暴走する思考

下手くそですがどうぞよろしくお願いします!

 いつものようにアメリカ、ロサンゼルス州にある空港は人であふれていた。
とはいっても空港というのは名ばかりで、昔の名残としてそう呼ばれているだけにすぎない。
最近では飛行機などという不便な乗り物に乗りたがる物好きはほとんど見られない。

 今から約100年前にアメリカの量子物理学者ジョン・F・ジョンソンによって『TLP』、いわゆるテレポーテーションの技術が発見され、『TLP』は瞬く間に全世界に広がった。
それにより、飛行機や船といった乗り物はほとんど使われなくなり、人々は『TLP』のゲートをくぐるだけで旅行や出張をすることができるようになった。
世界の交通情勢は大きく変化したのだ。
今では『TLP』によって世界中のどこにでも一瞬で移動することができ、月面に『TLP』の装置を設置する計画まででていた。
今や人々の生活は『TLP』なくしては成り立たないほどになっていたのだ。

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 ロサンゼルス空港の人混みの中に、ある一組の家族がいた。
大柄で豊かな口髭を蓄えた男の名はクリス・マクリーン。そしてその隣でチケットを確認している女性はクリスの妻のチェルシー・マクリーンだ。
「ちょっとママ!トミーがぶった!」
「違うよ!先にレベッカがちょっかいをかけてきたんだよ!」
クリスとチェルシーの後ろでは二人の子供のトミーとレベッカが騒々しくけんかをしていた。
「二人とも静かにしなさい!ほらそろそろゲートに行くわよ。」そう言ってチェルシーは二人を連れて手荷物検査場へと向かい始めた。
そんな三人の様子をほほえましく眺めていたクリスの耳に、突然大きな泣き声が聞こえてきた。
驚いて振り返ると、赤ん坊が母親の腕に抱かれたまま、あらん限りの声を振り絞って泣いていた。
その姿はまるで得体の知れない何かにおびえているようで、クリスはふと一抹の不安を感じた。

そういえば小さいころにレベッカは『TLP』を経験したことがあったが、まだその時には生まれていなかったトミーは『TLP』による転送を体験したことがなく、また、よく理解もしていないだろう。
これまでに何度か事故が起きたという話は聞いたことがあるが、全くリスクのない乗り物など存在するわけがない。
それに、そんな事故が起こる確率など、技術が進歩したこの現代では天文学的なものだろう。心配するだけ野暮というものだ。
クリスはそういって自分を納得させ、不安な気持ちを振り払った。

 手荷物検査場では持っている荷物はもちろん、財布やケータイ、着ているものさえも預けなければならない。
よくはわからないが『TLP』は物質を構成する原子を一度バラバラにしてから転送先で再構築するので、人体を構成する原子と荷物を構成するそれとが混ざり合わないようにするためだそうだ。
まあ要するにハエ男にならないようにするってえことだな。とそう思い、クリスは妻と娘とわかれて、トミーを連れて『TLP』で転送されるときに着る特殊なスーツに着替えるために更衣室へ向かった。                       
 更衣室は無機質な鉄の壁に覆われた、どこか牢屋のような雰囲気に包まれた部屋だった。
息子にスーツの着方を教え、自分もスーツの袖に手を通しながらクリスはこれからの旅行に思いをはせていた。
今まで仕事に多くの時間を費やし、家庭を顧みることの少なかったクリスにとって、今回の旅行は大きな意味を持っていた。
 更衣室を出るとチェルシーとレベッカの二人は先に着替えを終えていたようで、ベンチに座って楽しそうに談笑していた。
「さあ、そろそろ行くぞ。」というクリスの声に、二人は立ち上がってクリスの後についてきた。
隣では興奮が抑えきれないという様子でトミーがぴょんぴょん飛び跳ねており、ひもでもつけていないとどこかに飛んで行ってしまいそうだった。

 『TLP』の装置がある部屋に行くまでにはガラス張りの長いエスカレーターに乗って地下まで降りる必要がある。
ガラス越しには、MRIやCT装置に似た機械にたくさんのチューブが出入りしていて、見ようによっては少しグロテスクにさえ見える『TLP』の装置が大量に並んでいた。
その様子はさながら墓場のようで少し不気味であった。クリスはエスカレーターに乗っている間にトミーに『TLP』について説明することにした。

 いいか、トミー。『TLP』のゲートをくぐるときには睡眠ガスによって眠っている状態で転送される。え?なんでかって?そんなことはよく知らないが目がパッチリしてる時に体がバラバラに分解されていくなんて想像するだけで恐ろしいだろう?
つまりはそういうことだ。そうだ。だからお前は何にも心配しないでぐっすり眠っていれば、目が覚めたらもう到着ってわけだ。なんだって?もし眠ってない状態で転送されたらどうなるかだって?
そんなこと考えるんじゃない!そんなことためした人はいないし、ためしたらただじゃすまないだろう。 余計なことは考えずに言われるとおりにするんだぞ。わかったな?
そうか、よし。まあ心配はいらないさ。さあ旅行を楽しもう。

