チョコの妖怪

瀬戸かもめ

 二つの世界がある。いや、もっと多いかもしれない。が、ここでは二つとしておこう。それは人間のいる世界と妖怪の世界。二つの世界は様々な場所で混ざりあっている。人間のいる世界はみなさんもご存じの世界。妖怪の世界は少し変わっている。それでも近年は妖怪たちも様々な科学的機器を使うし、様々な職業だってある。暮らしているひとの外見が違うだけで本質的に大差はないのである。ただ、大きく違うことといえば彼らは二つの世界の間を飛びこせるのだ(人間にもできないとは言えないが妖怪の世界に渡った人間について一切信頼できる記録は残っていない)。そのため、人間に妖怪だと見破られないように変身や変装をする者も多い。彼らも人間と同じように理性や法律をもっているため人間に危害を与えるものは最近では滅多にいない。中には共に暮らす者もいる。この話もまたそのような妖怪と人との話である。

     一

 河童探偵、川流(かわながれ)三十郎が居候している家には二人の姉妹がいる。姉のサクラは小学校六年で妹のヨモギは小学校一年である。
 二人はこの日、翌日のバレンタインデーに向けてチョコを作っていた。
 サクラは妹に、誰か渡したい相手がいるのかなと思って訊いた。
「誰に渡すの?」
 妹は「ともだちにわたすの!」と答えた。
 サクラは返ってきた答えが少し意外で可笑しかったのでつい笑ってしまった。
「お姉ちゃんは?」
「友達に渡すよ」
 ここで姉妹が笑ったのでチョコ作りを見ていた三十郎は訝しげな顔をした。
 この三十郎、実は正真正銘のカッパである。雨具じゃなくて妖怪の方の河童の彼がなぜ人間の家に居候しているか、その事情はここでは省略させていただこう。水掻き、甲羅、嘴と、それから頭に水を湛えたお皿のある一般的な河童である。
 ところで、そのとき一瞬訝しげな顔をした三十郎は、どこの家でもこんなことをしているのだろうかとつまらなそうに冷蔵庫にあった季節外れの胡瓜を一本握りしめ、居間のテレビを見に行った。
 探偵と言ったが、実は彼が探偵を始めたのは三週間前である。

     二

 バレンタインデーの翌日、サクラが小学校の教室に向かう途中、彼女を呼びとめる者がいた。その者の名はタケという。二人は幼なじみだが、小学校も六年になると女子ばかり男子ばかりで何となく固まってグループを作ってしまうということもあり、このところあまり口をきいていなかった。
「あのさ、俺にチョコくれた?」
 突然へんなことを訊かれたサクラは当然顔をしかめた。
「え、あげてないよ」
「えー。じゃあ俺にチョコくれたの誰だろう。他に心当たりはないし」
「どうせお母さんでしょ」
「母さんは直接渡してくれたよ」
「じゃあ、どうやってもらったの」
「郵便受けに入ってた」
「食べた?」
「うん」
「おいしかった?」
「うん」
「どんなの?」
「レーズンが入ってた」
「へぇー」サクラはどんな人が渡したんだろうかと思った。

 家に帰ると早速サクラは三十郎にそのことを伝えた。
 三十郎はメモを片手に一々とっていた。
「なになに、手作りのレーズン入りのチョコ、と。……それで、タケは他に人間の女の子で仲良い人とかいないの?」
「とくにいないみたいだよ」
「ふうん、じゃあ、妖怪のせいかもしれない。タケがどこかで妖怪と接点を持っているとも考えられるからね。探すよ、その妖怪(ひと)。タケはお礼言いたいんだろ」

