君よ悲しみに向かい、吠えろ
闇の中で見えた光。
君には全然、敵わなかった笑。
最初は、子犬かと思った。
水にぬれた素直そうな目に、従順さを見たし、痩せた肩に落ちるか細い髪に清純さを思った。
「大丈夫か?」
そう言って手を伸ばしたら、その手をパシンと打ち払って、君は吠えた。
「触るな!!」
呆然とする俺を尻目に、君はそのまま走って逃げた。
血に汚れたシャツが、目に痛々しかった。
その日老婆が殺された事件が、町中を駆け巡った。
俺は静かに肯定し、慟哭した。
一樹と出会ったのは、あれは一年前の冬だった。
冬に生まれたのに、春の名前を付けられた。
そんな無理やりなこじつけで、一樹は女子から浮き、見れば見るほど醜い相手に、俺は「なんて面だよ」と思いながら、委員長を任された一樹にプリントを手渡した。
「安西先生、何も言わないから楽ー」
その女子共に笑われ、教師人生、何事も無いのが一番です、と俺は煙草を空吹きしながら、自分も褒められた人間じゃないのを皆に見せつけ、一樹に少しの同情心を煽ろうと媚びる自分を発見したりして、なんだか照れくさくなりてへへ、と笑いかけると、冗談を解している一樹は「はんっ」と笑って「小夜~、あんたの豚足邪魔で通れないよ~」とその女子のリーダー格の足を手で持ち上げ、後ろに転がした。
「いってえなあ!」
小夜が似合わないツインテールを揺らして贅肉の付いた顔で切れると、一樹は「小夜、ナニコレ!何この腹、気持ち良すぎ!!」とその腹を思いっきり踏んだ。
ぶに、ぶに。
「おええ、」
小夜が吐いた。
以来小夜は一人飯だ。
一樹はその位は悪の道に染まっていた。豚小夜は痩せて綺麗な小夜になり、それなりに構われて、静かに笑ってうん、と頷き、男子に意外とモテていたりする。
これが今年の二月の話。
小夜は二か月でダイエットを成功させたのか、偉い偉い。
俺は醜すぎる小夜の頃を知っているので、さほど同情心は湧かなかった。そんなに良い奴じゃないんだ、俺も、誰も。
高校教師なんて大体が大学で資格取ったから入ってるって具合の奴ばっかで、ほんとに良い待遇求めてる奴は私立に行くさ。
少なくとも俺はそう。
一樹は俺を「駄目な大人」呼ばわりし、俺が一人でトイレで煙草を吸っていると、男子の一番気弱な奴と一緒にドアを乗り越えて「安西ちゃーん、煙草ちょーだい♪」と言ってくることもあり、クソガキが、と思いながらもその憎たらしさに逆に愛着が湧く不思議な奴だった。
「安西先生、僕、もう学校辞めようかな」
野原君はそう言って、俺の煙草を吸いながらテストの答案用紙を見て呟いた。
そこには見事に花丸百点の数学の用紙があり、「辞めてどーすんの」と俺が聞けば、白こく「とりあえず京大の研究室にいる教授のとこに弟子入りしようと思うんだあ、僕って理数系しか出来ることないから」とにこお、と笑ってその青白いモブ顔を向けてきて、俺は「お前なんか自殺して死ね!」と言った。
野原君はイヒヒ、と笑った。あだ名はバイキンマンな彼は、トイレ掃除を自ら申し出ては便器に残った便を持ち帰り、「これはさっき二時間目の終わりに行ったときは無かった便だ、ということは、三時限目にこの本校舎に用があると出て行った不良の田崎薫君のうんこだな!!田崎君、君の血液型と今日の朝出たうんこを僕に貸してくれないか、家で回虫が何匹いるのか数えてみるよ、これは田崎君、君の命に関わることだ」と放送室から大声でのたまい、サッカー部主将の田崎薫君は恥ずかしさのあまり三階校舎から一階のプールに転落して一命をとりとめた。
その後泣きながら両親に連れられて何とも微妙な顔をしている親たちの前で、「ところで田崎君、君の腹の中の回虫に効く薬を作ってみたんだけど、大丈夫、医学博士の叔父のお墨付きだよ、これを飲めば一発さ」とぐっと親指を立てて薫君に殴られ、鼻血を出して「僕の鉄分の中にどんなばい菌が潜んでいるのか調べなきゃ!!」とその場でプレパラートを取り出して血を採取しだしたのには、俺含め校長も田崎君もその両親もドン引きし、「お前は本物のバイキンマンだ!!」と田崎薫君が泣きながら彼女の家まで走って逃げたのが事の始まりで、以来こいつに近づくのは能々一樹だけ、ということだ。
