喪女が人生やり直したら? 2話
中学生編1 です。
2話
4
目覚まし時計のアラームで起きる。この数週間とは『何か』違う感じがする。
部屋の中が違う。身体の感じが違う。髪がいきなりロングになっている。
••••••。
上半身だけ起き上がったのだが、またベッドに倒れ込む。
「芹香、何? まだ寝ているの? 入学式なんだから、早く支度しなさい!」
お母さんがドアを開けるや否や、言うことだけ言って階段を駆け下りていく。
•••マジか。
のっそりとベッドから這い出ると、そのまま一階のキッチンへ降りる。お父さんはもう会社に行ったみたいで、新聞がテーブルの上に置かれていた。
さて、だいたいはわかっているけど、今回は何年だ?
••••••。
えーっ、今日から私は、ピカピカの中学1年生、ってことらしい。29歳からは16年前、昨日からは3年後•••。
あはははは•••。
思わず新聞を床にたたきつけていた。イスに座って、テーブルに突っ伏す。
「何やってんの! 早くご飯食べて用意しなさい!」
後ろを通るお母さんからの言葉の一斉射撃を浴びながら、冬眠から起きた熊のような動きで、ご飯と味噌汁をよそる。意識が飛んだまま食べ終わり、食器をさげる。顔を洗い、歯磨きをして、髪にブラシを通す。
「何やってんのよ、さっきから。髪はちゃんと結いなさい!」
癖でおろし髪で完了してた。中学生は髪、結うんだっけ。やれやれ。後ろ側にしめ縄を一本つくる。
「やだ、全然可愛くない」
可愛い担当は妹なんで。お母さんのコメントを無視して、自分の部屋に戻る。さっきは気づかなかったけど、壁に真新しい制服がかけられていた。
それを見て、段々と頭がクリアになっていく。最初に感じたのは吐き気だった。次は胸が苦しくなるような嫌悪感。
もう一度、これを着なくちゃ、いけないの?
最後には、こんなくだらない状況を創りだしている誰かへの怒りがわいてきた。
私は29年間、彼氏もできなかったし、友達も少ないし、仕事もできないし、趣味や特技もない。毎日、惰性で生きてきて、将来のことなんか結局一度も真剣に考えてこなかった。誰のせいか、と言えば、もちろん自分自身だ。ただ、自分以外にその理由、原因があると言っていいなら•••。
中学1年生の•••。
29歳になった今でも、思い出すと嫌な気分になる。アレをもう一度、経験しなくちゃいけないの?
「やだ、まだ着てないの? 遅れちゃうわよ!」
どうやらその場にひざまずいて、ぼーっとしていたらしい。部屋を見渡すと7時を回ったところだった。
昨日までの小学校生活は、正直少し楽しかった部分もあった。でも今日からは中学生•••。制服の袖に腕を通しながらも、未だ気持ちここにあらず、という状態だった。着替え終えて、幽霊のように階段を降りると、妹に会う。
「わぁ、お姉ちゃん、中学生だ!」
「いってらっしゃい」
どうにか笑顔でキミを送り出す。そして私も新しいローファーを履いて、玄関を出た。春晴れの朝、私の気分とは真逆の清々しい空気に包まれる。
「はぁ•••」
今回は気が動転して、作戦を立てる時間もなかった。ま、考えたところで、時系列に物事をこなすしか、私にはできないし。
とりあえず、昨日まで同様、無口キャラで通す。この時代の私はどうあれ、29歳の私はもともとコミュ障だから、どちらにせよ人と話せませんからね。
小学校より中学校の方が近く、あっという間に着いてしまった。確か入学式には何もなかったはず。
知っていたけど、掲示板の5組に私の名前があった。見るからに重たい足どりで案内を見ながら教室まで向かう。
途中、『あの』望月和樹くんに会い、むこうから手を上げて挨拶してきた。反射的に思わず私も手を上げてしまう。
あれ? こんなエピソードあったっけ? いや、なかったぞ! もしかして、昨日の後、小学校時代の私が上手くやったとか? よし! 家に帰ったら、私が書いた日記を探してみよう!
顔が熱くなるのを誤魔化しながら、教室にたどり着くと、出席番号順に座っていた。これも知っていたけど、教室の一番前の廊下側。アイダやアイカワさんがいないと、だいたいこうなる。
静かに座り、隠密状態に入る。しばらくして担任が入ってきた。今の私よりチョイ上か? 陸上部顧問でいかにもスポーツマンという男性教諭だったのを覚えている。
もとを辿れば、コイツに•••。
男性教諭は自己紹介から始まり、入学式の流れの説明をした。
で。
その本番も流れ通り、滞りなく終わり、再び教室に戻ってきた。パターンなのだろう。男性教諭は右前、つまり私から自己紹介をするよう指示する。
「秋野芹香です。一小出身です。よろしくお願いします」
一瞬だけ隠密状態を解き、最小限の挨拶のみして、再度、隠密状態に入る。
私は男性教諭の顔を伺った。これだけ消極的な印象を与えれば『あんなこと』にはなるまい。しかし男性教諭は次から次に続く自己紹介に集中している様子だった。
ヤバい。あまりに消極的すぎて、消極的だという印象すら与えられてないかも•••。
やな予感は必ず当たる。私の経験から得た法則の一つで、それが証明されるのは翌日のことだった。
5
入学式の後、一応、お母さんに写真を撮ってもらうと、一緒に家に帰った。
家に着くと、すぐに日記を探す。
•••ない。
確かに気持ち悪いしな。読んだ後、捨てたかも知れない。そう考えて、納得することにする。
それにしても、さっきから下がうるさい。
中3になったお兄ちゃんは明日の始業式からで、今日は休みだったらしい。私たちが帰ってくると、腹減ったを連呼して、お母さんを困らせていた。
そんなに飢えてんなら自分で作れよ! お母さんもお兄ちゃんには怒らないし。キミは末っ子だから皆甘やかすし•••。
ああ、この時期からこういう考えを持ち始めたのか。
3人兄妹の真ん中っていうのは、どこの家でも同じような感じで、自立するのも早いらしい。ただ、私の場合、かなり間違った方向で自分の世界を作っちまったけど。
お母さんに呼ばれて下に降りると、お兄ちゃんが口に焼きそばを入れたまま話しかけてきた。
「セリ、お前のクラスに宮野優希がいるの?」
と、この下品な兄は言っていると思う。教室では外部情報も遮断していたので全く気にしていなかったが、担任が入ってくるまでは、クラスがざわついていた。
宮野優希。ティーンズ雑誌の読モで、まあ、可愛いわ、なんだで。ちなみにコイツと同じクラスだということも覚えていた。
忘れるわけがない•••。
うるさいお兄ちゃんを適当にあしらって、さっさと部屋にこもる。明日以降の対策を考えなきゃ。
前回の小学生時代を再度経験させられた時にやったことが、役にたった。覚えている限り、時系列にそって出来事を書いていく。さすがに何日かまでは覚えていなかったけど、トリガーとなる出来事をしっかり把握できれば、対応できるはず。
ただし、問題もある。
私としては二度と経験したくない出来事だけど、それを避けることは出来るのか•••。未来を変えることになろうと、かまわない。もう二度とあんなことになるのはイヤだ!
