ艦載機は7インチのタブレットほどの大きさの偵察機だった。右腕の水平に伸ばし、それを左手で右腕の発艦レーンに乗せてその向く先を少しずつ調整する。そして4番目の端子のスイッチを押しながらトリガースイッチを押した。
 偵察機は小さい音ではあるが本物の飛行機さながらのエンジン音を響かせた後、那珂のカタパルト上で助走をつけたあとスゥっと宙へ飛び立った。

「おぉ~~!!すっごーーい!!」
「……!!」
 川内と神通は主砲パーツのデモを見た時以上の感動を口ぶりから態度から何から何まで身体を使って表現する。
 那珂はチラリとだけ見てすぐに艦載機のコントロールに集中する。その実、那珂は普段の口調でのおしゃべり・茶化しをするのと艦載機のコントロールを同時にできるほどの余裕がなかった。川内たちはそれに気がついていないためその後も感動を違う表現で表し続ける。

 那珂は偵察機を飛ばした後、頭の中と右目の視界にぼんやりと自分の目線ではない景色が混じってくるのを感じた。偵察機が軌道に乗った証拠だった。頭を僅かに動かして偵察機を見上げながら方向転換のイメージをする。すると偵察機は那珂が頭に思い描いたとおりに方向転換をし、プールを離れて工廠との間の湾に向かっていく。
「おわ!?偵察機どこまで行くんだろ?那珂さーん!あれどこまで飛ばすつもりですかぁ~?」
 川内が質問をすると、那珂は右まぶたを下げて頬を釣り上げ、顔の半分を僅かに歪めながら川内の方を向いて答えた。
「う、うん。今、海の方へ向かっていってるから……、浜辺を……少し回って工廠の上を通って戻すつもり。」

 那珂の説明どおり、偵察機は浜辺の上空を飛び、グラウンドの手前までにゆっくり方向転換をして工廠の敷地の上を飛び進んでいく。やがて偵察機は川内たちの位置からはっきりと見える空に姿を表した。
「すごい……。ラジコンみたいなリモコンを使わないで……こんなことが。」
 神通が具体例を上げて感想を述べるとその言葉に川内は頷く。

 那珂は続いて偵察機の高度を下げるイメージをし始めた。着艦させるためだ。そのイメージの後、着艦することを強くイメージしながら再び右腕を水平に伸ばして偵察機が完全に降りてくるのを待った。あとは着艦の指示を受けた偵察機は自動で那珂の右腕にあるレーンへと戻る。自分の意識から外れた動作をしたことを確認すると、那珂はようやく表情を柔らかくして思考を自分だけのものに戻した。
 偵察機はスピードを急激に落として那珂のレーンへとコツンと乗って停止した。最後のほうはエンジンはすでに停止していたため勢いはすでに殺されておりレーンの端で綺麗に止まった。
 那珂は偵察機が完全に止まったのを確認してからそれを左手で掴みあげ、ふぅ…と一息ついた。

「とまあ、こんな感じで動かすことができます。」
「すっげーーぃ!那珂さんすごい!あたしたちもそんなことができるんですねぇ~。」
「あの…那珂さん?一つよろしいですか?」
「うん?なぁに神通ちゃん。」

 素直に驚き感動する川内とは異なり、すでに感動が落ち着いていた神通は別のことが気になっていた。
「さきほどまで那珂さん、私達の呼びかけに鈍い反応でしたけれど、あれは一体?何か……あったのですか?」
「さすがは神通ちゃん。絶妙に鋭いなぁ。」
 那珂はプールを進み、川内たちのいるプールサイドへと戻ってきたのち言葉を続けた。
「今さっきまであたしの右目にはね、あたしが見ている光景とは別の景色が半透明な感じで見えてたの。2つの景色を同時に見てる感じ。だから3人を見ながら偵察機の景色を見て、あっちを操作しなきゃいけないっていうことになって手一杯でね。あたしも慣れてるわけじゃないからさすがにおしゃべりの方まで気が向かなかったの。」
「そ、それって……どのような感じなのですか?」
「うーーん。口で説明するのはちょっとめんどいなぁ。てかやってもらったほうが一番わかり易いと思う。初めてやるときはびっくりして艦載機のコントロール狂っちゃうかもしれないから、二人はしばらくは余計なことせずにとにかく飛ばすことだけを意識しよっか。」
「「はい。」」
 那珂の伝えたい事がいまいちイメージ出来ない二人は那珂の言葉の最後に同意を示し、それ以上は質問せずに頷いた。


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 川内と神通もそれぞれ近くにあった偵察機をレーンに乗せ始めた。
「これって普通に乗せるだけでいいんですか?」川内が真っ先に質問をした。
「レーンの端にコネクタっぽい丸いマークがあるでしょ?それ磁石になっててね、それに近づければ艦載機はきっちり止まるよ。だからサッと使いたい時でも簡単~。」
「あ~その磁石みたいなのがカタパルトってわけっすね?」
「そーだよ。川内ちゃん復習よくできました!」
「エヘヘ~。それほどでも。」
 那珂に褒められて川内は破顔させる。そして那珂が実際に試させるよう促すと、二人はすぐさま試し始めた。二人がそれぞれ手に取った偵察機を乗せると、磁力によって偵察機が綺麗に定位置に収まる。
「飛ばすときはね、砲撃のときみたいにただスイッチ押すだけじゃなくて、水上移動するときのように強くイメージするの。偵察機が浮上するところとか、飛び立った後に飛ぶ軌道を調整することとか。きちんと艦載機がコントロールできると、レーンを装備した方の目の視界に艦載機のカメラからの光景が浮かんでくるよ。」
「う~~。なんか怖いけど、とにかくやってみるしかないですよね。よっし、やるぞー!」
 川内のセリフに黙って頷く神通。準備は二人共整った。

 二人は同調を開始したあと、プールの水面を少し前進し立ち止まる。わずかに足幅を開けてバランスよく立ちそして二人とも望むタイミングでカタパルトを取り付けた方の腕を前方に伸ばし、掴んでいた艦載機をレーンに乗せた。
 那珂はあえて言葉をかけなかった。すでに二人のタイミングにすべてを任せる考えのためだ。
 川内は深呼吸をする。それを横目で見た神通もつられて短めに深呼吸をしたあと、レーンを取り付けた端子のスイッチを押した。ほぼ同時に川内も取り付けた端子に対応するスイッチを押す。それをする手前、二人とも頭の中ではすでに偵察機が走りだして空を飛び始めるイメージを描いていた。
 そしてトリガースイッチを押した二人の腕の発艦レーンから、さきほどの那珂の時と似たような小さなエンジン音がしはじめる。それぞれ違うスピードではあるが偵察機はレーンを進み始め、ついに川内と神通の腕から離れて空へと駆けて行った。


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((うっ……右目が……。これが那珂さんの言ってた偵察機からの映像ってやつかぁ。))
 川内はほどなくして右目に水上とは違う、空から見た光景が浮かんできたのに気がついた。彼女は右腕のグローブカバーにレーンを取り付けていたためだ。那珂の言っていたとおり川内は激しい違和感に襲われ、頭が混乱しはじめる。頭を振ってもそれは拭い去ることができず、思考がこんがらがって発狂数秒前といえる状態になった。

「うあぁ!! ダメだあたし……!」
 川内は右目を閉じ、集中力を欠いてしまい、精神状態を激しく乱してしまった。当然偵察機を操作するほどの思考の余裕はなくなっている。そのため川内が発した偵察機は急激に高度を下げて落ちてくる。偵察機がプールの水面に落ちる前に川内は水面に膝立ちするようにしゃがみこんでしまった。当然ひざなど素肌であり、浮力が発しているわけではないのですぐに下半身半分を水中に落とす。川内の片足はもちろんのこと、久しぶりに下半身までずぶ濡れになってしまっていた。


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 崩れ落ちる川内を横目で見た神通だったが、優先度は親友への気にかけよりも自分の放った偵察機のコントロールのほうが上だった。そのため彼女は操作に再び集中する。
 神通は左腕から偵察機を放ったため左目の視界に偵察機からの映像が飛び込んで来た。右目を閉じ、左目に見える「映像」に集中する。目の前にはプールの水面が見えているはずなのに空から見下ろした光景が半透明になって見える。テレビなどでこのような特殊な映像を見たことがあったが、それが現実に見えるとここまで頭が混乱するものなのかと驚きつつもどうにか偵察機をコントロールし続ける。川内とは違い、彼女は未だ問題なく操作できている。

「へぇ~。」
「ねぇ川内倒れたわよ?助けに行かなくていいの!?」
「うん。」
「うんってあんた……。」
「実践中なんだから。邪魔したらダメ。」
 五十鈴は倒れこんだ川内が気になって仕方ない様子を見せて助けに行こうと提案して2~3歩足を前に出すが、那珂は頑として首を縦に振らず五十鈴を制止する。強めに制止された五十鈴はその凄みもありおとなしく歩を戻してその場で立ちすくし、黙って川内たちを見守ることにした。

「あの娘にはあたし以上にガンガン進んで艦娘として生き抜いてもらわないといけないから。あたしたちが変に助けてそれに依存しちゃったらいけないからね~。」
「依存って。川内なら一人でやれるタイプっぽいし大丈夫でしょ?」
「う~~ん。どう言えばいいのかなぁ。これはあたしたちの学校生活に寄るものっぽいから五十鈴ちゃんにはわからないかもだけど、あの娘はあたしたちがいるからこそ思い切って振る舞えるんだと思うの。」
「それは……。依存っていうのかしら?」
「彼女のこれまでのこと全部聞いたわけじゃないから一概に言えないけど、多分あの娘は上の立場の人に無意識に依存するタイプなのかなって思うの。あくまで勝手な想像ね?艦娘の活動は下手をすれば命に関わるから、あたしは川内ちゃんがホントーに一人でガンガンやれるか見定めてみたいんだ。いずれあたしの後を任せられるかどうかね。」
 そう語る那珂は厳しいことを言ったが、その口は笑みで緩まっていた。振り向いて言ったわけではないため、五十鈴からは那珂の表情は見えない。五十鈴は素直に感心する。
「結構深いところまで考えてるのね。わかった、わかったわよ。……あんたってみかけによらず結構厳しいのね。」
「うん??? それは褒め言葉として受け取っていいのかなぁ~?」
 まっすぐ川内たちを見ていた那珂は五十鈴の言葉にわざとらしく反応し、ねっとりとした動きで首、上半身そして視線を彼女の方に向けた。五十鈴は那珂の態度が普段の軽い様になっていたのに気づいたのですぐに感心をやめてノーリアクションを貫くことにした。


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 川内が隣の水域を見ると、そこにいた神通は平然とした様子で立っている。偵察機を落とさずに完全にコントロールに成功している。プールに半身を浸してしまった川内は視線を正面に戻し、目を細めて顔を歪ませながら体勢を戻した。落ちていた自身の偵察機はうまく着水したおかげなのか、プカプカと浮かんでいた。
「くっ……なんであたしがダメで神通が。」
 身体を動かすこと大抵の事なら負ける気がしない川内は、神通に初めて負けた気がして感情が昂ぶり始めていた。再び水面に立った川内は近くに浮かんでいた偵察機を乱暴にすくい上げ、右腕を伸ばしてレーンに偵察機を設置し発射する体勢を取る。

「あたしのほうが絶対素質あるんだからね!!」
 川内はキッとした目でレーンが指し示す先を睨みつけ偵察機が飛び立つイメージを固めた後、レーンに対応するスイッチとトリガースイッチを押した。偵察機はブロロロという音を鳴らしてレーンの上を走り出して再び空へと飛び立っていった。
 その瞬間、川内の右目にはさきほどと同じく偵察機からの映像が飛び込む。左目を閉じて右目のみに集中する。頭痛がひどく、集中力を欠く。同調も危うくなり偵察機がふらふらし始めるのと同時に自身の足元もおぼつかなくなる。事実同調率が下がり始めていたのだ。足元が水中に落ち始めていたのに気づいた川内は奮起する。

「うおわああああ!!!!!」

 右目の端を抑えつつ大声を上げて一旦足元の艤装の操作に集中して浮力を取り戻して元の高さに浮かぶ。浮かんだ拍子に前のめりになりそうなのをバランスを取り戻して整え、体勢が戻ったのを感じるとすぐに偵察機の方へ集中する。偵察機は落ち始めていたがなんとかコントロールを取り戻す。
 すると川内の右目には自分自身が見えていた。
「あっぶない!!」
 偵察機が自分を避けるイメージをしながら川内自身は身体を偵察機とは逆方向に身を素早く動かして飛びのけた。川内自身は無事避けて偵察機も自身を回避するのに成功したがその先までは気が回らなかった。避ける際に偵察機のコントロールを一瞬失っていた。
 悲鳴をあげる羽目になったのは川内たちの後ろにいて実践の様子を見ていた那珂と五十鈴だった。

「うわああ!!こっちに来るよぉ!!」
「きゃー!!」
「ご、ごめんなさーい!」
 飛びのけて方向転換をした川内は後頭部をポリポリ掻きながら、後ろにいた那珂たちに謝る。その謝罪に対し那珂は声を荒げて川内に言い返す。
「それよりも偵察機のコントロールをなんとかしなさーい!」
「あぶないじゃないのよ……」
 那珂の隣にいた五十鈴は胸に手を添えて撫でおろしながら小声で愚痴る。

 川内はコントロールを失ってプールを越え工廠を越え、本館の敷地まで飛んでいこうとしていた偵察機に意識を集中させてコントロールを取り戻そうとする。偵察機は大きく旋回して工廠の上空に入り戻ってきた。
「はぁ……はぁ……。駄目だ。これ相当集中してないとどうにも使えないわ。あたしこれ向いてないかも。」
 頭の疲れが激しくなってきた川内はとにかく偵察機を早く戻して下ろすことに集中する。川内の偵察機はスピードを早めてプールへと戻ってくる。そうして川内は自分のレーンのついた腕を伸ばして偵察機を迎え入れようとしたが、偵察機は川内のレーンにきちんと乗らずに彼女の右胸元あたりにおもいっきり突っ込んでようやく停止した。
「ぎゃあ!」
 同調していたのと制服自体も防御力が高く丈夫に出来ていたためか、思ったより痛くないがそのショックで思わず変な悲鳴を上げ、水面に尻から突っ込んで再び下半身を濡らす川内だった。


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 川内が那珂たちを巻き込んで慌ただしく偵察機の操作を行っている間、神通は黙々と自身の偵察機を操作していた。最初の頃に感じていた違和感と頭痛はすでに消え、片目の視界に混ざる半透明状の空からの景色に彼女は感動を覚えて自分の世界へと入り込んでいた。
 艦娘というものは(まだ見ていないが)深海棲艦と呼ばれる不気味な怪物とただ砲雷撃して戦うだけなのかと思っていたが、最新技術を駆使したこんな機械を操って活動することもあるのかと、新しい世界とその要素に感動していた。
 神通はもはや両目を閉じていようが開けていようが、偵察機のいる方向を全く向いていなかろうか操作することが苦にならなくなってきた。むしろ楽しいとさえ思える時間。