南方熊楠に憧れているという野原真一君は、このキモさには君と付けて遠ざけざるを得ない、野原君は、暗いじめっとした女子にモテながらも一度も告白を受けたことは無く、陰でばい菌王子と呼ばれながら一樹と俺から昼食のアンパンを取って分け合って食ったり、俺の車に乗って帰ったりと、俺を虐めることに余念がない。
かつて田崎薫君にいじめられていた時のことがよほど堪えたらしい。
南方熊楠に出会った不思議天才少年は、その才能を開花させ不気味に不敵に笑いながら今日もダンゴムシを集めてポケットに入れては「帰ったら捨てられてる虫かごさーがそ」とルンルンしている。
「そういえば、ノノが先生のこと探してたよ」
野原君がそう言って一樹の名を呼んだ。
能々、と書いてノノだ。別にあだ名じゃない、ただ名字を読んだだけ。
それだけで可愛らしいので、最初は人気のあった一樹。
ノノ、と豚小夜が頬を赤らめながら最初の友達作りを開始したころ、一樹は本性を現した。
「てめ豚ノノとか呼んでんじゃねーよ豚こら死ね、デブ!」
一樹は鬼の子だった。
ツイッターにて顔出し名前だしして甲本ヒロトの歌を歌ったり、野原君の豪邸で菓子を食いまくっている画像を載せたりして顰蹙を買いいじめが始まったのだが、本人全く意に介さず、「だってあいつデブだもん」と当然のように当然のことを言って謝らない。
まーデブだけど。
俺も同感。
高校デビューにツインテールは無かったな、小夜。
あと小夜のツイートはボンレスハムがでかい目をしていたりゴスロリのスカート履いてたりして、笑える。
「逆に萌えない?」
田崎君に野原君がそう言ってスマホをうりうりと近づけ、回答を迫る頃小夜はしくしくと泣きだし、慌てて委員長が宥めたりしていた。
ある日、家庭訪問に出かけた。
俺の乗るミニクーパーは死んだ親父の形見で、一樹がガムをくっつけた日は本気でその頭をしばき倒し、わーん!と意外にも泣き声を上げた一樹を見ておろおろした野原君に「クソガキめらが!!」と捨て台詞を吐いて逃げた日のことが引っかかり、俺は一樹の親に謝りに行くところだった。
着いた先は、庭の素敵な、なんかこう、イギリスの映画に出て来そうな薔薇の植わった家だった。
実際にイギリス人が出てきたからびっくりして隠れた。
イギリス人?は俺を見て「チョと待てクダサーイ」と言い、奥から老婆を連れて来た。
老婆は「あんた、誰ね?」と言って無邪気な目で笑いかけて来た。俺がほっとして出て来ると、一樹が「安西、帰れ!!」と二階から案外可愛い服を着て叫び、「一樹!!」と老婆が怒鳴るとシュッと隠れた。
「全く、能々さんとこの子はほんとに性質が悪すぎる!!」
老婆はその勢いで足元を這っていた毛虫を蹴り潰し、驚愕する俺にグロイ映像を見せつけながら、「あの子が、またなんかやらかしたんね?」と言って笑って見せた。
恐ろしいことをしながらも愛嬌のある、ほっとできる笑顔だった。
これが6月の頃。
その後は車にガムを付けられたことなど忘れ、必死に美味しいです、美味しいです、と言いながら老婆の作ったケーキやらおかずやらを食べ、タッパーを持って帰ることになり、イギリス人は「一樹は、ダミアンでーす、悪魔の子、意味ネ」と言って一樹を罵り、俺に同情した。
俺ははて、と思い、「ところで、能々さんのご家族は、」と聞くと、老婆は「あの子を残して10年間、手紙一つ寄越さない」と言ってふんと鼻を鳴らした。
一樹がアイスを冷蔵庫から出していると、イギリス人が「一樹、先生に謝りなさーい」と言うと、「うるっせー、バーカ、片言!」と一樹は白くまくんを咥えてまたタタタッと二階へ上がっていき、ほらご覧!とイギリス人は小指を立てて俺のカップに両手を添えてお茶を淹れたので、あ、これホモだ、とわかり俺は少し身を引いた。
「あの子はね、先生」
老婆が言った。
「強いよ」
しかしにんまりと笑っていた。さも面白そうに、愉快そうに。
イギリス人だけが、無表情に紅茶を上品に啜り、「アウッ」と熱さに火傷して舌を出した。
それからの俺の一樹への評価は、ぐんと鰻登りに上がった。
「おはよ、一樹」
俺がそう言うと、一樹はちらっと見てニヤと笑い、すいっと無視して走り抜けていく。ショートカットが脇を抜けて行くのは猫みたいで気持ちが良かった。
あの日一樹の家を訪れてから、案外一樹を買っている老婆を見られたからだろうか、一樹は妙に自信を持ったらしく、俺にも心を許すようになったらしい。
