探しもの
今日も、オレは、自分を見失っていた。
自分で自分が、何をしているのか分からないほど、いつもオレは、自我を無くす。
ふと、気づけば、周りは、血の海だった。大人も子どもも関係なく、事切れている。どうやって殺したのかは分からないが、死体がぼろ雑巾の様になっているのを見て、まともな殺し方ではなかったはずだ。
(ああ、また、)
天井を見上げて、息を吐く。少し、体の力を抜いた。
いつもは二人一組で任務につくように言われているが、今日は、誰もいなかった。この所、仕事が多くて、人数の少ないウチのギルドは、人手がさっぱり足りていない。だから、一人で行ってこいとボスに言われ、一人で任務についたら、これだ。
(全員、殺しちゃったよ、)
殺す相手は、二人だけだった筈だが、気づけば、子どもから使用人まで、皆殺しにしている。
「どうすっかなぁ、これ、」
絶対、ボスに怒られる。いや、そもそも、オレを一人で行かせたボスが悪い。そうだ、きっと、オレは悪くない。今日こそ、言ってやる。
ぎゅっと拳を握ったが、全員を殺したのは事実で、何度見ても、相手は等しく息絶えていた。暫くその死体を見つめていたが、生き返ることはないので、はぁとため息をついた。
「どっちにしろ、殺したのは、オレじゃん、」
またため息をついて、血のついた鉈を振り、血を落とした。服も顔も返り血でベタベタで、気持ち悪い。早くギルドに帰って、シャワーが浴びたい。けれど、そんな気持ちより、自分の中にあったのは、何とも言えない気持ち悪い感情だった。
普段なら、その気持ちを振り払って、直ぐにでもギルドへ直行している。しかし、それが出来ないのは、日に日に大きくなっている自分への疑問だ。
(どうして、オレは、衝動を抑えられないんだろ、)
ボスは、オレを助けてくれて、ギルドの仲間は、狂っている奴らばかりだけど、自分を家族だと認めてくれている。オレには、あそこにしか居場所がないと分かっているのに、最近は、ギルドに帰ることが億劫だ。だから、蛇の姉さんに頼んで、仕事を入れてもらっている。
何も考えない様に、沢山、依頼を受けて、数え切れないくらい人を殺しているのに、未だに、この後味の悪さに慣れない。
「オレは、弱いのかな、」
ぽつんと漏らした声に、凛とした声が返ってきた。その声は、透き通る透明さがあり、芯の通った強い声だった。
「弱くありません。」
声が返ってくるとは思っていなかったので、殺し損ねたかと死体を見たが、やはり全員、死んでいる。
目を瞬かせて、顔をあげれば、美しい女性がいた。小麦色の髪を三つ編みに編み、ゴシック服と制服を掛け合わせた様な服に身を包み、瞳は声を同じで、透明な色を帯び、何より柔らかな雰囲気の女性だった。
ドアの前で、こちらを見ている。オレは、一瞬呆然としたが、すぐに、鉈を構えて、彼女との間合いを詰めた。そのまま、振り下ろした筈の鉈は、軽々と止められていた。
「……っ、!!?」
止められたのは、ボスと仲間だけだ。それをこの女性は、軽々と自分の得物で止めてみせた。危機感を覚え、後ろへと飛ぶ。床に足が着いたのと同時に鉈を構え直した。
(見られた以上は殺す。)
死体と自分の姿を見れば、オレが殺した事は一目瞭然だ。他に知れたら困るし、それでは任務が成功したとは言えない。
彼女は、微動だにせず、暫くして、得物を下げると、困った顔をする。意味がわからず、戦闘態勢に入ったまま、彼女に声をかけた。
「………なに、」
「いえ、こちらのご主人に頼まれていた物をお持ちしたのですが……………渡せませんね。」
机の上に突っ伏して死んでいる男を見て、彼女は苦笑した。オレにも見えるように、小さな紙袋を見せてくれる。どうやら、届け物があって寄っただけで、ここの人間ではないらしい。
「渡せるよ。」
首をかしげた彼女に、オレは笑い声が漏れる。綺麗な彼女を切り刻んだら、どんな声をあげてくれるのだろうと想像してしまい、自分の心が急速に冷えていくのを感じた。そして、ゾクゾクと上がってくるのは、彼女を殺したいという殺人衝動だけだ。