 神通こと神先幸は、昔から読書や黙々と作業する物事に関しては時間を忘れるほど熱中できる質だった。黙々とするゆえ周りからは無口、無表情の何考えているかわからない地味で変な少女と揶揄されることも多かった。川内とは違い、ゲームやサブカル、アニメなどという、特定のものに偏らずにジャンルは多岐にわたって読書をした。視覚的刺激よりも視覚以外の感覚で捉える刺激を好みとしたそのせいで散歩しながら周りに存在するあらゆるものに想像を張り巡らせ、○○があったらいいのに、××が動いたらいいのになど、漠然としたイメージではあったが黙って妄想にひたることが多かった。それゆえ歳を重ねるごとに周りから暗い性格というレッテルが重ね付けされていった。しかし周りからの評判なぞどうでもよかった彼女は周りの意見を気にせずひたすら自分の世界にマイペースに没頭した。
 集中して何かを行うという自身の性格に依るあやふやな特徴、こんなものは今も昔もこれからも自分以外のためになど絶対なることない、そう思っていた彼女だったが、もしかしたら役立てる分野がある。そう感じた神通は偵察機を操作している間は確たる自信を持っても良いかもと、すでに自信を持って思っていた。

 想像したとおりに艦載機を動かせる。その映像が見られる。そして将来的に艦娘仲間と出撃した時には、自分の見た光景が戦いの役に立つかもしれない。そう考え始めたらこんな自分でも役に立てる世界があることが面白おかしくてたまらない。
 両目を瞑りながら偵察機からの視界を見る。瞑ったほうが偵察機からの視界に集中できた。その最中、口は自然と両端が釣り上がって頬に僅かにえくぼができる。にこやかにしながら神通は偵察機をコアユニットとレーンを通して脳で操作する。
 プールの上空を出た神通の偵察機はすでに鎮守府の敷地を離れ、その地区に昔からある浜辺の上空を飛び、海浜病院の手前まで来ていた。艦載機の有効範囲を越えることはないので神通は楽々操作を続けている。さすがに上空からは下にいる人々の表情を確認することはできないが、偵察機の特性上複数組み込まれたカメラのうち斜め下向きについたカメラからは遠巻きに人々が空を見上げる光景が一瞬確認できる。

 その先に行くととなり町の海浜公園に突入してしまうため海浜病院の上空に突入したあたりで旋回させ、鎮守府の方向へと戻し始める。住宅街に突入すると色とりどりの屋根が見える。しばらく住宅街の空を飛ぶとほどなくして鎮守府近くの小さなショッピングセンターが見えてきた。さすがにその上空を真っ向から飛び続けるのは気が引けた神通はそこに至る前に右へ旋回し、早めに鎮守府の敷地内へと入るようにした。
 そうして見えてきた鎮守府Aの本館とグラウンドを確認した神通は、ふぅと一息ついて再び右へと旋回し、グラウンドの先の浜辺へと向かう。次に左に旋回し、側の川に沿って工廠の上空に入る。ようやく自分たちの姿が豆のような大きさで見えてきた。不思議な感覚だが、それもまた新鮮で楽しい。そのまま自分のレーンへと着艦させる気はさらさらないためにそのまま左に旋回し続けて工廠の上空を細かくスピードを増減させて飛び進める。わざと錐揉みした飛び方にして機体をふらふらさせ、自身の目に飛び込んでくる映像もブレさせる。そのブレる視界すら新鮮で楽しい。しかし調子に乗ってフラフラさせすぎたためほどなくして酔が回り、若干気持ち悪くなったので平行に戻す。

 近くを川内の偵察機が通り過ぎた。自身より速いスピードでプールへと向かっていったのが見える。自身の偵察機はそのまま本館の上空へと突入した。本館の上を3周ほどし、グラウンドに再び入り、浜辺との間の道路に沿って工廠前の湾に入った。
 そろそろ着艦させよう。神通は頭に思い浮かべた。飛ばしながら自身の身では左腕を真っ直ぐ前に伸ばし、端子のスイッチを押してレーンを回転させ、偵察機がストレートに着艦できるように調整する。偵察機自体はもはや旋回させずに湾と工廠手前を横切りプールに真横から入るような空路で降りてこさせている。
 プールに入る手前で川内がプールに半身を浸けてしまっている映像が見えた。そこで偵察機からの映像は途切れ、機体は着艦のための自動モードに入った。神通の偵察機はレーンに着艦し綺麗に減速・徐行したのち停止した。神通は左目、そして右目とゆっくりと開けていき、目の前を横切るレーンの上に偵察機が乗っかっているのを目の当たりにした。そして偵察機を軽く撫で、そうっと取り上げる。

 神通がくるりと身体の向きを変えて後ろにいた那珂たちを見ると、そこには川内もおり3人揃って神通を見ていた。一番に口を開いたのは那珂だった。
「お疲れ神通ちゃん。すっごい集中力だったねぇ~。初めてとは思えないほど長い時間操作してたよね。コントロールも上手かったようだし。先輩としては後輩の成長がこれほどまでなんだなって嬉しさで溢れそう。ん~~神通ちゃんは100点満点あげちゃう!」
「お疲れ様。私から見ても素晴らしかったわ。さっきの那珂の操作とほとんど変わらなかったもの。今後出撃したときの索敵が楽しみね。」
「はは。艦載機の操作、あたしはダメだわ。神通に負けたよ。」
 表現は異なるが3人から驚きと賞賛に満ち溢れた評価をもらい、神通は照れながらプールサイドへと戻っていった。

 那珂が改めて二人に声をかける。
「二人ともお疲れ様。今日はこれでおわろっか。」
「あたしは今日はもうやめたかったですよ。はっきり言って水上移動よりもはるかに疲れました。ぶっちゃけもう寝たいです。」
「おぅ?川内ちゃんが弱音吐くなんて意外~。」
 川内の吐露に那珂はいつもの茶化し気味の軽い口調で突っ込んだ。川内は嫌味など一切感じていなかったので素直に言葉を返す。
「そりゃあ艦載機なんてもの体験したらねぇ。艦娘って単なる運動やゲームとは違うんだなって今日一日でうんと思い知りましたよ~。」
「アハハ。艦載機の操作は今までの砲撃や雷撃と違う感覚でびっくりしたでしょ?ここまでの訓練内容いろいろやることあって大変だろーけど、復習忘れずに身に着けておいてくれるといいかな。 」
「はい!」
「……はい。」
 川内と神通はそれぞれの覇気で返事をして訓練の終了を認識した。


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「そんじゃまあ、お片づけしますかねぇみんな。」
「「はい。」」
「えぇ。」

 那珂たちはそれぞれの艦載機とプールサイドに置いていた余ったパーツをそれぞれ抱えてプールサイドを後にした。工廠に入り明石を呼び出してそれらと自身が身に着けていた艤装一式を外して受け渡す。
「はい。お疲れ様でした。艦載機はどんな感じでした?」
「聞いてくださいよ明石さん!あれ難しいのなんのって!」
「あらら。川内ちゃんは艦載機ダメだったのかな?」
 明石に泣きついた川内を見て那珂が代わりに頷く。
「どうやらそうみたいです。まぁ無理も無いかと。」と五十鈴は苦笑いを浮かべながら明石に言った。
「そうですか~。でもせっかく艦載機を使える艦娘になってるのだから上手く操作できるようになってくれると、メンテする私達としても嬉しいんですけどね。無理そうなら補助用のスクリーン貸しますので、それ使って操作するといいですよ。ところで神通ちゃんはいかがでしたか?」
 自分に振られてビクッとした神通はモジモジしながら小声でぼそぼそと言葉を発するが、当然回りにいた人間は聞き取れるはずもなく、見かねた那珂が代わりに説明した。
「対して神通ちゃんはすっごいですよ~!艦載機の扱いだったらもうあたしを超えたかも!?結構長い時間操作してたし。」
「へぇ~!それはすごいですね。神通ちゃんは艦載機みたいな繊細な操作をするの、向いてるのかもしれませんね。二人ともこれからもがんばってくださいね。艦載機の扱いはできるようになればかなり捗りますから。」
 明石のような大人からも賞賛をもらい、途端に顔を真赤にして再び照れまくる神通であった。

対空訓練

対空訓練

 翌日、いつもどおり早く来た那美恵と凛花はすでに開いていた本館に入り、工事関係者に挨拶をした後着替えに行った。この日も幸はすでに出勤し神通となって自主練をしに行っていると提督から聞いていたため、二人は工廠へと足を運ぶことにした。その道中、二人は上空を飛ぶ鳥を見つけた。それはよく見ると鳥ではなく、艦娘の偵察機だった。

「あれって……偵察機かしら?」
「うん。そーみたいだね。ということは。」
 那珂と五十鈴は顔を見合わせてお互い抱いたことを口にし、正解たる想像を述べた。二人の足取りはやや早くなり、工廠へと駆け込んでいった。
 工廠に入って近くにいた技師に確認すると、やはりすでに神通は来てプールにいると説明された。那珂と五十鈴は工廠を出てプール施設の入り口から入り、プールサイドへと出た。するとそこからはプールのど真ん中で左腕を前に伸ばして直立している神通の姿が確認できた。

「じ……!」
 言いかけて那珂はやめた。艦載機を使っているということは、精神集中している真っ最中ということだからだ。

 やがて偵察機が工廠の上空からプールの上空、そしてその先の川へとすぎていった。すると神通は頭をわずかに動かして後ろを向きかける。その動きを見て那珂と五十鈴は神通が自分らに気づいたことに気づいた。川の方へ向かった偵察機が急速に旋回して高度を落としてくる。動きからして着艦のための自動操縦になっていることがわかった。神通が偵察機の操縦をやめたことが伺えた。
 やがて神通の左腕の発着艦レーンに偵察機が停まった。するとようやく那珂たちの方を向き、声を発した。
「あ、あの……おはよう、ございます。」
「うん。おはようー神通ちゃん。今日の自主練は艦載機?」
「は、はい。勝手に偵察機使ってしまって申し訳……ございません。」
 神通は水上をスゥーッと滑りながら那珂たちのいるプールサイドへ近づいてきた。プールサイドへは上がらずに水面にいながら那美恵と話を続ける様子だった。
「いいっていいって。別にあたしに許可得る必要ないよ。だってあたしたちのための艦載機だもの。むしろ提督か明石さんがダメって言わなきゃいつ使ってもいいと思うよ。」
 神通はコクンと頷いた。
「それよりも偵察機の操作はどうなの?」
「はい。だいぶ慣れました。」
 五十鈴が質問すると、神通は自信を持ってはっきりと頷いて言葉を返した。相変わらずの優等生っぷりに那珂も五十鈴も満足な表情を浮かべた。


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 その後待機室に入った3人。那珂と五十鈴は川内たちの訓練の進捗度合を確認していた。前日の例もあったため、また提督もいたため執務室で作業するのではなく、待機室で作業をすることにした。
 那珂は五十鈴とともに、残りの訓練内容について内容を詰めていた。
「ねぇ那珂、この防御・回避・バリアの確認や機銃……つまり対空関係の訓練はどうするの?もう1週間と3日だし、2週間で仕上げるなら残った訓練はつめ込まないとさばけないんじゃない?」
 五十鈴の指摘はもっともだ。那珂はうーんと唸る。
「電磁バリアは実弾使う時にやらせるとして、問題は対空訓練なんだよねぇ。あたしもぶっちゃけちゃんと受けたわけじゃないし、空から襲われることなんてないから省略していいって提督も言ってたから、カットしたいんだよねぇ。」
「提督ったら微妙にサボり屋よねぇ。私も対空訓練はうちの鎮守府に必要ないって言われたわ。けどわかっててもしっかりやりたい。という私もせいぜい機銃パーツを空に向けて撃つくらいしかしてないのだけれどね。」
「まぁ五十鈴ちゃんの頃は人ほとんどいなかったろーし仕方ないね。今だったら~、偵察機使って回避したりいろいろしてもらうとか?」
 那珂の思いつきに五十鈴はピンときたのか、その案を広げるべく自身の考えで補足した。
「それいいわね。だったらこうしたら?あなたが偵察機を飛ばして、それを川内と神通が撃ち落とす。」
「うーん、でも偵察機は攻撃機能ないからあたしはただ動かすだけになるよ?」
「突進していけばいいじゃないの。ただ動かして川内たちに向かっていけばいいんだから操作も簡単でしょ。」
「うわぁ……五十鈴ちゃん他人事だからって大胆な考えするなぁ~。」
 ジト目で五十鈴を見る那珂。そんな那珂の視線を気にせず五十鈴は小さく息を吐いて他人の心配なぞ知らんと暗に反応した。

「まぁでもそれでいってみよっか。どうせなら五十鈴ちゃんも一緒にやる?」
「対空訓練に関しては私たちも川内たちとほとんど変わらない経験値だし、混じっていいならやってみてもいいわ。」
「よっし。それじゃー選手は3人ということですな。ていうかあたしも対空訓練実はしてーんですけどぉ。」
「それなら神通に操作代わってもらえばいいじゃない。あの娘、ものすごく操作上手かったし。もしかしたら那珂以上じゃないの?」
「う……そんなプレッシャーされると焦るよあたし。ここは先輩として絶対負けないようにしないと!」
「一応言っておくけどあくまでも二人の訓練がメインだからね?意固地になって二人を叩きのめして勝ったらダメだからね?」
 五十鈴からの提案とツッコミを受けた那珂は動揺する仕草を見せるも、鼻息荒く意気込むのだった。


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 10分ほどして川内が出勤してきたので早速とばかりに那珂は説明を開始した。

「それじゃー二人に今日の訓練の内容を伝えます。今日は対空訓練をします。つまり、空に向けて攻撃したり空から来る攻撃を回避する練習ね。」
「へぇ~!おもしろそ~。いいですねいいですねぇ!!」
「対空……いいですけれど、どうするんでしょうか?」
「うんうん。二人の反応はごもっともです。さっき五十鈴ちゃんとも話してたんだけど、偵察機を使おうと思います。」
「「偵察機?」」
 川内と神通は揃って首を傾げた。
「そ。あたしが操作して、三人に向けて突進させます。」
「わかりましたけど、三人って?まさか五十鈴さん……も?」
 川内は疑問を口にする。それに答えたのは五十鈴本人だ。
「恥ずかしながら、正直言って私たちも対空に関してはそれほど練度高くないの。だから那珂に頼んで私も参加させてもらうことにしたわ。」
「それでね、あたしも訓練に参加したいからぁ~。神通ちゃん?」
「は、はい?」
「途中で偵察機の操作、代わってね?それであたしがその時は訓練する側に回るの。いいかな?」
「わ……わかりました。その役目しっかり努めます。」
 神通は背筋を正して那珂の言葉にはっきりと頷いて承諾する。
「え~~いいないいなぁ。神通良い役回り~~!」
 川内がブーブーと文句を垂れると素早く五十鈴が突っ込んだ。
「あなたは艦載機の操作ド下手じゃないの。」
「う……五十鈴さんすげぇ痛いとこ突くなぁ……」
 図星のため言い返せない川内は両手で額を抑えてテーブルに突っ伏した。川内の反応を無視して那珂たち3人は話を進める。

「あの。一つよろしいですか?」
「ん?なぁに神通ちゃん。」
「偵察機って……1台いくら位するんでしょうか……。撃墜されてしまったらその……あの……。」
 神通が気にするところは、訓練自体の内容よりも現実的な部分だった。彼女の心配を聞いた那珂と五十鈴は苦笑してしまう。
「アハハ……。神通ちゃんは面白いところ心配するねぇ~。あたしたちは戦って金もらう立場なんだし、気にしないでいいと思うよぉ。」
「どうしても気になるなら後で明石さんに尋ねてみたら?」
「は、はぁ。」
 自身の心配は取るに足らない内容だったのかも。そう想像した神通は気恥ずかしさで俯いてしずしずと下がった。

