辰吉どんとカラス

「創作のきっかけ」
一年前、我が家の犬が食べ残した餌を、畑に捨てた事がありました。
しばらくすると、どこからともなく一羽のカラスが飛んで来て、餌を全て食べていきました。
カラスはドッグフードも食べるのかと、ちょっと驚きましたが、それからは、器に入れて畑に置くようにしました。
ドッグフードは栄養価が高いのか、カラスは目に見えて太り始めました。
あきらかに、ほかのカラスとは体型が違います。
このことがヒントになり、今回の作品を書きました。

「作品のねらい」
「いたずらカラス」に限らず、問題が生じた時にどう対処するのか。
排他的な解決法を選ぶのか、活かそうとする方法を考えるのか。
大多数の村人は「殺してしまえ」と言います。
カラスのした事を考えれば当然かもしれません。
辰吉どんは村人の意見に同調せず、カラスを活かす方法を考え実践し、より良い村にします。
今の社会でも、辰吉どんのような考えの人が増えてくれればと願って書きました。

 むかし、むかし、ある村に、痩せたカラスがいました。
 カラスは、村人が畑で作った野菜やくだものを口ばしでつついては、食べられなくしたり、子どもたちの頭の上を飛んで驚かしたりしていました。
 怒った村人が棒で追い駆け回し、石を投げたりしましたが、サッと飛んで逃げては、また舞い戻って来ました。
 村人がワナを仕掛けても捕まりません。
 鉄砲で撃ち取ろうとしても、火縄の匂いがしただけでどこかに飛んで行ってしまいます。
「なにか、カラスをとっちめるいい手は無いものかのう」
 みんなで集まって相談しましたが中々いい知恵が浮かびません。
「辰吉どん、なんかいい知恵はないかのう」
 村人の一人が話しかけると、
「そうじゃのう・・・」
 辰吉どんは腕組みしたまま下を向いて思案顔になりました。
 みんなも下を向いたり、首を傾げたりして考えていました。
「どこかに知恵のある者はおらんかのう」
 別の村人が言いました。
 しかし、この近辺の村にはそういう知恵者はいませんでした。
 頼る者がいなければ自分たちで解決するしかありません。
 この日の集まりはいい考えが出ないまま、みんな家に帰りました。
 責任感の強い辰吉どんは、この日以来、どうしたらカラスのいたずらを止めさせられるか、ずっと考え続けていました。
 ある日の昼下がり、辰吉どんが縁側で寝転がっていると、お婆が来て、庭を歩き回っている鶏に餌をやり始めました。
 どうと言うことは無い、日常の光景でした。
 しかし、これを見た辰吉どんは、
「これだ!」
 と言って、立ち上がりました。
 辰吉どんは、村はずれに餌場を作りました。
 そして村人を集めると、
「みんな、残り物でいいから、毎日、食べ物を持って来て、ここに置いてくれないか」
 と頼みました。
 こんな所に食べ物を置いてどうするのかと村人が尋ねると、カラスに食べさせるんだと答えました。
 みんなは怪訝な顔をしましたが、いい知恵が無いので、辰吉どんの言うとおりにしました。
 カラスは、毎日、餌場にやって来ては、残り物を全部食べていきました。
 そして、恩を感じる事なく、畑を荒らしていました。
「なんじゃ、畑荒らしはいっこうに止まんじゃないか。それどころかカラスの奴はだんだん、太りはじめておるぞ。これがいい方法なのかのう」
 辰吉どんのやり方に疑問を抱く者や、文句を言う者が増えて来ました。
 餌を持って来る者も少なくなりました。
 それでも辰吉どんはせっせ、せっせと餌を持って行きました。
 カラスは益々、太っていきました。
 ある日の朝、辰吉どんが餌を持って行くと、地面でバタバタと動く黒い塊りがあるのに気づきました。
 辰吉どんは、にやりと笑うと黒い塊りを手で掴み、村に戻ってみんなに見せました。
 それは丸々と太ったカラスでした。あまりにも太りすぎて、空を飛べなくなってしまったのです。
「みんなのおかげでカラスを捕まえる事ができたぞ」
 辰吉どんはニコニコしながら言いました。
「なんじゃ、カラスを太らせて捕まえるつもりじゃったのか。最初からそう言ってくれれば、餌を持って行くのをを止めんかったんじゃが・・・」
 カラスを見ながら、恥ずかしそうに頭を掻く者がいました。
「わしも自信があったわけではない、お婆が鶏に餌をやっているのを見て、ひらめいたんじゃ。今は、地面を走り回るだけの鶏だが、その昔は空を飛んでおったんじゃから、カラスも餌を腹いっぱい食べさせてやれば、太りすぎて空を飛べんようになるんじゃないかと思ってな」
 みんなは辰吉どんの言葉にうんうんと頷きながらも、捕まえたカラスをどうするかという事に話が移っていきました。
「今まで、散々、わるさをして来たカラスじゃ、殺してしまえ」
 一人が言うと、みんなもそうだそうだと賛成しました。
 しかし、辰吉どんは反対しました。
「殺してしまうのは、たやすい事だ」
 それではどうするつもりなのかと、口々に言い出しました。
「カラスは頭のいい鳥じゃ、わしはこのカラスに言葉を教え込もうと思う」
「言葉を教えてどうするつもりじゃ」
「そうじゃのう、人が来たら、オハヨウ、コンニチハとでも挨拶させるか」
 ワハハと笑うと、そのまま家に持って帰って鳥かごに入れ、毎日「オハヨウ、コンニチワ」と教え始めました。
 言葉を覚えたカラスは、人が尋ねてくると「オハヨウ、コンニチハ」としゃべるようになりました。
 子どもたちも面白がって「おはよう、こんにちは」とカラスに話しかけました。
 いつの間にか村は、人と会うと、おはよう、こんにちはと挨拶をする和やかな村になり、太ったカラスも村の人気者になりました。



                                おわり

辰吉どんとカラス

辰吉どんとカラス

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-08-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted