「愛の樹が解く世界」「1.5話-平穏な始まりの日常」

 
 鳥も眠る午前4時。
 夏にしては涼しい風が部屋の中を通り抜け、うっすらと覚醒した肌をなぞっていく。
 まだ薄ぼんやりとしか回らない頭でどうして目覚めたのか考えていた。
「まだ寝てていいのですよ……?」
 それは隣から聞こえた可愛らしい女性のささやき声であった。
 スルスルと衣擦れの音を立ててその声の主は布団から抜け出した。
 周りを確認する……。そうだ、私は昨日から新たな一歩を踏み出したのだ。
 そして……、昨日の疲れを癒すため彼女の居場所で眠った。
 彼女の居場所、[先導神社]。神社というだけあって、和風なこの部屋いっぱいに畳のいい匂いが広がっていた。
 布団がないということなので、二人同じ布団で眠り……彼女の衣擦れの音で起きてしまった。
 そう考えると少し頬が赤くなる。同性の私から見てもそれだけ魅力的な女性なのだ。
 スル……トン、と箪笥を引いては閉じて彼女は着替えを出している。
 寝るときは何も着ないらしく、綺麗な産まれたままの姿が朝日に照らされている。
 綺麗なスタイルの女性だ。大きな乳房は動くたびに揺れ、その柔らかさを物語っている。
 ウェストは引き締まって綺麗なくびれを作っている。
 腰から臀部は大きく丸みを帯び、まさに桃と形容してもいい素晴らしい形をしていた。
 その先から伸びる足はスラリと伸び、身長の半分はあるかという長いく美しい脚線美である。
 箪笥から取り出した下着を穿く。と……。
「ひやっ!?」
 片足が引っかかり、うまく穿けなかったようだ。尻餅を打つ形で転んだ。
 綺麗な体つきとは裏腹に可愛らしい動作をするのが彼女だ。どうやら私が見ていないか様子を伺っているようだ。
 うっすらと目を半開きにしたまま寝たふりを続ける。
 ほっとした様子で着替えの続きを始めた。下着を穿き、いつもの衣装を身に纏った。
 彼女のいつもの衣装……それは巫女装束だ。紅白二色の綺麗な色合いの巫女装束。
 最後に、まとめていた髪を解くとその赤と白を混ぜたような綺麗な桃色の髪が姿を現す。
 腰まで伸びたその髪をツインテールにまとめると、次に鏡に向かった。
 鏡にかかった布を上げ、軽く化粧をする。
 印象的なキリっと上がった目と口が彼女の巫女としての貫禄を引き立てる。
 だが……彼女の良さはそんな綺麗な姿形だけではない。
「えへへ。今日も元気元気なのですよ。張り切っていこう!アタシ……あっ!
 顔洗うの忘れたのです~……あうあうあー」
 この天神乱漫さである。
 体はまるでスーパーモデル。だが中身はまるで純真無垢な少女そのもの。
 そんなギャップが彼女、先導神社の巫女[先導 愛(せんどう まな)]の魅力そのひとつである。
 ふすまを開け、愛は渋々洗面所へと向かった。顔を洗い終わったら神社の朝の日課へと向かうだろう……。
「2年経ったけど変わらないな……愛は」
 そう幼い頃から私は彼女と仲良く遊んでいた。
 だが……、とあるきっかけで彼女とは2年という間離れた。
 2年という月日は長かったが、彼女は胸がさらに大きくなっていたこと以外は変わった様子はない。
 いや……、変わらないのは私の体の方。人はどんどん変わっていくのだ。
 そんな彼女の様子を頭の中で再確認し、二度寝にふけようとした時だった。
「どうしました?愛の体を頭に焼き付ける作業はもう終りですか?
 残念ですね」
 まるで私の頭を詠んだかのような台詞が枕元から聞こえた。
 そこにあったのは小さな布団にくるまったひとりの少女だった。
 小さな……50cmほどの小さな少女。
 彼女ならば私の心を詠んでもおかしくはない。おかしくはないが……。
「ボクが彼女の四肢を見ていたのは確かだが、焼き付けていたわけではない」
 一応の反論をしておいた。
 小さな少女はするりと布団から抜けだすと私に顔を覗きこむ。
 小さな彼女にとっては寝ている私に近づいただけで目線が近くなる。
 だが、その1対の目の他に、彼女はもうひとつの[額にある眼]をこちらに向けた。
「嘘はいけませんよ?愛さんが尻餅を付いたときに目に入った腿の間の綺麗な双丘の造形。
 その綺麗な肌色の造形美を頭に焼き付けているのは違うとおっしゃるのですか?」
 一気に私の顔が朱色に染まった。
 尻餅を付いたとき、彼女はこちらに向かって大きく股を開いた格好で転んだ。
 ……まるで彫像のように綺麗な下腹部が嫌が応にも脳裏に焼き付いてしまったのだ。
「そして転んだ時にたわわに実った乳房の揺れ。
 その柔らかそうな二つの彼女の胸も……」
「あー、もうやめてー」
 まったく、この[相棒]は自分の相方にも容赦がない。
 特にこういった情欲にまみれた話には目がないのだ。神社という場所には居てはいけない煩悩が強い人物である。
「あら、煩悩はあなたの方が強いでしょう?むっつりさん」
 彼女は額の目で人の考えていることを見透かすことができる。
 そうでなくても頭が切れるのだ。額の目を閉じていてもあまり変わらないかもしれない。
 彼女はひとつ背伸びをすると布団の方へ戻っていった。
 その彼女の関節は人とは少し違っていた。丸い球体状の関節が彼女の体を繋ぎ、動かしていた。
 そう、彼女は人形……さしずめ[人形少女]といったところだ。
 三つ目の人形少女。私の相棒であり変態の彼女の名は[レリィズ]。
 年はゆうに4桁を超えているらしい。詳しく彼女に聞いても4桁を過ぎてから数えていないと言うのがお決まりだ。
 その4桁を軽く越えるこの人形少女は先祖代々から受け継がれている者でもある。
 代々受け継がれ、使命のために必要不可欠な人物なのだ。
 人物なのだが……。私は少し前まで使命に挫け彼女を……。
「さて、もう一眠りと行きましょう。今日は彼女も予定があいているみたいですよ?」
 そう言うと彼女は布団に入り直し、三つある目を閉じてもう一度眠りにつこうとしていた。
「今日は少し出かけてもいいかもしれないね……」
 次の使命を果たす旅先までは時間がある。今日一日はゆっくりしようと瞼を閉じ、また眠りの世界に入った……。