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 説明を終えた那珂たちは早速工廠へと向かっていった。明石に訓練の事情を話すと、明石は神通の心配も踏まえて偵察機使用の許可と説明をしたため、那珂たち4人は納得することとなった。
 プールに姿を現した4人。那珂は偵察機を右腕に付けた発着レーンに載せプールの端に立つ。対する川内たち3人は那珂とは真逆、プールの端にいる。
「それじゃー。いっくよーー!」
 片手を頬に添えて拡声した声量で那珂は合図した。川内は大声で返し、五十鈴は右手でOKサインを作って腕を挙げて合図を返す。

((攻撃目的の艦載機操作かぁ。空母っぽくてなんか不思議な感じ。てか……今の視界に重なって見える偵察機からの視界のまま、もし攻撃されて撃ち落とされたら……どうなることやら。))
 那珂は艦娘の艦載機操作を生身で操作する際に生じるかもしれない不安を密かに湧き上がらせていた。

 那珂は右腕を前に伸ばし、意識をカタパルトに載っている偵察機に向けて集中し、グローブカバーのトリガースイッチを押した。偵察機はかすかなエンジン音を鳴らしてレーンを走り空へ飛び上がっていった。
 一方反対側の川内たちは自身の装備したパーツを確認していた。五十鈴が川内と神通の前に立ち、指示を出し始める。
「那珂のことだから偵察機でも何かしら突飛なことをしてくるかもしれないわ。念のため二人とも気をつけてね。」
「りょーかいです。」
「はい。承知致しました。」

 意識合わせをしている3人の上空に、那珂の偵察機が迫ってきた。
「来たわよ!」
 五十鈴の声で川内と神通もとっさに構える。

 那珂の偵察機はまっすぐ進み、3人の最後尾にいた神通の手前で右に旋回してプールの上空を離れた。その進む先を神通は目で追う。自身らの上空を通り過ぎたと把握した五十鈴と川内は早々にプールを前進して頭と上半身だけは偵察機の向かった方向に向ける。偵察機が大きく右、時計回りに旋回し続けてプールの敷地の上空へと戻ってくる。
 その時五十鈴が指示を出した。

「二人とも。機銃パーツの操作開始!撃ちだして!」
「「了解!」」

 五十鈴の指示を聞いて川内は左腕に取り付けた4基の機銃パーツを撃つべく人差し指~小指を折り曲げてスイッチを押し、最後に親指でトリガースイッチを押した。その瞬間、非常に軽い音で機銃パーツから弾が発射された。神通も負けじと右腕に付けた4基のうち1番めと2番めの機銃パーツで銃撃し始める。


ババババババ
バババババ


 主砲パーツや副砲パーツと同じ仕組で作られている艦娘の機関銃パーツは、弾薬エネルギーを一発一発ではほとんど消費しないほどの微量で弾として撃ちだす。そのため威力は微々たるものだが連射性が非常に高い。地上で使われる火薬・爆薬のたぐいは効果がほとんどない深海棲艦に対して、艦娘の艤装で使われる弾薬エネルギーは深海棲艦の撃ちだす体液を確実に打ち消したり表面を焦がしたり抉り取って傷をつけられるようになっている。ただし機銃と主砲・副砲パーツではエネルギーの変換効率が異なるため、機銃で同じエネルギー量を費やしたとしても主砲・副砲と同等の累積的なダメージを負わすほどの威力は期待できない。そのため牽制用に広範囲に向けて撃つ使い方がもっぱらだが、本来の目的では軍艦や護衛艦の機銃よろしく対空兵装である。エネルギー量が微量なため実弾換算した際の重量が非常に軽く、高空に向けても本物の機銃に近い有効射程距離を叩き出すことができる。

 もともと深海棲艦の出現後に初期の艦娘が使っていた艤装には存在しなかったパーツである。超遠距離から体液を撃ちだして襲いかかる攻撃をしたり、空飛ぶ鳥や虫を使役する個体が現れたため、必要に迫られて後から実装されたのが対空兵装である。一撃が強力な主砲パーツや副砲パーツは連射ができず、質量が重いエネルギー弾となる仕様のため対空攻撃しにくく水面や水上にいる敵目的にしか使えない。連射性が高い機銃パーツは威力こそ低いが、弾幕を張るというオリジナルに近い使い方や質量が軽いエネルギー弾になるため高空まで届く。そして攻撃よりも防御や支援目的に使えるという作用のため、艦娘にとっては電磁バリアよりもはっきり意図して使えるバリアとして重宝するパーツとなる。
 しかし川内たちが立ち向かっている訓練に際しては防御としてよりも、攻撃目的で使われている。

 川内が機銃から撃ちだしたエネルギー弾は水平に弾幕を張って那珂の偵察機に襲いかかる。続いて神通の機銃による銃撃も川内のより低い高さで弾幕を張って襲いかかる。その2つの波を那珂の偵察機は速度を急激に速め高度を下げてかわした。プールの水面スレスレを飛んで五十鈴と川内の間を通りぬけてプールから工廠前の湾へと飛び出た偵察機は再び速度と高度を上げて左へ旋回し、反時計回りにプールの上空に飛び込んだ。
 ひたすら左手に旋回し続けて威嚇のため近づく標的は川内である。

「うっ、まっすぐこっち!!機銃間に合わない!?」
 方向転換して構えて撃つまでの時間がとても足りない。そう気づいた川内は射撃を諦め、上半身を爪先の方向に戻して右手の方向へとダッシュした。那珂の偵察機をギリギリでかわした川内はそのまま右手側に進み、今度は左に大きく反時計回りに旋回しつつ左腕を目の位置まで高く構える。当然偵察機はとうに過ぎ去っており、その向かう先は川内ではない。
 事前の説明でエネルギーをほとんど消費しないと聞いていた川内は、弾薬エネルギーの残量なぞもう頭の片隅にすらなくひたすら思う存分4基の機銃パーツから連射しまくる。が、川内の機銃の弾幕は那珂の偵察機にとって障害物には成り得ない。

 川内の付近を通り過ぎた偵察機は反転するかのように急旋回し、そのまま左手側に飛び続けて市街地側に出た。ひたすら左に旋回して飛び続ける。そうして再びプールないし工廠の敷地上空に入り、新たな標的を見つけた。
 神通である。
 神通は当初の立ち位置よりわずかに前進したが、立つ向きを変えていなかったため上半身の振り向きだけではすでに偵察機を視界に収めることができない。そのため偵察機の位置を知らせたのは五十鈴だ。
「神通!左右どちらかに避けなさい!!」
 五十鈴の声を受けてようやく神通は正面を向き、身体を右に傾けながらゆっくりと移動し始めた。その刹那、川内が叫ぶ。

「神通しゃがんで!五十鈴さん間近ゴメン!」
 川内の声がその場に響いた直後、機銃による掃射が五十鈴の真横1m右を越え、身をかがめた神通の上を抜け、まっすぐ飛んできていた偵察機に襲いかかる。


ガガガガガッ
バーン!!


「きゃっ!!」
 川内の遠く後ろで悲鳴が聞こえ、バシャーンと何かが水に浸かる音が響いた。一方の偵察機は煙を上げてプールの水面に着水する。偵察機の撃破を確認した川内は左腕をおろして右手でわざとらしく額の汗を拭う仕草をした。

「ふぅ。撃墜撃ts
「ふぅ……っじゃないわよ!!川内あんたね!今私たち電磁バリアつけてないのよ!人が間近にいるのに撃ったらダメじゃないの!!」
「うわっ!だから先に謝ったじゃないっすか!」
「あんた……那珂に少し似てるわ。先輩に影響されてきてない……?」
 五十鈴が川内に詰め寄って文句を言っていると、二人に近づいてきた神通がそうっとある一点を指差した。
「あの……那珂さん、しゃがんだまま立ち上がらないんですけれど……。」
「「えっ?」」


--

 神通が指差す先には、水面に尻もちついた那珂がようやく身を起こして水上でしゃがんでいる姿があった。その様子が普段の彼女とは異なると察した五十鈴は真っ先に水上を駆け抜けて近寄り声をかけた。
 その光景を川内と神通が後ろから心配げに覗いている。
「ちょっと那珂!大丈夫!?」
 那珂は肩で息をして呼吸を荒げていたが、ほどなくして声をようやくひねり出した。
「う、うん。びっくりしただけだからもう大丈夫。」
「どうしたというの?」
「偵察機が撃墜されるって……想像以上に衝撃があるなって。」
「確か、偵察機の視界が自分のと重なって見えるのよね?」
「うん。やる前からなんとなく想像はしていたんだけれど、いざ目のあたりにするとちょっと……ううん。かなり心臓に悪いかなぁって。実際に艦載機に意識集中してるときに攻撃受けたらこうなるんだって身に染みてわかったよ……。」
 普段の軽さはまったく見せることなくショックを隠せないでいる那珂。その態度と言葉からさすがの五十鈴もその本気度をうかがい知ることができた。
 ゆっくりと立ち上がる那珂。そんな先輩を心配そうに見つめる川内と神通。二人に対して那珂は声をかけた。
「ちょっち心配させてゴメンね二人とも。あたしも操作している艦載機を撃墜されたのは初めてだったから驚いちゃったの。」
「ちなみにどんな感じでした?」
 川内が興味津々に乗り出す。
「まぁなんというかね~、ゲームしてて突然爆発したような画面になって、原色だけの空間に取り残される、そんな感じ。てかそのまんまだけど。けっこーびびるよ。」
 そう那珂が語るゲームとは、この時代では当たり前の技術で大昔はVRと呼ばれていた技術を使ったゲームのことだった。
「まーたえらく古いタイプのゲームを喩えに出したわね……。」と五十鈴。
「那珂さんの様子見てたらなんとなくわかります。てか……那珂さんでそういう反応するなら、神通はどうなっちゃうんだろ?」
 そう言いながら川内は後ろにいた神通の方を振り向く。釣られて那珂と五十鈴も神通に視線を向けた。3人から注目されて頬を赤らめる神通はどう返事をするか迷ったがひとまず決意を口にした。
「だ、大丈夫です。なんとかやってみせます。」
「もう一度注意しておくけど、撃墜されたときに見える映像はかなりビビるからね。気をつけてね。」
 那珂が本気で心配する様子を見せると、神通は目をつぶってコクリと頷いた。


--

 那珂はまだふらふらしていたのでプールサイドで休むことにし、訓練の続きは五十鈴の合図で行うことになった。那珂は状態が回復したら途中参戦すると3人に伝え、プールの真ん中に戻っていく五十鈴たち三人の後ろ姿を見送った。
「それじゃあ次は神通、あなたが艦載機操作して私たちに襲いかかってちょうだい。」
「はい。」
「神通、遠慮はいらないよ。あっという間に撃ち落としてあげるから。」
 川内から言われた言葉にカチンときたのか、神通は初めて敵対心を見せ言葉で示した。
「……ぜ、絶対に撃ち落とされません。川内さんに当ててみせます。」
 そう決意する神通。しかし相手役の五十鈴としては川内が口にした心配、という言葉の真意を探ってみた結果、確かに神通のことが心配だった。先ほどの那珂のようになったら、彼女の場合ショックで気絶してしまうのではないかと。
「ほ、本気で当てたりしたらお互い驚くでしょうから、こうしましょう。川内と私は撃ち落としたら勝ち、神通は3分間私たちの射撃から逃げ切ったら勝ち。偵察機は攻撃能力ないんだから、体当たりはなしにしましょ。あと当たり前だけど遠く逃げ回るのはなしよ。」
 五十鈴の提案に川内と神通は頷く。そして神通はプールの水門寄りの端へ、五十鈴と川内は本館寄りの端に行ってスタートポジションについた。


 神通は深く深呼吸をし、機銃を全部はずして代わりに左腕に取り付けた発着艦レーンから偵察機を素早く空へと放った。神通の偵察機は左腕の発着艦レーンから離れた後、しばらくは直進して工廠前の湾の上空に突入した後、急速に右に旋回してプールの上空へと向かった。神通のコントロール下に入ったことが伺えた。そのまま進むと五十鈴と川内の上へは彼女らの右手側から迫ることになる。


「来たわ。川内、行くわよ!」
「はい!」


 五十鈴は左手側、11時の方向へと前進し始めた。五十鈴の左数m隣にいた川内は左手側8時の方向へ向けて急速に旋回して移動する。それぞれ別の方向へと移動して神通の偵察機をかわす。
 偵察機はもともと五十鈴と川内のいた場所をまっすぐ低空飛行で横切り、そのまま右へ旋回してに1時の方向に時計回りに大きく弧を描く。そのまま旋回し続けると自身に当たるかも。五十鈴は容易に想像できた。偵察機のほうが速度があり、五十鈴の左手上空から迫ってきた。
五十鈴は右手に持っていたライフルパーツを構えた。取り付けていた機銃パーツの砲身を高くして撃ちだす準備する目的だ。五十鈴の艤装では本来は腰回りにある魚雷発射管に付属する天板に機銃パーツを取り付ける専用スペースがあるのだが、そこ以外にも機銃パーツを取り付ける端子が存在する。それがライフルパーツである。ライフルパーツにある端子は主砲パーツの他、機銃パーツにも互換性がある。今日の五十鈴は訓練開始前にライフルパーツに取り付けていた主砲パーツを外して三連装機銃パーツをつけていた。五十鈴の常識に沿うと、ライフルパーツに取り付けたほうが偵察機を狙いやすかった。
 正面に見えてきた偵察機めがけて五十鈴はライフルパーツのトリガーを引いて機銃で掃射し始めた。


バババババ


 しかし神通の偵察機は五十鈴の機銃掃射を螺旋状に上下左右蛇行しながらギリギリでかわすという芸当を見せ、五十鈴の左2~3mを過ぎていく。その先に待ち構えるのは川内だ。
「な、なんか神通の偵察機、那珂さんのより動き良くないぃ……!? ていっ!!」


バババババ


 自身の正面に迫り来る神通の偵察機を左腕の機銃4基で迎え撃つ川内。縦に移動されることを見越して左腕を縦一文字にして上から下までの4基で機銃掃射で範囲攻撃するも、川内の動きは予想されていたのか神通の偵察機は縦の弾幕を10時の方向に避け、次は左に旋回し続けて大きく川内の背後を回る。掃射をかわされた川内は上半身だけで一旦偵察機を確認した後、下半身が逆方向を無いたままであるためそのままでは左腕の機銃で狙えないために小刻みに直進移動と左旋回を繰り返した。そのうち水上移動が面倒くさくなった川内は足を上げて水上歩行で強制的に方向転換をした。

「うわっあぶな!!」
 川内が移動と方向転換をし終わった間近を神通の偵察機がすれすれと通り過ぎる。慌てた川内は後ろへ飛びのけて回避するとその拍子に水面に尻もちをついてしまった。濡らしたおしりをサッと拭って素早く立ち上がった川内は偵察機を探す。
 偵察機はプールの端でじっと立っている神通のまわりをクルクルまわり、何周かしたのち湾の先の川と水門へと向かう。そして急旋回して湾の上空に入ってきた。

「くっ、神通ってば本当に操作慣れてるわね。あの娘らしからぬ巧みな動きだわ。ハンドルを握ると性格変わるタイプなのかしら?」
「なーんかあたしたちバカにされてませんかねぇ!?むかつくー!絶対撃ち落としてやる。」
 五十鈴も川内も神通の操作テクニックに圧倒されながらも鼻息荒く意気込む。

