晩夏
ソーダ水の空
空が青い理由を
幼い私は
ソーダ水でできているからだと信じていた
口を開けて見上げていれば
いつかしゅわしゅわと
たくさんたくさん
ソーダ水が降ってきて
わたしの喉を潤して
冷たい液体は
わたしの口を爽やかにして
夏いちばんの思い出をくれると
口を開けて待つ
満たされる時を
幼い私は
そういうものだと思っていた
そう信じて走っていた
断絶
太陽は
隣の家にあったよ
昨日ようやく喋られるようになったの
「いつ倒れたのですか?」
(更新はお済みですか?)
ー生まれた
ー生まれた
(おめでとう)
頭痛とメープルシロップ
お薬は戸棚に。
(昨晩の色は却下します)
電灯を変えておきましょう。
太陽が昇ります
ここで途切れております
無事ではありません
今朝は子どもが泣いていました
暗転
錯乱した
言語
幻想だけを口に含む
「それは」
「ダメです」
「早く吐いて」
早く早く
吐いて
吐いて
あなた、もうお魚になりますよ
泡みたいな言葉はいけません
こちらの本を読みなさい
ためになります
そんけいできます
いしきがたかまります
泡ではお腹は満たせませんよ
さあ、こちらに
あなたのどろどろの手を引いてあげます
お魚になったら忘れられてしまいますよ?
恋人
つぶしている
フォークで
ぐちゃぐちゃに
雨の音を聞きながら
ーこれはなんだっけ?
潰しすぎてわからなくなった
目の前の人が嫌な顔をした
口に入れたら同じだよ
わたしはわらった
目の前の人が眉をひそめた
わたしはわらった
嫌われたくなかった
雨が跳ねる
フォークを持つ私の肘に跳ねてくる
笑顔がだんだんと歪む
この食事はなんだっけ?
油がたっぷり使われている
魚だったか 肉だったか
やっぱり潰しすぎてわからなくなった
目の前の人は
もうわたしを見ていなかった
わたしは俯いた
フォークを突き立て
目の前の物体を口に運ぶ
やっぱり同じだよ
そう言おうか迷って
目の前の人を見たけど
何も言えなかった
半日
風鈴が鳴る
あと何年生きるのだろう
愛されなかった体と
突き返された心を
縁側に投げ出して
風鈴が鳴る
夏 思い出はない
受け入れてもらえなかった存在
包丁を持ち出す
スイカを切った
食べないのに
もらってしまった
かわいそうなスイカ
スイカを切って
どうしようもなくなって
床に置く
どうしよう
包丁もそばに置く
風鈴が鳴る
あの存在が入道雲のように
立ち上がって行く
触ることはできない
眺めている
あらゆる思いを込めて
存在はわたしを知らない
わたしの思いを知らない
暑くてあつくて
いらない
全部いらない
風鈴が鳴る
死体のように転がる
わたしの体とわたしの心
庭に捨てた
わたしの夢
全部残骸
バケツの中の花火
何も残らなかった
宿題はやっていない
今際
太陽を掴むと手は爛れた
晩年のわたしがそれを眺める
「お前はそこで何をしている」
太陽を掴む少女が
わたしを睨む
頭を振る
掴めなくなりました。
少女は血を流しながら走った
希望を信じていた
全てを信じていた
「だからあなたはこうなるの」
諦めたわたしは火傷の跡を撫でた
晩夏