それは意外と子憎たらしい悪戯で表現された。
帰ろうとミニのドアに手を掛けたら、画びょうを入れた緑色の大量のガムが貼られていた。
「くそ、餓鬼ー!!」
俺は太陽に向かい吠えた。
キヒヒ、と校舎の上で野原君と一樹、それから田崎君が突き合わされてさんまを焼き、ガスバーナーを爆発させて田崎君が怪我をしてまた野原君が呼び出され、「田崎君、君の怪我が治る過程を観察させてくれないか、じゃなかったら僕も火傷する!」と野原君がライターで火をつけようとして「アホか!!」と田崎君にど突かれ、野原君はあばらを折ったが誰も同情しなかったのは俺が顧問の理学部の伝統的伝説となった。
ある日、俺が暇を潰そうと休日の街を歩いていると、一樹と野原君がシェパード犬を撫でていた。
俺を見るなり、「行け!」と命令したので慌てて俺は傍の店に入り、うろうろするシェパードから逃げることに成功した。
自転車屋のそのおじさんは「かずちゃんかー、面白いねあの子」と笑い、「お兄さん、自転車見てかない?」と声を掛けた。
俺はしばし話し、シェパードが引っ込む頃外に出て一樹と野原君に「何、君ら犬飼ってたの?」と良い大人を演じながら聞くと、野原君が「先生良い時計してるね、ちょっと貸して」と俺のスウォッチを指さし、差し出すと弄り倒して、「おい、おい!」と迫る俺を一樹が足止めし、はい、と野原君が差し出すころには野原君のスマホで俺のスウォッチが追跡できるようになっていた。
「これで先生は、僕といつも一緒だね」
キヒヒと笑うバイキンマン。クソが!
俺は二人を連れて肉屋まで行き、ビールを買ったらノンアルを籠に入れて来た二人を迷惑に思いながらも、「まあ、これが後々恩になって帰って来たりすんのかもな」とちょい悪教師気取りで買ってやり、ノンアルなのに酔っぱらって脱ぎだした一樹を止めるために河原で格闘して野原君が「ノノって変なのー、ノンアルでしょこれ」と言って俺のアルコール入りを飲み干すのを見て驚愕したりした。
三本買ったんだぞ、三本。
お坊ちゃまは陰で何をしているかわからない。そして案外一樹みたいなのが一番ガキだ。
俺は寝てしまった一樹をすごすごと「怒られるだろうなー」と一樹の家まで背負い、その傍を夏なのにクビにマフラーを巻いている野原君を連れて、えっちらおっちら歩き出した。
「ねえねえ、なんで僕がクビにマフラー巻いてるか気になる?気になるでしょ?」
「うるせーな、なんねーよ」
俺は女みたいな顔した野原君を心底気持ち悪く思い、あーあ、こいつこうなると止まらないんだよなーと、ハイモードになった野原君の講釈を緩い坂道を登りながら聞いた。
「なんでかって言うとねえ、僕の母親は、昔ネグレクトをしていました。今の父親を見つけるまで、前の父親、つまり僕の本当のお父さんから守っていたのでした。
しかし振るわれる暴力の連鎖!
僕はクビに煙草で火傷を負わされ、泣き声に切れた母親に床に叩きつけられて今でも座っていると尾てい骨の感覚がありません!
それから母親はめでたく今の父に出会い、僕も認知してもらって拍手喝采の大円談となりました。
ところがです!僕は事件のショックが強すぎて、その後も食べ物を戻すわ下痢はするわ、妹は叩くわ叫び出して走り回るわ、逃げても逃げても父親の陰から逃げられませんでした。
母親はショックで僕を精神病院に入院させるという父親に首を振り、なんとか教育で直そうといつも必死で本の読み聞かせを行いました。
ところがです、僕が興味が湧いたのは、友達欲しいな狼くんの、狼くんは、じゃあ何を食べて生きていたんだろう!というお話の原点でした。
そう、狼くんはお友達の兎さんや狐さんや猫さんやネズミさんを食べて生きていたのです!
僕はそれを聞いて、人間はどんな味がするんだろう、お肉のように美味しいのかしら、と想像しては遊ぶようになりました。
駄目だ、いけない、と首の傷を見ては自戒し、諌め、なんとか落ち着きを保っていましたが、ある日、これです。」
そう言って、野原君は黒のシンプルな薄いマフラーを取った。
そこには思った通り、新たな火傷の痕があった。
「これは田崎君に付けられた傷です。これを受けた時、僕が考えたことはなんだったでしょう?