 時間にしてまもなく2分を切ろうというところだった。その時、川内たちの後ろから声が聞こえてパシャっと水面で跳ねる音が聞こえた。
「よっし。あたしもふっかーつ!」
「やったぁ!那珂さん待ってました!」
「主役は遅れてくるものだからねぇ~。さーて、二人とも。あとちょっとしかないから速攻でやろう!」
 那珂の声が聞こえた川内と五十鈴は後ろを振り向いて返事をした。
「はい!」「えぇ。」


--


 那珂は川内にこう告げて側を抜き去る。
「プールの中央まで移動して。そしてあたしが合図したら構えて全基で一斉射撃して。」
「えっ?は、はい。」
 那珂は返事を聞かずに川内から離れる。
 次に那珂は五十鈴の側を通り過ぎる際、彼女にこう告げた。
「プールの中央上空までおびき寄せて。あたしは神通ちゃんに……をして動きを止めるからそこを川内ちゃんと一緒に狙って撃墜してね。」
「え!? ちょ! ……するってあんた!?」
 那珂は五十鈴の返事も聞かずに抜き去ってプールを神通のいる位置に向かって突き進む。湾にチラッと視線を向けると、偵察機は湾の上を8の字を描いている。
「五十鈴ちゃん、お願い!」
 那珂の叫びに五十鈴は素早く反応し、右手に持っていたライフルパーツをスッと伸ばした。狙いは偵察機自身ではない。


バババババ


 神通の偵察機はそれを巧みにかわし、那珂と五十鈴の思惑どおりの動きをし始める。湾の海面すれすれを飛んだ後急上昇してプールに入ってきた。五十鈴と川内の視線は偵察機をずっと捉えている。
 その時、神通の笑い声が響いた。

「きゃ……きゃははははは!!! や、やめ!やめてくださーーい!!」
「えっ!?な……那珂さんなにやってるんすか!!」
「え…えげつないことするわね。」
 神通は両脇をキュッと締め、脇に伸ばされていた那珂の手を止めようとして悶える。五十鈴と川内は偵察機から神通本人へと視線を向けると、そこにはなんと、神通の背後で彼女の脇や腰をくすぐっている那珂の姿があった。

 那珂は神通が艦載機を操作する際に目を瞑ることがあるのを覚えていた。川内と五十鈴に指示を出して偵察機の心配をしなくなった那珂は観察力のすべてを神通に向ける。
 ビンゴだ。
 那珂は偵察機から見つからないよう姿勢を限界まで低くして素早く神通の背後に回り込み、彼女の無防備な脇に狙いを定めた。
 那珂がくすぐったことにより神通の意識は自身の身体にほとんど向けられ、偵察機は一瞬コントロールを失い、せっかく上昇した高度を再び低くして急速に落ちていく。しかし着水をまぬがれ水面ギリギリを低空飛行する。
 仰天する二人をよそに那珂の声が響いた。
「一斉掃射!!」
 那珂の甲高い合図にハッと気づいた川内はすぐに左腕を縦に構えて機銃全基発射した。続いて五十鈴もほぼ正面に落ちてきていた偵察機めがけてライフルパーツを構えて引き金を引く。


バババババ
ガガガガガッ

ボン!!


 真横数列と背後からの正確に狙われた銃撃により、神通の偵察機はあっけなく煙を巻き上げて墜落し、プールの水面に着水する。破壊を確認した那珂は神通から手を離して左へ数歩歩いてから素早く神通からスィ~っと移動して離れて神通の正面近くに回り、彼女と対面した。
 くすぐりから開放され、脇を閉め肩を上下させて呼吸を整えてホッとする神通。俯いていた頭をスッと上げて那珂の方をキッと睨む。その目には笑い泣きの涙がうっすら浮かび頬がやや赤らんでいた。
「な……那珂さん!くすぐるの……反則です……!」
「あ、アハハハ……ゴメンね。でも操縦者を狙わないとはあたしも五十鈴ちゃんも決めてないからさ、こういうのも訓練の一環ということで。ね?」
「うーー……」頬を膨らませて不満気に怒り顔を見せる神通。
「そ、それにさ。あたしがくすぐったおかげで撃墜された時のショックを感じずに済んだでしょ?」
「それは……」
 訓練と言われてしまうと言い返せない神通は顔を真赤にして先輩の言葉を飲み込むしかなかった。その表情には不完全燃焼ですいうと明らかな不満の色を覗かせていた。


--

 その後那珂と神通は偵察機を交代で操作し、那珂は2回、神通は1回偵察機を破壊されて午前の訓練を終えた。訓練を終えて工廠に戻りその結果を明石に報告すると、那珂たちは苦笑いを返される。

「アハハ……コストは気にしないでとは確かに言いましたけど、まさか5機も壊されるとは思いませんでしたよ。」
「やっぱ高かったんですか?」
「いえいえ。那珂ちゃんたちが気にする必要はないんですよ。ただ大人的には訓練用にいくら破壊されてもいいような機材に変えるべきなのかなぁって思って。」
 明石の心配をよそにその言葉を単なる提案と捉えた川内。
「おぉ、それいいですね!的みたいに粉々に壊しても元通りにくっつけられるならやりがいある訓練になりそう!」
「そうだね。形を深海棲艦っぽく作ればリアルな訓練できそー。」
 那珂も川内の発言に乗る。そんな二人を見ていた明石はため息一つついて聞こえないくらいの独り言で愚痴るのだった。

 艤装を仕舞ってもらい、那珂たちは昼休憩のため本館へと戻っていった。なお、この日那珂たちは自分たち以外は明石しか艦娘に会っていなかった。提督が普通に出勤してきているためにいると思われた秘書艦の五月雨も、昼休憩を挟んで午後そして午後の訓練が終わった夕方に突入してもその姿を現すことはなかった。

バリア・防御・回避

バリア・防御・回避

 翌日、いつも通り那珂と五十鈴そして神通の3人がまず出勤し、川内が遅れてくるという流れが展開された。那珂と五十鈴は朝来てから提督に挨拶すべく執務室に行くと、この日は朝から五月雨がおり、自分たちが普段見る光景がそこにあった。

「おっはよ~二人とも。」
「おはようございます。提督、五月雨。」
 那珂と五十鈴が声をかけ、神通がペコリとお辞儀をする。
「あぁおはよう。」
「おはようございます!今日も訓練ですよね?頑張ってくださいね!」
 ニコっと微笑んで挨拶を返す提督と元気よくおっとりした口調で挨拶を返してきた五月雨。それだけで那珂は満足だった。
 那珂が世間話代わりに昨日の様子を語ったり二人のことを尋ねると、提督と五月雨もそれぞれの事情を語り返してきた。
「そっかぁ。五月雨ちゃんは昨日は防衛省にお使いに行ってたんだぁ。」
「今度の艦娘採用試験の準備の報告をするためにです。提督の代わりに行ってきました!」
 冗談交じりに敬礼のポーズを交えてハキッと説明する五月雨。

「へぇ~五月雨ちゃんってば、国に対しても秘書艦の仕事しっかりアピールしてるんだ。すげぇ~。」
「エヘヘ。私なんかまだまだですよ。回りの人大人ばっかでドキドキしてほとんどしゃべれなかったですもん。」
 五月雨のどこか頼りなさげだが健気で必死にアピールする説明を聞き、那珂は素直な感想を口にする。それに対して五月雨は照れ混じりに当時の心境を明かした。
 その後提督が一言補足した。
「まぁ大本営…防衛省のほうには大淀っていう日本全国のすべての艦娘を束ねる最高位の艦娘がいて、彼女たちがフォローしてくれてるからね。俺としては五月雨が仮にドジ踏んでも安心して任せて行かせることができるんだ。結果として中学生にとってはいい経験になってると思うんだが、どうかな五月雨?」
「エヘヘ……はい!」
「なんかその言い方だと五月雨ちゃんよりも大淀っていう艦娘に安心して任せられるって思えちゃうね~。」
 提督と五月雨がまるで親子か歳の離れた兄妹のような雰囲気を醸し出している。その様子を那珂と五十鈴は微笑ましく眺めたが、那珂は細かい所で突っ込むのを忘れない。そのツッコミに提督らは苦笑いするしかなかった。


「ところで、川内と神通の訓練はどうだい?そろそろ2週間経つけど、そろそろ全体の進捗を一旦まとめてくれると助かるな。五十鈴もチェックしてくれているだろうし内容は心配してないけど、あの二人がどれくらい成長したのか気になるんだ。」
 提督が気を取り直してそう質問すると、那珂は笑顔で言葉を返した。
「うん。それじゃ今日の訓練が終わったら報告するね。今日提督は遅くまでいる?」
「あぁ。」
「それじゃあその時に。あの二人、けっこー良い感じに仕上がってますぜ、旦那ぁ~。」
「ハハッ。それは楽しみだ。期待してるぞ?」
 那珂がふざけた口調で返すと提督はその軽口に乗ってニッコリとして期待を返すのだった。


--

 その後4人は工廠に行き、入り口付近のスペースで訓練を確認し合った。
「それじゃあ今日は単体の内容としては最後の訓練。電磁バリアの使い方と防御と回避。それと合わせて実弾を初めて使うよ。」
「ついに本物の砲撃や雷撃ができるってことなんですね。うお~燃えます!」
 普段の軽い様子で反応した川内だったが、それを五十鈴に咎められた。
「川内、真剣に取り組んで。バリアで防げるとはいえ、当たる位置や距離・数によっては防ぎきれないことがあるのよ。深海棲艦用の実弾とはいえ人間に当たっても普通に怪我をするわ。それと今日は砲撃がメインじゃなくて、あくまでバリアや回避を練習してもらうんだからね。」
「そーそー。五十鈴ちゃんの言うとおり。まぁ怪我しても近くに海浜病院があるからすぐに診てもらえるけどね。」
「あんたね……そういう問題じゃないでしょ。先輩なんだからもうちょっと言い方ってものを……。」
「はーいはい。わかってますって。それじゃあここからはみんな真面目にやりましょ。明石さんから実弾の説明も聞かなくちゃいけないしね。」
 五十鈴にツッコまれた那珂はややぶっきらぼうに返す。そして気を取り直した那珂の号令で3人は気を引き締めた表情をし、那珂に従って工廠内に入っていった。

 工廠の事務室内にいた明石にこの日の訓練の内容を伝え、協力を求める那珂。明石は快く承諾して那珂に付いていって川内たちの前に姿を現した。
「そうですか。そろそろ訓練も終盤ですしね。それではみなさんの艤装に本番用の弾薬エネルギーを注入しておきます。それからこういったものを制服や艤装に取り付けてもらいます。那珂ちゃんと五十鈴ちゃんはもう十分知ってますよね?」
 そう言って明石が那珂たちに示したのは1片3cmの正方形で裏側はピンブローチ状になっている基盤だった。
「はーい。電磁バリアの受発信機ですよね。」と那珂。
「これが、コアユニットからの信号を受信してバリアを出すんですよね。」と五十鈴。
「はい。二人とも正解です。この基盤は艦娘にとって非常に大事なパーツです。深海棲艦が放つ飛来物全般を有効範囲に入った瞬間にかき消します。このパーツ1機から100~150cm先に直径40cmほどの見えない壁を作り出すそんなイメージです。」
「壁ですか?」と反芻する川内。
「えぇ。といっても本当の壁ではないですよ。レーザーパルスによって電気的に弾や深海棲艦の体液を爆破したりかき消したりする様子がまるで壁のようなものという意味で電磁バリアとなっています。海外の艦娘界隈では単にシールドと呼ばれてますけど。」
「あー!漫画やアニメでよく出てくるバリアってことですよね?あんな感じでなんでも防いだりタックルしてバリアで攻撃したり!?」
 明石からざっと説明を聞いた川内は鼻息荒くし自身の趣味で得た知識を口にして詰め寄る。それを両手でなだめつつ明石は訂正のため補足した。
「昔から漫画やアニメ・ゲームでは高機能な電磁バリアが使われてましたし、60~70年ほど前の某航空会社の特許レベルの発明により、軍事技術としての電磁バリアはその後飛躍的に進化してフィクション物のバリアに近づきましたけどね。それでもフィクションのバリアのような効果を期待しないでくださいね。私たち艦娘の電磁バリアは、地上の戦闘で使われる対兵器向けの電磁バリアと違って、未だ生体や攻撃能力の全貌が明かされていない対深海棲艦に特化させている最中の、世界最先端を行くバリバリ最新のバリア技術です。だから今は防げても新手の深海棲艦が現れてまったく未知の攻撃をしてきたら、バリアが効かない可能性は十分にあるんです。」
「それでは……気休めということも?」と神通。
「言葉悪く言ってしまうとそうですね。だから中・遠距離から攻撃して先に撃破を目指したり艤装特有の小回りの効く移動能力で回避することと合わせて身を守る必要があるんです。ですから那珂ちゃんも多分言ってると思いますけど、細かい立ち振舞いをしっかりとね。それから、これはもっとも気をつけるべき注意点です。」
「そ、それって!?」
 川内が大げさに驚く仕草をする。川内に釣られて神通はゴクリと唾を飲み込んで聴く姿勢に入る。

「バリアと受発信機は水に弱いんです。一瞬水が触れる程度であればすぐにバリアは再生するので問題ないんですけど、雨天時などの継続して濡れる場合は、バリアは実質消滅します。それから受発信機のバリアを発生させる口はその構造上常にむき出しであるため、濡れるとショートして人体はもちろん、コアユニットにも悪影響を与えて危険が及ぶ可能性があるんです。だから継続して濡れるシーンをコアユニットが検知すると、ショートして不意な事故を防ぐために通電をストップさせます。結果としてバリアが消滅した後、本当にバリアは使えなくなります。」
「そ、そんな弱点が……それじゃあ戦いって晴天の時じゃないとできないじゃないですか!!」
「まぁ戦況によりけりです。那珂ちゃんたちは以前の合同任務で身を持って体験しましたよね?」
 明石から確認された那珂と五十鈴は頷いて答えた。
「はい。まーいい経験でしたよ。」
「えぇ。ああいう戦いは貴重でした。」
「ということですので、おふたりとも今後の出撃時では天候にも注意を払ってくださいね。それでは私は先に準備してきちゃいますので、受発信機の取り付け位置は那珂ちゃんに聞いてください。」
「「はい。」」
 明石の説明に川内と神通はコクリと頷いた。そう言って明石は右手をプラプラと掲げて一足先にと艤装の準備をしに行った。明石から暗に引き継ぎを受けた那珂はその後明石が運びだしてきた艤装のうちの受発信機を手本として自身の制服や艤装に取り付ける。取り付け見本と説明を見聞きして川内と神通は見よう見まねで取り付け始める。取り付け終わって那珂はポソリと一言言った。
「まぁ今取り付けた位置って、あたしが勝手に考えて付けた場所なんだけどね。」
「えっ!?それ早く言ってくださいよ!!」
「……それじゃあ本当はどこに?」
 那珂が後から明かすと川内はすかさずツッコミを入れる。
「あれぇ、二人とも艤装装着者概要見たんじゃないの?川内型は取り付け位置自由なんだよ。あの教科書で取り付け位置説明していたのはあくまでも見本だし、自分の動きやすい位置に取り付けることってちゃんと書いてあるんだけど。」
 那珂のあっさりとした説明に川内は訝しげな表情を浮かべて返事を、一方の神通はわかってましたと言わんばかりの頷きをして那珂に返事をし、二人は那珂から教わった通りの取り付け位置のままにしておくことにした。
 そして各自の準備が終わり、那珂は号令をかけた。
「それじゃー今日は本物の弾薬エネルギー使って砲撃するから、施設が壊れないようにまた海に行くよ。」
「「はい。」」

 そして那珂は念のためということで的を1つ持ち、川内たちを引き連れ海へと出た。


--

 堤防前にたどり着いた那珂は川内たちの方を向いて説明を始めた。
「いきなり実弾使ってバリアを確認するのも怖いだろーし、二人は的の攻撃を受けて確認してもらいます。っとその前にあたしと五十鈴ちゃんによるデモを行います。あたしたちをよーく見ておいてね。」
 那珂の軽い言い方だが内容に重みのある言葉を受けて川内と神通はゴクリと唾を飲み込んで頷く。那珂は五十鈴に合図を送ったあと堤防から離れた。五十鈴の後ろにいる川内たちから見て25mほどの距離である。那珂は立ち止まったあと叫んだ。
「ホントは60m前後が最適な距離なんだけど、今回はバリアの効果を見せたいから、気持ち距離を縮めたよ!五十鈴ちゃーん、狙えそう?」
「えぇ!問題ないわ!」
 五十鈴の返事に那珂は言葉なくOKサインを指で作って示した後、両腕を広げて大の字になってその場に立った。五十鈴はその構えを見届けてから右手に持ったライフルパーツを前方に構える。引き金を引く前にちらりと背後を向いて川内と神通に声をかけた。
「二人とも、私の傍に来なさい。バリアは弾くと火花が散ったような見え方しかしないから。離れてるとわかりづらいわよ。」
「えー、アニメみたいに半透明な障壁が出るわけじゃないんですね……。」
 川内はやや残念そうな口調で言って五十鈴のそばに近づいて並んだ。神通も同じように進んで五十鈴の右隣に立つ。
 そして五十鈴は照準合わせのため集中した後、那珂めがけて砲撃した。

ドゥ!