(ああ、また)
緩やかに落ちていく思考の中で、自分が、関係のない人間を殺すことに、少しだけ胸が痛んだ。しかし、それは一瞬のことで、メリッと音がすると自分の体が地に沈んだ。
「ごほっ、………ぁ、?」
何が起こったか分からない。ズキズキと鳩尾が痛くて、立ち上がれない。辛うじて、顔だけあげれば、彼女が先程と同じ得物を握っていて、すぐに理解した。
彼女に、一撃を入れられたのだと分かった時には、もう意識は落ちていた。
それからどうなったのかは分からないが、ふかふかのベットと静かに何かが移動する音が聞こえて、ゆるりと目が覚めた。
ぼんやりした視界の中で、動くものがあって、意識が覚醒した。
「あ、起きました?大丈夫ですか?」
薄紫で少しくせ毛のある髪に、紫の瞳。人懐っこい笑顔に、穏やかな印象を受けて、フッと強張った体の力が抜けた。
知らない人間が、視界に入れば、蹴り殺しているか殴り殺している筈なのに、不思議と彼には何の感情も湧いてこなかった。
(すげー、落ち着く声、)
目の前にいる彼の声は、何故か体の力が抜けて、リラックスできる声だった。
「大丈夫。」
しっかり答えれば、ホッとした表情で、さらに笑顔で対応される。
「よかった。………あ、僕は、アヤメって言います。君は?」
「……………ルチア、」
「かっこいい名前ですね!よろしくお願いします、ルチアさん。」
ニコニコ笑って、手を差し伸べてくる彼に、おずおずと手を握り返す。ぎゅっと握られて、久しぶりに人の温かさに触れた気がして、少しだけ泣きそうになった。
ギシッとベットから起き上がって、視線をあげて、驚いた。驚いて、ぽかんと周りを見ているオレに、アヤメは、クスクスと笑った。
「びっくりしますよね。僕も最初は、驚きました。」
「なに、ここ、」
見た所、図書館の様だ。しかし、本が宙に浮き、音もなく棚へと入っていく。そこら中に本が浮いては、本棚を出たり入ったりしており、本棚自体も、緩やかに動いている。
ベットから降りて、近くにあった本を興味本位で触れば、本が開きページが捲られていく。
目を白黒させて、その様子を見ていると、本棚に寄りかかって、こちらを見ている年若い青年に気づいた。オレの視線に気づけば、こちらに寄ってくる。
「ここは、曖昧図書館。あっちでお茶の準備してっから、来いよ。歩ける?」
先程まで、丁寧な敬語を聞いていたから、あまりにも砕けた口調に固まる。青年はぐいっとオレの手を引き、オレが慌てて踏み出したのを見て、満足そうに笑うと、そのまま、オレの手を引いて、だるそうに歩いていく。
アヤメが耳打ちして、教えてくれた。
「キョウヤさん。ここの図書館の主人です。今はあんな感じだけど、普段はビシッとしてて、かっこいいんですよ。」
全くそんな風には見えない。今も、大きく欠伸をしているし、ズボンの裾は長いのか踏んでいるし、長い紫の髪も適当に三つ編みされていて、ボサボサだ。
あり得ないという意味を込めて、アヤメを見れば、あははと苦笑いされた。
本を避け、歩いた先には、白のテーブルがあった。その上には、甘い香りのする紅茶やお菓子が並んでいる。
パッと手を離され、テーブルの前に立つと、勝手に椅子が引いて、座ると、ギギッと音がして、元の位置へと戻った。ティーポットが、ふわりと浮くと、カップへ、熱い紅茶を注いでくれる。
「すごい、」
「曖昧な境界にいるのが、この図書館だからな。」
意味が分からず、首を傾げれば、同様に座ったキョウヤが説明してくれる。
「どこの世界にも属さない。それが、この曖昧図書館だ。全てが曖昧な為に、本が浮いてたり本棚が移動したり、勝手にお茶が用意されていても不思議じゃない。どんな事でも起こり、どんな事も起こらない。それが、ここだ。」
更に意味が分からず、眉間にしわを寄せれば、キョウヤはケラケラと笑った。
「ま、気にすんな。不思議な場所もあんだなと思っときゃいい。」
詳しいことは理解できないので、そんなものかとキョウヤに言われた通り思うことにした。
熱い紅茶に口をつけると、驚いた。
「甘い、」
こんなに甘い紅茶は初めて飲んだ。甘いのに、嫌にならず、むしろ、美味しくて、どんどん飲みたくなる。そんな味だった。
その様子に、アヤメが小さく傷ついたような表情をしていたことに気付かずに。
「ルチア、お前、なんで、ここにいるか分かるか?」
口調は、ぶっきら棒で優しい口調ではないけれど、声音は、存外穏やかで、こんな兄ちゃんいたらいいなと思うほどだった。
意識が落ちる前の記憶を手繰り寄せ、そして、
「綺麗なお姉さんに、殴られた。」
と口にすれば、キョウヤとアヤメは、何とも言えない表情になる。
諦めているような、どこか遠い瞳をした二人に訳が分からず、二人を交互に見れば、キョウヤとアヤメは、思いっきり謝罪した。
「ほっんとに悪かった。」
「悪気があったわけじゃないんです。ヒロさんは、手加減って言葉を忘れているだけで、何も気絶させたくて、させたわけじゃ、」
ガバッと頭を下げるキョウヤと、謎の弁解を始めるアヤメに、戸惑った。
彼女………ヒロは、別にオレに殺意があって、鳩尾に一撃を入れたわけではない。確かに手加減は全く躊躇もしなかったけれども。
「いや、謝るのは、オレの方。先に殺しにかかったのはオレだし、向こうは、防御しただけ。」
そう、彼女は、好き好んで、オレを気絶させたわけじゃなく、オレが殺意を持って殺しにかかったから、気絶させただけだ。
(そもそも、あんな感情に囚われず、直ぐに帰れば、彼女とも出会わなかった。)
オレがあんな場所で、答えの出ない自問自答を繰り返していたから、関係のない彼女を巻き込むハメになった。
「ごめん、」
小さく頭を下げれば、二人とも目を瞬かせている。そして、キョウヤが、真剣な瞳をして、ぽつりといった。
「普通だな。ヒロからは、殺人衝動が抑えられないガキときいてたんだがな。」
「間違ってない。………あん時も、殺すのは、二人だけだったのに、気づいたら、全員殺してたから、」
ぎゅっと拳を握った。握った拳を見つめて、この手が血に染まっている事に、少しだけ虚しさを感じた。
(殺しても殺しても、渇いていくだけ。)
殺しても殺さなくても、いつも渇いていた。いつでも、どんな時でも、ひどく渇いて、意識が無くなれば、人を殺していた。それが当たり前になると、オレは自分を見失った。
「………やめたいか?人を殺すこと。」
驚いて、自分の拳から、キョウヤへと視線を移す。キョウヤもアヤメも真剣な瞳をしている。
「………分からない。今まで、殺すことしかしてこなかったから、他に選択肢なんて、ない、」
「選択肢なんて、どこにでも転がってる。」
ガリっと、キョウヤが噛んでいるのは、氷砂糖だ。先ほどまでのゆるりとした雰囲気ではない。ボスと同じ、何か諭す時の、厳しい雰囲気だった。
「選ぶか選ばないかは、ルチア次第だ。」
「うん、」
でも、ボスとは違う。キョウヤは何というか、お兄ちゃんって感じがする。ボスは、優しいけれど、何を考えているか分からないし、きっと、あの人も、何か狂気を隠している。
「キョウヤは、厳しいけど、優しい気がする、」
ギルドのみんなも優しいけど、それとはまた違う優しさだ。
「なんだ、そりゃ?俺は、別に優しくねーぞ。」
「優しいですよ。僕もキョウヤさんの優しさに救われました。」
「やめろ。」
心底、気持ち悪いといった声だ。それでも、ここは、優しさで溢れている。さっき会ったばかりの二人なのに、何故か、ひどく安心して、いつもみたいに渇かない。心が凪ぎ、落ち着く。
「オレ、母さんしか家族いなかったけど、なんか、キョウヤとアヤメは、兄ちゃんみたい、」
ギルドのみんなも家族で、兄や姉だ。でも、そう思うまで、時間がかかった。ボスの事も自分で信じると決めるまで、本当に考えた。それなのに、この二人は、スッと心の中へと入ってくる。それが、どうしてか嫌じゃない。
「お兄ちゃんって響きいいですね。僕も、弟欲しかったです。」