‐ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……‐
 鐘が6回鳴る。朝の6時を知らす鐘だ。
 それと同時に神社に元気な声が響いた。
「ふーたりーともー!あーさな~のでーすよ~♪」
 愛の声である。その声を聞いてむくりと体を起こした。ひとつ欠伸をし、体を伸ばす。
 ……ふと、愛の体を思い出した。
 大きな胸、引き締まったウエスト、綺麗に丸まったお尻、長い足。
 次に自分の体を見下ろした。
 ……未熟な体である。ペタンと平らな胸。それどころか、上から下まで凹凸というものがまるでない。
 長年同じ体だ。おおよそ10歳という年齢の体にしても小さすぎるように感じるこの体。成長が早い子は凹凸が見え隠れし始めるというのに……。
 もしかしたら10歳にも満たない可能性に少し気を落とす……。
 そんな体にため息をついていると、枕元で布団を片付けていたレリィズが声をかけてきた。
「どうしました?朝からため息とは、幸せが逃げますよ?」
 そんなどこかで聞いたようなセリフを漏らす。だが、そんなレリィズの体をみてさらにため息が漏れる。
 小さな人形少女といったが、そのスタイルはいい。
 白い肌、大きな胸……。ついつい羨ましそうな視線を彼女に向けてしまう。
「あなただって[あの姿]になれば文句のつけ様のない女性ですよ?」
 額の目を開かず、私の思考を悟ったかのように言葉を返すレリィズ。
 ふと、昨日のことを思い出す。確かにあの姿は嬉しかったが……。
「ボクは自分自身成長した姿がいいの」
 これから先、成長する保証はないが……できることなら常に愛のような豊満な四肢でいたいものだ。
 ため息をつきながら、布団を畳み押し入れにしまい込む。
 横の小さなスペースにレリィズの小さな布団もしまう。まるで枕のように小さな布団である。
 布団を片付け終わるとレリィズは軽い身のこなしで私の肩に乗ってきた。
 すごい跳躍力である。一回のジャンプで自分の3倍はある高さにたどり着くのだ。
 ゆったりと肩に腰掛け、私に歩くように促がす。
「歩くにはこの体では広すぎますからね。さぁ、洗面台へ」
 勝手に乗ってきたというのになんとも態度がでかいのである。さながら私は召使といったところか。
 私としても顔を洗いたかったのでその言葉には適当に返し洗面所に向かった。

