甲州街道と猫と嘘

「実は僕、あの子と付き合うことになりまして…」

「実は僕、あの子と付き合うことになりまして…」

春、深夜の甲州街道で車を運転する僕に彼がこう切り出した、そこからしばらくはよく覚えていない。
当たり障りのない賞賛を送り、二人の馴れ初めを聞いた気がする。

僕は彼女に恋をしていた、ただ選ばれなかったのは僕で選ばれたのは彼なのだ。

僕は突然の出来事に動揺を悟られないようまっすぐ前を見ながら車を走らせていた。


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僕とあの子が出会ったのはこれから夏が始まる、梅雨の合間、よく晴れた日の夜。
地元の仲間内で飲んでいた時に誰かが呼んだのが彼女だった。
隣の席に座り周りをきょろきょろと見渡しては緊張した面持ちであまり好きではないビールと冷たくなったやきとりを口に運んでいた。

「私こういうところ慣れてなくて」

僕も同じだよ、でも僕は君より先輩だからこの場のやり過ごし方をいくつか知っている。

よそ行き用の白いブラウスにショートデニムパンツ、茶色のボブに黒縁メガネ。男だらけの飲み会に来るには不釣り合いな恰好だけど、飲み会に参加した当時は誰が一番に彼女の気を引くか躍起になっていたが、彼女が口下手だってことがわかると男だけで勝手に盛り上がっていた。
ぼくはそんな彼女が取り残されるような気がして、話の輪に入れてあげたり二人きりで話したりと注意深く気を配った。

彼女と話してわかったこと。
・デパートの重い扉は前の人が開けたのが締まる前にするりと入り込むのが好き。
・中学は陸上部で高校は足の速さを生かして帰宅部だったこと。
・さっきの帰宅部は嘘で、よくしょうもない嘘をつくこと。
・いまだに年齢確認をされて、いまさっきもされたこと。

僕らはよく笑い合い、よくちょっかいを出しあい、よく酒を飲んだ。
夜が深まり、そして、また一人またひとりと帰っていった。
彼女を呼んだ当の本人もいつの間にか居なくなっていて僕らは二人で居酒屋を出た。
日中の暑さが影を潜め涼しい風が彼女のブラウスを抜けていく。
お互いの自転車を押しながら駅から15分の彼女の家に何となく向かう。
彼女のアパートの前につき、ただなんとなくまだ一緒に居たい。そう思っていたところ

「私いま部屋を片付けるので上がりませんか?かわいい猫がいるんですよ?」

彼女を待ちながら
(彼女がなかなか出てこないのでその間にコンビニに行ってお酒を買うついでに、そうだアレを買っておこう。あくまでもツイデだし、うん、なにもやましく無い)

しばらくするとドアからひょっこりと彼女が顔を出し

「狭いですがどうぞ」

いえいえ、こちらこそ手ぶらですみません、コンビニに行こうと思ったんですがタイミングがつかめなくて、えぇ。


部屋はこざっぱりとしていて、ネコが居ない。
あるのはシングルベットが一つとテーブル、テレビ。女の子らしい小物達。

「あの、ネコ、実は彼氏の家に居て。ネコ好きって話していたからウソついちゃいました…」

なるほど、そうですか。

「なにニヤニヤしてるんですか?」

いえ、なにも。


冷蔵庫の中からほろよいを取り出し彼女は
「コレコレ!私にはこれぐらいがちょーどいいのっ!!」と言ってクビクビ飲み干した。

それからは彼女の言い訳、普段は男の人を家に絶対入れない事や私ほんとはこういう人じゃないという事を延々と聞いて、結局。


「汗かきましたよね?私もかいてます、なので一緒にお風呂入ります!」


風呂場の電気は消したまま。


「これがボディーソープで、これがシャンプーで、アカスリいります?それとも私が洗います?体で?え?」


もちろん後者でお願いします。即答。


小さい浴槽に無理やり、僕が後ろから抱きしめるような形で入る。
彼女の肩は華奢で小さく鎖骨の部分にたまったお湯をぼうっと眺めていた。


「あまり見ないでくださいね?自信がないので」


うん、見てないよ?意外とキレイなピンクだね、あと着やせするタイプ?ちょっとびっくりしたよ、ラッキースケベってやつだね、こりゃ。


「あーっ!!もーーーっ!!!」


そんな会話をしながら、キスをしながら、風呂を出て、脱衣所でお互いの体を拭き。


「私髪の毛乾かしてもらうの好きなんです、よしよしされてるみたいで」


よしよし、そうか。ならば俺の頭を先に乾かしてもらおう、おれ先輩だよ?体育会系にレディーファーストなんて存在しないよ?


パジャマは家にあった大きめのTシャツを借り。
彼女はTシャツだけ着ていた。
暗いワンルームの部屋にエアコンのごうごうという音だけがしている。

肌に触れる彼女のかすかな体温に心地よさを感じつつ体を重ねた。
お互いの熱に帯びた部分が擦れる音と彼女の声がしている。



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僕から言えることは、
彼女には浮気癖がある、あと彼女が仕事で追い込まれていたらなるべく話を聞いてあげてほしい、ビールは嫌いだからカクテルを勧めると良い。部屋にかわいい猫はいない。
彼女の大好きなところ、大好きだったところ。彼女の中の僕が埋めてきたところを彼が新しく掘り起こして彼が埋めていく。

嬉しそうに話す彼の話をカーステレオにしながら、言葉にできない醜い嫉妬を後部座席乗せ、深夜の甲州街道を新宿方面に向かっている。

甲州街道と猫と嘘

甲州街道と猫と嘘

深夜、甲州街道でのできごと。永福付近。

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-11

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