美少女超人キン肉マンルージュ
【序章】 VSビッグボス
今から遡ること、10年――
「かえしてぇ! かえしてよぉ!」
小柄な顔には大きすぎる瓶底メガネを掛けている女の子が、ふたまわり以上も身体の大きな男の子達を追いかけている。
男の子達は、げらげらと笑いながら、ぼろぼろのスケッチブックを持って走り回る。
「おねがぁい、かえしてぇ! すごく、だいじなものなのぉ!」
女の子はスケッチブックを取り返そうと、必死に男の子達を追いかける。しかし、どんなに頑張って走っても、年上の男の子には追いつくことができない。
「ビッグボス! 持ってきましたぜい」
スケッチブックを持っている男の子が、倍近く身体の大きな男の子に、スケッチブックを差し出した。
「ご苦労、下がっていいぞ」
ビッグボスと呼ばれた男の子は、乱暴にスケッチブックを掴み上げた。
「さぁて、凛香よぉ。おまえは、いつもいつもいつも、いっっつも! このスケッチブックと睨めっこしてんなぁ。そんで、なんだかわからん絵を書いたり、字を書いていたり……まぁ、それはいいとしてやろう。でもなぁ、誰とも遊ばない、誰とも話さない、遊びに誘っても断る、いつだって単独行動、いっつもひとりでいるだろう、おまえ」
女の子は下を向いて、何も答えないでいる。
「おまえはよぉ、とにかく超人、超人、超人でよぉ。超人の本ばっかり読んで、超人の映像ばっか見続けて、超人のことを1日中調べててよぉ。どうせ、この汚いスケッチブックにだってよぉ、超人のこととか書いてあるんだろう?」
ビッグボスはおもむろに、スケッチブックの中身を見始めた。
女の子は、がばぁっと顔を上げて、ビッグボスに叫び上げる。
「やめてぇ! やめてよぉ! それ、だいじなのぉ! だれもみちゃだめなのぉ! みないでぇ! みちゃだめぇ!」
女の子はビッグボスに飛びかかろうとするが、周囲にいた男の子達が女の子を腕を掴み、動けなくする。
「うわぁ! なんだこりゃあ! やっぱり超人のことばっかかよ! なになに? ……なんだ? この女の超人は」
女の子は目に涙を溜めながら、ひときわ大きな声で叫んだ。
「みちゃだめぇ! だめったら、だめえええええええぇぇぇぇぇぇッ!!!」
ビッグボスと男の子達は、あまりの大声に、とっさに耳を塞いだ。
「う、うるっせぇ」
耳がキーンとする。瞬時に耳を塞いだ男の子達ではあったが、それでも女の子の大声は、男の子達の鼓膜に衝撃を与えた。
女の子を掴んでいた男の子の手は、今は耳を塞ぐのに使われている。スケッチブックを掴んでいたビッグボスの手も、耳を塞ぐのに使われている。
“バサッ”
スケッチブックは地面に落とされ、砂にまみれる。それを見た女の子は全力で走り出し、スケッチブックを拾い上げようとする。
「させるかぁ!」
ビッグボスは素早く動き、スケッチブックを蹴り上げた。スケッチブックはビッグボスの頭上に飛ばされてしまう。
「いいか、凛香! おまえのせいで、住之江幼稚園が暗くなるんだ! おまえが幼稚園を暗くしてんだ! しめっぽくなって、しんきくさくなるんだ! そのせいで、俺様のところに苦情がきてんだよ! 凛香をどうにかしてくださいってなぁ、たくさんの奴らがなぁ、俺様に言ってくるんだよなぁ!」
ビッグボスは飛び上がり、蹴り上げたスケッチブックをキャッチしようとする。
「なので俺様がおまえに、判決を下す! 凛香! おまえは、大事なスケッチブックを取り上げられるの刑に処すぅ!」
ビッグボスの手がスケッチブックに届く……寸前に、ビッグボスは、背中から誰かに抱きつかれた。
「うあッ! な、なにすんだよ、おまえ!」
ビッグボスの背中には、女の子がぴったりと張り付いている。
「乙女のクソ力ぁぁぁあああッ!」
女の子は歯を食いしばり、宙にいる状態で、身体をブリッジさせる。
「うわわわッ! やめろぉ! やめてろってばぁ!」
うろたえるビッグボスを背中から抱きしめながら、女の子は後方に向かって、背中を思い切り反らした。
「やめろぉ! やめろよおおおぉぉぉ……」
“どずずぅぅうううん”
ビッグボスの後頭部が、地面に打ちつけられた。
女の子は見事すぎるほどに美しい、バックドロップを披露した。
“ずずううん”
ビッグボスの巨体は、地面に力なく沈んだ。
渾身のバックドロップを喰らったビッグボスは、白目を剥き、ぴくりとも動かない。
「うわわわわわぁ! せ、せんせぇぇぇい!」
男の子達は泣き叫びながら、先生を呼びに走った。
女の子は地面に落とされたスケッチブックを拾い上げ、手で砂を払い、ぎゅううと抱きしめる。
スケッチブックには“凛香超人マッスル大全”と書かれていた。
「人の大事なものを取り上げるような悪は、必ず滅び去るの!」
女の子は決めポーズをとり、ビッグボスに向かって言い放つ。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(1)
そして、現代――
キン肉マンら伝説超人達が抹殺されてしまう危機的状況!
暗黒の世にするべく、歴史を塗り変えようとしている時間超人。その悪行を阻止するため、新世代超人達がタイムシップで1983年に旅立ってから、1週間のときが過ぎようとしていた。
そうは言っても、新世代超人と時間超人が壮絶な死闘を繰り広げているのは過去の時代、1983年の日本が舞台である。現代の日本は至って平和であった。
秋葉原――
戦後の日本において高度経済成長とともに、世界有数の電気街として発展した街。
その一方で、アンダーグラウンドな存在であったオタク文化を大衆化させ、世界を巻き込むほどのオタクブームを世間に巻き起こしている街。
住居用高層マンションが建ち、大小さまざまな企業が密集したオフィス街が存在し、急速な観光地化が進んでいる街。
それが秋葉原である。
休日ともなると、秋葉原はオタク文化に染まった男性達や女性達で賑わう。そして、普通サラリーマンやOL、カップル、外国人観光客、若者のいれば、お子様やおじいちゃんおばあちゃんだっている。この街は、性別、年齢、人種、趣味趣向問わず、様々な人達で溢れかえっている。
そんな休日の秋葉原に、突如ひとりの超人が現れた。
中央通りと神田明神通りの交差点の真ん中で、その超人は叫んだ。
「シゴシゴシゴッ! 我が名はグレート・ザ・屍豪鬼(しごき)! われはd.M.p再建のためにこの地に降り立った、悪行超人なりぃ!」
街ゆく人は不意に上がった大声に驚き、声の主に目を向ける。
グレート・ザ・屍豪鬼が着こんでいる真っ黒なジャージ、その背中には、鮮血のような赤々とした色で、おどろおどろしい字体で、d.M.pの文字が刻まれている。
d.M.p(デーモン・メイキング・プラント)、この名を忘れた者などいないであろう。正義超人への復讐のために悪魔超人、完璧超人、残虐超人が手を組み、結成した組織の名前である。かつてキン肉マン万太郎ら新世代超人達を苦しめに苦しめぬいた、悪魔製造工場である。
しかし現在では、残虐超人と完璧超人が悪魔超人達を粛清しようとした際の抵抗により、d.M.pは壊滅してしまっている。
正義超人の敵であり、人類の脅威であったd.M.p。その再建を口にする超人の突然の登場に、人々は恐怖した。そして、蜘蛛の子を散らすように逃げまどう。
「あ、悪行超人だぁ! 悪行超人が現れたぞぉ!」
「う、うそだぁ! もう悪行超人はいないはずだろぉ?! d.M.pは無くなっただろ!?」
「悪魔だぁ! 悪魔の再来だぁ!」
戦々恐々とする人々を見下すように眺めながら、グレート・ザ・屍豪鬼は笑い上げる。
「シゴシゴシゴッ! 新世代超人ベストメンバーが不在な今こそ! 新生d.M.p、デヴィル・メイキング・プラント結成の時なりぃ!」
そしてグレート・ザ・屍豪鬼は右腕を振り上げた。
「ブラッディ・バンブレ!」
グレート・ザ・屍豪鬼の腕が、赤黒い竹刀へと変化していく。
「喰らえぃ! しごき桜・乱れ咲きの刑!」
グレート・ザ・屍豪鬼が赤黒い竹刀を振り下ろすと、目の前にあった高層ビルがグワングワンと揺れ動いた。そして、急激な振動に耐えられなくなった高層ビルは、激しく震え、まるでビルが破裂したかのように、全てのガラスが粉砕した。
大量のガラス片は、まるでスコールのように、ビルの真下にいる人々に向かって降り落ちていく。
「きゃああぁぁッ! た、たすけてぇ!」
鋭すぎるガラスの刃が、人々に襲いかかる――
その時である。茶色い閃光が、人々の頭上を走り抜けた。そして、大量のガラス片は跡形もなく消え去った。
「また懲りもせずに湧いて出やがったな、悪行超人めが!」
ガゼルのような俊敏な肉体を持つ正義超人・ガゼルマンは、パンパンと両の手のひらを叩きながら、グレート・ザ・屍豪鬼を睨みつけた。
ガゼルマンの足元には、大量のガラス片が山となって積み上げられている。
「ガゼルマンだ! 新世代超人のガゼルマンだ!」
「あのヘラクレス・ファクトリー1期生の主席卒業者、ガゼルマンだ!」
逃げまどっていた人々は、ガゼルマンの登場に胸を躍らせ、歓喜の声を上げる。
「ガゼルマンが助けに来てくれたぞ!」
「悪行超人なんか倒しちまってくれぇ! ガゼルマン!」
「ガーゼールッ! ガーゼールッ!」
いつしか周囲には、ガゼルコールが上がり、沸きに沸きだした。
「万太郎達が不在なのを見計らって現れるとは、見下げた奴だな! しかし運の無い奴だ貴様は! 正義超人軍代表、このガゼルマンが、再び悪行超人を根絶やしにしてやるぜ!」
ガゼルマンは歓声に包まれながら、グレート・ザ・屍豪鬼にドヤ顔まじりの決め顔を向ける。
「シゴシゴシゴッ! よくぞぬかした、新世代超人の鼻たれめが!」
グレート・ザ・屍豪鬼は、再び右腕を振り上げた。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(2)
「ブラッディ・バンブレ!」
グレート・ザ・屍豪鬼の右腕が赤黒い竹刀に変化する。そしてその竹刀を、勢いよく地面に突き刺す。
“ビシシィィイイッ”
地面が大きく裂け、巨大な穴が開いた。そして地の底から、リングがせり上がって来た。
「クソ生意気な鹿の子を、この儂が直々にしごきにしごいて、しごき倒し、しごき尽くし、しごき泣かし、終いにはしごき殺してくれようぞぉ!」
リングに上がったグレート・ザ・屍豪鬼は、ガゼルマンを睨みつけながら言い放つ。
「ぬかせ! この落ち武者野郎が!」
ガゼルマンは茶色の閃光となって、グレート・ザ・屍豪鬼に飛びかかった。
「アントラーフィスト!」
“ガシュッ!”
グレート・ザ・屍豪鬼の胸が裂かれ、大きな爪の跡が刻まれた。
ガゼルマンの手甲には、2本の爪が装着されている。
「どうだい、ガゼルの爪撃、アントラーフィストの味は?」
グレート・ザ・屍豪鬼は口角で笑った。
「シゴシゴシゴッ! ガゼルの爪撃? アントラーフィスト? 鹿の子よ、儂はてっきり、孫の手で掻かれたのかと思ったわい」
切り裂かれたはずのグレート・ザ・屍豪鬼の胸には、アントラーフィストの傷跡が消えていた。
「な、なんだと?! 馬鹿な!」
ガゼルマンは我が目を疑った。目を見開いて、グレート・ザ・屍豪鬼の分厚い胸板を凝視する。
「確かに手応えはあった! 確かに胸を切り裂いた! なのになぜ、傷が無いんだ!?」
グレート・ザ・屍豪鬼は胸をボリボリと掻きながら、ガゼルマンに歪んだ笑みを見せる。
「シゴシゴシゴッ! そう言えば、自己紹介がまだだったなぁ。この儂、グレート・ザ・屍豪鬼という超人はなぁ、d.M.pのメイキング超人だったのよ! シゴシゴシゴッ!」
「d.M.pのメイキング超人? な、なんだそれは?!」
ガゼルマンは困惑した顔をグレート・ザ・屍豪鬼に向ける。
「悪行超人製造工場であるd.M.pは、いわば悪行超人の育成所。貴様ら正義超人で言うところのヘラクレス・ファクトリーじゃい。ヘラクレス・ファクトリーでは、伝説超人達が新世代超人の育成を行っていたなあ。同じくd.M.pにも、悪行超人の育成を担う超人が存在する。それがメイキング超人よ!」
「つまり、d.M.pのコーチ役、トレーナーってわけか」
「シゴシゴシゴッ! いいか若造! 教える者、育てる者ってのはなぁ、そいつ自身も一流の超人なんじゃい! 経験豊富、知識豊富、修得技術豊富、あらゆるものが豊富な超一流超人様なんじゃあ!」
グレート・ザ・屍豪鬼は勢いをつけて右腕を振り上げる。
「ブラッディ・バンブレ!」
グレート・ザ・屍豪鬼の腕が、赤黒い竹刀に変化する。
「しごき桜・乱れ咲きの刑!」
グレート・ザ・屍豪鬼は、赤黒い竹刀をガゼルマン目がけて振り下ろす。
「ぐぅッ! ぎゃああぁぁあああッ!!」
悲痛な叫びとともに、ガゼルマンの全身から血飛沫が飛び、辺りに撒き散らしていく。リング上の白いキャンバスには、鮮血の血桜が乱れ咲く。
ガゼルマンの黒目は、ぐりぃと上に向かい、白目を剥いてしまう。そして膝が、がっくりと折れ、ガゼルマンは力なくリングに沈んだ。
「シゴシゴシゴッ! 我が竹刀が赤黒いのは、しごきにしごきぬいた若造達の血が染み込んでいるからよ! 今日もブラッディ・バンブレは、黒々、赤々と怪しく輝いておるわい! シゴシゴシゴッ!」
ガゼルマンの鮮血で染まったブラッディ・バンブレを眺めながら、グレート・ザ・屍豪鬼は高らかと笑い上げた。
ガゼルマンが倒され、圧倒的な強さと非情すぎる残忍さを目の当たりにした人々は、半狂乱になりながら再び逃げまどう。
「だ、だめだ! つ、強い! 強すぎる! ベストメンバー不在の新世代超人じゃあ、全く歯がたたないぃ!」
「お、終わりだぁ! 地球が乗っ取られる! 悪行超人に乗っ取られる! 平和が乗っ取られるぅ!」
「いやぁ! 悪行超人がはびこる世の中なんて、そんなのいやぁ! 悪行超人の時代の幕開けだなんて、いやあぁぁぁッ!!」
蜘蛛の子を散らしたように、縦横無尽に逃げ駆ける人々。そんな人ごみの中で、唯一、リングに向かって走る者がいた。
ローブで全身を覆い隠している、小柄な姿。リングの目の前にまで来ると、くやしそうに呟いた。
「お、遅かったですぅ……間に合わなかったのですぅ……」
その声は、あどけなさが抜けきらない、可愛らしい少女の声であった。
「……こういう日が訪れてしまう前にぃ……見つけ出しておきたかったのにぃ……結局、見つからなかったですぅ……探し出せなかったですぅ……」
ローブ姿の少女は絶望した様子で、へたりとその場に膝をついた。
「……申し訳ございませんですぅ、ミート様ぁ……」
うなだれるローブ姿の少女。その横を、逃げまどう人々が走り抜けていく。
「あああ、あの……だだだ、大丈夫……ですか?」
不意に聞こえた声に、ローブの少女は顔を上げる。すると目の前に、小さな手が差し伸べられていた。
手を差し伸べたのは、気弱そうな少女であった。いまどき珍しい瓶底メガネ、ボサボサな髪を無造作に結ったツインテール、一瞬小学生かと思ってしまうほどに小柄な見た目。そして幼い見た目を強調するかのような、アニメ調にデフォルメされた超人の絵が描かれている、幼児向けの服を着ている。更に少女の仕草やしゃべり方からは、いかにも気の小さい、引っ込み思案な性格であるということが、いやがおうにも伝わってくる。
「あ、ありがとう、ですぅ」
人々が逃げまどう中、唯一、このボサメガネな少女だけが立ち止ってくれた。それがローブの少女には、とても嬉しかった。
目に溜まった涙を拭いながら、ローブの少女は差し伸べられたボサメガネ少女の手を、しっかと掴んだ。
“キピュアアアァァァッ”
その時である。ローブの少女の胸元から光が溢れだした。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(3)
「え? えええッ?! ま、まさか! こ、これわぁ!」
興奮した様子のローブの少女は突然に立ち上がり、胸に手を突っ込む。そして、ごそごそと何かを探している。一方、ボサメガネ少女は、ローブの少女に突き飛ばされて、尻もちをついてしまった。
「や、やっぱりですぅ! マッスルジュエルが輝いていますぅ!」
ローブの少女は、胸から、光り輝くハート形の宝石を取り出した。宝石は様々な色の光を、四方八方に放っている。
「マッスルジュエルのこの反応! 間違いないのですぅ! この近くに、適合者様がいらっしゃるのですぅ!」
ローブの少女は宝石に話かけるように、声を上げる。
「マッスルジュエルよ、教えてくださいですぅ! 適合者様は、どこにいるのですぅ?」
ローブの少女は、輝く宝石を握り締め、その手を空に掲げた。
“ピキュゥアアァァァァッ”
四方に放たれていた宝石の光が、ひとつにまとまっていく。光は1本の線になろうとしている。
「この光の先に、適合者様がいらっしゃるのですねッ?!」
光がまとまりかけた、その時。ローブの少女の手首が、強烈な握力で握り絞られた。
「い、痛いですぅ! な、何をするのですぅ!?」
グレート・ザ・屍豪鬼は、宝石が握られているローブの少女の手を締め上げ、そのまま身体ごと持ち上げた。
「痛いッ! いたいッ! イタイっ! はなせ! ですぅ! はんなぁせぇ! ですぅ!」
ローブの少女は足をバタバタとさせ、離せと言わんばかりに暴れて抵抗する。
「シゴシゴシゴッ! お嬢ちゃんよ、いくらジタバタしようが無駄ってもんじゃい。まるで泣き叫んでいる乳飲み子を抱いているような気分じゃて」
グレート・ザ・屍豪鬼は更に力を加えて、ローブの少女の手を締め絞る。ローブの少女は痛みに耐えかね、グレート・ザ・屍豪鬼のスネに連続つま先蹴りを叩き込む。しかしグレート・ザ・屍豪鬼は涼しい顔で、ローブ少女に話しかける。
「それよりも、貴様の持っているそれは、正真正銘、本物のマッスルジュエルなのか?」
グレート・ザ・屍豪鬼は、ローブの少女の顔を覗き込み、睨みつけた。
「正義超人界の至宝、マッスルジュエル。このマッスルジュエルに超人強度の一部を込めると、マッスルジュエルにはその超人の能力情報が全てインプットされる。そして、マッスルジュエルを手にした者は、インプットされた超人の全能力を受け継ぐことができる。例えば、先程この儂がしごき倒した鹿の子超人が、もしもケビンマスクの能力がインプットされたマッスルジュエルを手にしたら、どうなるのか? 鹿の子は元々の自分の能力に加え、ケビンマスクの能力をも上乗せして手にすることができる。具体的に言うと、鹿の子はケビンマスクのフェイバリットホールドであるビッグベン・エッジや、ロビン王朝版火事場のクソ力と言われる大渦パワーを使うことができてしまう。もちろん、元々の自分の技であるアントラーフィストも使用することができる。つまり、ヒヨッコ超人である鹿の子が、ケビンマスク以上の強豪超人になってしまうということじゃあ。そうじゃろう?」
ローブの少女は目に涙を溜めながら、グレート・ザ・屍豪鬼から顔を逸らした。しかしグレート・ザ・屍豪鬼はローブの少女の頬を掴み、無理やり自分の方へと顔を向けさせる。
「だがよぉ、お嬢ちゃん。マッスルジュエルの力を得ることができるのは、マッスルジュエルに適合した適合者だけ。そうじゃったよなあ?」
ローブの少女は涙目になりながらも、きつくグレート・ザ・屍豪鬼を睨みつけた。
「そ、そうですぅ。誰もがマッスルジュエルの力を得ることができるわけではないのですぅ」
グレート・ザ・屍豪鬼はニタリと歪んだ笑みを浮かべながら、ローブの少女を睨み返した。
「それにしても、じゃい。お嬢ちゃんみたいな娘っ子がのお、なんでマッスルジュエルなんていう、トップシークレットな超重要機密品を持っているんじゃい? 確かこいつは、キン肉神殿の最奥にある大金庫で、厳重に保管されてたはずじゃが?」
ローブの少女はビクンと肩を震わせた。ローブの少女の身体が強張る。
「お嬢ちゃんよお。貴様はいったい、何者じゃあ?」
ローブの少女は口をつぐみ、目線を下に落とし続けた。
「何者だと聞いている!」
グレート・ザ・屍豪鬼はローブの少女の胸ぐらを掴み、そして強引にローブを引きちぎった。
「き、きゃあああぁぁぁああッ! ですぅ」
悲鳴と共にローブが破られると、ローブの下から、まだあどけなさが残る可愛らしい少女が現れた。
明るい栗色の髪の毛から覗いている頭頂のキン肉カッターは、この少女がキン肉星出身であることを物語っている。
着衣はビキニにマントという露出の高い格好ではあるが、ボディラインはそれほど目立たない。胸や臀部の膨らみが控えめなのは、身体的なものではなく、年齢的なものであると見受けられる。
つまり、この少女は本当に幼い、まだ成長途中にいる、正真正銘、子供なのである。
「やはりキン肉星の者じゃったか。しかもその姿は……貴様、シュラスコ族じゃなあ」
少女はとっさに、マントで顔と身体を隠したが、時すでに遅し。グレート・ザ・屍豪鬼は少女の正体に気づいてしまった。
「貴様、シュラスコ族のミーノだな? 確か、あのミートの義理の妹であり、キン肉王家の使用人じゃったなあ」
「だ、だったらなんだというのですぅ?! 私が誰かなんて、あなたには関係の無いことですぅ!」
「シゴシゴシゴッ! ミーノよ、貴様に用は無くとも、マッスルジュエルには用があるんじゃい! だからのぉ、いい子だから、さっさと儂に、マッスルジュエルを献上するのじゃあ!」
凄んで威圧するグレート・ザ・屍豪鬼に、ミーノは圧倒されろうになる。脚は震え、歯がガチガチとぶつかり鳴る。
ミーノは身の危険を感じつつも、グレート・ザ・屍豪鬼に恐怖しつつも、必死にマッスルジュエルを守ろうとする。
そしてミーノはビキニのブラに、マッスルジュエルを入れ込んだ。ぎゅうと抱きしめ、マッスルジュエルを守る。
「シゴシゴシゴッ! 大方、ミートにでも頼まれたのだろう、マッスルジュエルの適合者探しをのお。じゃが、いまだに適合者が見つかっておらぬ。どうじゃ、図星じゃろう」
グレート・ザ・屍豪鬼は下卑た笑いを上げながら、ミーノを見下ろす。
「でわ、この儂が、マッスルジュエルの適合者探しを引き継いでやろう。心配しなくとも、ちゃあんと見つけ出してやるからなあ。至上最強の、悪行超人を!」
グレート・ザ・屍豪鬼は、ミーノの胸に抱かれているマッスルジュエルを奪うべく、ミーノの手を無理やりこじ開ける。
「い、いやですぅ! マッスルジュエルは絶対に渡さないのですぅ! 約束したのですぅ! ミート様……ミートニィと約束したのですぅ! 悪行超人になんか、絶対に渡さないのですぅ!」
ミーノは必死になって抵抗をするが、グレート・ザ・屍豪鬼の圧倒的なパワーには、敵うはずもなかった。ミーノの手はこじ開けられ、マッスルジュエルがミーノの胸からこぼれ落ちる。
「シゴシゴシゴッ! これでマッスルジュエルは、儂のもんじゃあ!」
落下するマッスルジュエルに向かって、手を伸ばすグレート・ザ・屍豪鬼。その時である。
「オーッ、トーッ、メーッ、のぉーッ!」
ボサメガネ少女は声を上げながら、グレート・ザ・屍豪鬼に突っ込んでいく。
「クソぢからぁーーッ!!」
“らぁ”の言葉を発するタイミングで、ボサメガネ少女はグレート・ザ・屍豪鬼に向かって飛び上がった。そしてボサメガネ少女は、マッスルジュエルをしっかと掴んだ。
先を越されたグレート・ザ・屍豪鬼はマッスルジュエルを掴み損ない、宙を握った。
“どざざざざーッ”
ボサメガネ少女はヘッドスライディング状態になって、グレート・ザ・屍豪鬼の横を滑り抜けた。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(4)
しかし、滑るボサメガネ少女に、リングを支えている鉄柱が迫っていた。ボサメガネ少女はとっさに顔と上半身を曲げ、ヘッドスライディングをしたまま、無理やりにドリフトをかます。
「48の殺人技のひとつ、超人ドリフトぉー!」
ボサメガネ少女の身体はグレート・ザ・屍豪鬼を中心に、美しい円を描きながら横滑りしていく。そして、華麗に鉄柱を避けきったボサメガネ少女は、グレート・ザ・屍豪鬼の目の前で停止した。
「あ……」
ボサメガネ少女とミーノの、間の抜けた声がハモる。
「わざわざ儂のために、マッスルジュエルを運んできてくれるたあのお。ご苦労さんじゃい」
グレート・ザ・屍豪鬼は意地の悪い笑みを浮かべながら、ボサメガネ少女に向かって手を伸ばす。
ボサメガネ少女はとっさに身体を起こし、涙目になりながら後ずさりする。
「往生際が悪いぞい」
グレート・ザ・屍豪鬼から必死に逃れようとするボサメガネ少女だが、無情にもグレート・ザ・屍豪鬼に捕まってしまう。ボサメガネ少女の細腕が、グレート・ザ・屍豪鬼のごつごつの手に掴み上げられた。
悪行超人と人間の少女。どんなにボサメガネ少女が抵抗しようとも、グレート・ザ・屍豪鬼から逃れることは不可能である。赤子の手を捻るよりも容易く、グレート・ザ・屍豪鬼はボサメガネ少女からマッスルジュエルを奪い取った。
「シゴシゴシゴッ! やった、やったぞお! 遂に手に入れたぞい、マッスルジュエル! これで叶う! 新生d.M.p、デヴィル・メイキング・プラントを結成できるわい!」
グレート・ザ・屍豪鬼は、まるでポイ捨てをするかのように、ボサメガネ少女を放り投げた。そして、マッスルジュエルを見つめながら、誇らしげに笑い上げる。
「マッスルジュエル! なんて可愛らしい姿じゃあ。舌を出して、まぶたを引き下げていて……ってえ! なんじゃい、こりゃあぁ!」
グレート・ザ・屍豪鬼の手には、あかんべえをしているミーノの人形があった。
「シュラスコ忍法、変わり物の術! ですぅ」
胸を張って大威張りするミーノを、グレート・ザ・屍豪鬼は苦々しく睨みつけながら、大きく舌打ちをした。
「いつの間にすり替えよったんじゃあ、あんの小娘めがぁ! ふざけよって! マッスルジュエルはどこじゃい!」
キョロキョロと周囲を見回すグレート・ザ・屍豪鬼の目に、猛ダッシュでその場を離れて行くボサメガネ少女の姿が映った。
「お願いですぅ! それを持って、遠くに逃げてくださいですぅ!」
ボサメガネ少女に向かって叫ぶミーノを見て、グレート・ザ・屍豪鬼はあかんべえをしているミーノ人形を、ミーノ本人に投げつけた。怒り混じりのグレート・ザ・屍豪鬼が放ったミーノ人形は、とてつもない勢いの剛速球となって、ミーノに被弾した。
「きゃああぁぁッ! ですぅ!」
ミーノは思い切り吹き飛ばされ、地面を転げまわる。
「ミ、ミーノちゃん!」
ボサメガネ少女は立ち止り、ミーノの方に向き直る。
「シュラスコ族のお嬢ちゃんへのお仕置きは、これくらいにしといてやろうかのお。次は貴様だ! 人間のお嬢ちゃんよお!」
グレート・ザ・屍豪鬼の右腕のブラッディ・バンブレが、鉛筆ほどのミニサイズになる。
「超手加減版、しごき桜・乱れ咲きの刑!」
極小サイズのブラッディ・バンブレが生み出した衝撃波が、ボサメガネ少女を襲う。
「きゃあああぁぁぁッ!」
手加減版とはいえ、その威力はかなりのものであった。ボサメガネ少女の身体は引き裂かれ、全身がズタボロにされてしまう。
「い、いやぁ……」
まとっている着衣はビリビリに破かれ、あらわにされている肌には、痛々しい血の滲みやアザがある。
ボサメガネ少女は顔を真っ青にして、弱々しい声を漏らす。肩は震え、目には涙が溜まっている。
「シゴシゴシゴッ! 恐怖のあまりに、悲鳴すら上げられぬか!」
グレート・ザ・屍豪鬼は、うつむいているボサメガネ少女の顔を覗き込み、にたりと笑った。
グレート・ザ・屍豪鬼と目が合ったボサメガネ少女は、グレート・ザ・屍豪鬼をきつく睨み、殴りかかりそうな勢いで声を荒げる。
「こ、このTシャツぅ! 激レアな超限定品だったのにぃぃ! どうしてくれるのよぉぉぉ!」
ボサメガネ少女はボロボロになったTシャツを、豪快かつ大胆に脱ぎだした。そして怒りで我を忘れているボサメガネ少女は、グレート・ザ・屍豪鬼の目の前にTシャツを突き出す。
「このTシャツはね! 37年ぶりに大復活を果たした超人オリンピック・ザ・レザレクションの会場で限定販売された、激レア品なの! しかも、いま私が着ているTシャツは、キッズのLLサイズで、たったの2着しか販売されなかったの! もう本当に、超々お宝品なの!」
グレート・ザ・屍豪鬼とミーノは、その場でコケた。
「グレート・ザ・屍豪鬼が恐くて、顔面蒼白になって、震えて、涙ぐんでいたのかと思ったのですぅ……でも実際は、大事なTシャツを破かれたことへのショックと、怒りのせいだったのですね……ですぅ」
グレート・ザ・屍豪鬼は身を震わせて、怒りをあらわにする。
「貴様、なめとんのかあ! たかだかTシャツと、マッスルジュエル、どっちが大事なんじゃあ!」
「た、か、だ、か、Tシャツうううぅぅぅ?!!!」
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(5)
ボサメガネ少女は、憤怒の顔を屍豪鬼に向ける。
「あんたのせいで! この世にたった2着しかないTシャツが、1着に減らされてしまったの! かわいそうに……あんたのしていることは、絶滅危惧動物の殺害! キリングレッドデータアニマルズ! に匹敵するほどの大罪よ! 地球規模の超大罪よ! 今後、転生することを許されず、あんたの存在自体を抹消されてしまうほどの激大罪よおおおぉぉぉ!」
ボサメガネ少女は、Tシャツの下に着ていた、もう1枚のTシャツを指さす。
「いまわたしが着ているピンクのTシャツはね、あんたが惨殺した青のTシャツの色違い、いわば兄妹! ほら、あんたには聞こえないの? この兄Tシャツの無念の声が……」
そう言うと、ボサメガネ少女は、ぼろぼろの青Tシャツを、自分が着ているピンクのTシャツの前に持ってくる。
「ピンT、ごめんよ……お前を置いて逝ってしまう、この兄を……妹不幸な、ダメ兄を……許してくれ……」
「青Tお兄ちゃん! 青兄ぃはダメじゃないよお! だって、ピンTに、すごく優しくしてくれたもん! 大事にしてくれたもん! ピンT、青兄ぃのこと、大好き! 大好きだもん! だから、ダメだなんて言わないで! 逝くなんて、言わないでよお!」
「すまない……行方不明なメンズLサイズの黒Tシャツ父さん、レディスMサイズの赤Tシャツ母さんに代わって……親代わりとして、なんとかピンTと暮らしてきたけど……もう、お別れだよ……お、俺は、もう……ただの布さ……青色のボロ布なんだよ……もう、Tシャツとしては……死んでいるんだ……」
「いやあ! いやああ! 逝かないで、青兄ぃ! 逝かないでよお! 逝くのなら、ピンTも一緒……一緒だよ! 置いてかないでね、ひとりで逝かないでね、ピンTも一緒だからね! 一緒に逝こうよ! 一緒じゃなきゃ、嫌だよ! 青兄ぃ!」
「ピンT!」
「青兄ぃ!」
「じゃかあああああぁぁぁぁぁしいいいいぃぃぃぃぃ!!!」
グレート・ザ・屍豪鬼はTシャツ兄妹のクライマックスシーンを見せられて、本気でキレた。
「やかましいんじゃい! ボケがああぁぁッ! 何が悲しゅうて、貴様のひとり芝居なんぞを見ねばならんのじゃい!」
怒り心頭なグレート・ザ・屍豪鬼は、ボサメガネ少女に掴みかかった。
“びりぃぃ”
嫌な音がした。グレート・ザ・屍豪鬼が掴んだTシャツは、びぃっと裂けてしまった。
ボサメガネ少女は、裂けたTシャツからのぞいてしまっている乙女のやわ肌を気にする様子もなく、ぶつぶつと独り言のように呟きだした。
「青兄ぃ……ピンTも、ボロ布になっちゃった……これでピンTも、一緒だよ……青兄ぃと一緒だよ……うれしい……ずっと、ずっと、青兄ぃと一緒……」
「ああ、そんな……ピンT! なんで……なんで、こんなことに……神様、ひどいです……ピンTが何をしたと言うのですか……ああ、ピンT……ピンTいいいぃぃぃぃぃぃぃ!」
「ううぅるっせええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいぃ!!!」
更に続いたTシャツ劇場に、グレート・ザ・屍豪鬼は目を血走らせて怒り叫んだ。
「うるせい! うるっせい! うるせいっちゅうんじゃい! もう許せん! 貴様もそのボロTシャツ兄妹のように、ボロ雑巾にしてやるわい!」
ボサメガネ少女は、わなわなと身を震わせながら、怒りをあらわにする。
「このTシャツはいいものだ……いいものだったんだああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!!」
ボサメガネ少女は瓶底メガネの奥から、凄まじく鋭い眼光でグレート・ザ・屍豪鬼を睨みつけ、天に向かって叫んだ。
「美しき兄妹愛を笑い、さげすみ、踏みにじるものは、絶対! 絶ッ対にぃ! 許さないんだからああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!!」
“ピキュアアアァァァアアアァァァアアアァァァッ!!”
ボサメガネ少女の叫びと共に、ボサメガネ少女の身体から、無数の閃光が放たれる。
「むぐおぉぉわぉおおおッ! な、なんじゃい、これは!」
色鮮やかな赤色の光を浴びたグレート・ザ・屍豪鬼は、苦悶の表情を浮かべる。そしてたまらず、後方に飛び退いた。
「この儂にとっては、とてつもなく不快で胸くその悪い光。じゃが、正義超人どもにとっては、心地の良いであろう光。これは……」
戸惑うグレート・ザ・屍豪鬼に向かって、ミーノが叫んだ。
「これは慈愛の光、マッスルアフェクションですぅ! あのキン肉王家のみが継承を許されている万能光線、フェイスフラッシュと同種の光ですぅ!」
ミーノは涙を溢れさせながら、胸の前で手を組み、喜びと嬉しさで身を震わせながら、声を上げた。
「マッスルアフェクションが放たれるのは、マッスルジュエルが適合者の手に渡った証ですぅ! 適合者誕生の光ですぅ!」
グレート・ザ・屍豪鬼とボサメガネ少女は目を点にして、顔を向き合わせた。
「ななななな、なぁんじゃとぉおおおぉぉぉッ!!」
「えええええ?! わわわわわ、わたしぃぃぃッ!? なのぉ?」
驚きの叫びを上げるグレート・ザ・屍豪鬼とボサメガネ少女。そんな2人を見て、喜びに満ちていたミーノの顔が凍りつき、ひきつる。そしてワンテンポ遅れて、ミーノは戸惑いの叫びを上げた。
「ふええぇぇぇえええぇぇぇ?! あああ、あなたのような! うら若き乙女少女なあなたが! ままままま、まさかの適合者様ぁ!? はひゃぁぁぁあああッ! ですぅ!」
信じられないという顔をしながら、ミーノは恐る恐るボサメガネ少女に言った。
「ま、まさかとは思うのですが……試しに“マッスルフォーゼ”と言ってもらえますか? ですぅ」
ボサメガネ少女は困惑しながらも、ミーノに言われるままに、呟く。
「え、えーと……マッスル……フォーゼ?」
“ビギュアアアァァァーーーッ”
ボサメガネ少女の声に呼応するかのように、マッスルジュエルが放つマッスルアフェクションは、よりいっそうに強く光りだす。そしてボサメガネ少女は、マッスルアフェクションに包まれていく。
「ひゃああ! な、なにこれぇ! 目の前が真っ赤っ赤だよぉ!」
ボサメガネ少女を包み込むマッスルアフェクションは、次第に球体となっていく。
「こ、これは……やっぱり適合者様に間違いないですぅ……マッスルジュエルが能力授与の儀式を始めましたですぅ……」
呆けた顔のミーノは、そっと呟いた。
「な、なんじゃとぉ! ふ、ふざけるなぁ! こんなもの、儂が止めてくれるわあ!」
そう言ってグレート・ザ・屍豪鬼は、マッスルアフェクションの球体に掴みかかる。
“ぐ、ぐぎゃあああぁぁぁあああッ!”
グレート・ザ・屍豪鬼は苦痛の叫びを上げる。グレート・ザ・屍豪鬼の手はぶすぶすと焼けただれ、煙が上がっている。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(6)
「マッスルアフェクションは悪を浄化しますですぅ。なので、あなたのような生粋の悪行超人が触れると、肉体ごと消されてしまいますですぅ」
「そ、そういうことは早く言わんかい! 危うく儂が消し飛ぶところじゃったぞい」
グレート・ザ・屍豪鬼は両手をフーフーしながら、涙目になってミーノを睨みつけた。しかしミーノはグレート・ザ・屍豪鬼の睨みに気がついていない様子で、ボサメガネ少女を包んでいる球体をぼんやりと眺めながら、口を開く。
「そもそも、レディのお着替えを邪魔するなんて、失礼千万、不届き至極、不埒の極み。天罰が下るのは当たり前なのですぅ」
「き、着替えじゃとお?! いったい、何がどうなっとるんじゃい!?」
グレート・ザ・屍豪鬼は頭の中が“?”でいっぱいになる。困惑するグレート・ザ・屍豪鬼を尻目に、赤い球体の中から、ボサメガネ少女の声が聞こえてくる。
「え? 何? 何これぇ?!」
グレート・ザ・屍豪鬼と同様に、ボサメガネ少女も困惑していた。
「な、なんでぇ? どうしてなのぉ? ……やんッ! ふ、服が脱げちゃう! 勝手に服が……やあぁぁん! だめぇ、そんなのぉ! それが脱げちゃったらぁ! やぁん! だめぇ、それまで脱げちゃうなんてぇ! ……わ、わたしぃ、このままじゃあ……はっ、はだかにされちゃうぅ!」
生々しいほどに恥ずかしがる少女の声が、周囲に響き渡る。
「あッ! だめぇ! どこ行っちゃうの、わたしのパンツぅ! その超人プリントのパンツ、もう生産中止の激レアなプレミアパンツなのぉ! いやぁん! 帰ってきて、パンツぅ! わたしのお宝パンツぅぅ! カム、バック、パンツぅぅぅ!」
ボサメガネ少女の青色吐息な黄色い声を聞きながら、全く手出しができないグレート・ザ・屍豪鬼は、頬を赤らめながら球体を見つめる。
「どういうことじゃい、これは」
「この球体の中では、マッスルジュエルによる能力授与の儀式が行われていますですぅ。この儀式によって適合者様は、授かる能力の元となった超人と、同じ姿に変身しますですぅ。ただし」
「ただし、なんじゃい?」
「もし適合者様に、強い思い入れがあったり、特別な思いのある姿があったとしたら……例えば、憧れている人物がいるとか、こういう姿に変身したい、という願望があるのなら……」
ミーノの話が終わる前に、赤い球体は空に向かって、光の柱を伸ばした。そして光は次第に消えていき、ボサメガネ少女の姿が、だんだんと現れてくる。
「んななな、なんじゃい、その格好は!」
「そ、その格好は!? ど、どうなっちゃったのですぅ?!」
グレート・ザ・屍豪鬼とミーノは、人差し指をぷるぷると震わせながら、変身したボサメガネ少女を指差した。
姿を現したのは、筋肉りゅうりゅうな現役バリバリのキン肉マン! ……では無かった。
「え? ど、どうしたの? ……って、え? あれぇ? う、うそぉ! こ、この格好! これってぇ!」
ボサメガネ少女は戸惑いながらも、興奮した様子で、自身の身体を眺め見つめる。
体型も身長も、そのまま。低身な、ほどよい幼児体型の女の子。
しかし、髪の毛には変化があった。髪は赤に近いピンク色に変色していた。
ボサボサであった髪はきれいにまとまり、長さは腰まで伸びている。深紅のリボンでまとめられた、ボリュームのあるツインテール。戦闘時には邪魔になりそうだが、見た目はとてもキュートに特徴的で、とても可愛らしい。
瞳の色は、桃色に近い赤色に変わっている。髪の色とあっていて、髪に負けないくらいに可愛らしい。
そして、着衣にも大きな変化があった。
着ている服は、洋服と言うよりは、コスチュームと言った方が的確である。
スカート丈が異常に短いドレスを着ているが、スカートの下は下着ではなく、レオタードの下部分のようになっている。
フリルやアクセサリーがポイント的にあしらわれているが、動き易さに重点が置かれている活動的な姿である。
全体的に明るい赤色でまとまっていて、指し色の白が精悍さと柔らかさをイメージさせている。
胸元には大きなリボン、そしてその中心にはマッスルジュエルがあしらわれている。
「ま、間違いないよぉ! これは……この姿は……」
その姿は超人と言うよりは、バトルヒロイン系の魔法少女を思い起こさせる格好であった。
そしてボサメガネ少女は、突然に大声を上げた。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
突然に誕生した新種のキン肉マンに、グレート・ザ・屍豪鬼とミーノは驚きに驚き、サプライズドシャウトを豪快に響かせ、その場で固まった。
「キ、キン肉マンルージュ、じゃとお? そんなヒラヒラのフワンフワンのチャランチャランなちんちくりん超人、初めて見るわい。儂は知らんぞ、こんな超人。いったいこやつは、どんな超人の能力を受けついたんじゃい?」
「いえ、これはおそらく……適合者様の心の中のみに存在するスーパーヒロイン。適合者様が考えに考え尽くして作り上げた、理想のオリジナル超人。つまり……」
グレート・ザ・屍豪鬼とミーノは顔を見合わせた。
「自作自演!」
グレート・ザ・屍豪鬼とミーノの声がハモる。
目の前で繰り広げられている状況に気持ちが追いつかないグレート・ザ・屍豪鬼とミーノは、眼球だけを動かしてキン肉マンルージュの姿を追っている。
そんなグレート・ザ・屍豪鬼とミーノを尻目に、キン肉マンルージュは“とぉ!”という気合いの入った声を上げ、リングのコーナーポストにある鉄柱の先端に飛び乗った。
「す、すごぉい! なんだか状況が全然わかんないけど、力が無尽蔵に湧いてくるよぉ! すんごく体が動いちゃうよぉ! まるで超人になっちゃったみたいだよぉ!」
キン肉マンルージュは鉄柱の上で、はしゃぎにはしゃぎまくる。ふんふんと鼻息を荒くしながら、ボディビルのラットスプレッドやサイドチェストのポージングをしたり、ムエタイ選手のようなパンチとキックのシャドーをしたり、大はしゃぎである。
「すごい! すごぉい! すんごぉぉおおい! わたし、なってる! 本物の超人になってる! 嘘みたい! 現実が嘘みたい! わああぁぁああぁぁ! どうしよう! どぉしよう! どぉうしょおおぉぉおおッ!」
キン肉マンルージュはぶりっこポーズをしながらお尻を突き出し、ぷりぷりと振りながら悶えている。
自分自身に起こっている身体の変化に、キン肉マンルージュは心の底から感動している。
「なんだかわたし、今ならなんでもできちゃいそうな気がする! ううん、できちゃうかも! うううん、きっとできるよぉ!」
全身をくねらせて、ひとりで盛り上がっているキン肉マンルージュは、突然に我に返ったように、グレート・ザ・屍豪鬼の方へと向き直る。
「d.M.pのメイキング超人、グレート・ザ・屍豪鬼! 新世代超人ベストメンバーズに代わって、マッスル守護天使、キン肉マンルージュが、あなたのお相手しマッスル!」
キン肉マンルージュはグレート・ザ・屍豪鬼を見下ろしながら、不敵に笑みを浮かべた。そして鉄柱の上で、決めポーズをとる。
が、“ツルリ”という効果音が聞こえてきそうなくらいに、キン肉マンルージュは足を滑らせる。
“ずどぉぉぉん”
そして決めポーズをとったまま、キン肉マンルージュは見事なまでに全身を地面に打ちつけた。
「だ、大丈夫ですぅ?!」
ミーノは慌ててキン肉マンルージュに駆け寄る。
「……へのつっぱりはご遠慮願いマッスル」
キン肉マンルージュは地面に打ちつけて真っ赤になった顔を上げ、強がりとしか思えない台詞を吐いた。
ボサメガネ少女の変化ぶりを見せつけられたミーノは、信じられないと言わんばかりの真顔を、キン肉マンルージュに向けた。
「こ、これは……間違いなく、あなたはマッスルジュエルの持つ能力を、きちんと受け継いでいますですぅ」
キン肉マンルージュは生唾をごくりと飲み下しながら、ミーノに負けないくらいの真顔で、ミーノを見つめた。
「そうです、あなたが受け継いだのは、あの伝説中の伝説! 生きるキングオブ伝説超人! 第58代目キン肉星大王、キン肉スグル様。つまり、キン肉マン様ですぅ!」
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(7)
キン肉マンルージュは、がばぁと身体を起こし、再び鉄柱の上に飛び乗った。
「すごい! すごぉい! すんごぉぉおおい! わたし今、キン肉マンなんだ! 憧れ中の憧れ、あのキン肉マンなんだ! ああ、生まれてこのかた16年! 遂に! 遂にぃ! この日がきちゃったんだぁ! 想いに想い焦がれ続けたキン肉マンに、わたしはなれちゃったんだ!」
キン肉マンルージュは鉄柱の上で片足立ちのまま、両手を天に向けて渾身のガッツポーズをする。
「やった! やったぁ! ぃやったぁぁああ! うれし! うれしぃ! うんれしぃぃいい!」
天に向かって、キン肉マンルージュの想いが詰まった声が放たれた。
そして、キン肉マンルージュはグレート・ザ・屍豪鬼を指さし、びしぃと決めポーズをとった。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」
決め台詞を言い放つのと同じタイミングで、キン肉マンルージュはツルリと足を滑らせた。
“ずどぉぉぉん”
そして再び、全身を地面に叩きつける。
――しばしの沈黙。そしてキン肉マンルージュは、くぐもった声を漏らす。
「……えーと、ミーノちゃん、だったよね……」
地面に顔をめり込ませながら、キン肉マンルージュはミーノを呼んだ。
「は、はいですぅ! 申し遅れましたですぅ! わたくしめはアレキサンドリア・ミートの義妹であり、キン肉星王家お抱えの使用人、ミーノにございますぅ!」
ミーノは甲高い声を響かせながら、早口で自己紹介を済ませた。
「……あのぉ、ちょっとつかぬことをお聞きしたいのだけどぉ……」
ミーノは倒れているキン肉マンルージュの横で、びしっと正座をする。
「はい! なんでございますですぅ!?」
「……も、もしかしてわたし、今……キン肉マンなみにドジになってる?」
ミーノは背筋を伸ばし、美しい姿勢をキープしたまま、キン肉マンルージュを真っ直ぐに見下ろしている。
「はい! あなた様はキン肉スグル様の能力を受け継いでいますですぅ。ですので、当然ながら、キン肉スグル様のドジっぷりも、完璧に受け継いでいらっしゃいますですぅ!」
くぐもる声を発するキン肉マンルージュは、両肩をわなわなと震わせながら、地面から顔を引き抜いた。
「あああ……やっぱり……そうなのかぁ……そうなんだなぁ……」
四つん這いになってうなだれているキン肉マンルージュに、ミーノはそっと寄り添いながら声を掛ける。
「そ、そんなに落ち込まないでくださいですぅ。確かに、とんでもないドジっぷりではありましたが……えーと、大丈夫! 大丈夫ですからぁ」
必死になって励まそうとするミーノは、しどろもどろになって言葉を掛ける。
「……このドジっぷり……さすがよ……さすがだわ……」
突然、がばぁと顔を上げるキン肉マンルージュ。
「さすがのドジっぷり! こうでなくっちゃあ、キン肉マンは! これこそがキン肉マンの真骨頂だよぉ! このドジっぷりが無くなっちゃったら、キン肉マンとは言えないよぉ!」
キン肉マンルージュの顔は満面の笑みで、目をギランギランに輝かせていた。
「わたし、本当の本当に、キン肉マンになったんだぁ!」
ミーノはキン肉マンルージュのこの言葉を聞いて、そして嬉しさで目を輝かせている顔を見て、キン肉マンルージュは本当に超人が大好きで、キン肉マンを心底リスペクトしているのがわかった。
なぜマッスルジュエルがこの少女を適合者に選んだのか、少しだけわかった気がした。
「そろそろいいかのお、お譲ちゃん方よお」
グレート・ザ・屍豪鬼は、待ちくたびれたと言わんばかりに大きなあくびをしながら、2人の少女に向かって言った。
グレート・ザ・屍豪鬼の声で、キン肉マンルージュとミーノはバッと身構え、グレート・ザ・屍豪鬼の方に向き直った。
「シゴシゴシゴッ! キン肉マンルージュとか言ったのぉ! 貴様、この儂を相手にするとかほざいておったなぁ!」
グレート・ザ・屍豪鬼は右腕をブラッディ・バンブレに変化させ、キン肉マンルージュの鼻先にブラッディ・バンブレを向けた。
「ならば! この儂を倒し、見事この世の正義とやらを、守ってみせいや! 儂を倒せなければ、貴様の持つマッスルジュエルは、儂のもんじゃあ! そしてこの世は、めでたく悪一色に染め上がるのよお!」
キン肉マンルージュはキッとグレート・ザ・屍豪鬼を見つめ、ブラッディ・バンブレを弾いた。
「わたしが勝ったら、この世の平和は守られる! そして今度こそ、d.M.pは完全壊滅よ!」
グレート・ザ・屍豪鬼はブラッディ・バンブレで肩を叩きながら、高らかに笑い上げた。
「シゴシゴシゴッ! こいつはいい! 倒せるものなら倒してみるがええわい! だがのお、いくら貴様がキン肉マンの力を受け継いだと言ってものお、その能力を使いこなせなければ、全くもって意味がないんじゃい! 果たして、ただの娘っ子な貴様に、超人格闘術が使いこなせるかのお?」
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(8)
グレート・ザ・屍豪鬼の言葉を聞いて、ミーノの顔が青ざめていく。このままバトルになったら勝ち目が無いどころか、生死に関わる。いや、間違いなく殺されてしまう。
このままではいけないと思ったミーノは、グレート・ザ・屍豪鬼を止めるべく口を開いた。しかしそれよりも速く、グレート・ザ・屍豪鬼は声を上げる。
「さあ! リングに上がれい! キン肉マンルージュとやらよ! この儂が貴様を、特別メニューでシゴいてくれるわ! シゴきにシゴき抜いて、跡形も無く消し飛ばしてくれるわい!」
グレート・ザ・屍豪鬼は猛烈な勢いで、キン肉マンルージュを睨み、凄んだ。凄みの迫力が激しすぎたのか、キン肉マンルージュとミーノの周辺に、突風が吹き荒れた。
ミーノはグレート・ザ・屍豪鬼に気圧されてしまい、へたりとその場に座り込んでしまう。
しかしキン肉マンルージュは気圧されるどころか、猛烈な勢いでグレート・ザ・屍豪鬼を睨み返した。
「キン肉マンルージュは正義のマッスル守護天使! 悪行をおかす悪行超人は、なんぴとたりとも許してあげない! 絶対に倒しマッスル!」
そしてキン肉マンルージュは勢いよく飛び上がり、空中で身体を捻りながら一回転した。
「んん? なんじゃい、これは? 生ぬるったいもんが降ってきよったぞい?」
空中一回転捻りを披露するキン肉マンルージュから、グレート・ザ・屍豪鬼に向かって、ぴしゃりと水滴が飛んできた。
“ずだぁん”
見事なリングインを果たすキン肉マンルージュ。同時に、びしゃり、という湿った水音が周囲に響く。
キン肉マンルージュは、ずびしぃ、とグレート・ザ・屍豪鬼を指さし、決め台詞を言い放つ。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」
決まった! ……そう思ったのは、キン肉マンルージュだけであった。
グレート・ザ・屍豪鬼とミーノは、決めポーズをとっているキン肉マンルージュを見て、目を点にしている。
「……あ、あれ?」
キン肉マンルージュは固まってしまったグレート・ザ・屍豪鬼とミーノを見て、決めポーズをとりながら困惑した。
“ぴしゃり……ぽたり……”
何かが滴る水音が聞こえる。キン肉マンルージュはふと、足元に目線を落とした。すると、薄い黄色の水溜りが、キン肉マンルージュの足元に広がっていた。
「え? ……何、これ?」
キン肉マンルージュは水溜りを見つめる。すると、自分から水滴が滴り落ちているのに気がついた。そして水滴は、自分の下腹部辺りから滴っているのを知る。その瞬間、びっしょりに濡れているパンツの感触に気がつき、どうしようもない羞恥の気持ちに襲われた。
「こ、こ、こ、これって……お、お、お、おもらしぃぃぃいいいッ!」
キン肉マンルージュは猛烈な勢いで、恥ずかしい叫びを上げた。それを聞いて、固まっていたグレート・ザ・屍豪鬼とミーノはハッとする。
そしてグレート・ザ・屍豪鬼は、慌てて顔を拭う。
「お、おもらし、じゃとお! じゃ、じゃあ、たった今、儂の顔に降ってきたのは……貴様の小便かあ!」
キン肉マンルージュの放った小水は、見事なまでにグレート・ザ・屍豪鬼の顔に被弾していた。
「うっげげい! ぐげげげげい! く、くそお! 少し口に入っちまったぞえ! 目にも入ったぞい! な、何してくれとんじゃあ! こんのキン肉マン小娘めえ!」
グレート・ザ・屍豪鬼は必死になって、顔面をガシガシと擦っている。
「ああ……この大事な場面での尿失禁……さすがはキン肉スグル大王様の能力が詰まったマッスルジュエル……ですぅ」
ミーノは顔をひきつらせながら、気の毒そうにキン肉マンルージュを見つめた。
「い、いやあああぁぁぁあああぁぁぁんッ!!」
キン肉マンルージュは羞恥の声を響かせながら、その場から飛び上がった。そして、まるで先程のリングインを逆再生したかのように、見事な一回転捻りを披露する。羞恥の叫びにドップラー効果を効かせながら、キン肉マンルージュは、見事にリングアウトした。
「う、うわぁぁぁあああぁぁぁん!」
キン肉マンルージュは泣きじゃくりながら、ミーノに駆け寄った。
「こここ、こんなとこまで受け継がなくてもいいじゃない!」
そしてキン肉マンルージュは、ぶんぶんと顔を振りまくり、涙をミーノに飛び散らせながら訴える。
「恥ずかしい! 恥ずかしいよぉ! 超恥ずかしいよぉ! これは、とても、とてぇも! 恥ずかしいことだぁーん!」
ミーノは肩をすくめ、申し訳なさそうに言う。
「すみませんですぅ。マッスルジュエルは完璧に力を受け継がせるのですぅ。ですので、大事な場面での突発性尿失禁というキン肉スグル大王様の性癖も、余すことなく受け継いでいるのですぅ」
キン肉マンルージュは顔を真っ赤にして、ミーノに訴えかける。
「にょ、尿失禁とか言わないでよぉ! いかにも排泄に失敗しましたって感じじゃない! と、とにかく! わたし! どおしたらいいのよぉ!」
キン肉マンルージュの言葉を聞いて、ミーノはハッとする。そして、いまだに顔を擦り続けているグレート・ザ・屍豪鬼に、ミーノは言った。
「ここは一度、この場をはけて、選手入場からやり直すべきですぅ!」
グレート・ザ・屍豪鬼は恨みがましい顔をミーノに向けた。
「小便まみれでバトルなんぞ、こっちから願い下げじゃい! 30分後にリングインじゃあ! 逃げるんじゃないぞ、小便小娘!」
グレート・ザ・屍豪鬼は吐き捨てるように言うと、上空に向かって飛び上がり、そして姿を消した。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(9)
その場に残されたミーノとキン肉マンルージュ。ミーノは泣きじゃくっているキン肉マンルージュの肩を優しく掴み、慰めるような口調で話した。
「……まさかあのような事態に……キン肉マンルージュ様……物凄くショックを受けておられるのですぅ……あの大事な場面での尿失禁……男性ならまだしも、年頃の乙女が尿失禁……これは事故ですぅ……とてつもなく恥ずかしい大事故でございますぅ……ああ、キン肉マンルージュ様……なんて不憫で、なんて可哀相で、なんて気の毒で、なんて痛ましくて……心中お察しいたしますですぅ」
キン肉マンルージュの泣き声が、10倍激しいものへと変わった。それを見てミーノは、自分の言葉がむしろキン肉マンルージュを傷つけていることに気がついた。
「ひゃわわわわッ、そ、そんなつもりは毛頭ございませんのですぅ! 決して悪意があって申したわけではないのですぅ! ただ、羞恥の極みとも言える大痴態をさらしてしまわれたキン肉マンルージュ様が、乙女の大事な何かを一瞬にして失ってしまったようにお見受けしましたので」
キン肉マンルージュの泣き声が、100倍激しいものへと変わった。それを見てミーノは、キン肉マンルージュを更に追い詰めてしまったことに気がついた。
「にゃわわわわッ、でも、でも、でもですね、大丈夫ですぅ! この場にいたのは私とグレート・ザ・屍豪鬼、2人だけなのですぅ」
ミーノがそう言った瞬間、背後から怒涛のごとき大歓声が上がった。
“うおおおおおおお!”
ミーノは恐る恐る、顔を後ろに向けた。すると、いつの間にやらリングサイドには、大人数が観戦可能な観客席ができていた。
席はひとつ残らず埋まりきり、ミーノとキン肉マンルージュを、大観衆が囲んでいる。
“女の子超人のバトルなんて、初めて見るぜえ! 超レアバトルで超ラッキー!”
“少女超人たん、はぁ、はぁ”
“頼むぜキン肉マンルージュ! 地球の運命は、ルージュちゃんに掛かってるぜえ! 宇宙の平和は、あんた次第だぜえ!”