 洗面所は台所に隣接していた。少し古い年季の入った水場だ。石で作られたかまど等がある。
 だが、平然と炊飯器や洗濯機、ドライヤーなど現代科学の品々が並んでいるアンバランスさに少し笑ってしまう。
 洗面台に向かい顔を洗う……。そしてなんとなく習慣で歯を磨こうとしたが……。
「あっ……。そりゃないよね」
 洗面台にあったのは歯ブラシが二本。普通のサイズと人形サイズの小さなもの。
 唸りながらどうしたものかと悩んでいると後ろから愛が声をかけてきた。
「ア、アタシの使っていいのですよ~?」
 境内の掃除を終わらせ、朝食を温めにきたようだ。
 愛の歯ブラシ……。あまり深く考えたくはないがそれを使うということはつまり……。
‐Came on item!! [歯ブラシ]‐
 そんなことを考えていると横から機械音声が流れた。
 隣でレリィズが自身の手のひらサイズのスマートフォンのような端末を操作しているのが目に入る。
 音声が流れると目の前に歯ブラシがひとつ現れた。
「これなら心配はないでしょう?[貴方がいた世界]で使っていたものは全て取り出せてよ」
 そう、この歯ブラシには見覚えがある。この毛先のはね具合……私の歯ブラシである。
 少し残念な気持ちになりながらもそんな使い慣れた私物で習慣をこなす。
(…………ばか)
 後ろから小さい声が聞こえた気がしたが……、気のせいだろうか。
 振り返るが、そこには元気にご飯支度をする愛の姿しかない。
 気のせいか……と正面に体を戻す。戻すと少し奇妙な格好をしているレリィズの姿。
「何やってるの?」
「ん、お気になさらず。爪楊枝が勝手に飛んできただけですよ」
 両手で爪楊枝を受け止めているレリィズ。まるで真剣白刃取りだ。爪楊枝が勝手に……。そんな言葉と、ここという場所が神社ということも相まって背筋が震える。
 爪楊枝が刺さって死ぬなんていう結末だけは嫌だなとコップの水で口をゆすぎ習慣を完了させた。

 朝ごはんを人数分よそいテーブルに並べる。
 今日の朝食は鮭の切り身を焼いたものに味噌汁。そして漬物と完全に和風な品々だ。
「いただきます」
 三人の言葉が小さな部屋にこだまする。朝のニュースを見ながらゆっくりご飯を食べる。
 小さく口にいれ、よく噛み、ごくりと飲み干す。その度に味噌汁をズズズと口にし、最後に漬物を口に運ぶ。
 鮭の切り身はなんともいい塩加減だ。ご飯が進む。
 味噌汁も昔と変わらない味付けにホッとする。そう……私はこの味付けが好きだったことを思い出した。
 箸を行ったり来たりさせる繰り返しを2、3回した時だった。
「あのさ」
「あのね!」
 私と愛の言葉が重なる。そんな光景に二人だけでなく、レリィズもクスクスと微笑む。
 どうぞどうぞと譲り合ったが、キリがないので私の方から切り出した。
「えーと、今日暇な時間ある?」
 神社の仕事に暇なんてあるのだろうかとも思ったが、すんなりと話は通った。
「んー、今日はお休みの日なのですよ~。お掃除も終わったしあとはゆっくりなのです」
 お休みの日……というのが気になったが日曜日の今日は休みなのだろうか。
 少し疑問に思いながらも私は心の中でガッツポーズをした。
「それじゃその……買い物行かないかな?日用品買いたいからさ」
 いくら取り出せるとは言っても使い古しのボロボロの品ばかりだ。
 やはり新しい生活。新しい日用雑貨が欲しい。
「いいのですよ~。それじゃもうちょっと待ってくださいね~。
 ご飯が終わって、後片付け終わった頃に来ると思うので~」
 来る……なにがだろう。
 そんな素朴な疑問があったが、ゆっくり話しながら楽しめるのである。
 昨日寝てからというもの、そればかり考えていた。
 まったく、嬉しい限りである。私は意気揚々と箸を進ませた。
 隣でニヤつきながらこちらを見ているレリィズの視線が気になったがここは我慢である。



