プロ野球女性監督!!
女性プロ野球監督誕生?
そろそろ三十路だ。女の三十路は正直、きついものである。一人になってもさみしくとも何とも思わなくなるのが、虚しいところだ。
大手外資系の企業に勤務をして、五年目、美香にとってはこの企業が二社目である。ホープとして社内評判はそこそこだが、叔父がプロ野球球団のオーナーを勤めているので、社内では妬まれる対象にもなっているので野球はあまり好きではなかった。
だが、ある日、美香の父が尊敬していた叔父が急死をしてしまい、葬儀に呼ばれた。
正直、野球を教えて貰ったのは隆おじさんだから信じたくない知らせだった。
美香は念願の東京勤務になってからは、小憎たらしい父とは会っていなかったが、父に呼ばれたため葬儀には参列をして帰ろうした矢先の出来事であった。
「それじゃ、母さん。仕事に戻るから」と言い玄関で靴を履き始めるところへ、父も母の後からついてきた。
学生の頃の話になるが両親への相談もなしに都内の企業へ就職をし、内定が貰えたら上京に反対をする父を無理やり押切り、啖呵を切って家を飛び出したいたので、その時の罪悪感が未だにあり、今回の葬儀でも口を一切聞いていなかった。(電話を除いて)飛び出した時は仕事に夢中で罪悪感など微塵もなかったが、年齢を重ねるごとに両親の気持ち(特に父親)が想像できてきたので罪悪感が沢山ある。
「待ちなさい。少し、話がある」と言われて居間に戻された美香であった。
過去の罪悪感を清算したいというのもあり、立ち止まったものの大福餅の様に頬を膨らませて今の機嫌を表情に出したが、父はもうあの時の事は時効だから気にしていないと言わんばかりに、気軽に話しかけてきた。
「ちょっと、話しを聞いてくれ……。実はな、ウチの球団の監督なんだけれども、次の監督を美香にやって貰いたいんだがいいかな?」
美香はハッとした表情になった。美香は子供の頃は野球が大好きで、将来の夢はプロ野球選手と言っていた程である。
高校に入り、女子は試合に出場できないという現実を突きつけられてマネージャーとして甲子園を目指していたが、練習に参加をしていた美香があるプレイで自チームのエースに怪我をさせてしまい、チームが甲子園に出られなかったという苦い思い出がありそれをきっかけに野球からは逃げる様にして身を引いた。
現在の勤務先では野球嫌いとして社内では通っている。
まあ、社員が驚いてもプロ野球の監督になるには、勤務先は退職せざるを得ないので関係ないのだろうが、それでもだあとで何を言われるか分かったものではないし、今まで、培ってきた社内の人間関係をリセットしてまでプロ野球の監督に就任する理由がない。
ウチの球団は弱小球団のインディアンスというセリーグのお荷物球団なので気乗りはなかったというのもあるが……父が言葉だけではやはり頷いてくれないかと想像はしていて重い腰を上げ、タンスへと向かい茶封筒を手渡した。
「何、これ?」
「ま、今すぐにとは言わないけれども、隆兄さんからの遺言書だ。
小さい頃、お前が慕っていたろう……。
気が向いたら読んでくれ」
そう言い残すと父はリビングにいき、葬式での心の傷も癒えたのか、パソコンで仕事をしている様子だった。
正直、心の傷が癒えても兄の死でショックがありゆっくりしたいところだろうに、代表取締役の立場になるとそうも言ってられないみたいで、大変である。
父は故郷の山形県に祖父が創立をした大手の酒造メーカーの代表取締役をしいる。高橋酒造という一流どころであり、プロ野球球団・東京高橋酒造インディアンスの親会社である。
本社の所在地は山形県にあるが球団事務所はNPBに参入をしていたJRを買収をしたので都内にある。
本拠地が神宮球場で何かと経営に便利だからという理由である。
高橋は説明はいらないと思うが家の苗字である。
隆おじさんはインディアンスのオーナーとして長く君臨していた。同族経営という奴だ。
美香の勤務先でもこのことを知るものが社の9割にも上る。知り合いだけでもこれだけ知っている人がいるんだきっと日本全国を探して回っても知らない人を探す方が難しいのではないだろうか。
ウチの酒造メーカーは2000年にインディアンスを買収した事で一時期は知名度と売上高は右肩上がりになったが、現在は経営も知名度も赤字経営である。
美香は幼少期の頃は、よく隆おじさんに夏休み期間に神宮球場に連れて行ってもらっていた良い思い出がある。そのころは例の事件もなくまだ、純粋に贔屓チームを応援できていた。
だが例の事件以来、どこにいっても野球という環境には現在は、うんざりしている。
しかし、お世話になった隆おじさんからの遺言書を無視する訳にはいかずに、帰りの新幹線で読んで見る事にした。
隆おじさんは別だ。
新幹線の中で目を通した遺言書には驚くべき内容が書かれていた。