「兄弟いなかったのか?」
「昔のことなので、全然覚えてないです。」
苦笑して、キョウヤの問いに答えるアヤメは、過去のことを教える気は無いようだ。キョウヤも、別に詮索するつもりはないらしい。
「…………もし、人を殺すこと、やめて、オレは、」
どうしたらいいと言葉には出なかった。生きていく上で、殺すことしかしなかった。殺人衝動もおさまるとは思えない。
「そん時は、雇ってやるから安心しろ。」
「え?」
「あいにく、ここはいつでも人手不足でな。膨大な図書があるんだ。三人でまわらないんだよ。」
「そうです。めちゃくちゃ大変なんですよ。他の部署に呼ばれるし、僕も自分の仕事があるし、」
「それに、その程度なら、オレもアヤメも抑え込める。」
さらっというキョウヤに、目を瞬かせた。誰彼構わず、殺すのに、彼らは、特に動揺した素ぶりもない。そういえば、ヒロも、大して驚いていなかった気がする。
「キョウヤさんもヒロさんも強いので、安心して下さい。僕も体は頑丈なので、大丈夫です。」
体が頑丈なのは、関係がないと思うが、アヤメなりに気を遣ってくれているらしく、その気持ちが嬉しかった。
「ありがとう、」
久しぶりに言葉にした感謝の気持ちは、少しだけ声がかすれていた。
「ま、どうするかは、てめぇで決めろ。決まったら、呼びかけてくれれば、いつでも招待する。」
「はい、これ。」
手の平に乗せられたのは、ページの開いた本の形をしたイヤリングだった。渡された物に戸惑っていると、アヤメはニコッと笑って説明してくれた。
「ここと繋ぐ時に必要な物です。」
繋ぐと言われても意味が分からなかったが、必要と言われたので、つけておく。
カンっと音がした。キョウヤを見れば、ニヤッと笑われる。自分の足元が淡く光り始め、どんどんキョウヤとアヤメの姿が見えなくなる。
「助けが必要になったら呼べ。」
その言葉だけが、耳に残り、次に視界が開けた時には、ギルドがある森の中だった。空はすでに夕焼け色に染まっており、あれから、あまり時間が経ってないのだと実感した。
直ぐに、ギルドに戻ると、殆ど人はいなかった。ボスがカウンターで呑んでいて、手を上げて迎えてくれる。隣に座り、今日の任務について報告すると、ポンっと頭を撫でられた。
「お疲れさん。やっぱ、一人で行かせたのは不味かったか。」
どうやら、衝動が抑えられないことは予想がついていたらしい。
(それなら、止めてくれればいいのに、)
と思いもしたが、言うだけ無駄だと分かっているので、小さく息をはいて、今まで疑問に思っていた事を話そうとした。しかし、言葉は出てこなかった。カタカタと震えている自分がいる。
それに気づいたボスは、眉間にしわを寄せて、
「どうした、?」
と気遣わしげに聞こえた声を聞いて、ガタッと立ち上がった。
「ご、めん、!つかれたから、ねる。」
ボスの返事も聞かずに、奥の廊下を突き進み、ドアを開けると、ベットにダイブした。ぎゅうと布団を握る。
(………ころしたく、ない、って、)
思っている自分がいるとは思わなかった。
最初から疑問でも何でもなかった。もう、人を殺したくなかったのだ。たとえ、それしか取り柄がなくて、衝動が抑えられないとしても、それでも、あの感覚に慣れるのが嫌だった。
(慣れないんじゃない、慣れたくなかったんだ、)
平気で人を殺す様にはなりたくない、何の感情も湧かなくなるのは嫌で、壊れてしまえば終わりだと分かっていた。
(………だって、もう、みんな壊れているから、)
このギルドで正常な思考を持っている人間はいない。ボスの周りに寄ってくるのは、狂っている人間だけだ。どこか異常だったり、どこか欠落していたりする。
ここのギルドの中では、それが正常でも、外に出れば、それが異常なんだと、すぐに分かってしまう。
(だから、ケイトも出ていったのかな、)
