眠れぬ夜は君のせい【番外編】 ~ 運命の日曜日 ~

眠れぬ夜は君のせい【番外編】 ~ 運命の日曜日 ~

運命の日曜日

 
 
 
成田空港の到着フロアには搭乗客の喧騒の中、がむしゃらに駆けるスニー
カーの靴音が低い天井に壁にせわしなく反響していた。
 
 
水平型エスカレーターの動く歩道上をのんびり流れてゆく、大荷物の家族
連れを横目に、コースケはただただそこに待っててくれているであろうそ
の姿へと向け一心不乱に走る。

そして手荷物受取場のベルトコンベアが静かに動き出すと同時に、背中の
リュックひとつで到着ゲートを飛び出したコースケは、そこから出て来る
人を待ち侘びるロビーの雑踏の中、目を凝らしてリコを探した。
 
 
すると、ごった返す人混みから少し離れたベンチに、なんだか遠慮がちに
ちょこんと腰掛けるその姿を捉えた。
 
 
リコはまだ、コースケが自分を見付けたことに気付いていない。

手首の腕時計に目を落としながら、そっとガラス戸向こうの手荷物受取場
の混雑する様子を見ている。少し身体を傾げたそれに、黒髪がサラリと揺
れてたゆたう。
 
 
そんなリコを、コースケは黙って立ち止まって見つめていた。
 
 
出逢ってからこの数年間の想い出が走馬灯のように胸の中を駆け巡る。

いっぱい笑って、いっぱい泣いて。
歯がゆい想いに唇を噛み締め、途方に暮れてうな垂れた。

諦めようとして、でも諦めきれなくて。
こんな想いなど手放せたらどんなに楽だろうと、情けなく笑った日々。
 
 
 
  (もう二度と・・・

   同じことは繰り返さない・・・。)
 
 
 
身体の横で垂れた手にぎゅっと力込めて握り締めると、コースケは思い切
り踵を蹴り上げ駆け出した。
 
 
 
 『リコちゃんっ!!!』
 
 
 
その聴き慣れた声を耳にした瞬間、リコはガバっと顔を上げ立ち上がる。

すると慌ててコースケへと駆け寄ろうとするよりも先に、目の前にコース
ケが駆け込んで来た。
 
 
『おかえり・・・。』 リコはやわらかく微笑んで見つめるも、コースケ
はなんだか怒っているような少し怖い真剣な顔で、なにも言わずにリコを
真っ直ぐ見つめ返す。
 
 
 
 『コーチャン先生・・・?

  どうしたの・・・? 大丈夫・・・?』
 
 
 
そうリコが小首を傾げて覗き込んだ瞬間。
 
 
コースケはリコの背中へと少し乱暴に腕を回し、何も言わずに抱きしめた。

その腕の強さと身体の熱と、そしてコースケの胸の早打ちする鼓動がダイ
レクトにリコの身体へと伝わり、驚きと恥ずかしいのとでリコもまた何も
言葉が出てこない。
 
 
どのくらい二人、そうやって抱き合っていただろう。
 
 
照れくさくて仕方ないリコが少しだけ身体をよじらせて、一旦コースケの
腕の中から離れようとした時。
 
 
 
 『ヤだ・・・。』
 
 
 
コースケが更に抱き締める腕に力を込めて、耳元で低く呟いた。
 
 
 
 『ダメだ、ヤだ・・・

  もう・・・ ゼッタイ、離れたくないから・・・
 
 
  だから、ヤダ・・・。』
 
 
 
その言葉はリコの胸に熱く熱く沁みてゆく。

しかしそれと同時に、今までのことを振り返りコースケを散々傷つけてし
まった過去にどうしても尻込みしてしまう。
自信なげにコースケから目を逸らし、途方に暮れるように俯いてしまった。
 
 
 
 『ちゃんとコッチ見てて。』
  
 
 
眉根をひそめ真剣な声色でこぼれたコースケの一言にも、リコは顔を上げ
られずにきゅっと唇を噛み締める。 『でも・・・。』
 
 
すると、コースケがリコの頬を両手で包み込み引き寄せた。

そして顔を傾けて目をつぶると、リコの心許ない言葉を熱い唇で遮る。
 
 
コースケから突然のキスでおもむろに封じられた唇が、甘く熱くゆっくり
とその感触の余韻を残して離れてゆく。
 
 
呆然と目を見張り瞬きも出来ないリコ。

そんなリコの肩に手を置くと、コースケは真っ直ぐ射るように見つめた。
 
 
 
 『もう、 ”でも ”も ”だって ”も無し!!

  もう余計なことは考えないで・・・
 
 
  いいから黙ってコッチだけ見ててほしい・・・
 
 
  信じて・・・

  俺を信じてほしいんだ・・・。』
 
 
 
そう真剣な眼差しで説くコースケには、出逢った頃のような情けなく煮え切
らない感じは微塵もない。

穏やかでやさしいけれど、元々コースケの中に確かにあった芯の強さが今は
奥底に隠れずに前面に表れているようだった。
 
 
大粒の涙でゆらゆら揺れる瞳で見つめ返し、リコはコクリと頷いた。

目も頬も鼻の頭もすべて真っ赤に染まった子供のようなその顔を見た瞬間、
コースケもやっと肩の荷が下りたかのように眉尻を下げて笑った。
やわらかい、いつものあの笑顔でリコを見つめ返して笑った。
 
 
 
 『これからは毎日逢おう。

  逢えない日は電話で話そう。

  メールもいっぱいしよう。
 
 
  いっぱいいっぱいデートもしよう!』
 
 
 
まるで思春期のようなそのくすぐったい提案に、リコが嬉しそうに頬を緩め
小さく笑う。
 
 
 
 『デート、って・・・?