観客は沸きに沸いていて、各々、想い想いの歓声を上げている。
ミーノとキン肉マンルージュは目を点にして、突如現れた大観衆を呆然と見つめる。
そんな呆けている2人の目の前に、あからさまにカツラを装着している、しかもそのカツラが見事なまでにズレている、メガネを掛けた小柄な中年が現れた。そしてよく通る大きな声で、2人に言った。
「こりゃあ女房を質に入れてでも見なあかんなぁ! だから、2人のカワイ娘ちゃんに免じて、おもらしの件は水に流してあげまんでぇ! おしっこなだけになぁ!」
キン肉マンルージュの泣き声が、1000倍激しいものへと変わった。カツラメガネ中年男性の言葉が、キン肉マンルージュにとどめを刺した。
「うわあああぁぁぁあああぁぁぁあああんッ! 見られたぁ! 見られちゃったよぉ! こ、こんなにたくさん! たくさんな人にぃ! 見られたんだよぉ! 見られちゃったあ! にゃああきゃわわああぁぁああぁぁああんッ! たくさんだよぉ! たくさんいるよぉ! たくさん過ぎるよぉ! うおおわああぁぉぁぉぁぉあおあおあおんッ! わたし、おわたーーーーーーーッ!!」
ツインテールをびょんびょんと引っ張りながら身をよじり、激しく取り乱すキン肉マンルージュ。
「あああああ、キン肉マンルージュ様がご乱心ですぅ! ……こうなったら、最後の手段ですぅ」
ミーノはビキニのブラに手を差し込み、ごそごそと探りだした。そしてブラの奥から、にゅうっと吹き矢が出てきた。
「シュラスコ忍法、おねむ時間ですぅの術! ですぅ!」
フッという息の音と共に、紙製の矢が飛び出す。そしてキン肉マンルージュの首筋に刺さった。
「おわたァー! オワタぁー! わたしがゥおわたー! ……きゅうん」
暴れていたキン肉マンルージュは、突然その場で倒れ込んだ。そしてスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
「うふうん。牛丼はツユギリじゃなきゃ、いらんですよ!」
キン肉マンルージュはよだれを垂らしながら、むにゃむにゃと寝言をこぼしている。
眠りこけるキン肉マンルージュを、ミーノは重量挙げのように、ひょいと頭上に持ち上げた。そしてそのまま、逃げるようにその場から走り去った。
「すたこらさっさのさぁ、ですぅ」
リングから少し離れた場所に、コスプレ喫茶がある。そして入口には“キン肉マンルージュ選手控室”と書かれた張り紙がされていた。
ミーノはキン肉マンルージュを持ち上げたまま、器用に扉を開けた。
中に入ると、部屋の真ん中にテーブルが置かれ、2人分の椅子が添えられている。奥にはたくさんのコスプレ衣装があり、更に奥には着替えのスペースとして、大きな姿見のある更衣室が用意されている。
テーブルまで歩み寄ると、ミーノは、どすぅんと、キン肉マンルージュをテーブルの上に置いた。
「きゃんッ」
子犬のような鳴き声と共に、キン肉マンルージュは目を覚ます。
先程までリング上にいたのに、次の瞬間にはテーブルの上にいる――そんな状況にキン肉マンルージュは戸惑い、周囲をきょろきょろと見渡している。
「あ? あの? あれ? ここはどこ? わたしはだれ…って、わたしはキン肉マンルージュ、だよね?」
ミーノはテーブル上に正座をして、キン肉マンルージュの目の前に座っている。
「そうですぅ。あなたはマッスルジュエルに選ばれし、適合者様ですぅ」
キン肉マンルージュは腕組みをして、考え込む。
「……なんだか、どこまでが夢で、どこまでが現実なのか、わからなくなってきちゃったよ……一度、状況を整理していいかな?」
「はいですぅ。なんでも聞いてくださいですぅ」
ミーノはキン肉マンルージュに笑顔を向ける。
「えーと、まず……グレート・ザ・屍豪鬼という悪行超人が現れて、新生d.M.pを結成しようとしていて、世の中を悪の世界にしようとしているんだよね……それからミーノちゃんと出会って……わたしは、マッスルジュエルの力を得て、マッスル守護天使、キン肉マンルージュに変身したんだよね……それから……それから……ああッ、なんだろう……思い出してはいけないって、絶対にダメだって、脳ミソが言ってる……どうしても思い出せない……すごく嫌なことが起こった気がするんだけど……」
失禁というショックすぎる失態を、キン肉マンルージュの脳は記憶から消そうとしている。
「思い出せない……どうしても……」
キン肉マンルージュは額に手をあてながら、必死に思い出そうとする。まるで記憶喪失にでもなったかのようである。
「……なんだか、つらいことだったような……苦しいことだったような……それでいて、たいして重要ではないことのような気もして……」
キン肉マンルージュの脳は精神安定のため、記憶の整理を行っている最中である。失禁という痴態の記憶を封印しようと、脳はフル活動中である。
「もしかして、思い出さなくてもいいのかもしれない……」
そして遂に、キン肉マンルージュは思い出すのを諦めた。キン肉マンルージュの脳は、記憶の封印に成功した。
「大観衆の前で、尿失禁をしたのですぅ」
ミーノは、しれっと、真実を告げる。
「……ッ! うッぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁッ! にゃーん!」
せっかく忌まわしい記憶を封印しようと、脳は頑張ったのだが、ミーノはあっさりと封印を破り、記憶を解き放ってしまった。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(10)
「うわあああぁぁぁん! うええぇぇぇーーーん! ふみぃーーーーーーーーん!」
キン肉マンルージュはテーブルに突っ伏し、噴水のように涙を放水しながら、号泣する。
「そうだよ! そう! しちゃったんだよ、わたしってば! ふぅええぇぇぇーーーん! 思い出すんじゃなかったぁ! なんで思い出しちゃうの、わたしってば!」
取り乱すキン肉マンルージュを見て、ミーノも取り乱す。
あわあわと慌てながら、ミーノはビキニのブラに手を差し込み、ごそごそと探りだした。そしてブラの奥から、にゅうっとドリンクが出てきた。
「はわわわわッ、キン肉マンルージュ様! これでも飲んで、落ちついてくださいですぅ」
ミーノは冷えたドリンクを差し出すが、キン肉マンルージュは受け取ろうとしない。
「……うう……ぐずん……だってぇ……そんなの飲んじゃったら……また、しちゃうもん……おしっこ……」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに下を向いているキン肉マンルージュに、ミーノは笑顔で話しかける。
「大丈夫ですぅ。キン肉スグル大王様は摂取された水分量に関係なく、尿失禁されていましたですぅ」
「……それって、つまり、ドリンクを飲んでも飲まなくても、どっちにせよおもらししちゃうってこと?」
「はいですぅ」
「……ううう……ミーノちゃん……全然フォローになってないよ……」
キン肉マンルージュは湿っぽい鼻声でそう言いながら、ミーノからドリンクを受け取る。そして、なかばやけになりながら、一気に飲み干してしまう。
「ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ、ぷはーッ! うまいッ! でも、もういらない!」
キン肉マンルージュは空になったペットボトルのラベルを剥がし、ベコベコッとペットボトルを潰した。
「……ところでミーノちゃんのそれ、いったいぜんたい、どうなっちゃってるの?」
キン肉マンルージュはミーノの胸元を指差した。
「ここですか? えーと、ちっちゃいですが、おっぱいですぅ」
ミーノは頬を赤らめて、両手を胸にあてる。
「そうだね、今は小さいかもだけど、まだまだこれからだよ、ミーノちゃんのおっぱい……って、そうじゃなくて! そのブラの中ってどうなってるの?」
ああ、と呟きながら、ミーノはブラに手を差し込み、ごそごそと探りだした。
「このブラの内側には、別次元保管庫への入り口があるのですぅ。この中にいろいろと大事なもの、必要なものを入れておくのですぅ」
そしてブラの奥から、にゅうっとボックスティッシュを取り出した。
「お鼻が出ていますですぅ」
泣いた拍子に垂れてしまった鼻水が、キン肉マンルージュの鼻下でぶら下がっている。
「へぇぇ、便利だねぇ……ちーーーん!」
キン肉マンルージュは感心しながら、勢いよく鼻をかんだ。
「えーと、ゴミ箱、ゴミ箱……どこかにゴミ箱ありマッスル?」
「はいですぅ」
ミーノはボックスティッシュをブラの中に素早くしまい込み、そして今度はゴミ箱を取り出した。
「本当に便利だね、それ……でも、ミーノちゃんみたいな女の子が、お胸からティッシュやゴミ箱を取り出す姿って……卑猥を通り越して、なんだかシュールな気がするよ……」
ミーノはブラにゴミ箱を突っ込みながら、きょとんとした顔をしている。
テーブルの上で、お互いに正座をしながら向きあっているキン肉マンルージュとミーノ。
しばしの沈黙。2人は見つめ合いながら、何を話そうかと言葉を探す。
「まさか……まさかマッスルジュエルの適合者様が、あなたのような普通の人間……しかも、乙女少女様だなんて……どうりでいくら探しても、見つからなかったわけですぅ」
「……そうだよね、マッスルジュエルって正義超人界の至宝なんだもんね。普通に考えれば、正義超人の誰かが適合者だって考えちゃうよ」
ミーノは正座のまま、内ももに両手を突っ込み、不安なような、困ったような、申し訳なさそうな顔をしている。
「……それで……大事なことに気がついちゃったのですぅ……実は……先程、グレート・ザ・屍豪鬼も言っていたのですがぁ……」
キン肉マンルージュは正座のまま、内ももに両手を突っ込み、恥ずかしそうな、困ったような、申し訳なさそうな顔をしている。
「……あのね、ミーノちゃん……お話の前に、その……お着替えしたいなぁ……」
キン肉マンルージュの言葉を聞いて、ミーノは気がついたように手を叩き、大きく声を上げた。
「ああ! パンツが濡れていて、気持ちが悪いのですね!」
キン肉マンルージュは顔をひきつらせながら、手をぶんぶんと振り回す。
「私も憶えがありますですぅ。冷たくて、濡れてて、気持ちが悪いんですよね、おもらししちゃうと。しかも、おしっこを吸ったパンツが重くなっちゃって、どんどんおしっこ染みが広がっていって、それが余計に恥ずかしくて……とはいえ、私が赤ちゃんだった頃くらいの記憶ですので、正直、あまり憶えてはいないのですがぁ」
キン肉マンルージュは、ぎゃふんと呟き、周囲にどんよりとした空気を漂わせながら、がっくりと肩を落とす。
「……うう……16歳あるまじき……だよね……赤ちゃんと同レベルかぁ、わたしってぇ……」
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(11)
落ち込みに落ち込んでいるキン肉マンルージュに、ミーノは親指を立てて笑顔を向ける。
「大丈夫ですぅ! 例えコスチュームが破れても! 汚れても! おしっこで濡れちゃっても! マッスルジュエルの力で、すぐにコスチュームチェンジすることが可能ですぅ!」
「え? そうなの?」
「“マッスルフォーゼ”と唱えれば、いつでもどこでも変身できちゃうですぅ」
キン肉マンルージュはお尻を突き出しながら、手でハートを作ってウィンクする。
「マッスルッ、フォ~~ゥゼッ!」
「……えーと、ポーズはいらないのですがぁ」
ミーノが苦笑いしているのをよそに、キン肉マンルージュは再び、慈愛の光、マッスルアフェクションに包まれた。そして、キン肉マンルージュは再び、光の中で丸裸にされてしまう。
「いやあああぁぁぁあああぁぁぁん! 裸にされちゃうのって、絶対なの? ミーノちゃん、これって外から見えてないよね? ないよね!?」
「大丈夫ですぅ。全然見えていないのですぅ」
「絶対? 絶対の絶対? ぜったい中の絶対の中のゼッタイ? マッスル絶対!?」
「外からは真っピンクな光の塊にしか見えないのですぅ。なので、全然見えませんから、ご安心くださいですぅ」
キン肉マンルージュは光の中で、恥ずかしそうに身をよじる。
「うう……でもぉ……いくら外から見えなくてもぉ……人前で裸になるのぉ……恥ずかしいよぉ」
キン肉マンルージュは、光の中で新しいコスチュームを身につけられ、そして慈愛の光、マッスルアフェクションはパァッと弾け消えた。
新たなコスチュームを身につけ、光の中から登場したキン肉マンルージュは、凛々しい顔をして宙を見つめている。そしてビシぃっとポーズを決め、声を張り上げる。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」
ばっちり決まったキン肉マンルージュに向かって、ミーノは全力で拍手をする。
「お見事ですぅ、キン肉マンルージュ様!」
そして笑顔で拍手を続けるミーノは、ぼそりと呟く。
「……ところで、なぜポーズをとったり、決め台詞を言い放ったりするのですぅ? ……そのようなことをなさらなくても、マッスルフォーゼとおっしゃるだけで、大丈夫なのですぅ」
キン肉マンルージュは目をギラリと光らせ、ミーノの両肩を掴んだ。そして目の据わった真顔で、ミーノを真っ直ぐに見つめる。
「必要よ、ミーノちゃん……正義のスーパーヒロイン、キン肉マンルージュにはね……絶対に必要なの、ポーズと決め台詞は……いい? 心して聞いて欲しいんだけど……敵の前で堂々と名乗り、決め台詞を言い放って、ポーズを決める……これはね、正義のヒーローやヒロインにとってはね、戦闘前の儀式であって、礼儀であって、お約束であって、絶対的必須行為……無くてはならない、極めて重要なものなの……わかろうね、そこんところは……ね? ミーノちゃん……」
ほの暗い笑みを浮かべながら、異様な迫力でミーノを追い詰めるキン肉マンルージュ。
ミーノは目を泳がせ、ひきつった笑みを浮かべながら、話題を変えるべく口を開く。
「え、えーとぉ……そ、そうですぅ! グレート・ザ・屍豪鬼とのバトルについて、話しておくべきことがあるのですぅ!」
キン肉マンルージュは、そっとミーノの肩から手を離し、パッとテーブルの上に乗って正座をする。
「お聞きしましょう、ミーノ殿」
かしこまるキン肉マンルージュに負けないくらいに、ミーノはかしこまってキン肉マンルージュの目の前で正座をする。
「お話しましょう、キン肉マンルージュ様」
ミーノは両膝を掴みながら肩をすくめ、なにやら言いにくそうに話しだした。
「……実は……大変申し上げにくいことなのですが……キン肉マンルージュ様、あなたには……重大な欠点があるのですぅ」
「重大な欠点?!」
「そうです。欠点です……先程、グレート・ザ・屍豪鬼も申していましたが……あなたは元々は、ただの人間。ましてや格闘経験が皆無な、年頃乙女様。例えマッスルジュエルによって超人になったとしても、それはあくまで、身体的なことなのです」
キン肉マンルージュの顔が青くなっていく。
「ミーノちゃん……それって、つまり……」
「つまり、あなたは肉体こそキン肉マンと同等になりましたが、頭の中……精神については、年頃乙女様のままなのですぅ……いくら超人の肉体を手に入れても、知識も無い、経験も無いのでは……」
ミーノの顔が、ひときわ険しくなる。
「とてもではないですが、まともに戦うことなんて不可能ですぅ……それどころか……間違いなく、なぶり殺しにされてしまいますぅ……」
“ばああぁぁん”
キン肉マンルージュは身を乗り出して、両手をテーブルに打ちつけた。
「それじゃあ、わたし、悪行超人にむざむざ殺されに行くってこと?!」
ミーノは、びくんと、身を震わせた。
「ももも、申し訳ございませんですぅ!」
ミーノは額をテーブルに擦り付けるように頭を下げ、思わず見とれてしまうほどに美しい土下座を披露した。その土下座の洗練さは、これまでに幾千、幾万、幾億と、数え切れないほどの土下座を、ミーノが絶え間なく行い続けてきたことを物語っている。
「す、凄い土下座だね。ミーノちゃん」
キン肉マンルージュは頬に汗を伝わせながら、土下座をしているミーノを見つめている。
「私、いつも失敗ばかりしていたので……キン肉王家の使用人として雇っていただいていた私は、毎日、毎日、数え切れないほどの失敗をし続けて……それで、失敗の数と同じだけ、土下座をしてきたのですぅ……そうしたら、使用人のチーフから、土下座だけならキン肉星いちだな、って言われましたですぅ……」
他人事とは思えない――キン肉マンルージュは、ひどく切ない気持ちにさせられた。
頭を下げ続けているミーノは、話しを続ける。
「まさか……まさか、あなたのような年頃乙女様が適合者様だなんて、本当の本当に、思わなかったのですぅ」
頭を下げているので、ミーノの顔を確認することはできない。しかし、ぐすん、ぐずり、と湿った鼻音が混じった、悲哀に満ちた声が、キン肉マンルージュの耳に届く。
「たくさん、たくさん……探したのですぅ……色々な星を……たくさんの星を巡って……ひとりで……たくさん、たくさん……探し回ったのですぅ……」
「ミーノちゃん……」
泣きながら語るミーノを、キン肉マンルージュは胸を痛めながら見つめる。
「探して、探して……探しに探して……探し尽くして……それで、やっとの思いで見つけたのは……まさかまさかの、年頃乙女様!」
「ミ、ミーノちゃん?」
悲痛な声で語っていたミーノは、今までの苦労を話しているうちに、だんだんと怒りが溜まっていった。声にもだんだんと、怒りが混じっていく。
「マッスルジュエルはシークレット中のトップシークレットですぅ! とってもとぉっても、重要で、重大で、大事な、正義超人界の至宝ですぅ!」
ミーノの目がすわっている。キン肉マンルージュはひきつった苦笑いを浮かべながら、身体をこわばらせる。
「だから当然、適合者様は屈強で、慈愛に満ちた、心身ともに洗練された至高の超人! 超人の中の超人! ベストオブ超人! 超人ナンバーワーン! ……だと、思っていたのですぅ!」
気持ちが高ぶったミーノは、興奮しきっている。
「なのに! なのになのに! あなたのような年頃乙女な、ただの人間?! ありえません! 信じられません! オー、マイ、へのつっぱり! ですぅ!」
“ばああぁぁん”
気持ちが高ぶりきったミーノは、怒りまかせにテーブルを叩きつけた。
「ひゃんッ」
キン肉マンルージュは、びくんと身を震わせる。
「こここ、言葉の意味はよくわからんが、とにかくすごい、ごめんなさいッスル!」
そしてキン肉マンルージュは、ミーノに負けないほどに美麗な、見事すぎる土下座を披露した。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(12)
「ごめんなさい! ごめんなさぁい! ごめんなさいいいぃぃぃいいい!」
キン肉マンルージュは額をテーブルに擦り付けながら、必死になって謝り続けた。その姿は、まさに職人。土下座職人である。並々ならぬ修練によって身につけたものであることが、ひしひしと伝わってくる。
「す、凄い土下座ですぅ。キン肉マンルージュ様」
ミーノはキン肉マンルージュの素晴らしい土下座を見つめながら、ごくりと、生唾を飲んだ。
「わたしね、幼女の頃からね、ずっとずっとね、いじめられてたの……わたしはね、生まれながらの真性いじめられっ娘なの……それでね、いじめられた数と同じだけ、土下座をしてきたの……そうしたら、いじめっ子から、おまえは土下座だけなら地球いちだな、って言われちゃったの……」
他人事とは思えない――ミーノは、ひどく切ない気持ちにさせられた。
頭を下げ続けているキン肉マンルージュは、話しを続ける。
「……ミーノちゃん、わたし……殺されちゃうんだよね……16歳という若い美空で……人生の終焉を迎えるんだよね……」
ミーノは、びくくんと、全身を震わせた。
「ごめんなさいですぅ! ごめんなさぁいですぅ! ごめんなさいですぅぅぅうううぅぅぅ!」
ミーノはキン肉マンルージュに勝るとも劣らない、素敵すぎる土下座を披露する。額から血が流れるほどに、頭を下げ続けている。
「ごめんなさい! ごめんなさぁい! ごめんなさいいいぃぃぃいいい!」
「ごめんなさいですぅ! ごめんなさぁいですぅ! ごめんなさいですぅぅぅうううぅぅぅ!」
ふたりの少女がテーブル上で、互いに土下座合戦をしている。
“ぱああぁぁああぁぁ”
あまりにも激しい土下座のせいで、ふたりの後ろには、神々しい土下座神の姿がうつしだされている。
「おやめなさい! ふたりとも!」
よく通る美しい声が、ふたりの耳を吹き抜けた。その声は、優しくも厳しい、暖かくも力強い、心に響く声であった。
キン肉マンルージュとミーノはバッと頭を上げ、声がした入り口のあたりに、シュバッと顔を向ける。
開かれた入り口の扉の前に、美しい女性がたたずんでいた。
女性は、自己主張の少ない控えめな美人という印象を周囲に与えつつも、その容姿は美しすぎる。女性はそれほどの美貌の持ち主で、美しすぎる美熟女である。
「お、お母さん!」
美熟女の姿を見て、キン肉マンルージュは驚きの声を上げた。
「お母様? キン肉マンルージュ様の?」
扉から差し込む日の光が逆光となり、ミーノからは美熟女のシルエットしか確認できない。ミーノは目の上に手をかざし、眩しげに目を細める。
「凛香ちゃんなら大丈夫よ。堂々と戦ってらっしゃい」
美熟女はキン肉マンルージュのそばまで歩み寄り、優しく微笑みかけた。
「あ、あなた様は!」
ミーノは目を見開いて、驚きの声を上げた。
「二階堂マリ様!」
“ずどしゃぁん”
驚きのあまりに、ミーノはテーブルから転げ落ちてしまう。
「あらあら、大丈夫?」
マリはミーノに手を差し伸べた。ミーノは後頭部を撫でながら、頬を赤らめてマリの手を取った。
「ミートおにぃちゃんの初恋の人、二階堂マリ様」
ミーノは呟きながら、マリの前で片ひざをつき、手を胸に当てる。そして、深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかりまして、光栄でございますぅ」
マリは両手を膝に置き、ミーノと同じ目線になるように腰を屈めた。
「あなた、ミートくんの妹さん?」
ミーノはマリの言葉を聞いて、ハッとした。
「あ! いえ! ミートおにぃ……じゃなくて、ミート様ですぅ! け、決して私は、ミート様の妹などではございませんですぅ! ……あの、その、ミート様は、私の義理のおにぃちゃんで……あ! それは秘密でして! ……その、あの、私は……私はミート様の、ただのお世話役なのですぅ!」
あたふたと慌てふためくミーノは、目がぐるぐると渦を巻いている。
「その、その、あの、あの……私、キン肉王家の使用人としては、すっごいドジで……ドジドジのドジで……どうしようもなく、ドジすぎなのですぅ……ある日、ドジすぎて使い物にならないと判断されてしまった私は、戦力外通知……つまり、クビを宣告されてしまったのですぅ……でも、そんなできの悪い私を、ミート様は……自分のお世話係に欲しいと、言ってくれたのですぅ」
ミーノは目を潤ませ、うつむいてしまう。
「ミート様、本当はお世話係が欲しかったのではなくて……私がクビにならないように、かばってくれたのですぅ……そしてミート様は、どうしようもなく不出来な私を、きちんと教育してくれたのですぅ……たくさんのしつけを、たくさんの勉強を……ミート様は私を、たくさんお世話してくれたのですぅ……これでは、どちらがお世話係なのか、わからないのですぅ……なので……だから……」
身体を震わせながらうつむいていたミーノは、突然、顔を上げる。
「ミート様は私を救ってくださった、恩人ですぅ! そして私を育ててくれた、おにぃちゃんですぅ!」
控室中にミーノの声が響き渡る。ミーノは慌てて、両手で口を塞いだ。そして、ぽそっと呟く。
「……というのは、秘密なのですぅ」
ミーノの話を聞きいっていたマリとキン肉マンルージュは、なるほどと手を叩いた。
「つまりミートくんは、あなたの育ての親であって、あなたのお兄さんなのね」
「そうですぅ……って、それは秘密なのですぅ! ……でも、そうですぅ」
ミーノは両腕をばたばたさせながら、首を左右に振ったり、縦に振ってうなずいたり、パニックになっている。
「ごめんなさいね、ミーノちゃん。困らせるような質問をしてしまって」
困惑しているミーノに寄り添い、マリはミーノの頭を優しく撫でた。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(13)
「ミーノちゃんには、他人に知られてはいけない、秘密の事情があるのね。でも大丈夫、決して他の人に話したりはしないから」
マリはミーノの顔の前で、小指を立てて見せる。
「は、はい! ありがとうございますぅ!」
ミーノは自分の小指を、マリの小指に絡ませた。そして、指きりげんまんの歌詞を口ずさむ。
「ゆーびきーりげーんまーん、うっそついたら、素顔を人前に、さ~らすッ! ゆーびきったーッ! ですぅ!」
キン肉マンルージュはキョトンとした顔で、ミーノを見つめる。
「その指きり、キン肉星の指きりなの?」
「はい、そうですぅ! “キン肉族は生涯、マスクをかぶって過ごし、もしも誰かに素顔を見られたら死ななければならない”……という掟を見事に表現した、キン肉星ならではの指きりですぅ!」
「……おちゃめだけど、しゃれになってないね、その指きり……」
「針を千本も飲ませるという非人道的な拷問を強要する日本の指きりより、はるかに人道的な気がしますですぅ」
マリはキン肉マンルージュの肩を、ちょんちょんと人差し指でつつく。
「凛香ちゃん? 私には、テーブルの上に座るというお行儀の悪い行為も、非人道的だと思うのだけど」
キン肉マンルージュはハッとして、マリの方に顔を向ける。そこには、にっこりと笑顔を浮かべているマリがいた。しかし、得も知れない迫力が、その笑顔にはあった。
「ご、ごめんなさい! マリお母さん!」
“ずどしゃぁん”
焦ったキン肉マンルージュは慌てふためき、勢い余ってテーブルから落下してしまう。
激しく打ちつけた顔と腰をさすりながら、キン肉マンルージュはゆっくりと身体を起こす。
「はじめまして、ミーノちゃん」
マリは笑顔のまま、ミーノに話しかける。
「ミーノちゃんの事情は少しだけどわかったわ。だから、今度は私達のことをお話しないとね。私は二階堂マリと申します。住之江幼稚園の園長をしています。そして」
マリはキン肉マンルージュの肩を掴んで、抱き寄せた。
「この子は凛香。私の園に住んでいる、私の子供のひとりよ」
キン肉マンルージュは顔を赤らめ、もじもじと恥ずかしそうに身をよじる。
「わたし、ね。凛子お姉ちゃんと同じなの。赤ちゃんだったわたしはね、園の前で捨てられてたんだって。そんなわたしを育ててくれたのが、マリお母さんなの」
ミーノは“凛子”の言葉を聞いてハッとする。
「凛子様! あの万太郎王子様のガールフレンドの! ……そうですか。凛子様、凛香様、おふたりには共通の辛い過去があったのですね……つまり、凛子様と凛香様は、義理のご姉妹なのですね!」
ミーノは目を輝かせて、キン肉マンルージュを見つめる。
「私も、赤ちゃんのときにキン肉王家に拾われた身なのですぅ。なんだか凛香様とは、とても深い縁というか、強い運命を感じますですぅ!」
ミーノは、がっしりと、キン肉マンルージュの手を握った。
「そうだよね。わたしもミーノちゃんのこと、他人とは思えないもん!」
ふたりは手を握り合いながら、きゃっきゃとその場で飛び跳ねる。
“間もなく、キン肉マンルージュ選手の入場ですッ! 登場口にご注目をッ!”
外から入場を促すアナウンスが聞こえてきた。
いつの間にか、選手入場の時間になっていた。
キン肉マンルージュとミーノは顔を見合わせながら、青ざめていく。
「試合の対策、たてられなかったですぅ!」
「ただ自己紹介しただけで終わっちゃったよぉ!」
キン肉マンルージュとミーノは頭を抱えて、床上で身悶える。
「わたし、どうしたらいいの? 何をどうすればいいのか、さっぱりわかんないよ?! このままじゃ、本当に殺されちゃうよ!」
「ああああああ、ごめんなさいですぅ! ごぉめんなさいですぅ! 何のアドバイスもできませんでしたですぅ!」
床上で転げまわるキン肉マンルージュとミーノに、マリは言葉を掛ける。
「凛香ちゃん、ミーノちゃん、このまま選手入場なさい」
キン肉マンルージュとミーノはエッと驚いて、マリに注目する。
「大丈夫だから、思いっきり戦いなさい、凛香ちゃん」
そう言ってマリは、ミーノの手を掴み、出入り口の扉に向かう。
「先にミーノちゃんと行って、待っているわ」
マリに手を引かれているミーノは焦って、キン肉マンルージュの方を振り返る。
「ええ? えええええ?! そんな、アドバイスも対策も、何もしていないのですぅ! それなのに、グレート・ザ・屍豪鬼に勝てるわけがないのですぅ! こんな状態でリングの上に立つなんて、無謀ですぅ! 自殺行為ですぅ! これでは、キン肉マンルージュ様を見殺しにするのと同じなのですぅ!」
マリを止めるべく、ミーノは立ち止った。しかしマリは、強い眼差しをミーノに向けた。
「大丈夫だから、凛香ちゃんを信じてあげて」
ミーノはマリの目を見て、根拠の無い納得を得る。なぜだかマリを見ていると、本気で大丈夫なような気がしてくる。
ミーノは不安げな顔をしながらも、黙ってマリと一緒に扉に向かう。
「……マリお母さんが言うんだもん、絶対に大丈夫だよ」
ミーノの耳に、キン肉マンルージュの呟きが届いた。ミーノはふとキン肉マンルージュの方に顔を向ける。そこには、気力と気合に満ち溢れた、堂々としたファイターの顔をしたキン肉マンルージュがいた。
「行きますよ、ミーノちゃん」
マリは振り返ることなく、ミーノの手を引いて外に出た。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(14)
控室を出ると、そこにはリングまで続くスロープが用意されていた。マリはスロープを使わず、地上からリングに向かって歩を進める。
「ミーノちゃん。キン肉マンルージュは、キン肉マンさんの全てを受け継いでいるのでしょう?」
「は、はい。そうなのですぅ」
「ならきっと、やってくれるわよ、あの子」
「え? やってくれる? 何をですぅ?」
頭の中を疑問符でいっぱいにしているミーノをよそに、マリは落ちつき払ってキン肉マンルージュの入場を待つ。
“れでぃーす、あぇんど、じぇんとるマッスル!”
会場に設置されているスピーカーから、突然の大音量で、キン肉マンルージュの肉声が流れだした。
“プリプリプリティ、ルージュなマッソォゥル! キュンキュンキュートなハートもマッソォゥル!”
そしてキン肉マンルージュによる、謎のアカペラソングが始まった。
「???なんですぅ、これは???」
ミーノは目を疑問符にした。
「ふふふ、この歌はね、凛香ちゃんが小さい頃から口ずさんでいた、オリジナルソングなの」
“全身ピンク、でもルージュ(赤!)マッスル守護天使、キン肉マンルージュゥッ!”
キン肉マンルージュのテーマソングと思われるその歌は、魔法少女もののアニメを彷彿とさせる。可愛らしくも勇ましく、少女らしさと幼女っぽさが入り混じった、パッションピンクに包まれた気分にさせられる歌であった。
“超人強度は控えめだけど~、絶対倒すよ悪行超人~”
会場は突然流れ出したアカペラソングに、騒然となっている。なんとも言い難い雰囲気に包まれた会場に向かって、控室の出入り口から勢いよくキン肉マンルージュが飛び出してきた。
“おおおおお! ……んんんんん?!”
キン肉マンルージュの登場を心待ちにしていた観客は、キン肉マンルージュの姿を目の当たりにして、頭の中を疑問符でいっぱいにした。
観衆の前に颯爽と現れたキン肉マンルージュ。その手には、先端に大きなハートのついたバトンが握られていた。そしてハートの中心には、丸文字で“肉”の文字が刻まれている。
更にキン肉マンルージュの背中には、天使を思わせる真っ白な翼が生えている。
だが、観客が頭の中を疑問符でいっぱいにしたのは、キン肉マンルージュがまとっているコスチュームにあった。
キン肉マンルージュが着ているのはメイド服。黒と白を基調とし、指し色にピンクが使われている、フリルいっぱいのメイド服。
スカートは、足首まで隠れるほどに長い丈ではあるが、パラソルのように膨らみ広がっているので、太ももがあらわになっている。
脚には真っ白なニーソックス、足には黒いエナメルの可愛らしい靴を履いている。
「?????こ、これは、いったい????? ですぅ」
リングサイドまで辿り着いたミーノは、キン肉マンルージュの姿を見て、思考が止まってしまった。
「短時間で作ったわりにはよくできているけれど、バトンと翼は段ボール、衣装は控室にあったものを拝借したみたいね」
マリはいたって冷静に解説をする。
状況が把握できないでいる観衆を、更においてきぼりにするかのように、キン肉マンルージュはかん高い、幼な可愛い声を発する。
「女は度胸! 2も度胸! 3、4がないなら、それも度胸!」
そしてキン肉マンルージュはお尻を突き出し、身をくねらせる。バトンをくるくると回しながら、もう片方の手を軽く握り、口にあてがう。
「キン肉マンルージュの半分は、度胸と優しさでできてマッスル!」
キン肉マンルージュは投げキッスをしながらウィンクをした。そしてリングに向かって走り出す。
しかしリング手前まできたところで、キン肉マンルージュは何も無いのにつまづいた。そして顔面を思い切りスロープ上に打ちつけて、派手に転んでしまった。
“どっ!”
観客席から怒涛の笑いが巻き起こる。
“ぎゃあっはっははははは! さすがはキン肉マンの名を持つ超人ちゃん!”
“これだよ、これ! 待ってました! このとんでも、おもしろ、リングイン! これだからキン肉族の試合は目が離せねぇ!”
笑いの大波が押し寄せる中、キン肉マンルージュは転んだ勢いで、ごろごろとでんぐり返しを続けている。そして突然、“とぅ”という威勢のよい声と共に、キン肉マンルージュは飛び上がった。
宙を舞うキン肉マンルージュは、身体を捻ったり、回転したり、エビ反ったりと、様々な動きを披露しながら、リングに向かって飛んでいる。
“ずだぁん”
無事、着地。そしてキン肉マンルージュは段ボール製のバトンをグレート・ザ・屍豪鬼に突きつけ、勇ましいドヤ顔を向ける。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」
「言葉の意味は全く解らんが、とにかく無駄にすごい自信じゃのお」
先にリングインをして、自陣のコーナーポストの先端であぐらをかいていたグレート・ザ・屍豪鬼は、大きなあくびをしながら立ち上がった。
「わざわざすまんのお、儂のためにマッスルジュエルを運んできてもらって」
そう言ってグレート・ザ・屍豪鬼は、コーナーポストの先端からキン肉マンルージュに向かって飛び上がった。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(15)
“どずぅん”
グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの目の前に着地した。キン肉マンルージュの鼻先1センチメートル先に、グレート・ザ・屍豪鬼のいかつい顔がある。
「よく逃げ出さずに、のこのこやってきたのお。褒めてやるぞい。ご褒美に、特別中の特別メニューで、しごきにしごき抜いてやるぞい!」
1センチメートルという至近距離で、グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュを睨みつけた。そのあまりの迫力のせいで、リング上に突風が吹き抜ける。
「ひっ」
風にツインテールをなびかせながら、キン肉マンルージュは小さな悲鳴を上げた。目は涙目になっている。
「シゴシゴシゴッ! 儂の邪悪なオーラに恐れをなしたか!」
そしてグレート・ザ・屍豪鬼は、歪んだ笑みを浮かべる。
「まぁあた、漏らしよったか? ションベンを! おいおい嬢ちゃんよお、これ以上神聖なリングを汚さんでくれんかのお? おっと、むしろ浄化しとるのか? 聖水でのお! シゴシゴシゴッ!」
皮肉と嫌味の詰まった、悪意の塊のようなグレート・ザ・屍豪鬼の言葉が、キン肉マンルージュを襲う。しかしキン肉マンルージュは首を振って、目に溜まった涙を払い飛ばし、強い眼差しでグレート・ザ・屍豪鬼を睨みつける。
「おしっこを漏らすのは、あんたの方よ!」
“ずごぉん”
鈍い肉音が周囲に響く。心なしか、チンという金属音が混じっていたような気がする。
「ぐっ! ぐおわおぉぉぉッ!」
グレート・ザ・屍豪鬼はその場で飛び上がり、股間を両手で押さえている。そして悶絶しながら、ドタバタとリング上を転げまわる。
「48の殺人技のひとつ、マッスル会心のキン的!」
キン肉マンルージュは膝蹴りのポーズをとったまま、真剣な顔をグレート・ザ・屍豪鬼に向けている。そして静かに息を吐き、言った。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル」
グレート・ザ・屍豪鬼は涙目になりながら、キン肉マンルージュを睨みつける。
「こんのションベンガキ超人めが! ふざけた真似しくさりおって!」
「わたし、ションベンガキ超人なんかじゃないもん! このセクハラパワハラおやじ超人!」
キン肉マンルージュも、負けじとグレート・ザ・屍豪鬼を睨みつける。
「シゴシゴシゴッ! 笑わせるわい、ションベンガキ超人めが! どうせまた、漏らしちまったんじゃろう? ションベンを! さっきからションベン臭いんじゃい、貴様は!」
「あんたこそマッスル会心のキン的で、ちびったんじゃないの? あんたなんて、尿臭にプラスして、加齢臭までするもんね!」
ふたりは睨みあいながら、火花を散らす。
『本当は少しだけ、ちびちゃったんだよね、じゅんって……』
心の中でそっと呟くキン肉マンルージュ。
『本当は2、3滴ちょろろんと出ちまったんじゃがのお、小便……』
心の中でそっと呟くグレート・ザ・屍豪鬼。
ふたりは自分の股間をちらっと見て、そして再び睨みあう。
「本当は漏らしちまったんじゃろうが! だったらしょうがない、特別に儂のパンツを貸してやるわい! さっさと、いま履いているションベンパンツを脱いで、この場で履き換えてみせろい! このションベンガキ超人!」
「うわー! うわー! 超セクハラ! 超人警察にワイセツ罪で捕まりなさい! それ以前に、あんたなんかのパンツなんて触りたくもないわよ! 変な病気をうつされちゃうもん! このバイオハザード超人!」
「言うにこと欠いてバイオハザード超人じゃとお! 儂は生まれてこの方、風邪すらひいたことがない、超健康優良悪行超人様じゃい!」
いがみ合うふたりは、今にも掴みかかりそうな勢いである。
「こんのションベンガキ超人めが! いい気になりおってからに! 今すぐ八つ裂きにしてくれるわ!」
「こんのおやじ超人! 今度はマッスル会心のキン的プレミアムで、いちもつを粉砕してやるんだから!」
怒り狂ったふたりはしびれを切らし、遂に、お互い跳びかかった。
「双方ともお止めなさい!」
突然、凛とした美声がリング上を吹き抜けた。会場中に響き渡ったその声は、聞く者全ての心に喝を入れた。
キン肉マンルージュとグレート・ザ・屍豪鬼は、リング中央で立ち止まった。あと数ミリメートルで激突、というぎりぎりの状態で、ふたりは静止している。
「ゴングを待たずに、勝手に試合を始めるなんて、言語道断。ゴングに始まり、ゴングに終わる。それがリング上で戦う者の礼儀でしょう」
キン肉マンルージュとグレート・ザ・屍豪鬼は、声の主の元へ顔を向ける。
「ごめんなさい。マリお母さん」
キン肉マンルージュは後悔の表情を浮かべて、自陣のコーナーポストに戻った。
「マリ? だとお……もしや、あの二階堂マリか! 昔、キン肉マンと付き合っていたとかいう女か! ……シゴシゴシゴッ! こいつは面白くなってきおったわい!」
グレート・ザ・屍豪鬼は薄ら笑いながら、マリを睨んだ。対するマリは、涼しい顔をグレート・ザ・屍豪鬼に向けている。
「その全く物怖じしない態度、そこのションベンガキ超人なんぞより、よっぽど肝が据わっておるわい。さすがは二階堂マリじゃあ」 グレート・ザ・屍豪鬼はマリに背を向け、自陣のコーナーポストに向かう。
「あの正義超人随一の名セコンドである、ミートにも匹敵するほどの影響力を持つと言われている、脅威の女。ミートとは違ったアプローチで、選手に的確なアドバイスを贈るという」
グレート・ザ・屍豪鬼はコーナーポストにもたれ掛かかりながら、両腕をロープ上に乗せる。
「さあ! ゴングを鳴らせい! 例え超一流のセコンドがつこうが、キン肉マンの力を受け継いでいようが、こんなションベンガキ超人なんぞ、儂の敵ではないわい! d.M.pメイキング超人であったグレート・ザ・屍豪鬼様の恐ろしさ、とくと目に焼きつけるがいいわ!」
自陣のコーナーポストに寄りかかって凄むグレート・ザ・屍豪鬼。対するキン肉マンルージュは、自陣のコーナーポストと向き合いながら、キャンバスに顔を向けている。がちがちと歯を鳴らし、肩がぶるぶる震えている。
「大丈夫よ、凛香ちゃん」
マリはキン肉マンルージュに近寄って、声を掛ける。
「あなたは今、キン肉マンルージュなのよ。小さい頃から思い描いてきた、胸焦がれ憧れてきた、キン肉マンルージュなの。だから自分を信じて、思い切り暴れてらっしゃい」
マリの言葉が耳に届いたキン肉マンルージュは、目の輝きを取り戻す。
「わたしはキン肉マンルージュ! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」
キン肉マンルージュは両手でロープを掴み、引っ張る。そしてロープの反動を利用して、後方に向かって飛んだ。飛び上がった勢いで、キン肉マンルージュの背に生えている翼、腰に掛かっているバトン、特殊デザインのメイド服は脱げ落ちる。そしてリングサイドにいるミーノに、それらがバサバサと降りかかった。
「え? え? ええ? はわわわわあ! ですぅ!」
ミーノは降りかかってくるキン肉マンルージュの追加コスチュームを、必死になって回収する。
そんなミーノを尻目に、キン肉マンルージュは宙で回転し、リング中央に着地する。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」
キン肉マンルージュの決め台詞が言い放たれた直後、“カーン!”と、試合開始のゴングが鳴り響いた。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(16)
「シゴシゴシゴッ! この一撃で、貴様は終いじゃい!」
グレート・ザ・屍豪鬼はゴングと同時に、キン肉マンルージュに向かって突っ込んでいく。グレート・ザ・屍豪鬼は自陣のコーナーポストから相手側のコーナーポストまで、一気に走り抜けた。
“ずがしゃぁあん!”
キン肉マンルージュ側のコーナーポストに、グレート・ザ・屍豪鬼の身体がめり込む。
グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュに、体当たりを喰らわした。
「シゴシゴシゴッ! 試合開始直後の出会いがしらで、いきなりのタックルじゃい! 素人のションベンガキ超人には絶対に避けられん、完璧なタックルじゃい!」
グレート・ザ・屍豪鬼は高らかに笑い上げながら、コーナーポストからゆっくりと身を起こした。
しかし、そこにはキン肉マンルージュの姿は無かった。
「うふふ、そんなお粗末な猛牛タックル、このキン肉マンルージュには当たりませんッスル!」
背後からキン肉マンルージュの声が聞こえたグレート・ザ・屍豪鬼は、猛烈な勢いでリング中央に向き直る。
「バカな! 儂のタックルをかわしただとお?! スピードも、タイミングも、勢いも、完璧じゃった儂のタックルを!? なぜじゃい! なぜ避けられたんじゃい!」
グレート・ザ・屍豪鬼はギリリィと歯を鳴らした。そして息をつく間も無く、再びリング中央にいるキン肉マンルージュに向かって突っ込んでいく。
「これならどうじゃい!」
キン肉マンルージュと激突する寸前に、グレート・ザ・屍豪鬼は急なスピンをして身体を半回転させる。そしてキン肉マンルージュの真横に移動した。
グレート・ザ・屍豪鬼の動きに反応できないのか、キン肉マンルージュは微動だにせずにその場で立ち尽くしている。
「今度こそ終いじゃい!」
グレート・ザ・屍豪鬼は、身体全体をキン肉マンルージュにぶち当てる。
しかしグレート・ザ・屍豪鬼は、手応えを感じられなかった。
「ッ!! ……バカな」
キン肉マンルージュは涼しい顔をして、リング中央にたたずんでいる。
「今のフェイントは完全に貴様の虚をついていた……今のタックルが避けられる奴なんぞ、d.M.pにも数えるほどしかおらんかったぞお」
驚きを隠せないグレート・ザ・屍豪鬼は、周囲に耳を傾け、観客の声に集中する。
“うおおぉぉおおッ! すげぇぜ! まるで闘牛だぜ!”
“キン肉マンルージュちゃん、しびれるぜぇ! グレート・ザ・屍豪鬼の攻撃を、紙一重ですり抜けるなんて!”
「……そういうことかい」
グレート・ザ・屍豪鬼は、キン肉マンルージュに向かって正対する。そして隙の無い構えをとる。
「どうやら虚をつかれたのは、儂の方だったようじゃのお。貴様は儂の気配を察知しながら、同時に儂の攻撃を予測し、そして紙一重で、儂の攻撃をかわしていたようじゃなあ」
観客の言葉から状況を分析する、グレート・ザ・屍豪鬼。
「偶然、ではないな。偶然は2度も続かんもんじゃい。儂の攻撃を2度も避けた……認めようじゃないか、貴様を。一流の超人だと」
グレート・ザ・屍豪鬼の言葉を聞いた観客は、沸きに沸きだした。
“すげぇ! すんげぇ! 本物だぁ! キン肉マンルージュの実力は本物だぁ!”
“ガゼルマンを秒殺したグレート・ザ・屍豪鬼が認めたぁ! キン肉マンルージュは本物の正義超人だぜぇ!”
沸き立つ観客を尻目に、リングサイドからふたりの戦いを見守っているマリは、冷静に呟いた。
「凛香ちゃんが秘めている能力に、いち早く気がつくなんて、凄いわねグレート・ザ・屍豪鬼。更に観客の反応から、相手の実力を測ってしまう分析能力。そして相手を一流と認めたら、すぐに気持ちを切り替える精神コントロールの高さ。さすがは一流のベテラン超人ね」
マリの横で、ミーノは呆然としながらキン肉マンルージュを見つめている。
「すごいですぅ。本当にすごいのですぅ。2回タックルを避けただけですが、それでもすごさが伝わってきたですぅ! キン肉マンルージュ様……いったい何者なのでしょう、ですぅ」
観客の視線を独り占めにしているとも知らずに、キン肉マンルージュは冷静に、グレート・ザ・屍豪鬼に向かって構えをとっている。
「今度は、こっちの番ッスル!」
キン肉マンルージュは、グレート・ザ・屍豪鬼に向かって突進する。
そんなキン肉マンルージュを、グレート・ザ・屍豪鬼は集中して見つめる。
「……体当たり……と見せかけての……脇腹にミドルキックじゃな……」
グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの筋肉の動き、目線、息遣いなど、様々な情報を読み取っている。そして、次に繰り出される攻撃を予測する。
「シゴシゴシゴッ! 見切ったわあ! バカめが、返り討ちにしてくれるわあ!」
グレート・ザ・屍豪鬼の予測通り、キン肉マンルージュは体当たりと見せかけて、ミドルキックを放った。グレート・ザ・屍豪鬼は待っていたと言わんばかりに、キン肉マンルージュのミドルキックにカウンターをあわせ、豪快なラリアットを放った。
しかし、グレート・ザ・屍豪鬼のラリアットは宙を切り、かわりにキン肉マンルージュの肘が、グレート・ザ・屍豪鬼の脇腹に深々と突き刺さった。
「ぐふぁ!」
カウンター気味に入ったキン肉マンルージュの肘は、グレート・ザ・屍豪鬼の顔を歪ませた。
動きが止まるグレート・ザ・屍豪鬼。しかしキン肉マンルージュは、追い討ちの攻撃を仕掛けることはせず、グレート・ザ・屍豪鬼のそばから素早く離れ、リング中央にまで移動する。
「うふふ、返り討ちにしてやれなくて、残念でしたッスル!」
キン肉マンルージュはペロッと舌を出した。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(17)
「バカなあ……カウンターをカウンターで返しよった……」
グレート・ザ・屍豪鬼は苦悶の表情を浮かべながら、困惑している。
「しかも、この肘打ちの威力……いくらカウンターで入ったとはいえ……なんなんじゃあ、この違和感は……」
グレート・ザ・屍豪鬼は脳をフル回転させて、現状を分析する。
「じゃがなあ、貴様……相手の攻撃をかわしたり受けたりはできても、自分からは攻撃できぬのじゃろう? あくまでも相手の攻撃を誘発し、その瞬間を狙って攻撃をする……随分と玄人好みの、渋い戦い方じゃのお」
キン肉マンルージュはペロッと舌を出す。
「うふふ、残念でしたッスル!」
そしてキン肉マンルージュは、グレート・ザ・屍豪鬼に向かって突進する。
「シゴシゴシゴッ! 自ら攻撃へ転じるか! やれるものなら、やってみるがよいわあ!」
グレート・ザ・屍豪鬼は再び集中して、キン肉マンルージュを見つめる。
「……このタックル……下半身狙い……スライディングによるローキックか……」
グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの攻撃を予測した。
キン肉マンルージュはグレート・ザ・屍豪鬼の目の前にまでくると、膝を折って姿勢を低くした。
「やはり、脚狙いかあ!」
グレート・ザ・屍豪鬼は瞬時に反応し、宙へ飛び上がった。
「うふふ、残念でしたッスル!」
キン肉マンルージュはペロッと舌を出しながら、折った膝を急激に伸ばした。そしてそのまま、グレート・ザ・屍豪鬼を追うように飛び上がった。
「バカなあ! 膝を折ったのはスライディングの体勢に入るのではなく、跳躍するための溜めじゃったのかあ!」
「うふふ、正解でッスル!」
宙にいるグレート・ザ・屍豪鬼は、キン肉マンルージュの突進を避けることができない。グレート・ザ・屍豪鬼はとっさに腹部をガードした。
キン肉マンルージュはグレート・ザ・屍豪鬼がガードをしたのを見極めると、グレート・ザ・屍豪鬼に背を向けた。
「48の殺人技のひとつ、マッスルヒップスーパーボム!」
キン肉マンルージュの可愛らしいお尻が、グレート・ザ・屍豪鬼の顔面を打ちつける。
「アーンド! 48の殺人技のひとつ、マッスルヒップスーパービンタ!」
そしてキン肉マンルージュはお尻を思い切り振り、お尻で連続ビンタを喰らわす。
グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの激しい攻撃に、吹き飛ばされてしまう。しかし宙で体勢を整え、グレート・ザ・屍豪鬼は無事、リング上に着地する。
「くぅっそおぉぉったれえぇい! まさか自分からも攻撃ができるとはのお……」
ぽたぽたと血の滴が、キャンバス上に垂れ落ちる。グレート・ザ・屍豪鬼の鼻と口角から、血が滴り落ちている。
「女性超人のヒップアタックという、なんとも羨ましい……失礼、なんとも悩ましいキン肉マンルージュ選手の攻撃でしたが、グレート・ザ・屍豪鬼選手、思いのほか、かなりのダメージを負った模様。一体これは、どういうことなのでしょうか。中野さん」
実況席にいるアナウンサーが、解説者の中野さんに意見を求める。
「キン肉マンルージュ選手は、あの伝説超人キン肉マンの能力を受け継いでいますからねえ。か弱き少女のヒップアタックに見えますが、実際は時速100キロメートルで疾走する自動車に激突されたほどの衝撃があったと思われますよ、これは」
「違う! 違うんじゃあ!」
突然、グレート・ザ・屍豪鬼は声を上げた。
「ひぃッ」
アナウンサーと中野さんは驚いて、口をつぐんだ。
「肘打ち、ケツビンタの2連撃を受けてみて、ようやく解ったわい、違和感の正体があ!」
グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュを睨みつける。
「確かに伝説超人キン肉マンの力を受け継いでいるからのお、その攻撃には相当の威力というものが備わっておるわ。じゃがのお、威力がありすぎるんじゃい! さっきのヒップアタック、まるで時速100キロメートルで疾走する大型トラックに激突されたようじゃったわい!」
グレート・ザ・屍豪鬼は苦々しく顔を歪める。
「長らく悪行超人をやってきた、ベテラン超人である儂じゃからこそ解るんじゃあ! 貴様の攻撃は、いわば会心の一撃、クリティカルヒットじゃあ! 攻撃の入り所、角度、タイミング、などの様々な要素が重なり、通常以上の威力を発揮する攻撃……貴様はそう言った、いわばラッキーパンチのような攻撃を狙って、自在に放っておる! そうじゃろう? キン肉マンルージュよ!」
キン肉マンルージュはよく解らないという顔をして、グレート・ザ・屍豪鬼に答える。
「そんなの狙ってないもん! わたしはわたしができる、最高の攻撃をしているだけだもん!」
グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの言葉を聞いて、目を丸くした。
「なんじゃとお? じゃあ貴様は、無意識のうちにクリティカルヒットを放っておるのか? なんて奴じゃあ」
驚いているのは、グレート・ザ・屍豪鬼だけでは無かった。
“うおおおおお! マジかあ?! キン肉マンルージュちゃんは、全攻撃がクリティカルヒットなのかよお!”
“すげえぜ! 反則級のスゴ技だぜえ!”
観客が驚いている中で、マリはグレート・ザ・屍豪鬼を見つめていた。
「本当に凄いわ、グレート・ザ・屍豪鬼という超人。こんなに早く、凛香ちゃんの能力に気がつくなんて……」
呟くマリの言葉を聞いて、ミーノはマリに質問をする。
「凛香様、いえ、キン肉マンルージュ様の能力って、一体なんなのですぅ? いくらキン肉大王様の力を受け継いでいるとは言え、それだけでは説明できないことが、目の前で起きていますですぅ」
マリはキン肉マンルージュを見つめながら、説明を始める。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(18)
「凛香ちゃんはね、両親がいないせいなのか、とても引っ込み思案な子なの。内にこもってしまう、凛子ちゃんとは真逆の性格の子よ。そんな凛香ちゃんはね、小さい頃から大の正義超人好きだったわ。正義超人はね、自分よりもパワーが上の悪行超人をやっつけるでしょう。そして困っている人々を救うの。そんな姿が大好きで、ひたすらに正義超人に熱を入れ上げてたわ」
過去を振り返るマリは、優しい目でキン肉マンルージュを見つめている。
「凛香ちゃんは独自に、正義超人について調べ上げていたわ。毎日毎日、書籍、ビデオ、インターネット、画像、動画、様々なものに見入って……凛香ちゃんは正義超人の熱狂的ファン、今で言うところの……オタクなのよ」
「キン肉マンルージュ様は正義超人オタク、なのですぅ?」
マリは頷いて、話を続ける。
「確かに、ただの人間の女の子である凛香ちゃんが、いくら正義超人について調べ上げても、勉強をしても、研究しても、結局は正義超人オタク。それ以上でも、それ以下でもないわ。でも、もしも……もしも、そんな凛香ちゃんに、超人的な能力が備わったなら?」
「正義超人の全てを知り尽くした凛香様に、超人の能力が備わるのですぅ? ……それって! マッスルジュエルの力を得た、今の凛香様そのものですぅ!」
「凛香ちゃんはね、特に正義超人の試合の映像を好んで観ていたの。しかも、自分のお気に入りのシーンを抜粋して、編集までしていたわ。そのシーンの全てが、正義超人のクリティカルヒットが命中したシーンだったのよ」
ミーノは脳をフル回転させる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいですぅ! ……ええと、つまり、凛香様は……新旧問わず、正義超人達のプロフィールはもちろん、歴史、超人格闘術、そのほか様々な技や、果ては細かい癖なども、全て把握しているというわけですよね? ……そんなに膨大な情報、ヘラクレス・ファクトリーですら教えきれていないですぅ!」
ミーノは顎に手を当てながら、考え込んでいる。
「更に、正義超人のクリティカルヒットシーンを、毎日のように、繰り返し見続けたことによって……凛香様の脳裏には、クリティカルヒットシーンが得に焼きついていて……」
ミーノはぶつぶつと呟きながら、ぼんやりとした目で、宙を見つめている。
「そんな凛香様が、あの伝説超人キン肉マン様の力を受け継いだのですぅ……これって!」
ミーノは脳を回転させすぎて、ぷすぷすと頭から煙がたっている。
「今の凛香ちゃんは身体的にも、精神的にも、誰にも負けない超一流の超人よ。その実力はキン肉マンさん以上……というのは言いすぎだけれど、少なくともキン肉マンさんに匹敵するほどの実力を持った超人、だと言えるわね」
ミーノはその場でぐるぐる走り回りながら、きゃあきゃあと騒ぎ立てる。
「すごいですぅ! すごすぎなのですぅ! なぜマッスルジュエルが、ただの年頃乙女な人間である凛香様をお選びになられたのか、ようやく理解できた気がしますですぅ!」
はしゃいでいるミーノの横で、マリは表情を変えずに呟いた。
「でも、全く心配事が無いわけじゃないのだけれど……ね」
マリの呟きは、ミーノの耳には届かなかった。
「これでようやく、キン肉マンルージュ様の強さの秘密が解りましたですぅ! 相手の攻撃を避けるあの体裁きは、あらゆる中国拳法を極め、超人拳法の奥義“超人102芸”をも修得したラーメンマン様のものですぅ! そして突進力はバッファローマン様、瞬時に相手を分析して見極める能力はテリーマン様ですぅ! その他にも、たくさんの正義超人の能力がふんだんに使われていますですぅ! すごいですぅ! 本当の本当にすごいのですぅ!」
リングサイドではしゃいでいるミーノをよそに、キン肉マンルージュと攻防を続けているグレート・ザ・屍豪鬼は、動きを止めた。
「シゴシゴシゴッ! そういうことじゃったか! キン肉マンルージュ、どうりで強いわけじゃのお」
高らかに笑うグレート・ザ・屍豪鬼を見て、マリは気がついた。
「ミーノちゃん……どうやら私達の会話は、グレート・ザ・屍豪鬼に聞かれていたみたいね」
「えええええ!? ですぅ」
グレート・ザ・屍豪鬼はマリとミーノを見つめながら、にたりと笑った。
「情報収集というのはのお、相対する相手からのみ得るものじゃあないんじゃあ! ときには観客から、ときには実況アナウンスから、そしてときには相手のセコンドから……周囲を見逃さず、聞き逃さず……そうやって情報を集めるじゃい! じゃからのお、儂は通常の超人より視力、動体視力、聴力が、異常なまでに発達しておるんじゃあ!」
マリは表情を曇らせ、呟く。
「戦いの最中に、そこまで周囲に気を配れるなんて……末恐ろしい超人だわ、グレート・ザ・屍豪鬼」
「シゴシゴシゴッ! お褒めにあずかって光栄の極みじゃわい、二階堂マリよ。貴様の消え入りそうな声も、ちゃあんと儂の耳に届いておるぞお」
グレート・ザ・屍豪鬼はマリに向かって、意地悪く笑って見せる。
「さあて、そうと解れば、もう分析タイムは終いじゃあ」
グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの方に向き直る。
「キン肉マンルージュ、気をつけて! グレート・ザ・屍豪鬼はもう出し惜しみ無しで、全力の攻撃を仕掛けてくるわよ!」
マリはキン肉マンルージュに向けて、声を上げた。
「シゴシゴシゴッ! 二階堂マリの言うとおりじゃあ! ここからは全開でいくぞい!」
グレート・ザ・屍豪鬼は勢いをつけて、右腕を振り上げる。
「ブラッディ・バンブレ!」
グレート・ザ・屍豪鬼の腕が、赤黒い竹刀に変化する。
「喰らえい! しごき桜・乱れ咲きの刑!」
グレート・ザ・屍豪鬼は赤黒い竹刀を、キン肉マンルージュ目がけて振り下ろす。
“ずぐばしぃゅううぅぅぅん”
リング上の白いキャンバスに、鮮血の血桜が乱れ咲く。
「な……なぜ……なぜじゃあ……」
グレート・ザ・屍豪鬼はキャンバスに膝をつき、口から血を吐き出した。
「しごき桜・乱れ咲きの刑。その技はもう見切ってるし、攻略済みだもん」
「な、なんじゃとお……」
「しごき桜・乱れ咲きの刑、これってブラッディ・バンブレが起こす小型の嵐に、あんたの邪悪オーラを練り混ぜて、相手の身体を引き裂く技でしょう? 言いかえれば、邪悪な鎌いたち、ってとこかなあ」
グレート・ザ・屍豪鬼は言葉を失った。全くの図星であった。
「でもこの技って、あんたの正面にいなければ、攻撃を受けることは無いんだよね。だから技の発動の瞬間にね、あんたの真横に移動したんだよ。そしたらね、あんたの脇腹、超がつくほど隙だらけだったの。だからね、思いっきり、コークスクリューブローの連撃を打ちまくったの。そうだなあ、名付るとしたら……48の殺人技のひとつ、マッスルエターナルスクリュー!」
グレート・ザ・屍豪鬼は信じられないという顔を、キン肉マンルージュに向ける。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(19)
「こ、こうもあっさりと……儂のフェイバリット、しごき桜・乱れ咲きの刑を打ち破るとは……しかも、返し技まで仕掛けて……か、完全に破られたわい、貴様に……儂のしごき桜・乱れ咲きの刑が……」
ショックが隠しきれず、肩を落とすグレート・ザ・屍豪鬼。そんなグレート・ザ・屍豪鬼を見つめながら、アナウンサーは言った。
「しごき桜・乱れ咲きの刑。難攻不落と思われていた大技でしたが、意外なほど簡単に破られてしまいましたねえ、中野さん」
意見を求められた解説者は、不自然に髪をかき上げながら、言葉を返す。
「確かに、簡単に見えるかもしれませんねえ。でもですねえ、その実、簡単ではないですよお、これは。キン肉マンルージュ選手はですね、持ち前の体裁きでですね、相手に悟られずに真横へ移動していますよ。そして瞬時に、相手の隙を見つけ出していますよ。その中で一番ダメージが与えられるであろう脇腹に注目をしてですねえ、容赦なく攻撃を繰り出していますよ。しかも一撃ではなく、非情なまでの連続攻撃をですよ! これはキン肉マンルージュ選手だからこそ成し得た、キン肉マンルージュ選手ならではの攻略法ですよ!」
「おお! ということは! 誰にでもできる、というわけではないのですね! さすがはキン肉マンルージュ選手!」
アナウンサーに褒められ、キン肉マンルージュは勇ましいドヤ顔をグレート・ザ・屍豪鬼に向ける。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」
キン肉マンルージュは決めポーズをとりながら、決め台詞を放つ。するとこれに呼応したように、観客は沸きに沸いた。
“うおおおおお! 圧倒的じゃね!? キン肉マンルージュちゃん、ノーダメじゃね?!”
“完全勝利もあり得るぜ、この勝負! ルージュちゃんの勝ち! 決まったぜ、これ!”
沸き立つ観客の声を聞いて、アナウンサーは言う。
「確かに、これは圧倒的な試合内容です。まだ試合開始から間もないのですが、グレート・ザ・屍豪鬼選手は心身ともに大きなダメージを負っているように見えます。対するキン肉マンルージュ選手は、まったくのダメージ無し! 汗ひとつかいていません! このままキン肉マンルージュ選手の勝ちが決まってしまうのでしょうか、中野さん」
実況席にいるアナウンサーが、再び解説者の中野さんに意見を求める。
「アデラ●スの中野さんで慕われてきた私の父は、伝説超人キン肉マン選手の数々の試合を実況してまいりましたが……そして、そんな父の姿を見て育った私ですが……これほどまでに圧倒的強さを誇った試合は、今までに無かったように思いますよ。キン肉マンという偉大なオリジナルを超えたキン肉マンルージュ選手。さすがの一言ですよ、これは!」
「そうですねえ、お父様の意思を継ぐかのように、今ではその息子さんである中野さんは進化したアデラ●ス、アデラ●スゴールドの中野さんとして、立派に活躍されていますよねえ」
「そうそう、あれからアデラ●スも進化して、アデラ●スゴールドに……って! 私のことはどうでもよいのですよ!」
「シゴシゴシゴッ! シィゴシゴシゴシゴッ! シィゴゴゴゴオオオゴゴゴゴオオオッ!!」
突然、グレート・ザ・屍豪鬼は、ひときわ高らかに笑い上げだした。
「ひぃえッ! わ、私のアデラ●ス話が、お、面白かった……わけではありませんよね? で、でわ、と、突然、どうしたのでしょうか? グレート・ザ・屍豪鬼選手!」
「シィゴシィゴシィゴッ! シィゴッゴゴゴッオオオッゴゴゴゴッオオオッ!!」
グレート・ザ・屍豪鬼は狂ったように笑い続けながら、突然、飛び上がった。そして、自陣のコーナーポストの先端に乗り立つ。
ドヤ顔をしていたキン肉マンルージュは表情を曇らせ、困惑しながらグレート・ザ・屍豪鬼を見つめる。
「シゴシゴシゴッ! 儂では敵わん! キン肉マンルージュよ、儂では貴様を倒すことはできん! 実際に戦ってみて、よくわかったわい! 認めてやるわい、貴様は儂よりも強い! 正義超人随一の超一流超人じゃあ!」
まるで負けを認めたかのような口ぶりに、キン肉マンルージュは混乱した。
罠なのか? それとも本当に負けを認めたのか? どちらにせよ、まだ試合が続いている現状では、気を抜くことはできない。
キン肉マンルージュはグレート・ザ・屍豪鬼を警戒するように距離をとり、構える。
“おおおおお?! 負け宣言!? すげえ! キン肉マンルージュちゃん、勝っちゃったよ!”