バチッ!

 五十鈴がライフルパーツの単装砲から撃ち出すと、那珂の右胸のあたりで火花が散った。普通の人間よりも動体視力が良くなっていた川内たちは弾かれたと思われる五十鈴の弾が川内たちから見て左上に流れていったのを確認した。

「す、すごい!!なんか那珂さんの正面で弾が火花散らしてどっか飛んでいった!今のがバリアなんですか!?」
「えぇ。」
 五十鈴がそう返すと川内と神通は呆けた様子で那珂のほうを見返した。ほどなくして那珂がスピードをあげて五十鈴の前に戻ってくる。
「どおだった?ちゃんと弾かれてあたしは無傷だってことわかったでしょ?」
「す、すごいですよ艦娘って!普通に最強の戦士じゃないですか!?地上でも戦えちゃうんじゃ!」
 興奮気味に川内は那珂や五十鈴に迫り寄る。
「それは無理よ。明石さんも言ってたでしょ。普通の銃撃や爆撃に対抗できるわけじゃないって。」
 五十鈴が素早く突っ込むと川内はおどけて返した。
「いやぁ、わかってますけど、どうしてもそう見えちゃいませんか?」
「アハハ、気持ちはわかるよ。こんなスーパーパワーとバリアを体験したら気持ち高ぶっちゃうよねぇ。川内ちゃんならある意味憧れでしょ?漫画やアニメみたいなヒロインって。」
 那珂がそう言うと川内は何度も頷いて那珂の例えを肯定する。
「はい!そりゃあもう!あたしも早く弾いてみたい!ねぇねぇ那珂さん!次あたしたちにやらせてよ!」
「まぁまぁ。次はあたしが五十鈴ちゃんを撃つ番だから、それを見てからね?」
 せがむ川内をなだめて那珂は五十鈴の近くに寄り、肩を叩いて合図をした。

 そして那珂と五十鈴はバリアのデモのため再び二人で構える準備をし始めた。
「それじゃー今度はあたしが五十鈴ちゃんを撃つ番だけど、だいじょーぶかな?」
「えぇ。どんどん来なさいな。」
 五十鈴が胸を軽く叩いて弾ませて自信満々に言うと、那珂は提案する。
「じゃあね~、バリアの効果をもっとはっきり見せたいからさぁ、連続して撃ちこんでいい?」
「え? えぇ……別にいいけど、桁外れの連続砲撃なんてしないでよ?それだけはお願いよ?」
「はいはいわかってますって。那珂ちゃんその約束は守りまーす。"砲撃"はしませーん。だから五十鈴ちゃんはさっさと定位置についてよね。」
 那珂の軽い返事のイントネーションに一抹の不安を残しつつも、五十鈴は先程那珂が立っていた約25mの位置に移動した。


--

「それじゃー!五十鈴ちゃーん。胸から腰にかけて連続で狙うよー!覚悟はいーい?」
 五十鈴が25m位置に着いたのを確認した那珂は単装砲と連装砲、そして機銃を装着していない右腕を挙げて合図をした。五十鈴は言葉なく左手でOKサインを掲げて合図をし返す。それを受けて那珂は左腕を正面に横一文字で構え、そして掛け声とともに撃ち始めた。
「そりゃ!!」

ガガガガガガガッ


 那珂の左腕から放たれたのは単装砲でも連装砲でもなく、連射性の非常に高い機銃パーツだった。那珂が4番目の端子に装着した連装機銃からの高速な射撃が五十鈴の胸元を襲う。
 撃たれた五十鈴は単装砲か連装砲による連続砲撃が来ると思っていたため、想像だにしなかった弾幕に思わず少しのけぞって驚きを表す。

「ちょっ!!」
 しかし五十鈴の驚きは3~4秒で収まり、姿勢をまっすぐに戻す。そんな五十鈴を左腕の機銃で5秒ほど撃ち続ける那珂。機銃から放たれたエネルギー弾は実弾換算してゆうに100発を超え、五十鈴の胸の前100cmでバチバチと弾かれて四方八方に散らばっている。やがて那珂は左手の親指をトリガースイッチから離して機銃掃射を止めた。

「とまあこんな感じで、連続の射撃だって弾きます。」
 那珂は後ろを振り向いて川内たちに右掌で五十鈴を指し示した。川内と神通はつい先刻那珂が五十鈴の砲撃を弾いたのを見ていたにも関わらず、今回五十鈴が弾いた様に呆気にとられていた。
「な、なんか……激しすぎてまさにバリア様様って感じですね。」
「あの……五十鈴さん、本当に無事なんでしょうか?」
 まだ五十鈴が那珂の側に戻ってきていないがゆえに心配をする神通。那珂はその回答に含んだニコニコとした笑顔になって返す。
「ん~。ぜ~んぜん問題なし。多分分かりやすいリアクションしてくるから無事ってわかるよ。」

 ほどなくして3人の側まで戻ってきた五十鈴は那珂に詰め寄って期待通りの反応をした。
「ちょっとあんたね!機銃で撃つなんて聞いてないわよ!!」
 五十鈴の抗議に那珂は手を後頭部で組んで至って平静に、そして白々しい口調で返す。
「え~?あたし主砲で砲撃するとか言った覚えないんだけど~?」
「くっ。あんたのことだから主砲パーツ全部使って連射するのかと勘ぐっちゃったじゃないのよ!」
「五十鈴ちゃんの勝手な想像で怒らないでほし~な~。それにホラ。」
「キャッ!」
 言い返しながら那珂は不意に五十鈴の太ももに顔と右手を近づけ、人差し指で絶対領域となる素肌の部分から制服のオーバーニーソックスの膝上までをツツッと撫でる。いきなりの那珂の行為に悲鳴をあげて五十鈴はバックステップして那珂から離れる。そんな反応を気にせず那珂はすかさず言った。

「仮にふとももに当たっても、五十鈴ちゃんの制服も特殊加工されてるだろーから機銃の弾くらいはびくともしないでsh
「あ、あんたねぇ!!なんの脈絡もなくそういうことするのやめなさいよ!女同士とはいえセクハラよ!!」
 那珂の突飛な行為に思わずビンタを食らわそうと左手を振りかぶる五十鈴。その様子に本気の色が伺えた那珂は素で焦って両手で制止の仕草をしながら弁解の言を何度も発する。
「ゴ、ゴメン!ごめん!同調した状態でのフルパワービンタはマジ勘弁して!那珂ちゃんの首の骨折れるどころか頭が吹っ飛ぶよぉ~!」
「あんたねぇ……二人の先輩でしょ?自分の学校の生徒会長でしょ?なんでそーいうこと平気でできるのよ! ほんっと信じらんないわ。」
 五十鈴も本気で那珂の頬を叩くつもりはないため、寸止めに近い状態で止め手を下ろす。ライフルパーツを片手にもう片方の手を腰に当てて俯いて五十鈴は深くため息を付いた。
「ア、アハハ……ゴメンってばぁ。訓練の日々に一つの清涼剤を…あ、マジゴメンなさい。デコピンも今のあたしたちにはマジな大ダメージですよね? そ、それにさ、一応制服の特殊加工ってのも一度は確認したいでしょ?それをそれとなーく表しただけでそれ以上の意味はないよ?」
 那珂は途中で額を抑えながらも必死に弁解して五十鈴に説明する。五十鈴は渋々納得の意を見せ、那珂の言葉を飲み込むことにした。
 二人の側に立っていた川内と神通は先輩の奇行を目の当たりにし、目を点にして呆然とするしか出来ないでいた。


--

「そ、それじゃーさ五十鈴ちゃん。お詫びを兼ねて、あたしのスカート辺りに砲撃して。ここの受発信機取り除いておくから。」
「……別にお詫びでなんていいわよ。」
 五十鈴の声の温度が2~3度は下がっているであろうと感じられたため、前置き含めて那珂は真面目モードに切り替える。
「じゃあ真面目な話、あたしたちの制服の特殊加工も確認させたいの。引き続き協力して?」
「はぁ……わかったわ。」
 五十鈴の承諾を得た那珂は視線と身体の向きを川内たちの方へ向きなおして再び言った。
「制服が支給される艦娘の制服はね、誤爆や誤射されて万が一バリアを突き抜けても平気なように、あたしたち自身の攻撃を完全に掻き消すことができます。それは艤装を開発した人たちが一から十までわかっているからこそなんだろーと思うけどね。」
「あの……深海棲艦の攻撃は……どうなのでしょうか?」
 神通から間髪入れずに質問を受けた那珂は素早く返す。
「うん。神通ちゃん良い質問です。さすがに深海棲艦の攻撃も全てが全て掻き消すということはできません。でもバリアほど強力じゃあないけど、多少の衝撃や火とか酸なら十分耐えられるくらいには守られます。制服のない艦娘はちょっとかわいそうだけど、そういう艦娘はバリアの受発信機を多めに取り付けるたりとか、多分それなりの考慮がされているはずです。あたしたちのように制服がある艦娘は、バリアと制服で2段階で守られていることになります。」
 那珂の真面目な説明に川内と神通はなるほどとコクコク頷く。
 そう言い終わるが早いか那珂はスカートの中に手を入れ、裏地に取り付けていたバリアの受発信機のピンを抜いて取り外す。証明のために那珂が手の平をパッと開くと、受発信機が1個転がっていた。
 五十鈴たちの反応を待つこと無く那珂は反転しながら五十鈴に声をかけて遠ざかっていく。
「それじゃー五十鈴ちゃん、スカートのここらへんに砲撃1回お願いね?あたしもビビるから機銃掃射はなしだよ?」
「わかったけど……ちょっとあんた、そんな短い距離でいいのー?」
「だってー、スカートにピンポイントに当ててもらいたいんだもーん!サクッと当てやすくサービスでーす!」
 五十鈴が十数m程度しか離れていない那珂に尋ねると、那珂は軽い調子で答える。その発言に一瞬自身の砲撃精度が疑われているのではと余計な疑問を持ったが、必要以上に気にする必要もないだろう。そう雰囲気が感じられたため、相槌の代わりにスッと構えてみせた。

「それじゃあやるけど……川内と神通。よく見てなさい。私たち艦娘の制服に直接当たるとどうなるかってことを。」
「「はい。」」
 川内と神通はゴクリと固唾を呑んで那珂を見守る。
 そして五十鈴はライフルパーツを構え、先刻と同じく単装砲で那珂の左太ももにあたるスカート部分めがけて砲撃した。

ドゥ!

パァン!!

「ぐっ……!」
那珂のスカートの左側のたわみに当たった単装砲のエネルギー弾は衣服の皺によってぐにゃりと一瞬変化した後、四散して消滅した。水面に向かったエネルギー弾の欠片が小さい水柱を上げる。当の本人には命中時の衝撃と僅かな熱が残り、太ももに伝わっていた。五十鈴、そして後輩二人の手前、よろこけて転ぶなどというみっともない姿を晒したくないところだが、思わず1歩左足が退る。その顔には苦々しい表情が浮かんでいた。
 右足も一歩後退させて体勢を戻した後、弾を弾いたスカート部分を両手でパタパタと叩いて整える。その様子を見ていた五十鈴や川内たちが遠巻きに声をかけた。

「那珂さぁーん!大丈夫ですかぁー!?」
「うん!ダイジョブじょぶ!」
 川内が先に声をかけると那珂は移動しながら返事をする。
 五十鈴たちに近くに戻ってきた那珂が弾が命中した部分のスカートを掴んでたくし上げてみせた。川内と神通は身をかがめてその部分に顔を近づけて凝視する。
「ホラ。こんな感じ。」
「へぇ~。なんとなく焦げっていうか汚れがあるけどそれ以外はなんもないや。」
「あの……衝撃があったように見えましたが?」
 見たままの状態に素直に感心する川内とは違い、神通は観察していて気づいた違和感を口にする。
「おぉ!神通ちゃんはさっすが。隠せないねぇ。そーなの、すっごく痛いってわけじゃないんだけど当たった時の衝撃は確かにあったよ。それからちょっと熱かった。けどやけどってほどまではいかなかったよ、ホラ。」
 そう言ってスカートをギリギリまでたくし上げて3人にふとももの素肌を見せて示した。その思い切りの良さに五十鈴と神通はドキリとする。まったく気にせずにいる川内だけが那珂の仕草に普通に応対してみせる。
「お~。確かになんともなってない。へぇ~!艦娘の制服って普通の服みたいなのにやっぱ最新技術を集めて作られてるんですね~すっごいわ。」

「こんな感じで、実弾が当たっても大体は防げます。ホントなら深海棲艦の攻撃受けて本当のホントのところを確かめたいところだけど……攻撃は最大の防御なりだし、なるべくなら攻撃受けないほうがいいしね。それじゃあ二人に実際に体験してもらおっか。」
「やったぁ!あたし最初でいいですか?」
 那珂が促すと手を上げて身を乗り出す川内。一方の神通は背を丸めて小さく縮こまっている。そんな二人を見て那珂はニンマリと微笑みかけて言った。
「それじゃー川内ちゃんが最初ね。神通ちゃんは川内ちゃんがやられるところしっかり見て覚悟しといてね。」
「うぇ!?……はい。」
 神通は攻撃を受け止めなければいけないというこれからの出来事に不安を隠せないでいる。それは那珂にもすぐに伝わった。しかし特に何とフォローの言葉を投げかけるわけでもなく、そのままプレッシャーとさせた。


--

 那珂は訓練開始直前に言ったとおり、川内と神通のために先日から使用している自律型の的を今回も使うことにした。的の動作モードは位置固定モードで、応戦オプションを設定した。そしてターゲットを決めるため、那珂は川内を的の近くに招き、撮影し認識させる。そして的を掴んで25mほど先に持って行き、おもむろに投げ放って川内たちの側に戻った。

「それじゃ川内ちゃん始めるよ。的は川内ちゃんめがけて訓練用の弾薬エネルギーの弾を撃ってくるから、それをバリアの受発信機を付けた正面で受け止める感じで色々体勢を変えてバリアで弾いてみてね。」
「はい。」

 川内は返事をした後、那珂の指示どおり8mほど進んだポイントで立ち止まり、やや足幅を広げて的の砲撃を受け止める体勢になる。心構えも万全だ。
「そいや!それじゃあどんとこい!」
 両腕を真横に伸ばした後叫んだ川内の掛け声は的に聞こえたわけではないが、タイミング良く川内の言葉の直後に砲撃が始まった。


ドゥ!