  どこに行くの??』
 
 
 
すると、コースケはギュっとリコの細い手を握りしめた。
そしてそれを目の高さに上げ、『まずは・・・ 手を繋いで・・・。』

イタズラにニヤリと笑うと、繋いだ手を前に後ろにゆらゆら揺らす。
 
 
 
 『映画も行きたいし、遊園地も行きたいし・・・

  ふたりで買い物に行ったり、ごはん食べたり・・・
 
 
  ただ近所をフラフラ散歩するのもイイネ!』
 
 
 
その何気ない風景のひとコマを想像し、リコも幸せそうにうんうんと頷く。
 
  
『あと・・・。』 コースケがチラリとリコに目を遣る。
 
 
 
 『いつか・・・ 旅行も行こう?
 
 
  別に近場でもいいからさ・・・

  温泉とか、のんびり行こう。』
 
 
 
すると、リコが ”温泉 ”というワードに一瞬固まり照れくさそうに眉根
をひそめた。思わず目を逸らして、やけに必死に二の句を継ぎ始める。
 
 
 
 『ぅ、うん!

  イイネ、温泉旅行・・・
 
 
  ぁ、ほら!

  ナチ達も誘って、みんなでワイワイ泊まるのとか楽しそう!!』
  
 
 
息継ぎも無しでそう言い切って、どこかスッキリした表情を見せるリコに
目の前のコースケは思い切り膨れっ面をして口を尖らせ応戦した。
 
 
 
 『ヤだ!

  ぜっっったいヤだ!!
 
 
  ふたりがいい・・・

  ふたりじゃなきゃヤだ!!!』
 
 
 
その口調と表情に、リコは驚き目を丸くして声を亡くす。
今まで長い付き合いだがこんなに我を通すコースケなど見たことない。

意見がぶつかった時は上手に折れて相手を優先し、自分を殺し、情けなく
笑ってただただ穏やかに和やかに、場の雰囲気を崩さないようにしてきた
その人が。
 
 
リコの胸が熱を帯びて震えた。
 
 
 
  (これが、ほんとうのコーチャン先生なんだね・・・。)
 
 
 
隠さずにちゃんと素顔を見せてくれた事が嬉しくて、少しでも気を緩める
と涙がこぼれてしまいそうで、リコは慌てて深く呼吸をして整える。
 
 
そして、目の前のイタズラっ子を諭すように言った。
 
 
 
 『分かった・・・

  ふたりでお揃いの浴衣きて、ふたりでゴハン食べようね。
 
 
  浴衣姿で散歩もしようね・・・。』
 
 
 
『うんっ!!』 嬉しそうに上機嫌に口角を上げるコースケが瞳に映る。
 
 
 
 
  愛おしくて

  愛おしくて

  仕方がない・・・
 
 
 
 
『お布団ならべて寝ようね。』 リコも満面の笑みを向けてコースケを見
つめ返した。
 
 
すると、
 
 
 
 『・・・ぃ、一緒でも・・・ いい、けど・・・。』
 
 
 
蚊の鳴くような声で呟いて、さすがに恥ずかしかったのかコースケは意味
もなく首の後ろをポリポリと掻きむしる。
 
 
しっかり聴こえてしまっていたけれどリコは聴こえなかったフリをして、
目を逸らした。
 
 
 
  心臓がドキンドキンとやさしい音を奏でる
 
 
 
ふたり、恥ずかしそうにその場で向かい合って立ち竦んでいた。
互いの頬や身体の熱が相手に伝わってしまいそうに、ジリジリ音を発する。
 
 
すると、再びコースケはリコをぎゅっと抱きしめた。

その華奢な身体も、ツヤツヤの髪の毛も、鈴が鳴るようなソプラノの声も
全部全部自分のものだと世界中に誇示するように、強く。
 
 
 
 『好きだよ・・・。』
 
 
 
コースケの熱を持ったその一言が、リコの耳元でリフレインする。
リコもコースケの大きな背中に腕を回し強く抱き付くと、涙声で囁いた。
 
 
 
 『・・・大好き。』
 
 
 
そしてそっと身体を離し、見つめ合ったふたり。

いまだ空港の到着ロビーから一歩も動いていない。
 
 
 
もう一度コースケが涙で潤む瞳を細めてリコへと微笑み、囁いた。
 
 
 
 『ただいま・・・ リコ・・・。』
 
 
 
 
                             【完】
 
 
 

眠れぬ夜は君のせい【番外編】 ~ 運命の日曜日 ~

長い長い【眠れぬ夜は君のせいシリーズ】完結です。本編・スピンオフ・番外編と読んで下さった方、有難うございました。

眠れぬ夜は君のせい【番外編】 ~ 運命の日曜日 ~

運命の日曜日。長い長い時間をかけて、やっと気持ちが重なった瞬間ふたりは・・・ 【眠れぬ夜は君のせい】番外編 ≪眠君シリーズ・完結≫

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-01

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