“グレート・ザ・屍豪鬼、潔いぜ! でも拍子抜けだぜ! d.M.pのメイキング超人さんよお!”
“世界の平和は守られたあ! 救世主はマッスル守護天使、キン肉マンルージュちゃんだあぁぁ!”
観客はあっけない戦いの幕切れに、驚きと安心と苛立ちを感じ、複雑な気持ちになっている。
「これはグレート・ザ・屍豪鬼選手、いきなりの敗北宣言か?! 新生d.M.pの結成を口にしていたわりには、随分とあっけなく、引きさがりましたですねえ、中野さん」
アナウンサーが中野さんに意見を求めと、中野さんは不自然に髪をかき上げながら、解説を始める。
「ベテランであり、一流の超人である、グレート・ザ・屍豪鬼選手だからこその判断なのでしょうねえ。ましてやd.M.pのメイキング超人であったことを考えますと、数え切れないほどの超人を目の当たりにし、分析をしてきたと思われますよ。そして、精度の高い分析能力を身につけたのでしょう。そうやって培われた分析能力をフルに働かせて、自己分析を行った結果、グレート・ザ・屍豪鬼は確実に自分は負けると、そう判断したのでしょう。例えるならば、将棋の詰みの状態ですよ、これは。戦わずして、負けの未来しかないことが、解ってしまったのでしょう」
グレート・ザ・屍豪鬼は、ちぃっと、舌打ちをする。
「静まれい! こおんの、大うつけどもがあああぁぁぁあああぁぁぁッ!」
グレート・ザ・屍豪鬼はとてつもない大きな声で、思い切り吠え上げた。あまりの声の大きさに空気が振動し、周囲が震えて見える。
観客の全員が全員、とっさに耳を塞いだ。しかしそれでも、グレート・ザ・屍豪鬼の声は耳に入ってくる。まるで脳に直接大声を発したかのように、頭の中が声音で揺れている。
そして観客全員が黙ってしまい、誰一人しゃべる者がいなくなった。そのため、辺りには静寂が漂い、耳の奥で鳴っているキーンという耳鳴りの音だけが聞こえている。
「シゴシゴシゴッ! ようやっと、静かになったわい!」
グレート・ザ・屍豪鬼はコーナーポストの上から、周囲をぐるぅと見渡している。
「まったく、誰が負けを認めたんじゃい! 勝手なことを抜かすな、愚かな下等生物どもめ! 儂が認めたのは、このションベンガキ超人の強さじゃい! 儂では敵わん、そう言っただけじゃわい!」
グレート・ザ・屍豪鬼の言葉を聞いて、ミーノは首を傾げた。
「“儂では敵わん”と言ってしまわれたら、私には勝ち目はありません、と言っているようにしか聞こえませんですぅ。なのに、なんであんなに自信満々なのですぅ? グレート・ザ・屍豪鬼は」
考え込むミーノの肩に、マリは、ぽんと手を置いた。
「言葉の通りに考えると、“儂では敵わん”というのは、“儂以外の者なら勝てる”と言っているようにもとれるわ……それにあの自信……グレート・ザ・屍豪鬼、何かとてつもない隠し玉を持っているのかもしれないわね」
グレート・ザ・屍豪鬼は目だけを動かして、マリとミーノを見つめる。
「さすがは二階堂マリ、それとミートの義妹じゃのお。鋭い読みじゃあ。観客やら実況やらのぼんくらどもとは、ひと味もふた味も違うのお」
そしてグレート・ザ・屍豪鬼は大きな口を開け、その口の中に手を入れ込んだ。そして肘のあたりまでが、ずっぽりと入り込んでしまう。
グレート・ザ・屍豪鬼は、身体の中の奥深い場所を、ぐにぐにと手で探っている。
“ずろおろろろおおおろろろぉぉぉ”
グレート・ザ・屍豪鬼が手を引き抜くと、その手を天に向けて突き出す。そしてゆっくりと手を開くと、手の上には真っ黒に輝く、悪魔の形をした宝石が置かれていた。
「マッスルジュエルの適合者が現れてしまった場合、すぐにこれを使えと、あのお方に言われていたのじゃが……まさか、その通りになるとはのお」
グレート・ザ・屍豪鬼は苦々しい顔をしながら、キン肉マンルージュを睨みつける。
「貴様のようなションベンガキ超人相手なら、今の儂のままで、簡単に捻り潰せると思ったのじゃが……儂が甘かったわい……もう出し惜しみは無しじゃあ!」
グレート・ザ・屍豪鬼は手の上の宝石に向かって、叫び上げる。
「デヴィルフォーゼッ!」
“ぶわわああぁぁああぁぁわわわわわぁぁぁッ”
グレート・ザ・屍豪鬼の手の上にある宝石から、真っ黒な煙状の気体が溢れだした。真っ黒な気体は、グレート・ザ・屍豪鬼の身体を包み込んでいく。
「あ、あれは! デヴィルディスペア! ですぅ!」
ミーノは真っ黒な気体を見つめながら、声を上げた。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(20)
「デヴィルディスペア? ミーノちゃん、知ってるの?」
「はい、キン肉マンルージュ様。デヴィルディスペアは絶望の暗雲なのですぅ。マッスルジュエルが放つマッスルアフェクションとは対を成す、悪魔の暗雲。それがデヴィルディスペアですぅ……ということは、あの宝石……デヴィルディスペアを発生させているあの宝石は、デヴィルジュエルなのですぅ!」
デヴィルジュエルという名前を聞いて、キン肉マンルージュはピンときた。
「デヴィルジュエル? ……じゃあ、もしかして、グレート・ザ・屍豪鬼は……わたしみたいに、変身しようとしているの?」
「お察しの通りなのですぅ。デヴィルジュエルはマッスルジュエルと同様、使用者に能力授与をすることで、ジュエルにインプットされた超人の全能力を受け継ぐことができますですぅ」
キン肉マンルージュとミーノが話していると、デヴィルディスペアの中から声がしてきた。
「シゴシゴシゴッ! デヴィルジュエルはのお、マッスルジュエルと違って、適合者などという限定が無いのじゃあ! 使う者を選ばず! 誰でもデヴィルジュエルの力を得ることができるのじゃい!」
デヴィルディスペアの中から話しかけるグレート・ザ・屍豪鬼に向かって、ミーノは言葉を返す。
「デヴィルジュエルは適合者を選ばない代りに、使用者の身体に大きな負担を与えるのですぅ。下手をすれば、死に至るほどのダメージを負ってしまうのですぅ」
「シゴシゴシゴッ! それは自らの器が小さかったというだけのこと! それくらいの代償、あって当然じゃわい!」
ミーノは辛い表情を浮かべながら、デヴィルディスペアに包まれているグレート・ザ・屍豪鬼を見つめる。
「デヴィルジュエルはマッスルジュエルと比べて、非人道的……あまりにもリスクの高い諸刃の剣なのですぅ。そんなものを使うなんて……無茶を通り越して、無謀なのですぅ、悪行超人……」
「シゴシゴシゴッ! ほざけ! 甘ちゃん揃いの正義超人めが!」
グレート・ザ・屍豪鬼の声に反応するように、デヴィルディスペアは膨らみ、キン肉マンルージュに届きそうになる。
「キン肉マンルージュ様! 危ないですぅ!」
ミーノの声を聞いて、キン肉マンルージュはとっさに、バックステップでデヴィルディスペアから離れた。
「デヴィルディスペアは清きものを汚染しますですぅ。ですので、キン肉マンルージュ様のような正義超人が触れると、身も心も悪に染まってしまいますですぅ」
ミーノの言葉を聞いて、キン肉マンルージュは慌てて自陣のコーナーポストまで下がり、身構える。
「えーと、ミーノちゃん、質問してもいいかなあ」
「はい! なんなりとですぅ」
「どうしてなのか、すっごく不思議なんだけど……グレート・ザ・屍豪鬼はデヴィルジュエルっていう変身能力を持つ宝石があるのに、どうしてマッスルジュエルを欲しているのかなあ? いくらデヴィルジュエルが使用者の身体に負担を掛けるって言っても、悪行超人なら躊躇なくデヴィルジュエルを使うと思うんだよね、グレート・ザ・屍豪鬼みたいに」
ミーノは険しい顔をしながら、グレート・ザ・屍豪鬼を見つめている。
「それはマッスルジュエルとデヴィルジュエルの、最大の違いにあるのですぅ……マッスルジュエルは元々の自分の能力に加えて、他の超人の能力を上乗せして使うことができますですぅ……対してデヴィルジュエルは、元々の自分の能力は使えなくなり、他の超人の能力だけしか使えなくなりますですぅ……つまり、マッスルジュエルは能力の追加、デヴィルジュエルは能力の上書き、なのですぅ」
ミーノの説明を聞いて、マリは気がついた。
「マッスルジュエルとデヴィルジュエル、似ているけども全く違う、似て非なる物なのね……超人強度だけを例にするならば……デヴィルジュエルを使う場合、使用者の超人強度が100万パワーで、ジュエルから得る超人強度が200万パワーであったとしたら、使用者は200万パワーにパワーアップする。対してマッスルジュエルの場合、適合者の超人強度が100万パワーで、ジュエルから得る超人強度が200万であったとしたら、適合者の超人強度は100+200で300万パワーにパワーアップするわ」
「その通りですぅ! さすがはマリ様! そして更に、マッスルジュエルとデヴィルジュエルの大きな違いとしまして、マッスルジュエルは何度でも使用することが可能なのですが、デヴィルジュエルは一度使うと、粉々に砕けてしまいますぅ」
「つまり、デヴィルジュエルには回数制限があるのね、ミーノちゃん」
「はい! そうなのですぅ!」
ミーノは自信に満ちた声で答える。そして、ミーノはその自信をグレート・ザ・屍豪鬼にぶつけるかのように、口調を強めて言い放った。
「私は知っていますですぅ! デヴィルジュエルはマッスルジュエルに対抗するべく作られた、コピー品なのですぅ! オリジナルであるマッスルジュエルを超えることができない、デヴィルジュエルは粗悪品、お粗末品、劣化品、不十分品なのですぅ!」
デヴィルディスペアの中から怒号が飛び出す。
「貴様! あのお方がお作りになられたデヴィルジュエルを侮辱するとは! 許さん! 絶対に許さんぞい!」
グレート・ザ・屍豪鬼はデヴィルディスペアの中で、怒り狂う。デヴィルディスペアは禍々しく、大きく膨れ、揺らめく。
「デヴィルジュエルがマッスルジュエルより劣っているじゃとお! 馬鹿も休み休み言えい! よいか! 儂がデヴィルジュエルを使えば、もう万に一つも、貴様らに勝ち目は無くなるのじゃあ! 今からそれを証明してやるわい!」
デヴィルディスペアは、よりいっそうに禍々しく、揺らめきに揺らめいている。
「……カカカカカッ……カーカカカカカ! さあ、見せてやろう! 本当の悪魔の力を! 真の地獄を!」
デヴィルディスペアの中から、高らかな笑い声が聞こえてくる。その特徴のある笑い声に、キン肉マンルージュは顔を青くする。
「こ、この笑い方って……そんな、ウソでしょ……」
知っている声であった。キン肉マンルージュはビデオやインターネットの動画で、この声の主の試合を、何度も何度も、死ぬほど繰り返して見てきた。
あまりにも有名な超人である。伝説超人キン肉マン、新世代超人キン肉マン2世ことキン肉万太郎、このキン肉マン親子を苦しめ抜いた、悪魔中の悪魔。
「カーカカカ! 伝説には伝説をぶつけてやるわい! 覚悟せえよ! ションベンガキ超人!」
デヴィルディスペアが膨れ上がり、弾け飛んだ。そしてデヴィルディスペアの中から、異形の姿をした超人が現れた。
腕は6本。顔は笑い面、冷血面、怒り面の3面。人知を超えた姿である。
「ああっと! これは! ま、間違いありません! この超人は魔界のプリンス、悪魔超人、アシュラマンです! 悪魔の伝説超人、アシュラマンがリングに降臨!」
興奮しきったアナウンサーが、叫ぶように説明する。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(21)
「驚きましたですねえ! これは大変なことになりましたよ! アシュラマンと言えば、キン肉マンと2度の対戦をし、正義超人を壊滅寸前にまで追いやった超人ですよ! その後は正義超人として活躍したこともありましたが、最近になって再び悪魔超人として登場し、キン肉マンの息子であるキン肉万太郎と戦ったのは、皆様も記憶に新しいことでしょう! 結果こそ、アシュラマンはキン肉マン、キン肉万太郎に負けを喫していますが、その試合内容は、むしろアシュラマンの方が、圧倒的な試合運びをしていたのです!」
解説の中野さんは、アナウンサー以上に興奮している。
「今のグレート・ザ・屍豪鬼選手は、アシュラマンの能力をすべて受け継いだ超人です。つまり……キン肉マンの能力を受け継いでいるキン肉マンルージュ選手と同等か、それ以上の実力を持った超人だと言っても、過言ではないでしょう!」
観客は中野さんの解説を、静かに聞いていた。観客はアシュラマンという伝説超人の突然の登場に、驚き、戸惑い、不安を感じている。それほどまでにアシュラマンは有名で、圧倒的な強さを誇った超人である。
“アシュラマンはやばいって……キン肉万太郎と、ケビンマスクを苦しめまくった、あのベテラン超人だろ?”
“キン肉万太郎とケビンマスクって言ったら、超人オリンピックのファイナリスト、事実上の新世代超人のツートップだぜ……そんなふたりに、勝ちそうだったんだぜ、あのアシュラマンってさあ……”
“いくらなんでも、キン肉マンルージュちゃんには……相手が悪すぎるよ……”
先ほどまでのキン肉マンルージュ優勢という雰囲気が、いっきにグレート・ザ・屍豪鬼優勢へと変わってしまった。
そんなどんよりと意気消沈した雰囲気の中、アシュラマンに変身したグレート・ザ・屍豪鬼は、自陣のコーナーポストまで戻っていく。そして準備運動をするかのように、全身を脱力させながら、ピョンピョンとその場で跳ね上がる。
「カーカカカ! さあ、仕切りなおしじゃわい! 今度はこの、アシュラマン・ザ・屍豪鬼が相手じゃい!」
まるで第2試合が始まるかのように、リング上では両選手がコーナーポストまで戻り、体勢を整えている。
「どうしよう……ミーノちゃん、マリお母さん……」
消え入りそうな声で、キン肉マンルージュはセコンドにアドバイスを求める。
「アシュラマン・ザ・屍豪鬼……とんでもない強敵ですぅ……強敵ですが、キン肉マンルージュ様はアシュラマンの試合を何度も何度も、見ていらっしゃるのですぅ?」
「う、うん……見たよ、たくさん……たくさんたくさん……」
「ええと、うまく言えないのですがぁ……アシュラマン攻略の鍵は、キン肉マンルージュ様ご自身の中にある気がしますですぅ」
「わ、わたしの中に?! ……ウソだよ、そんなの」
弱気になっているキン肉マンルージュは、顔をキャンバスに向けたまま、身を震わせている。
「アシュラマンって言えば、誰でも知ってるくらい有名な伝説の悪魔超人だよ……超がつくほどのスペシャルな超人なんだよ……そんな超人相手に、わたし……戦えないよ……」
不安がピークに達したキン肉マンルージュは、ぽろぽろと涙をキャンバスに落とす。
「うええぇぇん……こわいよお……たすけてよお……」
キン肉マンルージュは泣きながら、ぶるるんと身を震わせる。
「ふええぇぇん……おしっこ……おしっこ漏れちゃう……こわくてこわくて……おしっこ出ちゃう……」
身をもじもじと揺らしながら、顔を涙で濡らしているキン肉マンルージュは、自分の気持ちを真っ正直に話す。
「無理だもん……アシュラマンのこと、たくさん知ってるから、わかるもん……本当に強いんだよ、アシュラマンって……無理だよお、絶対に無理……無理なんだもん……おもらししそう……しちゃうよお……」
“パンッ!”
突然、手を打つ音が周囲に響く。キン肉マンルージュは驚いて顔を上げた。
「凛香ちゃん、大丈夫よ」
マリが真っ直ぐに、キン肉マンルージュを見つめている。凛とした強い眼差しが、キン肉マンルージュを見つめる。
「お母……さん……」
「絶対に大丈夫、自分を信じなさい、凛香ちゃん」
マリの言葉を聞いたキン肉マンルージュは、いつの間にか身体の震えが止まっていた。不安な気持ちは、一瞬で勇気に変わった。
「……おしっこ、止まった」
そう呟くと、キン肉マンルージュは勢いよく立ち上り、アシュラマン・ザ・屍豪鬼を睨みつけた。
「カーカカカ! いい目じゃわい! ションベンガキ超人! そうでなくては面白くないわい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュを睨み返す。
「凛香ちゃん、ミーノちゃんが言っていたけれど、アシュラマン攻略の鍵は凛香ちゃんの中にあるわ。凛香ちゃんが知っている、アシュラマンに関する情報を総動員して、思い切り戦いなさい」
「うん! マリお母さん!」
キン肉マンルージュはアシュラマン・ザ・屍豪鬼を睨みつけたまま、アシュラマン・ザ・屍豪鬼に突進する。
「カーカカカ! アシュラマンの恐ろしさ、とくと見せてくれようぞい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は高らかに笑い上げながら、キン肉マンルージュを迎え撃つ。
“ひゅん”
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の目の前で、キン肉マンルージュは体勢を思い切り低くした。そして、キン肉マンルージュはアシュラマン・ザ・屍豪鬼の真横を、すり抜けようとする。
“がしぃ”
突然、キン肉マンルージュの動きが止まってしまう。アシュラマン・ザ・屍豪鬼の真横にまで移動したキン肉マンルージュは、ユニフォームの背中の部分をアシュラマン・ザ・屍豪鬼に掴まれていた。
「カーカカカ! 残念だったなあ! 儂の6本の腕に、死角は存在せんのじゃあ!」
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(22)
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュを掴んでいる腕を強引に振り上げ、真上へと持ち上げた。そしてアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、頭上にいるキン肉マンルージュを、勢いをつけてキャンバスに投げ落とした。
“ずだぁん”
キン肉マンルージュはキャンバスに叩きつけられ、まるで空気の抜けたゴムボールのように、鈍くバウンドする。
“ずばきぃ”
バウンドして宙にいるキン肉マンルージュを、アシュラマン・ザ・屍豪鬼はサッカーのシュートのように、思い切り蹴り込んだ。
キン肉マンルージュはとっさにキックをガードしたが、アシュラマン・ザ・屍豪鬼のキック力は凄まじく、キン肉マンルージュはガードしたまま、蹴りの勢いで吹き飛んでしまう。
“ずがしゃあ”
キン肉マンルージュの身体は、コーナーポストというゴールにぶち当たった。キン肉マンルージュの身体が、容赦なくコーナーポストの支柱にめり込む。
「かはぁぁッ」
キン肉マンルージュはゆっくりと、力無くリングに沈んだ。
「ああああっとおぉ! キン肉マンルージュ選手! ついに! ついについに! 攻撃を受けてしまったあ!」
「大丈夫でしょうか、キン肉マンルージュ選手。かなりまともに、攻撃を受けてしまったように見えましたが」
アナウンサーと中野さんが、心配そうに解説をする。
ぴくりとも動かないキン肉マンルージュを見て、ミーノは青ざめた。
「あ、あ、あ、マリ様ぁ……き、キン肉マンルージュ様が……そ、そんな……あれでは、絶命した……かもですぅ……」
うら若き少女であるキン肉マンルージュが、悪魔超人の情け容赦ない蹴りを受け、コーナーポストに激突した。
細く華奢な身体の少女が、無残にも吹き飛ばされ、そして大激突。
女の子が一瞬にしてすたぼろにされるというシーンを、目の当たりにしてしまった……ミーノは卒倒しそうなほどに、ショックを受けた。
「ひ、ひどい……ひどすぎますぅ……あんまりですぅ……」
倒れているキン肉マンルージュを見つめながら、うちひしがれるミーノ。そんなミーノの肩の上に、マリは優しく手を置いた。
「大丈夫よ。ミーノちゃん、冷静になって。キン肉マンルージュはキン肉マンさんの能力を受け継いでいるのよ。だから、いま攻撃を受けたのは、か弱い女の子ではなく、身体を鍛え抜いた超人なのよ」
マリの言葉を聞いて、ミーノはハッとした。キン肉マンルージュがキン肉マンと同等の身体能力を受け継いでいるという事実が、すっかり頭からとんでしまっていた。それほどまでに、キン肉マンルージュがやられた光景は、衝撃的で凄惨なものであった。
「うっ、ううう……いったあぁぁい……」
キン肉マンルージュはむくりと身体を起こし、コーナーポストに身体を預けながら、ずりずりと立ち上がる。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の猛烈な蹴りを受けたキン肉マンルージュであったが、蹴りの瞬間に受け身をとり、完全にガードしていた。その為、思いのほかダメージは小さいものであった。
しかしそれでも、脳震盪を起こすくらいにはダメージがあった。
「あ、やば……」
コーナーポストに寄り掛かっているキン肉マンルージュは、ふらりと倒れそうになる。目の前が揺れている。目の焦点が定まらない。
「カーカカカ! いくら完璧なガードをしようとも、超人の蹴りをまともに受ければ、それ相応のダメージってものがあるわい! アシュラマンの蹴りは、鉄柱を真っ二つにへし折ってしまうほどの威力があるからのお。たとえ貴様がキン肉マンの身体能力を持っていようとも、完璧なガードをしようとも、脳が揺らされてしまうくらいのダメージは、そりゃあ、あるわい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの真正面に立ち、無造作に手を伸ばしてキン肉マンルージュを掴もうとする。
「ッ!」
キン肉マンルージュはアシュラマン・ザ・屍豪鬼の気配を瞬時に感じ取り、横へ飛ぼうとする。
「ひあぅッ」
飛ぼうという意思に反して、キン肉マンルージュの足は動こうとしない。上半身は飛ぶ体勢になっているにもかかわらず、足はもつれ、絡まってしまう。
「カーカカカ! 脳がまともに働いていないからのう。当然、まともに動けるわけもないんじゃい!」
キャンバス目掛けて倒れこんでいくキン肉マンルージュ。アシュラマン・ザ・屍豪鬼は片腕で、キン肉マンルージュをがっしりと掴んだ。
「カーカカカ! またリングに叩きつけもいいのじゃがのう。それでは芸が無いわい。せっかくじゃから、派手な技で観客にサービスしてやるとするかのう」
そう言ってアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、腕一本でキン肉マンルージュを真上に放り投げた。
「喰らえい! 竜巻地獄!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は6本の腕を高速で振りぬき、竜巻を発生させた。竜巻は落下するキン肉マンルージュを待ち受けているかのように、キン肉マンルージュの真下で、ごうごうと渦巻いている。
「きゃぅあああぁぁぁッ!」
キン肉マンルージュは竜巻に飲まれ、物凄い勢いで身体を回転させられる。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(23)
「く……くるしい……息……できない……いたい……全身がいたいよぉ……」
超高圧で超回転する竜巻に巻かれ、キン肉マンルージュはあまりの苦しさに涙ぐむ。涙は目から流れ出たのと同時に、風に巻かれて吹き飛ばされてしまう。
「カーカカカ! こんな竜巻はまだまだ序の口、子供だましよ! 本当の地獄はこれからじゃい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は竜巻の回転に合わせ、6本の腕を振りぬく。すると竜巻は回転を増して、渦が大きくなっていく。
「そおーれ、それそれい! 死ぬほど、そおれい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は容赦なく腕を振りぬき続け、竜巻を巨大化させていく。
「きゃああぅあああぁぁぁううあああッ」
巨大竜巻の中で、キン肉マンルージュは縦横無尽に吹き飛ばされている。
「カーカカカ! まだ叫ぶ余裕が残っておるのか。それでは本当の地獄というやつを、存分に味あわせてやるわい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は巨大竜巻に抱きつくかのように、6本の腕で竜巻を掴む。そして、ぎゅうぎゅうと竜巻に力を加え、竜巻を小さくしていく。
解説席にいるアナウンサーは、その様子を不思議そうに見つめていた。
「あああっと、これはどうしたことか? まるで台風を思わせるほどの凶悪な竜巻が、どんどんと小さくなっていく! 大きくしたかと思えば、今度は竜巻を小さくするアシュラマン・ザ・屍豪鬼選手! いったいこれは、どういうことなのか?!」
アナウンサーの疑問を聞いて、マリは静かに言った。
「確かに大きさは小さくなっていくけれど、竜巻の威力は大きくなっていく……その証拠に、竜巻の中にいるキン肉マンルージュが、前にも増して激しく飛ばされているわ」
最初に発生させた竜巻と同じくらいの大きさまで、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は竜巻を小さく縮めた。しかし大きさに反比例して、竜巻の威力は何十倍にも増している。
「カーカカカ! どうじゃい、もう声も出せんじゃろう。それどころか、息は全くできん、身体は激しく捻じ曲がる、風圧で肌は切り刻まれる。これぞ真の竜巻地獄じゃい!」
濃縮竜巻の中で、ずたずたにされていくキン肉マンルージュ。そんなキン肉マンルージュの姿を見て、ミーノは思わず叫んだ。
「キン肉マンルージュ様! 竜巻の中心に移動してくださいですぅ! そして渦の流れに逆らわず、竜巻と同じ方向に回転するのですぅ!」
ミーノのアドバイスを聞いたアナウンサーは、首を傾げながら疑問を声にする。
「あああっと! これはミーノちゃん、どうしたことでしょう? 竜巻の中心は一番威力がある危険な位置! 竜巻と同じ方向に回ったら、身体への負担が倍増必至! どう考えてもミスアドバイスだあ!」
アナウンサーの疑問に、観客達が同調する。
“ミーノちゃん、どうした? あせりすぎ? 気が動転中? やばい方向まっしぐら?”
“それじゃあ、逝きそうなルージュちゃんが、本当に逝っちゃうよう?!”
ミーノを疑う声が飛び交うなか、マリはミーノの頭を撫でた。
「それでいいのよ、ミーノちゃん」
「はいですぅ!」
マリとミーノは、真っ直ぐにキン肉マンルージュを見つめる。そんなふたりの眼差しに気がついたキン肉マンルージュは、小さく頷いた。
「くうぅ……ぅぅううう……」
キン肉マンルージュは動かない身体を無理やりに動かし、竜巻の中心にまで移動した。身体を風に刻まれながらも、歯を食いしばり、全身に力を溜める。
「48の殺人技のひとつ、マッスルトルナード!」
キン肉マンルージュは溜めた力を一気に解放し、竜巻と同じ方向に全身を回転させる。
“ぎゅうるるるるるる”
キン肉マンルージュの身体は、竜巻以上の速さで回転する。そして竜巻の中心で超高速回転するキン肉マンルージュは、竜巻の上部から飛び出した。
「おおおっと! キン肉マンルージュ選手、竜巻地獄から生還だあ! いったいどういうことなのか!?」
驚くアナウンサーの横で、中野さんは不自然に髪をたくし上げながら、口を開く。
「キン肉マンルージュ選手は、竜巻の中心に移動をしたことで、渦の中心に入り込んだのですねえ。渦の中心ということは、当然キン肉マンルージュ選手は、その身を渦に回転させらてしまうわけですねえ。このときにですね、中心の位置でキン肉マンルージュが自ら回転をすると、身体の回転は加速度的に速度を増し、竜巻よりも速いスピードで回転することができるのですねえ。こうなると、キン肉マンルージュ選手は竜巻の回転の影響を受けず、そして竜巻から脱出することが可能になるのですねえ」
中野さんの解説を聞いた観客は、一気に沸き立つ。
“すげえぜルージュちゃん! あのアシュラマンの得意技を破っちまったぜえ!”
“ミーノちゃん、ナイスアドバイス! ミートくん顔負けの正確かつ的確なアドバイスだったぜえ!”
観客がキン肉マンルージュとミーノを称賛する中、キン肉マンルージュは上空から、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の姿を探していた。
「いない? アシュラマン・ザ・屍豪鬼が、どこにも?」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼を探すキン肉マンルージュの背後から、悪魔の声が聞こえる。
「カーカカカ、いくら探しても見つかりはせんわい」
“がしぃ”
キン肉マンルージュは宙で、アシュラマン・ザ・屍豪鬼に抱きつかれ、そのまま肩の上に担がれた。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(24)
「貴様が竜巻地獄から飛び出してくるのは、はなから計算の内じゃあ! 上空で待っておったら、案の定、儂のところにまで飛んできおったわい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は6本の腕で、キン肉マンルージュにボディスラムを繰り出す。
「トリプルボディスラム!」
通常の超人によるボディスラムの3倍の威力を持つとされるトリプルボディスラム。これを上空から放たれる。
キン肉マンルージュは高速でリングに向かって落下する。
「きゃあああぁぁぁう!」
落下するキン肉マンルージュを追いかけるように、アシュラマン・ザ・屍豪鬼も落下する。そして、宙でキン肉マンルージュの身体を捕まえた。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は、真っさかさまに落下するキン肉マンルージュの足の上に、自らの膝を乗せ、全体重をかける。
「阿修羅稲綱落とし!」
トリプルボディスラムの威力が加わった阿修羅稲綱落としは、相手に返し技を繰り出させる余裕を全く与えず、一直線にキャンバス目がけて落下する。
“ずがぎゃぁぁあああッ”
キン肉マンルージュは受け身らしい受け身をとることが出来ず、後頭部をもろにキャンバスへ打ちつけた。
後頭部、背骨、下半身、ほぼ全身に凄まじい衝撃が走り、キン肉マンルージュは苦痛の言葉すら漏らすことが出来ない。
「カーカカカ! 今はやりのコラボ技ってやつよ! 破壊力倍増、見た目の派手さも倍増で、一石二鳥ってやつじゃあ!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は高らかに笑いながら、キン肉マンルージュの足の上から飛び退いた。
キン肉マンルージュはバランスを失い、無残な姿でキャンバス上に倒れ込んだ。
「キン肉マンルージュよ、いくら貴様がキン肉マンの能力を授かっているとはいえ、魔界のプリンス、アシュラマンの得意技を3つも喰らったんじゃあ。もう立ちあがることは出来ん。それどころか、心の臓が止まりかかっていて、絶命寸前じゃろうて」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は見下すように、倒れているキン肉マンルージュを眺めている。
「死にかかっているからこそ、完全に息の根を止める! それでこそ悪魔というものじゃわい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は6本の腕を振りぬき、竜巻を発生させる。
「喰らえい! 竜巻地獄!」
竜巻はキン肉マンルージュを飲み込み、真上に向かって弾き飛ばした。
「もういっちょう、阿修羅稲綱落としを喰らわしてやるわい! これで完全に絶命じゃあ!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュを追いかけるように上空へ飛び、キン肉マンルージュの身体を掴もうとする。
「48の殺人技のひとつ、マッスルトルナード!」
突然、キン肉マンルージュの身体が高速で回り出した。そして、アシュラマン・ザ・屍豪鬼に向かって突進する。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は突然のことで、完全に虚をつかれてしまう。成すすべ無く、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は高速回転するキン肉マンルージュを、まともに腹で受け止めてしまう。
「ぐぎゃあああッ」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は苦悶の表情を浮かべながら、真っさかさまに落下する。
キン肉マンルージュはすかさず、落下するアシュラマン・ザ・屍豪鬼の足の上に膝を乗せ、全体重をかける。
「喰らいなさいッスル! マッスル稲綱落とし!」
腹部にダメージを負ったアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、無抵抗なまま技を受け、そのままキャンバスに向かって落下していく。
“ずぎゃがぁぁあああッ”
キャンバスに後頭部を打ちつけたアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、ぴくりとも動かない。
キン肉マンルージュは膝立ちのまま、後方に飛び上がって回転する。そしてストンと、キャンバス上に着地した。
“うおおおおお! 返した! 華麗に返した! アシュラマンの大技を、そのまま返したあ! マッスル稲綱落とし、ヤバすぎる!”
“必殺、死んだふり? あれって相手を油断させる芝居だったのかあ!”
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の技を見事なまでに返したキン肉マンルージュに、観客が沸きに沸き立った。
「違う、わね」
沸き立つ観客を尻目に、マリは静かに口を開いた。
「凛香ちゃんは、本当に瀕死の状態だった。でも、相手の技を受ける直前に……絶体絶命のピンチの状態になって、凛香ちゃんは力を取り戻した……ように見えたわ」
マリの言葉を聞いて、ミーノはハッとする。
「そ、それって、もしかして、ですぅ」
「確かに、凛香ちゃんはキン肉マンさんの能力を受け継いでいるけれど……まだわからないわ……本当に、あの力なのかどうかは……」
ふたりが話しているのを尻目に、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は首の力だけで身体を真っ直ぐにし、脳天で倒立をする。
「カーカカカ! さすがはキン肉マンの能力を授かっているだけのことはある! まるでキン肉マンと戦っているようじゃわい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は首に力を込め、首だけで身体を飛び上がらせ、立ち上がった。
「マッスル稲綱落とし、大したもんじゃあ! それなりにダメージもあったぞい! じゃがのう、所詮は付け焼刃! 本家アシュラマンには、ほとんど効かんわい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はリングの真ん中で笑い上げる。対するキン肉マンルージュは、負傷した個所に手を当てながら、ぼろぼろにされた身体をかばうように身構える。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(25)
ダメージは明らかに、キン肉マンルージュの方が大きい。ミーノは苦心の表情を浮かべながら、何かアドバイスはできないかと、頭を悩ませる。
「ミーノちゃん、今は凛香ちゃんを信じましょう。苦境を苦境としない、むしろ力に変えてしまうのが正義超人でしょう。凛香ちゃんなら大丈夫。きっと大丈夫よ」
悩んでいるミーノに、マリは優しく声を掛けた。マリの声を聞いて、ミーノは少しだけ力を抜くことができた。
ミーノはふと、マリの方に顔を向けた。そこには、冷静すぎるほど冷静なマリがいた。
「ッ!」
しかし、ミーノは気づいてしまった。マリの手の平から血が流れているのを。マリは手を強く握り過ぎて、爪で手の平を切り裂いていた。
「マリ様! 手が! ……そうですよね、凛香様はマリ様の娘なのですぅ……心配じゃないはずがないのですぅ……今、一番に心配しているのは、他ならぬマリ様なのですぅ……」
気丈に振舞うマリを見て、ミーノの目に力強さと勇気が宿る。キン肉マンルージュの力になりたい、そのいっしんで、ミーノはリング上で戦っているキン肉マンルージュを見つめる。
「カーカカカ! キン肉マンルージュよ! デヴィルジュエルがマッスルジュエルに劣るじゃと? 笑わせるな! いくら貴様がキン肉マンの能力を授かっていようが、膨大な超人の情報を頭に詰め込んでいようが、デヴィルジュエルで変身した儂には手も足も出ないではないか! 現に敵わぬではないか! マッスルジュエルの適合者が、デヴィルジュエルの使用者であるこの儂に! これが現実ってもんじゃい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は馬鹿にするように笑い上げながら、キン肉マンルージュの方に向かって歩き出した。
「さて、貴様も正義超人だとぬかすのであれば、この絶望的な状況を、ひっくり返してみせい! 見事、逆転してみせい! この儂を倒してみせい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの目の前にまでくると、無造作に腕を振り上げ、キン肉マンルージュに殴りかかる。
「ッ!」
キン肉マンルージュは動きが鈍くなった身体を無理やり動かし、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の拳を寸でのところで避けた。そして、キン肉マンルージュはすかさず、伸びきったアシュラマン・ザ・屍豪鬼の腕に、肘を打ちこんだ。
「ぐぎゃああああ! ……なんて、言うと思ったかいのう。効かん効かん! 全く効かん! そんな力の抜けた肘打ち、腕つぼマッサージかと思ったわい!」
そう言ってアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、キン肉マンルージュの頬を裏拳で殴りつけた。
「きゃうあッ」
裏拳の勢いで、キン肉マンルージュは吹き飛ばさる。そして、キャンバスに倒れ込む……寸でのところで、キン肉マンルージュは足をキャンバスにつけ、着地した。
“ずざざざざぁぁぁ”
しかし、それでも裏拳の威力のせいで、キン肉マンルージュはコーナーポストまで滑らされた。
キン肉マンルージュはコーナーポストに寄り掛かりながら、乱れて荒くなった息を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ……やっぱり強い……アシュラマン、強すぎだよ……でも、やるだけやってみる……なにがなんでも、やりとおす……」
キン肉マンルージュはロープに飛び乗り、そしてロープの反動を利用して、アシュラマン・ザ・屍豪鬼に向かって飛び出す。
「カーカカカ! バカめ! 返り討ちにしてくれるぞい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は身体を横に向け、キン肉マンルージュを抱きかかえようと待ち構える。
「48の殺人技のひとつ、マッスルトルナード!」
キン肉マンルージュは、宙で身体を高速回転させる。さらに横を向いたアシュラマン・ザ・屍豪鬼の正面に移動するように、軌道を変える。
「くっ、こしゃくなあ!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はとっさに6本の腕でガードをし、真正面からマッスルトルナードを受け止める。
“ずぎゅるるるるるぅ”
マッスルトルナードはアシュラマン・ザ・屍豪鬼に着弾しても勢いが衰えず、高速回転しながらアシュラマン・ザ・屍豪鬼を押し込んでいく。まるでガードしているアシュラマン・ザ・屍豪鬼の腕を削るように、マッスルトルナードは回転数を増していく。
「ええい、しゃらくさい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はガードをしている一番上の2本の腕を真上に伸ばし、手を組む。そして組んだ手を、キン肉マンルージュ目がけて振り下ろす。
“ずばきゃぁああッ”
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の手は弾かれ、真上に戻されてしまった。
マッスルトルナードは加速度的に威力を増し、回転を上げていく。アシュラマン・ザ・屍豪鬼の腕は切り裂かれ、血が飛び散る。
「カーカカカ! 力任せが駄目なら、論理的かつ冷徹に対処してやろうぞ!」
そう言うと、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の頭が、ぎゅるりと回転した。
「フェイスチェンジ、冷血!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の顔が、笑い面から冷血面に変わった。冷たい目だけの顔は、不気味なほどに心を冷たくされる。
「マッスルトルナードは技の性質上、渦の上部かつ中心に……」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はぶつぶつと呟きながら、マッスルトルナードの中心に正拳突きを放った。
“がずぅッ!”
鈍い打撃音が周囲に響く。
「きゃああぁぁああぁぁッ」
マッスルトルナードの中から悲痛な叫びが上がり、キン肉マンルージュは頭を抱えながら、リング上を転げ回る。
「マッスルトルナードは渦の中心上部に、頭が位置している。阿修羅稲綱落としでダメージが残っている頭部は、格好の狙いどころ」
「いたい! いたい! いたいよお! いたいぃぃ……すごくいたいぃぃぃ……」
“どずぅ”
叫び、転げ回るキン肉マンルージュを、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は踏みつけにして、身動きをとれなくする。そして腰をかがめ、6つの手でキン肉マンルージュの脳天に掌底を繰り出す。
「阿修羅蓮華打ち」
負傷している頭部を、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は容赦なく打ちのめす。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(26)
「きゃああやああぁぁやああぁぁッ」
激しすぎる掌底の乱れ打ちは、キン肉マンルージュに甚大なダメージを与え、蓄積していく。頭頂部は割れてしまい、キン肉マンルージュの額に、血が垂れ流れる。
「ま、マッスルトルナード!」
キン肉マンルージュは踏みつけにされたまま、高速で回転する。回転の勢いで、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は弾き飛ばされる。
「くぅッ」
頭部の痛みに耐え兼ね、キン肉マンルージュはマッスルトルナードを解いた。キン肉マンルージュは頭を押さえながらロープに寄り添い、身体を預ける。
額を流れ伝っていた血は、マッスルトルナードの回転によって吹き飛ばされた。しかし、頭頂部にある傷から新たに血が流れ出て、額に垂れてくる。
「んぅッ」
キン肉マンルージュは腕で、額の血を拭う。その一瞬の隙をつき、アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュが寄り掛かっているロープに体当たりをする。
「きゃうッ」
ロープがうねり、キン肉マンルージュはロープに弾かれる。その勢いで、リング中央に向かって走らされてしまう。
リング中央には、アシュラマン・ザ・屍豪鬼が腕組みをして待ち受けていた。アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュを冷たい眼差しで見つめ、拳を握る。
「今度は拳で、頭部を打ちのめしてやろう」
キン肉マンルージュは走るのを止められず、成すすべ無くアシュラマン・ザ・屍豪鬼に激突する……寸でのところで、キン肉マンルージュはジャンプをし、ダブルニードロップの体勢でアシュラマン・ザ・屍豪鬼に突っ込んでいく。
“ずがぁッ”
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は真ん中の腕だけ腕組みをしたままで、キン肉マンルージュのダブルニードロップを、その腕で受け止めた。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は表情を変えること無く、無言のまま、キン肉マンルージュを冷たく見つめている。そして、一番上の腕でキン肉マンルージュの腕を掴み、一番下の腕で足首を掴んだ。
キン肉マンルージュの身体は真上に持ち上げられ、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の下の腕が、キン肉マンルージュの脚を開く。アシュラマン・ザ・屍豪鬼は開かれた脚の間に頭を突っ込み、そのままの体勢で飛び上がる。そして、パワーボムの体勢になる。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は上の腕で、キン肉マンルージュの身体をキャンバスに投げつけた。投げの勢いが加わり、パワーボムの威力は倍増する。
“ずぐぁあん”
キン肉マンルージュは、頭部をキャンバスに激しく叩きつけられた。
「あああっとお! また頭部だあ! アシュラマン・ザ・屍豪鬼選手、執拗なまでに頭部を攻める! 相手の弱点を見極め、無慈悲にもその部分を集中的に狙う、アシュラマンの冷血面! キン肉マンルージュ選手、ダメージ甚大ぃ! はたして、立ち上がれるのかあ?!」
アナウンサーの興奮した声が、会場中に響き渡る。
「キン肉マンルージュは立ち上がる。まだそのくらいの余力はある」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼がそう呟くと、キン肉マンルージュはふるふると身体を震わせながら、ふらふらと立ち上がった。
「……負けない」
「んん? 何か言ったか?」
「……負けないって、言ったの」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は腕を組み、見下すように顎を上げる。
「負けない、か。その気持ちは立派なものだが、貴様の体力はお粗末なものだ。もし次に、一撃でも攻撃を受けたら、貴様はもう二度と立てはせぬ。つまり、次にダウンしたら、貴様の負けだ」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は素早く動き、一瞬の間にキン肉マンルージュの目の前にまで移動し、間合いを詰めた。
「ッ!」
キン肉マンルージュはとっさに頭部を守る。これ以上、頭を攻撃されたら、脳天が砕け散ってしまう。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は、頭部をガードしているキン肉マンルージュの真横に移動し、裏拳を放った。
“どずぅ”
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の裏拳は、ノーガードであるキン肉マンルージュの背中にヒットする。裏拳の勢いで、キン肉マンルージュは前に押し出される。
“どぼぉ”
押し出されたキン肉マンルージュを待っていたかのように、硬く握られたアシュラマン・ザ・屍豪鬼の拳が、キン肉マンルージュのみぞおちにめり込む。
「ッはぁ」
苦悶の表情を浮かべるキン肉マンルージュは、口角からよだれを垂れ落とす。
「貴様はもう半分死んでいる状態。わざわざ頭部を狙う必要はない。どこに攻撃を放っても結果は一緒だ。私の勝利という結果は変わらない」
キン肉マンルージュは膝をがくがくさせ、キャンバスに倒れ込んでいく。
「これでダウンすれば、貴様はもう二度と立てぬ。貴様にはもう余力がない。貴様の負けだ」
“だあぁぁん”
キャンバスが目の前にまで迫った、その時。キン肉マンルージュは足を踏ん張らせ、キャンバスを踏み叩いた。
「……負けない……わたしは……絶対に負けないッスルううぅぅぅうううッ!」
熱い気持ちが込められたキン肉マンルージュの叫びが、周囲に響き渡る。
「意地でも倒れないつもりか。だが、この場に立っていれば立っているだけ、貴様は地獄を味わうことになるのだ」
キン肉マンルージュは目を見開き、熱く燃える眼差しでアシュラマン・ザ・屍豪鬼を睨みつける。
「負けないと言ったら、負けないッスル! あきらめない……絶対にあきらめないッスル! 試合の途中で負けを認めるなんて、そんな無責任なこと……正義超人は、絶対にしないッスル!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は冷たい眼差しのまま、キン肉マンルージュを見つめている。
「キン肉マンルージュよ。それほどまでに暑苦しい目を、この私に向けるのであれば、私も熱くたぎった地獄で、貴様を迎え撃ってくれよう」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の頭が、ぎゅるりと回転する。
「フェイスチェンジ、怒り!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の顔が、冷血面から怒り面に変わった。怒りに満ち満ちたその顔は、見る者全てを怯えさせてしまうほどに、恐ろしい。
「カーカカカ! 怒りこそ我が力! 憎悪こそ我が糧! 燃えたぎる地獄の業火を、存分に味わうがよいぞお!」
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(27)
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は6本の腕を、思いきり振り切った。
「竜巻地獄!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は竜巻を発生させたのと同時に、キン肉マンルージュに向かって走り出した。
キン肉マンルージュは瞬時に横へ跳び、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の突進を避ける。
「逃がすかあ!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は腕を振り回し、キン肉マンルージュに掴みかかる。しかしキン肉マンルージュは、掴みかかってくる腕にかかと落としを喰らわせ、腕を弾き落とす。そして姿勢を低くして、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の腕をかいくぐる。
“がしぃ”
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の下の腕が、キン肉マンルージュのツインテールを掴んだ。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の腕は、まるで目がついているかのように、キン肉マンルージュの動きを完璧に捕らえていた。
「きゃあぅッ! いたい! いたぁぁああい!」
大きく束ねられたツインテールを引っ張られ、キン肉マンルージュの顔が悲痛に歪む。
「カーカカカ! 痛いのはこれからじゃい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュのツインテールを掴んだまま、ごうごうと巻き上がる竜巻の中に突っ込んだ。
「きゃああぁぁああぁぁッ!」
ツインテールを掴まれ、髪だけでぶらさがるキン肉マンルージュの身体が、竜巻の中でもみくちゃに吹き飛ばされる。
「カーカカカ! 今度はお空に飛んで行けい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は、急に手を離した。キン肉マンルージュの身体は竜巻に巻かれ、そして竜巻上部から弾き出される。
真上に飛んだキン肉マンルージュを、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は上空で待ち受けていた。
「そおれ! 今度は地上に真っさかさまじゃい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュをキャッチし、そのまま抱きかかえる。そして、6本の腕で真下に放り投げた。
“ずがががががあ”
リング上では、竜巻がごうごうと風巻いている。落下するキン肉マンルージュは竜巻に飲み込まれ、竜巻の中で再びもみくちゃに吹き飛ばされる。
「カーカカカ! またお空に飛んでこい!」
竜巻上部から、再びキン肉マンルージュが弾き飛ばされる。そして、待ち受けるアシュラマン・ザ・屍豪鬼に、一直線に飛んでいく。
「キン肉マンルージュ! 貴様を魚雷で打ち落してくれるわい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は身体を錐揉み回転させながら、飛んでくるキン肉マンルージュに向かってフライングパンチを放つ。
「喰らえい! 阿修羅魚雷!」
キン肉マンルージュに魚雷が襲いかかる。しかし、キン肉マンルージュも負けてはいない。
「48の殺人技のひとつ、マッスルトルナード!」
キン肉マンルージュは身体を高速回転させ、阿修羅魚雷を迎え撃つ。
“ずがががががあああぁぁぁ”
魚雷とトルナードがぶつかり合い、お互いを弾き合う。凄まじい超高圧の超回転同士が衝突したため、周囲に暴風が吹き荒れる。
「ふたりとも凄まじすぎですぅ。このままでは、お互いに無事ではいられませんですぅ」
暴風に巻き込まれながら、ミーノはぶつかり合う大渦を見つめている。
“ぴしゃり”
ミーノの頬に、水滴が飛んできた。ミーノは手の平で水滴を拭う。
「あ、赤い?! これは……血ですぅ!」
ふたつの大渦から、まるでにわか雨のように、赤い水滴が降り落ちてくる。
「ぐうおおッ」
「きゃあうぅ」
ばちぃっ、という破裂音とともに、ふたつの渦が消失する。そしてキン肉マンルージュとアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、キャンバス目がけて落下する。
“ずがだああぁぁんッ”
ふたりはキャンバスに身体を打ちつけた。ふたりの身体はリング上で、大きくバウンドする。ふたりはその勢いを利用して、キャンバスに着地した。しかし、それでも落下の勢いはおさまらず、ふたりはキャンバス上を後ろ向きに滑らされながら、お互いの自陣のコーナーポストに激突する。
「ぐはあッ」
「きゃふぐぅッ」
ふたりはコーナーポストに身体を預けながら、荒くなった息を整える。
“きゃああああッ!”
“ひ、ひでぇ……”
観客席からは悲鳴が上がり、青ざめた吐息が漏れる。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(28)
キン肉マンルージュは頭部からの出血がいっそうにひどくなり、明るい赤色のコスチュームに、鮮やかな赤色の点と線が、鮮烈に描かれていた。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は手の甲全体が破け、大出血している。更に腕全体の筋肉が所々断裂し、6本全ての腕がびきびきに緊張して、感覚が無くなるほどに痺れていた。
「ぐぬおおお……な、なぜじゃあ……確かに、儂の阿修羅魚雷と、貴様のマッスルトルナードがぶつかり合えば、大ダメージは必至じゃわい……じゃが、それでも……いくらなんでも、このくらいのことで……儂の腕がここまで酷く負傷するとは……ふ、腑に落ちんわい……」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼がぶつぶつと呟いている間に、キン肉マンルージュはスカートをびりびりと破り、頭部の傷を覆うように頭に巻きつけた。
戸惑うアシュラマン・ザ・屍豪鬼に対し、キン肉マンルージュは冷静に傷の対処をしている。そんなキン肉マンルージュを見て、マリが口を開く。
「アシュラマン・ザ・屍豪鬼の腕は、いきなり壊れてしまったわけではないわ。凛香ちゃんは攻撃対象を6本の腕に絞って、ひたむきに、集中的に、腕を攻撃し続けた。腕が壊れたのは、凛香ちゃんの攻撃の蓄積による結果であって、突発的に腕が破壊されたわけではないわ」
「そのとおりなのですぅ。キン肉マンルージュ様は、どんなにアシュラマン・ザ・屍豪鬼に激しく攻撃されようとも、ひたすらに腕を攻撃していましたですぅ。でも……その代償は大きいのですぅ……」
ミーノは身を震わせながら、キン肉マンルージュを心配そうに見つめる。
「凛香ちゃんは頭を、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は腕を……ふたりとも、ダメージは甚大だわ……ここからは肉体的ではなく、精神的な強さが求められる戦いになっていくわね」
マリとミーノがふたりを見つめる中、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は大きく笑い上げた。
「カーカカカ! カーッカッカッカッ! これしきの傷、負傷とは呼べんわ! 正義超人にしてみれば致命的な負傷でも、悪魔超人の儂にとっては、ただのかすり傷じゃわい!」
そう言ってアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、6本の腕に力を込めながら腕を曲げ、力こぶを作ってみせる。力を込めたことによって、手の甲からは血が噴き出し、腕からは筋肉が断裂する音が鳴り響く。
“きゃああああッ、や、やめてぇ! 恐い! 恐いよぉ!”
“いてえ、いてえよぉ……見てるこっちがイタ苦しいぃ……”
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は、怒り狂った顔で卑しく笑いながら、血まみれの手でキン肉マンルージュの頬をさすった。
「カーカカカ! どうじゃい、これが悪魔超人じゃい! 自らの身体を案ずるほど、悪魔は甘ったれておらぬのじゃい! とにもかくにも、ひたすらに敵を壊す、破壊する、切り刻むんじゃい! 八つ裂きにして、ぶち殺すんじゃい! それが悪魔の戦い方ってもんじゃい!」
キン肉マンルージュは、頭部に巻いたスカートに、人差し指で触れた。指先が赤く染まる。そして、その人差し指で唇をなぞった。キン肉マンルージュは手の平にキスをし、その手の平をアシュラマン・ザ・屍豪鬼の頬に押し当てる。
「自らを気遣えない者は、誰も気遣えない。自らを愛せない者は、誰にも愛されない。わたしは幼女の頃から、それを嫌ってほどに実感して育ったの」
キン肉マンルージュは、そっと手を離した。アシュラマン・ザ・屍豪鬼の頬には、鮮血のキスマークがついている。
「48の殺人技のひとつ、マッスルオウスキッス」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は怒り狂い、キスマークを拭おうとする。
「何がキッスじゃい! キッスが殺人技じゃとお? ふざけよってからに! 悪魔の恐怖にさらされすぎて、頭が狂っちまったのか?」
キン肉マンルージュは真剣な眼差しで、アシュラマン・ザ・屍豪鬼を睨む。
「マッスルオウスキッスは堅い誓い、血の誓約。マッスルオウスキッスを与えた者は、必ず打ち倒す。マッスルオウスキッスは聖なる血の刻印」
キン肉マンルージュの言葉を聞いて、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は頬を拭うのを止めた。
「カーカカカ! そうか、この麗しきションベンガキ超人の接吻は、貴様なりの覚悟というわけか! いいじゃろう! だったら有言実行せい! 貴様がほざいたとおりに、儂を打ち負かしてみせい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は6本の腕を編み込み、1本にまとめる。そして6つの拳を握り、その全ての拳をひとつに重ねる。アシュラマン・ザ・屍豪鬼は思い切り身体を振りながら、更に腕も振り抜く。
「喰らえい! 阿修羅鉄球クレーン車!」
まるで鉄球のついたクレーン車で殴られたような衝撃が、キン肉マンルージュの腹を突き抜ける。
「きゃひゅうぅぐぅッ」
キン肉マンルージュは吹き飛ばされ、ロープにぶち当たる。ロープはキン肉マンルージュの激突によって伸び、そしてロープは急激に元へと戻る。
ロープの反発力で、キン肉マンルージュは再び吹き飛ばされる。その先には、アシュラマン・ザ・屍豪鬼が待ち受けていた。
「もういっちょう、地獄の鉄球を喰らえい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は飛んでくるキン肉マンルージュとのタイミングをとりながら、悪魔の鉄球を投げ放つ。
“ずがしゃああぁぁッ”
重苦しい打撃音が周囲に響く。アシュラマン・ザ・屍豪鬼の放った鉄球は、リング上にめり込んでいる。
「ぐぅうわあぁがああぁぁ」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の顔が、悲痛に歪む。キン肉マンルージュの両膝が、アシュラマン・ザ・屍豪鬼のまとめられた腕に突き刺さっていた。
「マッスル鉄球落とし!」
ロープに飛ばされていたキン肉マンルージュは、空中でとっさに両足を跳ね上げて、軌道を上向きに変えていた。そして、鉄球が自分の下を通過したのを見計らい、今度は両足を下ろして、軌道を下向きに変える。キン肉マンルージュは両膝を揃え、アシュラマン・ザ・屍豪鬼のまとめられた腕に膝を落とした。
「こ、こんのションベンガキ超人めがあ! 本気で儂を怒らせおったぞお! もう容赦はせん! 貴様の息の根、完全に止めてくれるわあ!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の目が真っ赤に光り、全身が赤黒く変色する。怒りの頂点に達したアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、全身に怒りを宿し、憎悪で血を沸騰させる。
「ガーガガガ! 真・怒り面、発動じゃあ!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は目で追えないほどの速さで移動し、キン肉マンルージュの真正面に立つ。
「ッ!」
突然、目の前にアシュラマン・ザ・屍豪鬼が現れ、キン肉マンルージュは身体をこわばらせてしまう。
「ガーガガガ! アシュラマン・ザ・屍豪鬼の究極フェイバリットホールドを、存分に喰らえい! そして死ねい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュを担ぎ上げ、そのまま上空へと飛躍した。そして宙にいる状態で、キン肉マンルージュの両腕、両脚を6本の腕で固める。更に両脚を跳ね上げ、首をフックした。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は飛躍の頂点に達すると、叫ぶように言い放つ。
「ガーガガガ! 喰らえい! アルティメット阿修羅バスター!」
アシュラマンの究極バスター、アルティメット・阿修羅バスターがキン肉マンルージュに極まってしまった。
アシュラマンが息子シバを死に至らしめた、無慈悲極まりない最強のバスター、それがアルティメット・阿修羅バスターである。
「ガーガガガ! この技は絶大な威力を誇り、かつ、脱出不可能技じゃい! 貴様をあの世に送る、最高級のリムジンを用意してやったぞい! ありがたく喰らえい!」
脱出不可能技というだけあって、キン肉マンルージュは身体をぴくりとも動かせないでいた。両腕、両脚、首、ほぼ全身が固められ、身動きが全くとれない。
地獄へ真っさかさま。この世には戻ってこられない片道切符。キン肉マンルージュは、まさに絶体絶命である。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(29)
「負けない! 絶対にあきらめない! あの世になんて、絶対に行かない!」
キン肉マンルージュは必死になって、身体を揺すった。両腕、両脚をばたつかせ、首を左右に振る。
「ガーガガガ! 暴れろ! もがけ! そして苦しめ! 何をしようが、この技は破れぬわ!」
落下速度は加速度的に上がり、キャンバスが近づいてくる。キン肉マンルージュは歯を食いしばり、涙を流しながら、全身に力を込めて暴れまくる。
“こくん”
キン肉マンルージュは、奇妙な違和感に気がついた。身体を動かすと感じる、微かな変化。アシュラマン・ザ・屍豪鬼から伝わる、微小な違和感。
キン肉マンルージュはいっそうに集中して全身に力を込め、アシュラマン・ザ・屍豪鬼がホールドしている腕を引き剥がそうとする。
「ガーガガガ! 無駄じゃあ! 無駄! 無駄あ! もうすぐ地獄に着くから、楽しみに待っておれい!」
「無駄だとしても! やれることはやり尽くす! どんなに負けそうでも、自分の勝ちを信じる! それが純潔乙女正義超人、キン肉マンルージュなんだからあああああッ!」
“ごきぃん”
ひときわ大きな鈍音が、周囲に鳴り響いた。そして、キン肉マンルージュの右腕をホールドしているアシュラマン・ザ・屍豪鬼の手が、ぶらりと力なく垂れ落ちる。
「な、なんじゃとお!」
突然のことに、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は困惑する。そしてキン肉マンルージュは、ここぞとばかりに暴れまくる。
“ごきごぎぃん! ごききぎぎぎぃん”
鈍音が連続的に響き渡り、同時にアシュラマン・ザ・屍豪鬼のすべての手が、キン肉マンルージュの身体から離れていく。キン肉マンルージュのホールドを放棄したアシュラマン・ザ・屍豪鬼の6本の腕は、ぶらぶらになって、力なく垂れ落ちてしまった。
「こここ、これはどうしたことかあああぁぁぁ! アシュラマン・ザ・屍豪鬼選手、完璧にきまっていたアルティメット阿修羅バスターを解いてしまったあ! アシュラマン・ザ・屍豪鬼選手に、いったい何が起こっているのかあ?!」
興奮したアナウンサーの実況に、興奮した中野さんが答える。
「今の音、そしてぶらぶらになった腕、これは脱臼ですねえ! アシュラマン・ザ・屍豪鬼選手、6本全ての腕が脱臼していますねえ!」
実況席が沸き立っている間に、キン肉マンルージュは首をホールドしているアシュラマン・ザ・屍豪鬼の両脚を掴み、指を突き刺すように握り締める。
“ぐぅわッ”
小さな悲鳴を上げたアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、一瞬、両脚の力が抜けてしまう。その一瞬を逃さず、キン肉マンルージュはアシュラマン・ザ・屍豪鬼の首固めから脱出する。
“ずだだぁん”
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は誰もホールドしないまま、キャンバスへと着地する。見事なエアー・アルティメット阿修羅バスターが炸裂した。
そしてアシュラマン・ザ・屍豪鬼は力尽きたように、キャンバス上に倒れ込んだ。
“ずどがぁん”
首固めから脱出したキン肉マンルージュには、もう力が残っていない。キン肉マンルージュは着地の体勢をとることが出来ないまま、身体をキャンバスに打ちつけてしまう。そして、そのまま倒れ込んでしまった。
リング上に倒れ込むふたりを見て、観客達、そして実況席にいるアナウンサーと解説者は、言葉を失ってしまう。
「ダブルノックダウンよ」
静寂の中、マリの美しい凛とした声が、周囲に響き渡る。そしてマリは実況席に顔を向け、目でカウントを促した。
「し、失礼しました! わ、ワーーン! ツーー!」
カウントが始まった。しかし、リング上のふたりは、全く動く様子がない。
キン肉マンルージュには、もう力が残されていない。アシュラマン・ザ・屍豪鬼が負傷していたとはいえ、脱出不可能技であるアルティメット阿修羅バスターを打ち破り、脱出したのである。全体力を使い果たしてしまったのは、当然の結果と言えた。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は、アルティメット阿修羅バスターを放ったことにより、体力の大部分を消費してしまった。アルティメット阿修羅バスターは絶大な威力を発揮するかわりに、膨大なエネルギーを必要とする。
これに加えて、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は真・怒り面をも発動していた。真・怒り面は身体能力を著しく向上させる。しかし、身体への負担が甚大で、3分以上発動させてしまうと、全体力を失ってしまう。
「スリーー! フォーー!」
カウントが半分近く終って、ふたりはようやく動き出した。身体を震わせながら、仰向けになっている身体をうつ伏せにする。
「ううッ……苦しい……ううん、苦しいとか痛いとか、そういう感覚を感じなくなっちゃってる……なんだか金縛りにあってる身体を、無理やり動かしているみたい……全然、身体が動いてくれないよ……」
「ガーガガガ……腕全部が脱臼とはのう……このクソ腕め、ぶらぶらしとるだけで、ちっとも動かん……まったくもって役に立たんダメ腕じゃい……まったく、こんなときに……余力ゼロの状態で、足だけで立ち上がれというのは、いささか酷ってもんじゃないかのう……」
「ファーーイブ! シーーックス! セブーーン!」
正確に時を刻むカウントは、ふたりに唯一残された微量すぎるほどの気力を、無理やりに使わせる。
「こうなったら、最後の最後なとっておき、使っちゃうよ!」
キン肉マンルージュは全身に力を込め、歯を食いしばった。
「乙女のぉ! クーーソーーヂーーカーーラーーーッ!」
目を血走らせ、熱すぎる気持ちが詰まった声を発しながら、がくがくになった膝で無理やりに立ち上がっていく。
「ま、マリ様。もしかして、これは……ついにあの力が! ですぅ」
ミーノは目を輝かせて、マリを見上げる。
「これは……ただの気合ね」
マリは腕組みをしながら、静かにキン肉マンルージュを見つめている。
「き、気合!? ……ですか……ただの気合……ですぅ……」
気が抜けて呆然とするミーノをよそに、カウントは進んでいく。
「エイーート!」
カウント終了まで、あとふたつ! といったところで、キン肉マンルージュとアシュラマン・ザ・屍豪鬼の膝が、がっくりと折れ、腰が落ちていく。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(30)
“あああッ!”