ケイトは、ボスが連れてきた新人だった。女と見間違うほどの美貌に、戦う姿が舞うようで周りを魅了した男。感覚は至って正常で、いつもギルドのメンバーに戸惑っていた。口数は多くなく、暗殺に参加するが、さほど量も多くない。三年はこのギルドにいたが、ボスに別れを告げて、ギルドをやめた。
よく、オレの事も気にかけてくれていた。優しげに笑うのに、戦闘になると人が変わった様に冷徹で、ボスも信頼していたと思う。
(あれくらい、強かったら、オレも、)
だんだんと瞼が重くなる。ぎゅっと布団を握ったまま、ゆっくりと意識が落ちていった。
陽の光で、目がさめると、すでに正午を回っていた。特に仕事が入っているわけでもないので、何時に起きてもいいが、今日は、気持ちが沈んでいて、どうにも寝起きが悪い。
着替えて、ギルドのカウンターに向かい、ぼーっと依頼を眺めた。眺めるだけで、依頼をみているわけではない。
トンと肩を叩かれて、ゆるりと振り返れば、サーシャが、不思議そうにこちらをみている。
「どうしたの?ぼーっとするなんて珍しいね?」
「え、?」
「………一時間以上は、そこに立ってるよ。他の人がボード見れないから、とりあえず、席に座ろうよ。」
優しく、気遣わしげに言われて、適当な席に座る。蛇の姉さんに注文してから、サーシャは、首を傾げた。
「なにかあったの?」
ぎゅっと手を握る。そして、うつむいた。
あるけど、サーシャに言う事ではない。どう説明していいか分からず、黙っていると、察してくれたのか、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「別に俺に言わなくてもいいけど。ボスが心配してるから、無理しないでね。」
コクリと頷いた。
それからは、更に酷かったのを自覚している。何もない所で躓くし、壁にぶつかるし、依頼書の前で止まったままだし、ご飯を零すし、とにかく何をしても身に入らなかった。色んな人に、心配されて、その度に、曖昧に頷くのが精一杯だった。
そんなダメダメな自分が続いた一週間後に、ボスが見兼ねたのか、一つの依頼書を渡してきた。もちろん、暗殺の依頼だ。しかし、それを受け取ることが出来ずに、小さく息をはいた。
(もう、人は殺せないって、いうんだ、!)
ぎゅっと拳を握って、ボスの顔をみた。そして、大きく息を吸うと、震えた声で告げた。
「もう、暗殺の依頼は、しない、」
震えていた割には、ギルド内に聞こえていて、騒めいていたギルドは、一気にしんと静まり返った。
ボスは、何を考えているか分からない瞳で、こちらを見ている。けれど、ボスの瞳が、冷たくなったのは、すぐに分かった。
「それは、ここをやめるってことか?」
ぞくんっと背筋が凍った。声が、瞳が、オレの次の言葉を紡げなくさせた。頷くことがやっとで、むしろ、頷けただけでも、褒めて欲しい。
「………生きていけると思うか?」
「………っ、!」
分かっていた。そう言われることは。今まで、殺す事で生きてきた。殺人衝動も抑えられない未熟な子どもで、ギルドのメンバーにも沢山迷惑をかけた。だから、ボスの言っていることは正しい。
「………オレは、ここに、いたくない、」
「なんで?」
「オレは、人を殺すことに慣れたくない。それが、当たり前なんて、思いたくな、い!………ケイトみたいに、自分で、考えて、未熟でも、生きていきたい、!」
ずっと人を殺してきた奴の言葉じゃないかもしれない。オレもきっと、彼らと同じで異常者で破綻者だ。だけど、それでも、ケイトみたいに強くて、キョウヤやアヤメの様に、穏やかに笑える様になりたい。
「だから、ギルドをやめて、出て行く。」
楽しかった。嬉しかった。母さんを亡くして、どこにも居場所がなくて、衝動も抑えられなくて、死んだ方がマシだと思っていた。それをボスが助けてくれて、仲間が受け入れてくれて、毎日バカやって、騒いで。
本当の家族だと思った。今だって思っている。どんなに狂っても、どんなに異常者で破綻者で欠落していても、それでも、優しい人たちだった。
ここで、顔を下げるわけにはいかない。顔を上げて、真っ直ぐ、ボスの瞳を見る。