”この手紙を美香が読むには、俺はもうこの世にはいないと思う。知っている通りに俺はインディアンスの役員をやっている訳だが、次の監督が決まらないかも知れない。おそらく、4番の横田が若い頃に起こした不倫問題がイメージを悪くしてしまっているからだろう。この手紙はもしも次期監督が決まらなかったら、美香にやって貰いたいので書いた。今のOLの生活が重要なのも分かるが気が向いたらでいいからインディアンスの方もよろしく頼む” 隆 と衝撃的な内容が書かれていた。
頭上に隕石が落ちるくらい衝撃的な事である。スポーツニュースをたまに追いかけているので、難航・インディアンスの次期監督と言われていたのは覚えている。
かつては東京読買ガリバーズと優勝争いをするような名門チームであったが今や、表向きには球界のミスターと言われているスター選手の横田の存在は大きいが、裏では横田のワンマンチームになり、嫌がる有望株の若手は皆、移籍を望んでいるという話やネタ話を聞き付けた柄の悪いファン層が半分を占めてきているというニュースにもなっている。
1990年代は村田ID野球と言われる名称のお陰で強かったのであるが、横田は村田監督が引退した後は好き放題という最悪な状況なのだ。
そんな球団ではあるが、隆おじさんが強かったころの思い出とともに愛してやまないチームが危機にさらされているという事実を知るもこの時はまだ、野球界に飛び込もうとは考えていなく、さすがに誰かエージェントになっている監督経験者がやってくれるだろうと、期待をしていた。
次期は7月なので心配はそんなにしていなかった。そうこの時はだ……。
心中は複雑ではあったが福島に帰り、いつもの日常に戻る。
そんな中、勤務先では今年から部内対抗の野球大会が始まるということで、社内全体は男性社員を中心に浮かれていた。
これは会社内の親睦を深めようとす会長のお遊び程度のイベントで道楽で始めたのである。
各部署に元球児などは在籍しているがそれも甲子園に出場するようなすごい選手は存在しないが、それでも地方大会4回戦止まりくらいの選手ばかりが在籍しているためなかなかの試合になりそうだと皆、浮かれていた。
美香は美人で評判なのでジャージ姿で、経理部のマネージャーをやらされるはめになってしまったが、当日は適当にサボろうと考えていた。
本当は素直に野球が面白い顔をしたいのだが、他人に怪我させた十字架を背負いながら生きているので、ワザと拗ねた顔をしている。
オフィス内はすっかり、浮かれた気分だ。
特に美香が所属する経理部は課長が大のガリバーズのファンで美香の事を目の敵にしている。
目に触れたくもないスポーツ新聞を持ってこられて、ガリバーズがインディアンスに勝った翌日はいつも絡んでくるし、野球大会があると決まった瞬間からさらに煩くなった。
煩いと切れる瞬間だったが我慢をして「頼まれた書類です」と書類を渡しそそくさとその場を立ち去ろうとする美香ではあったが、そうはいかなかった。
神様のいじわるとついつい思ってしまった。
「おじさんの件は気の毒だったが、インディアンスの監督は大丈夫なのか?」
この時ばかりはトーンを下げ気味にいったので邪険には扱えなかったので、まともな受け答えをしたのが「インディアンスは弱くなる一方だろう。ふう、残念だな……」と言われてしまいカチンときてしまったみたいだ。
隆おじさんが、愛した人生の全てを他人に馬鹿にされた様な気がしたからだ。
課長も美香の表情を見てさすがに焦ったみたいで、罰が悪そうにしてこの時ばかりは「すまない」と俯き加減に下を向いた。
想い出人との再会
美香はバーにより、浴びあるようにアルコール類を(特にウォッカなどをがぶ飲み)たらふく飲み、バーテンダーを心配させてしまってから、帰宅をした。
バーでは野球の話をする他のお客に絡んでいて迷惑行為を相当働いていた。
帰宅途中はさらに面白くないことが起こった日というのもありイライラしていた。
バーテンダーの友人に送って貰ったのだがその友人は迷惑そうな表情をしていた。
美香は他人の事を考えている暇もないくらいイラついていた。社内でならこんな表情は間違いなく見せない。
今日は面白くない事ばかり自身に起こった。縁を切ったはずの野球へと引き戻されているのが分かるからだ。
隆おじさんの死で……ただそれだけのキーワードが美香を野球界へと戻そうとしている。
隆おじさんは好きなので憎めないのがまた、もどかしいのである。
美香はどうやって帰宅したか覚えていないくらいに昏睡状態であった、感情の歯止めが利かなくなっているため、ガラケーを床に放り投げて、レディーススーツとインナーを雑に脱ぎ捨てた。
はぁ……とため息をつき額に手を乗せて考え込むが考える事すら一瞬していやになってしまった。
美香の脳裏には暗闇の中、野球、野球と繰り返されるだけであった。
あれからどれだけの時間が経過したのか美香には分からないが、カーテンから差し込んだ光が、顔を直撃する。はっ! と気が付き、慌てる美香。おそらく窓から太陽の光が差し込むということは、会社に遅刻するかどうかのギリギリの時間である。