観客の声が、きれいにハモった。ふたりが倒れてしまう! ダブルノックアウト! 誰もがそう思った。
「ナイーン!」
カウント終了まで、遂にあとひとつ!
“おおおッ!”
しかし、ふたりは倒れなかった。がっくりと折れた膝は、曲がりきったところで、今度は勢いをつけて反発した。キン肉マンルージュとアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、その反発を利用して、飛び上がった。
“ずっだあぁん”
キン肉マンルージュとアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、リング中央にまで飛びながら移動し、ふたり同時に着地した。
「キン肉マンルージュ選手! アシュラマン・ザ・屍豪鬼選手! カウント地獄から無事生還! 試合はまだまだ終わらない!」
アナウンサーはマイクを握り締めながら、叫ぶように言った。
「ガーガガガ! 見ての通り、儂の腕はもう使いものにならん。加えて、体力は無い、ダメージは甚大。正直、まともに戦える状態ではない。じゃが、それでも貴様に負ける気がせんわい」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュを見下すように言いながら、歪んだ笑みを浮かべる。
対するキン肉マンルージュは、反論の言葉すら、口から出すことができないでいた。
整わない息を、ゆっくりとした呼吸で整えようとするキン肉マンルージュ。まるで目をつむっているかのように、身体はふらふらと安定しない。キン肉マンルージュは力の入らない足に、無理やり力を込め続けている。
キン肉マンルージュの可愛らしいコスチュームは、破れ、裂け、千切れている。所々にある赤い染みは、汗や涙やよだれで、ぼんやりとにじんでいる。
立っているのが奇跡。そう思えるほどに、キン肉マンルージュはぼろぼろの状態であった。
「キン肉マンルージュよ! 貴様、なかなかに手強かったぞい! d.M.pのメイキング超人であったこの儂、グレート・ザ・屍豪鬼をここまで追い詰めたのじゃからのう!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は高らかと笑いだした。
「胸を張れい! キン肉マンルージュよ! その無い胸を、思いっきり張れい! ションベンガキ超人! たかだか正義超人の分際で、ここまで善戦したんじゃい! よくやった! 褒めてやろうぞい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は口をもごもごさせ、血が混じって真っ赤になったツバを、キャンバス上に吐きだした。
「さて、次で貴様を仕留める。そして、貴様は確実に死ぬ。じゃから貴様が死ぬ前に、先に褒めておいてやったぞい」
キン肉マンルージュはアシュラマン・ザ・屍豪鬼を睨みつけた。しかしアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、鼻で笑って返した。
「さらばじゃ、キン肉マンルージュよ! 脳天から血の華を乱れ咲かせ、そして見事に命を散らせい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の目が真っ赤に光り、全身が赤黒く変色する。
「真・怒り面、再び発動じゃあ!」
ミーノは困惑しながら、血を沸騰させているアシュラマン・ザ・屍豪鬼を見つめている。
「そ、そんな! ですぅ! 真・怒り面は全体力を使ってしまう諸刃の剣! 先程使った真・怒り面によって、アシュラマン・ザ・屍豪鬼には、もう体力が残っていないはずですぅ!」
マリは少し驚いた顔をしながら、ミーノに言葉を返す。
「確かに、アシュラマン・ザ・屍豪鬼にはもう体力が残っていないわ。だから、代りに使うつもりなのね、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は」
「つ、使うって、何をですぅ?」
「……いのち」
ミーノは言葉を失った。自らの命を使いきってしまうことに、全く躊躇がない悪魔超人。ミーノは心底、恐怖した。
“しゅんッ”
風を切る音が聞こえた瞬間、キン肉マンルージュのみぞおちには、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の膝がめり込んでいた。
「ッくはぁ」
キン肉マンルージュの身体は、くの字に曲がり、口からは赤いものが吹きしぶいた。
“どずばきゃあぁぁッ”
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は膝を離し、そしてキン肉マンルージュの身体を真上に蹴り上げる。
“しゅびッ”
真上に飛ばされたキン肉マンルージュよりも速く、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は上空に移動した。
そして、アシュラマン・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの足の上に膝を乗せ、全体重をかける。
「阿修羅稲綱落とし!」
真・怒り面の力が加わった阿修羅稲綱落としは、今までの阿修羅稲綱落としとは比べものにならないほどの威力を秘めている。
キン肉マンルージュは、全く動くことができない。
「阿修羅地獄芸!」
突然、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の両膝から、骨が突き出してきた。骨はキン肉マンルージュの両足を、完全にロックする。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(31)
「ガーガガガ! これでもう、逃げられんぞい! 今度こそ、地獄行きの片道切符! ワンウェイチケットじゃあ! 行先は人生の終点、地獄じゃあ!」
キン肉マンルージュは、動かない身体を無理やりに動かす。しかし、全くと言っていいほどに、身体は動いてくれなかった。
万策尽きる……最後まであきらめない! だが、何もできることがない。
万事休す……どうしたらよいのかわからないでいるキン肉マンルージュは、ふと、あることを考えた。
「こんなとき……キン肉マン様なら……キン肉万太郎様なら……どうするのかなあ……」
絶対絶命……そんな窮地に陥ったならば、キン肉マンなら、キン肉万太郎なら、間違いなくあの力を発動させる。
「でも……わたしに使えるのかなあ……無理だよ……あの力は特別だもん……キン肉族王家だからこそ使える、特別中の特別……」
キン肉マンルージュの身体から、力が抜けていく。いよいよをもって、力を使い果たした。
「ちがうのですぅーーーーーーーーッ!!」
突然に上がったミーノの叫びに、キン肉マンルージュはミーノを見た。
「違うのですぅ! あの力は、キン肉マンルージュ様、あなたにも使えるのですぅ! あなたはキン肉マン様の力を受け継いでいるのですぅ! それに……それに! あなたは身の心も、立派な正義超人ですぅ! だから……だから! 絶対に使えますぅ! だって、あなたは……」
ミーノは涙を流しながら、キン肉マンルージュに叫び上げる。
「あなたは! マッスル守護天使、キン肉マンルージュなのですぅーーーーーーッ!!」
“どくん”
ミーノの言葉を受けたキン肉マンルージュは、胸に熱いものを感じた。
熱い……ひどく熱い……熱い何かが、全身を駆け巡り、キン肉マンルージュを燃やしていく。
「熱い……熱いよぉ……燃えてる……まるでわたしの全部の細胞が、ごうごうと燃え盛っているみたい……」
キン肉マンルージュは燃える身体の中に、無尽蔵なエネルギーが存在していることに気がつく。まるで身体の中で、太陽が燃え盛っているようである。
「わたしは……わたしは……わたしはぁぁぁーーーーーーッ!!」
突然、キン肉マンルージュの身体が、慈愛の光マッスルアフェクションで包まれた。そしてマッスルアフェクションは、キン肉マンルージュの額へと集まりだした。
「あああッ! あ、あれは! ですぅ!」
ミーノは泣きながら、キン肉マンルージュの額に現れた文字に感激した。
キン肉マンルージュの額には、真っ赤な字で“肉”と刻まれている。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」
キン肉マンルージュの頭上には、赤いエンジェルリングが浮かび、光り輝いている。そして背中には、透き通った赤色の翼が、1枚生えている。
キン肉マンルージュの全身が、マッスルアフェクションに薄く包まれている。そして、ほのかに赤く輝いている。
その姿は神秘的で、まるで本物の天使を見ているようである。まさにマッスル守護天使、キン肉マンルージュである。
復活を遂げたキン肉マンルージュに向かって、ミーノは叫んだ。
「使えました……使えましたですぅ! 伝説の神秘の力、火事場のクソ力ですぅ!」
全身に力がみなぎっているキン肉マンルージュは、腹筋で上体を起こし、膝をホールドしている骨を手刀で叩き折った。
「ぐぎゃあああッ! な、なんじゃとおぉぉぉ!」
突然のことに混乱するアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、何もできないでいる。
キン肉マンルージュは阿修羅稲綱落としから脱出し、宙でアシュラマン・ザ・屍豪鬼を担ぎ上げた。そして、更なる上空へとアシュラマン・ザ・屍豪鬼を投げ飛ばした。
上空へ上がっていくアシュラマン・ザ・屍豪鬼と同じ速度で、キン肉マンルージュも上がっていく。そして、キン肉マンルージュはアシュラマン・ザ・屍豪鬼の3本の腕を三つ編みにし、1本の腕のようにまとめる。こうして、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の腕は、6本から太い2本腕へと変えられてしまう。
「い、いったい、何をする気なんじゃあ!」
困惑するアシュラマン・ザ・屍豪鬼を尻目に、キン肉マンルージュはアシュラマン・ザ・屍豪鬼の両足首を掴んだ。そして、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の両腕の動きを封じるべく、自らの両足を乗せる。
「こ、これはあああ! 伝説超人キン肉マンのスペシャルホールド、キン肉ドライバーだあああ!」
アナウンサーが興奮しながら言い放った言葉どおり、キン肉マンルージュはアシュラマン・ザ・屍豪鬼にキン肉ドライバーを極めた。そして、キャンバス目掛けて落下していく。
「ガーガガガ! 何かと思えば、キン肉ドライバーじゃとお? 儂を誰だと思っておる! d.M.pのメイキング超人じゃい! キン肉ドライバーの返し技くらい、心得ておるわい!」
キン肉マンルージュは、笑みを浮かべながら言葉を返す。
「せっかちさんだねぇ、まだ技は完成していないよぉーだ!」
キン肉マンルージュは、腕のホールドが甘いという弱点を克服するかのように、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の両腕を自らのふくらはぎで挟み込み、がっちりとホールドした。更に自らの身体を後ろに反らし、同時に腰を後ろに向かって曲げることで、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の胸を反らさせた。そして、お尻をアシュラマン・ザ・屍豪鬼の頭に乗せ、顎が激突するように顔を上げさせる。
「な、なんじゃあ、この技は!?」
困惑するアシュラマン・ザ・屍豪鬼。同じように、観客や実況席のふたりも、困惑している。
【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(32)
「こ、これはなんだあああ?! 初めて見る技です!」
「これは私も初めて見ますよお?!」
アナウンサーと中野さんは顔を見合わせながら、正体不明の技について考え込む。
「ふふ、誰にもわからないでしょうね。あの技は凛香ちゃんの……いいえ、キン肉マンルージュのオリジナルホールドですもの」
マリは落下するキン肉マンルージュとアシュラマン・ザ・屍豪鬼を見つめながら、静かに言った。
“ごずどおおぉぉおおぉぉおおぉぉん!”
キャンバスに着地したのと同時に、キン肉マンルージュは言い放つ。
「キン肉ルージュドライバー!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼の全身に、激しすぎる衝撃が走り抜ける。特に顎から胸に掛けての上半身は、骨折と筋肉の断裂により、致命的なダメージを負っていた。
キン肉マンルージュはアシュラマン・ザ・屍豪鬼の身体を離して、後ろ向きにジャンプした。そして宙で一回転して、自陣のコーナーポストまで飛びながら移動した。
“うおおおおッ! すげえすげえすげえ! すんげえええ!”
“キン肉ルージュドライバー! マジでしびれた! 感動した!”
“はんぱねえ! ルージュちゃん! すごすぎて、なんも言えねえ!”
驚きと興奮が入り混じる観客達の声に包まれながら、キン肉マンルージュはアシュラマン・ザ・屍豪鬼を見つめる。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は、まるでしゃちほこのように見事なエビ反りを披露したまま、キャンバスに埋まっている。
「アシュラマン・ザ・屍豪鬼選手、全く動きません! あれほどの大技を喰らってしまっては、試合続行は不可能か?!」
アナウンサーの言葉を聞いて、悪魔は怒り混じりの恐ろしい声を響かせる。
「ガーガガガ! 試合続行は不可能か、じゃとお? ふざけるなよ! 試合続行は可能じゃい!」
しゃちほこの格好をしていたアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、腹に力を込め、足をキャンバスに下ろした。そして足だけを使って、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は立ち上がった。
“きゃああああぁぁぁぁッ!”
観客席から悲鳴が上がる。
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は変わり果てた姿を、観客に披露する。胸はぐしゃぐしゃに砕け、腕は三つ編みのままだらりと垂れ下がり、3つの顔は見るも無残に崩れている。
「ガーガガガ! もう全身ずたぼろで、使い物にならん。まさに手も足も出んわい! 普通に考えれば、試合続行は不可能じゃろうな」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は口角から血を流し、喉をヒューヒュー鳴らしながら、砕けた顎でしゃべり続ける。
「じゃがな! 儂は普通ではない! 悪魔じゃあ! 悪魔には、貴様らの常識なんぞ通用せん! こんな身体に成り果てても、勝機は儂にあるんじゃい!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は目を血走らせ、砕けた口の中に溜まっている血を、ごくりと飲み込んだ。そして今度は、全身から吹き流れている血を、全て吸い上げるかのように、口で激しく吸引していく。
「ガーガガガ! 大量の悪魔の血が、悪魔の真の力を呼び起こすのじゃい! とくと見よ! これが悪魔の邪悪の力じゃあ!」
アシュラマン・ザ・屍豪鬼は、ゲタゲタと歪みきった声で笑い上げながら、全身から真っ黒なオーラを噴出させる。
「発動! 魔界のクソ力!」
その瞬間、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は悪魔の暗雲、デヴィルディスペアに包まれた。禍々しい暗雲の中で、アシュラマン・ザ・屍豪鬼は狂気の声を上げる。
「ガーガガガ! 素晴らしい! 素晴らしいぞい! 真・怒り面なんぞ、比べものにならんほどのパワーじゃい! ガーガガガガガガ! 勝った! 儂は貴様に勝ったぞい! デヴィルディスペアが晴れたら、貴様は瞬殺じゃい! 一瞬で貴様を八つ裂きにして、その身を血と肉と骨に別けてくれるわ!」
デヴィルディスペアの中から聞こえてくる狂気の声。しかしその声は、突然、悲痛な叫びに変わってしまう。
「んッ? んん? な、なんじゃあ? ぐ、ぐわあああああぁぁぁぁっぁ! あ、熱い! 熱いぞい! バカな、こ、こんなことが?! ぐぎゃあああぁぁぁ! く、食うな! 儂を食うな! デヴィルディスペアよ! 儂を喰らうな! ぎゃああぐぎゃああわぎゃああ! やめてくれい! 食わないでえ……やめでえ……ぐでえぇぇぇ……」
しばらくすると、デヴィルディスペアの中から、アシュラマン・ザ・屍豪鬼の声が聞こえなくなった。そして、デヴィルディスペアが晴れていく。
“う、うわあああぁぁぁあああぁぁぁッ!”
“きゃあああぁぁぁあああぁぁぁッ!”
観客達が一斉に悲鳴を上げる。
デヴィルディスペアの中から現れたアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、今まで以上に、変わり果てた姿になっていた。
3つの顔がめちゃくちゃに混ざり合い、ぐしゃぐしゃに崩れている。腕と脚はあらぬ方向に折れ曲がり、関節が増えたのかと錯覚するような、ひどい骨折をあちこちにしている。全身に裂傷、擦過傷、あらゆる傷が刻まれ、血が噴き出している。
「これが悪魔の最後ですぅ」
静まり返った観客席に、ミーノの声が響き渡る。
「アシュラマン・ザ・屍豪鬼は魔界のクソ力の発動に、失敗しましたですぅ。その結果、アシュラマン・ザ・屍豪鬼はデヴィルディスペアから力を得ることが出来ず、逆にデヴィルディスペアに食われてしまったのですぅ。クソ力は発動するのに、大きなリスクを負いますですぅ。キン肉マンルージュ様はそのリスクに打ち勝ち、見事、火事場のクソ力を発動させましたですぅ。対してアシュラマン・ザ・屍豪鬼は、そのリスクに負けてしまい、大きな代償を払うことになったのですぅ」
“かーん! かーん! かーん! かーん! かーん!”
ミーノの言葉と連動するように、試合終了のゴングが鳴らされた。
コーナーポストに身体を預けていたキン肉マンルージュは、すとんとその場に座り込み、空に向かって顔を上げる。
「か、勝ったよぉぉぉ! 勝てたよぉぉぉ! 救えたよ、地球! よかった! よかったよぉぉぉぉぉッ!!」
キン肉マンルージュは涙を流しながら、叫び上げた。そして、わんわんと泣きだした。
「うえええええん! よかったよぉぉぉ! 怖かったよぉぉぉ! うわあああああん! 勝ってよかったよぉぉぉ! 平和、守れたよぉぉぉ!」
激しく泣きじゃくるキン肉マンルージュを見て、アナウンサーは声を張り上げる。
「勝ったあああ! 勝ちました、キン肉マンルージュ選手! 見事、グレート・ザ・屍豪鬼を打ち破りましたあ!」
「いやあ、素晴らしい! 感動の嵐! 怒涛の感動ビッグウェーブ! とにかく素晴らしかったですよお! キン肉マンルージュ選手、素敵すぎますよお! まさに男泣きならぬ、女泣き! 闘う女は美しい! 闘った女は、なお美しい!」
興奮したアナウンサーと中野さんの声に呼応するように、観客席が一斉に沸き立った。
“うおおおおおおッ! 勝った! マジで勝利! 純潔乙女正義超人、キン肉マンルージュの大勝利だあああッ!”
“天使光臨! 天使超人! 俺は今日、天使に出会った!”
“ルージュちゃん、言っちゃって! あの台詞、今こそ言っちゃって!”
観客に促され、キン肉マンルージュは立ち上がろうとする。しかし、もう全身に力が入らない。
キン肉マンルージュはコーナーポストを背にして座り込んだまま、手でハートを作ってウィンクする。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」
“うおおおおおおおおおおおおおおぉッ!!”
観客席は興奮しきった歓声で、溢れかえる。見事に悪行超人を退けた、正義の少女超人の偉業を、観客達は声と拍手で称えた。
「ルージュ様ぁ! キン肉マンルージュ様ぁぁぁぁぁ!」
ミーノは見事なジャンプでリングに飛び入り、鋭いタックルでキン肉マンルージュに抱きついた。
「ありがとうですぅ! ありがとうなのですぅ! ありがとうなのなのなのですぅぅぅぅぅッ!!」
ミーノはぎゅうぎゅうぎゅううと、容赦なくキン肉マンルージュを抱きしめる。嬉しすぎて興奮しきっているミーノは、我を忘れてキン肉マンルージュを抱きしめ続ける。
「く、苦しい……でも、ありがとね、ミーノちゃん。わたしも嬉しいよ……でも……苦しいよ……」
【第2試合】 VSノワールプペ(1)
笑顔と苦悶の表情を浮かべながら、ミーノと抱き合っているキン肉マンルージュに、マリは寄り添う。
「凛香ちゃん、お疲れ様」
マリは優しく笑みながら、キン肉マンルージュの頭を撫でる。
「今夜は凛香ちゃんの大好きな、マリお母さん特製のキムチカルビ丼にしてあげるからね」
「わあい! マリお母さんお手製のキムチカルビ丼! うれしいな! うっれしいな! でもって、苦ッしいなあ!! ……ほ、本当に、おちちゃうぅぅ」
キン肉マンルージュは口角に泡を吹きながら、ミーノの肩にタップする。するとミーノは、キン肉マンルージュに合わせるように、ポンポンとキン肉マンルージュの首の辺りを叩く。
「……ミーノちゃん、違うの……喜びのポンポンじゃないの……ギブアップのタップなのに……ああ、本当にもう、わたし……目の前が白いよ……限界だよ……」
気が遠のいていくキン肉マンルージュを見て、マリはミーノの肩をポンポンと叩いた。
「ミーノちゃん、このままだと、あなたが正義の救世主を殺めてしまうわよ」
マリの言葉を聞いて、ミーノはハッとした。そして、ミーノはキン肉マンルージュを離した。
「…………」
キン肉マンルージュは物言わぬまま、倒れこんでいる。白目を剥き、口角からよだれを垂らしながら、キン肉マンルージュは完全に失神していた。
「はわわわわわあぁ! ごめんなさい! ごめんなさいですぅ!」
焦りに焦るミーノは混乱し、自分を見失ってしまう。
ミーノは何を思ったのか、ぐったりとしたキン肉マンルージュに、心臓マッサージを施そうとする。
キン肉マンルージュの薄い胸に、ミーノの小さな手が乗っかる。
「こうなったら、心臓マッサージですぅ!」
「ミーノちゃん?! 凛香ちゃんは別に、心停止したわけじゃ、ないのよ?」
マリは慌てて、ミーノを止める。
「はわわわわわあぁ! ごめんなさい! ごめんなさいですぅ!」
焦りに焦りきったミーノは錯乱し、完全に自分を見失っている。
ミーノは何を思ったのか、ぐったりとしたキン肉マンルージュに、口づけを交わそうとする。
キン肉マンルージュの柔らかな唇に、ミーノの小さな唇が近づいていく。
「こうなったら、人工呼吸ですぅ!」
「ミーノちゃん!? 凛香ちゃんは別に、呼吸停止したわけじゃ、ないのよ?」
マリは慌てて、ミーノを止める。
「こんな形で、お互いの大切なファーストキスを、失なわないで」
「はわわわわわあぁ! ごめんなさい! ごめんなさいですぅ!」
謝ってばかりいるミーノを見つめながら、マリは優しく呟いた。
「まずは凛香ちゃんを、医務室に連れていきましょう。あれだけの戦いをしたのだから、相当のダメージが蓄積しているはずよ」
混乱していたミーノは、マリの言葉を聞いてハッとする。そして、スーッ、ハーッ、と深い深呼吸を3回した。
「すみませんですぅ。取り乱している場合では、ありませんでしたですぅ」
冷静さを取り戻したミーノは、失神しているキン肉マンルージュを、ひょいと頭上に持ち上げた。
「すぐに医務室に行きましょうですぅ」
医務室に向かうため、ミーノとマリはリングから降りた。
「あーあーあーあー、ミゴトなまでに、ブザマにヤられちゃったねー」
背後から聞こえてきた声に、ミーノとマリは身体をびくんとさせた。
リングの上には、グレート・ザ・屍豪鬼しかいない。そのグレート・ザ・屍豪鬼は、もう声を出すほどの力も残っていないはずである。
ミーノとマリは、恐る恐るリングの方に振り向いた。
「はわわわわわあぁ! そ、そんな! し、信じられませんのですぅ!」
ミーノはキン肉マンルージュを抱え上げながら、顔を真っ青にした。
リング上には、見るも無残な姿のグレート・ザ・屍豪鬼が、完全に立ち上がっていた。
「プペプペプペプペプペッ! ワラっちゃうよね! こいつってば、アレだけエラそうにしてたくせに、こーんなおコサマチョージンにヤられちゃうんだもんー」
グレート・ザ・屍豪鬼は今までとは全く違った声色、口調で、声も高らかにしゃべっている。
しかし、グレート・ザ・屍豪鬼の目は、全く焦点が合っていない状態で、光が完全に失せていた。
口は全く開閉していないのに、それでも声は、口から発せられている。
そしてグレート・ザ・屍豪鬼は、全身に骨折や脱臼をしていて、とてもではないが立ち上がれる状態ではない。立つどころか、動くことさえ、不可能なはずである。にもかかわらず、グレート・ザ・屍豪鬼は立っている。
脚や腕があさっての方向を向いていて、全身が歪んでしまっている。しかしそれでも、グレート・ザ・屍豪鬼は、倒れることなく立っている。
「し、信じられないのですぅ! グレート・ザ・屍豪鬼、そんな状態になっても、まだ立ち上がれるのですかぁ!」
「プペプペプペプペプペッ! おーバカミーノ! そんなわけあるかよー! こいつはとっくのとうに、チョージンハカバにイっちゃったよーだ」
グレート・ザ・屍豪鬼はミーノの方に顔を向けた。しかし、グレート・ザ・屍豪鬼の目は、どこも見ていない。
「そんなことよりもさー、キン肉マンルージュー、おまえのバトルを、トウクトウセキでミせてもらったよー。こいつのナカでねー」
突然、グレート・ザ・屍豪鬼は口を大きく開いた。限界を超えるほどに、グレート・ザ・屍豪鬼は口を開いていく。
“ぐぐぐ……バキベキッ! ゴキバキンッ!”
グレート・ザ・屍豪鬼の口から、顎が外れる音が、激しく鳴り響いた。そして、グレート・ザ・屍豪鬼の下顎は、だらしなく揺れ落ちてしまう。下顎は、ぶらりぶらりと、ぶら下がっている。
“ずるり……ずるずるぅずるるるぅぅぅ!”
突然、グレート・ザ・屍豪鬼の口の中から、黒い物体が飛び出してきた。そして黒い物体はリング上に着地し、んーッと伸びをした。
「あー、こいつのナカにいるの、チョーしんどかったー」
グレート・ザ・屍豪鬼はゆらゆらと揺り動き、どずずぅん、とキャンバスに沈んだ。そして今度こそ、グレート・ザ・屍豪鬼は動かなくなった。
「プペプペプペプペプペッ! はじめましてだよ! ボクはノワールプペ! あのおカタにツクられた、あのおカタにゼッタイチュージツなゲボクニンギョウ! それがボク、ノワールプペ!」
【第2試合】 VSノワールプペ(2)
自己紹介をする黒い物体。その姿は、キン肉族の少年を模した人形である。
真っ黒い生地で、乱雑な縫い方をされた人形。それはまるで、裁縫に慣れていない子供が作ったような、稚拙な作りの人形である。
背中には小さなコウモリ羽根が生えていて、小悪魔を思わせるような容姿である。
「プペプペプペプペプペッ! まったくしょうがないないよねー、こいつ。せっかくのデヴィルジュエルを、ムダにしちゃうなんてさー」
ノワールプペは、仰向けに倒れているグレート・ザ・屍豪鬼の上に乗っかり、あぐらをかきながら、頭の後ろで腕を組んでいる。
「しかもこいつ、デヴィルジュエルをつかいこなせなくて、サイゴはデヴィルディスペアにクわれてやんのー。チョーだッさー」
ノワールプペはあぐらをくずし、かかとでドカドカと、グレート・ザ・屍豪鬼を蹴り叩く。
「プペプペプペプペプペッ! こいつチョーだめだめ! やくたたずすぎ! チョーださださ! あのおカタにかわって、ボクがおしおきしてあげるよー!」
ノワールプペのかかと叩きは、どんどんと激しくなっていく。あまりの激しさに、グレート・ザ・屍豪鬼の身体がバタンバタンと暴れ動く。
「やめなさい!」
よく通る凛とした美しい声が、周囲を突き抜けていった。マリはノワールプペを睨みつけ、怒りをあらわにしている。
「プペプペプペプペプペッ! なんでー? なんでやめなきゃいけないのー? おしえて! おしえてー!」
ノワールプペは、まるで無邪気な子供がふざけているかのように、悪戯っぽく笑っている。そして、かかと叩きを、更に激しくする。
「やめなさい! ノワールプペ! グレート・ザ・屍豪鬼は正々堂々と、戦いぬいたのですよ! 結果は敗戦でしたが、グレート・ザ・屍豪鬼は最後まで、全力で戦い尽くしたのですよ! そんな超人を愚弄する権利なんて、誰にもありはしないのです!」
ノワールプペは更に声を高らかに、激しく笑い上げる。
「プペプペプペプペプペッ! プペプペプペプペプペプペプペプペプペプペッ! セーセードードーとタタカいヌいた? ゼンリョクをツくした? だからどーしたの? まけたらイミないんですけどー? ダイジなのはさー、プロセスじゃなくて、ケッカだよ? これヨノナカのジョーシキ! あんたはヒジョーシキ! プペプペプペプペプペッ!」
「非常識なのはノワールプペ、あなたですぅ!」
ミーノはキン肉マンルージュを抱え上げながら、ノワールプペをきつく睨みつけた。
「マリ様の言うとおりなのですぅ! あなたには、グレート・ザ・屍豪鬼を笑う権利も、愚弄する権利も、亡骸を痛めつける権利もないのですぅ! さっさとそこから、離れなさいですぅ!」
ノワールプペは背中のコウモリ羽根をパタパタと羽ばたかせ、ふわふわと宙に浮いている。
「うわー、チョーこわーい。おばさんとガキんちょが、チョーおこってるー」
ノワールプペはグレート・ザ・屍豪鬼の周りを、ぐるぐると回りながら飛んでいる。
「あのさー、ジョーシキとかヒジョーシキっていうけどさー。そういうのってさー、ケッキョク、だれがキめるとおもう? そんなのさー、そのヒトじしんがカッテにキめるもんでしょー? だったらさー、あんたらのジョーシキはさー、ボクにとってのヒジョーシキでさー。ボクのジョーシキはさー、あんたらのヒジョーシキなわけー」
ノワールプペは、取れかかっているボタンの目で、マリとミーノを睨みつける。
「こいつをグロウするケンリ? ワラうケンリ? なにそれってかんじー。そんなもの、そもそもソンザイしないってーの。まけたヤツをどーしよーがさー、ボクのカッテだっつーの。だ・か・らー」
ノワールプペは、にたぁと歪んだ笑みを浮かべる。
“がぱぁああ”
突然、ノワールプペは、信じられないほどの大口を開けた。
“がぶぅうう……ごっくんんん”
巨大な口は、グレート・ザ・屍豪鬼をひと飲みにしてしまった。
「だからさー、ボクがこいつをくっちゃっても、ボクのカッテ、カッテー! プペプペプペプペプペッ!」
マリとミーノは静かな怒りで身を震わせながら、静かに呟いた。
「なんてことを……」
「ひどい……ひどすぎますぅ……」
ノワールプペは、げぷぅと大きなゲップをすると、ミーノが担いでいるキン肉マンルージュを見つめる。
「どうしようかなー。そいつ、くっちゃおうかなー」
ノワールプペは歪んだ笑みを浮かべながら、ペロリと舌なめずりをした。
それを見たミーノは、とっさにバックステップで、ノワールプペから距離をとった。
「プペプペプペプペプペッ! ジョーダン! ジョーダンだよー!」
ノワールプペはバカにするように、リング上をふわふわと飛んでいる。
「あんたらのジョーシキにのっかてさー、セーセードードーたたかってやるよー、このボクがじきじきにさー……とはいえ、カンゼンにのびちゃってるしなー、キンニクマンルージュ。どうしよっかなー」
ノワールプペは、がばぁと大口を開いた。
「やっぱ、くっちゃおー!」
「30分後ですぅ!」
キン肉マンルージュを喰らおうとするノワールプペに、ミーノは叫び上げた。
「30分後に、ゴングですぅ! 試合開始ですぅ!」
ミーノは真っ直ぐに、ノワールプペを見つめる。
「ふーん、まあいいかー。じゃあ、30ぷんごに、このリングであッそぼーねーッ! まーッてーッるよーッ!」
そう言ってノワールプペは、リングの上にちょこんと座った。その姿は、まるで普通の人形のようである。
ミーノはキン肉マンルージュを担ぎながら、猛ダッシュする。そしてミーノの後を、マリは追って走った。
「ミーノちゃん? そっちは医務室じゃないわよ?」
「いいのですぅ、こっちで大丈夫なのですぅ」
ミーノが向かった先には、グレート・ザ・屍豪鬼戦で使った控え室があった。
【第2試合】 VSノワールプペ(3)
「ここ? ここは控え室よ? ミーノちゃん」
「いいのですぅ、ここで大丈夫なのですぅ」
ミーノはキン肉マンルージュを持ち上げたまま、器用に扉を開けて、中へと入る。
控え室の中は、試合前と変わらず、同じであった。部屋の真ん中にはテーブルが置かれ、奥にはコスプレ衣装があり、更に奥には大きな姿見のある更衣室がある。
ミーノは担いでいるキン肉マンルージュを、テーブル上に置いた。
「まずはキン肉マンルージュ様を、起こさないとですぅ」
そう言ってミーノは、ブラの中に手を突っ込み、ブラの中をごそごそと探る。そして、ピンク色の小瓶を取り出した。
「シュラスコ忍法、おはようの時間ですぅの術! ですぅ!」
ミーノは小瓶のふたを開けると、素早くキン肉マンルージュの鼻の下に小瓶をかざした。
「にゃ! ぎにゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!! うにゅーん」
気を失っていたキン肉マンルージュは、目を見開いて飛び起きた。
ミーノは素早く小瓶のふたを閉じ、ブラの中へと戻した。
「なになになになになになになになに!? 何事?! なんだか今、大小様々な花が咲き乱れているジャングルの中で、巨大な食虫植物の大群に襲われたような気がしたんだけど!」
キン肉マンルージュは顔を左右に振りながら、目をぱちくりさせている。
「気がついて、よかったのですぅ!」
ミーノは目をうるうるさせながら、心配そうにキン肉マンルージュを見つめている。
そんなミーノの背後から、マリは心配そうな眼差しを向けている。そしてキン肉マンルージュをいたわるように、優しく言葉をかける。
「凛香ちゃん、すぐにお医者様に診てもらいましょう。あれだけの大激闘を闘い抜いたのだもの、相当のダメージが蓄積しているはずよ」
マリの言葉を聞いて、キン肉マンルージュは、身体の痛みに今更に気づく。
「あううう、身体中が痛い……それに、全身が鉛のように重くて、かちかちに固くなってる……なんだか頭が、ぼぉっとするよ……」
キン肉マンルージュはぼんやりとした目で、マリとミーノを見つめる。
「ミーノちゃん……凛香ちゃんがこんな状態では……すぐには試合に出られないわ……」
「マリ様のご心配はごもっともですぅ。でも、大丈夫なのですぅ」
マリの言葉を聞いて、キン肉マンルージュは困惑する。
「試合? 何それ? どういうこと? ミーノちゃん!」
ミーノに迫るキン肉マンルージュ。そんなキン肉マンルージュを、まあまあと手の平を揺らして、落ち着かせる。
「キン肉マンルージュ様は試合後、ずっと気を失っていたので、ノワールプペのことを知らないのですよね。それについても、あとからご説明しますですぅ」
そう言うとミーノは、キン肉マンルージュの胸にあしらわれているマッスルジュエルを指差した。
「まずはマッスルジュエルによる能力授与の解除……つまり、キン肉マンルージュの変身を解きましょうですぅ」
「え? 変身解除? どうやってやればいいの?」
「マッスルジュエルに向かって“マッスルキャンセレイション”と唱えてくださいですぅ」
キン肉マンルージュは動かない身体にムチ打ち、つま先立ちになってくるくると回りだす。そして両手でマッスルジュエルを包みながら、そっと目を閉じた。
「マッスル! キャ~ンセレェェェイショ~ン!」
キン肉マンルージュは自分の胸元に向かって、言った。
「……ポーズはいらないのですが……でも、大事なんですよね、キン肉マンルージュ様にとっては……ですぅ」
苦笑いを浮かべながら、生暖かい目でキン肉マンルージュを見守るミーノ。そんなミーノを尻目に、キン肉マンルージュはマッスルアフェクションに包まれる。
「あ! 帰ってきた! 帰ってきたよ! よかったあ! よかったよお!」
マッスルアフェクションの球体の中から、キン肉マンルージュの喜ぶ声が聞こえてくる。
「もう会えないかと思ったよ! わたしの激レアプレミア超人プリントパンツちゃん! それに限定Tシャツちゃん!」
どこからともなく、パンツとTシャツ、その他、凛香が身にまとっていた衣服が、ひらひらと飛んできた。
久々の再会。凛香にとっては、かけがいの無いお宝アイテム達。凛香は涙を流しながら、帰ってきた衣服を抱きしめた。
「おかえりなさい、みんな!」
ぱぁぁぁんと、マッスルアフェクションが弾け散る。そして、元の姿に戻った凛香があらわれた。
「あ、あれ? なんだろう、身体が軽くなった? 痛くもなんともない……どうなってるの?」
凛香は両手で身体をまさぐりながら、不思議そうに全身を見つめる。
「能力授与の解除を行うと、それまでに受けたダメージは、全てマッスルジュエルに蓄積されますですぅ。その証拠に」
ミーノはおもむろに、凛香のTシャツの中に手を突っ込んだ。そして、ごそごそと凛香の身体を探る。
「きゃははははははんッ! く、くすぐたぁぁぁいよッ! わ、わたし、くすぐったがりなの! ひゃははははひゅん! や、やめてぇ! はひぃ! はひぃん! ホントにくすぐったぁぁぁいッ!」
凛香は目に涙を溜めながら、悶えまくる。
そんな凛香にはお構いなしに、ミーノは凛香の身体をまさぐり続ける。そして、凛香のTシャツの中から、マッスルジュエルを取り出した。
「これを見てくださいですぅ」
マリはミーノの手の上に乗っているマッスルジュエルを覗き込んだ。
凛香は身体をびくんびくんさせながら、涙を拭って、マッスルジュエルに注目する。
【第2試合】 VSノワールプペ(4)
「こ、これって」
マリと凛香の声がハモった。
ミーノが持っているマッスルジュエルには、無数の小さな亀裂が入っていた。
「キン肉マンルージュ様が、グレート・ザ・屍豪鬼との戦いで受けたダメージ。それら全てがマッスルジュエルに蓄積されて、このように傷つくのですぅ」
凛香は心配そうに、マッスルジュエルを見つめている。
「ご、ごめんなさい! 大事なマッスルジュエルを傷ものにしちゃって! どうしよう、正義超人界の至宝が、こんなにひび割れちゃって……」
「心配しなくても大丈夫ですぅ! マッスルジュエルの傷は、修復可能なのですぅ!」
「えっ? そうなの?」
ミーノの言葉を聞いて、凛香はほっと、胸を撫で下ろした。
「マッスルジュエルは、自己修復するのですぅ」
「ホントに! どのくらいで直るの?」
「1ミリ直るのに1年ほどかかりますですぅ」
凛香は、マッスルジュエルを見つめる。マッスルジュエルには、どう見ても5ミリ大の傷が、無数に入っている。
「……つまり、完全に直るまで5年かかるの?」
「いえ、ひとつの傷につき、1ミリ1年を要するのですぅ」
凛香は、マッスルジュエルを見つめる。マッスルジュエルには、どう見ても5ミリ大の傷が、無数に入っている。
「……ってことは、完全に直るまでには……物凄い時間がかかるって……ことだよね……」
ミーノはポンと、凛香の肩を優しく叩いた。
「心配しなくても大丈夫ですぅ! 傷の修復時間を短くする方法が、ちゃんとありますですぅ!」
「ホントに! どうすればいいの?」
「マッスルジュエルを、筋肉の滝、マッスルフォールから流れる水に浸すと、修復時間が飛躍的に短くなるのですぅ!」
ミーノの言葉を聞いて、凛香はほっと、胸を撫で下ろした。
「どのくらい短くなるの?」
「半分の時間になりますですぅ!」
凛香は、マッスルジュエルを見つめる。マッスルジュエルには、どう見ても5ミリ大の傷が、無数に入っている。
「えーと……確かに時間が半分になるのは、すごいことだけど……それって、すっごぉぉぉく時間がかかるのが、すごく時間がかかる、に変わっただけみたいな……つまり、結局は物凄く時間がかかるんだよね……」
「そうなのですぅ」
凛香はマッスルジュエルを見つめながら、ふるふると身体を震わせた。凛香は涙目になっている。
そんな凛香の肩を、ミーノは優しく叩いた。
「心配しなくても大丈夫ですぅ! 一瞬で傷を修復する方法が、ちゃんとありますですぅ!」
ミーノの言葉を聞いて、凛香はほっと、胸を撫で下ろした。
そして、逆ギレたように、ミーノをジト目で見つめる。
「最初から、その方法を言ってよね! んもう! ミーノちゃんってば! すごくドキドキしちゃったよ! それで、どうすればいいの?」
「ひとつは、マッスルジュエルに力を込めた超人によって、力の再注入を行ってもらうのですぅ。そうすれば、傷は一瞬で修復されますですぅ。もうひとつの方法は、別の超人に新しく力を込めてもらうのですぅ。これで傷は修復されますですぅ。つまり、力の新規注入ですぅ」
凛香は、ぽかんとした顔をして、答える。
「そうなんだ、力を込めた超人さんに、会いに行けばいいんだ……って、え?」
呆然としていた凛香の顔が、急激に輝きだした。
「そ、それって! このマッスルジュエルに力を込めたお方に、会えるってこと?!」
「はい、そういうことになりますですぅ」
凛香は目をギランギランに輝かせ、ぶりっこポーズをしながら照れ笑いをする。
「きゃあああああぁぁぁぁぁッ! すごい! すごぉい! すんごぉぉおおい! キン肉マンに会えるの!? 大王様だよ、大王様! それってつまり、謁見だよね! ロイヤルだよね! すごいよ! すごすぎだよ! わあああああぁぁぁぁぁい! 超うれしいッスルゥゥゥ!」
大はしゃぎで浮かれまくる凛香。ミーノは笑顔を浮かべながら、チョンチョンと肩をつついた。
「えーと、とはいえですね、マッスルジュエルはこれくらいの傷であれば、すぐに砕けたり壊れたりはしないですし、時間が無い今、遠すぎるほどに遠いキン肉星に行く余裕はありませんですぅ。なので、マッスルジュエルはこのままで、ノワールプペとのバトルにのぞみましょうですぅ!」
顔を輝かせたまま、凛香の動きが止まる。
「……次の試合って、何かな? ……ノワールプペって、誰かな?」
「えーと、それはですね」
ミーノはかくかくしかじかと、終始笑顔で、ノワールプペとのやり取り説明する。
「…………」
輝いていた凛香の顔は、どにょりと曇り、斜が入っている。
「……つまるところ、もうひとバトルしないといけないのね……」
「はい、そういうことになりますですぅ」
凛香は控え室の角っこで、体育座りをしながら壁と向き合っている。
「……あんなに激しい大バトルをした30分後に、またバトルなの? ……死ぬほど怖くて、大変だったのに……それにそのノワールプペって、グレート・ザ・屍豪鬼よりも強そうだし……わたし、今度こそ殺されちゃうよ……」
完全に意気消沈の凛香。もうバトルが出来るほどの気力は、残っていない。
【第2試合】 VSノワールプペ(5)
「凛香ちゃん」
マリは凛香の頭を優しく撫でる。
「……わかってるよ、マリお母さん……わたししかいないもんね……わたしにしか出来ないんだよね……でも、やっぱり怖いよ……泣きたくなっちゃうよ……弱音を吐いちゃうよ……さっさと逃げ出したいよ……」
ミーノは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
いくら初戦で勝利したとはいえ、キン肉マンルージュは、元はただの女子高生である。超人バトルをするには、あまりにも未熟で、彼女には荷が重すぎる。
しかも次の相手が、初戦の相手以上の強者となれば、なおさらリスクと負担が大きい。
「逃げ出したい、ですか……そういえばキン肉スグル大王様や万太郎様には逃亡癖があって、試合開始直前には、いつも逃げ出していたのですぅ……」
ミーノは頭を抱えて、その場にへたり込んだ。
「……凛香様には、超人バトルの連戦は、あまりに酷すぎるのですぅ……でも、どうあっても、凛香様には戦っていただかなければなりませんですぅ……この状況、いったい、どうしたら……せめて、凛香様のモチベーションを上げることが出来れば……」
モチベーションというキーワードに、ミーノはハッとする。
「……モチベーション……ご褒美……凛香様が喜ぶこと……そうですぅ! 凛香様が喜ばれる、至高のご褒美を用意すればいいのですぅ!」
ミーノはバッと立ち上がり、角っこで小さくなっている凛香に駆け寄った。
「凛香様! 次の試合が終わったら、ミーノと一緒にキン肉星に行きましょうですぅ! 凛香様は悪行超人の驚異から人類を救った、救世主なのですぅ! キン肉星ではきっと、星をあげての大歓迎パーティになるのですぅ!」
ミーノに背を向けている凛香の身体が、ぴくんと揺れる。
「パーティの席には、宇宙中にいる正義超人様たちが、一堂に会するのですぅ! それこそ伝説超人、新世代超人、なんでもござれで大集結なのですぅ!」
「大集結? 本当に正義超人が、みんな来てくれるの?」
「来ますぅ! 来ますですぅ! 凛香様のために、正義超人様達が集まってくるのですぅ! だって凛香様は、平和を守った救世主なのですぅ!」
凛香がまとっていた薄暗い暗雲が、ギラギランに輝く桃色黄色なオーラに変わった。
「みなぎって、きたあああああぁぁぁぁぁッ!」
凛香は体育座りのまま、ごろごろと後転し、控え室の真ん中でババッと立ち上がった。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」
「おお! 言葉の意味は全くもって不明ですが、とにかく凛香様が大復活なのですぅ!」
ミーノはパチパチと大きな拍手をしながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
“間もなく、キン肉マンルージュ選手の入場ですッ! 登場口にご注目をッ!”
外から入場を促すアナウンスが聞こえてきた。
いつの間にか、選手入場の時間になっていた。
凛香とミーノは顔を見合わせながら、プフッと吹き出した。
「また試合の対策、たてられなかったのですぅ」
「さっきと一緒だね。でも大丈夫だよ。ね、マリお母さん」
マリは優しい笑顔を浮かべながら、小さく頷いた。
「さあ、行きましょう。凛香ちゃん。ミーノちゃん。第2試合のはじまりよ」
凛香は、うん! と、大きく頷きながら、マッスルジュエルを手にする。
そしてお尻を突き出しながら、手でハートを作ってウィンクする。
「マッスルッ、フォ~~ゥゼッ!」
凛香はマッスルジュエルが放つ慈愛の光、マッスルアフェクションに包まれた。
そして、マッスルアフェクションは、次第に球体となっていく。
「あ、そうだ。ミーノちゃん、ちょっといいかな」
マッスルアフェクションの球体から、にゅっと、凛香の手が伸び出てきた。
「これに書いてあるものを、持ってきてもらっていいかな」
そう言うと、凛香は一枚のメモ書きを、ミーノに渡した。
「は、はいですぅ!」
ミーノはパタパタと走りながら、控え室中を探して回る。
入場の準備をするふたりを見て、マリはフフッと笑った。
「凛香ちゃん、先にリングまで行っているわね」
そう言って、マリは控え室をあとにする。
控え室を出ると、先ほどと同じように、リングまでのスロープが用意されていた。
マリはスロープは使わすに、スロープ横の地面を歩いてリングに向かう。
“おおっとぉ! キン肉マンルージュ選手のセコンド、二階堂マリの登場だあ!”
目立たないように、控えめな登場をしたマリであったが、アナウンサーがそれをよしとはしなかった。
観客達はスロープ横を歩いているマリに注目し、声援をおくる。
“伝説超人の時代からご活躍だった、伝説の立会い人、二階堂マリさんだあ!”
“生きる偉人! マリさん! 現代では新世代超人達のお袋さんだぜ!”
“ルージュちゃん、凛子ちゃんのお母さん、マリさん! やばいよ! やばいよ! 神すぎるでしょ! そんなリアル神設定!”
マリは静かに歩き続け、そしてリングサイドにたどり着いた。マリは観客席の方に向き直ると、控えめな礼をする。
「みなさん、キン肉マンルージュを、どうぞ応援してあげてくださいね」
礼儀正しい、美しいおじぎを見せられ、観客達は清々しい気持ちにさせられた。
【第2試合】 VSノワールプペ(6)
“れでぃーす、あぇんど、じぇんとるマッスル!”
会場に設置されているスピーカーから、キン肉マンルージュの肉声が流れだした。
“プリプリプリティ、ルージュなマッソォゥル! キュンキュンキュートなハートもマッソォゥル!”
そして先ほどの入場でも歌われていた、キン肉マンルージュによる謎のアカペラソングが始まった。
“全身ピンク、でもルージュ(赤!)マッスル守護天使、キン肉マンルージュゥッ!”
キン肉マンルージュのテーマソング。ひらひら、きらきら、ピンク色。そんな気分にさせられる歌が流れる中、キン肉マンルージュの控え室のドアが、勢いよく開かれた。
“超人強度は控えめだけど~、絶対倒すよ悪行超人~”
控え室から、ピンク色の光に包まれた球体が飛び出してきた。そして球体は、スロープ上で、ぱぁんと弾ける。
“おおおおお! ……んんんんん?!”
キン肉マンルージュの登場を心待ちにしていた観客は、キン肉マンルージュの姿を目の当たりにして、またも頭の中を疑問符でいっぱいにした。
観客達の前に姿を現したキン肉マンルージュは、顔に真っ白いベールを掛け、真っ白いドレスを身にまとっていた。
手にはブーケを持っていて、花を包んでいる紙には“肉”の文字が、ドット柄のようにプリントされている。
背中には、またもダンボールとは思えない完成度の、真っ白い羽根が生えている。
足元が見えないほどに長いドレス。その裾を、ミーノは後ろから掴み上げている。
キン肉マンルージュの姿を目の当たりにした観客達は、全員が全員、同じ事を思った。
“……結婚式?”
キン肉マンルージュの姿は、どう見ても洋装の花嫁であった。
「キン肉マンルージュ様……やっぱり皆様、花嫁さんにしか見えていないみたいですぅ……」
ミーノの言葉を聞いて、観客達の反応を見て、キン肉マンルージュはわざとらしい大声で言い放った。
「炎のプリンセス、キン肉マンルージュ!」
キン肉マンルージュの言葉を聞き、観客席がざわつく。
“プリンセス? 花嫁さんじゃなくて?”
“どうみても結婚式だよなあ”
“あのドレス、どう見てもロイヤルじゃなくて、ウエディングだよな”
キン肉マンルージュは、頬をぷくぅと膨らませる。
「ほ・の・お・のプリンセスぅぅぅぅぅ! キン肉マンルージュぅぅぅぅぅぅぅ!!」
ふてくされた声で、キン肉マンルージュは叫ぶように言い放った。
“ぼぉッ! ごおおおおおぉぉぉぉぉッ!”
突然、キン肉マンルージュの感情に反応したかのように、スロープの両端から、ごおっと炎が上がった。
「女は度胸! 2も度胸! 3、4がないなら、それも度胸!」
キン肉マンルージュは、顔に掛かっているベールを静かに上げた。そして、いかにもお上品さを意識していますよと言わんばかりの歩き方で、スロープ上を歩き出した。
自分でプリンセスだと豪語するだけあって、気品溢れる、お上品な入場をする。しかしその出で立ちは、レッドカーペットの上を歩くプリンセスというよりは、バージンロードを歩く花嫁さんである。
「キン肉マンルージュの半分は、度胸と優しさでできてマッスル!」
バージンロードを歩く花嫁さん……もとい、プリンセスは、両側が激しく燃え盛っている、炎のスロープ上を歩いている。
“おおお! これは凄まじい! キン肉マンルージュ選手、さも当たり前のように、炎の中をゆっくりと歩んでいます! その姿は、まるで炎の花嫁さん……もとい、炎のプリンセスだあ!”
解説席にいるアナウンサーが、興奮した様子で声を上げた。その裏で、ミーノは腕で汗を拭いながら、ふらふらとスロープ上を歩いていた。
「……あつい……あついのですぅ……」
両側が燃え盛っているせいで、スロープ上はとんでもない温度になっていた。更に、炎のせいで酸素が燃えてしまっているのか、空気が薄い気がする。
「……これは……ダメですぅ……試合前に、体力が無くなってしまいますぅ……キン肉マンルージュ様は、この状況、大丈夫なのでしょうか……」
ミーノはそっと、キン肉マンルージュの顔を覗いてみた。すると、キン肉マンルージュは顔じゅうに玉のような汗を流し、はぁはぁと息を荒くしていた。
「……私よりも、大丈夫ではないご様子……コスチュームの上に、更にドレスを着ていますし……あれではもう、修行ですぅ……荒行なのですぅ……」
ミーノは顔を横に向けて、炎を見つめる。
「ああ……燃えていますぅ……すぐ横が燃え燃えですぅ……でもきっと、この炎の演出は、キン肉マンルージュ様の心の現われ……内に秘めたる、キン肉マンルージュ様の魂を表したもの……きっときっと、そうなのですぅ! ……ああ、キン肉マンルージュ様……燃えているのですね! 燃え盛っているのですね! あまりの炎の強さに、ミーノは……丸焼けになりそうですが……」
可愛らしい少女の、丸焼きのできあがり! ……しゃれでは済まされない。
しかし、確かにスロープ上は、地獄のオーブンと化している。少しでも気を抜いたら、美味しくお料理されてしまうであろう。
“それにしても、あの炎……やばくね?”
“炎が高すぎて、ルージュちゃんがほとんど見えないんですけど”
“あれって、絶対に熱いよね? ……絶対、大変なことになってるよ、あれ”
“これから試合なのに、なんで自らすすんで、命がけの入場行進してんだろ?”
観客達も気づき始めていた。今、目の前で行われている入場が、生死を賭けた戦いであるということに。
「ああ……キン肉マンルージュ様……キン肉マンルージュ様は、大丈夫なのでしょうか……この灼熱の中、平然と歩き続けていますが……」
ミーノは心配そうに、キン肉マンルージュの顔を覗いてみる。するとキン肉マンルージュは、どこも見ていない目で、遠くを見つめていた。そして、何やらぶつぶつと呟いている。
「うふふ……成功よ……成功だわ……これだけの演出なら、キン肉マン様にも、キン肉万太郎様にも、顔向けができるよ……キン肉マンの名を持つ者として、恥ずかしく入場になったよ……うふふふふ……さすがは、わたしだよ……」
ミーノの心は氷ついた。入場に賭ける想いの強さは、キン肉スグル、キン肉万太郎以上のものがある。さすがのキン肉スグル、キン肉万太郎も、生死を賭けるほどの入場は、当然だが、したことがない。
【第2試合】 VSノワールプペ(7)
「ああ……キン肉マンルージュ様……すごいのですぅ……すごすぎるのですぅ……もはや、やりすぎを通り越して……苦行と化しているのですぅ……」
炎に照らされ続けたミーノは、思考能力が極端に低下した状態にあった。そんな半死半生な状態のミーノは、キン肉マンルージュの背中を、ぼんやりと見続けている。
「ああ……さすがですぅ……さすがなのですぅ……燃えていますぅ……キン肉マンルージュ様が、燃えているのですぅ……私には見えますですぅ……キン肉マンルージュ様の、燃え盛る魂が……」
確かに、燃えていた。実際に、燃えていた。
キン肉マンルージュの背中に生えているダンボールの翼は、当たり前であるが、燃えやすい。着火するのは、しごく当たり前のことである。
「おおお! 燃えている! 燃えています! キン肉マンルージュ選手の翼が、本当に燃えています! 本物の炎を背負う、まさに炎のプリンセス! ここまでやるのか! すごいぞ、キン肉マンルージュ!」
アナウンサーの声が響き渡る。ミーノも、観客達も、マリでさえも、誰もがキン肉マンルージュの演出であると思っている。背中が燃え盛っているキン肉マンルージュを見ても、それがハプニングであると、誰も気がつかない。そのせいで、誰も消火にあたろうとはしなかった。
キン肉マンルージュは、かちかち山のファイヤーたぬき状態のまま、気品溢れる入場を続けている。
「ああ……熱い……でも、この熱さが、わたしに勇気を与えてくれる……でも……本当に熱い……あっつぅぅぅうううういッ!!」
キン肉マンルージュはカッと目を見開き、物凄い勢いで振り向いた。すると、背中が大火事になっていた。
「ああ! 熱い! こ、この熱さは、わたしに火傷を与えてくれるぅぅぅ!」
自分の身に起こっている大惨事に、今頃気がつくキン肉マンルージュ。
「熱い! あつい! あっっっつうううぅぅぅうううぅぅぅいいいぃぃぃッ! 大変! タイヘン! マッスルたいへん! へのつっぱりどころの騒ぎじゃないよ!」
キン肉マンルージュは、思い切りスカートをたくし上げ、ドタバタと暴れるように走り出した。
突然、猛烈な勢いで走り出したキン肉マンルージュ。ミーノはスカートの裾を掴んだまま、宙に浮いてしまう。
「ひにゃあああああぁぁぁぁぁ! 走るなら走ると、言ってくださいなのですぅ!」
「ひにゅうううううぅぅぅぅぅ! 燃えてるなら燃えてると、言ってくださいだよぉ!」
ひどい勢いで走り出したキン肉マンルージュを見て、アナウンサーは興奮する。
「おおおおお! 炎のプリンセス! まるで弾丸のようだ! 炎の弾丸! ロイヤルファイヤープリンセスブリッド! スロープという名のファイヤーロードを突き抜ける!」
キン肉マンルージュはリングの目の前まで来ると、膝を最大限に使って、飛び上がった。
「炎のプリンセス、雄雄しく舞う!」
男顔負けの跳躍を見せるキン肉マンルージュ。ドレスのスカートは、ぶわさぁと広がり、スカートの中が丸見えになっている。そしてスカートの裾を掴んでいるミーノは、涙を風に飛ばされながら、歯を食いしばっていた。
更に、飛び上がった勢いで背中の炎があおられ、手に持っていたブーケに着火してしまう。
「ぅあっつうううううぅぅぅぅぅいいいぃぃぃ!!」
キン肉マンルージュは、燃え盛るブーケを持ち続けるのに耐え切れず、両手を挙げてブーケを放り出した。
「炎のプリンセス、炎のブーケトスだあ!」
燃え盛るブーケが、観客席に向かって飛んでいく。
突然、火の塊が飛んできて、観客達は蜘蛛の子を散らすように、必死になって逃げていく。
「ごめんなさぁぁぁぁぁあああああいいいぃぃぃ!」
空中で観客に謝りながら、キン肉マンルージュはリングの中に飛び込んだ。その姿は、まさに炎の弾丸であった。
「炎の弾丸、リングに着弾!」
アナウンサーの声など届いていない様子で、キン肉マンルージュは着ているドレスを大胆に脱ぎ、メラメラと燃えているドレスをキャンバス上に投げ捨てた。そして、だんだんずだん! と、足蹴にして消火する。
気が狂ったようにドレスを踏みつけにするキン肉マンルージュを見て、観客とアナウンサーは、やっと状況がのみこめた。
踏みつけられたドレスは、最後にプスンと黒い煙を上げて、鎮火した。
しばしの沈黙――
周囲には、はぁはぁ、というキン肉マンルージュの荒くなった息だけが、聞こえている。
スカートの裾部分だけになってしまったドレス。そのドレスのスカートを握り続けて、呆然とするミーノ。固まる観客。いつもと変わらず見守っているマリ。
アナウンサーは目を点にしながらも、ひと言いった。
「炎のプリンセス、無事、鎮火」
キン肉マンルージュは涙目になりながら、背中をさすっている。
「ううう……ひりひりするよう……」
リングに放り出され、ぺたんとキャンバスに尻をついているミーノは、きょとんとした顔をして、キン肉マンルージュを見つめる。
「キン肉マンルージュ様……コスチュームが焦げていますですぅ……」
ミーノはブラに手を差し込み、ごそごそと探る。そして、真ん中に“肉”と書かれた、大きなうちわを取り出した。
ミーノは、ぶわさぁ、ぶわさぁと、キン肉マンルージュの背中を仰いだ。
「プペプペプペプペプペッ! おまえ、おもしろいのな!」
不意に上がった笑い声に、キン肉マンルージュは辺りを見回す。しかし、周囲にはミーノしかいない。
「なんだろ、あれ……人形?」
リング上には、真っ黒い人形が、ちょこんと座っていた。
「あの人形が次の相手、ノワールプペですぅ!」
人形は首を上げ、歪んだ笑みをキン肉マンルージュに向けた。
「はじめまして、ノワールプペだよー。おまえをころすまでの、みじかいつきあいだけどー。なかよくしてよねー」
ボタンの目で見つめられ、キン肉マンルージュの全身に、冷たい電撃が流れた。
「あの子がノワールプペ……なんだろう……すごく……すごく嫌な感じがする……すごく変な……すごく怖いよ……」
「私も、同感なのですぅ……ノワールプペ……とても悪魔的というか……本物の悪魔と対峙しているような……ひどい違和感に襲われるのですぅ……」
ノワールプペは、のたりと立ち上がる。そして、首を斜めに曲げて、うつむき加減にキン肉マンルージュを見つめる。
「さあて、じゃあ、さっそく、ヘンシンといこうかなー」
【第2試合】 VSノワールプペ(8)
“ざくぅ!”