しめた、獲物を見つけた!です。
以来、田崎君は僕の標本となったのです」
「は?」
「あ」
野原君は「んーんんー」と歌い、「さ、着いたよ先生」と一樹を降ろすように促した。
俺はフランス人だったポールに一樹を任せ、気持ちの悪い野原君を伴って、今度は駅前のSL広場に行った。
「さっきのはどういう意味なんだ?」
「え、なにがー?」
「可愛くねえよ、キメえんだよてめー」
俺は野原のマフラーを引っ張って宙づりにし、餓鬼の顔で怖がる野原君を空で揺らして「田崎になんかしたのか」と凄んだ。
「せんせー、そんなことしていーの?」
野原君はすうっと息を吸い、叫ぼうとしたので腹に一発入れた。
うぐっと涙を溜めて生意気に睨んできたので、「いいか、一樹には手ー出すなよ」と言うと、「僕がなんでノノに手出すのさ、ノノは僕のメシア様なのに」とまた意味不明なことを言うので、はあ?と言って片手をぽきぽき鳴らしていると、野原はみるみる青ざめて、「お母さん!」とわっと泣き出した。
俺は面食らい、手を放すと野原は「お母さーん」と言いながら走って逃げ、ゲラゲラ笑って「バーカ、安西!」と上を向いて叫びながら「ノノがどうなるかなんて、知ったことか!僕は僕のしたいようにするだけだ!」と叫んだ。
俺は久しぶりにガキを殴った手をぷらぷらとして、それからひそひそ話す主婦連中に気が付き、そそくさと退散した。
なんだったんだ今日は・・・・・・。
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7月25日、夏休み。
俺は教員室で抜き打ちテストの答案用紙に〇×を付けていた。
と、そこでピリリリリと俺の未だにガラケーな携帯が鳴り、見れば「母、危篤」とあった。
兄からだった。
ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、と木魚が鳴る。
ナムアミダーブ、と唱える声を真似て姪っ子が笑う。
「こらこら」と幸せ太りしている兄。スーツがパツパツだ。
「久しぶりだなあ、コータ」
「兄貴も、滝さん、元気か?」
兄貴の名前は龍昇という。名前負けだーと人に笑われても常に笑顔を絶やさないこの人も、昔は鬼の龍昇として有名で、地元じゃ鳴らした口だった。
滝さんは俺の先輩で、可愛くて優しく、兄貴にいつも付きまとっては「帰れよ」と脅され、それでも「好きです!」と言い続け、ライバルが現れると女の武器を使って兄貴を寝取り、見事出来ちゃった婚をした。
しかし、悲劇はそれからだった。
ガキの乗ったバイクに跳ね飛ばされ、重症。
その上腹を蹴られ、子供も危ない。
兄貴は警官だった。手を出す訳にはいかない兄貴の代わりに、俺が相手の餓鬼を殺した。
ゆっくりと落ちて行く友達の姿が、忘れられない。
親友と言っても良かった。あの事件が起きるまでは。
毎日花火したり女装して引っかかった奴笑ったり年上の奴に喧嘩売ったり、楽しくしてたはずだった。
なんであいつが、あんなことを。
それはあいつの家があいつを虐待していたという、今では事実無根となってしまった現実によるものだが、俺はもうあいつに同情していない。
罪を犯せば人はそれまで。縁の切れ目だ、お去らばだ。
俺の罪を見逃す代わりに、兄貴は警官を辞め、探偵業を始めた。
猫を探すとかの可愛いもんで、妻の滝よりかさんを看てくれる医者の同級生と友情結婚し、今じゃ一女を設けているのだから、有罪っちゃ有罪だ。
「それは、聞くなよー」
そう言って兄貴が目元を拭い、俺は失言を取り消すべくこほんと咳をした。
母は最後は、安らかに逝った。
老衰だった。
「ねえねえ先生、ノノの秘密、知りたくなーい?」
野原君が猫を抱きかかえて現れたので、俺は前日の疲れからぎろりと睨みつけ、「んだよてめー」と低い声を出した。
野原君は少しこわばり、しかし必死に「先生にはさ、知ってて欲しいんだよ、ノノの秘密」と猫を撫でながら言った。
俺は静かに手元の答案用紙を眺めながら、「学校辞めるんじゃなかったんですか野原君」と冷たい顔をして言った。
野原君は「なんで急にそんな風になるんだよ!安西らしくないじゃん!」と怒鳴り、猫がにゃあと飛んで逃げた。
俺は猫が行く方を窓から眺めながら、「良かったなあいつ、実験動物にされなくて」と言った。
野原君は「はあ?」と言い、次に顔を赤くして、ドン、と地面を踏み鳴らし、「僕を馬鹿にするな!僕はそんな人間じゃない!」と駄々っ子のように怒鳴り散らした。
俺は「じゃあ田崎に何したか言ってみろよ」とアンパンのビニルを破きながら言うと、野原は「それは、それは秘密だよ、ノノとの約束なんだ、絶対に、安西も喜ぶからって」と必死になって言葉を紡いだ。