デジタル時計を見たら7時43分と刻まれていた。仕事ができるという自覚がある美香にとってみれば、他人より責任感が強いので遅刻という最悪のケースが脳裏によぎり、目の前が真っ白になった。
どうにかして遅刻は回避して出社したいが、もう間に合わない時間だという事を悟った。
冷静になるのも逆に早い美香は、思い出したら昨夜は寝る仕度もせずにあのままブラジャー丸出しで寝てしまったのだ。会社には体調が悪いのでと連絡をしておき、幸いと言っていい訳ではないだろうが、頭痛がしたので二日酔いであることは確実だった。これなら元気がでないで出社ができるので風邪など虚偽の言い訳もできると言ったところである。
頭痛が幸いをし、少しゆっくりできたので優雅に音楽で和みながら出社ができた。
午後になり社内に到着した美香だが、他の社員は渋った表情で美香の顔を見る。
やはり、昨日の課長との言い争いがまずかったのだろう。
やってしまった。と、頭を抱え込む美香だが普段は敏腕社員で名が通っているので、面と向かって聞いてきたり、茶化すものもいない。
それはそれでやりやすくて良いのだが、肝心の課長とのやり取りは課長の方が気を使ってくれている様子であった。
書類を出す時も慌てて、課長の方から飛んできてくれたりとやりにくそうであった。
残業時間を終えて、エレベーターホールで営業部の男性社員数名を発見したので、軽く会釈をする。
だが、その中には無表情で頭も下げない男性がいた。
美香はその男の顔にはどこか見覚えがあるが、詳細までは思い出せないでいた。
社員が何千人ともいるこの会社では珍しくもない光景であるが、挨拶の一つもされないとは、妙だったので印象に残ったのであった。
今日の夜は彼の事が頭から離れないので高校時代の卒業名簿を持ってきて、漁り始めた。
美香は今時の女性ではなくて、機械音痴なのでSNSなどは一切やっていないので、知人を探し始めるのも手作業でアナログ派である。
連絡はEメールである。
ペラペラと卒業アルバムを懐かしみながらめくっていたら、驚くべき事実がそこには載っていた。
今日、帰宅時にエレベーターホールで会い、挨拶をされなかった彼が載っていたのだ。
名前は新田勝美……そう、美香が高校時代、練習中に怪我をさせた相手であった。
あんなに性格が変わってしまいうなんてと、心底同情をした。美香は自身の事を恨んでいると思っていた。
将来はプロ野球からも声がかかる可能性がある有望株だった選手だし、性格があの事件で性格が変わってしまっても仕方がないとは思うが、事実をつきつけられた
美香は余計に自分がインディアンスの監督などやってもいいものなのかと思い詰めるようになり、社内の草野球大会は翌日、課長にお願いをして正式に辞退をした。
マネージャーという事もあり辞退は簡単に受理ができたが、これで一段と社内では野球嫌いだと思われたに違いない。
事実、昼休みの社員食堂で、野球の話をしている知人の社員たちが美香を横目で見ると、一気にその場が暗くなるという事が起きたので美香といしては、逆に辛いところでもあった。
本当は野球は好きで好きでたまらないのに、その気持ちを全面に出せないのは辛いものがない。頭痛なので御飯が進まないのが余計にまずかったのか、その姿を見て社員たちは、席を移動してしまう。
申し訳なさで心が沢山だった。本当は違う、野球が好きだ! と叫べれば気持ちが楽になるのであろうが、そういう雰囲気にもさせてこなかった美香の入社からの態度であり、昨日の勝美君との再会……。
怪我の前までは恋人として付き合うのも秒読み段階ではないのかと周囲からも噂ではなくて、認められていた。
そう……美香の心には余計、野球の十字架が刻まれてしまったのであった。
草野球大会は観戦にくらい行こうよと普段、美香を慕ってくれている社員からの誘いもあったが、実家の用事があってと適当にごまかして欠席をした。
一人、自宅にいて寝ころんでいた。
そんな中、父親からメールが飛んできた。あら……、珍しいと思いながら内容を読むとインディアンスの監督就任話の件だった。
ガラケーを思い切り投げつけてかどっこが破損をしてしまった。
隆おじさんのいじわる……。この時ばかりこう思わざるを得なかった。
ただ、ちょっと待てよとある考えが脳裏に思いついた。
美香は自身がインディアンスの監督になることで彼をもう一度、檜舞台に上げることができるのではないかと考えたのであった。
だが、勝美は投手をやっているか分からないが、これは一つの掛けでもあった。
確かに案は浮かんだのだが即決という程まではいかなかった。
今の安定しているOLという生活を捨ててまで疎遠になった勝美のために何かをしてやれるほど、人生に余裕はないし、むしろ勝美のあの表情からは
わざと美香を避けている様にしか見えなかった。
さて……。どうしたものか。
プロ野球女性監督!!