たとえ、ボスに嫌われても、メンバーとの縁が無くなったとしても、それでも、ギルドを出て行くと決めたのは自分だから。
「………言いたいことはそれだけか?」
ぐっと詰まった。ボスはどうやってもギルドをやめさせる気はないらしい。こちらの言葉に耳を貸そうとはしない。
「サーシャ、ルチアを抑えてろ。」
「ボス!?」
「聞き分けのない子にはお仕置きだろ?」
ボスの瞳は、怪しく揺れている。笑みが深くなり、本気だということを悟る。
ボスの言うことには絶対のサーシャは、オレを捕まえる為に、こちらに腕を伸ばしてくる。
「キョウヤ、」
無意識に名前を呼んでいた。来てくれるわけでもないのに、どうしてか、気怠げで口の悪い彼の名前を口にしていた。すると、ふわりと体に重みがかかって、気怠げな雰囲気ではない彼が姿を現した。
「一週間ぶりですね、ルチア。」
多分、図書館での業務の時に着ているであろう制服をかっちり着こなし、細長い杖を握って、朗らかな笑みを浮かべた彼は、別人と疑うほどだった。
「え、キョウヤ、?」
あまりの変貌ぶりに、こちらが唖然とする。アヤメが言っていたことは、どうやら本当だったらしい。
「はい、キョウヤですが、どうされました?」
「………こわい、」
引き気味に呟けば、耳元で小さな声で囁かれた。
「後で覚えておけよ。」
ドスの効いた声に、ボスといた時よりも、背筋がしゃんとする。その姿をみて、微笑んでいるキョウヤの後ろには、真っ黒な影しか見えない。
「お前は?」
ビリビリと殺気を出して、こちらを警戒しているボスに、キョウヤは、けろっと答えた。
「曖昧屋。」
そう答えると、ボスは眉間にしわを寄せる。そして、いきなり、躊躇なく、殺しにかかってきた。驚いているオレを、キョウヤは、自分の方は引き寄せると、そのまま、ボスの攻撃に対応する。
「随分なご挨拶ですね?暗殺ギルド『サイハテ』のリーダーさん。」
「お前、ルチアに何を吹き込んだ、!!!」
今まで見たことのない表情で、ボスはキョウヤに攻撃を続ける。それをキョウヤは難なくかわし、持っていた杖で受け止めている。
「何も。」
「………ふざけるな。ルチアは、オレのモノだ!手を出すな、!!!!」
その言葉に、今度は、キョウヤが、激情の宿った瞳で、静かにボスにいった。
「その狂気で、一体何人の人間を狂わせてきた?てめぇの身勝手な感情で、何人殺してきた?…………誰もお前のモノじゃねーよ。」
ボスの喉元には、キョウヤの杖が置かれていた。悔しげに歯噛みする彼はぎゅっと拳を握っている。
「お前の狂気は、異常だ。ここにいる誰よりも、な。………ルチアはもらっていくぞ。これは、俺に必要なガキだ。」
ボスは、何か言いたそうにこちらを見たが、やがて、小さく息を吐くと一言だけ告げた。
「狂ってないお前に興味はない。どこにでも行け。」
キョウヤが、カンッと杖で地面を叩くと、この前の様には、魔法陣が展開され、淡く輝き始めた。そして、ギルドがどんどんと見えなくなっていく。
「忘れるな、その男は殺し屋だ。………ルチア、お前はどこにいっても人殺しから抜け出せない。」
響いた言葉は、呪いの様でいて、心配している様な響きもあった。それが、ボスとの最後の言葉で、これから後に、彼らに二度と会うことはなかった。
次に視界が開けると、あの時の図書館にいた。本が浮き、本棚が静かに移動し、カップが勝手に紅茶を注いでいる。そのテーブルには、アヤメとヒロもいた。こちらに気づくと、二人とも、微笑んで、帰りを出迎えてくれた。
「お帰りなさい、二人とも。」
「無事でしたか?」
キョウヤの腕から離してもらうと、へなへなと座り込んだ。慌てて、アヤメが、駆け寄ってくれる。
「どこか怪我しました?」
「いや、おどろいて、」
ボスに気持ちを伝えたこと、キョウヤが助けてくれたこと、何より、ちゃんと別れも言えなかった。それに、気になることはまだまだあって、気づけば、涙が溢れ落ちていた。
「おー、おー、泣いとけ。」