俺は「一樹が?」と呟き、「何生徒呼び捨てにしてんだよ、あんたロリコンかよ」と俺を挑発しにかかっている野原君の襟元を掴み、「殺されたくなかったら、言え。一樹と何を企んでる?田崎は無事なのか?」と聞いた。
「何言ってんだよ、田崎は今日も学校来て仲間と遊んでるじゃないか!」
野原が指さした先には、サッカーボールを足で止めて仲間に手を振る田崎薫がいた。
「それより、ノノだよ!ノノが大事なんだ、ノノのことを先生は知らなきゃいけない!あの子だって、」
野原が逃げて行った先で足先を舐めている猫を振り返る前に、俺は雨の降りだした校庭の先で、小夜と連れ立って歩く一樹の姿を認めた。
二人は仲良くしゃべりながら北校舎の階段を登っていく。
俺は安心して、「んだよ、お前めんどくせーなあ」と言って椅子に深く腰掛け、腕を頭の後ろで組んだ。
ジャージのジッパーを上げ、口元を隠して寝る体制に入る。
「違うよ、違う、本当に危ないのは、一樹なんだ!」
野原がワーッと泣いて駆けて行くのを、俺はやれやれ、悪魔の子が去った、とほっと一息つき、深い眠りに入った。
・・・・きて・・・。
起きて。
起きて、光多君。
滝さんが目の前にいた。
そうだよ、起きろよ、コータ。
ヤスもいた。血まみれの、脳みそが半分出たヤス。
彼らは二人ともぐちゃぐちゃで、でも不思議と懐かしく、カブトムシの甘い匂いなんかしそうに子供の頃を思い出させてくれるグロテスクさで、地面の枯葉に埋もれている俺を掘り起こしてくれようとしている。
このままじゃ、やられちゃうよ。
やられちゃうよ。
ヤラレチャウヨ。
殺されちゃうよ。
ふっと目が覚めると、キャー!という悲鳴が耳にこだました。
俺は跳ね起きようとして椅子ごと倒れ、無理やり起き上がって北校舎へ向かった。
人だかりができ、地面に誰かが倒れている。
小夜だ。
脳みその半分出た、痩せて綺麗になった小夜。
「小夜!」
田崎薫が駆け寄って、死体を抱きしめた。
ドーイウコトダ?
どーいうことだ。
本当に危ないのは一樹。
屋上を見た。
一樹が、呆然と金網の外側に立って、四つん這いになって下を覗いていた。
キヒヒひひひ。
俺にはいつもの、笑い顔が見えたような気がした。
雨が降る。燦々と、ざあざあと。
一樹が下りてきた。
ゆっくりと、階段を一段ずつ。
田崎薫は振り向かない。ただ小夜、小夜、と泣いている。
意味が分からない。この二人はそういう仲だったのか?
「一樹」
肩を掴んだ。掴もうとした。
拒まれた。
「触るな!」
それから走り去った一樹に、傘を差して迎えに来たポールがぶつかり、あらら、と笑って、それからこちらを見て、あ、と口に手を当てていた。
俺は不覚にも、この白人の顔の美しさに心底ほっとする可笑しな状況を呪った。
一樹は、それから帰って来なくなった。
屋上へ警察が行ったところ、野原の愛用していたノートが落ちており、そこには田崎薫に何月何日、万引きをさせた、小夜に何月何日、田崎薫に告白をさせた、何月何日、二人がホテルに入ったと事細かに書かれており、犯人は絶対に奴だという確信を持って事は動いた。
だが、ここで頑として動かなかった存在がいた。
それは野原真一の母親、知世と一樹の世話人、ポール・ロッカーと伏木千畝だった。
「あの子らが、そんなもん、するはずが無いわね!」
「うちの子は優しい子です、命の大切さを何より知っています!あの子が誰よりも理解しているのに、人殺しなんてありえません!」
「じゃあこのノートはなんなんですか、田崎薫も無理やり付き合わされた上に、恋人まで殺されてショックで学校を休んでるんですよ」
「それは・・・」
ぐっと野原知世が押し黙り、涙を溜めて悔しそうに俯いた。俺は不覚にも、滝さんに似ていると思い、慌ててその考えを振り払った。他人の空似だ、よくあることだ。
「私も義理の父ですがね、あの子は本当に良い子でしたよ、そりゃ最初の頃は、色々ありましたが・・・」
ちらちらと知世の方を見ながら野原博隆が言葉を濁し、それが決定打となったように「とにかく、真一君が帰ってきたら、身柄をすぐ我々に引き渡してください」と刑事が警告し、立ち会っていた俺も野原真一の家を後にした。
「お兄ちゃん、帰ってくる?また遊べる?」
野原知世そっくりの妹が意外にも兄を慕っており、おや、と思ったが、まあああいった計画的に物事を進める奴にはお茶の子さいさいなんだろう、と俺は大理石の玄関をくぐり、靴を履いているときに玄関に飾られた写真を見た。
猫を抱いて、家族と一緒に少年らしく笑う野原真一。