 本当に後片付けが終わった頃だった。外から大きな複数の人の声が響く。
「おはようございます!愛☆親衛隊っ只今到着いたしました!!」
 複数の男たちの声である。完全に同期した声でより迫力あるものとなっている。
 愛が表に出る。私も何事かと外に出てみる……。
(親衛隊って……どういうこと?)
 愛の影からひょこりと顔を出す。
 おはようなのですよ、と愛が元気に声をかけた先には10人ほどの男たちがいた。
 衣装は神主のような衣装。だが、額には[愛☆親衛隊]と書かれたハチマキを巻いている。
 そんなハチマキに少し古臭さを感じ顔を引きつらせていると親衛隊のひとりが私に気づいた。
「愛様!そちらの女の子は愛様の妹様ですか?」
「なんだと!?我らの情報にそんなことは」
 なにやらどよめき始めたのである。というか愛[様]とは……。崇拝の域である。
 ざわつく親衛隊に戸惑ってしまい名乗り出るのタイミングを見失ってしまう。
 と、愛が一歩前に出る。
「この人は……えと、大切な友達……なのですよ」
 腰に手を当て胸を張って発言する愛。そのはっきりした雰囲気は後ろ姿からでもわかる。
 しかし、その発言から親衛隊の顔がみるみる変わっていく。……というか殺気を感じるのは気のせいだろうか。
「そうか……愛様は……愛様は……」
「この幼女が……」
「そうか……幼女か、幼女がええんか……」
 つい最近戦った鬼以上の殺気である。人間というものは恐ろしい。
 集収がつきそうにもないので愛に助けを求めようと袖を引っ張ってみる。
 クイクイと……。
 だが、愛は引きつった笑顔のまま固まっている。この恐ろしい光景だ、仕方がないだろう。
 同この場を収めようか考えていた時だった。神社の鳥居を一際大きな男がくぐってきた。
「おーいお前ら。何してんだー?」
 その男も神主の格好をし、額にハチマキをしている。
 だが……その顔には見覚えがあった。
「あれ、おじさん……」
 それは私が知っている近所のノワオジであった。
 確か名前に黒が入っているからノワールおじさん。縮めてノワオジ。
 こちらに気づくとヒラヒラと手を振っている。こんな殺伐とした空気だというのに余裕の笑は変わらない。
 見たところ、どうやらこの親衛隊の頭であるようだ。ノワオジを見つけると親衛隊のメンバーは姿勢を正す。
 まだ殺気立っている親衛隊たちを、手を二つ叩きその大きな音で正気に戻し全員の視線を集める。
「それじゃ、毎週恒例の大掃除だー。
 わーってると思うが私室に入ったものは?」
「法度に触れしものには粛清を!」
「ケツの穴洗うことになるからなーw」
 なにやら物騒なやりとりをした後、ノワオジ以外の親衛隊は神社の方々に散っていった。
 どうやらこの親衛隊、ノワオジが作ったようである。
 大きな笑い声を上げ、ノワオジは愛の方へと向かった。いつの間にか愛も元に戻り座っていた。
「それじゃ、週に一度のお休みだ。この神社は無駄に広いからな~。
 いつも通り、手の届かないとこの掃除はやっとくからよ、遊んでこい」
 肩をぽんと叩くと、ノワオジも神社の奥へと向かっていく。
 最後にこちらの方に向き直し、私に言葉を投げかける。
「しっかりエスコートしてやれよ~ちびっ子」
「誰がちびっ子じゃ!!」
 たしかにまだまだちびっ子だが、それを言われると腹が立つというもの。
 ……腹を立たせるのがまだまだ子供というところなんだろうが……。
 むすっとした顔をして愛と一緒に座りこむ。
 エスコート……。ただの買い物だが……少しだけでもいい雰囲気を作りたいなと考える。
 そんなことを考えていると愛が顔を覗き込んでくる。
「それじゃ、アタシは着替えてくるのです♪」
 そんな近さでの笑顔は反則である。真っ赤になる顔を背け、コクコクと頷き了解を現す。
 愛はスタスタと自室に戻り、私服に着替えに行った。
 自分の服装も確認する。愛から寝巻き代わりに借りたブカブカのジャージだ。
 そういえば、レリィズは私の私物を取り出せると言っていた。
 となると……自分の私服も取り出せるはず。
 そう考え、レリィズを呼ぶため居間に戻る。
 ニュースを見ながら新聞を読むという三つ目を有効活用しているレリィズにどう声をかけたものかと考えながら……。