バァン!!


「うあっ!?」
 的から放たれた砲撃のエネルギー弾は川内の胸の前100cmの宙で弾かれて四散した。目の前で強制的に見せられた一瞬の火花に川内はのけぞって思わず驚いて変な声をあげる。一方で那珂たちと一緒にいた神通も、離れているにもかかわらずビクッと上半身を揺らして驚きの反応を示す。
「おぉ!本当にバリアってあるんだぁ!すっごーい。あたし最強だわ。えぇと、今胸元のバリアで弾いたから……例えばスカートの前とか肩の辺りのバリアでも防げるはずだよねぇ。」
 すぐに驚きを収めて川内は棒立ちから体勢を変えて的の砲撃を受け止め始める。肩を前にしたり、背面を向いて左側面の腰から尻にかけてのスカート部分など、各部のバリアで砲撃を受け止める。いずれもバリアによって的の全ての砲撃を目の前100cmあたりで弾いていた。

 最後に川内は受発信機をつけていない手の平で砲撃の弾を受けることにした。これまでの数回で的からの砲撃の角度や威力はほぼ把握していた。右掌を前に突き出し、身体は横を向く状態になる。

ドゥ!

バチッ!!

 的からの砲撃は川内の右掌で四散してすぐに消滅する。しかし手のひらに衝撃と熱がしっかり残る。しかし全く耐えられないというわけではない。そう感じた川内はふいに中学生の頃にやったことのある、飛んできた軟式ボールを素手で掴んで掌を思い切り擦りむいて怪我をしたことを思い出した。それに比べれば今はグローブ、それもただのグローブではないそれを身につけているために痛くはなく、痒みを感じる程度だ。
 砲撃の衝撃を右手に一身に受けたため、その衝撃が右手から上半身、そして両足と伝わって流れていく。よろけて海面に尻餅をついてうっかり溺れかけるがすぐに立ち上がって今の状態を思い返す。
「つぅ……。痛くはないけどびっくりして痛く感じるなぁ~。……でもできたできた。」
 川内は右手だけで弾を受けて弾いた自分の行為に、漫画に登場するヒーローの様を重ねる。最後に尻もちさえつかなければ完璧だと悔やむが、すぐに気持ちは切り替わり次の砲撃に備える。

「……今の川内のアレはなんなのかしら?」
と五十鈴が真っ先に開口して誰へともなしに尋ねる。
「多分ゲームか漫画のキャラっぽく受け止めたかったんだと思うよ。まぁいろんな部位で試そーとする発想はさすが川内ちゃんらしいや。」
 那珂は川内の行動力と発想力に感心を示すと五十鈴もコクリと頷いた。
 その後的の砲撃を十数発受け止めて弾いたりかき消した川内は満足し、那珂に中断を求める。
「いろいろ試してだいぶ感覚つかめたようだねぇ。」
「はい!あー楽しかった!本当の深海棲艦の攻撃もこうやって全て無効化できたらいいのにな~実際にやってみないとわからないってのがなんとももどかしいけど、まぁいいや。それじゃあ次は神通の番だよね?」
 川内は返事をして感想を述べ終わった後、神通に視線を向けて促した。促された神通は一瞬ビクッとこわばらせ、ゴクリとつばを飲み込んだあと、心構えを口にした。
「……や、やれるだけやってみます。」
「うんうん。それじゃターゲット設定するから一緒に来て。」

 那珂は手招きをして神通を一緒に的の側まで来させ、川内の時のように撮影してターゲット設定させて定位置に付かせた。川内の時とほぼ同じポイントに立った神通は両腕を胸の前でギュッとくっつけて身をこわばらせる。その表情には初めて攻撃を受けるということにいまだ覚悟が決まっていない、不安と恐怖が混ざっていた。


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 神通がひたすら身をこわばらせて背を丸めて縮こまっていると、的は動作が完全に軌道に乗ったのか、砲撃体勢に入った。遠巻きではその様子はなんとなく形が変わった程度にしか認識できない。神通が今か今かと不安で頭がクラクラしてきたところ、的の砲撃が始まった。

ズドッ!


バチッ

「ひぐっ!?」
 的は神通から15mほど前方ではあったが、砲撃音がしてから1秒経たないうちに神通の前で火花を散らして四散した。エネルギー弾の光がいくつかに分かれて自身の目の前で上空や海面に当って消える様を見て神通は未だ恐怖と不安に支配されていたが、確かに自分に当たらずに砲撃を防げた事実に、心の奥底に光が灯ったような不思議な安堵感を得た。
 そのまま身を縮込めていると、再び的の砲撃が行われた。2回、3回、4回と続けてバリアが弾を弾くのを目の当たりにし、神通はようやく姿勢をまっすぐに向ける覚悟ができた。いざ決心した神通は次の砲撃が来る前にゆっくりと、しかし動作のつなぎ目では機敏に身体を動かして正面を向く。今までは身をかがめてたがゆえに右肩付近のバリアで受け止めていたが、今度は真正面の胸元の受発信機から発せられるバリアで受け止めてみせる、そう神通は決めた。
 そして的の次の砲撃が来た。

ドゥ!

バチッ!


 胸の前方100cmあたりで弾が弾かれて散らばる。それはこれまで4~5回目の当たりにした光景だが、今回神通が真正面を向き顔をそむけずにはっきり見た光景である。とはいえ目の前で散った火花に驚いて上半身を仰け反らせるが、目だけは閉じずに見開いていた。
 そこで安心した神通は緊張の糸が途切れる。ホッと一息ついた直後、的の不意の砲撃に完全に不意を突かれた形となって後ろへ飛びのく。そのままの勢いで海面に尻餅をついてそのまま下半身を濡らしてしまった。
 立ち上がった神通は後ろにいた那珂のほうを向き、慌てて停止の意思を示す。那珂はそれを確認して目線だけでOKを出し、的に近づいていって動作を停止させた。


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「二人ともどうだったかな?」
 那珂が川内たちの前で腰に手を当てて笑顔で尋ねる。それを受けて二人は思い思いの返事をする。先に口を開いたのは川内だった。
「はい。最初はビビったけどもう慣れました。バリアってけっこー面白いですねぇ。早く実弾食らってみたいです。」
「わ……私は正面向くので精一杯でした。まだ怖いので実弾はちょっと……。」
「うんうん。それじゃあお望みどおりもうワンショット行ってみよっか。」
 その後那珂は二人に指示を与えた。川内は那珂と組んで実弾を撃ちあってバリアで弾く・制服で掻き消す確認を、まだ完全に恐怖心が消えていない神通には五十鈴が監督として付き、引き続き的の砲撃をバリアや制服で受けて確認することになった。


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 川内の度胸に那珂は目を見張るものを感じる。かなり早い段階で自身の砲撃・射撃を平然と、かつ様々な体勢で受け止めて確認している。その様をみて那珂は満足気に頷いて彼女の実弾訓練を締めることにした。
 対して神通はその後も数分間は的からの砲撃を受け止め続ける。2回、3回と的の砲撃が神通の正面を襲う。最初こそ神通はバリアが弾を弾く際にいちいちビクッとのけぞらせるが極力真っ直ぐな姿勢を心がけていた。その成果があったのか神通は次第にその通りの真っ直ぐな姿勢を維持できるようになっていく。
 その心意気を五十鈴が気づいて察するのは容易かった。五十鈴から見る神通は、鈍速ではあるが回を経るごとに着実に前回から上書き保存されて中身が膨れ上がり、成長を重ねているように見えた。
 これならば大丈夫だろう。そう捉えた五十鈴は一言かけた。
 五十鈴から合格の意の言葉をもらった神通はほっと胸をなでおろす。五十鈴が的の動作を停止させて戻ってくると、神通は次なる訓練を願い出た。
「あの……五十鈴さん。私も、実弾でバリアや制服を確認したいです。」

 その後神通と五十鈴はお互い真向かい14~15mほどに立ち合った。五十鈴はすでに実弾で那珂を撃っていたためライフルパーツの単装砲パーツは温まっている。対して神通はこの日初めて自身の主砲パーツ、そして艤装に注入された本番用の弾薬エネルギーを使うことになる。
 ならしが必要と判断した五十鈴は神通に指示した。
「先に撃っていいわよ。私のバリアはここやこのあたりにあるから適当に狙っていいわよ。遠慮しないで。」
 そう言って五十鈴が神通に示した部分は、ロンググローブやオーバーニーソックスの端に取り付けた受発信機で守られている。バリアが唯一存在せず、制服で守られている部分は前腕部だけだ。

 五十鈴のバリアの位置を確認した神通は指示に従い、砲撃し始めた。五十鈴は那珂や川内と同じように一切ピクリともせずに神通の砲撃を受け止め、バリアで弾く。途中で神通がわざと狙い定めた前腕部も、グローブの特殊加工の生地でもって腕をブンと振られた勢いで弾をかき消された。
 ひとしきり神通に撃たせた五十鈴は合図をして砲撃を止めさせ、説明を始めた。
「これから実際の戦闘で使われる本番用の弾薬エネルギー、いわゆる実弾であなたを撃つけど、心の準備は大丈夫かしら?」
「……はい。だ、大丈夫だと思います。」
 ややどもりはしたが神通はその意欲を伝える。五十鈴はそれを見てコクっと頷いて承諾した。
 神通のバリアの位置は那珂のそれを参考に受発信機を取り付けたため、ほとんど同一である。それを確認して五十鈴は神通の胸や肩、大腿部を狙う。
 神通はその決意はしてみたが本物のエネルギー弾という事実に姿勢の悪さをぶり返す。
「ちょっと神通。また姿勢が。もっとシャキッとして受け止めなさい。」
「で、でも……やっぱり怖い、です。」
 その言葉に五十鈴はため息を大きくついて肩をガクリと落とす。
「あのねぇ。水上移動の時もそうだけれど、姿勢良くして真正面から受け止めないと変な場所に当たって危ないのよ?」
「そ、それはわかります。わかってるんですけど……。」
「それじゃあ腕や足だけでいいから。少しずつ進めましょう。」
「はい。」
 五十鈴の言葉どおり、その後の神通の身体はグローブや足の艤装・主機に取り付けたバリアが反応して実弾を弾くという光景が数回続いた。さすがの神通も手や足の先であればもはや驚くことなく、平静を保つことができるようになる。
「ふぅ……。一通り撃ち込んだけど、ひとまずOKと言っておくわ。」
「わかりました。」

 そう返事をする神通の表情は、まゆをわずかにひそめて皺を作り口を強くつぐませている。
 このまま終わる気は毛頭ない神通は言おうかどうか迷っていた。自分に度胸が足りないばかりに先輩に手間と面倒をかけてしまう。どうせかけるならポジティブ方面にかけて評価をもらって終わりたい。

「あ、あの!」

 変わってみせる、その決意を思い出した神通は意を決した。今さっき五十鈴からもらった仮初の合格を取り消してもらい、実弾を用いた訓練の続きを願い出た。
「えぇ、わかったわ。」
 神通の依頼に五十鈴はキリッとした笑みを浮かべて快く承諾する。
 その後神通はまず腕や足の先、前腕やスネ、太もも、そしてスカート部分と繰り返し砲撃を受け止め、次第に身体の中心たる体幹にたどり着く。そしてようやく真正面、胸元のバリアや制服自体で砲撃のエネルギー弾を受け止めた。その感覚を忘れないよう数回さらに繰り返す。

「うん。今度こそ大丈夫そうね。まだ多少のけぞったりするけど……それっ。」

ドゥ!

パァン!

「……言いながら撃つの、やめて……いただけますか?」
「うふふ。ゴメンなさいね。こうして不意を突かれた時にしっかり対処できるように……ね?」
「(むー)」
 評価を口にしながら五十鈴が撃ってきた弾を右腕のロンググローブで受け止める。さすがに完全な不意打ちなので言われるそばからのけぞってしまう。しかしもはや必要以上に驚いて身をかがめて妙な体勢の防御になることはない。
 冷静に受け止めて弾くことはできたし、五十鈴の言い訳にも納得できたが、なんとなくスッキリしない。せめてもの抵抗で頬を膨らませて五十鈴に睨みをきかせる神通だった。
 神通はようやく五十鈴から完全な合格サインをもらうことができた。

--

「よ~っし!二人とも、午前はここまでにしよっか。」
「「はい。」」
 那珂が合図をすると二人とも返事をして近づいてきた。今までならばどうだったかなと尋ねていたところだが、今回は尋ねるつもりはなかった。もはやいちいち聞かなくても十分だろう。そう那珂は判断して、側まで来た二人にただ晴れやかな笑顔を向けるに留めた。

幕間:お昼時の艦娘たちと提督

「あれ~提督。どーしたの?待機室にいるなんて。」
 那珂たちが昼休憩のため本館へと戻ると、待機室には五月雨となぜか提督がいた。提督と五月雨は待機室にある冷蔵庫から何かを出したり棚から盆などの道具を出している。
「あぁ那珂たちか。ちょうどよかった。ちょっと五月雨に手伝ってやってほしいんだ。」
「ん?なになに?」
 那珂が聞き返すと、提督は焦った口調から落ち着いた口調に戻り那珂らに説明をし始める。
「大工さんたち作業してる人たちにお茶を出してきて欲しいんだ。」
「すみません。私一人だと持ちきれなくて。」申し訳無さそうにペコリと軽く頭を下げる五月雨。
「あーなるほどね。うんいいよ。あたし手伝うよ。」
「それじゃあ私も行くわ。」
 那珂と五十鈴は名乗りを挙げて協力する意思を真っ先に示した。先輩のその行為に焦りを感じた川内と神通も協力しようと言葉を出すが、3人で十分だとして提督からやんわりと断られた。

「……申し訳、ございません。すぐにお手伝いを申し上げられなくて。」
 飲み物を乗せた盆を持った那珂たち3人の後ろ姿を見送り、部屋から見えなくなった途端にペコリと頭を下げる神通。提督はそれを遮ろうと片手を眼前に出して振る。
「いやいや、気にしなくていい。二人が残ってくれて別の意味で助かるよ。二人とも、これまでの訓練はどうかな?監督役のあの二人に言えないことも少しくらいなら聞くぞ?」
「えー、提督ってばやっさしいなぁ~。でも告げ口みたいになっちゃうし下手なこと言えないね。」
「おいおい、川内は何か不満があるのか?お兄さんになんでも言ってご覧なさい?」
「え~、じゃあにいやんに言っちゃうよ、いいの?」
 川内は前かがみになり、やや目を細めてジト目で提督を見上げて言う。すると提督は冗談めかした口調で手招きも交えて川内に囁く。その年上の異性に懐かしさを覚えた川内は口を大きく開けて笑いながら語り始めた。