いつもの調子に戻ったキョウヤは、すでに席について、紅茶を飲んでいる。アヤメは、ぽんぽんと頭を撫でてくれて、ヒロは、熱い紅茶を差し出した。
「ゆっくりと落ち着いて下さいね。」
頭を撫でられながら、甘い紅茶を飲む。すると、少しずつ落ち着いていき、立ち上がるると、音もなく引かれた椅子に座る。
小さく息をはいて、
「聞きたいことがあるんだけど、」
とキョウヤたちをみる。
「どーぞ。」
「………殺し屋なの、?」
「俺とヒロは、な。アヤメは違うけど、まぁまぁ殺してるんじゃね?」
さらっと事もなげに、何でもない様に、答えを教えられた。あんまりにも平然というので、目を瞬かせて、呆然とする。
「え、そんなに、軽く?」
「俺らの仕事と『サイハテ』がやってた仕事は少し違うからな。アヤメの仕事はもっと違う。でも、まぁ、殺しは殺しだよな。」
ガバッと身を乗り出した。どうしても聞きたいことがあったからだ。
「どうしたら、そんなに強くなれる!?何をすれば、穏やかに笑ってられるの!?」
大きな声だったと思う。三人とも目を見張っていた。それでも、聞きたかった。人を殺しても、どうして、そんなに自分を保てているのか分からなかった。ギルドのメンバーは異常者だったし、そうでなくては、殺しなんて出来ないとも思っていた。
「何のために、貴方は武器を振るいますか?」
静かに、それでいて凛と透き通る声は、耳の奥まで声が響いてきた。紅茶のカップを握ったまま、ヒロはこちらを見ていた。
「何のために、?」
分からない。ただ、殺していただけで、言われた通りに任務をこなしていただけだ。
「私は、守る為に振るいます。この図書館を、キョウヤを、アヤメを、自分の大切な物を守る為に、相手を斬ります。……武器は自分の心を写す鏡です。どうして、何のために、それを常に考えて、振るうことです。」
考えて振るう、守るために振るう。そんな風に考えたことはなかった。いつも、衝動に振り回されて、気づけば、死体の山が転がっている。またかと嘆息して嘆くことはあっても、考えたことはない。
「僕は、使命の為と自分の為に、力を使います。」
「使命、?」
「今はもう関係ないんですけどね。それでも、自分が全うすべき使命の為に。」
穏やかな声の中には、強い意志が宿っていた。ぽやぽやしているかと思えば、そんなことはないらしい。
「でも、どんな理由があっても、殺してんのは変わりない。だから、覚えとけ。…………殺してる自覚を持て。狂気に呑まれない様に、自分を知れ。答えは、自分でしか見つけられない。」
また厳しい言葉だ。自分で探せと、決して妥協するなと言われている。三人とも厳しい大人だ。道は示してくれるけど、答えは教えてくれないし、優しくない。けれど、やっぱり、彼らは優しいのだ。
「ま、手伝ってやるよ。ながーいからな、ここは。」
「ながい?」
「暫くすれば、わかる。あ、そーいや、ルチア、お前は何がしたい?どう、生きたい?」
こんなこと、ギルドで聞いてくる人間はいなかった。だから、少しだけ照れ臭くて、ちょっと笑った。
まだまだ聞きたい事があって、キョウヤに問い詰めなきゃいけないこともある。けれど、今は、そんな事よりも、彼に聞かれたことに答えなきゃいけない。
「いろんな世界を見てみたい、」
そういえば、キョウヤは満足そうに笑って、答えをくれた。
『サイハテ』を抜けて、ヘンテコな図書館で過ごすことになった。本当に、ヘンテコで、住人たちも変な人たちばかり。
でも、毎日が楽しくて、それは、『サイハテ』にいた時と同じくらいで、けれど、あのギルドと違うのは、穏やかなのに、ものすっごく忙しいってこと!
探しもの
今日は、気づけば、二作品も書いていて、驚きです。
この作品は、あと一つ書こうと思っているので、もう少し続きます。
このお話は、「何でも屋くん」と同じ世界観の話です。アヤメくんに後輩くんができました。
できれば、この話に出てくる「曖昧屋」のキョウヤとヒロの物語、ルチアくんがいた「サイハテ」のギルドの話も書きたいなと思ってます。