 日もだいぶ登り、店がほとんど開店した午前10時。
 天下の日曜日ともあり人通りはかなり多くなりつつあった。
 そんな人通りの中、一際目を引くのが私たちだろう。
 それを示すように通りかかる人々のほとんどはこちらに視線を向ける。
 まず私、夏場だというのに長いコートを身に纏っている格好だ。
 足の先まですっぽり覆うこのコート。中は冷房が通っており夏場でも快適な温度を保っている。
 このなんの変哲もない世界であるならばこのコートを自立制御して飛ばすことも考えよう。
 ……日常でこのコートを着るのはあまり好きではない……。なぜならせっかく着替えた可愛い私服が見えないのだ。
 ……これでは愛に見せたかったとっておきの服が台無しである。
 その愛は露出が高い服装を身にまとっている。スカートもかなり短か目のものを身につけている。
 その豊満な胸と柔らかそうな太ももは男たちをクギ付けにした。
 愛を知る者たちはご利益の高い神社の巫女ということを知っているため、ある程度の年齢をいった人からは口々に声をかけられる。
 それをあしらうことなく優しく返す愛の姿はやはり微笑ましいものがある。
 そしてもう一人……。平然と私たちについてきたレリィズである。知っての通り、彼女は小さな人形少女である。
 大抵はその生きた人形に不思議な目を向けているのかと思ったが……。
「あ、レリちゃんだ。ねぇねぇ、彼氏浮気してるか見てくんない?」
「あら、彼氏さんを一晩お貸ししていただけるのなら見てよくってよ?」
「や~だ~。私のだし~」
「ふふふ♪」
 通りかかる人々に割と声をかけられるのである。それもただのご近所さん感覚で。
 彼女の能力は人の心を読み、悟ってしまう能力。さらには三つ目を有し、人の1/3ほどの小さな体である。
 話を聞く限り、最初はやはり恐れられ、腫れ物を扱うかのような態度を取られていたようだが……。
 そのレリィズの正体を知ってしまえばその偏見を解くことは簡単というものである。
 そう、レリィズという人形少女は……。
「家事、子守から夜のお楽しみまで。なんでもこなすのがワタクシですからね」
 私の思考を詠まないでいただきたい。
 でもまぁ、その通りなのである。
 動物や草木の心を詠み、人の知り得ない事を助言することができる。
 それだけではない。言葉を発せない人や赤子、はては無機物の道具まで……。
 完全にただの分子の塊となっていなければ想いを[詠む]ことはできるらしい。
 そう、彼女のことを恐れなければ彼女は最高の仲介者なのだ。
 そして、上の会話のよう性格でもある。
 人同士、関わり合えるのであれば深入りはしないし能力も使わない。
 ただ、少し人を深く知ることのできる大人の女性なのだ。
 ……大人という枠で収めていいのかは不安ではあるが。
「ワタクシを年寄り扱いしないでくださる?」
 レリィズはそう言いながら私の肩に乗り、耳をつねる。その細い指先はまるで針が刺さったかのように痛い。
 そんな光景を愛は微笑ましく笑っていた。
「二人とも本当に仲がいいんですね~」
 クスクスと笑う愛。ピアスの穴があきそうな痛みなのだが、微笑ましいのだろうか。
 だが、そんな笑顔に癒されるのもまた事実。
 私も一緒になって笑っていた……。