 ふと気づくと、すでにエスカレーターの下には床が見えてきており、地下に到着したことがわかった。
制服に身を包みガスマスクをした職員たちに身分証明書とチケットを提示して、『TLP』のベッドに横たわった。
隣のベッドでトミーが少し不安そうな顔をして横たわっているのが見え、軽く笑って大丈夫だとハンドサインをおくると、すこし表情が和らいだ気がした。
職員達によりガスの吸引器を口につけられ、そこからシューという音がして睡眠ガスが出てくる音を聞きながらクリスの意識は遠のいて行った。
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 頭を殴りつけるようなけたたましいサイレンによって、クリスはたたき起こされた。
さっきまでいた部屋とは違うようなので、どうやらすでに転送は完了したようであった。
まだ半分眠っている頭を軽く振り、あたりを見渡したクリスは、周囲を包む異様な空気に背筋がぞっとするのを感じた。
自分の隣のベッドの周りに職員が5、6人群がり、誰かを取り押さえているのであった。
その男は白髪を振り乱し、目は血走って狂気に包まれていた。そして時折ビクンと体を痙攣させ、周りの職員たちを跳ね飛ばそうとしていた。
「退屈だった!すごく退屈だったよ!パパ!頭がおかしくなっちゃいそうだったよ!どんなふうになるのか知りたかったから、ガスが出てきたときに息を止めたんだ!」
クリスはその男の声を聞いて戦慄した。
その声はやけにしゃがれていたがまぎれもなくトミーの声だった。
その後もトミーは何かをわめき続けていたが、その言葉はもはや何の意味も持たない叫び声と化していた。
そしてその叫び声が、まるで張りつめていた弦が切れたように途切れた時には、トミーはすでにこと切れていた。



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日曜日の昼下がり、人けのない大学の端っこに位置する研究室でひっそりと実験に取り組む一つの人影があった。
「ついに、ついに完成したぞ!」ジョンソン博士の叫び声が部屋にこだました。
ジョンソン博士が長年行ってきた研究は、いわゆる物質のテレポーテーションの研究だった。
ジョンソン博士は大学で量子物理学を専攻し、そのまま教授となってから自分の人生のすべてを研究につぎ込んできた。
ほかの研究者には、瞬間移動など非科学的だと散々バカにされ続け、それでもあきらめずに42年間研究を続けてきた。
だがそんな博士の努力もついに報われる時が来たのであった。

 博士の作った装置は50㎝四方の鉄でできた枠組みに、電線を何重にも巻きつけたもので、電磁波を調整して四角形の内部に位相空間を形成できる仕組みとなっている。
その形はさながら窓のようであり、博士はその装置を『窓』と呼んでいた。
博士の理論によると、二つ作った『窓』の周波数を同じように調節すると、『窓』内部の位相空間がつながり物質を転送することができるはずであった。
 
博士はまず無生物‐その辺のデスクの上に転がっていた鉛筆‐の転送から始めてみることにした。
おそるおそる鉛筆の芯のほうから『窓』に通していき、ちょうど半分くらい入ったところで鉛筆を固定した。
それから鉛筆の刺さっている『窓』を反対側から確認すると、普通だったら見られるはずの鉛筆の先がそこにはなかった。
それを見た博士は、はやる気持ちを抑えつつ、隣の部屋に設置してあるもう片方の『窓』の様子を見に走った。
 
そこには驚愕があった。恐怖があった。そして今まで人類史上誰一人として成し得なかった、紛れもない奇跡があった。
隣の部屋の装置の何もない空間には鉛筆の先が飛び出していた。テレポーテーションの実験は成功したのだった。
博士は喜びのあまり踊りだしたい衝動に駆られたが、同時に、鉛筆の先がぽっかり浮かんでいる異様な光景に多少の寒気を感じた。
 
無生物の実験は成功した。
実験はすでに生物の転送というタブーを犯す段階まで到達していた。
博士は興奮でいてもたってもいられなくなり、すぐ近くのケージに入ったトイプードル‐博士はこのトイプードルにジャッキーと名前を付けて可愛がっていた‐を取ってケージごと『窓』の中に放り込んだ。
すると隣の部屋からガシャンという音が聞こえた。見に行くとケージの中に犬がいる状態のまま、転送が完了していた。
実験はまたもや成功したかのように思われた。だがケージの中を見て、博士は理性を失って深く考えずに、ジャッキーを実験に使ってしまったことを深く後悔した。
ジャッキーはかごの中で絶命していた。
その眼は何か恐ろしいものを見たかのように飛び出し、舌はだらんと口からはみ出していた。妻も子供もいないジョンソンにとってジャッキーは唯一の家族と呼べる存在だった。博士に残されたものは研究だけとなってしまった。