「それじゃあ遠慮なくぶちまけちゃお。聞いてよ聞いてよにいやん!あの時ね……」
 その内容は訓練中の自分の感じ方や不意な失敗の愚痴である。川内は口調軽やかに、かつての身内に話すように親愛の表現を交えてあけっぴろげに愚痴り続ける。
「でさぁ~~その時さぁ、その拍子に転んでお尻濡らしちゃったんだよぉ~~!」
「ハハっ、運動神経のいい川内でもそういう失敗するんだな。どれ、お兄さんに見せてみなさい~。」
「や~だ!にいやんのエッチ!」
「ハハ、冗談だy」
 提督と川内はじゃれあうように身振り手振りを交えながらまるで兄妹のようにおしゃべりをし続ける。間に入れない神通がそれをジーっと眺めていたのに二人が気づいたのは数十秒経ってからだった。
「うっ!?」
「じ、神通……アハハ。俺としたことが、やっべぇやべぇ。女子高生相手に何言ってんでしょうね~?いやいや神通さん、そんな目で見ないでくれよ……。」
 若干軽蔑の色を見せていた神通の目は提督から川内に移る。川内は顔を真赤にして照れて反対側を向く。再び提督に軽蔑の視線を向けようと思った神通だったが、以前川内が語った思いをふと思い出した。この場には自分たち+提督しかいない。隠す必要もないだろうと判断して、神通は一言だけ言って提督を諌めることにした。
「あの……、お二人とも慕い合うのはかまいませんけど……そういうのはせめてこの3人の間だけに、してくださいね。」
「う……肝に銘じます。」
「アハハ……ありがとね。ねぇねぇ神通。今のあたしと提督、どういうふうに見えた?」
「どう……と言われても。……どちらかというとお兄さんと妹という感じでした。」
「そ、そっか。うん。」
 川内から印象を聞かれた神通は一瞬頭をかしげるも、川内がかねてから打ち明けていた事を思い出し、それを交えて配慮の言葉を口にした。その返しに川内は安堵の表情を浮かべて胸の前で指で器械体操するようにモジモジ動かす。
 物静かで冷静に人を見る神通の配慮。提督はその少女に頭が上がらないなと冗談めかして悄気げ、川内はある意味頼れる同僚がいるという事実を改めて感じ、乾いた笑いを発した。

 その後提督は少しだけ真面目な表情に戻る。
「コホン。まぁ艦娘は海上で行動する以上どこかしら濡らしてしまうものです。二人とも海上ですっ転ばないようにな? そうそう、今度設備には工廠にあるような業務用の瞬間乾燥機じゃなくて、衣類向けのきちんとした乾燥機と洗濯機を隣に置けるようにするから、今後任務で服を汚しても大丈夫なようにしてあげるぞ。だからガンガン……というのも変だけど、服の汚れとか濡らしてしまうこととか気にせず任務に励んでもらえればいいな。」
「うん、ありがとーね。ホラホラ神通、あんたも喜ぼうよ!安心して訓練できるよね!!」
 川内は喜びのその勢いを神通に向けて、さきほどまで白い目で自身を見ていた神通に強引にご機嫌取りする。川内の遠慮のなさはこれまで共にしていて大体理解できていた神通はやや鈍い反応ながらも、言葉なく笑顔でコクコクと頷いて相槌を打つのみにしておいた。
 その後那珂たちが帰ってくるまでの数分間ひたすら提督に愚痴や趣味の話を語り続けた川内は大満足して満面の笑みになっていた。その間提督は何度か神通にも訓練の感想を求めたが、その都度途中で川内が話に割り込みその主導権を奪って会話を自分好みの趣味の話題にすりかえていた。


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 那珂と五十鈴・五月雨が待機室に戻ると、川内と神通は座席に座って提督と会話している最中だった。
「おまたせー。お茶出してきたよぉ。」
「あぁ、ありがとう3人とも。五月雨はうっかり飲み物落としたりしなかったかい?」
 左腕をスッと挙げて那珂たちに感謝を示す提督。ついでに五月雨をネタに場を和ませる。
「も~、提督ってば……私そんなにドジじゃありませんよぅ……。」
「コラ~提督!いい大人が五月雨ちゃんをいじめないでよぉ!」
「ははっ。ゴメンゴメン。心配しただけだって。」
 提督のツッコミに五月雨は顔をやや赤らめてシュンと頭を下げ、上目遣いになり、口を尖らせてスネた表情を見せた。そこにすかさず那珂は五月雨に加わって提督にツッコミ返す。

「ほーんとかなぁ~~?まぁいいや。これからあたしたちもお昼行くつもりなんだけど、提督と五月雨ちゃんはどーするの?」
 ジト目をしていた那珂だったがすぐに切り替えて本来尋ねようとしていた話題に戻す。
「あ~そうだ。那珂たちも昼食一緒にどうかな?奢るよ。」
「えっ!マジで!?やったーー!提督ってば太っ腹!奢り!おごり!」
「提督、いいのかしら?」
 真っ先に口を開いてノったのは川内。続いて真逆の反応をして遠慮がちに確認したのは五十鈴だった。それに対し提督が回答する前に代わりに那珂が回答した。
「いいのいいの。こうやって若い子と触れ合えるのは提督の特権だもんね~、ね?」ウィンクをする那珂。
「ハ……はは。さすがお見通しなようで。」
 こめかみを掻いて照れる提督。
「両手に花どころか花に囲まれてるもんね~。と・く・に!大輪の花なのがこの那珂ちゃんだけどね~。まったくぅ。ハーレムなんだから全員等しく愛して奢ってよね~提督?」
 普段通りの茶化し魂がすでに心の中で動き回っていた那珂は提督に向けて冗談を言い肘でわざとらしいツッコミを提督の脇腹に入れる。提督も普段の那珂の茶化しだとわかりきっていたが、それを事前にわかっていようが不意打ちをつかれようが、どのみち那珂の行動全てに対処できるほど若い娘のテンション慣れはしていない。そんな提督のフォローをして那珂を注意するのは同学年の五十鈴の役目となる光景もすでに馴染んできていた。
「まったくあんたは!普通に話題を締めることできないの?提督困ってるじゃないの。皆あんたのテンションにはついていくのやっとなのよ。」
「ぶー。五十鈴ちゃんはそんなカッタカタな頭とノリだからダメなんだよぉ~~。」
 口撃にカチンとキた五十鈴だったが、ここでまた反論して那珂に食ってかかれば相手の術中にはまると気付き、ハァ…と溜息をついて強制的に話題をそらすことにした。

「ところで本当にいいんですか?この人数ってお昼でも結構多いわよね?」
「あ~、五十鈴にはあまりご飯ごちそうしたことなかったな。俺としたことが、ゴメンな?」
「いえ、そんな……。私は別に提督にねだろうなんて。私は西脇さんに変に甘えたりできない……です。」
 五十鈴はやや俯いて遠慮がちにつぶやいた。
「五十鈴ちゃんはそーいう遠慮しちゃうところあるんだねぇ。もっとグイグイいかないと損じゃない?」
「あんたと川内が気にしなさすぎなのよ。フン。」
「ま、まぁまぁ。二人とも。せっかく提督が奢ってくれるって言ってんだもん。皆で甘えちゃいましょうよ?提督も言ってくれてるんですし……ねぇ神通?」
「ええと……私は那珂さんたちにお任せします。」
 呆気にとられつつも那珂と五十鈴を仲裁するために間に入る川内と、そこまでの度胸はなくとりあえず相槌を打って話の流れを戻そうと焦る神通。その間、五月雨はさらに呆気にとられて高校生組の様子をボーッと見ていることしかできないでいた。
「と、とりあえず行こうかみんな?ホラホラ五十鈴も機嫌直してな?」
 一番うろたえていたのは提督だ。なんとか雰囲気と話の流れを戻そうと五十鈴を宥め、那珂を軽く諭し、その場をやり過ごすのだった。
 普段よく利用するファミリーレストランまでの道中、やはり那珂と川内の茶化しはしゃぎっぷりに五十鈴がツッコみ、それを神通と五月雨が呆気にとられて苦笑いしながら見つめる構図があった。提督はさりげなく自分が話題に取り上げられることについていけず、ただひたすら相槌を打って少女たちの間を取り持つだけだった。


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 昼食中は思い思いの話題で会話を交えて箸を進める一行。普段の落ち着いた状態に戻っていた那珂は川内たちの訓練内容の進捗について弾んだ口調で提督に語る。
「……ってところかなぁ。」
「そうか。もうすぐ2週間だけど、そこまで進められればあとは大丈夫そうだな。といってももうデモ戦闘と自由演習しかないからギリギリピッタリ2週間ってところか。うん。わかった。詳しくはあとでレポートにまとめて提出してくれ。」
 那珂と五十鈴は揃って返事をした。
「ねぇねぇ提督。あたしたち訓練終わったらいつ出撃とか依頼任務参加できるの?」と川内。
「うーん、今のところは月一の定期巡回任務くらいか。五月雨、今依頼ってどこかから来てたっけ?」
「えぇと……手元に何もないのですぐには。戻ったら確認しますね。」
「できればこの4人で一緒に任務行ければいいんだけどね。二人の初陣をしっかり見守りたいなぁ。」
 提督と五月雨の言葉を聞き、那珂は川内と神通に視線を向けて一言柔らかく言葉をかけた。
「私も同じ思いよ。ここまで付き合ったのだもの。後学のためにも訓練の監督役はやりきりたいわ。」
 暖かく言葉を掛けあう那珂たち4人のその光景に、提督は那珂以来久々に入った艦娘二人の、回りを巻き込んだ成長っぷりを微笑ましく眺めるのだった。

評価

 昼食後、本館に戻ってきた那珂たちは提督と五月雨と別れ、待機室で作業をすることにした。那珂は五十鈴とともに、提督に報告するためのレポート作りに着手し始めることにした。
「とりあえず単発の訓練はこれで全部終わってるから、五十鈴ちゃんはチェック表つけといてね。」
「えぇわかったわ。それとこの後の訓練はどうするの?あとは確かに自由演習とデモ戦闘しかないけど?」
「うーん、そうだねぇ。あたしと五十鈴ちゃんでレポートまとめないといけないから、二人には自由演習ってことで自分たちで考えてやってもらおっか。」
 提案に五十鈴が同意を示してきたので、その旨を川内と神通に連絡することにした。自習させていた二人の側に行き内容を伝える。
「もう単発の訓練はないから、二人には自由に訓練をしてもらいます。五十鈴ちゃんと話して、二人の訓練は明日の土曜日で終えることにします。んで、最後に来週の月曜日にデモ戦闘やろうかなって考えてます。たから、今日残りと明日は自分たちで考えて思いっきりやりきってね。」
「「はい。」」
 朗らかに返事をする川内と神通。その後川内はふと要望を口にする。
「って言ってもあたしたち二人だけでですか?それでもいーんですけど、付き合ってくれる相手が欲しいっていうか……ワガママですかね?」
「うーん……それもそうだねぇ。でもあたしたちはレポートまとめなきゃいけないし、他に付き合える艦娘はいないね。」と那珂。
「あとで五月雨に夕立たちにまた付き合ってもらえないか確認してもらったら?都合がつけばあの子たちもOKしてくれるでしょ。」
「そーだね。今日のところは二人だけでやってもらうことにしよ。明日はもし夕立ちゃんたちに来てもらえるなら彼女たち巻き込んで最後に大々的な総合訓練!みたいな感じでやろっか。」
「やったぁ!夕立ちゃんたちホントに来てくれたらいいなぁ!!」
 那珂の言葉に川内はガッツポーズをして大きく喜びを示す。神通も僅かな希望を胸に秘めて小さく頷いて、喜びを示した。

 話が固まったので早速那珂は五十鈴とともに五月雨に話をしに執務室へと足を運んだ。執務室に入ると、五月雨は提督の席に椅子を寄せて話し込んでいる最中だった。
「あ……二人とも今ちょっといい?」
「那珂か。うん。どうしたんだい?」
「えーっとまずは五月雨ちゃんに用事なのですよ。」
「私にですか?」
 そう言って那珂はキョトンとしている五月雨に視線を向けて近寄り話を切り出した。
「明日さ、また夕立ちゃんと村雨ちゃんに来てもらえるよう伝えてくれないかなぁ?また川内ちゃんたちの訓練に付き合って欲しいんだぁ。」
「それはいいんですけど、お二人の訓練もうすぐ終わりなんじゃないですか?」
「うん、そーなんだけど、自由演習ってことで二人には思う存分自由にさせたいの。それには付き合って欲しい人がいるって言うから、また夕立ちゃんたちに協力してもらえたらなぁ~って。どーかな?」
「はぁ。わかりました。訊いておきます。」
 そう返事をする五月雨。二人の流れに五十鈴が追加で提案をした。
「そうだ。不知火にも連絡しておいてもらえるかしら。あの子が来るなら神通も喜ぶでしょ。」
「不知火への連絡は俺がしておくよ。別件で話したいこともあるし。」
 五月雨の代わりに提督から承諾の返事を聞いた那珂はそのままの勢いで提督に向かって続ける。
「うん、お願いね!それからお次は提督。デモ戦闘のことなんだけどね。深海棲艦のダミーは準備してくれるのかなぁって。」
「あ、そうか。それも出しておかないとな。」
「さすがにあたしの時のようなへんちくりんな模型は……ありえないよねぇ~?」
 那珂は自身の訓練当時に使った模型の深海棲艦を思い出し、意地の悪そうな表情で提督を問い詰める。提督は片手をブンブンと軽く振ってそれを否定した。
「あの頃よりかはなぁ。もう君たちも使って知ってると思うけど、明石さんが的を改良してくれたんだ。あれを自動戦闘モードに設定すればより実戦に近いデモ戦闘ができるぞ。だから安心してくれていい。」
 提督に約束を取り付けた那珂と五十鈴は待機室に戻り、川内たちに事の仔細を伝えることにした。その内容を聞き川内たちはどうやら退屈せずに訓練を締めくくれそうだとホッと胸を撫で下ろす。

 その後那珂は午後の訓練の開始は川内の好きなタイミングに任せることにし、五十鈴と一緒にレポート作成を再開した。黙々と、時々五十鈴とこれまでの内容を口にして会話しながらレポートを作成している最中、川内と神通の様子を気にして時々チラリと二人の方に視線を向ける。長机の端で神通と一緒に教科書を読んでいる川内は、珍しくじっと座って筆記していた。それを目にした那珂は口を緩ませて笑顔になり、二人を暖かく見守ることにした。


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 そして時間にして午後4時過ぎ、川内と神通はこれまでの訓練の時間を守るように那珂たちに一言告げて訓練を再開することにした。
「それじゃ、那珂さん。神通と一緒に午後の訓練行ってきます。」
「うん、頑張ってね。ところで何するつもりなの?」
 那珂の質問に川内は指を顎に当てて小さく唸った後答えた。
「え~っとですね、あたしは砲撃やろうかと思ってます。」
「私は……雷撃を。」
「そっかそっか。神通ちゃん、わかってると思うけど、魚雷を撃つ練習はプールでやらないでね。」
「……はい。堤防の側でやることにします。」
「神通だけ海に出すの心配だからあたしも海で訓練しますよ。一緒に同じ場所に出るなら任せてもらえますよね?」
「そーだね、そうしてもらえるといいかなぁ。」
 神通一人で海に行かすことに心配になった川内はその場で提案し、那珂を安心させた。そして川内と神通は軽く会釈をした後待機室から出て行った。

「二人とも、初めて会ったときとは違って、らしい雰囲気になったわね。」
「うん。それになんだか、あたしの知らないところで二人仲良くなってお互い支えあおうとしている感じがするよ。」
 長いようであっという間に過ぎていった2週間、那珂は初の監督役を勤め終わることに感慨深く思い始めた。自身の高校の後輩でもあり、自身の担当艦の姉妹艦である川内と神通の成長。あっという間だったなぁと溜息をつく。その仕草に五十鈴からババ臭いわよとツッコまれるが、他人の成長を喜ばしいと思うことがこれほど爽快で感慨深いことなのかと思ったのだから仕方がない。
 その様子が表す意味を感じ取ったなんとなく五十鈴は苦笑いをたたえて那珂を見ていた。

