神様少女

「今日はどこに行く?」
「キミが行く所ならどこでもいいよ。」
良く晴れた日の昼下がり、いつもの様に話かけ、いつもの通りの返答を聞く。
「じゃあ、アイスでも食べに行くか」
俺は今日の気温を考慮し、そう提案した。
まあ、甘いモノが好きな彼女のことだ、俺の提案を聞いて、とても嬉しそうな顔をしていた。
「ただ、まだ時間があるから散歩に行くか。」
近所のアイス屋は、自宅から徒歩30分といったところか。
オープンは10:30からだ。
まだ二時間程度ある。
「うん。ただ、段差のないところにしなきゃね。」
「ああ、そうだったな。」
車椅子の存在を忘れていた。
もう当たり前の様に俺達の生活に定着したそれは、時として障害を生み出す。
「じゃあ、商店街の方にでも行くか。あそこなら段差も無いだろ。」
「うん。」
彼女の了承を得た俺は、一度深呼吸して、暖かな夏の空気を肺一杯に吸い込み、吐き出す。
「よし、行くか。」
俺達は商店街へ向かった。



今では珍しい、コンクリート舗装のされていない、緑の道を進む。
「病気はいつ治るかな。」
「案外治らなかったりしてな。」
俺は何時もの彼女の問いかけに、笑いながら軽く返す。
「む。そんなこと無いもん。」
お、くるぞ。何時もの名台詞。

「私は神様なんだから、病気なんてすぐに治せるよ」

「そうか。じゃあ早く治してくれると俺も安心するよ。」
いつもの質問にいつもの回答。
そうやって俺達の日常は形作られていく。
どんな人とも違う、俺達だけの日常が。
「そろそろ商店街だよ。」
「いや、見えてるし。思いっきり正面だし。」
俺がそう言うと、彼女はふふっと楽しそうに笑った。
その笑みは本当に綺麗で、晴れた夏空にとても良く似合っていた。
誰か絵にでも書いてくれないかな。
「そういえば、テーブル買うんだよね?」
あ、と彼女に言われて気づく。
そういえば、家にあるテーブルが古くなったんだった。
最近どうも、物忘れが多い。
このことを彼女に話すと、「おじいちゃん。」と言われるので、話題に出すのは控えている。
「なにぼーっとしてんの!行くよ!」
そう言いながら笑う彼女は幸せそうだ。
そんな彼女にのし掛かる重すぎる重圧を無くそうとしても、俺にはその重圧を軽くすることしか出来ない。
ただ、それでも彼女を不幸にさせる訳にはいかないと心に釘を刺し、俺もまた笑顔で彼女と向き合うのだ。
「わかってるって。今行くよ。」
そう、わかってる。
わかってるんだ。
どうにもならないことは良くわかってる…。



家具売り場で彼女と並ぶ。
「やっぱり黄色がいいよ。」
「何を言っているんだ? あの部屋には青色だろ。」
彼女と言い合いになる。
テーブルの色を何色にするかで揉めていた。
「ほら、外を見ろよ。澄みきった綺麗な青だろ? やっぱりあの青を部屋に置くべきだと俺は思うんだ。」
「確かにそうだけど…。いや、でもでも、やっぱり青より、誰が見ても目立つような色がいいよ。注目を受けない、地味な物なんて家にはいらないんだよ。黒板といえばチョーク、チョークといえば黄色。ほらね。」
「まて、ほらねって言われても、俺にはその考えが理解出来ん。それになんでチョーク=黄色なんだ?」
「だって可愛いんだもん。」
可愛さなど俺達の部屋には要らん!って言ったら彼女に軽く叩かれた。
…女性の気持ちはよくわからない。
「いや、やっぱり黄色は嫌だ。せめて間をとって緑とかどうだ?」
「絶対嫌。」
何だか思ったよりも強い拒否反応だな。
緑に何か嫌な思い出でもあるのかと思って聞いてみる。
「緑に何かあるのか?」
「今日のアンラッキーカラーが緑。」
何かと思ったらそんな理由かよ…。
そこからお互いに一歩も譲らず、激しい言い争いを繰り広げていた時だった。
デパートからは、救急車が一台、けたたましいサイレンを鳴り響かせ、一番近い病院を目指して走っていった。