やってみるしかない、か!
やれるだけやる、という方針でいくことにしたが、次は一連の出来事をどうやって避けるか?
0時を過ぎていた。必死だった。時々無駄じゃないのか、という考えにのまれそうになったが、なんとか耐えた。
難しかったのは勉強と違って、人とのやりとりだ、ということ。答えは無いかもしれないし、あっても人それぞれ皆バラバラなはずだから。
そして、気づいたらいつの間にか寝ていたみたいで、目覚まし時計のアラームに起こされた。
今日が一つ目のトリガーが起こる日だ。昨日、担任が言っていたから間違いない。ここを避ける方法は、結局あきらめている。無理やり避けても、その後が読めなさすぎるから。
今回は、過去の通りに事態が進むか静観する方針にした。
息を吐き出す。気持ちを引き締め、朝支度を始めた。
6
お兄ちゃんとは時間をずらして登校する。お互い、恥ずかしいしね。
クラスに入って自分の席に座る。
確か今日は担任から今後の予定を聞かされてから、身体測定だっけ?
わずかに視線を後ろに移す。昨日、お兄ちゃんが言っていた宮野優希を中心に、その七光りに預かろうとする輩で、人山ができていた。再び前を向き、ため息を一つはいたところで、担任が現れた。
第一関門がきたか•••。
自分が顧問をしている陸上部のアピールをしてから、担任は切り出してきた。
「今言った部活や委員会は後々に決めてもらうとして、今日は取り急ぎクラス委員を決めてもらう。誰か立候補いないか?」
そう。これが一つ目のトリガー。このまま誰も手を挙げなければ•••。
「残念、いないか。では•••、男子と女子で出席番号が一番はやい•••、秋野と飯田、やってくれないか?」
クラス委員•••。当時は、まあ、いっか、という感じで引き受けたと思う。後ろの飯田くんは嫌がりながらも、友達にからかわれて悪い気分じゃないみたい。男子って•••。
「どうだ、2人とも? 皆も助けてやるよな?」
担任の投げかけに拍手で答えるクラスメートたち。担任に促され、教壇に立ち、一言挨拶までさせられた。
まるで録画した映画みたいに、過去に見た場面が全く同じように進んでいく様は、何か滑稽だった。初めて見る映画は先が見えないが、一度見たことのあるものだったら、次がわかっている。
感動するシーンは、わかっていても感動する。でも、嫌な気持ちになる作品なんか好んで見ることは普通しない。ただ、どうしても見なければならない、というのなら、あきらめもつく。
そして、次の第二のトリガーを待つわけか•••。
そして、一週間がたった。
面白いもので、当時、友達になった桜井さんとは、また話すようになった。あの時とだいぶ中身が違うはずなんだけどなぁ。で、せっかく話しかけてきてくれる桜井さんに対して、私はどうしたか?
なんと、ちゃんと返事を返せているんですね~。これも数週間、小学生をやったリハビリ生活のおかげだな。
和やかな時間もあっという間。一時間目の授業が始まる前、気合いを入れて、実に何年かぶりの大きな声をだした。
「すみません。今日が仮入部申込書の提出日です。お昼休みまでに提出をお願いします」
ため息をついて席に座る私の背中に、飯田くんが話しかけてきた。
「サンキュー、秋野さん。皆わかっていると思ってたから気がつかなかったけど、ちゃんと言っておいた方がいいよな」
曖昧に頷いてから、再び気合いを入れ直す。ここからが本番だから。用意していたキャンディーを握ると、後ろに振り返る。
「飯田くん、お願いがあるんだけど、お昼休みの用紙回収と先生のところに持っていくの、頼んでもいい?」
セリフまで考えて、さらにキャンディーまで渡すという用意周到さで、飯田くんに神頼みする。
「え•••、って、まぁいっか。了解」
「ありがとう」
「い、いや」
飯田くんの引きようを見る限りでは、笑顔の練習はまだまだのようだった。
とりあえず! これで準備は整った。あとはこの時代で、これがどういう結果をもたらすか?
それは、私の想像を超える、最悪の結果になった。
喪女が人生やり直したら? 2話
次回は、中学生編2 です。