「クソが!」
ガツンと叩くと割れて破片が飛び散り、「何するんですか!?」と知世が悲鳴を上げたが、俺は振り返らずにやたら大きくて重い玄関ドアをこじ開け、外に出た。
雨はまだ降りやまない。
痛い痛いと思っていたら、アパートのおばちゃんが飼っている柴犬に手をぺろぺろ舐められ、見ると血が大量に出ていた。
殺されちゃうよ。
「なんでだよ」
最後に見たヤス。
俺の右手にぶら下がり、校舎の上で宙ぶらりんになって泣きわめいたヤス。
「なんで、俺ばっかり」
「お前ばっかじゃねえ」
「お前ばっかじゃねえよ」
俺は包帯を巻きながら、部屋で一人呟いた。
何処かで雷が落ち、部屋が光って、消えた。
早朝、ポールから電話があった。
一樹が現れたらしい。猫を連れて。
「助けて欲しい、安西先生」と言っていたらしく、ポールがこの猫は、と見ると猫は痙攣しており、何かの薬剤を注射されたらしく毛が一部剃られていたと。
はっと見ると一樹の姿はなく、その日一日中二人で探したが、一樹の姿はどこにもなかった。
猫は動物病院に連れて行ったところ、麻酔を打たれただけらしいということで、「子供の考えるようなことだ」と獣医は吐き捨てた。
俺は呻いた。俺の中の一樹が、音を立てて崩れて行く。
あいつは本当に、悪魔の子ダミアンなのか。
野原の言葉。
本当に危ないのは、一樹なんだ。
なんだ・・・
なんだ・。
いや、野原がやったに決まっている。
俺達は猫をキャリーバックに入れ、伏木家へと帰り、その庭先で絞殺された伏木千畝の姿を発見した。
千畝は最後まで犯人を許すまいと、睨みつけた凄い形相で死んでいた。
その手には、鎌が握られていたが、生憎犯人の血は付いていなかった。
「もう、ナンなんだ!!」
ポールが絶望したように叫び、口元を抑えて低いうめき声を漏らして泣き出した。
うぅぅぅぅぅ、と獣が唸るような泣き声に、俺はクソが、と力なく呟いた。
一樹の帰る場所が、無くなってしまった。
雨空を仰ぎ、振り向いた。俺はここで、信じられないものを見たのだが、これは最後まで取って置こう。
犯人を捕まえるその時まで。
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「ワタシは、千畝さんに、救われたんデース」
ポールがお茶を淹れて話し始めた。
なんでもポールは、フランスで同性愛者ということで酷い虐待を父親から受け、母親にも毛嫌いされて家を出ることになり、去り際、妹が罵倒してきたため一発殴りつけ、勘当されて逃げるように憧れの国、日本へ来た。
最初はゲイバーなどで働き、それなりに人気も出て、これでやっていけると思った。
ところがだ。
ライバルであり善き友であったはずの仲間に嫉妬され、ある日店の金庫の金が無くなり、濡れ衣を着せられて客の前でリンチされた。
その時だ。
「無くなったのは、幾らだい?」
夫と共に物見遊山に遊びに来ていた伏木千畝に、ポールは救われた。
以来、庭師としての修業を積むべく伏木家の世話になり、近所でも最初は面白がられてからかわれたが、ムキになればなるほどからかってくる子供らを相手にしている内に、自身失われた幼少期を取り戻したような気分になり、一樹に妹の影を見て、可愛がるようになった。
一樹は幼い頃は可愛くて、誰にでも懐き、しかし両親に捨てられた頃から徐々にグレだし、自分がほとんど母親のようになって育ててきたのだと、ポールは語った。
中では千畝と一樹の取り合いを繰り広げたころもあったと聞き、俺はくすりと笑った。
泣いていたポールもくすくすと笑いだし、ウォッカを飲んで一樹の悪行を並べ立てては、大笑いした夜となった。
その日は警察が庭を調べる中、ポールが進めるベッドが俺には気持ちが悪く、それはもう大変気持ちが悪くて、無理やり振り切って家に帰り、三時間だけ寝て翌日も出勤した。
殺人の起こった家では、とてもじゃないが安心して寝られない。
一樹の身だけが心配だ。
その日俺は、得意分野の歴史の織田信長と今川義元の桶狭間の戦いについて、一講釈垂れていた。
敵が強靭で大勢なら、細く狭い戦場でもって得意分野で叩け。
卑怯な手でも何でも使え。俺の教えられることはそれだけだ。そんなことを確か言っていた。
その日、学校を休んでいる田崎薫が、能々一樹にバットで後ろから殴られ、高速道路に遺体を捨てられた。
トラックが轢いてしまい、顔が潰れた。
ほんとにこれが薫なんですかー!!そう言って金髪の両親は泣いた。
愛情だけは、ある両親らしかった。
野原を早く、見つけなければ。
一樹も、急がなければ。
一刻も早く、そして、