ノワールプペは、自らの胸を切り裂いた。そして、乱暴に手を差し入れる。
「えーと、どこかなー」
ノワールプペは胸の中をかき回しながら、何かを探している。
「あ、あったあったー」
ずるりとノワールプペの胸から出てきたのは、真っ黒に輝く悪魔の形をした宝石であった。
「あ、あれは……デヴィルジュエルなのですぅ! ノワールプペは……能力の上書きを行うつもりなのですぅ!」
憂い顔でデヴィルジュエルを見つめるミーノに、ノワールプペは顔を向ける。
「プペプペプペプペプペッ! さあてモンダイだよー。ボクはいったい、ダレにヘンシンするでしょー」
そう言ってノワールプペはデヴィルジュエルを真上に投げ、大きく口を開ける。そして、ばくんと、デヴィルジュエルを食った。
「デヴィルフォーゼッ!」
“ぶわわああぁぁああぁぁわわわわわぁぁぁッ”
ノワールプペの口の中から、真っ黒な煙状の気体、デヴィルディスペアが溢れだした。口から吐き出されていくデヴィルディスペアは、ノワールプペの身体を包み込んでいく。
「プペプペプペプペプペッ! そうだ、ボクがヘンシンするまでのあいだ、おもしろいハナシをしてあげるよー」
全身を、デヴィルディスペアという名の暗雲に包み込まれたノワールプペは、笑いながら話し出す。
「おまえがさー、たおしたさー、グレート・ザ・シゴキはさー、d.M.pにいたチョージンのナカでさー、ゆいいつ、デヴィルジュエルがつかえたチョージンだったんだよー」
ノワールプペの声に反応するかのように、デヴィルディスペアがゆらゆらと揺れている。
「すこしまえにねー、d.M.pのイキノコリをあつめてねー、デヴィルジュエルのジッケンをしたんだー。そしたらねー、みーんな、みんながみーんな、しんじゃってさー」
ノワールプペは、まるで楽しい話をしているかのように、笑みを浮かべて話している。
「デヴィルジュエルをつかいこなすにはさー、それソウオウのジツリョクがヒツヨウなんだよねー。グレート・ザ・シゴキはさー、d.M.pのメイキングチョージンだったからか、それなりにチシキもジツリョクもケイケンもあったんだよねー。それでも、グレート・ザ・シゴキってばさー、デヴィルジュエルをつかうことはできたけど、つかいこなすことは、できなかったんだよねー」
ノワールプペは悪戯っぽく、クスクスと笑った。
「そうだなー、グレート・ザ・シゴキはさー、せいぜい、デヴィルジュエルの60パーセントか、よくて70パーセントくらいのチカラしか、ひきだせてなかったなー。だからさー、おまえみたいなションベンガキチョージンでもさー、たおせちゃったってワケ、グレート・ザ・シゴキはー……でもね!」
突然、デヴィルディスペアから、ノワールプペが飛び出してきた。ノワープペはキン肉マンルージュに突進し、キン肉マンルージュの目の前でピタリと止まった。
「ひゃうッ」
いきなりのことで、キン肉マンルージュは反応することが出来なかった。キン肉マンルージュの数センチ前には、鈍く黒光りする、ノワールプペの真っ黒い顔がある。
「でもね! でもね、でもね! ボクはね、ちがうんだよ! プペプペプペプペプペッ! ボクはね! デヴィルジュエルのチカラを、100パーセントひきだせるんだよ! すごいでしょ! ほめて! ほめてほめて! たくさんほめてくれたらね! ボクね! うれしくて! うれしくッて! おまえをグッチャングッチャンに、こわしちゃうんだからね!」
キン肉マンルージュの目の前で、ノワールプペは、げらげらと、声高らかに笑い上げた。そして歪みきった顔を、キン肉マンルージュに押し付けるように、ぐいぐいと近づける。
「プペプペプペプペプペッ! おまえをころしたらね! ボク、あのおカタにね、ほめてもらうんだ! たくさんたくさん、かわいがってもらうんだ! わーい、わーい! ほめてもらおう! かわいがってもらおう! プペプペプペプペプペッ! ボク、すっごいコウフンしてきちゃったよおおぉぉ!」
ノワールプペは、にたりと笑い、口を大きく開いた。それを見たキン肉マンルージュは、とっさに、後ろに向かって飛び上がった。
次の瞬間、ノワールプペの口から、大量のデヴィルディスペアが吐き出された。そして、ノワールプペは、再びデヴィルディスペアに包み込まれる。
「プペプペプペプペプペッ! さあてモンダイだよー。ボクはいったい、ダレにヘンシンするでしょー」
【第2試合】 VSノワールプペ(9)
キン肉マンルージュは身の危険を感じて、身構えている。
「プペプペプペプペプペッ! じゃあ、ヒント1! おおきさは、このくらいー」
ノワールプペがそう言うと、デヴィルディスペアは、もこもこと膨れていく。そしてデヴィルディスペアは、グレート・ザ・屍豪鬼やアシュラマン以上の大きさにまで、膨れ上がった。
「プペプペプペプペプペッ! まだわからない? じゃあ、ヒント2! わらいかたは、こんなかんじー……バゴアバゴア!」
ノワールプペの笑い声を聞いて、キン肉マンルージュは凍りついた。
「……うそ……そ、そんな……」
解説者やアナウンサー、そして観客にも、その笑い方が誰のものなのか、見当がつかなかった。
しかし、筋金入りの超人オタクであるキン肉マンルージュには、それが誰のものなのか、瞬時にわかった。
「……こ、今度こそ……無理……だよ……相手が……悪すぎ……無理すぎるよ……」
キン肉マンルージュは自らを抱きしめるように、胸の前で腕をクロスさせ、二の腕を掴んだ。そして、がたがたと震えながら、一歩、二歩と、下がっていく。
「プペプペプペプペプペッ! もうわかっちゃったかな? でも、いちおうヒント3! キンニクマンのトラウマチョージンだよ!」
キン肉マンルージュは涙目になって、耳を塞いだ。
「いやあ! 聞きたくない! いやだよお! ありえないよ! そんなの……絶対に無理……」
“どんッ”
下がり続けていたキン肉マンルージュの背中に、コーナーポストが当たった。
「ひぃっ!」
キン肉マンルージュは、ひどく弱りきった、怯えきった、小さな悲鳴を上げた。
いつの間にか、気がつかないうちに、キン肉マンルージュはリングの最果てにまで、たどり着いてしまった。
「ひううぅぅぅ、怖い……すんごく怖い……怖いよお……」
キン肉マンルージュはコーナーポストを背にしながら、ぺたんと座り込んでしまう。そして耳を塞ぎながら、いやいやと顔を振る。
「ああっと、キン肉マンルージュ選手! まるで心を折られたかのように、腰を折って座り込んでしまったあ!」
アナウンサーが実況する横で、解説者であるアデラ●スゴールドの中野さんは、腕を組みながら悩んでいる。
「バゴアバゴア、ですか……キン肉マン選手のトラウマになるような超人……うーん、わかりませんねえ……私が知る限りでは、キン肉マン選手が戦った超人の中で、そのように笑う超人はいませんでしたが……」
考え込む中野さんの言葉を聞いて、ノワールプペは愉快とばかりに笑い上げた。
「プペプペプペプペプペッ! まだダレもわかっていないみたいだけどー、でもさー、そこでガタついてるションベンガキチョージンはさー、わかっちゃったみたいだよー」
「わ、わかりたくなんてない! わからなければよかった! 知らなければよかった! そしたらこんな、怖い思いをしなくて済んだのに……いやあ! あの超人だけは! 絶対にいやあ! 絶対に無理! 無理ったら無理! 無理なんだもん!」
キン肉マンルージュは座りながら、耳を塞ぎながら、足をばたばたとさせて、暴れだした。まるで駄々っ子が嫌がっているかのように、じたばたと暴れている。
そんなキン肉マンルージュの尋常ではない怯えようを見て、観客達が、ざわつきだした。
“ルージュちゃん、マジびびり入ってるぜ? かなりヤベェのが相手ってことだろ?”
“キン肉マンがトラウマになってるってことは、キン肉マンが戦ったことがある超人ってことだろう? でも、知らないなあ、そんな笑い方の超人なんて”
“バゴアバゴア? そんな超人、いたっけか?”
「どなた様もお知りにならないのは、無理もないことなのですぅ。正確に言うと、“バゴアバゴア”と笑ったのは、キン肉万太郎様と戦ったときであって、キン肉スグル様と戦ったときは、そのような笑い方はしていませんのですぅ」
ミーノの発言を聞いて、観客達は、更にざわついた。
“え? キン肉万太郎も戦ってるの? それってアシュラマンじゃないの?”
“キン肉マン親子の両方と戦ったことがあるのって、アシュラマンだけだよなあ? 他にそんな超人、いないぞ?”
「更に付け加えますと、キン肉万太郎様は、その超人と実際に戦ったわけではなく、その超人の復活を阻止したのですぅ。実際に戦ったのはキン肉スグル様だけであって、キン肉万太郎様は実際には戦っていないのですぅ」
復活の阻止。この言葉を聞いて、観客の中にも、気づいた人が、ちらほらと現れだした。
「プペプペプペプペプペッ! みんな、わかったかなー? セイカイは、このおカタでしたー」
ノワールプペを包み込んでいたデヴィルディスペアが膨れ上がり、ぱぁぁんと弾け飛んだ。
「バゴアバゴアバゴア! 余が地上界に顕現するのは、何年ぶりのことかのう」
デヴィルディスペアの中から現れたのは、恐怖の将と恐れられた、悪魔超人の首領、悪魔将軍であった。
キン肉マンことキン肉スグルが現役だった頃、黄金のマスクをめぐり、悪魔六騎士と壮絶な争奪戦を繰りひろげた。そのときの悪魔六騎士の首領が、悪魔将軍である。
キン肉スグルは悪魔将軍と激闘を繰りひろげ、最終的にはバッファローマンの助けを借り、ぎりぎりの勝利をもぎ取った。
だが、なんとか勝利したキン肉スグルであったが、悪魔将軍はキン肉スグルに、一生消えない傷を、身体と心に、深く刻みつけていた。
あれから十年以上の歳月が過ぎた。だが、キン肉スグルはいまだに、悪魔将軍を恐れている。悪魔将軍の名を聞いただけで、発狂してしまうほどのトラウマを抱えている。そして、深々と悪魔将軍につけられた傷が、今も生々しく残っている。
「確かに正真正銘、恐怖の将、悪魔将軍なのですぅ。でも……キン肉スグル大王様が戦われた悪魔将軍とは、所々、違うようですぅ」
ノワールプペが変身した悪魔将軍は、キン肉スグルが戦った悪魔将軍とは、似て非なる姿をしている。
全身を覆っている鎧は全く同じものである。そして、色は銀色で統一されている。
しかし、鎧の光沢に違いがあった。目の前にいる悪魔将軍は、うっすらと黒色に輝いている。鉄仮面から覗いている金色の髪も、怪しく黒い艶を放ち、鈍く輝いている。
そして胸には、ノワールプペの顔が浮かび上がっている。
「バゴアバゴアバゴア! 何の因果か、またキン肉マンの名を持つ者が相手。どうやらおまえ達と余は、血塗られた縁があるようだのう」
悪魔将軍はキン肉マンルージュの方に向き直り、のそりと歩み寄る。
「バ、バゴッ」
悪魔将軍は、不意にふらりと揺れ、キャンバスに片膝をついてしまう。
「ぐうむ、足りぬ……余が顕現するには、人形では役不足……器として力不足すぎるわ」
「もうしわけございませんー、ゼネラルさまー」
悪魔将軍の胸から、ノワールプペの声が聞こえる。飾りかと思われていたノワールプペの顔が、悪魔将軍に向かって、申し訳なさそうに話している。
「人形よ……余は地上界のデヴィルエナジーを蓄える。それまでの間、この子娘は、貴様が相手をしておれ」
「ハイル・ゼネラル! ジィク・ゼネラル!」
悪魔将軍は、かくんと脱力し、前屈み気味の体勢で、両腕をだらりと垂れ落とす。そして、仮面の目から光が失せた。
「プペプペプペプペプペッ! ゼネラルさまの、ごメイレイー! おまえはボクがころしてもいいんだってー! わーい! やったー! ころしちゃう! ころしちゃお!」
【第2試合】 VSノワールプペ(10)
突然、悪魔将軍はピョンと跳ね上がり、キャッキャとはしゃぎだした。そして胸のノワールプペの顔が、無邪気に笑い上げている
「これは一体……ゼネラルとは、いったい何者なのでしょう……ですぅ」
ミーノの声が耳に届いたノワールプペは、身体をのけ反らせて、ミーノの方を向いた。
「プペプペプペプペプペッ! アクマショーグンは、チジョウカイにケンゲンしたスガター! ゼネラルさまがヒトのカタチにヘンカしたスガター! わかってるとはおもうけどー、ボクがヘンシンしたアクマショーグンは、オウゴンのマスク、ゴールドマンとはカンケーないよー! キンニクスグルがたたかったアクマショーグンは、ゴールドマンと、アクマ6キシがウツワー! ボクがヘンシンしたアクマショーグンは、ボクがウツワー!」
悪魔将軍は身体をのけ反らせたまま、上半身をかくかくと揺らして、笑い続けている。
「プペプペプペプペプペッ! ゼネラルさまはジゴクのシハイシャー! このヨにも、あのヨにも、どこにでもいるよー! ゼネラルさまは、ひとりだけど、ゼネラルさまは、たくさんいるよー! どこにいないけど、どこにでもいるんだよー! ゼネラルさまはゼンブみてるよー! トホウもないムカシから、イマのイマまで、ゼンブみてるよー! ときにはミライもみちゃうよー! ゼネラルさまは、おまえたちもみてるよー! メシくってるもの、フロにはいってるのも、トイレしてるのも、イチャイチャしてるのも、ゼンブみてるー! みてほしいものも、みてほしくないものも、いいものも、いやなものも、きれいなものも、きたないものも、ゼンブ、ゼーンブ、みてるよー! ゼネラルは、このヨと、あのヨの、ゼンブをみてるんだよー!」
キャッキャと笑い続ける悪魔将軍は、何かを思い出したように、拳で手の平をポンと叩いた。
「あ、そうだ! ボクのことは、アクマショーグンプペってよんでね! いま、ゼネラルさまはね、チジョウカイでカツドウするためにヒツヨウな、デヴィルエナジーをためてるんだよー! だから、おまえは、ボクがアイテしてあげるー! ってゆーか、ボクがころしてあげるー!」
無邪気にはしゃぐ悪魔将軍プペに、キン肉マンルージュは言葉を発することなく、静かに歩み寄る。そして悪魔将軍プペの目の前にまでくると、目だけを動かして悪魔将軍プペを見上げ、睨みつめる。
「悪魔将軍プペ……わたしは殺されたりはしない……あなたはこのわたしが、絶対に倒しマッスル!」
笑い続けていた悪魔将軍プペは、ぴたりと動きを止め、キン肉マンルージュを見下ろす。そして、目の光が失われた仮面が、キン肉マンルージュを睨み返した。
「あれぇ? さっきまでオクビョウなショウドウブツみたいに、ガタブルふるえていたのに、きゅうにツヨキになったねー。なんか、ヘンなスイッチはいっちゃったー? ナマイキスイッチがはいっちゃったー?」
「入ったよ、スイッチ……平和を守る、正義のスイッチ!」
キン肉マンルージュは、ばっと顔を上げ、凛とした顔を悪魔将軍に向ける。
「臆病……確かに、ずっと臆病風に吹かれてたよ……今だって、本当は怖い……凄く怖いんだよ……でも! でもね! わたしは守護天使! 悪は見逃せないッスル! どんなに強大で絶望的な相手でも、キン肉マンルージュは、いつだって全力勝負だ!」
キン肉マンルージュの全身が、薄っすらとピンク色に輝く。そして、キン肉マンルージュが内に秘めている、闘志の炎をあらわすように、ピンク色の光はゆらゆらと揺らめく。
「プペプペプペプペプペッ! わぁ、こわいー! おまえ、もえてるねー! セイシュンってやつ? シシュンキってやつ? ジツはツキのモノってやつ? ボクがスゴすぎて、おまえ、アタマがイカれちゃったみたいだねー」
悪魔将軍プペはのけ反った体勢のまま、かさかさと、後ろ向きに走り逃げた。そして自陣のコーナーポストに、かさこそと登り、その登頂部で逆さまになる。悪魔将軍プペは腕組みをしながら、額で倒立をする。
「プペプペプペプペプペッ! さぁて、さっさとゴングをならしなよー! ボク、はやくおまえをヤりたくて、たまらないよー! がまんできないよー! それに、もたもたしてていいのかな? はやくしないと、ゼネラルさま、デヴィルエナジーがたまって、カンゼンなるフッカツを、とげちゃうよー」
悪魔将軍プペの言葉を聞いて、マリは実況席に向かって、静かに言った。
「試合開始のゴング、お願いします」
悪魔将軍の登場に、呆気にとられていた実況席。マリの言葉にハッとし、急いでゴングを鳴らした。
“かーーーーーーーーーーーん!”
ひときわ大きなゴングの音が、会場中に響き渡る。
「48の殺人技のひとつ、突進型、マッスルヒップスーパーボム!」
コーナーポスト上で倒立している悪魔将軍プペの顔面めがけて、キン肉マンルージュは可愛らしいお尻を打ちつける。
“どむぅ”
激しいヒップアタックを顔面に喰らった悪魔将軍プペは、体勢を崩し、キャンパス上に投げ出される。
「もういっちょうだよ! 今度は落下型、マッスルヒップスーパーボム!」
キャンパス上に倒れこんでいる悪魔将軍プペに向かって、キン肉マンルージュはお尻を打ち下ろす。
“がぎぃぃん”
キン肉マンルージュのお尻爆弾は、悪魔将軍プペのみぞおちに着弾した。
「プペェッ!」
悪魔将軍プペの身体が、くの字に曲がる。そして、真上を向いている悪魔将軍プペの両腕、両脚が、キャンパス上にだらしなく落ちていく。
「プペプペェ、やられちゃったあー」
悪魔将軍プペは、全身をぴくぴくと痙攣させている。
「わざとらしすぎるよ、アクペちゃん」
「アクペちゃん? おまえ、ヘンなリャクしかたすんなよなー」
悪魔将軍プペは、両脚で反動をつけ、ぴょこんと起き上がった。
「アクペちゃん、ダメージなんて全然ないでしょ」
「あ、わかるー? さすがはチョージンオタクー。アクマショーグンについて、かなりディープに、しってるみたいだねー」
キン肉マンルージュは、悪魔将軍プペの身体を指差す。
「さっきのマッスルヒップスーパーボムで、顔とお腹を攻撃してみてわかったよ。アクペちゃんの鎧の中は、空っぽ。がらんどうでしょ。それでもって、アクペちゃんの本体は、頭」
「プペプペプペプペプペッ! セイカーイ! コウゲキしたときのオトで、ナカがあるのかないのか、ききわけたんだねー。カラダをコウゲキしたときは、ハンキョウしたオトー。カオをコウゲキしたときは、ナカがつまったオトー。おまえ、なかなかやるねー」
そう言うと、悪魔将軍プペは、頭の仮面を持ち上げた。そして、キン肉マンルージュに鎧の中を見せつけるように、悪魔将軍プペは仮面を持ち上げたまま、おじぎをする。
「どう? なーんにもないでしょー。おまえのいうとおり、ボクのホンタイはアタマだよー」
悪魔将軍プペは仮面を真上に放り投げ、そしてガシャンと、鎧と合体させた。
「さーて、こんどはボクのターンだよー」
悪魔将軍プペは拳を握り、両腕をキン肉マンルージュに向けて伸ばす。
「コウド0、スネークアームズ!」
悪魔将軍プペの両腕が、一瞬で大蛇に変化した。
「コウド10、ダイヤモンドファング!」
大蛇の口の中がギラギラと光りだす。そして大蛇は大口を開いた。大蛇の鋭く長い牙は、ダイヤモンドに変化した。
【第2試合】 VSノワールプペ(11)
「プペプペプペプペプペッ! どう? すっごくスルドいんだよ、こいつのキバはー。ちょっとでもふれたら、ニクがきりさかれちゃうよー。それにねー、こいつのキバには、デヴィルディスペアというキョウアクなドクがあるからねー。ふれたらイッシュンで、デスっちゃうよー」
大蛇は、にゅるにゅる、ぐねぐねと、揺り動きながら、キン肉マンルージュを見つめている。
「さあ! くらっちゃいなよ! ダイヤモンドバイト!」
右側の大蛇が、“しゃあああ”と乾いた声音を響かせる。そしてキン肉マンルージュに向かって、高速で突進する。
キン肉マンルージュは、とっさにバックステップで斜め後ろに飛び上がり、大蛇の突進から逃れる。
「そんなんじゃさー、こいつからにげたうちに、はいらないよー」
大蛇は首を曲げ、空中で進行方向を変える。そして、キン肉マンルージュめがけて、再び突進する。
「ほらほらあ! さっさと、くらっちゃいなよ! ボクのおごりだよー。エンリョなく、いただいちゃいなよー」
大蛇は大口を開けながら、キン肉マンルージュに迫る。そして、キン肉マンルージュの脇腹に、大蛇は牙をたてて噛みつく。
しかしその刹那、キン肉マンルージュは空中でくるりと後ろ向きに回転し、その勢いで、大蛇の下顎を蹴り上げる。
“ぎじゃあああ! ぎじゅううう!”
大蛇は悶えるように身体を揺らしながら、悪魔将軍プペの元に戻る。
「プペプペプペプペプペッ! いいハンノウするじゃなーい。カミヒトエでけっとばすとか、かなりスリリングだねー」
悪魔将軍プペは左右の大蛇を揺らしながら、無邪気な笑みを浮かべる。
「じゃあこんどは、2ひきドウジだよー」
悪魔将軍プペは両腕を振り上げ、そして鞭を打ち放つように、2匹の大蛇を振り下ろした。
“しぎゅああああ”
2匹の大蛇は、乾いた声音とともに、キン肉マンルージュに襲い掛かる。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」
キン肉マンルージュは自分に向かってくる大蛇めがけて、勢いよく飛び出した。
「あああッと! これはどうしたことか!? 噛まれたら即死という大蛇に向かって、キン肉マンルージュ選手、無謀にも自ら飛び込んでいったあ! あまりにも危険な特攻だあ!」
大蛇とキン肉マンルージュが激突する! その直前に、キン肉マンルージュは素早く飛び上がり、大蛇を飛び越えてしまう。
「おおお! キン肉マンルージュ選手! 大蛇を大ジャンプでやり過ごすぅ!」
ミーノは、くすっと笑んで、つぶやいた。
「いくら素早く動ける蛇といえども、動いている者に噛みつくのは、至難の業なのですぅ。そこでキン肉マンルージュ様は、あえて大蛇に突進したのですぅ。そして、大蛇の突進の勢い、キン肉マンルージュ様の突進の勢い、更に大ジャンプの勢いを合わせ使って、大蛇にとって、噛みつきにくい状況を作り出したのですぅ」
大ジャンプ中のキン肉マンルージュは、悪魔将軍プペの目の前に着地した。そして、てへッと笑ながら、舌をちろッと出して見せる。
「プペェーッ! もどれ! ダイジャーズ!」
キン肉マンルージュはすかさず、伸びきった2匹の大蛇を掴み、そして悪魔将軍プペに巻きつけていく。
「プ、プペッ!? な、なにしてる?! やめてよ! やめて!」
キン肉マンルージュは大蛇を巻きつけ、絡め、まるでタコ糸で縛られた蟹のように、悪魔将軍プペ縛り上げた。そして、真ん中で大きな蝶々結びをする。
「ぎじゃあああ! ぎゅぐるるう!」
2匹の大蛇は苦しそうに、乾いた声を上げている。
「プペェ! う、うごけなーい! ちっきしょー! ぜんぜん、うごけねー!」
キン肉マンルージュは、てへぺろをしながら、声を張り上げる。
「48の殺人技のひとつ、マッスルまごころギフト!」
観客が、わあっと沸きだす。
“うおおおお! 悪魔将軍が贈り物とか、超欲しくねえ!”
“世界一、困るギフトだわ!”
観客達を尻目に、悪魔将軍プペは笑い上げる。
「プペプペプペプペプペッ! なーんてねー」
悪魔将軍プペは、にたにたしながら言い放つ。
「コウド0、スネークボディ!」
悪魔将軍プペの身体は、蛇のように柔らかくなる。そして、大蛇に縛られている悪魔将軍プペは、するする、ぬるぬると、いとも簡単に抜け出してしまう。
「プペプペプペプペプペッ! おまえ、ヘビヘビじごくのステージ、クリアだよ! じゃあ、つぎはいよいよ、ファイナルステージ! 超ビッグスネークじごくだよー」
悪魔将軍プペはそう言うと、2匹の大蛇を絡め合わせる。ねじねじに絡まった大蛇は、合体、融合し、1匹の巨大な蛇となった。
「超ビッグスネーク、カモーン! だよー」
巨蛇は身体を持ち上げて立ち上がり、キン肉マンルージュを見下ろす。舌をちろちろとさせながら、巨蛇はキン肉マンルージュめがけて頭を落とす。
“ずどごぉおお”
リングに巨蛇が激突した。キン肉マンルージュは、寸でのところで飛び退け、巨蛇をかわす。
巨蛇の激突の勢いで、会場中が揺れる。
「じゅぎゅぐばあああぁぁぁッ!」
巨蛇はキン肉マンルージュを追いかけ回す。
「きゃあああぁぁん!」
キン肉マンルージュは動きが単調にならないように、縦横無尽にリング上を駆け回る。
しかし巨蛇は、キン肉マンルージュの動きに翻弄されることなく、キン肉マンルージュの背中にぴったりとついてきている。
【第2試合】 VSノワールプペ(12)
「やあああぁぁん! 全然、離れなあああぁぁぃい!」
キン肉マンルージュは涙目になりながら、走り続ける。
「こうなったら、またさっきみたいに突進して」
キン肉マンルージュは巨蛇の方に向き直り、突進しようと身構える。
動きの止まったキン肉マンルージュに向けて、巨蛇は大口を開けた。ギラギラの巨牙を見せつけながら、キン肉マンルージュが丸呑みできそうなくらいに開口する。それを見たキン肉マンルージュは顔を真っ青にさせて、泣き出した。
「うわあああぁぁん! むり! むりむりむりむりむりぃ! 絶対にむりぃ! 絶対に食べられちゃうよぉ!」
キン肉マンルージュは泣きながら、突進してくる巨蛇の頭を、大跳躍でかわした。巨蛇はコーナーポストに激突する。
“ずどがぁあああん”
リングを中央に、会場中が大地震にみまわれる。
“ずごごごごごぉ”
巨蛇は、何事も無かったかのように頭をもたげ、キン肉マンルージュの方に向き直る。
「ぎじゅばぐぅがあああぁぁッ!」
巨蛇は威嚇するように、キン肉マンルージュに吠え上げた。
「うわああぁん! こんな蛇の相手とか、無理なんですけどぉ! こんなの無理だよ……って、あれ? こういうシーン、どこかで見たような気がする……」
キン肉マンルージュは、ぺたんとお尻をキャンパス上につけ、あぐらをかく。そして腕組みをしながら、首を傾げる。
「うーん、なんだっけなあ、なんだったろう……確か……えーとぉ……」
考え込むキン肉マンルージュに向かって、巨蛇は大口を開け、突進する。
「ごじゅばああぁッ!」
危機が迫るキン肉マンルージュを目の当たりにして、アナウンサーは声を張り上げる。
「あああ! あぶなあああい! キン肉マンルージュ選手、どうしたのでしょう! 全く逃げようとしない! このままでは、喰われてしまうッ!」
ミーノは、はらはらしながらも、座り込んでいるキン肉マンルージュを見守っている。
「きっとキン肉マンルージュ様は、相手の攻略法を見つけかかっているいるのですぅ……お願い、間に合って! ですぅ」
ミーノは手を握り合わせて、祈る。
「うーんとぉ……えーとぉ……ッ! そうだぁ!」
キン肉マンルージュは、ぴょこんと立ち上がり、目の前にまで迫っている巨蛇の大口に向かって、飛び込んだ。
「うわあああ! キン肉マンルージュ選手! 自ら喰われにいったあ! これは文字通り、自殺行為だあ!」
アナウンサーの声を尻目に、キン肉マンルージュは巨蛇の下顎の端を掴む。そして下顎を掴んだまま、上顎に向かって飛び上がった。
“がしぃ”
キン肉マンルージュは上顎の端も、掴み上げた。
キン肉マンルージュは巨蛇の口の端を掴みながら、真上に飛び上がった。
「プペプペェ? あいつ、なにするキー?」
キン肉マンルージュは飛び上がりきると、今度はキャンバス目掛けて落下する。そしてキン肉マンルージュは、巨蛇の口を開かせ、声を上げた。
「48の殺人技のひとつ、口裂けキン肉バスター!」
キン肉マンルージュは、巨蛇の口を使って、キン肉バスターを放つ。
“ずぉどがががああぁぁぁん
「じゅぎゅぐばがががあああぁぁぁッ」
巨蛇の口は、大きく裂けてしまった。そして巨蛇は、ぴくぴくと痙攣し、動かなくなった。
「おおおおお! 倒したあ! キン肉マンルージュ選手! 見事、巨蛇を討ち取ったあ!」
興奮するアナウンサーを尻目に、ミーノはつぶやく。
「口裂けキン肉バスター、この技は、キン肉スグル大王様が、悪魔六騎士であるスニゲーターとの戦いで見せた技なのですぅ。さすがは超人オタクであられる凛香様、土壇場で思い出したのですぅ」
“どずずずぅん”
巨蛇はぐったりとして、リングに沈んだ。
「プペプペプペプペプペッ! 超ビッグスネークじごくのステージ、クリアだよー! やるねー、おまえー、ほめてやるよー」
悪魔将軍プペは、変わり果てた姿になってしまった巨蛇を見つめながら、ケラケラと笑っている。
「さーて、このヤクタタズなウデ、かたづけないとねー」
そう言うと、悪魔将軍プペは、コーナーポストに向かって飛び上がった。そして、自らの肩関節を、コーナーポストに激突させた。
“どぐしゃああぁぁッ”
“ぶちいいぃぃぃッ”
肩関節が潰れる音と、腕が千切れる音が、同時に聞こえた。
“う、うわわわわあああッ!”
“きゃあああぁぁぁあああッ!”
観客達は、あまりの凄惨な光景に、悲鳴を上げる。
「もうカタッポもねー」
悪魔将軍プペは、再度、飛び上がった。そして、残りの腕の肩関節を、コーナーポストに激突させる。
“どぐしゃああぁぁッ”
肩関節が潰れる音が聞こえる。しかし、悪魔将軍プペの腕は、皮一枚残して、繋がっている。
「あー、ウデ、とれなかったー。しょうがないなー」
悪魔将軍プペは、ぶらりと垂れ下がった腕を掴む。そして、躊躇なく、腕を思いきり引っ張り上げた。
“ぶちいいぃぃぃッ”
悪魔将軍プペの腕は、痛々しい音と共に、引きちぎられてしまう。
“ひいいいぃぃぃッ”
観客達は、全身が凍ってしまったかのような、寒々しい悲鳴を上げる。
「さーて、いっただっきまーす」
悪魔将軍プペの胸にあるノワールプペの顔が、大きく口を開いた。その大きさは、巨蛇にも負けないほどの、とてつもなく大きなものである。
“がぶうぅじゅるるるぅ”
悪魔将軍プペは、巨蛇を丸呑みにする。じゅるじゅると音を立てながら、物凄い勢いで、飲み込んでいく。
「げふぅ、まずーい、ごっちそーさまー」
悪魔将軍プペの胸にあるノワールプペの顔が、げふぅとゲップした。
【第2試合】 VSノワールプペ(13)
「さーて、おニューなウデを、はやさないとねー」
悪魔将軍プペは、腕の無くなった肩に、力を込める。
“ずるりゅりゅりゅううう”
突然、肩から新しい腕が飛び出してきた。悪魔将軍プペは、両手を、ぐう、ぱあ、ぐう、ぱあ、と開いたり閉じたりしている。
「おまえ、コウド0、ヘビヘビじごくはクリアーしたからー。つぎはコウド10、ギラギラじごくだよー」
そう言うと、悪魔将軍プペは人差し指を、キン肉マンルージュに突きつけた。
そしてギラギラ地獄と言われたキン肉マンルージュは、警戒し、身構える。
「プペプペプペプペプペッ! ずきゅーん!」
悪魔将軍プペがそう言い放った、その刹那。キン肉マンルージュは吹き飛ばされ、キャンバス上に倒される。
キン肉マンルージュは、ぴくりとも動かない。
「プペプペプペプペプペッ! どう? ダイヤモンドマグナムのおアジはー?」
悪魔将軍プペは、銃の形に握った手を口元に持っていき、銃口部分の人差し指の先端に、ふぅと息を吹きかける。
「こ、これは、一体どうしたのかあ?! 突然、倒れてしまったキン肉マンルージュ選手! まったく動きません!」
アナウンサーの声に反発するように、ミーノは声を荒げる。
「突然倒れたわけではないのですぅ! キン肉マンルージュ様は、攻撃を受けてしまったのですぅ! 悪魔将軍プペが放ったダイヤモンドを! ですぅ」
マリはミーノの補足説明をするように、静かに話し出した。
「以前、キン肉マンさんが戦った悪魔将軍は、ダイヤモンドの汗をかいていたわ……悪魔将軍プペも同じように、ダイヤモンドの汗をかいて、その汗を……キン肉マンルージュに飛ばした……物凄い勢いで……まるで、マグナムのような威力で……」
マリとミーノは心配そうに、倒れているキン肉マンルージュを見つめている。
「おおおっとお! ダイヤモンドマグナムの正体、発覚です! ということは、キン肉マンルージュ選手……ダイヤモンドの弾丸で、撃たれてしまったということになります! こ、これは大変です! 一大事です!」
会場中の人々が、キン肉マンルージュに注目する。誰もが心配して、キン肉マンルージュを見つめている。
「んもう、びっくりしたあ」
会場中の視線を独り占めしていたキン肉マンルージュは、何事も無かったかのように、すくっと立ち上がった。
「いったーい、お尻打っちゃったよ」
キン肉マンルージュはお尻を撫でながら、きょとんとしている。
「あれ? どうしたの? なんでみんな、わたしを見ているの?」
呆然とするキン肉マンルージュを、ミーノは不思議そうに見つめる。
「無事なのですぅ! それどころか、無傷なのですぅ!」
そしてミーノは、キャンバス上に転がっているものに目を止める。
「んん? あれは……ダイヤモンドですぅ?」
キン肉マンルージュの足元に、小指ほどの大きさのダイヤモンドが落ちている。それは間違いなく、悪魔将軍プペが撃ち放ったダイヤモンドである。
「……キン肉マンルージュ様は、無事なのですぅ……ダイヤモンドの弾が、そこに落ちているのですぅ……ということは……」
状況を分析するミーノは、はっとする。
「そうなのですぅ! わかったのですぅ! キン肉マンルージュ様は、マッスルジュエルに助けられたのですぅ!」
状況が把握できないでいる観客達は、ミーノに注目する。
「悪魔将軍プペが放った弾丸は、キン肉マンルージュ様の胸にある、マッスルジュエルに着弾したのですぅ! そして弾丸はマッスルジュエルに弾かれて、床に落ちたのですぅ! マッスルジュエルが、キン肉マンルージュ様を守ったのですぅ!」
さも当たり前のように語るミーノの説明を聞いて、観客達は疑問を抱く。
“おいおい、悪魔将軍プペが撃ち出したのは、ダイヤモンドの弾丸なんだろう? ダイヤモンドって、一番硬いものだろう?”
“ダイヤモンドなんかで撃たれたら、マッスルジュエルが砕けちゃうよ?”
ミーノは自身ありげに、ふふんと笑んだ。
「ところが大丈夫なのですぅ! マッスルジュエルは硬度10のダイヤモンドよりも、遥か硬いのですぅ! マッスルジュエルの硬度は、現代の科学では測定不能なのですぅ。ですが、耐久テストによって、ダイヤモンドを凌ぐほどに硬い物質で出来ていることが、明らかにされているのですぅ!」
会場中がどよめいている。現代科学では測定不能なほどの硬度を持つマッスルジュエルに、観客達は驚きを隠せない。
「キン肉マンルージュ様、マッスルジュエルに向かって
“マッスルプロテクション”
と唱えてくださいですぅ」
キン肉マンルージュは大きく頷き、胸に飾られているマッスルジュエルに向かって、言い放つ。
「マッスルぅぅぅぅぅぅぅ」
キン肉マンルージュは胸の前で腕をクロスさせて、身を縮める。
「プロテクショーーーーーン!」
キン肉マンルージュはクロスさせていた腕を、一気に開く。薄い胸を思いきり張り、両腕を目いっぱいに開く。
“ぱあああぁぁぁッ”
キン肉マンルージュの声に呼応するように、マッスルジュエルは光り輝く。そして、マッスルジュエルはピンク色の光に包まれる。
マッスルジュエルは大きくなり、形を変えていく。
“ぱあぁん”
マッスルジュエルを包んでいた光は、ぱぁっと弾けた。そして、キン肉マンルージュの胸には、赤色の強いピンク色に輝く、胸当てが着けられていた。
「マッスルジュエルは、武具、防具、その他の道具に、変化させることが可能なのですぅ」
ミーノの言葉を聞いて、キン肉マンルージュは頬を膨らませる。
【第2試合】 VSノワールプペ(14)
「えーッ! ちょっと! そうならそうと、もっと早く言ってよ! 最初っから、マッスルジュエルを変化させて使えばよかったじゃない!」
「えーと、それは無理だったのですぅ。マッスルジュエルの変化は、適合者様の力の大きさに合わせて、変化の度合いが違ってくるのですぅ」
「わたしの力に合わせて……それってつまり、未熟なわたしには、マッスルジュエルを変化させられないってこと?」
「少なくとも、グレート・ザ・屍豪鬼と戦っていたキン肉マンルージュ様には、マッスルジュエルを変化させられなかったのですぅ。でも、今のキン肉マンルージュ様になら、変化させることができる、そう思ったのですぅ」
悪魔将軍プペは手を銃の形に握り、話し込んでいるキン肉マンルージュに銃口を向ける。
「ずきゅーん!」
子供が鉄砲の真似をするような声で、悪魔将軍プペが言い放つ。同時に、悪魔将軍プペの指先から、ダイヤモンドの銃弾が発射された。
“ぴしゅん”
銃弾はキン肉マンルージュの頬の、すぐ横を通り抜けていった。
「プペ? よくよけたな、おまえー。でも、これはよけられるかなー?」
悪魔将軍プペは身体を揺らして笑い上げ、銃をキン肉マンルージュに向ける。
「ずきゅーん! ずきゅーん! ずきゅーん!」
悪魔将軍はダイヤモンドマグナムを連発する。目で捉えるのが不可能なほどの速さで、銃弾はキン肉マンルージュに襲い掛かる。
“すすッ”
キン肉マンルージュは、ほんの少しだけ身体を揺らした。
そして銃弾は、キン肉マンルージュの身体すれすれのところを通り抜けていく。
「プペプペ? あれー? ……こ、これならどうだー!」
悪魔将軍プペは少しイラつた様子で、ダイヤモンドマグナム連射する。
「ずきゅーん! ずきゅーん! ずきゅんずきゅんずきゅーん! ずきゅきゅきゅきゅーん!」
キン肉マンルージュは悪魔将軍プペと正対しながら、悪魔将軍プペを真っ直ぐに見つめている。そして一歩、二歩と、ステップを踏み、ゆらり、ゆらりと、身体を揺する。
悪魔将軍プペが放った銃弾は、全てキン肉マンルージュの横を通り抜けていく。
「プペーッ! なんだよ、もう! なんで、あたんないんだよー! おまえ、うごくなよー! ちっきしょー! はらたつー!」
悪魔将軍プペは、ぶんぶんと腕を振りまわしながら、ずだん、どしんと、地団駄を踏む。
「おおおっとお! これはどうしたことかあ! 悪魔将軍プペ選手が放つダイヤモンドの銃弾が、全てかわされてしまったあ! そしてキン肉マンルージュ選手! あれだけの至近距離からの銃撃を、全て紙一重で避けきっているう! すごい! すごい! すごおおおぉぉぉい!」
マリは静かに口を開く。
「グレート・ザ・屍豪鬼との試合と、同じね」
「はいですぅ。あれはラーメンマン様の体裁きですぅ。相手の技の発動を先読みして、確実に避けてしまう超高等技術ですぅ。ですので、いくら超高速で攻撃されても、全て避けることができるのですぅ」
そうとは知らずに、悪魔将軍プペはダイヤモンドの銃弾を撃ち続ける。
「ずきゅーん! ずきゅきゅーん! ずきゅきゅきゅずきゅずきゅずっきゅきゅきゅーーーんッ!」
しかしキン肉マンルージュは、最小限の動きで全ての銃撃を避けてしまう。
「プペペーッ! んもう! あたるキがしないー! ぜーんぜんしなーい! ちきしょー! もういい! もういいもーんだ!」
悪魔将軍プペはぷりぷりと怒りながら、キン肉マンルージュを指差す。
「もうおこった! これなら、どーだあ!」
悪魔将軍プペは全身に力を込めて、思いきり踏ん張る。すると、悪魔将軍プペの身体はギラギラと輝きだし、だらだらと汗をかき始めた。
「たくさん、たーくさん、ダイヤモンドをつくっちゃうもんねーだ!」
ギラついた輝きを放つダイヤモンドの汗は、悪魔将軍プペの身体上を移動し、両腕に集まっていく。
「プペプペプペプペプペッ! これだけあれば、ぜーったいに、よけられないよーだ!」
悪魔将軍プペは両手を握り合わせ、両腕を伸ばす。そして握った手を、キン肉マンルージュに向ける。
“ぞっくううぅッ”
キン肉マンルージュとミーノの背中に、冷たすぎる悪寒が走り抜ける。
「キ、キン肉マンルージュ様! 気をつけてなのですぅ!」
ミーノがしゃべり終える前に、キン肉マンルージュは悪魔将軍プペに向かって、走り出していた。
「恐い……怖い……すっごく嫌な感じ……でも、だからこそ……だよ……」
キン肉マンルージュは呟きながら、悪魔将軍プペに飛びつく。
「プペプペプペプペプペッ! わざわざジブンから、ちかづいてくるなんて、とんだおバカさんだねー。どーしよーもないバカー」
突っ込んでくるキン肉マンルージュに向けて、悪魔将軍プペは握った手で、狙いを定める。
「ズドゴーン!」
悪魔将軍プペは言い放つと、大量のダイヤモンドの銃弾を、一気に発射させた。
まるで散弾銃のように発射されたダイヤモンドの銃弾が、キン肉マンルージュめがけて飛んでいく。
“ずがががががあああぁぁぁんッ!”
ダイヤモンドの銃弾は、ひとつ残らず、全て、キン肉マンルージュの胸に被弾した。
「きゃあああああッ!」
銃弾のあまりの激しい勢いに、キン肉マンルージュは吹き飛ばされてしまう。
“ずがしゃあ!”
キン肉マンルージュの身体は、自陣のコーナーポストに激突してしまう。そして、ばたりと、キン肉マンルージュはキャンバス上に沈んだ。
【第2試合】 VSノワールプペ(15)
「キ、キン肉マンルージュ様ぁ! なのですぅ」
目の前で倒れ込んでいるキン肉マンルージュを、ミーノは心配そうに見つめる。
「キン肉マンルージュ様! し、しっかりなのですぅ! だ、大丈夫ですか? なのですぅ!」
ミーノの心配そうな声に、キン肉マンルージュは笑顔を向ける。そして、キン肉マンルージュは立ち上がろうとする。しかし、脚に力が入らず、腕はぷるぷると震えて、いうことをきかない。
「思った以上に……ダメージがあったよお……でも……大丈夫だよ……」
キン肉マンルージュはふらふらになりながらも、なんとか身体を起こし、無理やりに立ち上がった。
「ああっとお、これはキン肉マンルージュ選手、かなりのダメージがあるようだ。それもそのはず、あれだけ大量のダイヤモンドの銃弾を胸に受けてしまったわけですから、無事であるわけがありません」
アナウンサーのコメントに合わせるように、悪魔将軍プペは笑い上げながら話しだす。
「プペプペプペプペプペッ! ほんとにバカだよねー、こいつー。もうボロボロじゃん、おまえー」
「本当にバカだとお思いですぅ? だとしたら、あなたの方が、よっぽどのおバカさんなのですぅ」
笑い上げていた悪魔将軍プペから、一気に笑みが消える。そして無表情な顔で、ミーノを睨む。
「はあ? なにいってるの、おまえー。おまえもバカなのー?」
ミーノはため息をつきながら、あきれた様に話し始める。
「キン肉マンルージュ様は、悪魔将軍プペが何をしようとしているのか、誰よりも早く気がついていたのですぅ。散弾銃のように、無差別、不規則な、回避不能な攻撃をしようとしていると。そこでキン肉マンルージュ様は瞬時に判断したのですぅ。大量の銃弾が拡散してしまう前に、マッスルジュエルの胸当てで、全ての銃弾を受けてしまおうと……これはとても危険な賭けでしたが……でも、おかげで、致命傷となるようなダメージは無かったのですぅ」
ミーノの説明を聞いて、観客達がざわつく。
“確かに、拡散した銃弾を避けるのは不可能だよなあ。だったら、拡散する前に、全部の銃弾を受けちゃおうと思ったのかあ。かなりやべぇギャンブルだよ、その賭け”
“でも、マッスルジュエルって、悪魔将軍プペのダイヤモンドマグナムを防いでるんだよね? だったら、マッスルジュエルの胸当てには、ダイヤモンドの銃弾はきかないってことだよね?”
“そんなに単純じゃねえよ。ダイヤモンドマグナムは単発だけど、さっきのは散弾銃状態だぜ? もしかしたら、いくらマッスルジュエルでも、粉々に砕けてたかもしれないぜ?”
“肉を切らせて、なんとやらってヤツ? ルージュちゃん、ダメージは受けたけど、結果的には、賭けに勝ったんだよね? だったら、悪魔将軍プペに突っ込んでいったルージュちゃんは、無謀だったんじゃなくて、勇気ある行動だった、ってことだよね?”
ミーノはクスッと笑んで、悪魔将軍プペを見つめる。
「観客の皆様は、どうやらわかっていらっしゃるようなのですぅ。どちらがおバカさんなのかを! ですぅ」
悪魔将軍プペは肩をわなわなと震わせながら、ぎりぎりと歯をならす。
「だ、だーれがバカだってえ? バ、バカっていうほうが、バカなんだよ! ……って、ボクがさいしょにいったのか、バカって……ちきしょー! なんなんだよ、もう! ほんとのホントに、もう、おこったぞー!」
悪魔将軍プペは全身に力を込め、踏ん張りながら身を丸める。すると、悪魔将軍プペの全身は、ダイヤモンドの汗でびっしゃりになった。
「ホントのギラギラじごく、みせてやんよー!」
キン肉マンルージュは、全身にゾクッとした悪寒を感じた。
「ッ! あ、あ、あ……ど、どうしよう、今度のは……避けられない……防げないよ……捨て身の特攻でも無理……」
悪魔将軍プペが繰り出す攻撃について、いちはやく気がついたキン肉マンルージュ。しかし、その攻撃の打開策が見つからない。
「プペプペプペプペプペッ! わかっちゃった? でもさー、わかったところでさー、どうしようもないよねー! プペプペプペプペプペッ! だからさー、しんじゃえよ、おまえー!」
攻撃を繰り出そうとしている悪魔将軍プペを見て、ミーノはとっさに叫び上げた。
「マッスルジュエルの面積の範囲内、それが唯一の安全地帯なのですぅ! とても狭い安全地帯ですが、なんとかその中に、入ってくださいなのですぅ!」
「マッスルジュエルの面積の範囲内? そんな……こんなちっちゃい胸当てなのに、どうすればいいの?」
ミーノの言葉を聞いて、キン肉マンルージュは困惑する。
「プペプペプペプペプペッ! ムダむだムダむだムダー! こんどのは、ゼッタイにさけられないよーだ!」
そう言って、悪魔将軍プペは、全身に溜め続けていた力を解放するかのように、一気に身体を開いた。
「プペプペプペプペプペッ! ダイヤモンドスプラッシュ!」
「マッスルプロテクション!」
悪魔将軍プペの全身から、全方向に向かって、無数のダイヤモンドが飛び出した。
同時に、キン肉マンルージュはマッスルジュエルを変化させる。
“ずがががががががぁぁぁあああああん”
縦横無尽に飛び交うダイヤモンドの銃弾。
凄まじく鋭い、そして恐ろしく硬い激突音が、周囲に響き渡る。
大量のダイヤモンドによる全方向射撃には、まったくもって隙がない。
“…………”
激突音が止むと、今度は無音とも言えるほどの静寂が、周囲を包み込んだ。
“すたんッ”
そんな中、静かな着地音が、周囲に鳴り渡る。
キン肉マンルージュは傷ひとつない、まったく無事な姿で、リング上に着地した。
「プペェッ! そ、そんなバカなー!」
「あ、えええええ?! キン肉マンルージュ選手、無傷! まったくの無傷です!」
“あれ? う、うそ?! あんなめちゃくちゃな銃撃、避けきったの?!”
悪魔将軍プペと、アナウンサーと、観客達は、まったくの同時に、驚きの声を上げた。
そんな中、ミーノだけは、ホッと安堵の息をついていた。
【第2試合】 VSノワールプペ(16)
「よかったですぅ。間に合ったのですぅ」
「ありがとう、ミーノちゃん。あの時、安全地帯について言ってくれなかったら、わたし、絶対にやられてたよお」
ゆっくりと立ち上がるキン肉マンルージュの手には、胸当てと同じくらいの大きさの、盾が握られていた。
「こ、これは一体、どういうことだあ! ミーノちゃん、解説お願いします!」
状況を理解できないでいるアナウンサーは、隣にいる解説者の中野さんにではなく、ミーノに解説をお願いした。
「え、えーとお、ですぅ」
ミーノは恥ずかしそうに、身体をもじもじしながら、解説を始める。
「マッスルジュエルがダイヤモンドの銃弾を防ぐことができるのは、既に実証済みなのですぅ。ということは、マッスルジュエルに身を隠せば、安全なのですぅ。つまり、これがマッスルジュエルの安全地帯なのですぅ」
観客達とアナウンサーは、なるほどと、頷く。
「でも、今のキン肉マンルージュ様には、先ほどの胸当てくらいの大きさまでしか、マッスルジュエルを変化させることができませんですぅ。そうなると、マッスルジュエルで身を隠すことは、到底無理、できませんですぅ」
観客達とアナウンサーは、それはそうだと、頷く。
「しかしながら胸当ての大きさしかなくても、一瞬であれば身を隠すことはできるのですぅ」
観客達とアナウンサーは、それは何だとばかりに、身を乗り出す。
「キン肉マンルージュ様は、胸当てを盾に変化させましたですぅ。この盾の面積内にキン肉マンルージュ様の身を隠すには、どうすばよいのか? それは盾に対して、身体を真横に向けてしまえばよいのですぅ。そうすれば盾にすっぽりと、キン肉マンルージュ様の身体が隠れるのですぅ」
観客達とアナウンサーは、なるほどなるほどと、大きく頷く。
「ですので、キン肉マンルージュ様はダイヤモンドの銃弾が飛んでくるのと同時に、盾を持ちながら飛び上がって、身体を真横にピンと伸ばしたのですぅ。これでキン肉マンルージュ様の身体は、盾に完全に隠れるのですぅ」
観客達とアナウンサーは、なるほどなるほどなるほどと、大きく大きく頷く。
「ちなみに銃弾は一直線に飛びますので、銃弾が盾の範囲内に入ってくることは絶対にないのですぅ」
観客達とアナウンサーは、うおおおおおお! と、めいっぱいに頷く。
「これは驚きました! もはや数学です! キン肉マンルージュ選手とミーノちゃんの頭脳プレー! 見事です! 見事すぎます! そして悪魔将軍プペ選手、無様すぎます!」
悪魔将軍プペはアナウンサー席に向かって、デコピンをする。
“ずがぁん”
アナウンサー席の机に穴が開き、アナウンサーが持っているマイクが爆発する。
悪魔将軍プペがデコピンで放ったダイヤモンドの銃弾は、机を貫通し、マイクに激突した。
「うるさいよ、おまえ! こんどは、おでこに、くらわすよー?」
アナウンサーは、ひぃッと悲鳴を上げて、アデラ●スゴールドの中野さんの背後に隠れてしまう。
「ちょ、ちょっと! やめてくださいよ! 私を盾にしないでくださいよ! どのみちダイヤモンドの銃弾ですから、例え私を盾にしても、私を貫通して、結局はあたなに当たっちゃいますよ!」
中野さんは広すぎる額に青筋をたて、猫の子を掴むようにアナウンサーの首根っこを掴んだ。そして強引に、アナウンサー席に戻してしまう。
「ちゃんと仕事なさい!」
そう言って中野さんは、アナウンサーに新しいマイクを渡した。
「関係のない人に手を上げるのは、お止めなさい」
マリは静かな声で、悪魔将軍プペに言った。
「はあ? なんだあ? むかついたから、あいつにおしおきしたんだよー! ボク、なにもわるいことなんてしてないよー? ってか、おまえ、ボクにセッキョーくらわすキ? チョーむかつくんですけどー?」
そう言って悪魔将軍プペは、マリに人差し指の先端を向ける。
「んん? なにそれ? おまえ、なにしてんの?」
キン肉マンルージュは両腕を開いて、マリをかばう様に悪魔将軍プペの前に立ちふさがった。そして無言のまま、つよく悪魔将軍プペを睨みつける。
「プペプペプペプペプペッ! こわい、こわーい! おっかないカオー! そんなにオコるなよー!」
悪魔将軍プペは笑い上げながら、おどけてみせる。
「なーにがシュゴテンシだよー! おまえのカオ、まるでオニだよー! アクマ、カオまけー!」
からかう悪魔将軍プペに動じることなく、キン肉マンルージュは悪魔将軍プペを睨み続けている。
「なーんだよー、つまんないのー。ボク、そういうの、きらいー」
悪魔将軍プペは、しらけたとばかりに、とぼとぼと歩いて自陣のコーナーポストに戻った。
「よっ、とー」
そして悪魔将軍プペは、コーナーポストの先端に乗っかる。
「プペプペプペプペプペッ! さーて、つぎはなにして、あーそぼーかなー」
悪魔将軍プペは、まるで無邪気な子供のように、キャッキャッと騒ぎだした。そして、考え込む。
「うーん、うーん! どうしてくれようかなー、こいつー」
『……人形よ……』
悪魔将軍プペの頭の中で、ゼネラルの声が響く。
悪魔将軍プペは何事も無いかのように、変わらず騒ぎ続ける。が、ゼネラルの声にはちゃんと集中する。
『……人形よ……地上界で余が活動できるだけのデヴィルエナジーを溜め込むには、1日や2日では無理なようだ……時間が掛かりすぎるわ……人形よ……余の力の全てを、貴様に貸してくれる……無理を承知で言うぞよ……余の力、使えるものなら、使いこなしてみせい……』
それきりゼネラルの声はしなくなった。
「うーん、そっかー、そうなんだー。じゃあ、もう、だしおしみしなくても、いいだよねー」
悪魔将軍プペはぶつぶつと独り言を言いながら、すたんッと、リング中央に降り立った。
【第2試合】 VSノワールプペ(17)
「いいこと、おしえて、あげよっかー?」
悪魔将軍プペは両手を腰に当てながら、身体を傾けて、キン肉マンルージュを見つめる。
そしてキン肉マンルージュの返事を待つことなく、勝手に話し出す。
「あのねー、アシュラマンってさー、マカイのクソヂカラ、つかうよねー」
魔界のクソ力と聞いて、キン肉マンルージュは話に集中する。
「マカイのクソヂカラってさー、じつはさー、ゼネラルがおしえたんだよー、アシュラマンにー」
悪魔将軍プペは、カーカカカ! と、アシュラマンの真似をする。
「でもさー、アシュラマンでもさー、カンペキにはつかいこなせなかったんだよー、マカイのクソヂカラー。ほんとのホントなピンチなときに、ちょこっとしか、つかえないんだよー。それにシゴキなんてさー、あいつはロンガイだよねー。マカイのクソヂカラのハツドウにシッパイして、デヴィルディスペアにくわれっちゃってさー」
悪魔将軍プペは頭部をくるくると回転させて、アシュラマンのファイスチェンジを真似している。
「でもねー、アクマショーグンはねー、つかいこなせるんだよー、カンペキにねー、マカイのクソヂカラー」
悪魔将軍プペがそう言うと、全身から真っ黒なオーラが噴出した。そして悪魔の暗雲、デヴィルディスペアに包まれた。
「プペプペプペプペプペッ! カクゴしておきなー! マカイのクソヂカラがハツドウしたアクマショーグンは、ベツジゲンのツヨさだからねー!」
悪魔将軍プペを包んでいたデヴィルディスペアが、徐々に晴れていく。そして、その姿があらわとなった。
悪魔将軍プペがまとっている鎧は、真っ黒に変色し、鈍く黒光りしている。そして薄っすらと、デヴィルディスペアが全身を覆っている。
背中にはデヴィルディスペアで出来た、悪魔の羽が2枚生えている。悪魔将軍プペは、ばぁっと羽を広げて、叫び上げた。
「プペプペプペプペプペッ! これぞ真の悪魔の姿! 我は真・悪魔将軍プペなりい!」
激しく笑い上げながら、真・悪魔将軍プペは、背中の羽を折りたたんだ。
「キン肉マンルージュよ。ここからは真の悪魔の戦いというものを、存分すぎるほど存分に味あわせてくれるぞ」
様子が全くもって変わってしまった真・悪魔将軍プペを見て、アナウンサーは声を上げる。
「こ、これは! 悪魔将軍プペ、真の悪魔として、真・悪魔将軍プペとして、再降臨だあ! 全身真っ黒に染め上がったその姿は、まさに悪魔! 禍々しくも、どこか美しささえ感じてしまう、ひどく妖しい真・悪魔将軍プペ! 戦う前から、とてつもない強さであることが感じ取れます!」
アナウンサーに続いて、アデラ●スゴールドの中野さんもコメントする。
「これはまた、あからさまにパワーアップをしましたですねえ、真・悪魔将軍プペ選手! 確かにとんでもなく強くなってしまったように感じますですよ、はい。それも真の悪魔のなせるわざなのでしょうかねえ。とにもかくにも、キン肉マンルージュ選手、これは大ピンチですよ!」
ピンチな状況であるということは他の誰でもない、キン肉マンルージュ本人、そしてミーノが一番わかっていた。
「ミーノちゃん……どうしよう」
「真・悪魔将軍プペの全身を覆っているデヴィルディスペア……これはとても厄介なのですぅ……デヴィルディスペアの影響で真・悪魔将軍プペの攻撃力、殺傷能力は倍増……それどころか真・悪魔将軍プペに触れただけでも、こちらにダメージがあるのですぅ……つまり真・悪魔将軍プペに密着する必要がある技は、甚大なダメージを負ってしますのですぅ……例えパンチやキックのような打撃系の攻撃でも、かなりのダメージを負ってしまうのですぅ……」
ミーノは頭を抱えて、ひどく考え込む。しかし現状では、デヴィルディスペアの攻略法は見つかっていない。そのため手の打ちようがない。
「ミーノちゃん……この状況って、つまるところ……ダメージ覚悟で真・悪魔将軍プペを攻撃するしかないってことだよね……」
「そ、そうなのですが……でも、それではあまりにも……でも……はい、そのとおりなのですぅ……」
打つ手がないキン肉マンルージュとミーノをあざ笑うかのように、真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュに歩み寄る。
「プペプペプペプペプペッ! どうやら理解しているようだな、自分の置かれている状況を。プペプペプペプペプペッ! 便利であろう、デヴィルディスペアは。こうやって貴様に近寄るだけでも、立派に攻撃していることになる」
真・悪魔将軍プペはじりじりと、ゆっくりと、キン肉マンルージュとの間合いを詰めていく。キン肉マンルージュは必死に距離をとろうとするが、二人の距離は少しづつ、確実に縮まっていく。
「悪魔将軍プペの時とはまるで別人だよ、真・悪魔将軍プペ……全然、隙が無い……なんだか素人の子供から、いきなり大人の達人にまで成長しちゃったみたいな……それくらいに差があるよお……」
キン肉マンルージュは動きに緩急をつけたり、フェイントを混ぜたりして、真・悪魔将軍プペを惑わそうとする。しかしそれでも、距離は縮まる一方である。
「プペプペプペプペプペッ! では参るぞ!」
真・悪魔将軍プペは突然、キン肉マンルージュに向かって走りだした。対するキン肉マンルージュは、とっさに反応して、逃げるように駆けだした。
しかし一瞬のうちに、二人の距離は詰められてしまう。キン肉マンルージュの目の前には、禍々しい姿の真・悪魔将軍プペがいる。
「喰らえい! デヴィルズエンブレイス!」
真・悪魔将軍プペは目の前にいるキン肉マンルージュを抱き締めた。
「き、きゃああああぁぁぁぁぁあああああッ!」
うら若き乙女の悲痛な叫びが会場中に響き渡る。乙女の悲鳴はあまりに痛々しく、ひどく苦しそうで、聞いているだけで胸が張り裂けそうになる。
“じゅぶぶぶわああぁぁああじゅぶりゅるるぅ”
キン肉マンルージュの身体から、まるで焼け焦げるような、溶かされているような、不気味で不快な音が響き渡る。そして真っ黒い煙が噴き出した。
「た、大変なのですぅ! 生粋の正義超人であるキン肉マンルージュ様にとって、デヴィルディスペアは大変な猛毒、劇物、超刺激物なのですぅ! このままではキン肉マンルージュ様は、デヴィルディスペアに焼かれて、溶かされて、跡形もなく消されてしまうのですぅ!」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュを抱きながら、肩を揺らして笑い上げる。
「プペプペプペプペプペッ! デヴィルディスペアで消滅か! そうしたいのはやまやまだがな。しかし腐ってもマッスルジュエルの適合者、デヴィルディスペアだけでは、こやつを消すには至らぬわ」
真・悪魔将軍プペは両腕を開き、キン肉マンルージュを解放する。
キン肉マンルージュはぶすぶすと細い真っ黒な煙を上げながら、その場に立っている。よろよろと、ふらふらとしながら、かろうじて立っている。
「プペプペプペプペプペッ! 悪魔の抱擁はまだ半分残っているぞ! そしてこれがもう半分だ!」
真・悪魔将軍プペは目の前にいるキン肉マンルージュの両肩を掴み、ぐるんとキン肉マンルージュを半回転させる。そして今度は背後からキン肉マンルージュを抱き締める。
「喰らえい! デヴィルズエンブレイス・リバース!」
“ぶじゅぶぶわああぁぁああぶじゅりゅるるぅ”
「き、きゃああ……うう……うああぁぁ……ひゅぁぁぁあああああ……」
まだ焼かれていなかったキン肉マンルージュの背後を、真・悪魔将軍プペは容赦なく焼いていく。
もう悲鳴を上げる力すら残っていないのか、キン肉マンルージュの悲痛な声は、途切れ途切れになっている。
「……うう……うぁあぅ……ぅ……」
キン肉マンルージュの口から声音が消えた。そしてキン肉マンルージュの全身から、力が失せる。
ぐったりと力を失ったキン肉マンルージュ。真・悪魔将軍プペは片手でキン肉マンルージュの胸ぐらを掴み、そしてそのまま持ち上げる。
【第2試合】 VSノワールプペ(18)
「プペプペプペプペプペッ! 全身こんがりと、真っ黒く焼けたろう? 表も裏も、焼きむらなく、きっちりと焼いてやったわ! そして、あとはここだ!」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの首に目線を移す。
「ここを焼けば、地獄の九所封じの完成だ」
ミーノは動揺を隠しきれない様子で、身を乗り出した。
「じ、地獄の九所封じ?! ですぅ!? キン肉スグル大王様と対決したゴールドマン版悪魔将軍が使った、悪魔の奥義! 超人が持つ9か所の急所を、9つの技で封じてしまう驚異の連続技なのですぅ!」
しかしミーノは腕組みをしながら、考え込む。
「でも……おかしいのですぅ。キン肉マンルージュ様は試合が始まってから、まだ8つも技を受けていないのですぅ」
真・悪魔将軍プペはミーノを馬鹿にするように、悪意のある笑い方で言葉を返す。
「デヴィルズエンブレイスとデヴィルズエンブレイス・リバースにて、こやつの全身を焼いたであろう? それで8つの急所を封じたのよ! デヴィルディスペアがあれば、いちいち9つの技を出さなくとも、一気に急所を封じてしまうことが可能なのだ」
ミーノは開口したまま、言葉を失った。
「でわ余が直々に、貴様を地獄へと招待してやろう。余のとっておきの技でな」
真・悪魔将軍プペは力を失ったキン肉マンルージュを、片手で真上へと投げ上げた。
「プペェッ!」
真・悪魔将軍プペ自身もキン肉マンルージュを追うように、真上へと飛び上がる。
そして、上空でふたりの身体が重なる。同じタイミングで、ふたりは下降を始めた。
真・悪魔将軍プペは片膝を折り、スネをキン肉マンルージュの喉元に食い込ませる。
「あああっとお! こ、これは! 悪魔将軍のフェイバリッドホールド! 地獄の断頭台の体勢だあ!」
「キン肉マンが戦ったゴールドマン版悪魔将軍が使っていた、文字通りの必殺技ですよ! キン肉マンはこの技を喰らったせいで、一生消えない傷を、体と心に刻まれたしまったのですよ! ああ……ッ! うら若き純情乙女なルージュちゃんが、この悪魔の技を喰らってしまうのでしょうか?! 傷ひとつない潔白な少女の身体を、悪魔の毒牙が痛々しく切り裂いてしまうのでしょうか! あああ……それはひどい! ひどすぎます! まさに悪魔の所業!」
アナウンサーと中野さんが興奮している中、ミーノは違和感にさいなまれていた。
「……違う……これは……ち、違うのですぅ! これは地獄の断頭台ではないのですぅ!」
叫び上げるミーノを見て、真・悪魔将軍プペは愉快そうに笑い上げた。
「プペプペプペプペプペッ! さすがはミーノ! その通りよ! これは地獄の断頭台ではない! 破滅への道案内よ!」
真・悪魔将軍プペは地獄の断頭台の体勢のまま、キン肉マンルージュの両脚を片脇に抱え込んだ。そしてもう片方の脇で、キン肉マンルージュの両腕を抱え込む。更に抱え込んだ両脚と両腕を引っ張り上げ、キン肉マンルージュの喉元に食い込んでいるスネを、ぐいぐいと深くめり込ませる。
「喰らえい! 破滅の断頭台!」
真・悪魔将軍プペが声を上げると、力が失せているキン肉マンルージュが苦しそうにうめき声を上げた。
「ぐうぁぅ……ぐぐぐうううぅぅぅ……」
そしてキン肉マンルージュの喉元はぶすぶすと音を立てて、デヴィルディスペアに焼かれていく。
「プペプペプペプペプペッ! さあ逝くがよい! 地獄という死後の世界を存分に味わいつくせい!」
“ずどがじゃががぁぁぁあああん!”