     三

 ところで、民俗学者・柳田國男の文章に「川童の話」というのがある。そこに、隣の家の童が実は川童だった話がある。案外河童がその辺をうろうろしていても昔は気づかれなかったのかもしれない。
 その日、晩ごはんの後、「妖怪の街へ買い物に行く」と言って家を出た三十郎はタケの家のある通りを歩いていた。辺りはもう薄暗い。三十郎の皮膚が人間と比べて多少赤かろうが茶色かろうが(あるいは緑色でも)人間の服を着てニット帽でも被っていたら大概ばれないのである。
「郵便受けに入っていたらしいな、タケん家の」
 サクラから聞いたとおりタケの家の前に着いた三十郎はタケの家ではなくその向かいの家の木に向かって声をかけた。
「おーい。ミミズクさーん」
「なんの用じゃ? おう、三十郎か」と彼は木の上から年老いた顔を向けた。このミミズク氏というのはこの道を見守っている、妖怪世界の交番のような存在である。三十郎とミミズク氏は旧知の仲で、三十郎が探偵になってからというものミミズク氏は三十郎に協力してあげている。
 探偵は本題を切り出した。
「今、事件の捜査で、二月十三日の夜から十四日の未明、ここを誰が通ったか聞きたいんですが」
 妖怪はいろんな時間帯に出没するものだが、日中なら近所の人に怪しまれるかもしれないから、妖怪がチョコの送り主なら郵便受けに入れたのは暗い時間帯だと推測できる。
「なになに、二月十三日の夜から十四日の未明とな。まあ寒かったから人通りは少なかったの。三人じゃ。猫又と雪女と大百足。雪女はこれから暫くは雪山に籠るらしい。……どうせまた人探しじゃろ?」
「そうです。教えて頂いてありがとうございます」
「捜査頑張っての」
「はい」こう言って三十郎はその場を後にした。

     四

 歩きながら、三十郎は考えていた。
「この中で雪女はチョコを湯せんしようとすると一緒に融けてしまうから可能性はほぼないだろう。それに、猫又は猫だから火を怖がるかもしれない」
 とにかく行ってみよう、とまず大百足の家に向かった。外れたら猫又の家に向かうつもりである。
 大百足の家は近所の神社の本殿の下にある。古い建物で、下に大きな空洞があり、そこが大百足の家に通じている。ちなみに大百足といっても直径十五センチくらいである。
 三十郎が境内を歩いていると、風が吹いて真っ黒な木々の葉がこすれ合い、辺りは不気味さを増した。
 河童は帽子と手袋を脱いで――人間だと思われては困るのである――畳んだあとそれを抱えて本殿の回り縁の下の真っ暗闇に向かって声をかけた。
「すみません」
「誰だい?」少ししゃがれた幽かな声。
「河童の三十郎と申します。お聞きしたいことがあるのですが少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか」
「どうぞ。入ってきていいよ」
 おそるおそる深い穴にもぐっていくと意外にも辿り着いた先は明るくて広く、整頓された空間だった。
「こんにちは。河童さんが何の用かね。ここに入ってくる者は滅多にいないんだが」
「こんにちは。私は探偵をしている川流三十郎と申します。手土産も何も持たずにやってきて本当に申し訳ないのですが、実は、お聞きしたいことがありまして……」
「どんなことだね? まあ椅子にでもお掛けよ。お茶入れるから待ってて」
「ありがとうございます」三十郎はすっかり恐縮したが、同時に喉も渇いていた。
 大百足が持ってきたお茶を受け取った三十郎は、彼女が椅子に掛けるなり話を切りだした。
 百足さん答えて曰く、「私も確かにチョコは作ったけど人間には渡していないよ。それに私はタケという人は知らない。……お前さん、そんなにがっかりしなさんな。ほれ、チョコ食べて元気出しな」
「頂いていいんですか?」
「いいよいいよ。私は妖怪(ひと)をもてなすのが好きだからね」
「ありがとうございます」
 寒いのでしばし暖をとり百足さんと談笑していた三十郎であったが、猫又にも聞かなければ、とここまで来た目的を思い出すと、
「百足さん、僕もうそろそろ失礼します。本当に今日はありがとうございました」
「あ、そうだったね。……またいつでもおいでよ」
 ということで失礼した。