 川内と神通が自由演習として自主練をしに出て行ってすぐに、那珂は五十鈴とともにレポートの作成スピードアップさせた。二人がいなくなったため会話を挟んで進める回数が多くなる。話題は艦娘のことから始まり、次第に普段の学校生活や私生活のネタに移る。いずれも那珂が先に語りかけ、五十鈴がそれに答えるという応酬が何往復かし、二人のレポート作成の意欲の元になっていた。
 そして1時間ほど経ち、川内と神通に関するレポートはお互い確認して納得できる形となった。
「こんなものかしらね。こっちは終わったわ。どう?」
「うん。……うん、いいと思う。五十鈴ちゃんは人の能力を数値評価するの上手いんだね~。あたしも生徒会の仕事で色々やってきたけど他人の評価するのちょっと苦手だったかも。やっぱ五十鈴ちゃんに協力してもらってよかった~!」
「素直に感謝頂いておくわ。良と宮子がもし艦娘になれたら、私が監督として訓練させないといけないでしょうし、今回のことは私にとっても有益だったわ。」
「そっか……うん。そっちもうまくいけばいいね。」

 そして那珂たちは提督にレポートを提出しに執務室へと足を運んだ。執務室に那珂たちが入ると、提督と五月雨はそれぞれ自分のデスクで黙々と作業をしている最中だった。
「失礼します。提督、今大丈夫?」
 静かな空間だったため察して那珂が丁寧に声をかけると、提督はすぐに顔を挙げて声を返した。
「あぁいいよ。」
「川内ちゃんたちの訓練についてのレポートできたから、見ていただけますか?」
 業務上のことなので丁寧に言いながら那珂はホチキスで留めた数枚のルーズリーフとチェック表をスッと差し出し、提督の執務席のデスクの上に置いた。提督はそれを手に取り、もう片方の手でパラパラめくって斜め読みする。そしてすぐに顔を挙げて言った。
「確かに受け取ったよ。読んでおくから君たちはさがっていいぞ。今日は特に何もないだろうから、二人の訓練に引き続き付き合ってあげてくれ。」
「もち、そのつもりだよ~。」
「それでは、ご確認よろしくお願いします、提督。」

 那珂と五十鈴は丁寧に深々とお辞儀をして提督に再びの確認依頼の意を表し、そして執務室を後にした。


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 執務室を出た那珂は五十鈴。那珂は待機室に戻ろうとしたが、五十鈴の一つの提案のために足を停めた。
「ねぇ。二人の様子見に行かない?」
「お~いいねぇ。ちょうどあたしもそれ言お~と思ってたんだよ。あたしたちってばやっぱ気が合うんだねぇ~~このっこのっ!」
「あ゛~わかったわかった。気持ち悪いから唇尖らせてクネクネしないでよ!」
 那珂のいつもどおりの余計な発言とアクションに五十鈴は頭を悩ませつつも丁寧に突っ込み、顔を近づけてくる那珂を本気で制止した。二人は軽口を叩きながら一緒に本館を出て、二人が自主練をしている堤防沿いに向けて歩き出す。
 本館裏手の扉から出てグラウンドを横切って進むと、工廠寄りの堤防の先から爆発音・砲撃音が耳に入ってきた。堤防に近寄ると、川内はかなり沖の方で的めがけて砲撃ではなく雷撃を、神通は堤防沿いの消波ブロックの側に的をくくりつけて砲撃を行なっている。

「お疲れさ~ん、二人とも。自主練どーかなぁ?」
 那珂の声に気づいた神通は顔の向きを的から那珂の方に向け、主砲パーツをつけていた左腕を下ろして返事をした。
「はい。今のところ順調です。」
 喋りながら神通は那珂たちの立っている堤防の向かいまで近寄った。
「神通ちゃんは雷撃やるんじゃなかったの?」
「最初は……やってました。30分ほど前から川内さんと訓練内容を交代することにしたんです。」
「そっかそっか。自分たちで考えてやってくれてるようで先輩としてはうれしーよ!」
 那珂が冗談めかしつつも本気の色を混ぜた賞賛の声を投げかけると、神通はそれを素直に受け取りわずかにうつむいて照れの様子を見せた。
「川内ちゃんは……聞こえてないのかな?お~い、川内ちゃ~~ん!」
 那珂がさきほどよりも声を張って叫ぶと、ようやく川内は顔を那珂の方に向け、雷撃の姿勢をやめて堤防に近寄ってきた。

「那珂さん、どうしたんですか?」
「レポート出し終えたから二人の様子見に来たんだよ。どーお?自分たちだけでやる訓練は?」
 那珂が尋ねると川内は額についた汗を左手で拭って虚空を一瞬見るため視線を上に動かした後、すぐに那珂たちの方へ戻して口を開いて答え始めた。
「そうですね~。今まで教わったことを自分のペースで進められるのってすっごく楽しいっすよ!あれですよね?こうやってやってる日も訓練中はお金もらえるんですよね?」
「アハハ。うん、提督が訓練十分と判断して終わりの判定くれるまではね。」
 川内の妙に現金な発言に那珂は苦笑いする。
「よっし。初日以来提督なんだかんだでいない日多かったし、お給料もらえなかったから待ち遠しいんですよねぇ。まぁお金だけが待ち遠しいわけじゃないですけど。」
「……(コクリ)。川内さんも私も、早く初めての任務を受けたいです。」
 川内が思いを語るとその語りを神通が補完した。二人の思いを聞いた那珂は嬉しさで顔を緩めつつも、自身ではどうにもできない現状を吐露した。

「うんうん、それはあたしからもお願いしておくよ。さすがに出撃や依頼任務はただの艦娘のあたしや五十鈴ちゃんじゃあ勝手に受けられないし行かせてあげることはできないからねぇ。全ては提督次第だよ。」
 那珂の言葉に全員コクリと頷いて相槌を打った。

「自主練は今後も各自しっかりとね。今日はどうする?まだ続ける?」
 那珂がそう促すと、川内と神通は顔を見合わせて小声で話した後、意思表示してきた。
「それじゃあ今日はもう終わります。いいよね神通?」
「……(コクコク)」
「じゃあ工廠の入り口で待ってるから一緒に帰ろっか。」
「「はい。」」

 その返事を聞いた那珂と五十鈴は一足先に工廠へと足を向けた。川内と神通は的を運び整理してから工廠へと戻っていった。


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 工廠の入り口で待ち合わせた4人は本館に入り、帰り支度を整えてから執務室に行った。
「提督、あたしたちこれでもう帰るね。」
「あ、ちょっと待ってくれ。明日以降の予定を確認しておきたい。4人とも少し時間いいかな?」
 呼び止められた那珂は後ろを見て川内たちに目線で確認し、提督の問いかけに承諾した。執務室内に入った那珂たちはソファーにバッグを置き、提督のデスクの側に集まった。五月雨は那珂達の後ろに移動して立っている。

「さきほど五月雨から夕立たちに都合を確認してもらった。俺からも不知火に確認を取って、明日は皆来てくれるそうだ。」
 提督の説明に那珂と川内は喜びで黄色い声を上げる。提督はその様を見て微笑みながら続ける。
「で、明日は自由演習ということで実質最後の訓練。一日かけて集大成として仕上げてもらいたい。そして来週月曜日。その日は深海棲艦との戦闘に見立てたデモ戦闘ということで、的を最高レベルに切り替えて使って川内と神通には立ち向かってもらう。俺も観戦するから、ぜひとも二人の成長を見せてほしい。いいかな?」
「「はい!」」
 川内はもちろんのこと神通も珍しく普段の二割増しで声を出して返事をした。

「的とのデモ戦闘が終わったら、川内、神通。君たちの訓練全課程修了だ。そこで君たちは世間的にも晴れて一人前の艦娘となります。さきほど那珂と五十鈴からレポートとチェック表を受け取っていて大体の評価は把握してるから、これまでの日数分含めて訓練中の手当をまとめて渡すよ。最後まで気を抜かずに励んでくれ。」
 提督が言い終わると4人とも無言で立ち尽くす。それはただの棒立ちではなくゆっくりと提督の言葉を咀嚼してその身と心に刻みこむがゆえだ。提督からの案内を聞き、先に口を開いたのは川内だ。
「ついにあたしと神通も本当の艦娘かぁ~。うん、なんか……あたしの頭だとうまく言い表せないな。神通タッチ。」
「え!?え……と、その。まだ2日早いですけれど、喜びひとしおです。」
 表現したくてもボキャブラリーにない言葉が言えない川内は自分の代わりにと隣りにいた神通の肩をポンと叩いて交代宣言をする。とっさに話題を振られた神通はわずかに戸惑うがすぐにその思いを代弁する。
「あたしだって嬉しいよ~二人の成長っぷりを見たらさぁ。五十鈴ちゃんだってそうでしょ?」
「えぇ、協力した甲斐があったわ。」
 そんな二人の反応を見て那珂と五十鈴もまた、感無量といった面持ちをしながら言った。

 最後に、訓練とは全然関係ない五月雨も思いを打ち明ける。
「私も嬉しいです!頼れる歳の近い先輩が一気に4人になって、これからの鎮守府生活絶対楽しくなりそうです!」
「ってちょっと待ってよぉ? 艦娘としてはむしろ五月雨ちゃんのほうが一番の先輩なんだけど? むしろあたしたちを引っ張っていってよねぇ。」
「う……エヘヘ。でも学年上の皆さんですし、ちょっと気が引けちゃいます。」
 五月雨の吐露を聞いてすかさず那珂がツッコむ。そんな五月雨の言い返しに何か思うところあったのか、川内がフォローするように間に入った。
「そっかそっか。五月雨ちゃん中学生だったっけね。そんならあたし達高校生がしっかりしないと。よし。夕立ちゃんとセットで可愛い後輩のためにあたしの知識を叩き込んであげるよ。」
「うわぁ!本当ですか?何教えてもらえるんでしょ~? ……あれ、ゆうちゃんは何か関係あるんですかぁ?」
「あたしは二人にゲームや漫画やアニメを伝授してあげよう。 夕立ちゃんは結構反応よかったから。 どう?」

 川内が鼻息荒く五月雨に詰め寄って問うと、五月雨は川内の勢いに圧倒されながらも苦笑いをしてなぜか提督と川内を交互に見渡す。
「ア、アハハ……なんだか提督が二人になったみたいです。」
 真っ先に疑問を口にしたのは那珂だった。
「あ~そういえば提督も結構好きだよねぇ?ゲームとかサブカル。」
「あ、あぁ。結構どころかかなり好きだぞ。でもその手の話すると五月雨が苦い顔するし話に乗ってくれないしで寂しくてね。だから川内が入ってくれてすごく嬉しいんだぞ。」
 そう言って提督は肩をすくめる。
「そっか。話が合う程度で喜んでもらえるならあたし、しょっちゅう話し相手になってあげるよ?んで、五月雨ちゃんも好きになるように洗脳してあげるっと。」
「わ、私別にゲームとかアニメ嫌いってわけじゃないですよ~!提督がその……お話長いんですもん。」
 五月雨が数秒の溜めの後に明かした自身の苦い顔の原因は、提督の長話にあった。那珂や五十鈴は言葉通りの意味で捉えて愕然として提督を無言で睨みをきかせる。一方で川内はそんな二人とは違う反応と言葉を見せた。
「あ~~、あたしなんとなくわかるわ。あたしもたまにそういうところあるもん。五月雨ちゃんさ、あたしもそうなんだけど、提督もゲームとかアニメが好きすぎてさ、色々聞いてほしくってついつい長くしゃべっちゃうの。五月雨ちゃんも何か自分の好きなことの話になると結構ベラベラ一人でしゃべっちゃうことってない?」
「え? う~……そう言われると、そうかもです。」
「そういうことなの。だから提督を嫌わないであげてね。そういうわけだから、ぜひ五月雨ちゃんもあたしや提督や夕立ちゃんと同じくらいゲームや漫画にハマろう!」
「ア、アハハ……お手柔らかに。」
「おいおい川内。まぁでも、俺も身にしみてわかってるからあまりやり込めないようにな?」

 川内と提督、そして五月雨が急に仲良さそうに会話し始めたのを目の前にして那珂は心がいまいち晴れない気持ちを抱く。自身がさほど興味ないゆえに同等まで迫ることができない川内の得意分野。提督の得意分野。悔しいが趣味の分野では絶対的に後輩である川内に勝てない。提督との距離もきっと差をつけられてしまう。一抹の寂しさが胸を占める。
 表情に表れていないことを密かに祈りつつ、わざとらしくコホンと咳をして話の流れを強引に奪うことにした。

「コホン!川内ちゃ~ん?なんだか色々脱線してなーい?ホラ提督も!」
「すまん。」
「ヘヘッ、ゴメンなさ~い。」
「そーいう趣味のお話は訓練が全て終わったら勝手に鎮守府来て勝手にやってくださいな。目の前でそんなやりとりやられた日にゃあ、先輩のあたしとしてはど~~~しようもないよぉ。」
 身をかがめて提督と川内をわざとらしく見上げる。
「だからゴメンなさいってばぁ!」
「ウフフ。わかってるよ。ホントはね、川内ちゃんも神通ちゃんも鎮守府での生活にだんだん慣れてきたようであたし嬉しいんだ。だから趣味でもなんでも仲良くなれるきっかけが掴めたんなら……ね?艦娘の中で新しい交友関係ガンガン作っていっちゃってよ。」
「那珂さん……色々ありがとうございます。きっとたまに甘えちゃうかもしれないけど、これからもよろしくお願いします。」
「あ、わた……私も、もっと那珂さんのお眼鏡にかなうよう励みます。皆さんの……お役に立てるようにも!」
「二人ともそんな気張らないで、気楽に行きましょって。まずは、目の前の訓練をキッチリ終わらせることからだよ。」
「「はい。」」

 後輩二人の威勢のよい返事を確認した那珂は大きく頷き、満足げに笑顔になる。
「それじゃー提督、お返ししまーす。」
「あ、あぁ。わかったわかった。え~、それでは明日も気合入れて最後の訓練頑張ってくれ。那珂と五十鈴、そして五月雨も二人にぜひとも最後まで付き合ってあげるように。」
「「「「「はい!」」」」」

 那珂たちその場の艦娘はそれぞれの出しうる最大限の声量といきいきとした表情でもって提督の音頭にその意志を表し返した。
 そして川内と神通は実質最後の訓練日に向けて、那珂は二人の訓練の総まとめを演出すべく明日に臨む。

同調率99%の少女(17) - 鎮守府Aの物語

なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=63064844
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/12oP9d5JHYsFfnZJjaQTdxDWaewedTqptdk_TaL0JK4Q/edit?usp=sharing



好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

同調率99%の少女(17) - 鎮守府Aの物語

川内と神通の訓練も大詰め。艦載機、偵察機の操作訓練、対空訓練。そしてバリアを使った防御と回避の訓練で二人の基本訓練は全課程を終えようとしていた。 艦これ・艦隊これくしょんの二次創作です。なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60~70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。 2017/08/09 --- 全話公開しました。

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-12

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 四人だけの日
  2. 艦載機訓練
  3. 対空訓練
  4. バリア・防御・回避
  5. 幕間:お昼時の艦娘たちと提督
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