落ち着いた時にはすでに空は黒に染まっていた。
空を飛ぶ、鴉も見えなくなるほどに。
幸い、大事はなかった。
いつもの持病みたいなものだ。
だが、最近ますます病気が悪化してきているような気がする。
俺達の幸せな生活も、そう長くは続かないかも知れないという、明確な不安が襲うが、ネガティブになってても病気は治るはずがない。
俺が情けないと、彼女が不安になる。
そう思った俺は、明るく行こうと決めた。
やがて彼女と合流する。
「よし、ここにいてもあれだ。帰ろう。」
「うん。」
暗い表情で彼女が答える。
そして、その後に彼女が小さく言った一言に、俺は聞こえないふりをした。
「…病気は…絶対治るから…だって私は神様なんだから…。」



「…ろー。」
次はどこに出かけるかな…。
海もいいけど、車椅子がなあ…。
「お…ろー。」
かといって、山に登るにもやっぱり車椅子がなあ…。
やっぱりレジャースポットは無理か。
仕方ない…ショッピングかな…。
「お・き・ろ!」
ショッピングか、それなら車椅子をたいして気にしないな。
「実家にかえります。短い間ありがとうございました。」
「うおおぉい!」
うとうとしてる内に彼女に振られる所だった!!
「あ、やっと起きた。」
「すみません、何でしょう?」
ついつい丁寧語になる。
俺をこんなに驚かせておいて、一体何だというのか?
「デパートに行くんだよ。」
「デパート?何しに?」
なぜ急にデパート?
何か欲しい物でも?
「忘れたの?テーブルだよ。昨日買えなかったでしょ。」
「ああ!そうだった!」
そうそう、テーブルだ。
「それはいいとして、色は決めたのか?」
「ふふん。ちゃんと決めたよ?早く準備して行くよ。」
はいはい…。
重い体に命令を与え、支度を始める。
お、新聞。
今日の乙女座のラッキーカラーは…。
「行くよー。」
「ちょっと待ってって!」
白か。



「で、何色だ?」
「えっとね、白。」
ああ、やっぱりそうきたか…。
あなたには好きな色が無いのですか?
「何か言った?」
「いえ、何も。」
それから店員と二十秒に渡る金銭の取り引きを行い、とてもテーブルには見えない長方形の段ボールを受けとる。
帰り道、私が持つと言って聞かなかったので、段ボールは彼女が持っている。
なぜか嬉しそうな顔だったが。
…まるで子供のようだな。
デパートから出たあとは、昨日食べられなかったアイスを食べに行くことになった。
そして、なんの脈絡もなく彼女が話し始めた。
「キミは時々、人生は自分の物語じゃないかって考えたことないかな?」
「どうした?急に。」
でも、確かにそれはたまにあるかも知れない。
自分が主人公で、あとは皆がただの登場人物。
ストーリーはある程度自分で決めて、結末も同じ。
「でも、自分で全て決められる訳じゃない。」
彼女はそこまで言って一度切り、再び言葉を紡ぎだす。
「理不尽だよね、人生って。」
「そうだな。」
人生は「よくわからないもの」だが、「思い通りにいかない」という決まりごとだけはしっかりと存在する。
別に俺達の人生が悲惨なものだとは言っていない。もっと悲惨な人生を歩んでいる人もいる。
それを分かった上で彼女は…どうにもならないことを自分でどうにかしようと神様を名乗ったこの子は、俺に話をしている。
「お前は良く頑張ってるよ。」
「えー。」
「えーじゃない。ほら、この話は終わり。アイスが逃げるぞ。」
「アイスは逃げないよー。」
などと冗談を言っている内に、彼女に笑顔が戻った。
やっぱり彼女は笑顔じゃないと。
この笑顔を見るためにも、俺が頑張らなきゃいけない。



午後7時、新しく我が家にやってきた白いテーブルで食事。
今日の料理当番は俺。
焼きそばを作った。彼女のお陰で日に日に料理の腕が上がっていくような気がする。
「できたぞ。」
「わーい。キミの料理は世界一~。」
何か謎の歌を作っている。
そして歌ってる。
「残念だったな。俺の料理は世界二位だ。なぜならお前が世界一だからだ!」
「うっわー。それ本気? 痛いよ?」
なんだと!?俺が頑張って絞り出した誉め言葉が痛い!?
なんてこった!
「重度のバカップルみたい。」
それは困る。カップルはあっているが、バカじゃない。
「まあいい、食べるぞ、いただきます。」
「いただきまーす。」
今日もまた、楽しい時が近づき、それと同時に終わりにも近づいていく。