ふたりはリングに落下し、激突する。そしてリングは破滅の断頭台の衝撃で、ぐにゃりとたわんでしまう。キャンバスはまるで大穴が開いたように、べこりとへこんでしまう。
真・悪魔将軍プペがのそりと立ち上がると、その足元には、リングにめり込み両脚だけが見えているキン肉マンルージュがいた。
「プペプペプペプペプペッ! 随分と無様で、はしたない格好をしておるな。しようがない小娘よ」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの足首を掴み、片手でキン肉マンルージュを引っこ抜いた。
“きゃあああぁぁぁあああッ!”
“うわわわあああぁぁぁあああッ!”
観客の誰もが、悲痛な悲鳴を上げた。
キン肉マンルージュの全身はどす黒く染まり、びくんびくんと痙攣している。口角にはだらりと、舌がだらしなく飛び出している。
そして目からは完全に光が失われていた。
真・悪魔将軍プペは、ふんッと鼻をならすと、おもむろにキン肉マンルージュを放り投げた。
「これで地獄の九所封じは完成よ」
“ばぁん”
キン肉マンルージュの身体は一度バウンドし、そしてリング中央にうつ伏せになって倒れ込んだ。その姿はまるで、こうべを垂れて、許しを請うているようであった。
「プペプペプペプペプペッ! 無様なものだな、小娘よ。せいぜい地獄に行っても、そうやって鬼どもに、こうべを垂れるがよいぞ」
キン肉マンルージュは全く反論しない。それどころか、ぴくりとも動かない。
そんなキン肉マンルージュを見つめながら、ミーノは涙をこぼして叫び上げた。
「うわああぁぁああん! だめですぅ! 立ってくださいですぅ! わああぁぁああぁぁん! だめなのですぅ! 死んじゃダメなのですぅ! うあああああん! お願いですぅ! 動いてくださいですぅ! 立たなくてもいいですから、ほんの少しでもいいですから……動いてですぅ! うわああぁぁああぁぁああん! キン肉マンルージュ様ぁ! ルージュ様あああぁぁぁあああッ!」
泣き声混じりの悲痛な叫びが、会場中に響き渡る。そして会場中の誰もが、キン肉マンルージュは絶命していることに気がつく。
“うそ……ルージュちゃん……死んじゃった?”
“そ、そんな……死んだって? ルージュちゃんが? ……マジかよ……”
“いやぁ……ルージュちゃん……いやだよぉ……”
観客達は呟くように、驚きと悲しみの声を漏らす。
「プペプペプペプペプペッ! 小娘の魂は無事、超人墓場という名の地獄に辿りついておるわ!」
真・悪魔将軍プペは倒れているキン肉マンルージュに向かって、唾を吐きかける。
「ル、ルージュ様ぁ!」
唾はキン肉マンルージュの頭に当たり、カツンという音を立てて跳ね返った。そしてキャンバス上には、ギラついたダイヤモンドの唾が転がっている。
ミーノは真・悪魔将軍プペを睨みつけ、怒りをあらわにする。
「小娘よ、何を怒る必要がある。そこに横たわるは、ただの肉塊。魂の抜けた死肉よ。キン肉マンルージュであったのは過去の話。今は朽ちゆくだけの抜け殻よ」
悪意のある言葉を吐いて、真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュを見下ろしながら、笑いに笑い上げた。
「プペプペプペプペプペッ! プーペプペプペップペプペペ! プーペペペプペプペプペプペプペッ!!」
【第2試合】 VSノワールプペ(19)
――。
――。
――。
――闇。
キン肉マンルージュは起き上がり、目を開ける。しかし何も見えない。どこを見渡しても、真っ暗な闇が続いている。
「ッ!」
不意にキン肉マンルージュは、背中に冷たいものを感じた。無意識のうちにキン肉マンルージュは振り向く。
「こ、これって……」
キン肉マンルージュの背後には巨大な扉があった。
扉の表面には赤黒いものが付着していて、鉄さびの臭いがやたらに鼻についた。
「?? 何これ? ここを通るの?」
キン肉マンルージュは首を傾げながらも、巨扉に手をかけようとする。
『それに触れてはなりません、少女よ』
背後から声がした。キン肉マンルージュは振り返ると、突然、目の前が真っ白になった。
「ひゃあ!」
真っ暗がいきなり真っ白になって、キン肉マンルージュは驚きのあまりに、心臓をどくんと跳ね鳴らした。
「何? なに? 今度は何事?」
キン肉マンルージュは困惑して、きょろきょろと周囲を見渡す。しかし辺りには何も無い。
『少女よ』
先ほど聞こえた声が、また耳に届いた。
キン肉マンルージュは頭をぐるぐる回しながら、声の主を探す。しかし辺りには誰もいない。
「誰?! 誰ですか!? お姿が見えませんけど! 少女って、わたしのこと?!」
キン肉マンルージュは声の主に向かって話しかける。
『少女よ』
キン肉マンルージュは再び頭をぐるぐる回しながら、声の主を探す。しかし、やはり辺りには誰もいない。
「ちょっとお! 声だけ聞こえるとかって、かるくホラーなんですけど! やあぁん、怖いよお! どこにいるのお?!」
困惑するキン肉マンルージュにはお構い無しに、声の主は一方的に質問をする。
『そなたが欲しいのは、敵を滅ぼす破壊の闇か? それとも敵を浄化する慈愛の光か?』
突然の質問にキン肉マンルージュは考え込む。そして自分を落ち着かせるべく、すーッ、はーッと、薄い胸を張りながら深呼吸をする。
めまぐるしい変化がありすぎたせいで、ぐちゃぐちゃになっている頭の中を、キン肉マンルージュは必死に整理する。
「……わたし……よくわからない……だけど、これだけは言えるよ……わたしが欲しいのは……」
『少女よ、何を望むか?』
「わたしが欲しいのは、敵を倒せるだけの正義の力だよ……闇とか光じゃなくて……わたしに足りてない、正義の力が欲しい!」
『ならば、そなたに足りない正義の力を与えてやろう!』
カァッ! と、真上から強くまばゆい光が降り注ぐ。キン肉マンルージュは全身に心地よい暖かさを感じた。
「あ、暖かいよお」
キン肉マンルージュは両腕を広げて光を受けとめる。
“どくん!”
突然、キン肉マンルージュの心臓が高鳴った。そして次の瞬間、全身が燃えるように熱くなった。
「あ、熱いよお!」
まるで血液が沸騰したかのように、全身が焼かれているように、とてつもなく熱い。
肌も、筋肉も、内臓も、脳も、脂肪も、骨も、血管も、神経も、歯も、そして唾液や涙、毛までも、全てが熱々しく熱い。
神経が通っている通っていないにかかわらず、とにかく全身という全身が、焼け落ちそうなほどに熱い。
「きゃあああぁぁぁあああぁぁぁッ! 熱い! 熱いよお! きゃわわあああぁぁぁッ! く、苦しい! 熱くて苦しいよお!」
キン肉マンルージュは自らを抱くように両腕を閉じ、その場にうずくまってしまう。
『少女よ、それが力だ。正義の力だ。そなたは受けとめねばならぬ。正義という、熱く、重く、猛々しい力を』
「そ、そんな……受けとめろって言われても……ああッ! だ、だめぇ! で、でちゃう! でちゃうよお! ひぃぅ! でちゃうのお! やあああぁぁぁん! ダメだよお! でちゃうのお! きゃあああああああんッ! で、でちゃうううぅぅぅうううぅぅぅッ!!」
ひと際大きな悲鳴を上げると、キン肉マンルージュの全身から、大量のマッスルアフェクションが噴き出した。
まるでガソリンを投入したキャンプファイヤーのように、マッスルアフェクションが火柱となって、キン肉マンルージュから噴き上がっていく。
『少女よ、正義の力を内にとどめよ。さもなくばそなたの生命エネルギー、つまり命が、すべて体外へと放出されてしまうぞ』
「えッ! ちょ、ちょっとまって! そ、そんなあ! いきなりそんなこと言われても……でちゃうう! 勝手にでちゃうのお! 自分で止まられないよお! でちゃう! でちゃうのお! いやあああぁぁぁあああん! でちゃうったら、でちゃううう! 止まらない! もうでっぱなしだよお! ひあああひぃいいあああん! ひゅああぃぃうううん! でるの、止まらないいい!」
キン肉マンルージュは涙を流しながら叫び上げ、四つん這いになってマッスルアフェクションを出し続ける。
『少女よ、心を落ちつかせよ。そして内にある力を感じ、とどめよ。正義の力は敵ではない、味方なのだ。そなたを苦しめるものではない。そなたを守り、向上させ、真の、誠の、正義へと導く……それが正義の力なのだ』
「そんなこと言われても……止まらないんだよお……止まらないよお……でちゃうのう……でっぱなしになっちゃのお……止めたくても……とどめたくても……どんどんでちゃううッ……でちゃうよお……」
キン肉マンルージュは息を切らしながら、声も絶え絶えに弱音を吐く。
『少女よ、正義はそなたの敵ではない。信じよ、正義の力を、そして自らを。正義超人の使命とは何か? いまいちど自らに問うてみよ』
「うあああんッ……正義超人の……使命? ……くううぅぅぅん……苦しい……ふゅゆゆゆうん……つらいよお……使命……使命って……」
キン肉マンルージュは全身をびくびくんと揺らしながら、涙を流して声を漏らす。
【第2試合】 VSノワールプペ(20)
「使命……正義超人の……使命……しめい……そ、そんなの………………そんなの決まってるよ!」
突然、キン肉マンルージュから放出されているマッスルアフェクションの火柱が、ごおおおおおッ! と勢いを増した。火柱は轟炎と化し、空をも焼きそうな勢いである。
「正義超人の使命! そんなのわたしが幼児の頃から知ってるよ! わたしが乳児だった頃から知ってたよ! それは」
キン肉マンルージュが言いかけると、轟炎は小さくなり、縮みだした。しかし勢いが弱まったのではない。炎は密度が高まり、濃密、濃縮されたような、ひと際に輝く光炎へと変化していく。
異常な濃度のマッスルアフェクションが、キン肉マンルージュの全身を包み込む。ごうごうと放出されどおしであったマッスルアフェクションは、キン肉マンルージュの表面上を滑らかに流れ、表面上にとどまっている。
「わ、わ、わあ、な、なにこれぇ」
キン肉マンルージュは不思議そうに身体を見つめている。
『少女よ、よくぞマッスルアフェクションをとどめた。これでそなたの器が完成した。今後はその器を拡げられるように、切磋琢磨するのだ』
キン肉マンルージュは周囲を見渡しながら、謎の声に向かって言葉を返す。
「器? 完成した? 何? どういうことなの? 教えて! 何がどうなっているの?! わたし、どうなっちゃったの!?」
『少女よ、今こそ目覚めよ! 完全なる火事場のクソ力、火事場のクソ力パーフェクションを発動するのだ!』
“どおおぉぉおおおぉぉぉんッ!”
キン肉マンルージュの中で何かが弾けた。何かが爆発したような、とてつもない衝撃が、キン肉マンルージュの全身を襲った。
「あ、熱い! またさっきみたいに、身体が燃えてるみたい! ……ううん、さっきよりも熱い! 熱いよ! すっごく熱い! ……でも、違う……さっきよりも熱いけど、今度のは我慢できるよ……それどころか、なんだか……心地いいよ! なんだか気持ちいい! とっても気持ちがいいよおッ!」
キン肉マンルージュの全身を包んでいるマッスルアフェクションが、カァッと眩しいくらいに光り輝いた。光の塊と化したキン肉マンルージュは、シルエットが変化していく。
「なんだろう、この感覚……涼やかだけど、熱々しくて……癒されるほどに落ちついているのけど、でも猛々しくて……優しいけど、ひどく厳しくて……極端だけど、フラットな感じ……矛盾してるけど、合理的で……いっぱいなようで、ひとつしかない……」
マッスルアフェクションの輝きは、少しづつ落ちついていく。そしてキン肉マンルージュの姿があらわとなる。
「わ、わあ!」
キン肉マンルージュは驚いた。
元々ツインテールであった髪は、更にツインテールが追加されてクアッドテールになっている。
コスチュームの端々にはリボンが飾られている。そしてリボンの余った紐部分は、くるりと身体に巻きついている。
とても薄いがとても濃密なマッスルアフェクションに、全身が包まれている。
「これって……レベルアップだよね! パワーアップだよね! 第2形態だよね! 進化だよね! そうだよね! じゃあ決め台詞もポーズも変えないとね!」
キン肉マンルージュはその場でくるりと身体を一回転させ、4本の髪の束をなびかせる。きらきらとマッスルアフェクションが揺らめき、ぽわぁと全身が緩く光り輝いた。
「正義は、みんなの中にある! みんなの正義を守りし、守護天使!」
キン肉マンルージュは胸に何かを抱きかかえるように、両腕を胸の前に出して抱え込む格好をする。そして、ぱぁっと、胸に抱いていたマッスルアフェクションを周囲に撒いた。周囲にはきらきらと光り輝く花びらのように、マッスルアフェクションが舞い散る。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」
力強いキン肉マンルージュの声に呼応するように、キン肉マンルージュの背中にはマッスルアフェクションでできた、光り輝く2枚の翼が広がる。
そして額がマッスルアフェクションによって、ピンク色に光り輝く。輝く額には、丸文字で“肉”の文字が刻まれる。
「パ~~~フェーック、ショ~~ーーーンッ!!」
キン肉マンルージュは小さく投げキッスをしながら、お尻を突き出す。そしてお尻で“P”という文字を宙に描く。
“ずびゅばちゅごーん”
キン肉マンルージュの背後で、ピンク色のファンシーすぎる爆発が起こる。そして周囲にはピンク色に輝くハートが舞い散る。
中心に“R”と刻まれているハートは、地面に落ちると、まるで降り落ちた雪のようにはかなく消えた。
『……………………少女よ』
ウィンクしながらお尻を突き出し、投げキッス後のとがった口を見せているキン肉マンルージュ。そんな彼女に、謎の声の主は勇気を振り絞って話しかけた。
『……少女よ……いや、何も言うまい……』
そしてしばしの沈黙が周囲を包み込む。
言葉を失った謎の声の主は、笑顔のままお尻を突き出して静止しているキン肉マンルージュを、生暖く見つめている。
『……弟よ……これでよかったのだろうか……私には何が何やら、わからなくなってきたぞ……』
『兄さん、時代だよ。時代がそうさせているんだよ』
キン肉マンルージュはふと、謎の声が真上から聞こえてくることに気がつく。そしてキン肉マンルージュはふいに、顔を真上に向けた。
「あ」
キン肉マンルージュは間の抜けた、驚きの声を上げる。そこには金と銀が織り混ざった光を放つ、完全のマスクがいた。
かつてキン肉マンが銀のマスクと共に、黄金のマスクをめぐって悪魔将軍率いる悪魔六騎士と戦った。そして激闘の果てに、兄である黄金のマスクと、弟である銀のマスクはひとつとなり、完全のマスクとなった。
キン肉神殿にあるはずの完全のマスクが、なぜだか今はキン肉マンルージュの前に現れている。
『弟よ、なぜだろうか……あの少女と接しておると、口の裏がむずむずする……顔中に鳥肌がたつような……冷ややかなようで、妙にほっこりしたような……くすぐったくもあり、たまらなく切ない気持ちにさせられる……ううむ、わたしには理解できぬ、あの少女は……』
『そうかな、僕は純粋に可愛いと思うけどな。この子は現代という時代を象徴する、究極の存在な気がするけど』
『感じ方は人それぞれということか……ううむ、なんとも釈然とせぬ……』
『あ、ルージュちゃん、こっちを見てるよ。兄さん』
『ぬあにぃッ!?』
完全のマスクとキン肉マンルージュの目が合う。ふたりは見つめあったまま、微動だにしない。そしてしばしの沈黙が流れる。
“カァッ!”
突然、何の前ぶれもなく、完全のマスクは強く光りだした。
「きゃぁうッ!」
キン肉マンルージュはまぶしさに耐え兼ね、手の平で目を隠す。
やがて光は弱まり、キン肉マンルージュは目を細めて辺りを見渡す。
『少女よ』
声を掛けられたキン肉マンルージュは顔を上げて、完全のマスクに目を移す。
そこにはキリッとした完全のマスクがいた。威厳と気品溢れる雰囲気を漂わせながら、完全のマスクは落ち着き払った声で話しだす。
『少女よ。ここは超人墓場の入り口。そしてこれは、死者の大扉。この大扉を通ったが最期、生命の玉を4つ揃えるまで出ることはかなわぬ』
【第2試合】 VSノワールプペ(21)
キン肉マンルージュは、ひゃあッ! と声を上げて大扉から離れた。
「……ええと……超人墓場? ……ってことは……」
ぶつぶつと独り言を呟くキン肉マンルージュは、何かに気がついたように顔を上げる。
そしてうるうると目を涙でいっぱいにして、完全のマスクに言葉をこぼす。
「……わたし、死んじゃったの?」
『そなたはまだ死してはいない。超人の死とは、魂が超人墓場に入った時点で成立する。今のそなたは仮の死、文字通り仮死状態にいる』
「……本当に?」
『本当だ』
「ホントにほんとッスル?」
『……? ……ホントにほんとッスルだ』
「ファイナルマッスル?」
『……?? ……ファイナルマッスルだ』
キン肉マンルージュは、ぱあッと輝かんばかりの笑みを見せ、ぴょこんと飛び跳ねた。
「よかったッスル!」
キン肉マンルージュは手でハートを作り、完全のマスクに向けて突き出した。
そしてウィンクをしながら小首を傾げる。
『……弟よ……顔の表面と口の中が、どうにもこうにもムズ痒いぞ……』
『可愛いなあ、ルージュちゃん』
兄と弟の気持ちが複雑に織り混ざっている完全のマスクに見つめられながら、キン肉マンルージュは何かに気がついたように顔を上げる。
そしてうるうると目を涙でいっぱいにして、完全のマスクに言葉をこぼす。
「……わたし、どうやって帰ればいいの?」
『元の場所へは、私が戻してやろう』
「……戻してくれるの?」
『戻してやろう』
「……本当に?」
『本当だ』
「ホントにほんとッスル?」
『……? ……ホントにほんとッスルだ』
「ファイナルマッスル?」
『……?? ……ファイナルマッスルだ』
キン肉マンルージュは、ぱあッと輝かんばかりの笑みを見せ、ぴょこりんと飛び跳ねた。
「よかったッスル!」
キン肉マンルージュは手でハートを作り、完全のマスクに向けて突き出した。
そしてウィンクをしながら小首を傾げる。
『……弟よ……この甘ったるい、濃密な小娘臭のする雰囲気……私は耐えかねるぞ……』
『んふーッ! 可愛いなあ、ルージュちゃんわあ!』
しばしの沈黙が流れる。
『……どいつもこいつも……ぬええい! いい加減にせんか! さっさと元の世界へと戻れい!』
『どうしたの兄さん!? なんでキレちゃったの?!』
困惑する弟を尻目に、兄は逆ギレ気味に声を荒げ、カァッ! と強く光り出した。
するとキン肉マンルージュの足元に大穴が開き、キン肉マンルージュはその穴へと落ちてしまう。
「きゃわわわわわあああああぁぁぁぁぁ………………」
キン肉マンルージュの声がフェードアウトしていき、やがて聞こえなくなった。
『弟よ! さっさとキン肉神殿に戻るぞ! 今ごろ神殿では我らが忽然と消えてしまって、大騒ぎになっているに違いないぞ!』
『そうだね、兄さん』
【第2試合】 VSノワールプペ(22)
――。
――。
――。
――光。
「………………ぁぁぁぁぁあああああッ!!!」
“カアアアッ!!”
突然リング上から、フェードイン気味の悲鳴が上がった。そして悲鳴と同時に、強烈な光が溢れ出した。
「きゃうッ! ま、まぶし……こ、これは一体?! ですぅ」
「プペッ! ま、まぶし……ど、どうしたことだ、これは!?」
あまりの強烈な光に、誰もが目をくらませてしまう。
「プペェ……この忌々しい気分が悪くなる光……まさか……」
「このピンク色の光は……マッスルアフェクションなのですぅ!」
人々の目をくらませていた光は、少しづつ弱くなっていく。そしてリング上に降り立った、雄々しくも可憐な天使の姿があらわとなった。
「そ、そのお姿は!? ですぅ」
「プペェ! まさか、こやつ……目覚めたというのか?!」
先程まで全身がどす黒く変色していたキン肉マンルージュ。誰もが絶命したと思っていたキン肉マンルージュが、まるでイリュージョンのように、一瞬で全く別の姿になって登場した。
「ここは……ッ! わたし、戻ってこれたんだあ!」
キン肉マンルージュはきょろきょろと周囲を見渡しながら、安堵と歓喜の声を上げる。
「おかえりなさいですぅ! ルージュ様ぁ!」
ミーノは涙でぐしゃぐしゃになった顔を腕で拭い、こぼれんばかりの笑顔をキン肉マンルージュに向けた。
「ただいまだよ! ミーノちゃんッ! 心配かけて、ごめんねッ!」
ミーノに負けないくらいに輝かんばかりの笑顔を、キン肉マンルージュはミーノに向けた。
「……って、あれ? みんなが私を見てる? なんだか注目されちゃってる?」
会場中の視線が自分に向けられていることに、キン肉マンルージュは気がついた。
「皆様、不思議に思っているのですぅ。かくいう私も、とっても不思議なのですぅ。先程まで全身が真っ黒に変色していて、更に致命傷ともいえる負傷を身体中に負っていて……どう見ても絶命している……と思っていたら、いきなりビカビカッと輝きだして、姿かたちが変わった、いかにもパワーアップしたと言わんばかりのキン肉マンルージュ様が、目の前に現れて……まるで凄腕マジシャンのスーパーイリュージョンを見せられた気分なのですぅ」
「……そっか、いきなりこんな格好で戻ってきたんだもんね……みんな困惑してるよね……じゃあ! わたし、またやっちゃよッ!」
キン肉マンルージュはその場でくるりと身体を一回転させ、4本の髪の束をなびかせる。きらきらとマッスルアフェクションが揺らめき、ぽわぁと全身が緩く光り輝いた。
「正義は、みんなの中にある! みんなの正義を守りし、守護天使!」
キン肉マンルージュは胸に何かを抱きかかえるように、両腕を胸の前に出して、抱え込む格好をする。そして、ぱぁっと、胸に抱いていたマッスルアフェクションを周囲に撒いた。周囲にはきらきらと、光り輝く花びらのように、マッスルアフェクションが舞い散る。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ! パ~~~フェーック、ショ~~ーーーンッ!!」
キン肉マンルージュは小さく投げキッスをしながら、お尻を突き出す。そしてお尻で“P”という文字を宙に描く。
“ずびゅばちゅごーん”
キン肉マンルージュの背後で、ピンク色のファンシーすぎる爆発が起こる。そして周囲にはピンク色に輝くハートが舞い散る。
中心に“R”と刻まれているハートは、地面に落ちると、まるで降り落ちた雪のようにはかなく消えた。
「……? ……?? ……??? ……???? ……?????」
静まりかえる会場。そんな中、キン肉マンルージュはお尻を突き出し、ウィンクしながら投げキッス後のとがった口を見せている。
そんな彼女を誰もが頭の中を疑問符でいっぱいにして、呆然と見つめる。そしてしばしの沈黙が、周囲を包み込む。
「パーフェクション? もしかして完全なる火事場のクソ力、火事場のクソ力パーフェクションが使えるようになったのですぅ?!」
静寂を破るように、ミーノは口を開いた。
「うん、話せば長くなるから、手短に説明するけど……わたしね、超人墓場の入り口、死者の大扉の目の前にいたの」
「死者の大扉?! くぐったが最期、二度と現世には戻れないとされている、あの超人墓場の入り口にですぅ?!」
「その大扉の前でね、完全のマスクに会ったの」
「か、完全のマスク?! ですぅ!? 確かキン肉神殿で、厳重に守られているはずなのですぅ……」
真・悪魔将軍プペは苦々しい顔をして、舌打ちをした。
「プペェ……ゴールドマンとシルバーマン兄弟の仕業か……チィッ、余計な真似をしくさりおって……」
ぶつぶつと文句を口走る真・悪魔将軍プペを尻目に、キン肉マンルージュは説明を続ける。
「完全のマスクは、わたしの中で眠っていた火事場のクソ力を、すべて外へと引っ張り出したの。それでね、その火事場のクソ力をコントロールしろって……それがすっごく難しくて、すっごく苦しかったよ……どんなに頑張ってもね、どんどん勝手にでちゃうの……でちゃって、でちゃって、とめどもなくでちゃうの……いま思い出しただけでも、わたし……ちびっちゃいそう……」
キン肉マンルージュは頬を赤らめながら、内股になってもじもじしている。
「火事場のクソ力は扱いがとても難しく、超大パワーを得られるかわりに、生命エネルギーの消費が凄まじいのですぅ。自らの命を落としかねない、諸刃の剣なのですぅ。現キン肉族の王子である万太郎様は、火事場のクソ力チャレンジでようやく完全な火事場のクソ力を扱えるようになったのですぅ……そうですかぁ、完全のマスクはかなり荒っぽい方法で、キン肉マンルージュ様に火事場のクソ力のコントロールを身につけさせたのですね」
キン肉マンルージュとミーノが話し込んでいる横で、突然、巨大な黒い火柱が上がった。
【第2試合】 VSノワールプペ(23)
“ぐごおおおぉぉぉごごごごごおおおッ”
「プペプペプペプペプペッ! 火事場のクソ力がようやく解放され、覚醒したというわけか! 面白い! まったくもって面白い! ならば余の魔界のクソ力と、貴様の火事場のクソ力、どちらがより優れたクソ力なのか、はっきりさせようではないか!」
真・悪魔将軍プペはごうごうとデヴィルディスペアを燃やしながら、キン肉マンルージュに迫った。
対するキン肉マンルージュは、全身の表面にマッスルアフェクションを薄くまとわせながら、静かに、優しく、きらめている。
「そんなにメラメラ、ゴウゴウ出しちゃって、もったいないよ。力の無駄遣いだね」
「プペプペプペプペプペッ! ほざけ、小娘! 貴様のその薄っぺらいマッスルアフェクションを剥ぎ取って、素っ裸にしてくれるわ!」
「うわー! 変態だー! 真・変態将軍プペだー!」
「言うに事欠いて、変態将軍だと! こんのションベンガキ超人めが!」
口喧嘩をしながら、ふたりは間合いを詰めていく。お互いの距離が少しづつ縮まっていく。そしてふたりは、互いに射程範囲内に入った。
“ずがづぅづうううんッ!”
一瞬のうちに、ふたりの距離はゼロとなり、激突した。
互いの右拳が激しくぶつかり合う。ふたりはリング中央で、渾身の右ストレートを放った。
“じゅごばばばッ”
ふたりがまとっているマッスルアフェクションとデヴィルディスペアが干渉し合い、音をたてながら相殺されていく。
ふたりは右腕を引き戻し、今度は渾身のハイキックを放つ。
“がっつぅッ! じゅばごごぉッ”
リング中央でぶつかり合ったふたりのスネから、マッスルアフェクションとデヴィルディスペアが相殺される音が鳴り響く。
「こんのおおおぉぉぉおおおッ!」
「プペプペエエエェェェエエエッ!」
ふたりは右脚を引き戻すと、身体を後ろに思いきりのけ反らせる。そして、ぶぉん! と音がするほどに、上体を前方に振り曲げる。
“ずがごぉぉんッ!”
リング中央でふたりの額が激突し合った。
“じゅばしゅごおおぉぉぉッ”
激突の衝撃によって、周囲に衝撃波が飛び伝う。
“じゅばちぃぃッん”
ふたりは反発し合うように、後方に向かって弾け飛んだ。そして、そのまま互いのコーナーポストにまで飛び退いた。
“うおおおッ! すんげぇ! バッチバチいってるけど、ちゃんと触れてるよ! ルージュちゃん、まともに触れてるよ!”
“戦えてる! ルージュちゃん、戦えてるぜ! さすがは火事場のクソ力、パーフェクション!”
観客達は対等に渡り合っているキン肉マンルージュを見て、沸きに沸いた。
「プペプペプペプペプペッ! ゴミ共が騒ぎおって。やっとまともに戦えるようになった、ただそれだけではないか」
くだらんとばかりに言葉を吐き捨てる真・悪魔将軍プペに、ミーノは言葉を返す。
「皆様が声を上げて応援してくれるのは、キン肉マンルージュという超人が好きだからなのですぅ。キン肉マンルージュ様のことが好きで、心配で、夢中で、そして、愛しているのですぅ」
「プペプペプペプペプペッ! 愛?! 愛しているだと!? プペェツ! 気色悪いわ! 愛だの、好きだの、心配だのと、こんなションベンガキ超人なんぞに、無駄に感情移入しおって!」
真・悪魔将軍プペはいまいましいと言わんばかりに、ぎりぎりと歯を鳴らす。
「いつの時代も貴様ら正義超人と人間どもは、べたべたと馴れ合いおって! むしずが走るわ!」
「真・悪魔将軍プペ……あなたは、わかろうとしていないだけなのですぅ。わかろうとすれば、気がつきさえすれば、たとえ悪魔であるあなたにでも、正義、そして愛の偉大さが、絶対にわかるのですぅ」
真・悪魔将軍プペは苦々しい顔をしながら、ダイヤモンドの唾を吐き捨てる。ダイヤモンドの唾は猛烈な速さで、ミーノに襲いかかる。
“ばちゅうんッ”
キン肉マンルージュは素早く反応し、ミーノの前に立ちはだかった。そして宙を握り締める。
キン肉マンルージュの手にはダイヤモンドの唾が握られている。
「仮にも悪魔将軍の名を授かっているんでしょう? だったら相手を間違えるような恥ずかしい真似、しちゃダメだよ」
キン肉マンルージュは握っているダイヤモンドの唾に力を込め、マッスルアフェクションをまとわせる。そして真・悪魔将軍プペに投げ返す。
「ふん、こざかしい」
ピンク色に輝くダイヤモンドの唾は真・悪魔将軍プペのデヴィルディスペアに触れ、一瞬にして蒸発してしまった。
「ションベンガキ超人よ、貴様がそうまで言うのなら、悪魔将軍の名に恥じぬよう、真の九所封じである破滅の九所封じで、貴様を滅ぼしてやろうぞ」
「わたしは滅びないよ。だって正義は、絶対に滅びないんだから」
キン肉マンルージュは先程ダイヤモンドの唾を握った手を、ゆっくりと開いた。ダイヤモンドを受け止めた衝撃のせいで、手の平には線状の傷が数本ついている。そして傷からは、じわりと血がにじみ出ている。
キン肉マンルージュは小指の先で、血のついた手の平に触れた。指先が赤く染まる。そして小指でそっと、唇をなぞった。
キン肉マンルージュは傷のついていない方の手の平にキスをし、その手の平を真・悪魔将軍プペの頬に押し当てる。
「マッスルオウスキッスは堅い誓い。血の誓約。マッスルオウスキッスを与えた者は、必ず打ち倒す。マッスルオウスキッスは聖なる血の刻印」
キン肉マンルージュはそっと手を離した。
「48の殺人技のひとつ、マッスルオウスキッス」
真・悪魔将軍プペの頬には鮮血のキスマークがついている。
【第2試合】 VSノワールプペ(24)
「先の戦いでも、そうやってグレート・ザ・屍豪鬼につけていたな……そうか、これは貴様なりの覚悟というわけか」
真・悪魔将軍プペは右手を鏡の形に変化させ、ダイヤモンドに物質変換させた。そして真・悪魔将軍プペはギラギラと派手な輝き方をする鏡に、自らの頬を写した。
「プペェ! くだらん! なにが覚悟か? なにが血の誓約か? こんな無意味なもの、消してしまえばそれでしまいよ!」
真・悪魔将軍プペはフンと鼻を鳴らしながら、マッスルオウスキッスを拭い取った。そしてダイヤモンドの鏡に、真・悪魔将軍プペは頬を写す。
「プペプペプペプペプペッ! なにが48の殺人技のひとつか! このとおりきれいさっぱりと消えて……んん? これはどうしたことか?」
ダイヤモンドの鏡にはマッスルオウスキッスがくっきりと写っている。真・悪魔将軍プペは再度、ごしごしと頬を拭う。
「……な、なんだこれは」
しかしマッスルオウスキッスは消えていない。ダイヤモンドの鏡にしっかりと写り込んでいる。
「プペェ! こ、このぉ! ふざけおってぇ!」
真・悪魔将軍プペは、がしがしと頬を擦り上げる。表面が削れてしまうほどに、真・悪魔将軍プペはむきになって激しく擦る。しかしそれでもマッスルオウスキッスは消えない。
「プペェ! なんだというのだ! 腹が立つほどにしつこい! 気味が悪いわ!」
懸命にマッスルオウスキッスを消そうとする真・悪魔将軍プペを見て、ミーノは口を開く。
「どんなに消そうとしても、マッスルオウスキッスは消えないのですぅ。マッスルオウスキッスは正義超人であるキン肉マンルージュ様の血に、マッスルアフェクションが混ざり込んでいるのですぅ。悪魔であるあなたには聖なる血の刻印は絶対に消せないのですぅ。試合終了まで、マッスルオウスキッスは絶対に消えないのですぅ」
真・悪魔将軍プペはミーノに向かって嘲笑する。
「プペプペプペプペプペッ! そうか、消せぬのか! ならば、取り去ってしまえばよい!」
真・悪魔将軍プペはマッスルオウスキッスがある頬に、人差し指と中指を突き刺した。
“バキャッ! べりばりごりぃ! バギャガッ!”
真・悪魔将軍プペは強引に、マッスルオウスキッスがある頬の部分を引き剥がす。そして剥がし取った頬を、真・悪魔将軍プペはミーノの足元に投げつけた。
「プペプペプペプペプペッ! これで気色の悪いションベンガキ超人のキスマークは、完全に消えたわ!」
真・悪魔将軍プペは笑い上げながら、失った頬を再生する。
「果たしてそうでしょうか? ですぅ」
ミーノの言葉を聞いて真・悪魔将軍プペは、自らの頬を鏡に写す。ギラギラと下品に光り輝く鏡には、くっきりと、はっきりと、しっかりと、マッスルオウスキッスが写っている。
「……ププペペペェ……プペプペプペプペプペッ! そうか! 確かに消えぬ! 全く消えん! ならば! そこのションベンガキ超人を消し滅ぼして、見事マッスルオウスキッスを消してくれるわ!」
真・悪魔将軍プペは叫び上げるように、声を荒げる。そして真・悪魔将軍プペがまとっているデヴィルディスペアが、ぐごおッと強まり、吹き溢れた。
真・悪魔将軍プペのあまりの迫力に、キン肉マンルージュはびくんと身体を揺らす。
その刹那、真・悪魔将軍プペがぎらりと光り、キン肉マンルージュの視界から姿を消した。
「ッ! ど、どこに?!」
「どこを見ている。余はここにおる」
足元から声が聞こえる。キン肉マンルージュはハッとして、顔を下に向けた。しかしそれよりも速く、真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの股に右腕を突っ込み、片腕でキン肉マンルージュを真上に放り投げる。
「きゃあああああッ」
悲鳴を上げながらキン肉マンルージュは上へと飛ばされてしまう。そしてキン肉マンルージュは空中で仰向けになり、そのまま落下を始める。
「プペッ!」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュを追うように飛び上がる。そしてキン肉マンルージュの上に乗り、首と左足を掴み上げる。
「はわわわあッ! こ、この技は! ですぅ!」
真・悪魔将軍プペが放とうとしている技の正体に気がついたミーノは、声を荒げた。
キン肉マンルージュを心配そうに見つめるミーノを尻目に、真・悪魔将軍プペは声を上げる。
「破滅の九所封じ、一の封じ、大雪山おとし!」
“ずぐおごどぉぉぉん!”
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュを背中から落とし、キャンバスに激突させた。
「きゃわわわあああああッ!」
キン肉マンルージュの身体は技の衝撃でバウンドし、宙に放り出されてしまう。そしてキン肉マンルージュの背中は、真っ黒に変色していた。
真・悪魔将軍プペは宙にいるキン肉マンルージュを、素早く抱きかかえた。そのまま真・悪魔将軍プペは身体を回転させ、ダブルアームスープレックスを放った。
“ずごおぐどぉぉぉん!”
「破滅の九所封じ、二と三の封じ、スピンダブルアームソルト!」
「きゃひゃわわわあああああッ!」
真・悪魔将軍プペの声とキン肉マンルージュの悲鳴が重なる。そしてキン肉マンルージュの両腕は背中と同じように、真っ黒に変色している。
真・悪魔将軍プペは間髪入れずに、キン肉マンルージュを持ち上げる。そしてキン肉マンルージュの両膝を、自らの両膝に叩きつけた。
“ずどおぐごぉぉぉん!”
「破滅の九所封じ、四と五の封じ、ダブルニークラッシャー!」
「きゃひゃにゅわわわあああああッ!」
キン肉マンルージュの両脚が、真っ黒に変色してしまう。
真・悪魔将軍プペのあまりの速さに、そして流れるような無駄の無い動きに、キン肉マンルージュは翻弄されてしまい、反撃どころか微動だに出来ないでいた。
「わ、わかったのですぅ! 破滅の九所封じの正体が! 破滅の九所封じとは、連続技! 一から九までの全ての封じ技が繋がっている、連続した技の集合体なのですぅ!」
「プペプペプペプペプペッ! 今更に気がつきおったか! 以前キン肉スグルが戦ったゴールドマン版悪魔将軍、奴が使っていた地獄の九所封じは、破滅の九所封じの基礎となる技なのだ。結局ゴールドマンは最期まで、破滅の九所封じをマスターすることが出来なかった。だが、余は違うぞ。真の九所封じ、破滅の九所封じを完璧にマスターし、自在に繰り出すことができるのだ」
【第2試合】 VSノワールプペ(25)
真・悪魔将軍プペは膝の上に乗っているキン肉マンルージュを抱え上げ、フロントスープレックスを放った。
あまりにも勢いのついたフロントスープレックスがキン肉マンルージュを襲う。豪快かつ猛烈なフロントスープレックスはキン肉マンルージュの頭部をキャンバスに打ちつけてしまう。
“ずおどぐごぉぉぉん!”
「破滅の九所封じ、六の封じ、カブト割り!」
「きゃひゃにゅみゅわわわあああああッ!」
キン肉マンルージュの頭部が真っ黒に変色してしまう。そしてキン肉マンルージュは、頭部がキャンバスにめり込んでしまい、キャンバスに突き刺さった状態になっている。
真・悪魔将軍プペは間髪入れずに、キン肉マンルージュの両脚を掴んだ。そして頭部と同じように、キン肉マンルージュの両足をキャンバスにめり込ませる。
キン肉マンルージュは強制的に、キャンバス上でブリッジの格好にさせられている。
「に、逃げてくださいですぅ! キン肉マンルージュ様ぁ!」
「プペプペプペプペプペッ! 無茶なことを言いよる。既に六ヶ所を封じているのだ。ほぼ全身が動かない状態よ。身体が動かせなければ、このブリッジから脱することなど不可能だ」
キン肉マンルージュは身じろぐことすら出来ずに、キャンバス上でブリッジを続けている。
「破滅の九所封じ、七の封じ、ストマッククラッシュ!」
真・悪魔将軍プペはコーナーポストの先端に飛び乗った。そしてそこからキン肉マンルージュの腹部を目掛けて飛び降り、頭突きを喰らわす。
“ずどぐおごぉぉぉん!”
「きゃひゅにゃみゅひゃわわわあああああッ!」
ストマッククラッシュの衝撃でキン肉マンルージュの身体は宙に浮き飛び、キャンバスから両手両足が抜け出た。
そして宙にいるキン肉マンルージュの腹部は、真っ黒に変色していた。
「こ、これ以上は、本当にダメなのですぅ! キン肉マンルージュ様! なんとか、なんとかして、破滅の九所封じから脱出してくださいですぅ!」
叫び上げるミーノを見て、真・悪魔将軍プペは笑い上げた。
「プペプペプペプペプペッ! 無駄だ! 既に封じた七ヶ所は、ほぼ全身に渡る。もう身動きできぬ状態だ」
真・悪魔将軍プペは宙にいるキン肉マンルージュに掴みかかる。
“ぎんッ”
キン肉マンルージュは真・悪魔将軍プペを睨みつけ、宙にいる状態で身体を回転させた。
「48の殺人技のひとつ、マッスルトルナード!」
真・悪魔将軍プペは弾き飛ばされ、上体をのけ反らせてしまう。
体勢を崩した真・悪魔将軍プペに、キン肉マンルージュはマッスルトルナードを喰らわせる。
高速回転しているキン肉マンルージュに突っ込まれ、真・悪魔将軍プペは吹き飛ばされてしまう。そしてコーナーポストに激突した。
「プペェ……どういうことだ? 貴様、なぜ動ける」
ふらふらになりながらも、リング上に立っているキン肉マンルージュ。それを見て真・悪魔将軍プペは困惑した。
「破滅の九所封じという技は、七ヶ所を封じた時点で、全身の自由を奪ってしまう。つまり身動きがとれなくなる……マッスルトルナードなどという全身を使うような技、使えるはずはないのだが……」
真・悪魔将軍プペはいぶかしげな顔をしながら、キン肉マンルージュを見つめる。
「将軍透視」
真・悪魔将軍プペは透視光線を目から放ち、キン肉マンルージュの全身を見探る。
「プペェ! こ、これは! ……そうか、そういうことか」
将軍透視によってキン肉マンルージュの霊体を見た真・悪魔将軍プペは、キン肉マンルージュ自身も気がついていない秘密を知る。
「貴様の全身には、まるで血液のように、マッスルアフェクションが流れておる。そして破滅の九所封じによって活動を停止してしまった肉体を、マッスルアフェクションが動かしておるわ……なるほどのう。例え肉体を封じられても、マッスルアフェクションが肉体のかわりをしてくれるというわけか」
真・悪魔将軍プペは声を大にして笑い上げる。
「プペプペプペプペプペッ! タネがわかれば、たわいもないし、たいしたこともない! どちらにせよ、破滅の九所封じ、八の封じを喰らわせてしまえば、貴様は終いよ! さしものマッスルアフェクションといえど、八の封じには通じぬわ!」
ミーノは表情を曇らせて、呟くように言う。
「八の封じ……ゴールドマン版悪魔将軍が使っていた地獄の九所封じでは、八の封じは“握手”でした。相手の手の平を握ることで、超人の思考能力を司るツボに触れて、思考力を奪ってしまう技なのですぅ……つまりマッスルアフェクションでは、八の封じを防ぐことができないのですぅ……もはや防ぐ事は……出来ないのですぅ……」
「プペプペプペプペプペッ! その通りよ。思考力さえ奪ってしまえば、貴様はもはや生きる屍。余の攻撃を受けるだけの、超人サンドバッグと化すのだ」
真・悪魔将軍プペは身体の力を抜き、柔らかい動きで身構える。
「プペプペプペプペプペッ! キン肉マンルージュよ! ションベンガキ超人の分際で、よくぞ破滅の九所封じを止めよった。たいしたものだ。だが……」
突然、キン肉マンルージュの前から真・悪魔将軍プペが姿を消した。
「ッ! ど、どこに?!」
きょろきょろとしながら、周囲を見渡すキン肉マンルージュ。
「ションベンガキ超人よ。例え貴様が破滅の九所封じを止めたとしても、再び動きだせば、何の問題も無いのだ」
真・悪魔将軍プペの声が聞こえて、キン肉マンルージュは身体をびくんとさせた。そして無意識のうちに、真上へと飛び上がっていた。
上空からリングを見下ろすキン肉マンルージュ。しかし、どこにも真・悪魔将軍プペの姿は無い。
「キン肉マンルージュ様! う、後ろですぅ! 真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュ様の背後に、ずっと張り付いていますですぅ!」
ミーノの言葉を受け、キン肉マンルージュはとっさにその場から離れた。そして背後に顔を向ける。しかし真・悪魔将軍プペの姿は見当たらない。
「キン肉マンルージュ様! 真・悪魔将軍プペは超高速で動いて、キン肉マンルージュ様にぴったりとくっついていますですぅ! 真・悪魔将軍プペは全身の力を程よく抜いて、超高速移動を可能にしていますでぅ!」
キン肉マンルージュは必死になって動きまわり、真・悪魔将軍プペを引き剥がそうとする。しかし一向に、真・悪魔将軍プペが離れる様子がない。
【第2試合】 VSノワールプペ(26)
「プペプペプペプペプペッ! 破滅の九所封じの効果が、ようやく現れたようだな。動きがぎこちないぞ、ションベンガキ超人」
キン肉マンルージュは縦横無尽にリング上を走りまわり、飛び交っている。しかしそこまでしても、真・悪魔将軍プペの姿を捉えられない。
「プペプペプペプペプペッ! 動きが直線的。無駄な溜めがタイムラグを生んでいる。ストップ・アンド・ゴーが雑。緩急は更に雑……まるでガキの鬼ごっこだ」
動きまわっていたキン肉マンルージュはリング中央に着地し、そのまま四つん這いになってしまう。はぁはぁと息を切らすキン肉マンルージュ。その全身からは玉のような汗が噴き出し、身体中が汗でびしょ濡れになっている。
「プペプペプペプペプペッ! まるでフルマラソンを走り終えた後のような、サウナにでも入っていたかのような、馬鹿らしいほどに無様な姿よな。ションベンガキ超人よ」
キン肉マンルージュはキャンバスに顔を落としながら、涙目になっている。
「……だめぇ……ず、すごく……む、難しいよぉ……」
キン肉マンルージュの腕がぷるぷる震えている。そして肘がかくんと折れ、支えをなくしたキン肉マンルージュはキャンバス上に倒れ込んでしまう。
「……ううぅん……は、破滅の九所封じのせいで、全身が動かないから……動いてくれない身体を、マッスルアフェクションで無理やり動かしてるの……だけどそれが……すっごく難しいの……」
キン肉マンルージュは不意に、背後に顔を向けた。しかしそこには真・悪魔将軍プペの姿は無かった。
「い、いない……どこにいるの……」
真・悪魔将軍プペの姿を見つけられないキン肉マンルージュは、きょろきょろと周囲を見渡す。しかし真・悪魔将軍プペはどこにもいない。
キン肉マンルージュはうつ伏せに倒れたまま、顔を前に戻した。
“がつッ”
キン肉マンルージュの顎の下に、真・悪魔将軍プペの足先があてがわれる。
真・悪魔将軍プペはいつの間にか、キン肉マンルージュの目の前に移動していた。
真・悪魔将軍プペはつま先でキン肉マンルージュの顔を上げさせる。
「プペプペプペプペプペッ! マッスルアフェクションによる身体操作が難しい? それはそうだろうな。いきなりマッスルアフェクションを使いこなせというのは、どだい無理な話なのだ。ましてや自らの身体を操るほどにマッスルアフェクションをコントロールするともなれば、長年マッスルアフェクションを使い込んできた熟練者でなければ、そうそう出来るものではないわ」
キン肉マンルージュはくやしそうに歯を食い縛りながら、弱々しい声を漏らす。
「マッスルアフェクションで身体を動かすのって……身体中に流れているエネルギーを操るって感じで……まるで自分の身体を、操り人形みたいに操るような……とにもかくにも、今までみたいに生身の身体を動かすのとは、全然違っていて……すごく難しい……脳みそが燃えちゃいそうなくらいに集中しなきゃだし……だからって身体を動かすことだけに集中していると、敵のことを見失っちゃうし……もう頭が変になりそうだよ……」
真・悪魔将軍プペは下卑た笑みを浮かべながら、ぐいッとキン肉マンルージュの顔を上げる。
「そうであろうな。本来、デヴィルディスペアやマッスルアフェクションというものは、生身の肉体と合わせて使うことで、本領を発揮するものだ。だが肝心の肉体がぽんこつでは、肉体とマッスルアフェクションとのバランスが大きく崩れ、むしろ自身にとって大きな負担になってしまう」
真・悪魔将軍プペはゆっくりと、脚を真上へと上げていく。
足先にキン肉マンルージュの顎を乗せたまま、真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュごと脚を上げていく。
ぴんと真・悪魔将軍プペの脚が伸びきり、まるでかかと落としをする直前のような、見とれてしまうほどに美しい体勢で脚が上がっている。
その足先にいるキン肉マンルージュは、顎だけで身体をを支える格好となり、まるで絞首刑をされた受刑者のように、首から下がぶらりとぶら下がっている。
「さあ、余が貴様の手を握ってやろう。さすれば貴様は苦みや痛みから解放される。なにも考えられずに、ただただ真っ白な空間の中を脳内で彷徨い続け、漂い続けるがよい。この破滅の九所封じ、セミファイナル、握手でな」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの手を握ろうとする。
“ずばしぃ”
キン肉マンルージュは真・悪魔将軍プペの胸を蹴り上げ、そのまま後方に一回転してリング上に着地した。
「苦痛なんか怖くないよ! 怖いのは、あんたに負けちゃうことだよ!」
「なあに、怖いのなんぞ一瞬だ。さっさと余に倒され、楽になるがよい」
真・悪魔将軍プペは全身をダイヤモンドに変化させる。そして両手からダイヤモンドの剣を出現させた。
「喰らえい! 地獄のメリーゴーラウンド!」
真・悪魔将軍プペは前方宙返りをしながら、キン肉マンルージュ目掛けて突進する。
「ひぃうッ! きゃわわうぅッ!」
キン肉マンルージュはバックステップでコーナーポストまで下がり、そのままコーナーポストの先端に飛び乗った。そしてキン肉マンルージュは思い切り飛び上がる。
「プペプペプペプペプペッ! それで逃れたつもりか!」
真・悪魔将軍プペはぎゅるぎゅると回転しながら方向転換し、上空にいるキン肉マンルージュに向かって突進する。
「きゃふわッ! お、追い掛けてくるッ?!」
キン肉マンルージュは宙で半回転し、リングに向かって急降下する。
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの動きに合わせるように、同じく急降下を始める。
“ずたん”
キン肉マンルージュがリング上に着地すると、そこを狙いすまして真・悪魔将軍プペが突っ込んでくる。
「うわううぅッ! あ、危ないよお!」
キン肉マンルージュは真・悪魔将軍プペから逃れるようにリング上を逃げ回る。そして真・悪魔将軍プペはそんなキン肉マンルージュを執拗に追いかけまわす。
「ひゃわううぅッ! し、しつこいよお!」
どんなに逃げ回っても、そのすぐ後ろには常に真・悪魔将軍プペが迫ってきている。
ふたりの動きはどんどんと速度を増していき、常人の目では追えないほどに速くなっていく。
「すごいのですぅ、キン肉マンルージュ様。あれほど難しいと言っていたマッスルアフェクションによる身体のコントロールを、これほどまでにこなしてしまうなんて」
“ぴしゃり”
ミーノの頬に生温かいものが当たる。
ふたりの壮絶な追いかけっこを見守っているミーノに、大粒の水滴が降り掛かってきた。
ミーノは水滴を手にとり、それを見つめる。
「これは……汗? なのですぅ……」
【第2試合】 VSノワールプペ(27)
“ぴしゃりッ、ぴしゃぴしゃりッ”
大粒の汗が、キャンパス上、そしてリングの外にまで降り飛んでいる。
「この大量の汗……ま、まさか! ですぅ!」
ミーノはハッとして逃げ回るキン肉マンルージュを注意深く見つめた。
「ああ……や、やっぱり……ですぅ」
逃げ回るキン肉マンルージュは全身から汗を噴き出させ、びっしょりに濡れてた。そしてキン肉マンルージュの身体から流れ出た汗は、逃げ回る勢いで飛び散り、周囲に汗を飛散させていた。
この異常な光景を前にして、今まで口を閉ざしていたマリが静かに口を開いた。
「真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの体力を奪う作戦だったようね。あくまで攻撃はせずに、相手のことを追い詰めて、逃げまどわせて……そして、自滅するのを待っているわ」
ミーノはくやしそうに、手についているキン肉マンルージュの汗を握り締めた。
「マッスルアフェクションのコントロールが脳にとてつもない負担をかけることを、真・悪魔将軍プペはよく知っているのですぅ……真・悪魔将軍プペ自身、デヴィルディスペアの扱いに長けた熟練者なのですぅ……だからこそ、自ら攻撃するような真似はしないで……攻撃をするよりも、マッスルアフェクションが与える負担の方が、遥かに苦しいものだと知っているから……このようなやり方を……ひ、ひどいのですぅ……」
必死になって逃げているキン肉マンルージュに、真・悪魔将軍プペは追い討ちをかける。
「プペプペプペプペプペッ! ほうれ、もっと速く逃げないと、後ろからぶすりといくぞ?」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの背中を、剣でつぷんッとつついた。
「ひぃやぁうッ!」
キン肉マンルージュは更に必死になって、スピードアップする。
「だ、ダメなのですぅ! そ、それ以上は! キン肉マンルージュ様が壊れてしまうのですぅ!」
真・悪魔将軍プペは愉快とばかりに笑い上げる。
「プペプペプペプペプペッ! ミーノよ。このションベンガキ超人の身を案じて、動きを止めろなどとアドバイスするのはよいがな。だがもし、こやつが中途半端に動きを止めたならば、余は容赦なくこの剣で串刺しにするぞ」
ミーノは口をつぐんでしまう。
動き続ければ自滅、動きを止めれば剣で串刺し……ミーノは言葉を失ってしまった。
「ミーノちゃん、今は凛香ちゃんを信じましょう。凛香ちゃんなら、きっと現状を打破できるわ……ね、ミーノちゃん。相手を信じること、そして見守ること、それは決して、簡単なことではないのよ。セコンドの役目はね、あの子が必要なときに、必要な言葉を掛けてあげること。それができなければ、ここにいる資格が無いもの」
「マリ様……そ、そうなのですぅ……キン肉マンルージュ様……まだきっと、大丈夫なのですぅ……今は、信じるとき……なのですぅ……」
ミーノは心配な気持ちで顔を曇らせながらも、必死になって逃げ回っているキン肉マンルージュを見守っている。
「そうら! そらそら! そんなとろくさい動きでは、余の剣の餌食となるぞ!」
真・悪魔将軍プペの目が怪しく光り、真・悪魔将軍プペは逃げ飛ぶキン肉マンルージュの周囲をぎゅるぎゅると回った。
そしてダイヤモンドの剣が、キン肉マンルージュの身体を切り刻む。
「き、きゃあああぁぁぁやああぁぁん!」
キン肉マンルージュがまとっているコスチュームが、所々刻まれてしまう。切られたコスチュームは、べろりと剥がれ、少女のやわ肌があらわとなる。
「そらそらそら! そうらそら! もっとだ! もっと動けい! さもなければ、貴様は余の剣によって、素っ裸にされてしまうぞ?」
真・悪魔将軍プペは下衆い声で笑い上げながら、キン肉マンルージュをせきたてる。
「貴様のようなションベンガキ超人のことだ、フルヌードなんぞ、まだ異性に晒したこともなかろう? そんな汚れを知らないションベンガキ超人の裸体を、これだけの大観衆に、堂々とお披露目というこうか!」
「いやあ! いやあああん! そんなの、そんなのは、恥ずかしすぎマッスルぅぅぅううううッ!」
必死の悲鳴を上げるキン肉マンルージュ。そして命を削るように懸命になって逃げ続けるキン肉マンルージュ。
あまりにも必死なキン肉マンルージュは、姿が確認できないほどに強く輝くマッスルアフェクションに包まれる。そして、ピンク色の光球と化す。
「こんなところで裸んぼなんて、絶対、絶ッッッッッ対に、いやだよおおおぉぉぉおおおぉぉぉんッ!!」
キン肉マンルージュという名のピンク色の光球は、ただただひたすらに逃げ続ける。
ピンク色の光球を追いまわす真・悪魔将軍プペは、真っ黒い暗球となって執拗にキン肉マンルージュを追い詰める。
“ぶわわあああああッ”
光球と暗球が超高速で、リング上を飛び交い続ける。その勢いと衝撃で、嵐のような突風が周囲に吹きすさぶ。
光球と暗球の超高速は、どんどんと激しさと速さを増していく。そしてリング上にはピンク色と漆黒の螺旋が、何重にも重なって描かれていく。
「ううぅ……ル、ルージュ様ぁ……」
ミーノは突風を避けることなく、まともに受け止めている。
胸が張り裂けそうな気持ちにさいなまれながら、ミーノは脚と膝を踏ん張らせて、突風に立ち向かっている。
ミーノは悲痛な想いを胸に秘めながら、光球と暗球の大逃走劇を見守っている。
そんなミーノに、そして観客達に、光球から飛び散っている汗が降り落ちてくる。
“うわッ? な、なんだ? 雨?”
“こんなに天気いいのに? 天気雨? でも、お空は雲ひとつない晴天だけど?”