 それから博士は実験に前にもまして打ち込むようになった。
町中のペットショップから実験用のマウスを大量に仕入れてきて、何とかして生物の転送ができないかと様々な方法を試した。
時には自分の手を『窓』に突っ込むこともあった。その姿は鬼気迫るものがあり、人々は博士の頭がふれてしまったのではないかと噂する始末だった。

 博士は毎日マウスの死と向き合いながら、最初のうちでは多少は心を痛めてはいたものの、今ではもう何とも思わなくなった。
そして幾たびもの実験の中、動物の脳の部分以外ならば問題なく転送できることが明らかになった。
だがどうしても全身を転送することはできなかった。
博士が神経衰弱になりかけ、マウスを瀕死の状態で転送するなど自暴自棄な実験を繰り返すようになったある日、そんなある日のことであった。

 博士は思い通りにならない実験結果にいらだち、半ば八つ当たり的にマウスを床に打ち付けた。
マウスは気絶してしまったようで、もう使い物になりそうになかった。
博士はゴミ箱に捨てるかのように、マウスを『窓』に放り込んだ。
今まで試したどんな方法でも、転送したマウスは死んでしまい、博士はもう手詰まりであった。博士は顔を覆い、椅子に丸まるようにして眠りについた。
 
 コソコソッ コソコソッ
足元を何かが走り回るような音で博士は目をさました。
マウスはすべてケージの中に入れていたはずだったが…と思いながらまだ眠たい目をこすり、博士は奇妙な音の原因を探した。
すると、そこにいたのは一匹のマウスだった。博士はそのマウスを見て心臓が口から飛び出すかと思った。
そのマウスは、さっき博士が何気なく投げて、もう死んだものだと思って放っておいたマウスだった。
このマウスは、これまでどのマウスも生きてくぐり抜けることのできなかった地獄の扉を通り抜けたのだった!だがいったいなぜ?
少し思案して博士は一つの可能性に思い立った。このマウスは、転送されるときに気絶していた。
気を失っていたのだ。博士は急いで、薬品がならべてある戸棚からクロロホルムを取り出した。
そしてハンカチにしみこませてマウスを眠らせた。睡眠状態でもせわしなく胸を上下させているマウスを博士はゆっくりと転送した。
実験は成功した。

博士はすぐさまこの研究成果を発表し、世界は驚きに包まれた。
博士のノーベル賞受賞はもちろんのこと、各国の企業が製品化を申し出て、政府までもがテレポーテーションの実用化に力を入れた。
博士は一瞬にして富も名声も手に入れたのだった。
だが、こののち博士は、ほとんどテレポーテーションの技術に関して特別何らかの関与をするということはなかった。
ただただ、自分の発明により人類の歴史が塗り替えられていくのを傍観していた。

そんな中、博士の中にずっと引っかかり続けていた言葉があった。
それは、ある死刑囚の男が残した言葉だった。博士がテレポーテーション時における覚醒状態の人間の意識についての実験に立ち会い、実際に死刑囚の男が転送されるのを見たとき、その男はこう言い残して死んだのだった。
「果てしない時間、それがあそこにはある。」
この一見死ぬ前のうわごとのような言葉が、なぜか博士の心にはしこりとして残ったのだ。

 
晩年、博士は都会の喧騒を離れて田舎で余生を過ごしていた。
暇な時間が山のようにある中で、博士はしばしばあることを夢想した。
それはあの男の残した言葉が関係していたのかもしれない。
 実は瞬間移動といっても、完全に瞬間的に物質の転送が完了するわけではない。
限りなく0には近いのだが、物質が分解されてから転送された先で再構築されるまでには、わずかながらタイムラグがある。
では、もしその時に生物の意識が残っていたらどうなるのだろうか。
物質を構成する原子は転送することができる。だが意識という形のないものは転送はできない。
つまり物質の転送が完了するまでの間、意識だけが宙ぶらりんの状態で放り出されてしまうのだ。
その時、意識にはどのように感じられるのかは全く分からないが、死刑囚の残した、「果てしない時間」という言葉。
もしかしたら、肉体から解放された意識は、百年、千年、いや一億年にも感じられる長い間、何もない空間をさまようのかもしれない。そして精神が狂い、自分が誰なのかさえ分からなくなったそんなときに、ようやく転送が完了して自分の肉体に戻される。
 
そんなことを考えながら、博士はゆっくりとロッキングチェアを揺らし、まどろみながら深い眠りへと落ちて行った。
                              

暴走する思考

最後まで読んでくださってありがとうございました。

暴走する思考

時は近未来。 テレポーテーション装置の開発により、人類はさらなる利便性を手に入れた、かのように見えた。 その裏に潜む恐るべき秘密も知らずに。

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-04

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