朝。
いつもより少し早めに目が覚める。
何か頭が痛む。昨日色々考えたせいか?
薬を飲めば治るだろうと、薬が入った箱を探す。
「おはよー。」
「ああ、お早う。」
今日は晴れ。何かいいことが起きそう、と少女漫画の主人公っぽい気持ちになってみる。
そのくらい晴れていた。
今日はどこへ行こうかな。
こんな日に出かけないなんて、太陽に失礼だ。
「あった。」
薬箱を発見する。
「ん、どうしたの?怪我?」
「いや、ちょっと頭が…」
「悪い?」
「お前を叩けば治るかな♪っと。」
べしっ!
軽く叩く。
「いーたーいー。」
「今日はどこに行く?どっか行きたい所あるか?」
俺がにこやかに彼女に問うと、彼女は何故か寂しそうに笑う。
「どうした?具合悪いのか?」
「ううん。全然平気。でも、出かけるのはもう無理かな…。」
彼女が急に泣き出した。
一体何があったのか?
「どうしたんだ?急に泣き出して。嫌なことでもあったのか?」
そう聞くと彼女は再び首を振り、静かにテーブルを指さした。
そこには綺麗な「赤い」テーブルがあった。
それと同様の色で、俺の服と、俺の乗る車椅子も染まっていた。
「なんだ。そうか。」
「ごめんね…。私は神様になるって決めたのに。きっと治すって言ったのに。何も出来なかった…。キミの病気を治せなかった…。」
「それは違うな。俺はお前と会っていなかったら、とうに自殺していただろう。そうならずにここまで生きることが出来たのは、他ならない、お前のお陰だよ。」
「でも…。!?」
俺は彼女を抱きしめた。
もういいよ、と静かに諭すように。
彼女は血塗れになるのも気にせず、抱きしめ返してきた。
「こんな俺を愛してくれてありがとう。終わりまで着いてきてくれてありがとう。俺はお前の笑顔が好きだ。だから泣いてないで笑ってくれ。最期の頼みだ。」
「そんなこと…言われなくても笑うよ!笑顔でいるから!だから心配しないで。」
そう言った彼女はいつかみた春の彼女と同じ、子供のような顔で笑った。
「あれ?体…動かない?何か、面白い…でも、お前が見えなくなるのは嫌だな…。くそっ。残念だ。もっと生きたかったけど仕方ないか。」
彼女は何も言わずに笑顔で、でもやっぱり悲しそうな顔で、俺を抱きしめている。
「じゃ、元気で…。いや…最期がこれじゃ変だな…。」
「本当だよ。もっと気の利いたこと言ってよ。」
「俺は最期まで怒られるのか。情けないな…。」
「そう、もっとちゃんとしないと。次もそんなんじゃ付き合ってあげないよ?」
そんな談笑も、一回休憩か…。
でも、最期に彼女が笑ってくれて良かった。これなら何千年だって待てるね。
「あ…そろそろ駄目だ。ちょっと休むかな…。」
自分の体は自分が一番良く知ってる。これはどうやら最期まで反映されるようだ。

「じゃ…また会う時まで…。」
「うん、おやすみ。でもずっと笑顔なんて無理だよー。泣く時もあるよ」
「そんなんじゃ…俺に嫌われるぞ…。」
「えー。」
「えーじゃ、ない…。って、前も言ったな…この台詞…。」
「ふふっ。そうだね。」
「ふふってお前…子供…か…。」
「子供じゃないもーん。もう大人だもーん。18歳だもーん。」

「あれ?聞いてる?無視してると怒るぞー。」


「あれ?あれれ?これは相当な意地悪ですね?」



「おーい。起きろー。」



「……おやすみ。」

神様少女

ハルです。
初投稿です。
読んで頂いた皆さん、感謝しています。
友人に勧められてここに投稿しました。
これからもどうか宜しくお願いします……。


なんて堅苦しい挨拶は似合いませんね、どうも。
いや、でも、読んでくれた皆さんに感謝しているのは
まごうことなき事実ですね(^^)
いつもはファンタジー作品しか書かないのですが、暇
だったので書きました(笑)
まあ、あるきっかけもあったのですが。
あとがきって始めて書くけどこんな感じでいいのかな
あ…。
いいよね♪
というわけで、みなさんさようなら!
次も掲載する、かも

神様少女

珍しく書いた恋愛系(自称)です。 思いつきで書いたので、誤字脱字、これ意味 わかんねーよなどあるかもしれませんがご了 承ください

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-14

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