キン肉マンルージュが流している汗は、会場中に降り注いでいた。少女特有の甘ったるい香りが、会場を満たしていく。
ミーノは尋常ではない汗の量に、血の気が引いた。どう考えてもキン肉マンルージュは脱水している。常人であれば、とうにミイラ化している程の水分が、キン肉マンルージュの小柄な身体から失われている。
いくら超人といえども、ここまでの水分を失ってしまっては、命を落とすのは時間の問題である。
“ぐごおおおぉぉぉんッ”
突然、重々しい鈍い音が周囲に響き渡る。そしてリング上を飛び交っていた光球が、ふっと消えてしまった。
リング上は漆黒の螺旋だけとなり、螺旋はやがて真っ黒な暗塊となる。
「プペプペプペプペプペッ! ションベンガキ超人よ! その無様な姿、観客達にお披露目といこうか!」
暗塊は霧状になって、飛散していく。そして暗塊の中から、少しづつ、キン肉マンルージュの姿が現れる。
「ッ! あああ……うあああ……ですぅ……」
【第2試合】 VSノワールプペ(28)
暗塊が消え去り、キン肉マンルージュの姿があらわになる。そしてキン肉マンルージュの姿を見たミーノは、ひどく悲しい気持ちにさせたれた。
リングの真ん中に立っている、ふらふらのキン肉マンルージュ。
全身は汗でびっしょりに濡れている。まるでバケツの水を何度も被ったかのような、水滴が滴り落ちるほどの濡れっぷりであった。そして足元には汗の水溜りが出来ている。
コスチュームは様々な場所が切り刻まれ、もはや半裸とも言えるほどに肌が露出している。見る者の方が羞恥の気持ちにさいなまれてしまうような、悩ましくも怪しい、妖艶な雰囲気さえ漂う、ひどい乱れようである。
キン肉マンルージュの姿を見た観客達は、全員が全員、言葉を失ってしまった。そして心に、ある言葉が浮かび上がった。
“無残”
あまりにも残酷……直接的な肉弾戦とは違い、ひどく間接的で陰惨な、とても悪魔らしい攻撃である。
静まりかえる会場……そんな中、真・悪魔将軍プペはコーナーポストの先端で、あぐらをかいて座っていた。
「プペプペプペプペプペッ! ションベンガキ超人よ! 貴様の無様で淫靡ったらしい姿を見て、観客達がひいてしまったぞ? 目立ちたがりのキン肉マンファミリーの一員として、こういった雰囲気はよろしくないのではないか?」
キン肉マンルージュは真・悪魔将軍プペの方に振り返ることもせずに、その場で口を開いた。
そしてキン肉マンルージュは拳を握りながら両腕を開き、胸を張り、身を反らせ、空に向かって吠え上げる。
「……への……つ、つっぱりは……ご遠慮願いマッスルぅぅぅうううッ!」
「プペプペプペプペプペッ! 意地の咆哮か? それとも断末魔か? どちらにせよ、燃えカスとなったションベンガキ超人には、きちんと破滅の九所封じをかけて、完膚無きまでに滅ぼしてくれようぞ」
真・悪魔将軍プペはリング上に着地し、ゆっくりとした歩みでキン肉マンルージュに近寄っていく。
「……マリ様……きっとこんな絶望的な状況でも……マリ様はキン肉マンルージュ様を信じて……だからこそずっとずっと、見守り続けて……でも……ミーノだって信じていますですぅ、キン肉マンルージュ様のことを……でも……それでも……ミーノには無理なのですぅ! 見守るだけなんて、出来ないのですぅ! このままでは、キン肉マンルージュ様が死んでしまうのですぅ! ミーノにはキン肉マンルージュ様を見殺しにするなんて、絶対に出来ないのですぅ!」
ミーノは涙を流しながら、リングをバンバンと叩く。
「キン肉マンルージュ様ぁ! 変身を解くのですぅ! キャンセレイションするのですぅ! そうすれば、受けたダメージは無くなりますぅ!」
キン肉マンルージュは動かない身体を無理やりに動かし、ミーノの方へと向き直る。
「だめ……だよ……それじゃ、負けになっちゃう……正義超人は悪を前にして……絶対にギブアップ……しないんだよ……」
「そ、そんなこと! そんなこと言ってる場合じゃないのですぅ! このままではキン肉マンルージュ様が壊れてしまうのですぅ! 死んでしまいますぅ! そんなの……絶対に嫌なのですぅぅぅ!!」
ミーノはリングを叩きながら懸命に叫び上げる。そんなミーノにキン肉マンルージュは笑顔を向けた。
「……大丈夫……だよ……わたし……まだ戦えるよ……マッスル守護天使、キン肉マンルージュは……無敵の正義超人なんだよ……」
「だめですぅ! だめなのですぅ! お願いなのですぅ! 変身を解いてなのですぅ! お願いですぅ! お願いしますですぅ!」
キン肉マンルージュは目から何かが流れるのを感じた。
「あれ? なんだろう? 涙が勝手に……」
キン肉マンルージュは手の平で涙を拭った。
「これ……赤い? ……これ、涙じゃない……血……血だよ……」
赤く染まった手の平を見て、キン肉マンルージュは困惑した。目から、つうっと、血が流れてくる。
「プペプペプペプペプペッ! 血の涙か? 身体がぼろぼろすぎて、涙腺にまでダメージが及んだか。プペプペプペプペプペッ! こいつはよい!」
真・悪魔将軍プペは笑い上げながら、キン肉マンルージュの目の前にまでやってきた。
「プペプペプペプペプペッ! そのうち目だけではなく、全身の穴という穴から血が吹き出るようなる! キン肉マンルージュよ、貴様の名前の通りに、全身がルージュに染まるのだ!」
真・悪魔将軍プペは両の手を開き、手の平をキン肉マンルージュに向ける。手の平にはデヴィルディスペアが集まり、ゆらゆらりと、怪しく揺り動いている。
「間もなくこのリングは、貴様の血で染まることとなる。自らの血で、血の海となったリングだ。貴様のようなションベンガキ超人にはもったいないほどに、素敵な死地であろう?」
真・悪魔将軍プペはデヴィルディスペアで真っ黒になった手を、キン肉マンルージュに寄せていく。
「マリ様! お願いですぅ! キン肉マンルージュ様を助けてくださいですぅ! マリ様、助けてですぅ!」
泣きながらマリにすがりつき、叫び上げるミーノ。しかしマリは、ミーノに顔を向けようともしない。リング上にいるキン肉マンルージュを、ただただ静かに見守っている。
「そんな……マリ様……いくらなんでも……あ、あんまりなのですぅ! もういいのですぅ!」
ミーノはマリから離れ、会場に向かって叫び上げる。
「だ、誰か、助けてなのですぅ! キン肉マンルージュ様を、助けてほしいのですぅ! お願いですぅ! お願いしますぅ! 誰でもいいから、助けてですぅ!」
ミーノの懸命な訴えも空しく、誰ひとりとして名乗り出る者はいなかった。
この会場には実質、真・悪魔将軍プペを止められるような強者など、誰一人としていないのである。
「無様だな、ミーノよ。そうやっていつまでもあがいておれ。そして成すすべ無く、こやつが滅び去るのを見物しているがいいわ!」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュと握手をすべく、キン肉マンルージュの手を掴もうとする。
“ばちぃんッ!”
乾いた打撃音が周囲に響き渡る。真・悪魔将軍プペの手をキン肉マンルージュが弾いた。
手を払いのけられた真・悪魔将軍プペは、驚いて呆然としている。
「プペェ! い、いまのは……」
キン肉マンルージュは自らの手の平を見つめながら、驚きと疑問を言葉にかえる。
「なんだろう……今、すごくうまくいった……自然に身体が動いた感じ……」
真・悪魔将軍プペは間髪入れずに、再びキン肉マンルージュの手を握ろうとする。
“ずびちぃんッ!”
キン肉マンルージュはゆっくりとしたモーションで、しかし隙の無い動作で、真・悪魔将軍プペの手を払った。
「プペェ! こ、こやつ」
「なんだか、わかった気がするよ!」
苦々しく顔を歪める真・悪魔将軍プペ。
対して、自信に満ち溢れた顔をしているキン肉マンルージュ。
【第2試合】 VSノワールプペ(29)
「イメージ……そう、イメージ! マッスルアフェクションで動かすんじゃなくて、マッスルアフェクションが自分の身体そのものだっていう、イメージ!」
真・悪魔将軍プペは目で追えないほどの速さで、右ストレートを放つ。
“びゅおん”
真・悪魔将軍プペの右腕が空を切る。
「プ、プペェ! い、いない?! ど、どこへ行きよった!」
「おーい、真・アクペちゃん! こっちだよお!」
背後から声が聞こえた真・悪魔将軍プペは、慌てて背後を振り向いた。
そこにはコーナーポストの先端で片足立ちをしながら、お尻を突き出しながら手でハートを作っている、キン肉マンルージュの姿があった。
「ば、馬鹿な! この異常なスピード……これではまるで……まさか、そんな馬鹿げたことが……」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの変化に驚かされ、信じられないとばかりに何やら呟いている。
そんな真・悪魔将軍プペを見て、マリは口を開く。
「真・悪魔将軍プペ、あなたはこう言いたかったのでしょう? これではまるで、マッスルアフェクション使いの熟練者ではないか! と」
真・悪魔将軍プペはきつくマリを睨みつけた。
「ほざくな! ……確かに、このションベンガキ超人の動きは、マッスルアフェクションの使い方をマスターしている者の動きだ……だが、府に落ちん点は、それだけではない……さっきまで虫の息であったションベンガキ超人が、なぜだか今は活気と気力に満ち溢れた顔をしている……どうなっておるのだ? まったくもって理解不能な事態だ」
マリは落ちついた、とても静かな声で、真・悪魔将軍プペに言葉を返す。
「あなたがキン肉マンルージュを追い詰めるために行った、地獄のメリーゴーラウンドによる追尾、追跡。確かにこれは、キン肉マンルージュの体力を極限まで削り、肉体的にも精神的にも、追い詰めに追い詰めたわ。そして与えられたダメージも甚大だわ。でも……」
「でも、なんだ? 答えろ! マリよ!」
真・悪魔将軍プペはマリに向かって凄んでみせるが、マリは眉ひとつ動かさずに説明を続ける。
「でも、キン肉マンルージュはあなたから逃げきったわ。最後まで逃げおおせた」
「余から逃げっきた? 逃げおおせた? 馬鹿なことを言うものではないな、マリよ! 余は、わざとションベンガキ超人に追いつかず、あくまで付かず離れずで、背後からプレッシャーを掛け続けていたのだ!」
マリは小さく顔を振った。
「いいえ、違わないわ。 最初のうちは確かに、キン肉マンルージュを追いまわしながら、追いかける速度を調整していたのでしょう。でも途中から、あなたは本気を出してキン肉マンルージュを追い掛けていた。違うかしら?」
真・悪魔将軍プペは、わざと強く、会場中に聞こえるような舌打ちをした。
「……確かに、そうだ……」
「真・悪魔将軍プペ、キン肉マンルージュはあなたに追い掛けられていたあいだじゅう、必死になって不慣れなマッスルアフェクションのコントロールをしていたの。命を削りながら、必死になって、懸命になって、ひたむきに、一生懸命に、マッスルアフェクションをコントロールし続けたの。そしてその結果、キン肉マンルージュは知ることができたの、マッスルアフェクションで肉体を操作する秘訣を。そして修得したのよ、マッスルアフェクションをコントロールするすべを」
「それでは、何か?……余はションベンガキ超人を追い詰めていたつもりが、その実、こやつを成長させてしまったと……」
ミーノは呆然としながら、頬を濡らしている涙を拭うことも忘れてしまうほどに、マリと真・悪魔将軍プペの会話に聞き入っていた。
「通常は数十年とかかるマッスルアフェクションの修得を、キン肉マンルージュ様は真・悪魔将軍プペから逃れることで……一気になし得てしまったのですぅ……そして真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュ様を追い込んでいるつもりが、逆にマッスルアフェクションの修得を超飛躍的に早めてしまった……マリ様はこうなることがわかっていたから、あんなにも冷静でいられたのですぅ?」
マリは違うとばかりに顔を振り、そしてミーノに優しく微笑みかけた。
「私もこうなることは全く予想していなかったわ。でもね、私は信じていたの、キン肉マンルージュという超人を。キン肉マンルージュは絶対に大丈夫だと、ずっと信じていたのよ」
ミーノは言葉を失った。そして胸が張り裂けそうな、それでいて心が満杯にまでいっぱいになったような、不思議な気持ちにさせられた。
キン肉マンルージュという超人を信じきることができなかった自分が、ひどく情けない。
その一方で、マリが凛香を想う気持ちの大きさ、偉大さ、愛の深さと凄さを肌で感じ取り、これ以上ないほどに感動した。
ミーノはマリという人間の凄さが、身にしみてわかった。
「とうッ!」
キン肉マンルージュは勇ましい声を上げて飛び上がり、リング上に着地した。
「すごい……すごいよ! 今までみたいに肉体を動かしていたときよりも、マッスルアフェクションを使う方が全然すばやく動ける! 力もアップしてる!」
キン肉マンルージュは目で追えないほどの速さで、様々なポーズをとっていく。
“しゅばッ! びしぃッ! ぎゃぴーん! ずぴぎゅーん! ばぎゅじょーん!”
キン肉マンルージュがとっているポーズのバリエーションがあまりにも豊富で、そしてそのポーズが全て彼女のオリジナルだという事実が、観客達に不可思議な迫力を与えている。
“………………なんだか、すごいな、ルージュちゃん”
言葉を失っている観客達をよそに、キン肉マンルージュは会場中に響き渡るような大声で独り言を話す。
「これなら、いけるよ……絶対、いけちゃうよ!」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュから只ならぬ気配を感じた。そしてとっさに両腕で上半身をガードしながら、後方に飛び退いた。
「ざーんねーんでーした、だよ! そんでもって真・アクペちゃんの後ろをゲット、だよ!」
背後から声が聞こえた真・悪魔将軍プペは、後ろを振り返ることなく裏拳を放った。しかし、そこにはキン肉マンルージュはいなかった。
「またまた、ざーんねーんでーした、だよ! 正解は、真・アクペちゃんのお尻にいた! でしたー」
真・悪魔将軍プペの背後で身をかがめていたキン肉マンルージュは、両脚で真・悪魔将軍プペの臀部を思い切り蹴り上げた。
蹴られた勢いで真・悪魔将軍プペは真上へと飛ばされてしまう。そして真・悪魔将軍プペを追うように、キン肉マンルージュも真上へと飛び上がる。
“あああっとぉぉぉ! こ、この体勢はぁ!”
アナウンサーが興奮しながら声を荒げる。
キン肉マンルージュは宙で真・悪魔将軍プペをキャッチし、肩で真・悪魔将軍プペを担ぎ上げる。そして真・悪魔将軍プペの股を開くように、両脚の大腿部を押し下げる。
“間違えありません! この技はキン肉マンを象徴する伝家の宝刀! キン肉バスターだあ!”
“ずごどごごおおおぉぉぉん!”
リングがたわむほどに激しく、キン肉マンルージュの放ったキン肉バスターが見事にきまった。
「プペェ……さすがは幾多の超人達を苦しめた元祖バスター、キン肉バスターよのう……結構に効いたぞ……だが、この程度では余は倒せぬぞ?」
「うん、そうだよね。わたしだって、これだけで倒せるなんて、ちっとも思ってないよ? まだまだ技の途中だもん!」
キン肉マンルージュは真・悪魔将軍プペを担ぎ上げたまま、真上へと飛び上がった。
【第2試合】 VSノワールプペ(30)
“おおおっとぉぉぉ! キン肉マンルージュ選手! またも飛び上がったあ! 今度は一体、何をするのでしょうかあ!?”
キン肉マンルージュは真・悪魔将軍プペの身体を下方に向け、両足首を掴んだ。そして真・悪魔将軍プペの両腕に、自らの両足を乗せる。
これでキン肉ドライバーの完成である。しかしキン肉マンルージュは更に真・悪魔将軍プペの両腕を自らのふくらはぎで挟み込み、がっちりとホールドした。そして自らの身体を後ろに反らし、同時に腰を後ろに向かって曲げ、真・悪魔将軍プペの胸を反らさせた。更にお尻をアシュラマン・ザ・屍豪鬼の頭に乗せ、顎が激突するように顔を上げさせる。
“こ、これはぁ! 先の試合で見せました、キン肉マンルージュ選手オリジナルのファイバリッドホールド! キン肉ルージュドライバーだあ!”
“ごずどごずごごぉぉぉおおおん!”
先程のキン肉バスター以上に、リングが、ぐわりと、大きくたわんだ。
そして真・悪魔将軍プペの身体は、まるで名古屋城のしゃちほこのように、海老反りになって突き刺さった。
キン肉マンルージュは真・悪魔将軍プペから離れ、そのまま飛び上がり、自陣のコーナーポストの前で着地した。
“うおおおおおッ! す、すんげえ! キン肉バスターとキン肉ルージュドライバーの2連撃! やばすぎるでしょう、これは!”
“フェイバリッドホールドの連続技! ひとたまりもないよ、これは!”
観客達は興奮しながら、沸きに沸いた。
先程まで一方的にやられていたキン肉マンルージュの、見事すぎる復活劇。そして大技の連続アタック。
観客達は胸を熱くして、キン肉マンルージュに声援をおくる。
「プペプペプペプペプペッ! いい気になるなよ、ションベンガキ超人めが! たかだか正義超人なんぞが放った、ただの連続攻撃ではないか! ノーダメージとまではいかないまでも、余にはこんなもの、全く効かぬわ! 効かぬといったら効かぬわ!」
真・悪魔将軍プペは全身を揺らし、起き上がろうとする。しかし真・悪魔将軍プペの身体はかすかに揺れるだけで、しゃちほこの格好のまま動かなかった。
「プペェ! な、なんだこれは?! ……う、動かぬ……動かぬぞ!」
真・悪魔将軍プペはむきになって身体を揺するが、しゃちほこの格好から動くことができない。
「またまたまた、ざーんねーんでーした、だよ! 真・アクペちゃんは、絶対に動けないよ!」
「な、なんだと?! どういうことだ!?」
キン肉マンルージュは薄い胸を張りながら、腰に手を当てて説明をする。
「キン肉バスターは別名、五所蹂躙絡み。つまり5ヶ所の急所を封じることができるんだよ。それでもって、キン肉ルージュドライバーは4ヶ所が封じれるの。だからね、計9ヶ所を封じたんだもん、動けるはずがないよ」
「封じた? だと……9ヶ所を封じた、だと……それでは、貴様……余に九所封じを仕掛けたと、そう言いたいのか?」
キン肉マンルージュは薄い胸を更に反らせながら、フンと鼻息を吹き出して答える。
「そうだよ! これが正義版九所封じ、不滅の九所封じだよ!」
真・悪魔将軍プペは動かない身体を揺らしながら、高らかに笑い出した。
「プペプペプペプペプペッ! プペプペプペプペプペッ! なるほど、そうか! 不滅の九所封じときたか! だがな」
真・悪魔将軍プペは両手をキャンバスにつけて倒立し、勢いをつけてリングに着地する。そして何事もなかったかのように、キン肉マンルージュに立ちはだかる。
「ッ! な、なんで?! どうして動けるの!?」
「プペプペプペプペプペッ! 教えてやろう、なぜ余が動けるのかを!」
そう言うと、真・悪魔将軍プペは全身から大量のデヴィルディスペアを噴き出させた。真・悪魔将軍プペの全身を覆っているデヴィルディスペアが、ゆらゆらと妖しく揺れている。
「貴様がマッスルアフェクションで肉体を操っているのと同じで、余もデヴィルディスペアで身体を操ることができるのだ。つまり余の身体を封じても、無意味だということだ」
そして真・悪魔将軍プペは頭のてっぺんを、人差し指でとんとんと叩いてみせる。
「更に、貴様は九所封じに失敗している。正確には、貴様が封じたのは7ヶ所。残りの2ヶ所である余の思考力と、そしてここ、脳天を封じておらぬわ」
「そんな……あと2ヶ所、足りなかったなんて……」
落胆するキン肉マンルージュを、真・悪魔将軍プペは愉快そうに眺める。
「余は思考力と脳天の2ヶ所、そして貴様は思考力と首の2ヶ所、互いに封じ残しているということだ。どうやらこの試合、残り2ヶ所を先に封じた者が勝者となりそうだな」
キン肉マンルージュは真・悪魔将軍プペとの距離を長く取り、防御に特化した構えをとる。そして、真・悪魔将軍プペの思考力と脳天を封じる手立てを模索する。
「……真・悪魔将軍プペの脳天を封じる技……キン肉バスターとキン肉ルージュドライバー以外で……キン肉ドライバーは脳天にダメージのある技だけど……でも、きっとダメ……キン肉ドライバーよりも威力と破壊力のある技じゃないと……でもそんな技……思いつかないよ……」
間合いを取るばかりで、攻撃をしてこないキン肉マンルージュに、真・悪魔将軍プペは高速タックルを仕掛ける。
「どうやら余を封じる技が見つからぬようだな。対して余は、ちゃあんと決まっているぞ。貴様を滅する技を!」
キン肉マンルージュは高速で間合いを詰めてくる真・悪魔将軍プペを、まるで跳び箱を飛ぶかのように、馬乗りになって飛びまたいだ。
「プペプペプペプペプペッ! 愚か者めが! むしろ隙だらけだわ!」
真・悪魔将軍プペは飛び越そうとしているキン肉マンルージュの足を掴み、そのまま上へと振り上げた。
“ぶぅぉん”
うなる様な風鳴りの音がする。
真・悪魔将軍プペは振り上げたキン肉マンルージュを、今度はキャンバス目掛けて振り下ろす。
“ぼぉぅぉん……ずどがぁッ!”
キン肉マンルージュはキャンバスに叩きつけられ、身体がバウンドする。そして真・悪魔将軍プペは、宙にいるキン肉マンルージュに掴みかかる。
「破滅の九所封じ、八の封じ、ダブルシェイクハンドブリッジ!」
真・悪魔将軍プペは、宙でキン肉マンルージュの両の手を掴み上げた。そして自らの腕をクロスさせる。すると真・悪魔将軍プペの動きに合わせるように、キン肉マンルージュは腕をクロスさせられる。
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの両足を踏みつけ、その場から動けなくする。そしてキン肉マンルージュにのしかかるように倒れこみ、キン肉マンルージュの背を強制的に反らせる。
キン肉マンルージュは真・悪魔将軍プペにブリッジをさせられ、両腕はクロスさせられたまま、両の手を掴まれている。
「あああっとお! これは地獄の九所封じとは違う“握手”だあ! 破滅の九所封じでは片手だけではなく、両手を握手しているう!」
アナウンサーの言葉を聞いて、真・悪魔将軍プペは笑い上げた。
「プペプペプペプペプペッ! 手は2つあるからなあ。両の手を封じるのは当然だろう?」
【第2試合】 VSノワールプペ(31)
キン肉マンルージュはブリッジを崩さないことに、必死になっていた。そのせいで握手にまで気が回らなくなっている。
キン肉マンルージュは動けないまま、抵抗もしないまま、ただただ素直に握手をされ続ける。
「ふぅあああぁぁぁん……頭がぼぅっと……だめぇ、このままだとぉ……まっしろにぃ……まっしろになっちゃうぅ……頭の中、まっしろだよぉ……」
キン肉マンルージュの思考力が、どんどんと失われていく。頭の回転は急激に鈍くなり、何も考えられなくなっていく。
「はひゅぅぅうううん……なんだか身体に……力、はいんないよぉ……ああぅ、だめだよぉ……なんだか、見えなくなってきたよぉ……目の前まで、まっしろになってきたよぉ……」
キン肉マンルージュの目からは、どんどんと光が失われていく。
光を失った目は、もうどこも見てはいない。
キン肉マンルージュはぼんやりとした、どこも見ていない目で、真・悪魔将軍プペを見つめる。
「プペプペプペプペプペッ! だいぶ効いてきたようだなあ。だが、まだだ。貴様の思考力を、完全に奪い取ってやるぞ!」
真・悪魔将軍プペは握手している手の握力を倍加させた。キン肉マンルージュの手からはバキボキッと、鈍い骨音が聞こえる。
キン肉マンルージュは痛みを感じていないのか、無表情のまま、真・悪魔将軍プペの握手を受け続ける。
「ひううぅうぅん……ふひゅぅぅううん………………」
キン肉マンルージュは口角からよだれを垂らしながら、うめく声すら上げなくなってしまった。
そしてぐらぐらと、ブリッジが揺れだす。
「そろそろか」
真・悪魔将軍プペがそう言うと、背を反らせていたキン肉マンルージュは、力なく背をキャンバスにつけてしまう。
“どずぅん”
ブリッジは崩され、真・悪魔将軍プペの身体がキン肉マンルージュの身体を押しつぶす。
「………………」
キン肉マンルージュは苦しむ様子もなく、何も無かったかのように、ただただぼんやりと遠くを見つめている。
「プペプペプペプペプペッ! なんともはや無様であるな。もはや心臓が動いているだけの、ただの肉塊だな」
真・悪魔将軍プペは、のそりと身体を起こす。
「ッ! ひゃあああああッ! ですぅ!」
全身が完全に弛緩してしまっているキン肉マンルージュを見て、ミーノは驚きの悲鳴を上げた。
微動だにしないキン肉マンルージュは、目から、鼻から、口から、涙と鼻水と唾液を垂らしている。
唯一の救いというのか、不幸中の幸いと言っていいのだろうか、異常なまでにおもらしを気にしていたキン肉マンルージュは、尿だけは垂れ流してはいなかった。
「プペプペプペプペプペッ! ほう? ションベンガキ超人のくせに、ションベンを漏らさんとはな。たいがいの奴は、派手に放尿や脱糞を見せつけてしまうのだが。まったく、サービス精神に欠ける小娘だな。いっそド派手に、ションベンとクソを撒き散らせて見せたほうが、観客も沸きに沸いただろうに! プペプペプペプペプペッ! まあ、それが歓喜の声なのか、嫌悪の悲鳴なのかは、わからぬがなあ」
ミーノは唇を噛み締めながら、ひどく悲しい顔をして、真・悪魔将軍プペに叫び上げる。
「ど、どこまで腐っているのですぅ! 真・悪魔将軍プペ! なんでそんなひどいこと、平気で言えるのですぅ!」
「プペプペプペプペプペッ! 悪魔の将である余が、どこまで腐っているかだと? さあなあ、どこまででも腐っておるし、どこまででも汚いだろうな、貴様ら正義を語る下等どもから見れば。だが、余にしてみれば、ひどく当然で当たり前な光景なのだ。見てみよ、ミーノよ。余の足元に、下等がひれ伏している。これが現実であり、この現実さえあれば、他のことなど無意味であり無価値なことだ」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの額を片手で掴み上げ、アイアンクローを掛ける。そしてそのままキン肉マンルージュの身体を持ち上げてしまう。
「プペプペプペプペプペッ! 魔のショーグンクロー!」
全く動かなくなったキン肉マンルージュに追い討ちをかけるように、真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュを痛めつける。その光景を目の当たりにし、ミーノは言葉を失った。
「プペプペプペプペプペッ! いい顔をしているな、ミーノよ。そのいかにも絶望している顔を、更に恐怖と憎悪と嫌悪で歪ませてやろうぞ!」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュを掴んでいる手を振り回し、勢いをつけて真上に投げ飛ばす。
「プペプペプペプペプペッ! 破滅の九所封じ、九の封じ、破滅の断頭台!」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュを追うように飛び上がる。そして上空でふたりの身体が重なると、真・悪魔将軍プペは片膝を折り、スネをキン肉マンルージュの喉元に食い込ませた。
“ぼぉぅぅん”
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの喉元に食い込ませたスネに、奇妙な違和感を感じた。
真・悪魔将軍プペは不信に思い、キン肉マンルージュに目を移す。しかしキン肉マンルージュはぐったりとしていて、生気を失ったままである。
「余の気のせいか」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの両脚を、片脇に抱え込んだ。そしてもう片方の脇で、キン肉マンルージュの両腕を抱え込む。更に抱え込んだ両脚と両腕を引っ張り上げ、キン肉マンルージュの喉元に食い込んでいるスネを、更に深くめり込ませる。
「プペプペプペプペプペッ! 今度こそ超人墓場に送り届けてくれようぞ!」
“ずがどどごぉおおおぉぉぉん!”
キン肉マンルージュは成すすべなく、破滅の断頭台を喰らってしまった。そしてこの瞬間、破滅の九所封じは完成してしまった。
キン肉マンルージュはリングにめり込んでしまい、下半身だけがだらしなく見えている。
「プペプペプペプペプペッ! それでは皆に見てもらおうか! このションベンガキ超人の変わり果てた姿を!」
真・悪魔将軍プペはリングにめり込んでいるキン肉マンルージュの髪を掴み、強引に引き出した。クアッドテールの4本の髪束を掴まれ、キン肉マンルージュは首吊りのような状態でぶら下がっている。
「ッ! うあああああッ! ですぅ……キン肉マンルージュ様が、またも……全身が真っ黒に……ですぅ……」
宙吊り状態のキン肉マンルージュは全身が真っ黒に変色していた。
全身を覆っていたマッスルアフェクションは、いつの間にか消え去っている。
「プペプペプペプペプペッ! どうだ? 見事に真っ黒であろう? もちろん、ここもきちんと真っ黒よ!」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの顎を掴み、強引に顔を持ち上げた。そして隠れていた首の部分が晒される。
「プペェッ! ば、ばかな?!」
真・悪魔将軍プペは驚きの声を上げ、キン肉マンルージュの首を覗き込んだ。
キン肉マンルージュの首は元の真っ白い色のままであった。まるで水着の日焼け跡のように白い色が際立ち、目立っている。
“ぎゅかあぁぁぁああッ”
突然キン肉マンルージュの首がピンク色に輝きだした。
【第2試合】 VSノワールプペ(32)
「ッ! プペェッ!」
真・悪魔将軍プペはピンク色の光に目を眩ませ、苦しそうに手を振り回した。そしてキン肉マンルージュは、真・悪魔将軍プペに投げ捨てられる。
宙に放られたキン肉マンルージュは、全身がピンク色の光に包まれる。そして光の塊となったキン肉マンルージュは、リング上に着地した。
「ばかな……いったい、何が起こったというのだ?」
現状が把握出来ないでいる真・悪魔将軍プペは、その場で立ち尽くしている。
そんな呆然としている真・悪魔将軍プペに向かって、ピンク色の光の塊が突進する。
“ずどぉむぅ!”
光の塊は真・悪魔将軍プペのみぞおちを打ち抜いた。
打たれた真・悪魔将軍プペはコーナーポストにまで吹き飛ばされ、そのまま激突してしまう。
「48の殺人技のひとつ、マッスルヒップスーパーボム!」
光の塊がそう言うと、ぱぁんと光が弾け飛んだ。そして光の中から、お尻を突き出しながら可愛らしいポーズをとっている、気力に満ち溢れたキン肉マンルージュが現れた。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」
決めポーズをとり、そして輝かんばかりの笑顔を真・悪魔将軍プペに向けるキン肉マンルージュは、元の真っ白い肌色に戻っていた。
「ばかな! なぜなのだ?! なぜ破滅の九所封じが効かない!? ……そんなはずはない! 破滅の九所封じが破られるなど、絶対にありえぬのだ!」
取り乱す真・悪魔将軍プペにキン肉マンルージュはフフンと鼻をならし、ドヤ顔を向ける。
「それはわたしが無敵の守護天使、キン肉マンルージュだからだよ!」
強く言い切ったキン肉マンルージュを見つめながら、マリは静かに口を開く。
「悪魔将軍が使う技と言えば? と、質問をしたら、ほとんどの人が……いえ、全員が全員、地獄の断頭台と答えるでしょう。それほどまでに、悪魔将軍という超人には、地獄の断頭台のイメージがついているのよ」
「……何が言いたいのだ、二階堂マリよ」
「キン肉マンルージュも同じだったのよ。悪魔将軍といえば地獄の断頭台。そういうイメージが頭の中に強くあった。だからキン肉マンルージュは常に意識していたの、“首”を」
真・悪魔将軍プペはハッとする。そして苦々しく顔を歪める。
「……そういうことか……地獄の断頭台は首に一極集中してダメージを与える技……その首を意識するあまり、ションベンガキは無意識のうちに、首にマッスルアフェクションをまとわせていたのだな……デヴィルディスペアを使う余だからわかる……特に守りたい箇所、強く意識している箇所には、無意識のうちにデヴィルディスペア……こやつの場合はマッスルアフェクションを、その箇所にまとわせるのだ。オートプロテクション、自動防御システム、防衛本能とでも言えばよいか……つまりこやつは、余と戦う前から、無意識ながらも首を守っていたと……そういうことなのか?」
ミーノは興奮した様子で、ふたりの会話に割って入る。
「つまり! キン肉マンルージュ様は相手が悪魔将軍だと知った時点で、首を防御したいたのですぅ! 戦う前から、断頭台という技に対して、対策済みだったのですぅ! だから破滅の断頭台を2度も喰らってしまったですが、結果として無効化することが出来たと……すごい! すごいすごいすごぉい! すごすぎなのですぅ! 破滅の断頭台は戦う前から、既に破られていたのですぅ!」
興奮してぴょんぴょんと跳ね回り、はしゃぎまくるミーノ。
マリとミーノの説明を聞いて、更に痛烈なドヤ顔を向けるキン肉マンルージュ。
「いいキになるなよ、クソオンナどもがーーーーッ!!」
真・悪魔将軍プペの胸にあるノワールプペの顔が、怒りに狂った目でキン肉マンルージュを睨みつける。
「ハメツのキューショフージがやぶられたからって、てめーが、かったわけじゃねーんだよ! それにおまえだって、まだ2かしょ、ふうじれてねーじゃんよ! どーすんだ? ああん! どーすんだよ! あるのか、てめーに、このオレサマをふうじるワザが! ねーんだろ? プペプペプペプペプペッ! だったら、いっしょじゃねーか! オレサマとおんなじだ! キサマのフメツのキューショフージだって、カンセイしないまま、シッパイにおわるんだよ!」
キン肉マンルージュは言葉を失った。ぐうの音も出ない。図星であった。
残りの2ヶ所、頭頂部と思考力を封じることができるような強力な技を、キン肉マンルージュは知らない。
「プペプペプペプペプペッ! もうキューショフージとか、どーでもいいや! キサマのようなションベンガキチョージンは、めっためたの、ジャッキジャキに、きりきざんでやんよ!」
真・悪魔将軍プペは両手から剣を出現させた。そして全身をダイヤモンドに変化させる。
「あれは! 真・悪魔将軍プペは地獄のメリーゴーラウンドを放つつもりなのですぅ!」
叫び上げるミーノに、真・悪魔将軍プペは嫌味たっぷりな笑いを返す。
「プペプペプペプペプペッ! バーカ! これはジゴクのメリーゴーラウンドなんかじゃねーよ!」
そう言うと真・悪魔将軍プペの指が、ダイヤモンドの剣に変化する。そして剣はデヴィルディスペアに覆われて、ギラギラと真っ黒い光を放っている。
10本の指すべてを剣に変化させた真・悪魔将軍プペは、ゲラゲラと笑い上げながら、指を揺らしてガシャンカシャンと剣を鳴らす。
「プペプペプペプペプペッ! ハメツのメリーゴーラウンド!」
真・悪魔将軍プペは高速回転しながら、キン肉マンルージュに向かって突進する。
「48の殺人技のひとつ、マッスルトルナード!」
キン肉マンルージュは身体を高速回転させながら、真・悪魔将軍プペに突っ込んでいく。
“どぉごぉおおぉぉぉん”
両者がぶつかり合う肉音が、周囲に響き渡る。
「プ……プペェ……」
そして真・悪魔将軍プペから苦しい呻き声が漏れ出る。
キン肉マンルージュの頭が真・悪魔将軍プペの胸にあるノワールプペの顔に、深々と突き刺さっている。
「真・アクペちゃん。破滅のメリーゴーラウンドって、実は身体の中心……つまり頭と胸とお腹がノーガードなんだよね。だから真・アクペちゃんの真ん中を狙って、突進したんだよ。そしたら大当たり! お顔にヒットだよ!」
真・悪魔将軍プペはキン肉マンルージュの声が聞こえているのかいないのか、ふらふら、よたよたしながら、リング上をさ迷い歩く。
「プペェ……な、なんてことしやがんだよぉ……いたい……いたい、いたいよぉ……マッスルアフェクションたっぷりのイシアタマでなぐりやがって……ひでぇよ……こいつ、アクマだよ!」
キン肉マンルージュはよたよたと歩いている真・悪魔将軍プペの正面に立ち、真・悪魔将軍プペの股に頭を突っ込む。
そして身体を起こしながら真・悪魔将軍プペを持ち上げ、そのまま真上にジャンプする。
「プペェ! な、なにするんだよぉ! なにしやがんだ!」
「うーん……やっぱり脳天を破壊する技って、これしか思いつかないんだよね……」
キン肉マンルージュはジャンプの頂点に達すると、抱えていた真・悪魔将軍プペを下方に向けて両足を掴んだ。そして真・悪魔将軍プペの両腕を踏みつけにし、キン肉マンルージュと真・悪魔将軍プペはリングに向かって落下する。
「プペプペプペプペプペッ! なにかとおもえば、キンニクドライバーかよ! だーかーらーさあー、このワザじゃムリだっつの! イミねー! ちょーダセー!」
キン肉マンルージュはキン肉ドライバーを掛けたまま、考え込んでいた。
『うーん……このまま回転して、キン肉トルナードドライバー! ……違うなあ……じゃあ、顎で金的をアタックして、キン肉ゴールデンクラッシャー! ……ダメだよねえ……どうしよう、いいのが思いつかないよお……』
「プペプペプペプペプペッ! キンニクドライバーもキンニクバスターも、つかいふるされたジダイオクれなワザなんだよ! もうとっくに、ヒッサツワザなんてよべるシロモノじゃねーんだよ!」
『キン肉ドライバーとキン肉バスター……確かにどちらも研究しつくされた必殺技だけど……あッ! でも、だからこそだよ! そうだ、その手があったよ!』
【第2試合】 VSノワールプペ(33)
キン肉マンルージュはひとりで納得しながら、掴んでいた真・悪魔将軍プペの両足を離した。
そしてすぐさま両の手で真・悪魔将軍プペの股を開き、ふくらはぎを掴んで押し下げる。
「プペェ?! な、なんだこりゃあ!?」
真・悪魔将軍プペは困惑する。自分の身に起きていることが把握できない。
「あああっとお! これは一体なんだ?! キン肉マンルージュ選手、キン肉ルージュドライバーに引き続き、またも見たことのない技を披露するう!」
アナウンサーが興奮して叫び上げる。それを聞いた真・悪魔将軍プペは、初めて自分が未知の技を極められていることに気がついた。
「この技は……相手の下半身をキン肉バスターに……上半身をキン肉ドライバーに極めて……まるでキン肉バスターとキン肉ドライバーが合体したような技なのですぅ」
ミーノは未知の技を見つめながら、呟くように言った。
“ずどごぐしゃらががぐごごがががあああぁぁぁあああん!!”
未知なる技が極まった。
リングに激突した衝撃で、会場中が大地震のように揺らいだ。更に激突の衝撃波が突風となって、会場を吹き流れる。
「48の殺人技のひとつ、キン肉ド雷(らい)バスター!」
キン肉マンルージュは叫んだ。そして全身を覆っているマッスルアフェクションが、ごうっと吹き上がった。
「キン肉バスターとキン肉ドライバーのフュージョン、キン肉ド雷バスター! ……本当はキン肉デモリションって名前を思いついたんだけど、気がついたらキン肉ドライバスターって言っちゃってたよ」
キン肉マンルージュはテヘペロしながら、真・悪魔将軍プペから離れた。真・悪魔将軍プペはリングに突き刺さり、微動だにしない。
“ぴぎゅわらららぁ”
真・悪魔将軍プペの全身がピンク色に輝きだし、マッスルアフェクションに包まれた。
それを見たミーノは、嬉しそうに話しだした。
「真・悪魔将軍プペの全身がマッスルアフェクションに覆われたのですぅ! つまり残り2ヶ所を封じることに成功したのですぅ! そして不滅の九所封じが完成したのですぅ! だから、だから、だから! キン肉マンルージュ様が勝ったのですぅ!!」
“かんかんかんかんかんかんかーーーん!”
解説者のア●ランスゴールドの中野さんは興奮して、ゴングを連打した。そしてこの瞬間、キン肉マンルージュの勝利によって試合が終了した。
“うおおおおおッ! マッスル守護天使の完全勝利だあ!”
“恐怖の将、落つ!”
“すげえぜ! やっぱ、すんげえぜ! 無敵すぎんよ! ルージュちゃん!”
観客は沸きに沸いた。
グレート・ザ・屍豪鬼に続いて、ノワールプペをも倒したキン肉マンルージュ。伊達にマッスル守護天使を名乗ってはいない。
“ルージュちゃん! 連勝記念に、あれイっちゃって! 思いっきし、イっちゃって!”
キン肉マンルージュはその場でくるりと身体を一回転させ、4本の髪の束をなびかせる。
すると、きらきらとマッスルアフェクションが揺らめき、ぽわぁと全身がゆるく輝いた。
「正義は、みんなの中にある! みんなの正義を守りし、守護天使!」
キン肉マンルージュは胸に何かを抱きかかえるように、両腕を胸の前に出して抱え込む格好をする。そして、ぱぁっと胸に抱いていたマッスルアフェクションを周囲に撒いた。
周囲にはきらきらと光り輝く花びらのように、マッスルアフェクションが舞い散る。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」
キン肉マンルージュは小さく投げキッスをしながら、お尻を突き出す。
“ずびゅばちゅごーん”
キン肉マンルージュの背後でピンク色の爆発が起こる。そして周囲にはピンク色に輝くハートが舞い散る。
中心に“R”と刻まれているハートは、地面に落ちると、まるで降り落ちた雪のように、はかなく消えた。
“うおおおおおおおおおおッ! アキバに新しいアイドル降臨! 悪行超人を倒せる驚異の美少女超人! その名はキン肉マンルージュぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!”
リングサイドにはいつの間に現れたのか、見事すぎるオタ芸を披露する職人達が集まってきていた。そして恐ろしくシンクロ率の高い一糸乱れぬ動きで、キン肉マンルージュを讃える踊りが披露された。
「ひゃあああああッ! なにこれ、ヤバす! 堪んないのキターーーッ! 私のためにオタ芸職人さん達が躍ってくれるなんて……ああああああぁぁぁんッ! 凄いよ! ヤバすぎだよ! 嬉し恥ずかしすぎて、おもらししちゃいそうッ」
キン肉マンルージュはぼそぼそと呟きながら、うっとりとオタ芸を見つめている。そして内股をもじもじさせながら、身体をふるふると震わせている。
「プペェ……ふざけんなよ……ボクはまだやれるよ……やれるんだよ……」
真・悪魔将軍プペはのそりと動きだし、ふらふらになりながらも無理やりに立ち上がった。
全身がピンク色に輝いている真・悪魔将軍プペは、よちよちしたおぼつかない足取りで、キン肉マンルージュに歩み寄る。
「ボクは……ゼネラルさまにごメイレイいただいたんだ……おまえを……てめーをぶっころすようにって……てめーを……」
真・悪魔将軍プペは力を振り絞るように、手をキン肉マンルージュに向けて伸ばす。しかしその手は、ぼろぼろと崩れていく。
「プペェ?! な、なんだよこれ!?」
まるで朽ちたフランスパンのように、ぼろぼろと砕けていく。
全身が崩れていくのを見て、真・悪魔将軍プペは困惑し、嘆く。
真・悪魔将軍プペの身体はどんどんと崩れていき、遂には立っていることもできないほどにぼろぼろになってしまう。
真・悪魔将軍プペはバランスを崩し、リングに身体を打ちつけるように倒れた。すると真・悪魔将軍プペの身体は凍った薔薇のように、粉々になってしまった。
そして胸にあったノワールプペの顔だけが、リング上に残った。
「ちくしょう……ボクは……ボクはまだ、やれるのにい……」
顔だけになってしまったノワールプペは真っ黒い涙を流しながら、声を大きくして泣きわめく。
「ちくしょう! ちくしょうッ!! ちっくしょーーーーーーうッ!!! ボクはノワールプペ! ボクはあのおカタにつくられた、サイコーケッサク! まけてなんかいない! ボクはまけてなんかいないぞおおおぉぉぉ!!」
「キャハハハハハハハッ! しょーがない子ちゃんねェ~」
甲高い幼い、しかし妙に色っぽい声が、真上から聞こえる。
そしてノワールプペの顔が、真上に向かってふよふよと上がっていく。
その場にいた者全員が、真上に顔を向けた。
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(1)
「んもう~、プーペーちゃんってば、悪魔将軍に変身しといて負けちゃうのォ~? それって万死に値する痴態よォ~」
「うえええん、ごめんさあい、デヴィリンスさまあ。ボク、ブザマにも、あんなションベンガキチョージンなんかに、ヤられちゃいましたあ」
上空には真っ黒い革のコスチュームに身を包み込んだ、とても幼い少女が浮いていた。
見た目はミーノと同じくらいの年齢に見えるが、しゃべり口調や仕草、振舞いが、異様なまでに妖しく、艶っぽく、色っぽい。
そうかと思えば、思いきり子供っぽく振舞ったり、ひどく無邪気にはしゃいでみたいりと、子供なのか大人なのかわからない存在である。
少女はノワールプペの顔を優しく抱いて、胸に顔をうずめさせながら、やわらかく頭を撫でてやる。
「キャハハハハハハハッ! みなさん、はじめましてだねェ~! お名前はキン肉マンデヴィリンスちゃんよォ~! キン肉星の隠し子、キン肉マンデヴィリンス~! みんな~、よろしくちゃんだよォ~!」
キン肉マンデヴィリンスと名乗った少女は、背中に生えた小さなコウモリ羽をぱたぱたさせ、お尻に生えている短い悪魔尻尾をぴょこぴょこと揺り動かしている。
黒を基調とした革のコスチュームは、きわどいほどに面積の少ないビキニ姿。
指し色に妖しい色調のピンク色を使っていて、それが妙な艶めかしさを生んでいる。
顔は真っ黒い革でできた包帯でぐるぐる巻きにされているが、そこから覗いている片目や口から、中身が美少女であることがうかがい知れる。
そして口元からは、小悪魔を思わせる小さくて可愛いらしいキバが見え隠れしている。
キン肉マンデヴィリンスは包帯の端をひらひらさせながら無邪気に笑い、唇を艶っぽく舐めて見せる。
「え~っと、キン肉マンルージュちゃんだっけェ? デヴィリンスちゃんが作ったプーペーちゃんをひどい目に合わせた悪い娘ちゃんはァ~?」
キン肉マンデヴィリンスはゆっくりと下降し、静かにリングに降り立った。
「キン肉マンデヴィリンスちゃんだよォ~! こう見えても新生d.M.pのナンバー2なんだよォ~! よろしくね、ルージュちゃんッ!」
キン肉マンデヴィリンスはいつの間にかキン肉マンルージュの目の前にまで移動し、ふよふよと浮いている。
「ルージュちゃんてば、凄い娘ちゃんだねェ~! 人形とはいえ、悪魔将軍に勝っちゃうなんてェ~!」
キン肉マンデヴィリンスは胸に抱いているノワールプペを乱暴に掴み上げ、そしてノワールプペの口の中に手を突っ込んだ。
「プペェ! デヴィリンスさまあ! な、なにを?!」
「え~ッと、どっこかな~……ん~、あ、あったあった~ン」
キン肉マンデヴィリンスは強引にノワールプペの中を探りまくり、ずろぉと真っ黒い宝石を取り出した。
「キャハハハハハハハッ! 見て見てルージュちゃんッ! プーペーちゃんの心臓とも言えるデヴィルジュエルが、こ~んなに傷だらけの、ぼろっぼろだよォ~!」
キン肉マンデヴィリンスの手の平には、ひび割れて欠けているボロボロのデヴィルジュエルが乗っていた。
「かわいい可愛いプーペーちゃんッ。頑張ってくれたご褒美、デヴィリンスちゃんが特別に、してあげちゃうよォ~」
「プペェ! デヴィリンスさまあ! ありがたきしあわせデスう! ください! ください! してくださいぃぃぃッ!!」
キン肉マンデヴィリンスは掴んでいたノワールプペの顔を、適当にキャンバス上に投げ捨てた。
そして手に持っているデヴィルジュエルを握り締める。
「プペペペペェ! く、くるしいよお! デヴィリンスさまあ! くるしいですう! ブベペペベベェ! ぐ、ぐるじいよお! デヴィリンスさまあ!」
キャンバスに転がっているノワールプペの顔が苦しがっている。
「プーペーちゃン。特別にね、デヴィリンスちゃんが直々に、プーペーちゃんを葬り去ってあげるわよン~」
「そんな! そんなあ! ブベペペベベベェ! こわれる! ころされる! いやだあ! シにたくないよお!」
“ばきゃああぁぁんッ”
キン肉マンデヴィリンスの手の中で、デヴィルジュエルが砕け散った。
「ブベェ! ブベベペペプブブプペペペベベベェ!」
狂い悶えた声を吐きながら、ノワールプペの顔とデヴィルジュエルは、真っ黒い煙状の気体になって消えてしまった。
「キャハハハハハハハッ! 落ちこぼれちゃんには用はないのよン! キャハハハハハハハッ!」
ノワールプペの処刑を見せつけられたキン肉マンルージュは、身を震わせながら声を荒げた。
「ひどい! ひどすぎるよ! プペちゃんはあんたが作ったんでしょう? それってお母さんってことでしょう? なんで? なんでそんなひどいこと、平気でできちゃうの?!」
キン肉マンデヴィリンスはくすくすと笑みながら、わざとらしく答える。
「え~ッとお、それはね~、デヴィリンスちゃん、悪魔だも~~~ン!」
キン肉マンデヴィリンスは観客達の方に向き直り、ビキニのパンツをおもむろに掴んだ。そして、ぐいいとパンツを伸ばし、開いて見せた。危険極まりない行為だが、見えてはいけない危険地帯はぎりぎり見えてはいない。
“ぬおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおッ!?”
あまりにきわどい光景に、男達は全員が全員立ち上がり、前のめりになって喰い気味にキン肉マンデヴィリンスを凝視する。
「んふふふふふ~んッ、見られるのは嫌いじゃないわよォ~。むしろ大好きよォ~、いけない気持ちになるのが、とっても気持ちいいわン~」
キン肉マンデヴィリンスは挑発するように、パンツを伸ばしたまま腰をふりふりする。
「キャハハハハハハハッ! 出ておいで~、デヴィリンスちゃんの可愛いプーペーちゃん達ィ~!」
伸ばされたパンツの中から、突然大量の真っ黒い人形が溢れ飛び出した。まるで間欠泉のように、人形が次から次へと飛び出てくる。
「んふふふふふ~んッ、さあ、出ちゃいなさ~いィ! たっぷり出ちゃいなさ~いィ! んふふふ、んもう、出ちゃうのおォ! たくさん出ちゃうのおォ! あああん、全部出ちゃうううぅぅぅン! たっぷり出ちゃうううン! 出ちゃって、出過ぎちゃって、もう止まらないわンンン!!」
止めども無く出てくる人形に、リング上は溢れかえりそうである。
よく見ると、人形は先程対戦したノワールプペにそっくりであった。
真っ黒で、でたらめな裁縫が施された、不出来な人形達。
「んふふふふふ~んッ、どうゥ? プーペーちゃんの変わりなんて、こ~んなにいるのよン。だからね~、正義超人なんてダメダメちゃんにやられちゃうような落ちこぼれちゃんは、さよならのポイッ! だよォ~」
すべての人形を出しきったキン肉マンデヴィリンスは、ぱちんと指を鳴らした。すると人形達はのそりと立ち上がり、キン肉マンデヴィリンスのパンツの中へと入っていく。
「んふふふふふ~んッ、さあ、入っちゃいなさ~いィ! たっぷり入っちゃいなさ~いィ! んふふ、んもう、入ってくるのおォ! たくさん入ってくるのおォ! あああん、全部入っちゃうううぅぅぅン! たっぷり入っちゃうううン! 入っちゃって、入り過ぎちゃって、もう止まらないわンンン!!」
キン肉マンデヴィリンスはうっとりとした顔をしながら、人形達をパンツの中に入れていく。
そして全部の人形が入りきると、キン肉マンデヴィリンスは潤んだ目で呆けながら、熱い吐息を漏らした。
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(2)
「キャハハハハハハハッ! どうゥ? ルージュちゃんッ。 プーペーちゃん達は全部が全部、心臓の代わりとしてデヴィルジュエルが埋め込まれているのォ。つまりプーペーちゃん達はデヴィルジュエル用の変身人形で~、忠実な下僕ちゃんなのよン」
キン肉マンルージュは、わなわなと肩を震わせる。
「……あんたの作ったプペちゃん達は、全員に魂が込めてあるでしょう? それってもう、立派に命を宿しているってことだよ……それなのに、いらなくなったら捨てちゃうの? 使命が果たせなかったからって見捨てちゃうの? ……どうして? どうしてそんなひどいことができるの? ……作り主であるあんたは、プペちゃん達の気持ち、考えたことあるの?」
ミーノはくぐもった声を漏らすキン肉マンルージュを見て、胸を痛めた。
「怒っていますですぅ……キン肉マンルージュ様が、静かに怒っていますですぅ……ミーノにはわかります、キン肉マンルージュ様の……凛香様の気持ちが……ミーノも凛香様と同じで、本当の親を知らないから……捨てられた子供ですから……」
キン肉マンデヴィリンスはにっこりと笑み、キン肉マンルージュに言葉を返す。
「魂がこもっているから何ィ? 人形は人形よン。人形の気持ちィ? 考えたことないわン。プーペーちゃん達がデヴィリンスちゃんの子供だっていうなら~、お母さんの為に死ねるなんて本望でしょッ? 子供は親の言うことをきくものよン。例えそれが、命を失うことであってもねェ~」
“ぴしゃんッ”
キン肉マンデヴィリンスは、頬に痺れるような痛みを感じた。
いつの間にかキン肉マンルージュはキン肉マンデヴィリンスの目の前にまで移動し、そして頬を叩いた。
キン肉マンデヴィリンスはにたりと歪んだ笑みを浮かべながら、目の前にいるキン肉マンルージュを睨みつける。
「キャハハハハハハハッ! すごおいィ! 全っ然わかんなかったわン~、ルージュちゃんが移動したのォ~! それとデヴィリンスちゃんを殴ったのもねェ~! あそこまで完璧に気配を消せるなんて、もはや体術の達人クラス……ううん、仙人のレベルだねェ~!」
嫌味っぽく、そして余裕たっぷりに笑い上げるキン肉マンデヴィリンスを、キン肉マンルージュは睨みつける。
しかし、キン肉マンデヴィリンスの姿は無くなっていた。今さっきまで目の前にいたキン肉マンデヴィリンスが、忽然と姿を消した。
「んふふふふふ~んッ、こっちよん、ルージュちゃン~」
キン肉マンルージュはハッとして、後ろを振り返った。
いつの間に移動したのか、リング中央にキン肉マンデヴィリンスはいた。
「キャハハハハハハハッ! 驚いちゃったァ? 見えなかったでしょ、デヴィリンスちゃんの超々高速移動ゥ~! ルージュちゃんの気配ゼロ移動も凄いけど、相手が反応できないほどの超々高速移動も凄いでしょォ~?」
キン肉マンデヴィリンスは誇らしげに笑い上げながら、会場にいる観客達を見つめ眺めた。
「デヴィリンスちゃんはね~、人間が大好きなのよン~。超人に変身してるとはいえ、ルージュちゃんも人間ちゃんなんだよね~。だから、ルージュちゃんのことも、デヴィリンスちゃんは大好きよン~」
キン肉マンデヴィリンスはキャンバス上に、ぺたんとお尻をつけて座った。そして大股を開き、無邪気な笑みを会場に向ける。
会場にいる観客……特に男性は、どよめきながらもキン肉マンデヴィリンスを凝視する。
「ねえ、男の子たちィ~。デヴィリンスちゃんの格好、素敵だと思わないィ?」
“………………うん”
会場にいる男性達は無言ながも、心の中で大きく頷いた。
「んふふふふふ~んッ、ねえ、みんなァ~。コスチュームって、見えちゃイケないとこだけ隠れてればいいんでしょォ?」
“……………………うん”
会場にいる男性達は無言ながも、心の中で大きすぎるほどに頷いた。
「だったらぁ、お胸は先っぽだけ見えなければいいんでしょォ? ッてことわぁ、先っぽ以外の場所はぁ、見えちゃっても問題ないんだも~んッ!」
そう言うと、キン肉マンデヴィリンスが身につけているビキニのブラが、どんどんと縮んでいく。次第に面積が狭くなっていく。
“…………………………ごくり”
会場にいる男性達から、生唾を飲み込む音がした。
小さな乳房ではあるが、次第にあらわとなっていく。そしてそうこうしているうちに、ブラは遂に、乳頭とその周りを囲っている乳輪だけを隠す、極小の限界サイズにまで狭まった。
“………………………………ッ!”
会場にいる男性達は、大きく目を剥いた。
キン肉マンデヴィリンスの胸を隠しているブラは、もはやおっぴろげている状態よりも、ひどく淫靡なブラと化してしまっている。
「んふふふふふ~んッ、お胸の次は、当然、お待ちかねのアソコだよォ~」
キン肉マンデヴィリンスは腰を浮かせ、大股に開いている下腹部を会場中に見せつける。
「ア・ソ・コ・も~、見えちゃイケないとこだけ、見せなければいいんでしょォ~?」
“……………………………………うん”
会場にいる男性達は無言ながも、心の中で首がちぎれそうなほどに頷いた。
そしてキン肉マンデヴィリンスが身につけているビキニのパンツは、どんどんと面積が狭くなっていく。
危険なデルタゾーンを残すように、パンツはみるみるうちに小さくなっていく。そしてパンツは遂に、排泄機能と生殖機能を有する女性特有の器官だけを隠す、極小の限界サイズにまで狭まった。
“…………………………………………ッ!”
多くの男性達は前のめりな不自然な格好になりながらも、血走って真っ赤になった目で、キン肉マンデヴィリンスを凝視し続ける。
「ねえ、ルージュちゃんッ。世界がピンチってる状況下なのに、男の子達ったら、デヴィリンスちゃんに超絶夢中の虜ちゃんよン。エッチでスケベでいやらしいドロッドロな欲望に支配されて、デヴィリンスちゃんを目で犯しまくってるわよン。だから大好きなのよ~、人間ってェ~」
キン肉マンルージュは茫然としながら、キン肉マンデヴィリンスを見つめている。
「んふふふふふ~んッ、おこちゃまには刺激が強すぎたかしらン~。それじゃあ特別に~、もっともっと、サービスしちゃおっかなァ~」
“…………………………………………うん”
会場にいる男性達は無言ながも、心の中で首の骨が突き出てきそうなほどに頷いた。
「このままパンツを、もっともっと小さくしたら、どうなっちゃうのかしらン~?」
キン肉マンデヴィリンスを隠しているパンツは、ひどくゆっくりではあるが、確実に小さくなり始めた。
もはや隠すというパンツ本来の役目を放棄したかのように、パンツは容赦なく縮んでいく。
“………………………………………………ッ!”
多くの男性達は前のめりな格好のまま股間を押さえ、眼球が飛び出そうなほどに目を見開いて、キン肉マンデヴィリンスを凝視し続ける。
もはやパンツには数ミリの猶予しかない。このままでは限界を超える。真の絶対領域が侵犯されてしまう。
「んふふふふふ~んッ、どうせなら一気に全部、デヴィリンスちゃんの秘密痴帯、みんなに見せてあげちゃうねッ!」
そう言って、キン肉マンデヴィリンスは身に着けてい極小パンツを、すぱんッと剥ぎ取った。
“ぬうおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおッッッ!!!”
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(3)
会場にいる男性達は、まるで獣のような声で吠え上げた。
遂にご開帳! ……と思われた。しかし皆が見たものは、男性達が期待していたものとは違っていた。
大股に開かれている下腹部には、真っ黒いハートの極小シールが貼られていた。
「キャハハハハハハハッ! 男の子達ったら、ガン見しすぎィ~! そんな穴があいちゃいそうなくらいに見つめちゃってぇ、なっさけな~い、お・と・こ・の・子ッてェ~。キャハハハハハハハッ!」
“ぐぬるりゅおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおッッッ!!!”