     五

 年をとった猫の尻尾の先が二つに分かれたものが猫又である。
 ここでの猫又は大百足と同様、特定の人物を指している。その猫又の家には同じ神社の裏手の雑木林から行ける。夜になるとその木々の暗がりと妖怪の町をつなぐ通路が開かれるのだ。
 妖怪の町はにぎわっている。
 三十郎が通りをぶらぶら歩いていると猫又の雑貨屋の看板が見えた。
 まったく手土産がないのも悪いと思った三十郎は近くにあった小豆とぎの和菓子屋で団子を二包み買ってから雑貨屋に向かった。
 雑貨屋の飾り窓には尻尾の先が二つに分かれた招き猫や青銅色のひょろ長い河童の置き物、ほかにも面白いものがいくつか並べられていた。
 三十郎がドアを開けると小さなベルが上で鳴った。店の中に他に客はいない。
「いらっしゃいませ」優しい声の主は店主の猫又さん。
「こんにちは。私は河童で探偵をしている川流三十郎と言います。これ、もしよかったらどうぞ。団子です」とさっき買った包みの一つを差し出す。
「ありがとうございます。お茶のときに頂きますね。……ところで、探偵さんがどういうご用事で?」
「実は、私は人間の家に居候しているんですが、そこの家の娘さんの友達がバレンタインデーに、家の郵便受けに誰からかわからないチョコが入っていたらしくて、それで心当たりがないかと思ってここに来たんです」
「そういうご用件ですか。……普通はね、そういうことはひとに聞かないものよ。でも、私は人間にはチョコはあげてないわ」
 三十郎は少し赤くなった。
「ごめんなさい。言いにくいことを聞いてしまって」
「別に言いにくいとは言ってないわ」
 猫又は少し笑って続ける。「河童さん」
「はい」
「来年のバレンタインデーに来てくれたらチョコあげるよ。りんご入り」
 猫又のお姉さんは毎年チョコを客に配っているのである。
「では、来年も来ます」
「よろしくね」
「はい! ……あの、ところで一つ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「気になっていたんですけど、猫って火は怖くないんですか?」
 猫又は意外にも大笑いした。
「猫ってそんなに火は怖くないよ。それに最近なら火が怖くてもIHのコンロだってあるから別に困らないし。……聞きたいのはそれだけ?」
「はい」
「じゃあ、河童さん。捜査頑張って」

     六

 雑貨屋を出た三十郎は困った。次はどこへ行ったものやら。
 考えたあげく、もう一度ミミズク氏のところへ戻ることにした。
「ミミズクさん」
「三十郎。見つかったか?」わくわくした声。
「それが残念ながら」
「それは困った」
「あの。本当に十三日の夜に通ったのは三人だけですか?」
「きっかり三人じゃ」
「うーん。じゃあ、十四日の日中はどうですか?」
「日中かね。わしは夜行性じゃから、うとうとしておったのう。あ。そういえば、夕方、たしか三時過ぎくらいにお前の居候している家のヨモギちゃんを見たが」
 実は、ミミズク氏はヨモギとも面識があるのである。そして、なぜか三十郎がヨモギの住む家に居候していることまで知っている。
「本当ですか?」
「ああ、確かじゃ。可愛らしい小さい子が歩いていると思ったらヨモギちゃんだったわい。……もしかして探していたのはヨモギちゃんかい?」
 三十郎は質問には答えず、タケの家を指し、
「あの家の前にいましたか?」と訊いた。
「いたよ。チャイムを押して二分くらい待っていたが、出てこないとわかるとチョコの入った袋を手さげ鞄から郵便受けに入れてたよ」
「そういうことか!」
「三十郎、チョコを渡した人を探していたのか?」
「そうですが」
「あんまり個人的なことには首をつっこまない方がいいとわしは思うがの」
「はい」