 あちこちで買い物を済ませた午後1時。
 さすがにお腹もすいたので近くの定食屋に入っていった。買い物は予定通り済ませ、順調に終わっていった。
 だが、この買い物で驚いたのは愛の顔の広さである。
「お、巫女ちゃんじゃない?先日はお世話なったね~」
 声をかけてきたのはこの店の主人だ。店を入ってすぐに目に入ったのは愛の仕える神社の御札であった。
「いえいえ~、ご主人が頑張っただけなのですよ~」
「それでもなにかお礼がしたくてね~。そうだ!ちょっとサービスしちゃう
 ちょうどお客の足も落ち着いた頃だしね」
 そう。こんなふうに、行く先々で神社の巫女さんということを知っている店員さんに声をかけられ値引き値引きの嵐。
 結局予算の半分程度で収まってしまったのである。それもこれも神社のご利益のおかげかもしれない。
 [先導神社]。まさに先へ導く神社なのだ。
 人間関係でつまずいたとき、経営が傾いたとき、よくあの神社にお参りに来る人が多い。
 賽銭をいれ、願いを込める。
 そしておみくじを引き、どういうわけか事細かく行動が書かれたおみくじの札を手に入れる。
 その札の導かれ……最後にはいい方向へと物事が進んでいくのだ。
 道に迷ったら先導神社へ。これはこの地域の常識ともなっているものである。
 だが、愛はそのことを神社のおかげと言いはしない。
「皆優しい人たちばかりだからなのですよ~♪」
 この愛の性格も相まってのことだろう。神社の効力、愛という巫女の人格。
 その二つが今日の買い物での一番知り得たものかもしれない……。
 そんなことを思いながら歩いていた時のことであった……。

‐キャァァァァァァァァァァァァァァ‐

 突然外から悲鳴が聞こえたのである。女性の声の甲高い叫び声。
 店を飛び出て声の方向を確認すると、デパートの屋上に人が二人立っている。
 それもフェンスの外側だ。
「どうやら金銭的に困って銀行強盗。
 追い詰められて人質とって人質と投身自殺するぞという思考ね。
 まったく、世も末だわ」
「レリ……便利だねぇ」
 レリィズがどうやら犯人の思考を詠んだらしい。
 動機もやっていることも予想の範疇だ。だが、それだけに恐ろしい。愚かな単純な思考は危険な方向へと進んでいる。
 まずい……。追い込まれた犯人は今にも飛び降りそうである。
 だが、私は落ち着いていた。助ける方法を自分自身で知っているためだ。そう、私にはこの事態を変える力がある。。
「人を救うの理由はないよね」
「よく言ったわ。ではシャフトフォンをセットするわ。
 アナタはドライバーの方を」
 レリィズは先ほどのスマートフォンに似た端末、シャフトフォンと呼ばれる物を取り出す。
 パネルを操作し……一つの画面を表示させる。
‐The origin system. Please set to driver.‐
 私もポケットにしまったドライバーを取り出す。
 真ん中に四角い穴があいた[ハート型の赤い]ドライバーだ。
 そのドライバーにレリィズの端末をはめ込みむ。
‐OK. Please [HENSHIN] call !!‐
 人ごみの後ろで大きな機械音が鳴る。
 二つの端末が合わさったドライバー[シャフトドライバー]が再び起動したのだ。
 呪文を唱えるようにレリィズはつぶやく。
 そう、レリィズが先祖代々私の家系に仕える理由。それは私たちの力を解き放つため。
 危険な力を封印し、必要とあれば解放するための鍵。
「御柱よ……。永遠なる少女の楔を解き放ち……今、彼女に力を」
 その瞬間シャフトドライバーは光り輝く。
 レリィズが鍵ならば、ドライバーは錠といったところか。今、レリィズがドライバーの力を、私の力を解き放った。
 そして、私は叫ぶ。
「変身!」
 私の姿は光に包まれ……姿が変わっていく。幼いまま成長することはない私の姿かたち。
 だが……レリィズが封印を解除し、力を解放することで……私は本来の姿、大人の姿に変貌することができる。