会場にいる男性達は、もはや奇声としか思えないような奇妙な声で、思いきり吠え上げた。
その声は、ひどく残念に思う声と、むしろ嬉しさと喜びに満ちた声と、やり場のない気持ちでいっぱいな声と、様々な声が入り混じっている。
「さてとぉ、サービスタイムは終わりよン。下等生物代表の人間ちゃんなんかに、いつまでもデヴィリンスちゃんの素敵すぎるバディを、見せてなんてあげないんだからネッ!」
次の瞬間、キン肉マンデヴィリンスがまとっているビキニは、元の大きさに戻ってしまった。
会場にいる男性達は平気そうな顔をしているが、内心は穏やかではなかった。やり場のない気持ちに心が焼かれてしまい、ぐわんぐわんと頭の中が揺れまくっている。
「んふふふふふ~んッ、人間って本当に、欲望に忠実で可愛いわン~。デヴィリンスちゃんは人類滅亡を企む悪い子ちゃんなのに、男の子達ったら目でデヴィリンスちゃんを犯しまくりよォ~。本当にもう、人間って素敵ィ! 人間って、もっともらしい綺麗ごとを言うわりには、自分の欲望に忠実で、自分の保身が大事で、結局は自分中心なのよねン。他人を守ってあげるなんて言ってるお人良しちゃんだって、限界の限界まで追い詰めれば、他人を投げ出して逃げてっちゃうもの。他人を守ろうとする人間なんて、この世には皆無に近いわよン。言ってることと、やってることがメチャクチャ。そんな人間が、デヴィリンスちゃんは大好きなのよン~」
“ごおおおぉぉぉおおおぉぉぉッ”
突然、キン肉マンルージュがまとっていたマッスルアフェクションが炎のように燃え上がった。そして炎の塊と化したキン肉マンルージュは、嘲笑しているキン肉マンデヴィリンスに突っ込んだ。そして、渾身の右ストレートをキン肉マンデヴィリンスに打ち込む。
“バシィィイイイィィィンッ”
とっさのことであったにもかかわらず、キン肉マンデヴィリンスはキン肉マンルージュの右拳を掴み、右ストレートを受けきった。
「キャハハハハハハハッ! ナニ何ィ? 怒ったァ? 怒っちゃのン? もしかしてルージュちゃんってば、エッチなのはお嫌いィ? どうしようもなくおこちゃまなルージュちゃんには、刺激がちょぉっと強すぎちゃったァ? それともデヴィリンスちゃんが男の子ちゃんどもを容赦なくチャーム漬けにしてエロエロのメロメロにしちゃったのが、超々くやしかったのン? そうよねぇ、絶望的にスレンダーで貧相女の子ちゃんなルージュちゃんにしてみれば、素敵すぎバディなデヴィリンスちゃんに嫉妬ゴウゴウのメラメラよねぇ。キャハハハハハハハッ!」
キン肉マンルージュはぎりぎりと歯をならしながら、右拳に力を込める。
「違うよ……わたしが怒ってるのは、そんなことじゃないよ……」
右拳を掴んでいるキン肉マンデヴィリンスの手がぷるぷると震える。しかしキン肉マンデヴィリンスは笑んだまま、余裕そうにキン肉マンルージュを見つめている。
「今、あんた、人間を馬鹿にしたでしょう? 確かに、あんたの言うとおりかもしれない。でも……人間の悪口言うな! そんなの皆だってわかってるよ。だからって、いちいち口にする必要なんてないよ! あんた、超人は人間より格上だって思ってるでしょ? 確かに超人は人間より優れているところが多いけど……だからって、人間を馬鹿にするな! そういうの、わたし、大っっっ嫌いぃぃぃぃぃッ!!」
“ぎびゅごおおおぉぉぉおおおぉぉぉッ”
キン肉マンルージュを包んでいる炎のマッスルアフェクションが、いっそう勢いを増して燃え上がる。そしてキン肉マンルージュの右拳を掴んでいるキン肉マンデヴィリンスは、腕をマッスルアフェクションに燃やされてしまう。
キン肉マンデヴィリンスは投げ捨てるようにキン肉マンルージュの右拳を離した。しかしキン肉マンデヴィリンスの腕はごうごうと燃え続け、皮膚が焼け焦げていく。
キン肉マンデヴィリンスは燃えている腕からデヴィルディスペアを発生させ、マッスルアフェクションを打ち消した。
「キャハハハハハハハッ! ひっどおぉぉいィ! 見て見てルージュちゃん、デヴィリンスちゃんの腕ェ!」
キン肉マンデヴィリンスの腕は焼け焦げ、ところどころ皮膚を失って皮下組織が見えてしまっている。
「んふふふふふ~んッ、デヴィリンスちゃんの悪魔的に美しい素肌を、こおぉぉんなにしちゃってェ! ……ちょぉぉぉっと、ムカついちゃったなァ」
突然、キン肉マンデヴィリンスがまとっている面積が少ないビキニが、もの凄い速さで広がり始めた。ビキニはキン肉マンデヴィリンスの身体を包み隠し、全身を真っ黒い革で覆い尽くした。
妖しいほどに艶めいた光沢をもった革は、キン肉マンデヴィリンスをひどくサディスティックなボンテージ姿に変えた。
顔に巻かれた包帯から見えている目は、血よりも深くて濃い赤色に変色し、眼球全体が不気味に発光している。
「キャハハハハハハハッ! いい気になるなよ、小娘がァ! おまえらみたいな汚ならしいクソ下等生物が、超絶高貴なデヴィリンスちゃんの素肌を傷つけるなんて、万死を超えて兆死に値するわァ!」
キン肉マンデヴィリンスはキン肉マンルージュに向けて手を伸ばす。そして手には大量のデヴィルディスペアが集まり、濃縮された塊となっていく。
「おまえこそ悪魔なめんなよ、この最下層クズ超人がァ!」
濃縮されたデヴィルディスペアの塊はひどい速さで打ち出され、キン肉マンルージュにぶち当たる。
「きゃあああぁぁぁッ!」
リング中央付近にいたキン肉マンルージュは、ぶち当てられた衝撃で吹き飛ばされてしまう。そしてコーナーポストに全身を打ちつけてしまう。
デヴィルディスペアの塊はキン肉マンルージュの全身を覆い、マッスルアフェクションを消失させた。
キン肉マンルージュは火事場のクソ力パーフェクションを強制解除させられ、元のノーマルなキン肉マンルージュの姿に戻されてしまう。
“しゅるるるるるぅ”
キン肉マンデヴィリンスを覆っていた革が縮みだし、元の小さなビキニに戻った。そして先程までの小悪魔なキン肉マンデヴィリンスに戻った。
「んふふふふふ~んッ、いい気になっちゃったルージュちゃんに、ちょっぴりだけお仕置きよン」
キン肉マンデヴィリンスはにこにこと、やわらかく笑んでいる。
そしてキン肉マンデヴィリンスの顔に巻かれている包帯が伸び、ぼろぼろになっている腕に巻きついた。
「はいは~い、ルージュちゃ~ん、こっちに注~目~ッ!」
注目しろと言われても、キン肉マンルージュは身体を動かせなかった。思った以上にダメージが深く、金縛りにあったように身体が動かない。
キン肉マンルージュはコーナーポストに寄り掛かりながら、目だけを動かしてキン肉マンデヴィリンスを見つめた。
「この焼け焦げた焼き魚みたいになちゃったデヴィリンスちゃんの腕が………………はいッ! 元通りで~~~すッ!」
腕に巻かれた包帯をほどき取ると、焼け焦げた肌が元の美しい肌に戻っていた。
「んふふふふふ~んッ、どうどうゥ? すごいでしょうゥ? すっごいよねェ? 元の激烈美しいお肌に戻ったわよン~」
キン肉マンデヴィリンスはふよふよと浮かびながら、コーナーポストに寄り掛かっているキン肉マンルージュに近寄る。そして元に戻った腕をドヤ顔しながら見せつける。
「この包帯ってね、傷を一瞬で消しちゃうんだよォ! でもね、ダメージは消せないんだァ。だ・か・ら~、まだジンジンジンジン痛いのよん、この腕ェ~」
そう言って、キン肉マンデヴィリンスはお尻の悪魔尻尾を引き伸ばし、ハート型の先っぽでキン肉マンルージュの頬を打ち叩いた。
「痛いィ? でも、そんなものじゃないのよォ、デヴィリンスちゃんの痛みはァ!」
キン肉マンデヴィリンスはこれでもかと言わんばかりに、キン肉マンルージュの頬を叩き打つ。
びしぃ、ばしぃ、と痛々しい打撃音が会場中に響く。
「ほらほらほらァ! こんなものじゃないのよォ! デヴィリンスちゃんはもっともっと痛いのよン! ほらほらぁッ! ほらほらほらぁぁぁんッ!」
まるで鞭打ちの刑罰を受けている受刑者のように、キン肉マンルージュは頬を打たれ続ける。
キン肉マンルージュの頬は打たすぎて真っ赤になり、擦れたような血の跡が滲んでいる。
頬を打っているキン肉マンデヴィリンスは、はぁはぁと息を荒げ、うっとりと恍惚の表情を浮かべながら、夢中になって尻尾を振るっている。
「キャハハハハハハハッ! ルージュちゃん、気持ちいいィ? 痛いけど、本当は気持ちいいんでしょォ? デヴィリンスちゃんはねぇ、超絶気持ちいいッ! 気持ちいいのぉんッ! たまんなぁいッ! すっごく素敵で、刺激的で、一方的で、本当にたまらなぁいッ! 悪魔にこんなことさせちゃうなんて、ルージュちゃんったら、激烈ドすけべなド変態ちゃん? キャハハハハハハハッ! もう素敵すぎて大好きよ、ルージュちゃんッ! 大好きすぎて、超絶みじめに、無様に、下劣に殺してあげたいわああぁぁああぁぁんッ!!」
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(4)
無抵抗に打たれているキン肉マンルージュを見て、ミーノは見るに耐えかね、リングに飛び入った。
「止めてですぅ! 止めてなのですぅ! ルージュ様にひどいことしないでですぅ!」
ミーノはキン肉マンルージュをかばうように、キン肉マンデヴィリンスとキン肉マンルージュの間に割って入った。
キン肉マンデヴィリンスに立ちはだかるミーノに、真っ黒い悪魔尻尾の鞭が襲いかかる。
“がかあぁッん!”
突然、キン肉マンデヴィリンスとミーノは、頭の中に衝撃が走った。まるで雷に打たれたかのように、全身が激しく痺れている。
ふたりは目の前が真っ暗になり、身体が動かなくなった。
「? ……声? 声が聞こえるのですぅ……」
ミーノにしか聞こえない声。頭の中に直接話し掛けてくるような不思議な声。誰の声なのかはわからないが、誰かが話し掛けてくる。
「いい子は半分、わるい子は半分、ひとつになったら……」
ミーノの心の中に、ふと、真っ黒いローブを着た少女が現れた。
「あなたは半分、わたしも半分、あなたもわたしも、全部じゃないよ……」
「あ、あなたは誰なのですぅ? 半分って、どういう意味なのですぅ?」
ミーノは黒いローブの少女に手を伸ばす。すると少女は、フッと姿を消してしまう。
「あなたとわたしは半分同士、ひとつになったら……」
背後から声が聞こえてくる。ミーノはハッとして振り替えると、そこにはローブの少女が立っていた。
「誰なのですぅ?! ローブを取って、姿を見せなさいですぅ!」
ミーノはローブの少女に向かって走り出し、掴みかかる。しかし寸でのところで、また姿を消してしまった。
「あなたとわたしは足りない同士、ひとつになったら……」
真上から声が聞こえる。ミーノは上を向くと、ローブの少女がふわりと浮いている。
「ひとつになるって、どういうことなのですぅ!? ひとつになったら、どうなるですぅ?!」
「ひとつになったら……本当がわかる……本当がわかったら……」
“かぁッ!”
突然、目がくらむような光が、ミーノを襲う。そしてミーノはゆっくりと、目を開いていく。
「あ、あれ? わ、私……元に戻ってる?」
気がつくと、ミーノはリング上に立っていた。そして目の前には、呆然としながら不思議そうに辺りを見渡している、キン肉マンデヴィリンスがいた。
「なぁにぃ、今のォ。訳わかんないわン。せっかく気持ちが盛り上がってたのにィ! ……なんだか白けちゃったわン」
キン肉マンデヴィリンスは空に向かって飛び上がり、コウモリ羽をぱたぱたさせながら浮いている。
「明日のお昼、13時にここに集合ねッ! ルージュちゃんと戦えるの、楽しみ待ってるわン~」
そう言うと、キン肉マンデヴィリンスは姿を消した。
「……行っちゃったのですぅ」
ミーノはキン肉マンデヴィリンスが消えた空を見つめながら言った。
「……あッ! ルージュ様ぁ!」
ミーノはハッとしてキン肉マンルージュの方へと振り返る。
「大丈夫だよ、ミーノちゃん」
キン肉マンルージュはふらふらながらも、立ち上がってにっこりと笑んでみせた。
「キン肉マンデヴィリンス……わたしが戦ったグレート・ザ・屍豪鬼やノワールプペとは全然違う……デヴィルジュエルが必要ないくらいに、桁違いに強くて、実力があって……とにかく別物ってくらいに凄い超人だったよ」
「先の試合で対戦したふたりとは、明らかに別次元の強さを秘めているのですぅ……新生d.M.pのナンバーツーを明言するだけのことはあるのですぅ……」
キン肉マンルージュとミーノは身を寄せ合いながら、キン肉マンデヴィリンスの底の知れなさに身を震わせる。
「ルージュちゃん、ミーノちゃん、今は身体を休めましょう」
マリはふたりに向かって言葉を掛ける。
「ミーノちゃん、一緒に住之江幼稚園に帰りましょう」
「えッ? あ、は、はいですぅ!」
マリの言葉を聞いて、ミーノは驚いた顔をしながら、ぴょこんと飛び跳ねてリングを降りた。そして恥ずかしそうにマリに身を寄せる。
「マリ様は私に“帰りましょう”と言ってくれたのですぅ。帰るという言葉は、自分の家に戻るときに使うのですぅ。一緒に帰る……ミーノは嬉しさ爆発モードに入ったのですぅ!」
ミーノは嬉しそうなホクホク顔を浮かべながら、マリの手を握った。
「さあ、ルージュちゃんも帰りましょう」
マリはリング上で難しい顔をしているキン肉マンルージュに声を掛ける。
「あ、うん……」
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(5)
キン肉マンルージュはもやもやした気持ちを振り払うように、にっこりと笑み、観客達に向かって声を張り上げる。
「今日は来てくれて、本当にありがとうだよ! 明日も頑張るから、また来てくれると嬉しいな! ねッ、お兄ちゃんッ!」
会場にいる男性達は、心臓と脳みそに高圧電流が流れ走り、頭の中では春風が吹き荒れた。そして全身がぬるま湯に浸かっているかのように、とても心地がよい。
“ぐおおおぉぉぉおおおッ! 明日も絶対にいっちゃうぜ! ルージュちゃん!”
「お姉ちゃんも、また来てくれるよねッ!」
もじもじしながらも元気いっぱいの笑顔を見せられ、会場にいる女性達は、ふにゃりとした気持ちにさせられる。
“私達も応援にいっちゃうよ! 絶対にいっちゃうよ! ルージュちゃん”
会場中が沸きに沸き、ルージュコールで溢れ返る。
リングサイドで踊っているオタ芸職人達が、手足と首が引きちぎれそうな勢いで、限界ハッスル状態に入る。
キン肉マンルージュは会場に向かって投げキッスをして、そのまま飛び上がった。そしてリング下にいるマリとミーノの側に、静かに着地した。
「さすがはルージュ様ですぅ! ファンサービスは最後まで欠かさないのですぅ!」
キン肉マンルージュは違うとばかりに首を振る。
「ミーノちゃん、違うの……わたしは自分を追い込むために、みんなと約束したんだよ。また明日も、わたしの戦いを見てもらうために……だって、そうしないと……きっとわたし、くじけちゃうから……背水の陣ってやつだよ。逃げ場無しってやつ」
ミーノはキン肉マンルージュの言葉を聞いて、はじめて気がついた。
よくよく見て見れば、キン肉マンルージュは小刻みに震えていて、歯がかたかたと微かに鳴っている。
背水の陣。それは強大な敵と戦う恐怖を打ち消すための、キン肉マンルージュなりの覚悟であった。
「はわわぁッ! 大和魂ってやつですね! サムライなのですね! やっぱりさすがなのですぅ、ルージュ様ぁ!」
ミーノは目をきらきらさせながら、羨望の眼差しでキン肉マンルージュを見つめる。
そんなミーノを尻目にキン肉マンルージュはぼそりと呟いた。
「本当はいかにも萌えキャラですっていうセリフを、恥ずかしげも無く思いっきり言ってみたかったんだよね」
「?? ……何かおっしゃいましたかですぅ?」
「ううん! 何にもおっしゃってないよ! 全然なーんにも言ってないッスルですよ!」
キン肉マンルージュはしどろもどろになりながら、後ろめたい顔をして控室に向かった。
そして控室――
「マッスル! キャ~ンセレェェェイショ~ン!」
キン肉マンルージュはつま先立ちになってくるくると回りながら、そっと目を閉じた。そして両手でマッスルジュエルを包みながら、自分の胸元に向かって言った。
マリとミーノは慣れてしまったのか、いちいちポーズをとるキン肉マンルージュを、さもあたり前のように見つめている。
「うわぁッ! こ、これ、大丈夫かなぁ」
変身を解除したキン肉マンルージュこと凛香は、マッスルジュエルを見つめながら戸惑っている。
凛香の手に乗っているマッスルジュエルはびきびきにひびが入っていて、今にも割れてしまいそうである。
「あれだけの大激闘を、しかも2戦分だもん……こうなっちゃうよね……」
キン肉マンルージュが受けたダメージの全てを受け止めたマッスルジュエルは、大小多数のひびと傷が入ってぼろぼろになっている。
ミーノはマッスルジュエルを見つめながら、腕組みをして考え込む。
「……うーんですぅ……もうひと試合であれば、ぎりぎりなんとか……大丈夫だと思うのですが……試合が明日でなければ、キン肉スグル大王様に力の再注入をしていただくのですが……うーん、厳しい気もしますが……無理かなあ……んーと、たぶん大丈夫なのですぅ……」
ぶつぶつと自信なさそうに呟いているミーノを見ていて、凛香はふと、あることに気がついた。
「そういえばキン肉マンデヴィリンス、なんで試合を明日にしたんだろうね。キン肉マンデヴィリンスが現れたとき、また連続で試合しないといけないのかなって思っちゃって、気が気じゃなかったよ」
「デヴィリンスが試合を明日にした理由ですぅ? ……多分、これじゃないでしょうかですぅ」
ミーノは壁にかかっているテレビを指さした。
『キャハハハハハハハッ! やっぱアキバってサイコーよン! 屍豪鬼ちゃんにアキバで試合するように言っといてよかったわン!』
テレビには大はしゃぎでアキバショッピングを楽しんでいるキン肉マンデヴィリンスが、大写しになっていた。
『突如現れた悪の大幹部、キン肉マンデヴィリンス! 様々なアキバ系グッズを物色しては大興奮し、手当たり次第に買いあさっています!』
実況をしているアナウンサーに、キン肉マンデヴィリンスは身体を寄せる。そして嬉しそうに笑みながら、見せつけるように色っぽく挑発する。
『悪の大幹部? んふふふふふ~んッ、す・て・き・な・ひ・び・き~ン! んもう、でちゃいけないものが、いけないところからでてきちゃいそうよン~』
カメラマンはキン肉マンデヴィリンスの顔をドアップに写した。それに気がついたのか、キン肉マンデヴィリンスはひどく淫靡で艶めかしい顔をして、全国ネットで全国民に見せつける。
『あッ! あれも可愛い~んッ! ああんッ、それもエロ素敵~んッ! あはああんッ、これなんて悪魔なデヴィリンスちゃんもびっくりなくらいに、グロすけべプリティでたまんなぁいんッ!』
キン肉マンデヴィリンスは再び買い物に夢中になり、アキバの店々を走り巡る。
「………………」
テレビを見ていた凛香とミーノとマリは、複雑な顔をしながら沈黙してしまった。
「……帰りましょうか」
固まった空気を動かすように、マリは口を開いた。そして3人はアキバをあとにする。
そして住之江幼稚園――
「着いたわよ、ミーノちゃん」
幼稚園の門の前で、ミーノは目を潤ませながら園内を見つめる。
「ここが住之江幼稚園……ミートおにぃちゃんの思い出の場所」
感極まっているミーノの手を、マリは優しく握った。
「さあ、中に入りましょう」
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(6)
マリに促され、中へと入っていくミーノ。
後からついてきていた凛香はマリとミーノを追い越し、足早に建物の中へと入っていった。
「ああーッ、なんだかすっごく疲れたよーッ」
建物の奥の方にある小さなリビングスペース。そこで凛香は倒れ込むように寝転がり、体育座りの格好でごろんごろんと転がる。
「凛香ちゃん、お行儀が悪いうえに、だらけ過ぎよ」
「だぁってぇ、本当に疲れたんだもん。いくらマッスルジュエルが戦いのダメージを全部持っていってくれるからって、はじめての超人バトルを連続でだもん……冗談抜きに死ぬ思いだったし、本当に死ぬかと思っちゃったよお」
マリはやれやれな顔をしながらも、凛香とミーノに優しく笑いかける。
「そんなに疲れたのなら、ふたりでお風呂に入っていらっしゃいな」
お風呂と聞いて、ミーノは目を輝かせた。
「お風呂ですぅ?! あああ、とっても久しぶりなのですぅ……放浪の身であった私には、とてつもなく文化的な響きなのですぅ」
ミーノが遠い目をしながら感激している。その裏で、凛香はどんよりした顔をしていた。そして体育座りをしながら、その場から動こうとしない。
「……お風呂、嫌い」
全くもって動こうとしない凛香に、マリは身を寄せる。
「凛香ちゃん?」
優しい笑みを浮かべながら、マリは凛香に声を掛ける。
「……お風呂、嫌いだもん」
両手に力を込めて、凛香はがっちりと膝を抱え込む。
マリは腰をかがめて凛香の膝に手を置いた。そしてさもあたり前のように、軽々と凛香の膝を開いた。
「……ひぃッ」
凛香は小さく悲鳴を上げた。
マリは開かれた膝から顔を突っ込み、凛香に迫力のある笑顔を寄せる。
「凛香ちゃん?」
凛香は断固拒否と言わんばかりに、身体を丸めて亀状態となる。
まるで強固な甲羅に閉じこもった亀のように、がっちりとガードしている凛香。しかしマリはまたも軽々とガードをこじ開けた。そして凛香の顔に触れそうなほどに、マリは笑顔を寄せてくる。
「お風呂、入ってきなさい」
「……ひぃうう、承りましたあ」
凛香は涙目になりながらその場から逃げだすように、風呂に向かって駈け出した。
「はううッ、待って下さいですぅ!」
ミーノは期待に胸を膨らませて目をぎらんぎらんに輝かせながら、凛香の後を追った。
“かぽーーーん”という効果音が聞こえてきそうな、昭和臭たっぷりのレトロなお風呂。
壁と床は一面タイル貼り。つまみをカチンといわせながら回す、いかにも旧時代的な2穴式の湯沸かし器。メタル感が半端ないアルミ貼りの浴槽。
そんな前時代的かつ絶滅寸前な風呂場で、きゃいきゃいとはしゃいでいる裸のミーノ。
「わひゃああぁッ! お風呂ですぅ! ああ、もう何日ぶり……いや、何カ月ぶりですぅ? ……あああ、全然と言っていいほどにお風呂に入れなかったミーノにとって……冷水を絞ったタオルで全身を拭くのが当たり前だったミーノにとって……文明開化の風が吹き荒れたのですぅ!」
ミーノは涙を流しながら、愛しそうにアルミの浴槽に頬ずりをしている。
そんなミーノを信じられないといわんばかりの顔で見つめる、裸の凛香。
「何カ月もお風呂に入らなくていいなんて……羨ましいなあ」
ぽそりと呟いた凛香に、ミーノは目が飛び出る勢いで詰め寄った。
「ミーノが羨ましいのですぅ? お風呂に入れない日々が、そんなに羨ましいのですぅ? ……凛香様はいったいどれだけ、お風呂が嫌いなのですぅ?!」
「だって、お風呂って面倒くさいし、楽しくないし、すっごく無駄な時間を過ごしてる気がするし……だいたいお風呂に入んなくたって死んじゃうわけじゃないし、立派に生きていけるもん」
ミーノは凛香の両肩をがっしりと掴み、ずいいと顔を寄せる。
数センチしか離れていないミーノの顔は、笑顔であるにもかかわらず、とてつもない迫力と気迫に満ちていた。
「うひゃわああぁッ、マリお母さんより凄いかも……」
「凛香様……今からある少女の物語をお話ししますですぅ……むかしむかし、そんなに遠くない昔、あるところに、重要な任務を受けた、いたいけで可愛らしい少女がいましたですぅ」
どう考えてもミーノのことである。凛香はプフッと吹き出してしまう。
「しょ・う・じょ・が・い・た・の・ですぅ!」
ミーノは更に顔を寄せ、数ミリしか離れていない状態で口調を強めた。
「……ごめんなさい、もうしません」
怯えきって涙目になっている凛香を見て、ミーノはにっこりと笑んで話を続ける。
「で! そのプリティな少女は、この広大な宇宙のどこにいるかもわからない人物を、何の手がかりもない状態で探し始めたのですぅ……そして当たり前のように、なけなしの所持金はすぐに底をつき、食糧調達すら困難な状況に陥ってしまったのですぅ……」
真剣な顔をして語るミーノを、凛香はおっかなびっくりな顔をしながら見つめている。
「そのおしゃまな少女は三度の飯よりお風呂が好き! 食欲よりも入欲……もとい、入浴が好きなほどのお風呂好きでしたので、お風呂に入れない毎日を過ごすのは、お腹がすくのよりも苦痛だったのですぅ」
「そっか、ミーノちゃんは綺麗好きなんだねえ」
ミーノは笑顔のまま、ぎろりと凛香を睨んだ。
「……ごめんなさい、もう言いません」
怯えきって鼻水をも垂らしてしまっている凛香を見て、ミーノはにっこにこに笑んで話を続ける。
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(7)
「そのお茶目な少女は来る日も来る日も、人目を避けるように端っこの方で隠れながら、水道水を絞ったタオルでごしごし、がしがしと、全身を拭いたのですぅ……俗に言うタオル風呂ですぅ……心地の良い適温のお湯に浸かることもできず、冷たいタオルで身を震わせながら、タオルが人肌の温かさになるまで全身を拭いて……石鹸で泡立てたタオルで拭うこともできず、ごわごわに毛羽立ったぼろぼろの濡れタオルで素肌を擦り上げる毎日……少女はいつも最後には、全身を拭ききったタオルで、頬を濡らしている涙をぬぐい取るのですぅ……」
「本当に底辺……じゃなくて、大変だったんだね、ミーノちゃ……じゃなくて、その女の子」
ミーノはぴくんと眉を動かすも、何事もなかったかのように話を続ける。
「その愛くるしい少女は、本当にもう、どうしていいのかわからなくて、どうしようもなくて、どうにもならなくて、心細くて、ひもじくて、何度もくじけては立ち上がって、何度も泣いて、寒いおもいをして、暑いおもいをして、冷たいおもいをして、熱いおもいをして、とにかくもう、辛くて辛くて………………うわああぁぁああぁぁああぁぁんッ!」
ミーノは何を思い出したのか、感極まって泣き出してしまった。
「えええぇぇぇえええ!? いきなりの号泣モード?! いったい何がしたいの、ミーノちゃん」
凛香は泣きじゃくるミーノに、いないいないばぁをしたり、よしよしと抱き締めたり、頭を撫でてあげたりと、泣きやますのに必死になる。
「ひっく、ひぐぅぅ……と、とにかく、そのチャーミングな少女は来る日も来る日も、大変なおもいをして、訪ね人を探し回ったのですぅ。その間、所持金を使い果たした少女は、完全ホームレスな、その日暮らしの放浪生活……もはや旅とは言えない、地獄の日々を過ごしていたのですぅ……」
凛香はミーノの話を聞いていて、奇妙な違和感にさいなまれる。
「ちょっとまってよ、ミーノちゃん。それって変じゃない? ミーノちゃ……じゃなくて、その女の子は特別な任務を受けてたんだから、当然、資金援助があったんじゃない? っていうか、日々の生活費って必要経費でしょ? そもそもなんで、ひとりで探してたの? 人探しなんだから、単独行動じゃなくて、チームを編成して行動したほうが、全然効率がいいのに」
ミーノから笑顔が消え、表情が曇る。
「そ、それは………………うわああぁぁああぁぁああぁぁんッ!」
またも泣き出すミーノ。
「えええぇぇぇえええ!? またも号泣モード?! ミーノちゃん、泣きの確変に入っちゃってるの!?」
凛香はまたもやミーノを泣きやませるのに必死になる。
裸の凛香は、裸のミーノをだっこしたり、おんぶしたり、変顔版いないいないばぁをしたりと、まるで手のかかる乳児をあやしているかのようであった。
「わたし達、裸んぼのままで、何してんだろ……」
状況がいまいち飲み込めない凛香を尻目に、ミーノはひぐひぐと鼻をななしながら、泣き濡れた声で話しだす。
「ひゃっく、ふぐぅ、ひゅぐふぅ……ごめんなさいなのですぅ、凛香様ぁ……実は………………うわああぁぁああぁぁああぁぁんッ!」
「えええぇぇぇえええ!? もうどうにも止まらないよお! ……んもう、こうなったら」
凛香は泣きじゃくるミーノをお姫様だっこして、そのまま飛び上がった。
“どんぼぼぉぉおおおぉぉぉん!”
ふたりは浴槽にダイブする。豪快すぎる風呂ダイブは、大きな水柱を立てて大洪水を引き起こした。
ミーノは目をぱちくりさせながら、びしょ濡れになって湯に浸かっている。
凛香も目をぱちくりさせながら、ずぶ濡れになって湯に浸かっている。
「プッ、あはははははははッ!」
ふたりは互いに見つめ合いながら、腹を抱えて爆笑する。
「あはははははッ! で、さっきの話の続きですがぁ」
ミーノは笑いすぎてひんひんと息を切らしながらも、話を続けようとする。
「はひゅう、そ、それで、はひぃう、その可憐すぎる少女は、実は、ひぃうう、任務を受けていたのではなくて、ひゅみゅうん、勝手に人探しの旅に出たのですぅ!」
笑いながら語るミーノ。
「あはははははッ! それってつまり、家出同然に飛び出してきたってこと? そうなると、キン肉宮殿では、ミーノちゃん失踪事件になってるかもってこと?」
ふたりの笑い声がフェードアウトしていく。
「そ、それってダメだよ! ダメダメだよ! ミーノちゃん、それは絶対にダメだよ!」
「うわああぁぁああぁぁああぁぁんッ! ごめんなさいですぅぅぅ!」
驚きのあまりに声を荒げる凛香は、泣きじゃくるミーノを見て深い溜息をつく。
「それはダメだよ、ミーノちゃん……もう何カ月も帰ってないんでしょう? しかも連絡ひとつしてないんでしょう? 大事件だよ、それって……」
ミーノはすんすんと鼻をならしながら、腕で目を拭う。
「いえ、きっと宮殿では、ミーノは仕事辛さに逃げ出したのだと、そう思われているに違いないのですぅ……わたしみたいなドジレストな娘、だれも追いかけたりはしないのですぅ……それに今日の戦いはキン肉星でも放送されたと思いますので、ミーノの無事は確認されているはずなのですぅ」
凛香は目を背けながら話しているミーノの両肩をつかみ、まっすぐに見つめる。
「ダメだよミーノちゃん。きちんと自分から連絡をしないと! 絶対に心配してるよ!」
「あああああああ……そうですよね、やっぱり……」
意気消沈したミーノは湯船に鼻まで浸かり、ぶくぶくと泡を立てながら困り果てた顔をしている。
“………………キィィィィィイイインッ! ずごおおおぉぉぉおおお!”
突然、耳をつんざくような高音と、腹が押し潰されそうな低音に襲われる。
そしてその直後、幼稚園ごと引っくり返りそうなほどの大揺れがふたりを襲う。
「きゃわあああぁぁぁあああッ!」
ふたりは浴槽内で抱き合いながら、突然の異変に悲鳴を上げる。
「うおおぉぉおおい! ミーノや! どこじゃ!? どこにおるんじゃい?! ミーノや!」
どたどたと廊下を踏みならす音が聞こえる。そしてミーノを探している様子の、男の声が聞こえる。
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(8)
「ここか?! ここにおるのか!? ミーノや!」
いきなり風呂場の扉が開けられた。そして高貴で下品な装飾品と衣服に身を包んだ初老の男が、興奮気味に風呂場に入ってきた。
「おおおおおおッ! ミーノや! こんなところにおったのか! 儂は心配で心配で、心配しておったのじゃぞぉ!」
女しかいない風呂場に、招かれざる男が乱入。
あろうことか裸の娘ふたりに向かって、男が突っ込んでくる。
しかも両腕を開いて、ミーノに抱きつこうとする。
「きゃあああああぁぁぁぁぁあああああッ!」
凛香とミーノはきゃあきゃあと騒ぎ立てる。
そして少女ふたりは叫び上げ、鼓膜が破れそうなほどの高音が男の耳を襲う。
更にミーノは男に向かって、湯をぶちまけた。
音攻めと水攻めを喰らった男はひるんで、その場に立ち尽くす。
「おわぁ! な、何するんじゃい!」
「何をする! は、こっちのセリフだよお!」
凛香は怒っていた。アシュラマンの怒り面が笑い面に見えてしまうほどに、凛香は顔を怒りで染め上げる。
そして凛香は弾丸のように、湯船から勢いよく飛び出した。
凛香は空中で身をひるがえし、そのままヒップアタックを男の顔に喰らわせる。
「48の殺人技のひとつ、マッスルヒップスーパーボム!」
マッスルヒップスーパーボム肌色モードとでも言うべきか、凛香は生尻のまま、尻を男の顔に打ちつけた。
「ふぐおおおぉぉぉおおおッ!」
生尻アタックを喰らった男は鼻血を噴き出しながら、後ろに向かってゆっくりと倒れていく。
凛香はすかさず身を反転させ、今度はフロント首4の字をきめる。
男の顔は凛香の生の太ももで締めあげられ、そして顔面は凛香の下腹部に押し潰される。
「ぬふぎょおおおぉぉぉおおおッ!」
尋常ではない量の血液が、男の鼻の穴から滝のように流れ出る。
凛香は下腹部に生温いどろりとしたものを感じながらも、男の頭を掴んだ。
そして凛香は男に体重をかけ、男を後方に向かって倒し込む。
「48の殺人技のひとつ、マッスルメンズブランディング!」
“ぐわらしゃあああん!”
男は頭頂部を風呂床のタイルに打ちつけられてしまう。
そしてその衝撃のせいで、男は脳しんとうを起こしてしまった。
更に顔面を圧迫されていて息が出来ない上に、止めども無く吹き出る鼻血によって、男は窒息しつつ大量失血していく。
気が遠のいていく男は、ひどく古典的な断末魔を上げる。
「ぎゃふぅぅうん!」
男はぴくんぴくんと全身を痙攣させ、全く動かなくなった。
「……あ、あれれぇ? ……ままままま、まさかぁ! ……あああああ、あなた様はぁ! ……きききききききききき、キン肉スグル大王様ぁ! なのですぅ?!」
ミーノの言葉を聞いて、凛香から血の気が引いていく。
真っ青な顔をしながら、凛香は恐る恐るフロント首4の字を外した。
「ぎゃにゃあああぁぁぁあああんッ! きききききききききききききききききききき、キン肉マン様ぁぁぁあああぁぁぁッ!」
失血と酸欠と打撲によって完全にのびてしまっている、キン肉マンことキン肉スグル大王。
慌てふためく全裸の少女ふたりの悲鳴を聞きながら、キン肉スグルは安らかに気を失った。
――しばらくして
「あいててててててッ! マリしゃん、すまぬがもう少し優しく……いちちちちちちッ!」
「男の子なんだから辛抱しましょうね、キン肉マンさん」
マリはオキシドールを含ませた脱脂綿で、キン肉マンの頭にある巨大たんこぶを拭った。
「いやはや、悪行超人が現れたとの知らせを聞いてテレビを見てみれば、行方不明になっていたミーノが映っておるではないか! 儂ゃ卒倒しそうなほどに驚いたわい! それで大慌てで宇宙船に飛び乗って、地球まできたのじゃが……まさか地球についた早々、女子の生尻アタックを喰らうことになるとはのう」
「だって、純潔乙女ふたりが入浴中なお風呂に、いきなり入ってきて……それって普通に犯罪ですよお、セクシャルな! もはや覗きを通り越して、痴漢ですもん。痴漢、いくない!」
凛香は笑顔でキン肉マンと話をしているが、額には巨大な怒りマークを浮かべていた。
「そんな青スジたてて怒らんでもよろしいがな……」
キン肉マンはまあまあと呟きながら、両手を揺らして凛香をなだめる。
「そう言えばキン肉マンさんは、宇宙船で来たと言っていましたが、その宇宙船はどうされましたか?」
「宇宙船かの? それなら外に置かせてもらっておるぞい」
マリはカララと窓を開けた。外には園庭に入りきらずに、道路にまで飛び出してしまっている宇宙船が停船していた。
「キン肉マンさん、これはちょっと、ご近所迷惑になりますので……」
「おお!? す、すまんのう。これでも日本の土地事情を考えて、一番小さな船で来たんじゃが……邪魔だったかのう」
キン肉マンは宇宙船に向かって声を上げた。
「チビ! ちと月まで行って、そこでハウスじゃ!」
「わおおお~~~ん!」
宇宙船は犬のような鳴き声を上げながら、住之江幼稚園から飛び立った。
「チビには悪いが、月で待つように言ったから、これで大丈夫じゃわい」
「……チビちゃんて言うのですか、あの宇宙船」
マリは飛んでいった犬っぽい宇宙船を、見えなくなるまでいつまでも見つめていた。
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(9)
「それにしても、えーと……凛子ちゃんの義妹さんの、凛香ちゃんといったかのう?」
「ハイにゃん! そうですにゃん! 凛香ちゃんですにゃん!」
「凛香ちゃんよ……なんというかのう……なんで儂にまとわりついてくるのかのう……」
凛香はまるで子猫のようにキン肉マンにひっつき、まとわりついていた。
「ゴロゴロ、ニャンニャン、ですにゃあん」
「……現役をしりぞいて幾年月、すっかり老いてしもうた儂に、こうまでなついてくる地球人は、この娘がはじめてじゃよ。というか、後にも先にも、この娘しかおらぬだろうなあ」
キン肉マンは頬を赤らめながら、困り果てた顔をしてマリに言った。
「凛香ちゃんはキン肉マンさんと万太郎さんの大ファンですから」
マリは優しく笑みながらキン肉マンの前で正座する。
「そのとおりですにゃん! お父様ぁん!」
凛香はゴロゴロとキン肉マンの顔に頬ずりする。
「ちょ、ちょ、おわあ! 儂がお父様じゃとお?」
「凛香ちゃんの夢は万太郎さんのお嫁さんになることですから」
マリの言葉を聞いて、キン肉マンはぎょっとした。そして残念な顔で凛香を見つめる。
「うーむ、そうは言ってものう、万太郎が惚れとるのは姉の凛子ちゃんだしのう」
ゴロゴロニャンニャンとキン肉マンに甘えていた凛香の顔が、この世の終わりのような絶望の顔に変わる。
「うにゅううう……わかってますよお……わかってるにゃん……ひううううう……万太郎様と凛子お姉ちゃんがお似合いのカップルなんてことは、全宇宙の誰でも知ってることだもん……」
気落ちしている凛香を見て、キン肉マンはおろおろしながら慰めようとする。
「あー、そのー、なんというかのう、こればかりは万太郎と凛子ちゃんの問題じゃからして……」
キン肉マンにまとわりついていた凛香は、いつの間にかキン肉マンの背後にまわっていた。そしてキン肉マンの背中にびったりと身体をひっつける。
「……キン肉マン様ぁ……凛香にお父様って呼ばれるのは、ご迷惑ですかあ?」
「いや、ご迷惑というかなんというか、そう呼ばれる筋合いはないというか、言われはないというか、のう」
凛香はゆるゆるとした動きで、背後からキン肉マンの首をさする。
「うひひひひひッ、く、くすぐったいのう」
キン肉マンはむずがゆい奇妙な気持ちにさせられた。
「……やっぱり迷惑……なんですね……」
凛香は重苦しい声でささやきながら、ぬるりと腕をキン肉マンの首にまわした。そしてじわじわと、ゆっくりと首を絞めていく。
「お、おわあ! な、なにをするんじゃあ?」
困惑するキン肉マンを無視するように、凛香は腕に力を込めていく。
「……どうしようもないですよね……わかってます、わかってますって……でも……でもお……」
泣き声のような水っぽい声で話す凛香は、ひどくゆっくりとした動きでキン肉マンの首を締め上げていく。
「……凛香は物心ついた頃からキン肉マン様の大ファンで……将来の夢はキン肉マン様のお嫁さんでした……」
「そ、そうじゃったのか。それは嬉しいのう。アイドル超人のはしくれとして、そこまで想ってもらえるとは光栄の極みじゃわい」
凛香の細腕がキン肉マンの首に食い込み、頚動脈を容赦なく圧迫する。
「ちょ、おい! しゃれにならんぞ! 本当にきまっておるぞ! この首絞め!」
「……凛香はキン肉マン様のことが好きすぎて……物心ついた頃から、キン肉マン様との甘い蜜月なる夫婦生活を毎日のように想像して……凛香の脳内では結婚から晩年までの生涯を、それはもう何兆万回と想像して……それなのに……それなのにい……実は既婚者だったなんて……」
「ビビンバか!? ビビンバのことなのか?! しかしのう、わしが結婚したのは、凛香ちゃんが生まれる前の話じゃぞ?」
キン肉マンは背後から凍るような気配を感じた。
それは気配というよりは妖気、ひどく禍々しい気配であった。
まるで絶対零度の中に全裸で立たされているような、死を感じずにはいられないほどに強烈で静かすぎるオーラを感じた。
「……凛香の夢は最初っから破れてたんだよ……叶うわけない夢を追い続けてたの……それを知ったとき、凛香は絶望したよ……マントルまで届きそうなほどの地の底に落とされた気分だったよ……でもね、そんな地の底にいた凛香に、光が射したの……希望はあったんだよ……キン肉マン様にはご子息がいる、万太郎様というひとり息子が……だからね、凛香はね……万太郎様と結婚することにしたの……」
キン肉マンは背中に凛香の温もりを感じつつも、全身が氷漬けになったような寒気を感じていた。息は白くなり、身体中がかじかんできた。
このままではまずいと思ったキン肉マンは凛香を引き剥がそうとする。しかし身体が動かない。キン肉マンは原因不明の金縛りにあっていた。
「……凛香はね、ずっとずっとね、想っていたの……万太郎様を、お慕いしていたの……幼い頃から、会った事もない万太郎様を想い続けていたの……大好きなの……ずっとずっと、本当に大好きなの……万太郎様が好きで好きでたまらない……それなのに、それなのにぃ……」
凛香は女のおどろおどろしいドロんドロんの怨念を込めながら、キン肉マンの首をねじ切る勢いで絞めていく。
更に両足でキン肉マンの下腿部をホールドし、脱出を困難にする。
「このままではいくら儂でもおとされてしまうわい……こうなったらカメハメ師匠直伝のホールド外しで抜け出さねば」
キン肉マンは凛香の腕をつかみ、ホールド外しを試みる。
「……万太郎様は……凛子お姉ちゃんを選んだ! 凛香じゃなくて、凛子お姉ちゃんを! ずっとずっと好きだった万太郎様は、凛子お姉ちゃんを好きになっちゃった! 凛香、またも夢やぶれる!!」
突然、凛香の全身がピンク色の光に包まれる。そして凛香はキン肉マンルージュに変身した。
「お、おわぁ! そ、そんなのありか!?」
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(10)
ただの人間から超人キン肉マンルージュに変身した凛香は、身体能力が飛躍的に上がった。
キン肉マンの顔はみるみるうちに真っ青となり、チアノーゼを起こしてしまう。
焦ったキン肉マンはカメハメ師匠直伝のホールド外しを仕掛けて、首絞めを解除しようとする。
“ごおおおぉぉぉおおおッ”
凛香は光の塊となり、シルエットが変化していく。
そして髪はクアッドテールになり、コスチュームは変化し、とても濃密なマッスルアフェクションに全身が包まれる。
「ちょ、うそじゃろう! ここで火事場のクソ力パーフェクションを発動じゃとお!」
命の危険を感じたキン肉マンは思い切り踏ん張り、懸命になって首絞めを解除する。真っ青だった顔は真紫に変色し、全身から脂汗が流れ出る。
しかし、そんなキン肉マンの決死の努力も虚しく、キン肉マンの頚動脈は凛香に潰されてしまう。そしてキン肉マンは意識を奪われ、泡を吹きながら白目を剥いた。
「ぎゃふうううううん」
キン肉マンは悲しい断末魔を上げながら、静かに気を失った。
「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」
凛香は堂々と勝利のポーズを決めた。
しかし凛香の頬は、たくさんの涙と鼻水で濡らされていた。
「うわあああああん! 悲しくなんてないもんッ! うわあああああん! 悲しいよおおおおおッ!」
昇天してぐったりと寝転んでいるキン肉マンの傍らで、凛香は泣き崩れてしまう。
「うわあああああん! 48の殺人技のひとつ、マッスル乙女大号泣! うわあああああん!」
凛香は床上浸水しそうな勢いで、大量の涙を放水しながら激しく泣き上げる。
キン肉マンVSキン肉マンルージュの一戦が終わった、その奥で、ミーノは凛香に負けない勢いでわぁんわぁんと泣きじゃくっていた。
「うわあああああん! ごめんなさいぃぃ! ごめんなさいですぅぅぅ!」
「悪い子だ! 悪い子だね! 悪い子だわわ! おまえって子は勝手なことをして! 本当に悪い子だ! 悪い子だね! 悪い子だわわ!」
現役時代のサンシャインを彷彿させるほどの巨体を誇る、メイド服を着た老女。
ミーノはたくましすぎる巨老メイドに抱きかかえられて、激しく尻を叩かれていた。
“ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ! ずばぁんッ!”
「いにゃあああああああああッん! ご、ごめんなさいなのですぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!」
ミーノはパンツを下ろされて生尻をさらしながら、巨老メイドに尻を打たれまくっている。
あまりの痛みに耐えきれず、ミーノは涙を流し飛ばしながら、ばたばたと暴れている。
「ミーノや! お仕置きだわわ! こんなにも大王様を心配させてからに! 大王様だけじゃないよ、キン肉王宮のみんなが心配していたんだわわ!」
ずばんずばんと尻を叩く打肉音が、幼稚園外にまで響いている。
叩かれすぎたミーノの尻は真っ赤になり、薄ピンク色に発光していた。
「ごめんなさいですぅ! で、でも、テーバ様、ミーノはいつもいつもみんなに、多大な迷惑をお掛けしてばかりで……だからどうしても、力になりたかったのですぅ! ミーノはお世話になっているキン肉王宮のみんなに、恩返しがしたかったのですぅ!」
テーバと呼ばれた巨老メイドは尻を叩く手を緩めることなく、容赦なく尻を叩き続ける。
「いい子だ! いい子だよ! いい子だわわ! その気持ちは嬉しいだわわ! いい子だ! いい子だよ! いい子だわわ! だがねえ、だからって自分勝手なことをして、みんなに心配を掛けさせてたら世話ないんだわわ! やっぱりおまえは悪い子だ! 悪い子だね! 悪い子だわわ!」
非情なる尻叩きは、終わりなく続く。
そんな修羅場真っ最中なミーノの元に、いつの間に正気を取り戻したのか、キン肉マンが寄り添っていた。
「テーバよ、もうそのへんで許しておやり。ミーノも反省しておるようだし」
「だまらっしゃい、スグル坊! これはあたしらお世話係の問題なんだわわ! 余計な口出しするんじゃないだわわ!」
「おわぁ! そ、そんな青スジたてて怒らんでもよろしいがな……」
テーバに怒られてしまったキン肉マンは、身体をスケール20分の1ほどの大きさにまで小さくして、ぶるぶると震えながらマリの後ろに隠れてしまった。
「んのう、テーバは儂が赤子だった頃からの、儂のお世話役だったでのう……今まで戦ってきたどんな悪行超人どもよりも、儂はテーバの方が怖いんじゃわい……」
マリは茫然と周囲を見渡す。
凛香はわぁんわぁんと泣きわめきながら、四つん這いになって涙を大放水している。
ミーノはぎゃんぎゃんと泣き叫びながら、尻を腫らして涙を大放出している。
キン肉マンはマリの足にしがみつき、ぶるぶるがたがた震えながら、涙を流し飛ばしている。
「あは……あはははは……どうしましょうね、この状況……」
泣き上げるふたりの少女の涙で、部屋はどんどんと浸水していく。身長が10数センチしかないキン肉マンは、わっぷわっぷと涙の海で溺れていた。
マリは苦笑いしながら、困り果てた顔をして状況を見守っている。
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(11)
――しばらくして
マリは窓を開け、バケツで涙を外にかき出している。
凛香はすんすんと鼻を鳴らしながら、フィギュアのような大きさのキン肉マンを抱いている。
「たとえお嫁にいけなくても、キン肉マン様はやっぱり凛香のお父様だよう」
まるで愛しい人を抱いているかのように、凛香はキン肉マンを大事そうに抱きかかえる。
抱かれているキン肉マンは苦しいのか、口角から泡を吹いて白目を剥いていた。
「うううぅぅぅううう……いたひ……いたいのですぅ……」
ミーノは四つん這いになりながら、腫れあがった尻に氷ちんをあてて冷やしている。
そんなミーノを尻目に、テーバは水浸しになっている部屋をてきぱきと片付けている。
「おお、そうじゃ、こんなことしとる場合じゃなかったわい」
いつの間に正気に戻ったのか、キン肉マンはそう言って凛香の腕からピョコンと抜け出し、元の大きさに戻る。
「凛香ちゃんよ、ちょっとばかしマッスルジュエルを見せてくれんかの」
キン肉マンに促されて、凛香は胸に飾られているマッスルジュエルを取り外し、キン肉マンに渡した。
その瞬間、キン肉マンルージュの変身が解け、元の人間の姿へと戻ってしまった。
「あれれれ? キャンセレイションしてないのに変身が解けちゃったよ?」
「んお? ミーノから聞いていなんだか? マッスルジュエルは他の者の手に渡ると、自動的に変身が解けるのじゃよ」
話し込んでいるふたりの間に割って入るように、テーバは巨顔を凛香に近づけた。
「凛香嬢や、つまりはマッスルジュエルを敵や他の者に奪われてしまうと、変身が解除されてしまうのだわわ。だので戦闘中はマッスルジュエルの管理にも気をつけないとだわわ」
「ああッ! ちょっとまって! マッスルジュエルが奪われたら変身が解けちゃうってのも問題だけど、そうなった場合は人間の姿に戻っちゃうってことだよね……そうなると人間VS超人に……そんなのもう絶対に敵わないよ……それにマッスルジュエルを奪われた時点で、マッスルジュエルを奪い返すのは不可能だと思うし……そうなると、もう変身させてもれえないだろうし……それって、つまり……」
「マッスルジュエルを奪われたら、即、負けが決定するだわわ」
凛香は顔を真っ青にする。
今まで胸のド真ん中にマッスルジュエルを飾っていた。つまりは奪ってくださいと言わんばかりに、マッスルジュエルを危険にさらしていたという事実に、凛香は今更ながらに気がついた。
「……それって、ヤバす! だよ! 王将の単騎攻めくらい無謀だよ! どうにかしないとだよ……あッ! そうだ!」
凛香は変身ダンスとポーズをばっちりきめて、再びキン肉マンルージュに変身した。
そして胸のマッスルジュエルはピンク色の塊となって、シルエットが変わっていく。そしてとってもキュートなデザインの胸当てに変化した。
胸当ての中心にはロリータゴシックを思わせる字体で“肉”と刻まれている。
「おおう! なるほどのう! 防具に変化させて装備してしまえば、マッスルジュエルを奪われずにすむということか! 考えたのう、凛香ちゃんや」
「えへへー、それだけじゃないんだよぉー」
凛香はキン肉マンに背を向けて、お尻を突き出した。そしてぺろんと、スカートをめくった。
「おわぁ! うら若き乙女が、何をしとるんじゃあ!」
ぷりぷりとしたキュートなお尻には、胸当てと同じデザインのパンツが履かれていた。そして尻の左ぺたには、キン肉族の証であるKINマークが刻まれている。
「えへへー、キン肉マン様とおそろいだよぉー」
凛香はテヘペロしながら、とろけた目でキン肉マンを見つめた。
キン肉マンは全身に脂汗をかいて苦笑いを浮かべている。
「うむむ……なんだかこの娘っ子を見ていると、若き日のビビンバを想い出すのう……この強引さといい、問答無用さといい、無茶な愛し方といい……」
しどろもどろになっているキン肉マンをよそに、テーバは関心して凛香を見つめている。
「ほほうだわわ、マッスルジュエルを胸当てとパンツに変化させて装備しただわわ。これなら敵に奪われる心配はないだわわ」
気を取り直したキン肉マンは、凛香に向かって手を伸ばす。
「せっかく変身してもろてなんじゃが、儂にマッスルジュエルを貸してもらえるかの」
凛香はウンと頷き、マッスルキャンセレイションを唱えながら変身解除のポーズをばっちりきめて、キン肉マンにマッスルジュエルを渡した。
「やっぱりのう、グレート・ザ・屍豪鬼とノワールプペとの激戦で、マッスルジュエルがばろぼろじゃわい」
「そうなのだわわ、このマッスルジュエルは2連戦を戦い抜いた超人と同じ状態にあるだわわ。どんな超人でも、あれだけの激戦を連続して行えば、瀕死の状態になるのは当たり前のことだわわ」
キン肉マンは両手でマッスルジュエルを握り締め、クワッと目を見開いた。
「むおおおおお! 火事場のクソ力ぁ!」
キン肉マンの全身が真っ赤で猛々しいオーラで包まれる。
「むうおおおおお! こ、こんなもんかのう」
そう言ってキン肉マンは脱力すると、はぁはぁと息をきらせながら凛香にマッスルジュエルを手渡した。
「わお! すごおおい!」
マッスルジュエルには傷ひとつ無く、以前にも増して光輝いている。
「ふうう、力の再注入をしたぞい。これでマッスルジュエルのメンテナンスは完了じゃい」
「わあい! ありがとう、キン肉マン様ぁん!」
凛香はフライングボディアタック並みの体当たりをぶちかましながら、キン肉マンに抱きついた。
「おわぁ! うら若き乙女が、何をしとるんじゃあ!」
凛香の一方通行なラブアタックにたじたじなキン肉マンは、若すぎるフェロモンにあてられすぎて、目まいを起こしている。
それでも凛香は執拗にキン肉マンにひっつき、容赦なくラブアタックし続ける。
そんないちゃいちゃモードな雰囲気漂う部屋の端っこで、ミーノは窓の外を見つめながら複雑な顔をしていた。
「どうしたの? ミーノちゃん」
やっとこ床拭きが終ったマリは、ミーノに声を掛ける。
「マリ様……あのキン肉マンデヴィリンスという超人……何が違う……普通の超人とは違う……よくわからないのですが、何か違和感のようなものを感じてならないのですぅ……」
「確かに、あのキン肉マンデヴィリンスという超人には、底知れない何かを感じるわね」
ミーノはマリの言葉が聞こえていないかのうように、ぶつぶつと呟きながら空を見つめている。
「ミーノちゃん?」
「あッ! す、すみませんですぅ、ちょっとボーッとしてしまったのですぅ」
ミーノはしどろもどろになる。
「ふふっ、さあ、みんなでご飯にしましょう」
マリはミーノの頭を優しく撫でて、台所に向かった。
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(12)
――どんちゃん騒ぎでお祭り騒ぎ
賑やかで騒がしい夕食が終わり、夜遅い時間になる。
「おーい! チビや! 戻っておいで!」
キン肉マンは空に向かって声を上げる。すると一瞬のうちに、チビという名の宇宙船が幼稚園の園庭に降り立った。
「それじゃあ儂とテーバはチビの中で寝るから、また明日のう」
いつの間に着替えたのか、全身にKINマークがあしらわれたパジャマとトンガリ帽子を着込んだキン肉マンは、大あくびをして宇宙船の中に入っていく。
「えー! キン肉マン様ぁん、凛香と一緒に寝ようよー!」
凛香は宇宙船に入っていくキン肉マンに抱きつき、幼稚園に戻そうとする。
「おわぁ! うら若き乙女が、何をしとるんじゃあ!」
いちゃらいちゃらしているふたりをよそに、テーバはマリに挨拶をする。
「それでは今晩は失礼いたしますだわわ。マリ様、ミーノをよろしくなのだわわ」
テーバはひどく礼儀正しい挨拶をすると、宇宙船の中に入っていった。
「ほら! 凛香嬢や! よい子はおうちでおねんねだわわ!」
テーバは凛香の襟首を掴むと、キン肉マンからひっぺがして宇宙船の外に投げ捨てた。
「きゃあああああん! テーバさんのいけずううううう!」
投げ飛ばされて尻もちをついている凛香をよそに、マリは宇宙船を眺めていた。すると窓からキン肉マンが名残惜しそうに、指を咥えてマリを見つめていた。
“ずどがぁん!”
キン肉マンの頭にげんこつが振り落とされた。
「あろうことか、キン肉族の大王様が不倫かい? スグル坊や! キン肉星には、そんな不純行為が許されるような慣習も風習も無いんだわわ! いい歳こいて色ボケてんじゃないだわわ!」
「おわぁ! そ、そんな青スジたてて怒らんでもよろしいがな! おわわわぁ! もう殴らんでくれい! おわわわわわあああぁぁぁぁぁ……」
キン肉マンの悲痛な叫びが漏れ聞こえている宇宙船は、月に向かって飛び立つ。
「わおおお~~~ん!」
そして一瞬のうちに宇宙船の姿は消えてしまった。
「さて、明日にそなえて寝ましょうか」
園内に戻るように促すマリを見て、凛香はジト目をしながらニシシと笑った。
「あれぇ? マリお母さん、なんだか嬉しそう。ほっぺが赤いよお? もしかしてキン肉マン様に色目使われちゃって、嬉しくなっちゃったの?」
マリは笑顔のまま、静かに凛香の耳をつねった。
「いたぁい! いたいいたい! いたいよおお! ご、ごめんなさいマリお母さん! ごめんなさい! ごめんなさいってばあ!」
マリは静かな笑顔を浮かべたまま、凛香の耳を捻り上げる。
「うわわわあああん! そ、そんな青スジたてて怒らんでもよろしいがな! うあああああん! もう言いません! 言わないからあ! ごめんなさいいいいい!」
笑顔のまま非情なるお仕置きをするマリを見て、ミーノは他人事には思えない気持ちになった。
「はわわわわあ! まるでテーバ様のようですぅ……ミーノには見えますですぅ、マリ様の後ろに、怒りに燃える羅刹様の姿が……」
ミーノはぶるぶると震えながら、号泣する凛香を見つめ続けた。
室内に戻った三人は、昔ながらのクラシカルなせんべい布団が三つ並んでいる部屋にいる。
「電気を消すわよ」
マリは蛍光灯のスイッチひもをカチカチッと引っ張り、電気を消した。
部屋は窓からさす月明かりに照らされている。
ミーノは真ん中の布団に、凛香とマリはミーノの両隣の布団に、それぞれ入った。
“ごそごそ”
うとうとしていた凛香は布団の中に誰かが入ってくるのを感じた。
「ミーノちゃん?」
ミーノは凛香にギュウと抱きついた。凛香はミーノを優しく抱き返す。
「どうしたの? ミーノちゃん」
「……凛香様はまるで、お姉ちゃんなのですぅ……ミーノにはミートおにぃちゃんがいるけど……ミートおにぃちゃんは若き日のスグル大王様を探しに地球へ行ってしまわれて以来、ミーノはミートおにぃちゃんに会っていないのですぅ……」
「寂しい? ミーノちゃん」
「……寂しいのですぅ」
「そっか、大好きなお兄ちゃんがいなくなっちゃって……寂しいよね……すっごくすっごく、寂しいんだよね」
ミーノは凛香をギュウウと抱きしめる。
凛香はミーノの頭を優しく撫でてやる。
「その気持ち、わたしにもわかるよ……わたしって根暗でオタクだから、いつも孤立してたの……でもね、凛子お姉ちゃんだけは、そんなわたしをかまってくれたし、味方になってくれたの……つっけんどんだけど、すっごく優しいお姉ちゃんなんだよ……でもね、凛子お姉ちゃん、お家にほとんど帰ってこなくなっちゃって……凛香にもそっけなくなっちゃって……」
「……凛香様ぁ」
ミーノは甘えながら凛香の身体に自分の身体を擦り合わせ、えへへと笑んだ。
「凛香様ぁ……今だけ……今だけでいいですから、凛香おねぇちゃんって呼んでもいいですかぁ?」
「うん、いいよ。今だけじゃなくて、これからもずっと、おねえちゃんって呼んでもいいよ。今からわたし、ミーノちゃんのお姉ちゃんになってあげる」
ミーノは満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに凛香を見つめた。
「ミーノは幸せ者なのですぅ。ミートおにぃちゃんだけじゃなく、凛香様のような素敵なお姉ちゃんまで出来ちゃいましたですぅ」
笑顔のミーノは頬を涙で濡らしていた。ぼろぼろ、ぽろぽろと、止め処なく涙が溢れてくる。
凛香はひどく切なくなって、ミーノを思い切り抱きしめる。
「こんな根暗でオタクでダメダメなお姉ちゃんでよければ、ずっとずっと、お姉ちゃんでいてあげるよ」
孤立していた凛香に、可愛らしい妹ができた。凛香はそれがたまらなく嬉しかった。
「……あれ? ……ちょっと待って……ミーノちゃん、さっき、若き日のキン肉マン様を追いかけてって言ったよね? それって何十年前の話? ……あれれれれ? ……ミーノちゃんってさ、今いくつなの?」
凛香の質問にミーノは答えない。ミーノは凛香の薄い胸の中で、気持ちよさそうに眠っていた。
「え? あれ? 寝ちゃった? ……ミ、ミーノちゃん! ミーノちゃんて本当に何歳なの?! 実は年上なの!? そうなるとわたし、お姉ちゃんじゃなくて、妹ってことになるんじゃ……ねぇ、ミーノちゃんってば! おーい! ミーノちゃあああぁぁぁん! 気になって眠れないよぉ!」
すっかり目が覚めてしまった凛香は、ミーノをゆさゆさと揺らす。しかしミーノは、すやすやと安らかに眠っている。
「うわぁん! 気になるぅ! 明日は大事な試合があるのにぃ! ちゃんと寝ないといけないのにぃ! ミーノちゃんってば! 教えてよぉ! うわああああああん! これじゃ寝れないよぉぉぉ!!」
【第3試合】 VS幼女超人キン肉マンデヴィリンス(13)
――次の日
「んーーー! よく寝たのですぅ」
目を覚ましたミーノは身を起こし、すっきりした顔で伸びをする。
「んううう……全然眠れなかったよぉ……」
ミーノの真横には目の下に真っ黒いクマを浮かべて、目を真っ赤に血走らせている凛香がいる。
「……ミーノちゃん、よく眠れた?」
「はい! このとおりですぅ!」
ミーノはぴょこんと飛び上がり、布団の上で飛び跳ねた。
「……そう、よかったね」
凛香は目だけを動かしてミーノを見つめている。
「……もう少し寝ててもいいかなあ」
そう呟いて、凛香は静かに目を閉じた。
「ダメよ、凛香ちゃん」
ガシッと頭を掴まれて、凛香は恐る恐る目を開ける。すると目の前には、マリの迫力のある笑顔があった。
「……あのね、凛香ね、考え事してたらね……眠れなくなっちゃったのね……だからね、もう少しね……寝ていたいのね……」
「ダメよ、凛香ちゃん」
マリの迫力のある笑顔がどんどんと近づいてくる。
凛香は泣きながらマリに訴えかける。
「だってね、えぐぐぅ、ミ、ミーノちゃんがね、ひぐぅ、いくつなのかね、はぐぐぅ、わかんなくてね、ううううう、だってだって、ミーノちゃんがね、何十年も前にスグル様を追っていったミートくんを知ってるってね、ひゅうううううん、言うからね、ひみゅうううん、気になって気になってね……うわああああああああん!」
泣きじゃくる凛香を、マリはいい子いい子して頭を撫でてやる。
「だからね、寝てもいい?」
「ダメよ、凛香ちゃん」
「……ひゃああああああああああああああん!」
一睡も出来なかった凛香は、無常にも強制的に布団から叩き出されてしまう。
「……へのつっぱりはご遠慮願いマッスル」
布団から強制排除させされた凛香は、まるで身包みを剥がされた被害者のように、ぶるぶると震えながら身を丸める。
「さあ、ごはんにしましょうね」
マリは終始笑顔のまま、凛香の襟首を掴んでずるずると引きずり、食卓へと向かった。
――電車の中にて
「ねえミーノちゃん、なんだかみんな、こっち見てない?」
車内のシートに並んで座っている凛香とミーノとマリは、チラチラと周囲の人々からチラ見されていた。
「我々は今や、刻の人なのですぅ。話題の人なのですぅ。そんな我々がこうして電車に乗っていたら、まわりの人は気になって仕方がないのですぅ」
「そ、そっか……そうだよ、ねえ……」
凛香はそわそわしながらマリの方に目をやる。
マリは背を伸ばした美しい姿勢で座りながら、目を閉じて静かにしている。
「すごいなあ、マリお母さんは。わたしはどうにも落ち着かないよお」
凛香はきょろきょろしなが周囲を気にしている。
「人目を避けて物陰に潜むような人生をおくってきたわたしには、革命とも言える大変化だよお……うううぅ、なんだか身体中がむず痒いよお……」
巨大ぐるぐるメガネの奥で涙目になりながら、凛香はぎこちない、ひきつった笑みを浮かべている。
「さあ、着いたわよ」
話し込んでいた凛香とミーノにマリは声をかける。
「はわぁ! 降りないとですぅ!」
ミーノはぱたぱたと慌てて電車を降りた。
凛香は挙動不審な動きをしながら、ふらふらと降車する。
美少女超人キン肉マンルージュ