俺の手で終わらせる。
あの日楽しかったシェパードに追いかけられた記憶が蘇った。
今はこれに掛けるしかない。
俺はスウォッチに目をやった。
オレンジ色のスウォッチ。アマゾンで買ったしょーもない、二千円代の。
物欲の無い俺が、ただ一度思い付きで買った数年ぶりの買い物。
ヤスを殺した日から、スーツと靴とジャージと下着以外で初めて買った玩具。
俺は、その日町から離れた空港へと向かった。
ポールから執い電話が掛かってきたが、無視した。俺はゲイじゃない。
兄の龍昇に連絡し、「終わらせて来る」と言うと、「わかった」と兄が笑って返事した。この人はあの事件から随分優しくなった。特に子供に対しては。
俺は「行ってくるよ滝さん」と呟いて家を出た。
枕元に立った滝さんの幻が、俺を見送ってくれた。
俺はだいぶ長い事精神安定剤を飲んでいない。だがしかし第六感に頼ることも必要なのだ。
ヤスが、おい、持ってけよ、と昔使っていた折り畳みナイフを指示した。
俺は、いや、大丈夫だ、と笑い、ほんとかよ、弱いくせに、とヤスが笑って消えた。
俺は電車を乗り継ぎ、出来る限り歩いて移動した。着いてこられるように。
空港に着いた時、辺りは真っ暗で、山裾に日が落ち、月が昇って星と輝いていた。
そこに野原はいた。
一樹と一緒に、手を繋いで。
二人は飛行機が行くのを、ただ無邪気に眺めていた。
いや、内心無邪気ではなかったろう。ただ、そうしているように見せかけているだけだ。そうするより他に仕方が無いから。
俺は空港のロビーを通り、二人の立つ窓際まで歩いて行った。
一樹だけが振り向いて、悲しそうな眼をして言った。
「野原が、可哀想だ」
俺は言った。
「だからって、それは理由にならない」
野原が言った。
「先生、だから言ったでしょ?ノノの秘密を知らなきゃ駄目だって」
野原が振り向いて、言った。
「だからみんな、死んじゃうんだ」
野原は泣いていた。
首元が血だらけの少年は、カッターナイフを持つ手を一樹に握られて、泣いていた。
一樹が叫んだ。
「野原が死ぬ理由なんかない!」
野原が嘆いた。
「僕にはもう、誰も助けられない、僕には無理だったんだ、光の帝国なんて」
俺は言った。
「出来るさ」
野原が目を開いた。一樹が俺を見た。そして恐怖の目をした。
俺はゆっくりと後ろを振り向いた。
ポール、だったものが立っていた。
ポール、だったもの?は、言った。
「なんで、弟を殺した?」
俺は「殺されて当然なんだよ、お前らみたいな変態は」と吐き捨てた。
途端、ポール、だったものが消えて、ガン、と頭の後ろに衝撃が来た。
「先生!」
一樹が叫んだ。
「来るな!」
俺は一瞬落ちそうになった意識の中で叫んでから、げえっと床に吐いて這いつくばった。
ポール?だったものは、赤い目をして、金髪を美しく月光に照らし、まるでバンパイアのように俺の後頭部を抉った鎌を舐めた。
「あーらら、もうお終いなのぉ?つまんない、一樹ちゃんの方がまだ根性あったわねぇ」
「うわー、もう嫌だー!!」
野原が泣き叫んでカッターナイフを振り仰ぎ、一樹の手をすり抜けてポールだったもの?へ向かって行った。
途端、弾き飛ばされて床に転がった。
「へなちょこ」
にたにたとポール、が笑った。嘲笑った。
「あんたはあたしの肉便器専用ね、なっかなか可愛い顔してるし。さーて、一樹ちゃん、こっち来なさい。お母さんの云うことが聞けないの?」
一樹はきっとポールを睨みつけ、「キモイんだよゲス野郎!」と精いっぱい怒鳴ったが、最早逃げ腰だった。
「に、にげ」
野原が唸った。
「逃げて、ノノ」
腹から血が出ていた。俺の視界の端にカッターナイフを握った野原の右腕が、座椅子の下まで弾き飛ばされて転がっていた。
可哀想に。
可哀想に。
滝さんを思った。お腹の子を思った。
ヤスを思った。
可哀想に。
「みーんな、ここで、死んじゃうんだー!」
アハハハハハ、と笑いながらポールが一樹を追いかけ始めた。
一樹は必死で距離を取り、逃げる。
椅子を壁にしたり、急に接近されて泣き声を上げたり。
ポールは楽しんでいる。
「やめろぉ、やめろぉ」
野原が這いつくばって、カッターナイフの自分の手へと向かおうとしている。
俺は、俺の体は、動かない。
こんなにも、無力だなんて、
大人なのに。
「大人なのにさあ」
ヤスが言っていた。
「自分の子に死ねって言うの、俺は違うと思う」
そのヤスが、泣きながら滝さんを殺した。
赤ちゃんを殺した。
血が沸騰した気がした。
ぐんと目を開けると、「コータ、頑張れ」とヤスが折り畳みナイフを俺の手に握らせた。
これは幻か?