 包んでいたコートと手にしたドライバーがはじけ飛び私を光で包み込む。着ていた服はどこかへ消え去った。
 身長が伸び、手足は長くなる。細く、だが程よい肉付きの綺麗な女性の四肢である。
 胸も成長し、愛に負けずとも劣らないほどに成長する。光の風なびく度、柔らかく揺れる。
 成長した体はくびれや丸みを帯び、大人のものへと変わっていった。
 そこに先ほどのコートであった光り輝く布が巻かれ、形を変えていく。
 それは綺麗な赤と黒のドレス。だが、頑丈な彼女の戦闘衣装であった。

「世界の救世主シャフト。ただいま参上」

 そう決めゼリフを言うとシャフトへと変身した私は地上に降りたった。
 その時だった。犯人は人質とともにビルを飛び降りた。
 瞬間、地面を蹴る。風が体にぶつかる。まるで透明の壁をいくつもぶち破っているようだ。
 途端にビルは目の前となる。目の前のコンクリートの壁を蹴る……。
 壁には大きな穴があき、その威力で制動をかける。
 そのまま壁の穴を上方へと蹴りジャンプする。犯人と人質との距離は縮まり……すぐ目の前となった。あとは確保するだけ……だったのだが。
「しまった!?」
 掴んだ犯人のジャンバーが脱げてしまったのだ。とたんに手を離れ、落ちていく犯人。
 追いつこうと今度は地面方向に跳ぶようにビルを蹴る。
 みるみる地面が近くなる。だが……一向に距離は縮まらない。このままでは間に合わず犯人の方は地面に叩きつけられるだろう。
 コンクリートの地面。このビルの高さも10階はゆうに超えているだろう。このまま落ちたら助かる見込みはない。

‐Come on item!![~~~~~~]‐
 
 地面の方からシャフトフォンの機械音が高らかに鳴る。
 瞬間、地面が光る。
 犯人が地面に激突……したはずが、鈍い音はならなかった。
 代わりに何か木材のようなものが豪快に折れる音が。……これは。
 すぐそばに着地し、それを目視で確認した。
「ボクのベッド!?」
 そう、私のベッドであった。
 見事に叩きおられた土台。しかし、マットレスがクッションとなり、大事には至らなかったようだ。
 愛用していたベッドが少し惜しい気がしたが……。人が助かったなら安いものだ。
「これにて一件落着ですね」
「ボクのベッドが犠牲になったけどね!」
 少し皮肉を込め、ふてくされながらボクはレリィズを睨んだ。
 するとレリィズはシャフトフォンをわざとらしく高く上げて見せた。
 変身解除の画面だ。ボタンを押すとすぐさま私の変身は解ける。レリィズはボタンを押し変身を解除しようとしていたのだ。
 何だそんなことかと私も思っていたが……。そういえば、変身を解いたあとは……。
「待って!謝るから待って!」
 ピンときたのだ。前回変身を解いたあと、どうなったか。
 レリィズはいたずらっぽくシャフトフォンを弄んでいる。
 まったく、この相棒は私に本当に容赦がない……。
 
 路地裏で変身解除した私は裸にコートというなんとも変態な姿で元に戻った。
 そう、元着ていた服は自動的にシャフトフォンで異次元に送られるが、変身を解いたあと勝手に装着するわけではないのだ。
 変身を解いたあとに残るのは、いつも着ているコートとドライバーだけ。
 前の変身で学習したのだ。もう人前で変身を解いたりはしない。
 ……今思い出すだけでも恥ずかしい。
「さて、散々な最後になっちゃったかな」
 ご飯を食べたあと、楽しく最後に話しをしてまったり帰るはずが……。これではいい雰囲気も何もないのである。
 着替えを済ませ、路地裏から出ると……そこには笑顔の愛の姿があった。
「おかえりなのですよ~。世界の救世主さん♪」
 手には近くで売っているソフトクリームが握られていた。
 はい、と差し伸べられる。まったく……これかだら私はこの子のことが気になるのだろう。
 優しい優しい、それこそ神に仕える者にふさわしいこの少女に。
 と、先ほど人質になっていた女性が近くに来ていた。
「あの……先ほどの女性を知りませんか?」
 子供の姿に戻ってしまっているので気がつかないのだろう。
 目の前にいるのにわからない様子だ。
 愛とレリィズは二人で私を指差した。女性は目を丸くしていたが……有名な巫女と人形少女の指差したのだ。すんなり信用した。
「ありがとう。あの……お名前教えていただけますでしょうか?」
 私はコクりと頷き、自分の名前を告げた。
「ボクの名前は神代 樹(かみしろ いつき)。当然のことをしたまでですよ」
 ボク……樹の物語。これから先も人助けをして進んでいくのだろう……。



