ふと

風が誰かの呼吸を乱しながら吹いて行く。
誰かの、そう誰かの。誰でも良いというように巻き込まれる一定のリズムは、ただ存在するだけである。
誰でも良いというその概念を肯定するかのように、草に紛れた花が存在を主張していた。

風という1つの概念の音に消えて行くいくつもの呼吸音は、何を乗せて、どこへ向かって行くのだろう。

それも、また誰にも分からない。けれど誰かの世界にもある風に間違いはない。



いつも見ている景色が白く染められていた。
それは、冬という季節を表すには十分過ぎる程のものである。
ただ、毎年少なからず違うこの景色を見てきた筈なのに、冬という一定の概念の中でしか、この景色を見られない事に少しだけ虚しさを感じる。

30年間という誰にもある時間のようなこの尺を長いと捉えるか短いと捉えるかは今だ分からない。
中途半端な年齢になっても、まだ、何かを問っている。
そして、答を応えにする事に慣れてしまった。

雪を見て雪だるまを作ろうと思っていたあの頃にはない確かな視点を得たけれど、そこにはあの頃のようなワクワクした未知という可能性にも似たものは無に等しい。

ただ、この景色1つに心を費やすこともまた出来なくなっていく。

ただ、何かの一部として何かを捉える事に慣れていく。

だからこそ許容範囲も広がる。大人として許さなければならない事も体で覚えていく。
けれど、それは諦めにも等しいものだと最近思う。
それを優しさと呼ぶには自分勝手すぎる感情であると知った時、大人と子供という区別は、いかにも差別に類似するものであると気づく。


雪が降る度に心配するのは、車の運転になったのは、
大分前のような気がする。
何かを楽しむよりも目先の現実に視点を置かなければならなくなったのも随分前のような気がする。
そのことを考えている人がどれだけいるだろう。
きっと当たり前が前から始まっていた事に気付くこともなく、今を当たり前にしているのだろう。

今始まりを告げたかのように当たり前を使いまわしている事に気づかないで。


寒い風が雪を形としてではなく、感触として降らせる。
その中で小さな花が寒そうに揺れていた。

仕事帰りの道を少しの希望が照らすかのように。

その花は、今何を欲しているのか、そんなことは分からないけれど、寒いだろうなと思う。
それは共感にも似ているが憐れみにも似ている。

けれど何が出来るわけでもない。
そういう場面を何回も繰り返していくうちに、気づいていく。

自分の代わりなど、何人もいるのだと。それ以上に必要とされている人が何人もいるのだと。

自分の中でのみの自己完結はただの独り善がりで終わってしまうことを。

それを、冷めた目で見られる現実に慣れていく。

今何が出来るのかなんて考えなくても、何分後には、花に詳しい人がその花に私の共感や憐れみという気持ちよりも現実にそった手を差し伸べるのかもしれない。

現実の施しには、気持ちは歯が立たない。

想い1つでは、どうのしようもない事があるのだと、覚えたこの頭は、また誰かの施しとこの想いを比べるようになる。

役に立たない想いと役に立つ現実の施しに一線を引いた時から、自分という存在は役に立たなくなる。


大人になるということは自分の価値を自分に付けることだと思う。

限りと無駄なことを自分で決めることなのだと思う。

それが1番傷つかない方法であり、それが自分という概念を汚されない防御でもあったりする。

その、賢い選択をした時点で、私は無邪気な子供のような視点は持てなくなる。

賢く生きる事が全てではないのかもしれない。

けれど、それが1番傷つかない方法であり傷つけない方法であることを知っていく。

けれど、そうやって生きていく自分に嫌気がさす時だってある。

上手に賢い大人を演じる事に疲れて、投げ出したくなる事だってある。

そんな時目の前の景色が一部ではなくて、全ての画面いっぱいに広がり、何かを訴えているように心が奪われる。

まだ、あの頃のような心が今もどこかにあるかのように。

ふと、大人であることを忘れる。



目の前の寒そうな花に風除けをした後の私はあの頃ように、ただ自分という概念の満足さに満足していた。

カッコ悪い事だとしても、それでも少しだけあの頃の
不確かな視点で景色を見れた。

綺麗事と紙一重であっても。


ふと、私は大人を辞められる。
ふと、私は子供に戻れる。
ふと、私は夢を見る。
ふと、私は現実で生きている。

ふと、この一瞬の転換を、この一瞬の景色を
当たり前としてではなく、子供でも大人でもなく、
1人の人して噛み締めいくことでしか結局は生きれないのだと。

区別される、差別されるそのなかに一部のわたしがいて
1人の人として見られるところに全部のわたしがいるのだと。

そして、その片方が欠けても私ではないのだと。


夜空から降る白いほしが手のひらで溶けていくのを眺めながら思った。

それもふと、。


ふと、ふと、ふと、

これからも続いていくふとしたこの時を忘れないように。

ふと

ふと

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-25

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