     七

 三十郎が家に着いたのは九時を少し回った頃だった。
「ただいま」と言って居間のドアを開けると、テレビを見ていたサクラとそのお父さんが返事をした。どうやらヨモギとお母さんは入浴中らしい。
「お団子買ってきたよ」
「ありがとう」
「冷蔵庫に入れとくから明日食べよう」。それから声を二段くらい落として、
「サクラちゃん、ちょっといい?」と手招きする。
 サクラはテレビの続きも少しは気になったが、三十郎がチョコの送り主をつきとめたような予感がしたため、ついて行くことにした。行った先はサクラの部屋。
 三十郎は椅子に、サクラはベッドに腰かけた。三十郎が話しだす。
「チョコをあげたのはね、ヨモギちゃんだったよ」
「え? ……あ、そういえば」
「何か思い当たること?」
「それがね、このあいだ、一か月くらい前に、ヨモギが迷子になっていたらタケが家まで連れてきてくれたんだよ。それと、レーズンチョコだね」
「そう。サクラちゃんとヨモギちゃんが作ってたのもレーズンチョコだったのに心当たりが無いようだったからついうっかりしてたよ。僕も食べたのにね」
「まあ私だって自分に心当たりがないだけで妹かもしれない可能性を忘れてたからね。それにヨモギは『ともだちにわたす』って言ってたから気づかなかったよ」
「そうそう。……いやあ、それにしても探偵って難しい仕事だね」
「でも結果が出てよかったじゃん」
「それは良かったけど、まだ疑問があってね。どうしてヨモギちゃんは自分の名前を入れずにチョコを送ったか、なんだよ」
 少しの沈黙の後、サクラは三十郎に作戦を伝えた。

 サクラは、お風呂から上がってきたヨモギを部屋に連れ込んだ。かくして、サクラの部屋に三人が集まった。
 まず口を開いたのは三十郎。
「ヨモギちゃん。タケくんにチョコあげた?」
 ヨモギは目を丸くしてうなずいた。
「それでね、名前が書いてなかったからタケくん困ってたみたいだよ」
「……あ、名まえかいてなかった」
 サクラは「じゃあ明日タケくんに伝えるよ」と言った。
 ややこしいのでここに至った経緯をざっくり説明する。
 バレンタインデーの日、五時間の授業を終えてヨモギが帰宅。その後、友達の家に遊びに行く途中タケの家に立ち寄りチャイムを押すも、不在だったため郵便受けにチョコを入れた。サクラやタケが帰ったのは六時間授業のためヨモギより一時間近く遅かったという訳である。
 さて、ヨモギが無記名でチョコを入れた理由は本当に忘れたためか、恥ずかしかったためなのかその辺りはわからない。またヨモギはタケのことを好きだったのではないかとも考えられるがそこも定かではない。

     八

 二月十六日、タケはヨモギにお礼を言うために家までやってきた。
「ヨモギちゃん、チョコおいしかったよ。ありがとう」
 と、ここで完結するかに見えたが、ホワイトデーにもタケはやってきた。その日、タケからブラウニーをもらったヨモギの顔は感動でほくほくしていた。
 ホワイトデーの晩にはもう一人の人物もお礼しに行った。
「百足さん、こんにちは」
「三十郎久しぶり」
 三十郎はサクラに教わった作り方で作ったレーズンチョコを持って行ったのであった。百足さんと夜遅くまで話していたことは言うまでもない。

チョコの妖怪

 私の書いた初めての小説です。今年の二月に書いたもので、ネットでの公開まで時間が空いて少し季節外れかもしれないです。
 私が河童の探偵を思いついたのはこの作品を書く一年ほど前だったのですが、実は河童の探偵を書いた人が他にもいて先を越されてしまいました。葦原葭彦さんの「河童之国探偵物語」というものです。でも、内容的には違うところも多いのでまあ、よしとします(読んでないんですけどね)。
 最後まで読んでいただきありがとうございました。(2017年7月8日)

 参考文献……柳田国男「妖怪談義」(角川ソフィア文庫)
 

チョコの妖怪

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-07

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