 すっかり日も落ち辺は夕暮れで包まれていた。
 大量の荷物を抱え、道を歩き、すっかり体力も限界だ。
 だが、神社の入口。最後の試練でもある途方もない石段の前についた。
 正直見ているだけでウンザリしてしまう。
「ほら、最後。がんばるのですよ~」
 私以上の荷物を持っているというのに軽々と石段を登っていく愛。
 子供と大人の体力の差だろうか。いや、愛は昔から元気いっぱいの底知らずだった覚えがある。
 愛を追いかけ、一歩一歩石段を登っていると、中程に一人の男が立っていた。
 真っ赤なスーツに真っ赤なシルクハットを被り、さらに顔には仮面を付けた男。
 ふと、意識が飛ぶ。否、どこか不思議な場所に意識だけが飛ばされた。
「次の救うべき世界はここだよ」
 そこでは様々な生物が戦いあっていた。
 その渦中にいたのは二人の男性……。どちらも人のようでありながら人ではない存在のようだ。
「やれやれ……、突然来るんだね。
 何か面白いお土産話はないのかな?」
 よく見知ったその不思議な男に問いかける。
「ふふふ。君が面白い話を紡ぐだけさ。
 いずれ……私の物語にも通りかかってもらうことになる。
 さぁ!世界の救世主よ!次の世界へ行き……」
「ぎーくん?何やってるの?ご飯冷めるよ~」
「え、あ……。ともかくだ。次の世界でもガンバ!」
 そう言い残すと不思議な男はその場を後にした。まったく、忙しなく締りのない男だ。
 男が去ると私も元いた石段の中腹にいる。
 自体を把握していない愛は心配そうに駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫なのですかっ!?」
 どうやら倒れ込んだようだ。手のひらがすりむいている。
 大丈夫だと言い、私は立ち上がる。手のひらがヒリヒリするが、このくらいなら直ぐに治るだろう。
 だが、心配した愛は手のひらを見つめ……。
‐ペロリ‐
「!?」
 迷いなく舐めたのだ。一気に背筋に電撃が走る……。一気に顔から火が出そうになる。
「舐めれば早く治るのですよ♪」
 まったく、天真爛漫すぎる。いつまでたっても子供のような性格だ。
 だが……。
「愛……顔赤い……?」
 顔が耳まで真っ赤のような気がする。熱があるのかと心配し、顔を近づけたが……すぐ離されてしまった。
「ゆ、夕日に照らされただけなのですよ。
 大ジョブ、大ジョブなのです」
 たしかに今日の夕日はいつもよりも赤い気がする。熱がないならなによりだ……。
 さっき愛に舐められた手を見つめる。
 見せられなかった私服もグダグダになってしまった最後の帰り道も……最後のご褒美に免じて許してやることにしよう。
 さて……。
「レリ、次の世界が決まったようだよ」
 レリィズの持つシャフトフォンの画面に一つのマークが表示された。
 それはスペードのマーク。その中心には[J]と書かれている。
「では、明日出発しましょうか。急ぐに越したことはありませんし」
 そう、助けを呼んでいる人がそこにいる。
 愛は戸惑っていたが、私の目を見つめ手を握ってきた。
「きっとできるのです。樹ちゃんなら絶対!」
 そう、絶対助けてみせるさ……。
 次の世界も……!

 これは世界の救世主と幸せの巫女、そして人形少女の物語。
 世界を救い、導く者たちの物語……。

「愛の樹が解く世界」「1.5話-平穏な始まりの日常」

「愛の樹が解く世界」「1.5話-平穏な始まりの日常」

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-08-12

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