「頑張って、光多君」
滝さんが、お腹をかばいながら言った。
「光多、頑張れ」
兄貴が言った。これは幻だ。
銃口をこちらに向けながら、丸くて可愛い体をした兄貴が、歩いて来る。
俺は兄貴を待つべきなのか?それとも。
「せんせー!助けてー!!」
「助けて安西ー!!」
野原と一樹が泣き叫ぶ。
俺は立ちあがった。
ぼとぼとぼと、と凄い勢いで何かが頭の後ろから流れ出て、兄が「光多、動くな!」と走ってきた。
「兄ちゃん、来んな!」
俺は叫んだ。
「誰も来んなー!!!!」
ポールは一樹に乗っかって、一樹の首を食いちぎろうとしていた。その首に、サクリ、とナイフは入った。
ぷしゅうぅぅぅ、と血が溢れ、ポールは「あれ?」と言って泣いている一樹から口を離し、俺を仰いだ。
俺は白目を剥いて立っていたそうだ。それからポールは、「なんで、」と呟いた。そして叫んだ。
「なんでー!なんであたしなのー!!お父さん、お母さん、薫ー!!」
こうして、ポールだった者は死に、本物のポールが伏木亭の大きな業務用冷蔵庫の中から凍り付きそうになっていたところを発見され、がちがち震えながら「千畝サーン、千畝サーン!一樹チャーン!」と半狂乱になりながら手当もそこそこに走り回って行方不明となり、三日後ボロボロになって帰って来た頃には、俺はポールだった者の脳髄を移植され、なんとか一命は取り留めたが、植物状態となり、なにがなんだかわからぬうちに、事件は一件落着したのであった。
伏木亭で俺が見た、信じられないものとは。
俺が千畝さんが殺され、空を仰ぎ、そして煙草を吸おうと焦って背を向けて窓ガラスに目をやった。その時だ。
泣いている筈のポールはこちらを見てあかんべえと舌を出し、おぞましい笑顔で獣の雄たけびを上げていた。
俺が慎重に煙草を吸い、首を戻すとまた奴は嘘泣きを始めた。
俺は、探偵業を営む兄に、ポールの身元を調べて欲しいと依頼した。兄貴は調べを進めるうち、ふと田崎家の家族構成がおかしなことに気が付いた。
薫の上に、今はいない筈の人間がいるのだ。
あんなにも薫を溺愛し、泣いて見せた金髪の両親。その両親の過去を探ると、とんでもないことが発覚した。
この二人は、私生児を産み、一度虐待で訴えられ、人知れず施設に子供を預け、そのまま行方をくらましたというのだ。
そしてなんということだろうか、この田崎薫の両親こそが、一樹の両親であり、一樹と薫は双子だった。
一樹は、生まれたその日に捨てられたのだ。
そして伏木千畝に命を救われた。
薫の兄、名前はわからないままだが、はその後施設を脱走し、行方知れずとなったということであった。
ちなみに、ポールがゲイであったという話は真っ赤な嘘であり、ポールは「だーれがゲイですか!わたーしはストレートですよ!」と真っ赤になって怒っていたというのだから、これだけがほのぼのと笑える事実だった。
俺は耳だけで外の音を聞いていた。
一樹の泣く声。野原の名前を呼ぶ声。知世の謝る声。兄貴と娘の依子ちゃんが俺を呼ぶ声。
沢山の声が毎日した。一樹が俺を好きだと言った。野原が一樹が好きだと言った。
その内二人が一緒に来て、「先生、僕達結婚するよ」と言った。「ごめんね先生」と一樹が言った。俺は別にロリコンじゃないぞ、と抗議で指を三回トントントンと鳴らした。
何年経っただろう。その内真っ暗闇だったのが、不意に虹色になって来て、明るくなって、気持ちが良くなってきた。
浮遊感、浮遊感。
そしたらお前やっぱり馬鹿だなーとヤスが笑った。あの日の前、花火を一緒にした思い出の中のヤス、綺麗な目をしたヤス。
光多君、私あの子と一緒に、あの子達の元に生まれるのよ、と滝さんが結婚式の時のウェディング姿で俺にブーケを投げながら言った。
ありがとう、おめでとう。
俺はブーケを受け取った。
さあ、次はお前の番だ。
俺は二人の手を取り、すっと息を引き取った。
今は千畝さんの家で、一緒にお茶をして相も変わらず煙草吸ってプロレス観て暮らしてる。
千畝さんが、おいこら!ちょっとは働かんかい!と俺の頭を棒で殴った。
俺はいででで!と悲鳴を上げた。
猫が鳴く庭。一樹の家。
今は一樹と、真一と、新しい命の住まう家。
俺はとろんとまた眠った。
猫が隣に寄り添った。
君よ悲しみに向かい、吠えろ
もやもやをありがとう。